Metallic Guy




第十二話 夏の、終わる日



リビングに座り込み、恐る恐るお茶を飲んでみた。うん、やっぱり匂いは緑茶だ。
ゆっくりと傾けて流し込み、その味を確かめる。マジで紅茶だったよ。しかも結構おいしい。
とりあえず角砂糖を入れてかき混ぜていると、インパルサーがティーポットを開ける。

「あ、これ、リンリンリンガーですね」

「パル、知ってるの?」

「はい。マスターコマンダーが好きなお茶で、よく淹れさせられていましたから」

と、インパルサーは少し懐かしげに、開き切った茶葉を見つめた。マスターコマンダーも、お茶を飲むのか。
マリーはその手を軽く押し、閉じさせた。足を揃えて座り直し、インパルサーを見上げる。

「香りが逃げてしまいますわよ」

「あ、そうでしたね」

インパルサーはまた正座し直し、ふと窓際へ顔を向けた。あたしも同じようにする。
そこには、クラッシャーが浮かんでいる。彼女はインパルサーよりも小さめな黄色いロボットと、何やら遊んでいた。
するとクラッシャーはするっとやってきて、お茶とブランデーケーキを物欲しげに眺める。

「いいなぁ」

「だがよヘビークラッシャー、オレ達は有機物食ったら腹が錆びるし、第一味なんて解らねぇだろ」

胡座を掻いたまま、リボルバーは首を横に振った。クラッシャーは不満げに、ふわんと床に座る。
とん、と軽く座ったが、微妙にその足は浮いている。いつでも浮かんでいなければならないようだ。
その後ろに、黄色いロボットが降りてきた。両肘から先と両膝から先が妙にごっついけど、他は普通だ。
左の二の腕に003があるから、こいつは三男ということになる。イレイザーより上とは、ちょっと意外だ。
丸みのある頭部をあたし達へ向け、マリンブルーの目を動かして、あたしで止めた。

「へーぇ」

「何よ」

「リボルバーの兄貴の趣味はいいかなぁとか思ったけど、インパルサーの兄貴はそんなでもねぇや」

と、首を横に振った。いきなりかなり失礼じゃないか、こいつは。
インパルサーは立つことも言い返すこともせず、その黄色いロボットを見上げた。

「フォトンディフェンサー」

「んだよ」

「初対面の方には挨拶をしなくてはなりませんよ、戦場であっても、そうでもなくても。最低限の礼儀です」

「お堅ぇなぁ、インパルサーの兄貴は」

「ま、せめてそれぐらいは締めておけや。相手は堅気だぜ?」

と、リボルバーは下からディフェンサーを見上げるようにし、にやりと口元を曲げた。堅気って、あんたヤクザかい。
やりづらそうにディフェンサーは表情を歪め、はぁ、と息を吐いた。がしがしと後頭部を掻く。

「しゃあねぇなぁ…」

しばらく不機嫌そうにしていたが、きっちり敬礼した。

「元コズミックレジスタンス第三攻撃隊所属のヒューマニックマシンソルジャー、イエローフォトンディフェンサー!」

「シャドウイレイザーもですよ」

何もいないはずのリビングの隅へ、目線を向けたインパルサーは軽く手招きした。
すると、昨日の夜と同じように、影が揺らいで紫の姿が現れた。だけど背中。しかも震えている。
弱々しく丸まったその背を、クラッシャーがずるずる引っ張ってきた。情けなさ過ぎる。
くるっとこちらに向けられた途端に、彼はのけぞった。恐ろしいものでも見たかのように、表情が引きつっている。
なんとか堪えたイレイザーは背筋を伸ばして敬礼し、声を張り上げた。

「元コズミックレジスタンス第四攻撃隊所属のヒューマニックマシンソルジャー、パープルシャドウイレイザー!」

ぜいぜいと肩で息をしながら、へたり込んだ。

「兄者、拙者はもう」

「逃げるのはなしだぞ、シャドウイレイザー」

リボルバーが言うと、イレイザーはぎょっとしたようにリボルバーへ振り向いた。
ずりずりと後退しながら顔を伏せ、小さな声で抗議する。ゴーグルの色が弱まっている。

「…しかし、赤の兄者に青の兄者、そちらの女性方は…その」

「えーとね、おねーさん達は兄さん達のコマンダー」

ずり下がっていくイレイザーの上に、するりとクラッシャーが浮かぶ。イレイザーは顔を上げた。
何度か深呼吸して胸元を押さえ、泣きそうにしていたが、なんとか正座した。離れているけど。
片手を前に突き出して床に当て、深々と頭を下げた。時代劇の忍者がやるような動きだ。

「お初にお目に掛かる、ご両人。拙者、四番目のヒューマニックマシンソルジャーにござる」

「うん、それは解ったから」

鈴音が頷くと、イレイザーはまた少し距離を開いた。後退してばっかりだよ、こいつ。
インパルサーの言っていた通り、イレイザーは物凄い人見知りだ。見知りすぎだ。
放っておくとどんどん遠ざかっていって、リビングの隅っこに戻ってしまう。隅が好きなんだろうか。
だけどなんとか消えずにいるのは、クラッシャーが近くをふよふよしているからだろう。妹の手前、というやつか。
緊張しすぎて関節をぎしぎし鳴らしているイレイザーに、リボルバーは笑う。

「難儀な性分だなぁ、てめぇは。だがま、あんまりスズ姉さんに近付くんじゃねぇぞ」

「なにゆえにござるか、赤の兄者」

「そりゃあ決まってる。スズ姉さんは、オレが守るんだよ」

にやにやしながら頷くリボルバーから、鈴音は目を逸らした。
インパルサーはそのセリフに少し笑い、クラッシャーはけらけら笑い、ディフェンサーは変な顔をしている。
正座して片手を前に突き出したままのイレイザーはきょとんとして、そしてぐったりと倒れた。気が抜けたらしい。
ディフェンサーは胡座の上に頬杖を付き、表情を歪めた。嫌そうだ。

「よーくもまぁそんなこと、ほいほい言えるなぁ。リボルバーの兄貴、大丈夫か?」

「この間僕と戦いましたけど、フレイムリボルバーに異常はみられませんでしたよ」

「そういうことじゃねぇよ、インパルサーの兄貴」

やりづらそうに、ディフェンサーは肩を落とした。

「だーけどなんでわざわざ、有機生命体連中と馴れ合わなきゃならねぇんだよ。ユニオンでいいじゃねぇか」

「ユニオンには、あなた方の部下がいらっしゃいますもの」

ティーカップを傾けていたマリーは、それをソーサーに置く。

「あなた方を信用していないわけではありませんけど、もしも、ということがございますわ。約五万体のヒューマニックマシンソルジャーを一挙に操られたらユニオンが持つとは思えませんし、銀河連邦政府軍の消耗はまだ回復しきっておりませんから、今度は勝てる自信がありませんの。地球へ身を寄せることが、あなた方カラーリングリーダーへの最善の処置であり、上の方々からの最大の配慮であると、何度も説明いたしましたでしょう?」


「私のタンクちゃん達は? 皆、だいじょーぶ?」

心配げに目を伏せ、クラッシャーがマリーを覗き込んだ。
マリーはクラッシャーを見上げ、優しく微笑む。

「大丈夫ですわ。全てのマシンソルジャーは武装解除させて、平和にセカンドコロニーで暮らしておりますわ」

「ばらされてんじゃねーの。研究とか言う名目でよー」

と、ディフェンサーが顔を背けた。彼は、マリーをあまり好きではないらしい。
途端に泣きそうになるクラッシャーを、インパルサーが宥める。

「マザーシップに製造途中の部下さん達が大量にいましたから、技術者の方々が研究に使うならそちらですよ」

「あなた方の設計図も回収させて頂きましたわ。なかなか面白いものでしたわ」

マリーの目線が、ディフェンサーで止まる。彼は射竦められたかのように、動きを止めた。
エメラルドの瞳が翳り、にやりと口元が広がる。ああ、恐ろしいですマリーさん。

「以前はシールドに阻まれて解明出来なかったあなたの弱点も、お見通しですことよ?」

「…嘘だ」

「嘘ではございませんわ、フォトンディフェンサー。胸部のジェネレーターコントローラーに側頭部のソナー、それと」

「わぁーかったよ。黙りゃいいんだろ、黙りゃよ」

不機嫌そうに、ディフェンサーはむくれた。本当の弱点だったらしい。
インパルサーは誰とも目を合わせようとしないディフェンサーを見、心配げに尋ねる。

「何かあったんですか、フォトンディフェンサー?」

だけどディフェンサーは答えず、そっぽを向いてしまった。相当に機嫌が悪いようだ。
しばらくリボルバーも彼を見ていたが、俯いた。理由が解っているのだろうか。
ふと気付くと、すっかり蚊帳の外になっている涼平と神田が、黙々とブランデーケーキを食べていた。
ちょっと、哀れかもしれない。




「は?」

思い掛けない言葉だったのか、マリーは目を丸くし、きょとんとしている。
目の前に正座する涼平は真剣な顔で、じっと見据えている。まるで睨んでいるようだ。
涼平は深く頷くと、もう一度同じ事を繰り返した。

「だからオレは、コマンダーになりたい!」

「コマンダー…と言いましても」

悩むように、マリーは目を伏せた。頬に手を添え、俯く。
顔を傾けると同時に髪が肩から滑り、さらりと広がった。

「私では許可出来ませんわ。フレイムリボルバーとソニックインパルサーの場合は、特例ですし…」

「私はやー」

すかさず割り込んできたクラッシャーに、涼平はかみついた。

「だから誰もお前だなんて言ってないだろ!」


しばらく唸っていたマリーだったが、顎に手を添えて更に俯いた。結構、大事らしい。
その前で、子供二人がぎゃいぎゃい騒いでいる。よくもまぁ、いちいちケンカ出来るものだ。
涼平よりもクラッシャーが小さいことをネタにして、今は涼平が優勢のようだ。下らないケンカだなぁ。

「なんでいちいち突っ掛かってくるんだよ、大体オレより小さいロボットなんてごめんだからな!」

「私だってあんたみたいなの嫌いだもん! 葵ちゃんの方がまぁーだマシだよぉ!」

クラッシャーの言葉に、神田は変な笑いを浮かべていた。もう、葵ちゃん呼ばわりを諦めたようだ。
あたしは神田に少し同情しつつ、隣でケンカを眺めるインパルサーを見上げた。パル、結構楽しんでないか。

「大体なんだよ、オレだってお前なんか嫌いだ! いきなりうちの窓破ろうとした奴なんか、好きになれるかぁ!」

「お前じゃない! ブラックヘビークラッシャーだ!」

「長ぇよそんな名前!」

むきになったのか、涼平は一際強く叫んだ。



「んなもん、クー子でいいだろクー子で!」



ふと、マリーが顔を上げた。あらあら、と頬を押さえている。
隣のインパルサーは少し肩を震わせ、可笑しそうにしている。あたしには、さっぱり解らない。
あわあわと首を動かしながら、クラッシャーは困ったように兄達を見るが、兄達は何も言わずにいた。
クラッシャーはゆっくり手を挙げて涼平を差し、呟いた。

「…コマンダー認証」

泣きそうなのか、吊り上がった目のショッキングピンクが少し弱まっている。

「しちゃった」


つまり。
うっかり言われた変な名前のせいで、クラッシャーは涼平をコマンダーとしてしまったらしい。
鈴音は涼平とクラッシャーを見比べ、吹き出した。まるで冗談のような話だからだ。
あたしも可笑しくなってきて、笑ってしまった。だけど一番笑い転げているのは、四人の兄達だ。
リビングの隅っこで背を丸めているイレイザーも、口元を押さえている。ディフェンサーも、肩を震わせている。
リボルバーは特に激しくて、なんとか声は抑えているようだけど、それでも声が洩れている。
クラッシャーはむくれながら叫んだ。

「笑うなぁ!」

「マジかよ、嘘だろー…」

「嘘じゃないもん。うっかり、認証しちゃったんだもん」

俯いたクラッシャーは、ぎゅっと拳を握る。

「…クー子で」


「マジかよ…」

あちゃー、と涼平は額を押さえ、座り込んだ。受け入れろ、弟よ。
ひとしきり笑って気が済んだのか、リボルバーは目元を擦る。俯いたままの妹を見、頷く。

「クー子なぁ…ま、可愛いじゃねぇか、女の子らしくてよ。少年、オレらの我が侭姫さん頼むな」

「ヘビークラッシャーは良い子ですよ。但し、ちょっと我が侭ですが」

インパルサーは続け、マリーへ顔を向けた。マリーは、可笑しげにしていた。
顔を合わせようとしない、成り立てコマンダーとその直属のヒューマニックマシンソルジャーを見比べる。

「解りましたわ。これは、事故として処理させて頂きますわ。だって、事故ですもの」

「うー…」

納得行かないのか、クラッシャーが唸る。涼平は、ゆっくり首を横に振った。

「どっちもどっちなんだし、事故だったんだから。諦めろよ、クー子」

「あうーん」

泣きたいのか、クラッシャーは変な声を出した。その気持ち、ちょっと解るかも。
あたしはとりあえず、慰めにもならないことを弟に言ってみる。

「ま、良かったじゃん。コマンダーになれて」

「嬉しくねぇよ」

「私だって」

涼平の呟きに、間髪入れずにクラッシャーが口を挟む。相当嫌だったようだ。
しばらくインパルサーは何か考えていたようで、んー、とか言っている。何を思い付いたんだ。
あたしが尋ねようとする前に、彼は妹を見上げた。

「ということは、ヘビークラッシャーも由佳さんのうちへ来るんですね?」

「まぁ、部下になっちゃったからには、コマンダーの近くにいるのが当然だとは思うけどさぁ…」

と、クラッシャーは仕方なさそうに肩を落とし、ちらりと涼平へ目を向ける。
そしてあたしとインパルサーを交互に見、うん、と頷いた。

「でもま、インパルサー兄さんとおねーさんがいるならいいや」

腑に落ちない様子で、涼平が変な笑いを浮かべる。当然の反応だ。
マリーはまた近くの箱を探って、ノートパソコンのようなものを取り出した。色は水色だ。
それを開いて作動させ、薄べったく小さなキーを軽く叩き始めた。読めないあの文字が、モニターに並んでいく。

「そう、上の方々に報告しておきますわ。全ては事故だ、とでも言いくるめましょうか」

「やーるぅ」

鈴音が変な調子を付けて、ぱたんと手を合わせた。
リボルバーは、ディフェンサーとイレイザーを眺めていた。顎の辺りをぐいっと擦り、心配げに呟いた。

「だが、こいつらにコマンダーは付くのかねぇ。いくらマスターコマンダーの設定が解除されて、一ユニオンサイクル以内に見つけなくても良くなったとはいえ、いねぇまんまじゃまずいだろ」

「シャドウイレイザー、頑張って下さいね。人見知り、直さないとダメですよ」

インパルサーがリビングの隅へ顔を向けると、イレイザーはびくりとした。相当ひどい。
彼は頭を抱えると、何か呟いた。そんなに苦手なのか、他人が。
おもむろに立ち上がると姿を消したが、がらっと勢い良く窓が開いて、足跡が出て行った。解りやすい。
赤土の上に大きな足跡が、ぱたん、ぱたん、といくつも続いていく。逃げているようだ。
インパルサーは、困ったように頬を掻いた。

「はあ」

「せめて窓は閉めてほしいものですわ」

キーを叩きつつ、マリーは苦笑した。クラッシャーは窓に近寄り、じっと外を眺めている。
赤っぽい土の上には、まだ足跡が続いて、どんどん遠ざかっていく。本当に情けない。
クラッシャーは振り向いて、外を指す。

「マリーさん。外、出てもいい?」

「何も壊さなければよろしいですわよ。街に降りなければ、もっとよろしいですわよ」

「…うわーお」

しっかりマリーに釘を刺されたクラッシャーは変な声を出し、渋々頷いた。きっと、あの後に怒られたんだろう。
窓を開けて外に出たクラッシャーを、ディフェンサーが追う。この場から脱するチャンスを待っていたらしい。
クラッシャーが外から窓を閉めてから、二人はなにやら遊び始めた。駆け回っているだけだけど。
やたら楽しそうだけど、クラッシャーはディフェンサーにいいように遊ばれているようだった。
涼平はふてくされながら、その光景を眺めていた。


「そういえばさぁ、葵ちゃん」

思い出したように、鈴音はリンリンリンガーをまた飲んでいる神田に顔を向けた。
がばりとティーカップの中身を開けた神田に、鈴音は言う。

「葵ちゃんの用事って、まだ欠片も済んでないよね」

「ま、どーせ後回しになると思ってたけどな」

どこか自虐的に、神田は笑った。結構、いやかなり哀れかもしれない。
マリーはキーを叩く手を止め、顔を上げた。

「もうしばらくお待ち下さいまし。あの機体は長いこと眠っていたものですので、起動に時間が掛かりますの」

「どんなアドバンサーなんですか?」

と、インパルサーが尋ねると、マリーは少しだけ、悲しげに目を伏せた。
だがそのまま答えず、彼女はまた作業に戻った。インパルサーとリボルバーは、顔を見合わせた。
あの黒いのが訳ありのアドバンサーだというのは、マリーの態度を見ればすぐに解った。
あたしはやはりその訳を問うことも出来ず、黙ってしまった。しばらくしてから、マリーは深く息を吐く。
ゆっくり顔を上げ、にっこり微笑んだ。

「ご覧になった方が、早いですわ」




あたし達は揃って庭に、いや、まだ家のない赤土の上に出た。
巨大ロボが出てくる、とのことで興味が湧いたのか、不機嫌ながらも涼平もやってきていた。現金な。
神田は期待と不安とその他諸々を混ぜたような表情で、先程からマリーの家と周囲を交互に見ている。
マリーはまたあの腕時計っぽいものを出し、軽く操作する。すると、どこからか地響きがし、少し足元が揺れる。
わっ、と涼平が変な声を上げたので振り返った。家が、動いている。
ゆっくりと、だが確実に。
マリーの家が横に動いていて、あからさまに移動している。もしかして、アドバンサーは真下に入ってるのか。
家の移動が終わると、今度は少し軽めの地響き。ぽっかりと家の下に空いた穴から、何かが迫り上がってきた。

がっしょん、と重々しく、それが止まった。



「…すげぇ」

顔を綻ばせ、神田は叫ぶ。

「マジかよーっ!」


見事までに美しい黒に塗られた尖り気味のボディが、青空の下に立っていた。
その身長はマリーの家よりも少し高めで、足が長い。つま先からかかとまで、すらりとしたラインが綺麗だ。
関節はちゃんとあるんだろうけど、流線形の装甲に被われていてよく見えない。まるで、ステルス戦闘機みたいだ。
背中に乗っている翼は二枚ずつ重なって、インパルサーのと同じような角度で付いている。
胸の辺りがやけに盛り上がっているのは、その中にコクピットがあるからだろう。いい感じに逞しい。
いつのまにかやってきていたロボット兄弟達は、物珍しげに黒いアドバンサーを見上げている。
インパルサーは上から下までじっと眺め、不思議そうに首をかしげた。

「こんな機体、一度も見たことがありませんでした。格闘戦に向いている機体だと思うのですが…」

「まるで姉ちゃんのと揃いだな。性能もそんなに変わらねぇし、タッパも似たようなもんだ。だが一つだけ違うのは」

リボルバーの呟きを、マリーが遮る。

「全て違いますわ」



「葵さん。今日だけなら、この機体を自由にしてもよろしいですわよ。訓練の名目は、あまり効果がありませんの」

マリーは少し表情を固め、神田へ振り返った。すると神田は、急いでリビングまで駆け戻っていった。
またすぐに戻り、あのデイパックを足元に置いてがばっと開いた。デイパックの中に、コーラが四本並んでいる。
マリーはそれを見た途端、両手を重ねて頬の脇に添え、ぱあっと表情を明るくした。が、すぐに表情を硬くした。
彼女は一度、やけに強い咳払いをし、横目に神田を見下ろす。

「…葵さん、何が目的ですの?」

「決まってる。あいつをきっちり操縦出来るようになるまで、貸して下さい!」

「貸す、と言いましても…置き場所はここしかありませんわよ」

「通えばいいことです。お願いします、マリーさん。オレの夢を、叶えさせて下さい!」

真剣な面持ちで、神田はマリーを見据える。マリーの目線は、その表情とコーラの間を行ったり来たりしている。
それに気付いた神田は、立ち上がり、片手を挙げて指を立てた。

「あと二十本」

「葵さん、あなたね…」

「じゃあ三十!」

「…ん」

マリーの表情が曇る。迷っているらしい。
神田はすかさず更に指を立て、五本全部立てた。


「五十!」




「…七十五」

消え入りそうな程小さな声で、マリーは呟いた。神田は詰め寄る。
マリーはゆらりと顔を上げ、声を上げた。もう、やけになったようだ。

「今回分を覗いてきっちり七十五本、キャップを揃えて差し出して頂ければよろしくってよ葵さん!」


徐々に神田の表情が明るくなり、満面の笑みになった。何度も腕を引き、よっしゃあ、と叫んでいる。
その前で、マリーは自己嫌悪の入り混じった顔をして俯いている。きっと、始末書とかあるんだろうなぁ。
神田の周囲をくるくる巡りながら、クラッシャーが良かったねー、とか言っている。神田を気に入っているのか。
鈴音は手で日光を遮りながらに、黒いアドバンサーを見上げる。リボルバーも、同じように見上げている。

「ちょーっと羨ましいかな、葵ちゃん」

「鈴ちゃんも乗ってみれば?」

「いいよ。私、三半規管弱いし」

と、鈴音は少し残念そうに首を振った。乗りたかったのか。
あたしは乗りたくはない。酔いたくはないし、巨大ロボにはさっぱり興味がないからだ。
神田は、まだまだ喜んでいる。まるで小学生みたいだ。ああ、男子って。
対するマリーさんは自己嫌悪の真っ最中で、まだ立ち直りそうにない。結構、凄いことだったらしい。
黒光りするアドバンサーのマスクフェイスの隙間から、鋭い赤い目が覗いていた。ちょっと怖いかも。
まさか、本当に神田の夢が叶うとは。人生、何があるか解ったもんじゃない。
インパルサーはアドバンサーを見上げていたが、不意にあたしへ顔を向けた。

「由佳さん」

インパルサーは奥の目を細め、笑った。

「葵さん、良かったですね」

「うん」

マリーにはちょっと悪い気はしたけど、あたしは頷いた。パルはまた、アドバンサーを見上げる。
神田の凄まじいまでの喜びようは、見ている方まで嬉しくなりそうなくらいだからだ。
物言わぬ訳あり巨大ロボは、じっとあたし達を見下ろしていた。


まるで。

闇から生まれたみたいなロボットだ。







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