Metallic Guy




第十三話 二学期、到来



プールサイドから見えるグラウンドでは、赤と青にゼッケンを付けてチーム分けされた男子達が走り回っていた。
少し汚れたフェンスに手を掛けてぼんやりしていると、インパルサーがこちらへ振り向いた。なぜ気付く。
だがすぐに足元にやってきたボールを受け、軽く蹴っていく。やったことないらしいけど、結構上手い。
寝て起きた神田はとにかく元気一杯で、ボールを奪うためにインパルサーに向かっていった。
隣に影が出来たので顔を上げると、鈴音が同じようにしてグラウンドを眺めている。
長い髪は捻られてまとめてあり、白いキャップに押し込んである。零れた数本の髪が、首筋に垂れていた。

「あれってさぁ、守ってるの?」

「いや、むしろ塞いでるんじゃないの?」

あたし達は、赤軍のゴールを見ていた。色に合わせてか、その前にリボルバーが立っていた。
腕を組んで仁王立ちして、あまり面白くなさそうにしている。滅多にボールが飛んでこないからだ。
彼はめざとく鈴音に気付き、にっと笑った。いや、だからなんで気付くんだよ。こんなに離れてるのに。
鈴音はあまり似合っていないスクール水着の肩紐を直しつつ、リボルバーから目を外す。

「絶対に、あれは人選を間違えてるわよ」

「ボルの助、きっとつまんないだろうなぁ」

肩に乗せていたバスタオルを下ろし、あたしはそれをフェンスに掛けた。
キャップに納めた髪の形を整えながら、マリーはプールへ目を向けた。既に何人か入って、歓声を上げている。

「まさか、水の中に入るとは思いませんでしたわ。水中訓練は、あまり好きではありませんの」

「いや、訓練じゃなくて水泳ですから」

「ところで由佳さん」

スクール水着のせいで、あまり起伏のない少女じみた体型が露わになっている。肌、白いなぁ。
マリーは控えめに盛り上がった胸元を押さえながら、あたし達を見上げた。

「なぜ敬語なんですの? 普通に話して頂いてもよろしいですわよ、クラスメイトなんですし」

「マリーさん、あたしより年上としか思えないんで、つい」

と、あたしは苦笑した。軍人だってこともそうだけど、絶対にこの人は年下じゃないと思う。
鈴音はあたしを見下ろしてから、腕を組んだ。顎を押さえ、唸る。

「いきなりタメになれ、って言われても…ちょっと、難しいわ」

「努力してみます」

あたしはとりあえず、頷いた。やめようと思っても、一度身に付いてしまったのだからなかなか抜けないだろうけど。
マリーは少し困ったようにしていたが、プールへ向き直った。先程から、彼女は呼ばれていたのだ。

「私も努力いたしますわ。集団生活の中で、あまり浮きたくありませんもの」

ゆっくりと足を水に浸し、とぽん、と小さな体が没した。
あたしはプールのバーに手を掛けて、まだグラウンドを見ている鈴音に尋ねる。

「鈴ちゃん、入らないの?」

「私の運動神経が存在しないこと知ってるでしょ」

「ごめん。でも、浸かるだけでもしない?」

「夏休み前にそれやって、うっかり溺れかけたことを忘れてないわよ」

あたしに背を向け、彼女は自虐的に笑った。ごめんよ、鈴ちゃん。
そうなのだ。これが、一見完全無欠の鈴音の弱点というか、最大の欠点なのだ。
強烈な運動音痴。走らせれば五メートルで転び、泳がせればすぐに溺れかけ、ボールを投げれば自分に当たる。
その美貌と頭脳の代わりに、運動神経が犠牲になったとしか思えないくらい、凄まじい。
あたしは勉強も運動も並みだから、両極端な鈴ちゃんの気持ちは、解るようで解らないところだ。
冷たい水に体を浸して多少泳いでいると、グラウンドの方から声が上がった。
グラウンドの方を見ると、誰かが蹴り損ねたのか、ボールが空高く飛んでいる。
このまま行けば、プールに落ちるだろう。直線上の女子達が、悲鳴を上げて回避していく。
あたしはグラウンドに近い位置にいたため、当たらないだろうと思い、そのままだった。が、どんどん近付いてくる。
弧を描きながら、泥にまみれたサッカーボールが、視界にぐんぐん迫ってくる。
このままじゃ、当たるんじゃないか。あたしに。

「…マジ?」



不意に、青い影が滑り込んだ。


長い足を伸ばし、下半身を捻ってボールを蹴り飛ばした。背中の翼が、倍ぐらいの大きさになっている。
直後、てん、と軽い音と共に、サッカーボールは無事にグラウンドへ蹴り戻された。
彼の重力制御と飛行のせいで強い風が生まれ、水が波打った。細かい波紋が、プール全体に広がる。
僅かな水飛沫を浴びながら、インパルサーはあたしへ顔を向けた。

「これでいいんですよね?」

「え?」

「サッカーって、手を使わなければいいんですよね?」

空中に浮いたまま、インパルサーは身を屈めた。あたしは頷く。

「うん。キーパー以外は触っちゃいけないの。だからわざわざ蹴りに来たの?」

「いえ、由佳さんに当てないために来たんです。ですが、ルールを冒していないか、少し気になってしまったので」

と、軽く頬を掻きつつ、インパルサーは体を起こした。その拍子に、また少し風が起こる。
それが冷たいな、と思いながら、彼を見上げる。やっぱりでかい。
レモンイエローのゴーグルが逆光に陰って、綺麗だ。パルは敬礼し、背筋を伸ばす。

「では、僕はゲームに戻ります」

「ありがとねー、パル。サッカー、適度に頑張ってね」

「了解しました!」

張り切った声を出し、インパルサーはすぐにグラウンドに戻った。素早いことだ。
ついさっきの無茶苦茶なキックのせいで、彼は囲まれている。リボルバーは、ゴール前で暇そうにしている。
彼を見送った鈴音はにやりと口元を上向け、あたしを見下ろした。

「愛されてるわねー」

「そお?」

あたしは、苦笑するしかない。いや、守ってくれたのは嬉しいけれど。
何も、あんなカッコ付けたやり方でなくてもいいじゃないか。なんとなく恥ずかしい。

「何今の、マジ凄くない?」

背中からやよいに飛びかかられ、多少よろけてしまった。危ないなぁ。
やよいはあたしの耳元で、高い声を上げる。ちょっと、いやかなりやかましい。

「インパルサー君てさ、由佳のナイトって感じー?」

「ナイトぉ!?」

あたしはぎょっとしてしまった。それだけは有り得ない。
大体あたしは姫君なんてもんじゃないし、パルも騎士なんて名称が似合うほど男らしくはない。
確かにまぁ下の顔は美形っぽいけど、それ以外は基本的に情けなくて乙女思考の料理好きなロボットなのだから。
あたしは首を振りつつ、ぐいっとやよいを放す。

「それはないから。何があっても」


すると、グラウンドの方で、あうっ、とインパルサーの声がした。振り返ってみると、パルがひっくり返っていた。
その直線上で、リボルバーが片足を上げていた。パルの手前に、ボールが転がっている。
彼の頭部には少し汚れが付いていて、リボルバーが蹴り返したボールが命中したようだった。
その様子を、ゴールを塞いだリボルバーがにやりと見下ろしている。やっと動けたからか、機嫌が良さそうだ。

「…うわ」

と、やよいが幻滅したように呟いた。
グラウンドに俯せに倒れている長身の青いロボットを見つつ、あたしはやよいに言う。

「ほらね」

「うん…」

かなりイメージが崩れたのか、やよいは変な顔をしていた。

インパルサーは起き上がったけど、また足元の石に引っかかって転んだ。どがっしゃ、と凄い音がする。
ぎこちない動きからして、人に囲まれすぎて緊張しているようだ。そのゴーグルの色は、ライトブルーだ。
やっぱり、これもまた色が違う気がする。緊張は、もうちょっと赤っぽい色じゃないのかな。
リボルバーは落ち着きをなくした弟の姿を、少し呆れたような顔で眺めていた。




あっという間に午前の授業は過ぎ、昼休みになった。
騒がしい廊下を抜けて、あたしは鈴音と階段を上っていた。誰ともすれ違わない。
しばらく行くと、奥に明るい扉が見えた。それを開くと、がらんどうの屋上が広がっている。
フェンスに囲まれたコンクリート固めの屋上は、快晴の空が近くて気分が良いのに、まるで人はいない。
校庭側のフェンスの前に、お弁当の包みを抱えた女生徒の姿があった。日光を跳ね、きらりとメガネが光る。
鈴音は購買で買ったパンの袋を抱え、片手を挙げた。

「やっぱり、ここには律子しか来ないか」

「みたいね」

きっちり編まれた二本の三つ編みを風に揺らがせながら、律子は笑い、空を見上げた。
彼女は、二年A組の永瀬律子。クラスは違えどあたし達のお弁当仲間だ。仲は良い。
あたしはお弁当の入った包みを振らないようにして歩き、律子の隣に立って同じようにする。

「まだまだ夏だねー」

「プール日和だったよね」

と、律子はもう誰もいないプールを見下ろした。さっきの体育は、二年のクラスで合同だったのだ。
フェンスの手前にある一段上がった部分に鈴音は腰を下ろし、サンドイッチやコーヒー牛乳を取り出した。
あたしも座り、ふと階段側を見た。すると、屋上から飛び出したその上にリボルバーが仁王立ちしていた。

「ボルの助、何やってんの?」

「コウシャん中、どうにも狭くてならねぇんだ。広い場所っつたら、グラウンドかここだけみてぇだからよ」

リボルバーは少しやりづらそうに返し、どん、と屋上に下りた。鈴音を見、敬礼する。
鈴音は肩を竦めたが、コーヒー牛乳のパックにストローを突き刺してからリボルバーを見上げた。

「いちいちしなくていいわよ」

「クセみてぇなもんさ」

そう笑いながら、リボルバーはあたしの隣で俯いてしまった律子へ顔を向けた。律子は、更に縮まる。
あたしは彼女の肩を軽く叩いてから、尋ねる。なんだろう、この怯えようは。

「りっちゃん、ボルの助が怖いの?」

「…ちょっとだけ」

消え入りそうな程小さな声で、律子は呟く。リボルバーは、大きく歩いて近付いてきた。
どっかりとあたし達の前に座り、胡座を掻いた。あたしの背に身を隠そうとする律子を、彼は覗き込む。

「姉ちゃんは確かAの方だったよな、つーと、フォトンディフェンサーの奴がなんかしたのか?」

律子は首を振る。三つ編みが揺れて、あたしの背に当たった。
おずおずと顔を出し、やはり小さな声でリボルバーに返す。

「びっくりしただけ。ディフェンサー君、手足外れちゃったから…」

「なんでぇそんなこと、大したことじゃねぇよ。あいつぁそういう機能のマシンソルジャーだからよ」

リボルバーが笑った。律子はやっと、まともにリボルバーを見た。
既にサンドイッチを平らげた鈴音はコーヒー牛乳を飲み、ふう、と息を吐いた。
足を組んでフェンスに背を預け、彼を見下ろす。

「やっぱりさぁ、色々と前置きがないときっついってことね」

「だぁねぇ」

鈴音に同意し、頷いた。あたし達はもう慣れたから平気だけど、りっちゃんみたいな子には驚くことばかりだろう。
だからたぶん、マリーさんの作った設定ではない本当のことを言えば、どうなってしまうか。
全ての元凶である謎だらけでえげつない性格のろくでもない男、マスターコマンダー。
そのマスターコマンダーが引き起こした銀河中を巻き込んだ大戦争、ギャラクシーグレートウォー。
宇宙から来た五人の強力なヒューマニックマシンソルジャーと、ついこの間まで彼らと敵だった美少女サイボーグ。
彼女が操る重武装の純白巨大ロボ、プラチナ。と、神田が乗りたがっている訳ありの漆黒巨大ロボ。
そして、パル達がこの地球に来る切っ掛けとなった、兄弟同士の辛すぎる戦い。
これを一気に話したら素っ頓狂すぎて、逆に誰も信じないに違いない。


「そういえばマリーさんて天才科学者で、ディフェンサー君とかを造ったんだよね。凄すぎて、よく解らないけど」

お弁当の蓋を開けていた律子は、ふと気付いたように、あたし達とボルの助を見比べて首をかしげた。

「だけどなんで高宮さんと美空さんは、ロボット達と知り合いなの? じゃあ、マリーさんとも知り合いなの?」

「そりゃオレらとマリーの姉ちゃんは、知り合いも何も」

と、リボルバーが言い出しそうになったため、鈴音は彼を制止した。即座にボルの助は黙る。
鈴音は空になったコーヒー牛乳のパックを置いてから、律子へ目を向ける。

「マリーさんの親が、うちの親の知り合いでね。小さい頃からの付き合いで、幼なじみみたいなもんなの」

いきなり、あたしは鈴音に引っ張られた。なんて嘘を言うんだ、鈴ちゃん。

「んで、由佳も知り合い。夏休みに、三人して良く会ってたの。だから、ボルの助達とも友達みたいなもんなの」

「そっかー。なんか、スッキリした」

律子は満足げに頷き、卵焼きを口に入れた。本当に納得したような表情なので、多少罪悪感がある。
鈴音も内心そう思っているらしく、ゆっくり律子から顔を背けた。良心の呵責、ってやつだ。
本当のことはいつか言いたいなぁ、とあたしは思いつつ、楕円の赤いお弁当箱を開けた。その中身は、凄かった。
あたしがきらびやかで可愛らしい中身につい呆然としていると、律子が覗き込む。

「わ、可愛いね」

「うん」

あたしはこれを作ったのが誰なのか一瞬で解り、力が抜けた。パルの仕業だろう。
星形に抜かれたニンジンのグラッセに、色とりどりの串に刺さったアスパラのベーコン巻きに、肉団子。
食べやすいように小さく切られたブロッコリーのサラダに、なぜかウサギの形に置かれた卵焼き。
とりあえず下は普通だろうと思い、おかずの部分を外して下半分を見てみた。
直後、あたしはおかずを落とさない程度にのけぞってしまった。

「うぉう!」


チキンライスの上に、ハート型に切られた薄焼き卵。
しかもその薄焼き卵の上にも。

ケチャップで、二重のハート。



あまりの見た目に食べる気は失せたけど、いい加減お腹が空いていたので食べることにした。
まるで新婚カップルのお弁当みたいなそれを食べてみると、やっぱりおいしい。
バター多めでまろやかなチキンライスを飲み下してから、呟いた。

「パル…いくらなんでも、これやりすぎだよ」

「愛されてるわねー」

と、鈴音があたしを茶化した。それ、二度目ですよ鈴ちゃん。
他のおかずを食べると、当然ながらこれもおいしい。どうしてもほにゃっとなってしまう。
つい幸せに浸っていると、律子が不思議そうにメガネの奥で目を丸めている。

「パルって、インパルサー君の事だっけ? 彼、ロボットなのに料理なんてするんだ。面白いね」

「おかげで、すっかり丸くなってしまいましたさ。食べさせられるのは、大抵あたしだから」

あたしは昨日の風呂上がりに乗った体重計の数字を、思い出してしまった。いい感じに増えていた。
自分的デッドラインはまだ越えていないけど、それでも夏休み前よりは結構増えている。このままじゃいけない。
そう思っていても、ついついおいしいから食べてしまう。悪循環だ。
鈴音はあたしの二の腕を掴み、握っている。何をするんだ、鈴ちゃん。

「あらホント」

「いいよねー鈴ちゃんは、いくら甘いもの食べても全然丸くならないんだもん」

「頭脳労働で消費しちゃえばいいのよ。そうすれば、結構糖分なんて消えちゃうんだから」

「そうだよ、美空さん。脳って、見た目より結構カロリー消費してるんだから」

と、律子が頷く。あたしは箸を置き、苦笑した。

「心得とくよ」



あたし達はお弁当を食べ終わり、片付けの段階に入っていた。
可愛すぎるけどおいしいお弁当のデザートは、ご丁寧にウサギリンゴだった。徹底しすぎだ。
ふと、リボルバーが立ち上がった。
彼の目の前に、すたん、と軽く何かが下りる。それはすぐに立ち上がって、巨大な腕を振り上げた。
リボルバーは姿勢を整えて腰を落とすと、振り返って拳を握り、大きく踏み出した。
どん、と重々しい足音の直後に金属同士がぶつかる激しい音が響き、リボルバーは拳を引いた。
その影にいたのは、ディフェンサーだった。右手の拳をリボルバーから放し、軽く振る。

「マジで応戦することねーじゃん、リボルバーの兄貴」

「仕掛けてきたのはてめぇだろうが。人がまったりしてるときに、わざわざ殴りかかってきやがって」

と、リボルバーは胸を張った。横目に鈴音を見、語気を強めた。

「スズ姉さんらに何かあったらどうしやがるんだ、フォトンディフェンサー」

「誰もそこまでやらねぇよ。敵がいねーんだから」

虫の居所が悪いのか、ディフェンサーは不機嫌そうに吐き捨てた。
そしてあたし達をしばらく見ていたが、律子に気付いてやってきた。彼は律子を見下ろし、首をかしげる。
律子は身を引きつつ、恐る恐るディフェンサーに尋ねる。

「…なに?」

「お前、オレが嫌いなのか? やったら見ないようにしてるし、話そうとしてもお前だけ避けるしよ」

あからさまに苛ついた口調で、ディフェンサーは続ける。

「言いたいことがあるんなら、きっちり言ったらどうだよ?」

腕を組み、マリンブルーの目を吊り上げて律子を見下ろした。律子は困ってしまったのか、俯いた。
あたしが言い返そうとする前に、リボルバーが動いていた。彼は片足を上げ、どごんと弟の背に打ち込んだ。
その衝撃でディフェンサーはよろけたが、すぐに姿勢を戻して振り返り、声を荒げる。

「んだよ!」

「フォトンディフェンサー」

どん、とリボルバーは銃口をディフェンサーの頭部に当てた。
ぎっと細められたライムイエローの目が、ディフェンサーを睨む。声が低くなる。

「堅気の姉ちゃん捕まえて、その言い草はねぇだろ」


つやりとしたイエローの装甲が、軽く震えている。ディフェンサーの右手が、握られた。
ばきん、と肘が外れてリボルバーの胸元に向かい、こん、と手のひらを当てる。
残った左手が振り上げられ、ぐいっと握られた。

「たった二週間先に造られたぐらいで、いちいち偉そうにするんじゃねぇよ!」

ばちん、とリボルバーの胸元の手から電流が走る。
その電流に照らされながら、リボルバーはにやりと口元を上向けた。
黄色い右腕を掴んで弟に投げ返し、腕を組んだ。なかなか凄みがある。

「そうだな。だがそうしなきゃならねぇほど、いちいち感情的になるのはどこの誰だ」

「兄貴の方がすげぇじゃねぇか」

「それでも、オレのエモーショナルリミッターが切れた回数より、てめぇの方が多いじゃねぇか」

「そんなん、今はどうだって」

「よくねぇよ。前から気になってたんだがな、フォトンディフェンサー。てめぇは色々、行動が過剰過ぎるぜ?」

リボルバーは振り返り、真っ直ぐにディフェンサーを指した。
そして人差し指を曲げて、ばきん、とやけに強く弟の額当たりを弾く。

「この星じゃあ、何もかもの勝手が違う。ちったぁ自重しねぇと、あの姉ちゃんにばらされるぜ?」


ディフェンサーはむくれ、額を抑える。痛そうだ。
ふと、あたしの上に影が出来た。見上げると、インパルサーがフェンスの上にいる。いつのまに。
彼はあたしに軽く敬礼してから、すとん、とディフェンサーとリボルバーの間に降りた。
身長の低いディフェンサーを見下ろしていたが、おもむろに手を伸ばしてディフェンサーの額を指で弾いた。

「えい」

「揃って何しやがんだよ!」

「由佳さんのお友達の代わりです。いきなりあんなことを言ったら、誰だって戸惑いますし」

ふう、とインパルサーは息を吐いた。

「何より、僕達に慣れていない方に迫ったら困ってしまうに決まっています。もう少し、考えて行動して下さい」


すっかり困り果てたのか、律子は泣きそうにしている。あれは、堪えて当然だ。
ディフェンサーは律子と兄達を交互に見、ばつが悪そうに表情を歪めた。いや、悪いのはあんたでしょ。
鈴音はディフェンサーの前に立つと、片手を頬に添え、あのしとやかな口調になる。

「こういうときになんて言うか、それくらい知ってるでしょ?」

リボルバーは、仕方なさそうな顔で頷く。鈴音はディフェンサーを差し、迫る。

「それと、女の子をお前呼ばわりはちょーっと良くないわよ」


一二歩後退ったディフェンサーは、苦々しげに口元をひん曲げている。
しばらく唸っていたが、仕方なさそうに顔を上げる。その後頭部には、リボルバーの銃口が当てられていた。
ディフェンサーはそれを外してから、彼は律子へ向き直った。律子はびくりとして、彼を見上げる。

「まぁ、多少言い過ぎたみてぇだし、ちったぁ悪いかなーとか思うけどさぁ…」

律子は、まだ泣きそうに目を潤ませている。
ディフェンサーは辟易したように、がしがしと後頭部を掻く。

「すっきりしねぇんだよ。なんでお前、じゃなかった、ナガセはなんでオレを避けるんだよ」

だけど、律子は何も言わなかった。いや、言えないようだ。
体を縮めて目を伏せ、肩を震わせている。かなり怯えている。
律子に掴まれた腕が痛いなと思いながら、ディフェンサーを見上げた。彼は、まだ苛ついているようだった。
あたしにはなんとなく、どっちの気持ちも解った。
律子としては、見慣れぬでっかいロボットがただ怖いんだ。怖いから、直視出来ない。
ディフェンサーは人間社会に早く慣れたいから焦ってしまって、力んでいるのだろう。
なんとかしたいけど、こればっかりはあたしにはなんとも出来ない問題だ。
当人同士の問題だから。

律子は恐る恐る顔を出したが、すぐに逸らしてしまった。ぎゅっと手を握り、浅い呼吸を繰り返している。
ディフェンサーは、けっ、と吐き捨てたが、すぐにまたリボルバーに殴られた。本当に良く殴るなぁ、この人は。
軽く握った黒く大きな手を開き、どん、と強めにボルの助はディフェンサーの頭を押さえた。
ぐいっと弟を押さえ込みながら、リボルバーは律子を覗き込む。

「こいつも悪い奴じゃねぇんだ。えーと…リツコさんよ、あんまり怖がらねぇでくれるとありがてぇんだが」

「ゆっくり慣れて下さい。僕達は、あなた方に危害を加えることは絶対にありませんから」

インパルサーの優しい口調に、僅かながら律子は頷いた。
消え入りそうな声で、ごめんなさい、と後ろから聞こえてきた。
鈴音は困ったような目であたしを見たが、あたしも正直困っている。まさか、こんな反応があるとは。
神田みたいに警戒していきりたつタイプもいれば、怖がるタイプもいるということか。
ディフェンサーは、腰に大きな両手を当てた。

「大体な、名前で解るだろ名前で! オレはフォトンディフェンサーっつって、その名の通りの防御専門なんだよ!」

いきり立った声を、ディフェンサーは屋上に響かせた。

「そんなにびびられるほど、オレは強烈な破壊兵器は搭載しちゃいねぇんだよ!」


更にディフェンサーが言おうとしたが、不意に予鈴が鳴った。途端に、グラウンドが騒がしくなる。
階段を伝わって足音やら声が聞こえてきて、皆教室へ向かっていくようだ。
鈴音はゴミをまとめた袋を持ち、リボルバーを階段の狭い出入り口に押し込めた。しばらくして、なんとか通った。
ディフェンサーはその後に続き、最後に気落ちした足取りで律子が階段へ向かった。
階段に入りながら、彼女は一度振り返る。

「美空さんも、早くしないと」


「あ、うん」

あたしはお弁当箱の入った包みを抱え、なんとなく立ち尽くしていた。
最後に残っていたインパルサーは、あたしに顔を向ける。二人だけになるのが、やけに久々な気がする。
彼はしばらくあたしを見つめていたが、お弁当箱へ視線を落とす。

「お弁当、どうでしたか?」

「おいしかったよ。でも、可愛すぎ」

「次はもうちょっと、控えめにしましょうか?」

「お願い。おいしいんだけどさ、ちょっと恥ずかしいから」

「了解しました」

パルは軽く敬礼し、階段へと歩いていった。が、途中で振り返る。
しばらくしてあたしに向き直り、ゴーグルの奥で少しだけ目の色を強めた。

「由佳さん」

「ん?」

「ハナムコとナイトは兼任出来るんでしょうか?」

真剣に、インパルサーは言った。あれ、聞こえていたのか。
たぶん、ヒューマニックマシンソルジャーは色々と感覚が鋭いのだろう。だから見えて、聞こえるんだ。
でもこれは、いくらなんでも強烈だ。花婿とナイトのダブルだから、余計に。
あまりの言葉にあたしがぽかんとしていると、パルはわざわざマスクを開いてから語気を強める。

「なれるんですか?」

「…なるつもりなの?」

答えは予想出来たけど、とりあえず尋ねてみた。
インパルサーは、真顔だ。

「はい」

「わざわざならなくてもいいと思うけど」

「なぜですか?」

「だってさぁ」

多少、いや、かなり恥ずかしかったが、この際言ってしまうべきだと思った。うん、これくらいはね。
あたしはこれ以上目を合わせていると限界が来そうなので、パルから目を外してから続ける。

「第一、あんたは」



「何もなくっても、守ってくれるでしょ?」



言ってから、物凄く恥ずかしくて屋上から飛び降りたい心境になっていた。
たぶん真っ赤になっているであろう頬が熱く、胸がじりじりしてくる。相変わらず、痛くてならない。
ざあ、と強い風が吹き抜けた後、インパルサーの声が聞こえた。

「はい」



ああ。

胸が、苦しい。







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