Metallic Guy




第十三話 二学期、到来



とうとう、この日が来た。

自分の学用品やらなんやら詰め込んだ通学カバンを体の前に持ちながら、姿勢良くインパルサーが歩いている。
その向こうで、どういうわけだか自転車通学に切り替えた神田が眠そうに、マウンテンバイクを押していた。
昨日も散々アドバンサーを操縦すべく奮闘していたらしく、まるっきり覇気がない。やりすぎだ。
雲一つない青空が大きく広がって、なんとも爽やかな朝だ。
夏休みはあっという間に終わってしまい、宿題もぎりぎりながら終えることが出来た。やばかったけど。
ロボット兄弟達の転校手続きは意外なほどあっさり済んだのは、マリーさんが色々と手を回したに違いない。
彼らに集団生活の基本を教えたりしているうちに日は過ぎて、今日に至ってしまった。
急展開もいいところだ。

河川敷の隣の道路は朝だということもあり、車通りが多かった。排気ガスが煙たい。
交差点の前の信号が赤だったので、あたし達は止まった。隣にインパルサーもがしゃん、と足音を止めた。
通勤に向かうであろうドライバー達は揃ったようにインパルサーを凝視していたが、すぐに前を見た。
こういうリアクションだろうとは予想はしていたけど、されてしまうとあまり良い気分ではない。
あたしがインパルサーを見上げると、彼はくるっと振り向いた。嬉しいのか、ゴーグルがほんのりグリーンだ。

「一度マリーさんと手続きで行きましたけど、皆さんがいらっしゃるときに行くのは初めてです」

「で、クラスはどうなったの?」

「由佳さんの予想通りでした。あ、フレイムリボルバーとマリーさんも一緒ですよ」

信号が青になり、車が止まった。横断歩道を歩きつつ、インパルサーは続ける。

「ただ心配なのが、シャドウイレイザーなんです。一応、フォトンディフェンサーは一緒なんですが…」

横断歩道を渡り切って、あたしは早くも緊張していた。やけに他人の視線が気になってしまう。
神田は一言も喋らず、本当に眠そうだ。あんた、勉強する気はあるのか。
ぱらぱらと同じ制服の生徒が増えてきた通学路を歩いていくと、次第に校門が近付いてきた。
遠目に見てもそれが誰だか一目で解る赤い姿が、校門の手前で鈴音と一緒に待っていた。律義な。
リボルバーは塀に背を預けていたが、外して片手を挙げた。もう一方の手には、二つ通学カバンがある。

「よう」

「おはよー鈴ちゃん、早いねー」

リボルバーの隣で髪をいじっていた鈴音に挨拶すると、鈴音はかなり眠そうだった。でもメイクはばっちりだ。
あまり冴えていない目元を歪めて弱々しく笑い、薄くグロスの塗られた唇を引きつらせる。

「おはよ。ボルの助、何時に私を起こしたと思う? 六時前よ」

「普通じゃん」

「七時に起きても充分間に合うって言っておいたのに、なんでわざわざ私まで起こすのよ」

かなり苛ついた口調で言い、鈴音はリボルバーへ目を向けた。彼は苦笑する。
顔を逸らしてあらぬ方向を見上げ、呟いた。それなりに悪いと思っているらしい。

「起きちまったんだよ」

「マリーさんは?」

思い出したように神田が言うと、インパルサーがあたしにカバンを投げた。
丁度腕の間に収まったそれを持って振り返ると、彼は構えていた。何をする気だ、一体。
その視線の先を見ると、大きく長い足を伸ばしてジャンプする、波打つ金髪をなびかせた美少女の姿があった。
膝丈より短いプリーツスカートを大きく広げているため、白い太股とパステルピンクのパンツが露わになっている。
スカートから伸びた、紺のハイソックスとローファーを付けた足は思い切り伸ばされ、そして。

インパルサーを蹴った。


「あうっ」

ローファーに側頭部を蹴り飛ばされたインパルサーは、なんとか堪えたが、かなり強烈だったようでよろけた。
彼が姿勢を戻す前にもう一発、額に蹴りを食らってしまい、勢い余ってリボルバーの立つ方向へ飛んできた。
突然のことにリボルバーは彼を受け止められず、校門の中に突っ込んだ。数人の生徒が避ける。
マリーはくるりと一回転してからアスファルトに軽く着地すると、肩に乗った髪を背中に落とし、整える。
スカートを通学カバンで押さえてから、天使はにっこりと微笑んだ。

「ごきげんよう」


「よくねぇよ!」

インパルサーの下から起き上がったリボルバーが叫ぶ。二つの通学カバンは掲げていて、しっかり守っていた。
その上からパルは首を押さえながら起き上がり、息を吐いた。ぐいぐいと首を捻り、強く押し込む。
彼を校門の方へ放り投げてから、リボルバーは体を起こし、マリーへ右腕の銃口を勢い良く向けた。

「姉ちゃん、一体何のつもりだ」

「挨拶ですわ」

「それ、ちょっと違いませんか?」

とん、と校門の門柱に降りたインパルサーがマリーを見下ろす。

「違いませんわよ」

と、マリーは何事もなかったかのように、昇降口へ向かっていった。いつのまにか出来た人垣が、さっと割れる。
腑に落ちない表情のリボルバーは土の付いた背中を払いながら、ふわふわと歩いていくマリーを睨んでいた。
彼女の周囲には早速人だかりが出来、何やら話しかけられているようだった。おい、そっちかよ。
あたしはその後ろ姿を見送りながら、校門から降りたインパルサーに通学カバンを渡した。
パルは大きく黒マジックで自分の名前を書いてあるそれを受け取ってから、昇降口へ顔を向けた。

「一息で二発。相変わらず、強い方です」

「ああ。嫌んなっちまうくらいにな」

リボルバーが苦々しげに呟く。がしゃんと回して出した右肩の弾倉から、銀色の円筒を落とす。
おもむろに片足を上げたかと思うと、装甲を開いて中に入れた。中身はどうあれ、弾が入っていたらしい。
鈴音に二つの通学カバンの一方を渡してから、あまり面白くなさそうに言う。

「作戦だとしたら、この上なく見事だ。全くもって、強かな姉ちゃんだよ」

「確かにね」

目が覚めてきたのか、鈴音の目はきりっと開いていた。

「ボルの助みたいないかついのが金髪碧眼美少女のマリーさんに負ければ、あんたらがめちゃめちゃ弱く見える。何も知らない連中は、あんたらが戦闘ロボットだなんて思わないでしょうね。女の子に負けるんだから、ってさ」

「なるほど。プラチナを飛ばしたときと同じか」

あたしは納得した。でも、わざわざパンツを見せる必要なかったと思うぞ、マリーさん。
インパルサーは通学カバンを体の前に抱え、あたしを見下ろした。

「僕らが弱いと思わせることで皆さんの畏怖を消し、警戒心をなくすためだとしたら、実に見事な作戦なんです」

彼は深くため息を吐き、側頭部を押さえた。痛むようだ。

「ですが、なんでわざわざ僕なんですか…」

「やりやすそうだと思ったんじゃねぇのか」

鈴音の機嫌が戻ってきたからなのか、余裕を取り戻したリボルバーは笑う。インパルサーは頬を掻く。
リボルバーは鈴音に急かされながら、生徒達の中に消えていった。やっぱりまるで馴染まない。浮きまくってる。
隣に自転車を止めてから、神田はインパルサーを見上げた。パルは頬を掻く手を止め、神田へ振り向く。

「インパルサーは後から来るんだろ?」

「ええ。一度、ショクインシツへ行かないとですので」

「んじゃ、後でまたってことか」

あたしが昇降口へ向かうと、二人も付いてきた。
ざわざわしている昇降口へ入り、出席番号の入った下駄箱を開いた。その後ろで、神田も開く。
インパルサーは所在なさげに立ち尽くしていたが、何を思ったのかマットに足の裏をがりがり擦り付けていた。
あまりにも真剣にやるその姿を見つつ、あたしは彼には下駄箱が必要なんだろうか、と思ってしまった。
とん、と下駄箱の上で軽い音がしたので顔を上げると、薄汚れた棚の上に紫のロボットの姿があった。
すぐにラベンダー色が薄れ、消えた。そんなんで本当に大丈夫なのか、イレイザー。
校門の方を見ると、ディフェンサーが一人立っていたが、腹を決めたのか怖い顔をして昇降口へ向かってきた。
未だに足の裏をがりがりやり続けるインパルサーは注目を集めていたが、本人はそれを気にしていなかった。

「パル、もういいんじゃない?」

「あ、そうですね。大分砂も取れましたし」

あたしが声を掛けると、やっとインパルサーは顔を上げた。几帳面すぎる。
それでは、と彼は職員室のある方向へ歩いていった。背筋を伸ばして、元気良く。
改めて、あたしはパルが転入してきたという実感が沸いた。
今更、と言う気がしないでもないけど。




私立東条高等学校。
ここが、あたしの通っている高校の名称だ。校名は、創立者の名字だ。
進学校でもなく、かといって部活がそうそう強いわけではなく。要するに、どこにでもありそうな普通校だ。
制服もそんなに可愛いもんじゃない。スカートもブレザーも、野暮ったい紺色だし。
といっても今は夏服だから、上は白いベストに赤いリボン、半袖ブラウスになっているけど。
男子の方はあまり捻りがなく、同じく紺色の上下というありふれたものだ。

二年B組の教室には、もうほとんどの生徒がやってきていて、騒がしかった。
窓寄りの、前から四番目の席。そこがあたしで、斜め前が鈴ちゃんだ。
神田はかなり離れていて、廊下側の前から二番目。だから授業中は、ほとんど視界に入らない。
机にカバンを置いて中身を取り出していると、鈴音が手鏡を開いて、目元を確かめている。まだ、少し眠そうだ。
彼女はあたしに気付くと、ぱたんと手鏡を閉じた。黒髪を耳に乗せ、立ち上がる。

「いい感じに騒ぎになってるわねー」

「マリーさんのせいだよね」

あたしは、周囲で喋り続けるクラスメイト達の会話を聞いた。その内容は、凄い美少女が来た、というのばかりだ。
マリーさんのインパクトが強すぎたようで、皆にはインパルサー達は記憶に残っていないようだ。

「ちょーっとつまんなくない?」

不満げに、鈴音は腕を組んだ。あたしは頷く。

「そりゃあ美少女の方が見ていて楽しいけど、ちょっとはねぇ?」

「ロボットって、珍しくないのかしらねー」

あまり面白くなさそうにしながら、鈴音は机の上に腰を乗せた。その視線の先には、神田がいた。
神田は机にへばりながらも、起き上がって片手を挙げる。周囲の男子が、鈴音に振り向く。
やる気のない神田の姿に、鈴音はにやりとした。

「葵ちゃーん。あんまり頑張りすぎると、勉強に響くんじゃないのー?」

語弊のありそうな言い回しだ。案の定、神田はすぐに男子達に囲まれてしまった。
高宮がどうの美空がどうの、彼女がどうの、とかそんなのが聞こえてくる。
あたしはにやりとしたままの鈴音を横目に、神田を眺めた。面白いくらい、葵ちゃんは言い訳の泥沼に填っている。

「まぁ、間違っちゃいないよね、鈴ちゃんの言ったこと」

「ああいうふうに受け取る方が悪いのよ。なんでそっちにしか考えられないのかしら」

と、半ば呆れたように鈴音は髪を掻き上げた。
階段側の扉が開き、男子生徒が駆け込んできた。先生が来るようだ。
途端に皆ばらけ、各自の席に座り始めた。あたしも座ると、後ろの席の西野やよいが声を掛けてきた。

「由佳」

「何?」

「神田君と、なんかあったの?」

真剣な眼差しで、彼女は迫ってきた。あたしは首を横に振る。

「別に」

「うっそだぁー。夏休みの間、一緒にいるとこ見た子多いんだよー?」

訝しげに眉を曲げ、やよいは更に身を乗り出す。

「あんまりそういうこと隠すと、いいことないよー?」

「いや、ホントに神田君とはなんでもないから」

あたしはそれだけ言い、前を向いた。やよいは悪い子ではないのだけれど、どんな話も拡大解釈してしまう。
だからあまり余計なことを言うべきではない。そう思って、あたしは黒板へ目を向けた。
がらりと扉が開き、坂下先生が入ってきた。あれから、先生は園田先輩とは上手く行ってるんだろうか。
出席簿を教卓に置き、坂下先生はあたし達を見回した。

「今日は数学のテストがあるけど、その前にまず、皆さんに言っておくべきことがあります」

僅かな緊張感に、教室が満たされた。
先生は片手を開け放した扉へ向け、入って、とその向こうから手招きした。
軽く会釈して入ってきた彼女の姿に、途端に教室は歓声に満たされた。騒ぎすぎた。
ふわふわと波打った金髪をなびかせながら、スカートを広げないように歩き、マリーは教卓の前に止まる。
こちらへ振り向いたマリーは、ちょっとはにかみながら微笑んだ。相変わらず、天使のような笑顔だ。

「初めまして。イギリスからやって参りました、マリー・ゴールドと申します。以後、どうぞお見知り置きを」

深々と頭を下げたマリーの後ろの黒板に、先生が英語で彼女の名を書いた。綺麗な字だ。
顔を上げたマリーはあたしへ目を向け、少し目を細めた。すぐに、パルもボルの助も来るということか。
坂下先生は、はい、と手を叩いて大騒ぎの教室を沈めてから、廊下側の扉を手で示した。

「もう二人、転入生を紹介します。といっても、最初、私もびっくりしましたが…」


がっしゃん、がっしゃん、と緊張しているらしい間のある足音が、廊下で止まった。
扉の向こうに、入り口の大きさを越した身長のせいで顔が見えない赤い姿が止まり、屈み込む。
両肩の弾倉と銃身を引っかけないように体を捻りながら、リボルバーが教室に入ってきた。大変そうだ。
少し中を見回してから鈴音を見つけ、表情を明るくさせたが、鈴音は顔を背けた。きついぞ、鈴ちゃん。
リボルバーはざわついている教室に体を全部入れてから、一度廊下へ頭を突っ込んだ。

「おい、さっさと来ねぇのか」

「えと、なんて言えば良いんでしたっけ?」

上擦った声を出しながら、インパルサーは教室を見回した。そしてあたしを見つけ、後頭部を掻いた。
いや、なんでそこで照れるのさ。彼はぎこちなく教室に入り、リボルバーとマリーの隣に立った。
リボルバーは銃身を先生に当てないためなのか身を引いてから、軽く敬礼した。

「レッドフレイムリボルバーだ。今日からこの部隊…じゃねぇや、クラスだな、クラスに加わることになった」

「ブルーソニックインパルサーです。どうぞ、よろしくお願いします」

パルは敬礼してから、顔を上げた。
その後ろで、坂下先生が二人の名前を書いていく。結構長いから、大変そうだ。
リボルバーはぐるりと教室を見回してから、力強く拳を突き出して宣言した。

「オレのコマンダーは麗しき高宮鈴音嬢、スズ姉さんだ! オレは彼女に、未来永劫の忠誠を誓っている!」

「僕のコマンダーは美空由佳さんです」

敬礼した格好のまま、パルは背筋を伸ばした。肩アーマーも上向き、余計に体格が大きく見える。
いつになくきりっとした声が張り上げられ、教室に響いた。


「僕は、由佳さんのことが!」



「パル、ちょっと待ていお願いだから!」

思わず、あたしは立ち上がった。それ以上何を言うのか、予想が出来てしまった。
教室の注目が、あたしとパルに二分している。それを堪えながら、彼を指した。

「あんた、それ以上、言う気?」

「こういうことは最初にはっきりさせておいた方がいいと思いますし、事実ですから」

悪気なく、彼はあたしへ目を向けた。マリーが、可笑しげに肩を震わせている。ひどいよマリーさん。
しばらくしてから、インパルサーは少し残念そうに頬を掻いた。本当に言う気だったようだ。

「ですが由佳さんが言うなと命令なさるのであれば、言いませんけど」

「お願いだからこういうところで言わないで。…恥ずかしいから」

「了解しました」

こん、と軽く敬礼し、インパルサーは身を引いた。
あたしが椅子に座ると、鈴音が同情するように苦笑していた。すると、背後のやよいが身を乗り出す。
彼女はあたしの肩を掴みながら、耳元で高い声を上げる。ちょっと、やかましい。

「二人とも、あのロボットとどういう関係ー?」

「いや、その」

あたしが答えに詰まっていると、鈴音がフォローを入れてくれた。

「聞いての通り。コマンダーとその部下よ。でもって、友達」

「友達ー?」

残念そうに身を引き、やよいは頬杖を付いた。
頬を膨らませ、不満げにあたしを睨む。

「絶対、インパルサーは由佳に告るんだと思ったんだけどなー」

告られたら困るから、あたしは止めたんじゃないか。他人の色恋沙汰の、何がそんなに面白いのやら。
インパルサーはまたあたしを見、少し笑った。奥の目が、微妙に細くなっていた。
マリーは二人の前に立ち、体の前で手を組んでいた。ロボット二人の前に立つと、かなり小さく見える。
坂下先生は教卓に手を付き、教室を見渡す。

「一限目は自習にします。転入生達と、交流を深めるように。でも、テストの予習は忘れずにね」



とん、と扉が締められた。
一番後ろに空いていた三つの席に、窓際から三人が並んで座っている。
窓側から、マリー、インパルサー、リボルバーの順番だ。リボルバーは椅子にぎりぎり座っていて、落ちそうだ。
坂下先生の足音が遠ざかると、おもむろにインパルサーが立ち上がって、ぽん、と机を飛び越えた。
すとんとあたしの机に乗って片膝を付き、身を屈めた。器用なことだ。

「由佳さん、ジシュウってなんですか?」

「先生なしで、各自で勉強することだよ。まぁ、大抵は遊び半分だけどね」

がたん、と椅子が引っ張られた。やよいが興味津々で、インパルサーを見上げている。
その周辺も似たようなもので、じっと眺められている。まるで見せ物だ。
インパルサーは立ち上がり、とん、と跳ねて開け放した窓枠につま先を乗せた。器用なことだ。
窓枠にしゃがみ込んで生徒達を見回しつつ、尋ねた。

「なんでしょうか」

「ねぇねぇインパルサー君! 由佳とどんな関係なのー?」

すかさずやよいが声を上げた。周囲の目線が、またあたしに集まる。
インパルサーは照れくさそうに後頭部を掻きながら、俯いた。あたしを好きだ、と言っているようなものだ。
女子の歓声が上がった。あたしは逃げ出したくなった。ていうかこれ以上、ここにいたくない。
ちらりと背後を見ると、マリーはとっくに女子と男子に囲まれて、話題の中心になっている。
名目としてはイギリスからの留学生で天才科学者だから、質問攻めにあっているが、無難な答えを返していた。
一方リボルバーもリボルバーで、その見た目のせいで残った男子に色々話しかけられている。
彼はあたしに気付き、にかっと笑った。

「ブルーコマンダー、随分と面倒なことになってるじゃねぇか」

「ボルの助に言われなくとも解ってるよ。パルがあからさますぎるんだもん」

そう言い返し、背を向けた。すぐにリボルバーは、ボルの助をネタにいじられ始めた。
色恋沙汰の好きな女子に延々問い詰められているインパルサーを眺めていると、隣に鈴音が立った。
彼女は髪を掻き上げて銀色のピアスが乗った耳に掛け、腕を組む。弱く、香水が漂った。

「予想はしてたけど。ブルーソニックって、素直すぎるのよねぇ」

「なんか、ベッタベタな学園ラブコメの冒頭を見た気分ですよぅ」

あたしは変な笑いが出てしまう。一昔前の、少女小説のようだ。
一人ぼんやりしている神田へ顔を向けると、彼は眠そうにしているが、この騒ぎで眠れなさそうだ。
神田はあたしへ振り向き、背筋を伸ばしたが、だらりと背もたれに腕を掛けて俯き、目を閉じてしまった。
そのだらしない姿に、鈴音はぼやく。

「葵ちゃんが反応しないのは、眠いせいか。ちょーっとつまんないかな」

「鈴ちゃん、神田君で遊ぶの好きだね」

「反応がオーバーで面白いからねー、ああいうタイプ」

にやにやしながら、鈴音はあたしの机に座った。長い足が組まれ、伸ばされた。
あたしはとりあえず参考書をめくってみたが、周囲の騒ぎのせいでまるで理解出来ない。困ったことだ。
仕方ないので参考書を机の中に突っ込むと、人の輪から脱出したインパルサーがあたしの後ろに下りた。
隠れるように身を縮めて、顔を伏せた。イレイザー程じゃないけど、結構シャイなのかもしれない。

「…弱りました」

「何か聞かれたの?」

「ヘビークラッシャーと同じようなこと聞いてくるんですもん、皆さん」

辟易したように、インパルサーは俯く。ゴーグルの色が陰る。

「別に僕は、そりゃ由佳さんに多少なりとも触れはしていますけど、イッセンは越えていませんよ」

「マジでー?」

つまらなさそうに、女子の一人が声を上げる。パルは何度も頷く。

「はい。マジです」

ええー、と落胆の入り混じった声が上がった。あんたら、期待しすぎだ。
否定を繰り返したインパルサーから、彼女らの興味はリボルバーへ移ったようで、視線があちらに向けられた。
やよいは人の間を擦り抜けて彼に迫りながら、ずいっとあたしの机に座る鈴音を指す。

「んじゃあさ、リボルバーはどうなの? 高宮さんと」

「オレか?」

「そうそうそう。忠誠とかなんとか言ってたじゃーん」

「忠誠は忠誠だ。だが、その根底にあるものはなぁ…」

「あるものは?」

目を輝かせて、やよいが詰め寄った。
リボルバーは立ち上がると、だん、と机に大きな脚を乗せた。壊れそうだ。

「オレはスズ姉さんをこの銀河中で、いやこの大宇宙の誰よりもだなぁ!」


驚くほど、教室が静まった。


皆、最後の言葉を期待しているからだ。が、いつまでたっても尻尾の部分をボルの助は言わない。
リボルバーは机から足を降ろし、すとんと座った。あの命令を、忠実に守り続けている。
鈴音は、ゆっくりと頷いた。

「よろしい」

「なぁに。ちいとばかしエモーショナルがぎりぎり来るぐれぇで、堪えられねぇことじゃねぇからな」

と、リボルバーは腕を組み、にやりとした。やっぱり、愛してると言えないのは辛いようだ。
が、途端に喧噪は先程の三割り増しになった。中途半端だから、皆満足していないのだろう。
男子共にがっくがく揺さぶられながらも、リボルバーはにやりとしたままだった。
その光景を見つつ、インパルサーはようやく立ち上がった。ふう、と安心したように肩を落とす。
窓から身を乗り出して隣の教室を覗き込むと、こちらに振り返った。

「フォトンディフェンサーは、なかなか頑張っているようですね」

「大丈夫そう?」

「ええ。隣のクラスの方々と、すっかり打ち解けていましたから」

ですが、とパルは俯いた。

「シャドウイレイザーは、光学迷彩を使っていました。一応パルスは感じましたから、いるようなのですが…」

「問題山積だねー…」

あたしはイレイザーの情けなさに、心底呆れてしまった。人見知りったって、限度があるだろうに。
このまま幽霊生徒になりかねない弟を心配してか、インパルサーはしきりに窓の外へ目を向けている。
リボルバーもいじられながら気になっているのか、隣のクラスのある方の壁を見ている。心配そうだ。
しばらく窓の外を見ていたが、ふと、パルは別の方向へ顔を向けた。そっちは確か、小学校がある。

「ヘビークラッシャーも、大丈夫なのでしょうか」

「涼平が付いてるし、大丈夫でしょ。あれで結構まともだから」

あたしは、朝方元気に小学校へ向かった、クラッシャーと涼平の姿を思い出した。
クラッシャーは涼平と同じ小学校へ行くことになり、あたしのお下がりのランドセルを胸に抱えていった。
マリーの話によればクラッシャーの学力は教えればすぐに上がる、とのことで、涼平と同じ五年生らしい。
だけどそれを見送るまでが大変で、四人の兄達が、自分達の準備そっちのけで大騒ぎしていた。シスコン兄弟め。
特に激しかったのがイレイザーで、赤いランドセルをばらしそうな勢いで点検していた。


「そう、ですよね」

あからさまに不安げな声を洩らしながら、インパルサーはじっと外を見つめた。
直後、がらっと隣の教室の窓が開き、紫の線が飛び出した。ぐわっと空へ向かい、どんどん離れていく。
インパルサーはすぐにそれを追って飛び出したため、ぶわりと強い風が広がった。
彼は一直線に上空へ向かい、青い線が紫に突っ込んだ。止まると同時にそれは落下し、二人は校庭に着地した。
隣の教室から歓声が上がったので、生徒達が窓に集まった。一気に周りが狭くなってしまった。
インパルサーはイレイザーの首元と腰に足を絡めてグラウンドに投げ飛ばしてから、地上に降り立った。

「シャドウイレイザー! こういうときはですね!」

グラウンドへ頭から倒れ込んでいるイレイザーに、インパルサーは叫んだ。

「逃げちゃダメだって三回繰り返すんです! はい!」



「…逃げちゃ」

「もっと気をしっかり持って下さい、シャドウイレイザー!」

「逃げちゃダメだ、逃げちゃダメだ、逃げちゃダメでござる!」



泣きそうな声を上げ、イレイザーは起き上がった。遠目に見ても、震えているのが解る。
インパルサーは彼を立ち上がらせてから、腕を組んだ。イレイザーは俯き、肩を落とした。
目元を手の甲でごしごしやりながら、呟く。泣いていたらしい。

「兄者…拙者は…」

「ちゃんと下校時刻までガッコウにいないと、ヘビークラッシャーに言っちゃいますよ?」

こん、とインパルサーが彼を小突くと、イレイザーはぴたりと動きを止めた。
ぎりぎりと顔を上げ、がしりとインパルサーの二の腕を掴んだ。

「それだけは、それだけはご容赦願えぬか、青の兄者!」


がくがくとイレイザーに揺さぶられるインパルサーは、結構哀れだった。
気付くと窓という窓が開いて、校庭の寸劇を見下ろしている。いい加減に、帰ってくるように言わないと。
外からこちらを覗き込んだディフェンサーはあたしと目が合うと、肩を竦めた。うん、困ったことだよね。
リボルバーは生徒達から解放されたことに安心したのか、どっかりと両足を机の上に置いていた。行儀が悪い。
人垣が割れたことでマリーの姿が見え、彼女は机に座っていた。物珍しげに、騒ぎの続く教室を眺めている。
あたしがマリーの机の前に立つと、マリーはあたしを見上げて微笑んだ。

「楽しいですわね、コウコウという場所は」

「楽しいと言えば楽しいかもしれませんけど…」

あたしはげんなりしながら、マリーの机にへたり込んだ。
軽く肩を叩かれたので顔を上げると、マリーは頷いた。金髪が、さらりと流れる。

「皆、まだ慣れていないだけですわ。頑張りましょう、由佳さん」

「テストの後は体育が続くし、ちょっとは平和でしょ」

と、もう一方の肩を鈴音が叩いた。あたしは頷き、顔を上げる。多少元気が出てきた。
そうだ、三限と四限は体育が続いている。今日は天気が良いから、女子はプールで男子はサッカーだ。
ああ、やっと泳げる。夏休みは一度もプールはおろか海すら行けなかったから、ちょっと嬉しい。
気を取り直しながら窓の外を見ると、インパルサーはイレイザーと共に、二階の教室と同じ高さに浮いていた。
するっと教室に戻ってきた彼は、空を飛んだということを問い詰められ始めた。忙しいことだ。
人の少ない廊下側を見ると、神田が一人眠りこけていた。よっぽど眠かったらしい。


教室の騒ぎは、まだまだ収まりそうにない。


あたしは珍しく、静かに勉強をしたい気分になっていた。







04 4/25