Metallic Guy




第十五話 騒乱、運動会



あたしはグラウンドの片隅に座るロボット兄弟を、眺めるしかなかった。
呆れ果ててしまうと、ろくに言うべき言葉は出てこないものだ。
降りてきた四人は圧殺されてはいなかったが、それでもそれなりにダメージを受けていた。
グラウンドの隅で座り込む彼らは、それぞれの塗装が薄くなっている部分を押さえている。
背後の観客席はお昼休みに入っていて、沢山の家族が楽しげにお弁当を広げていた。あたしもお腹が空いた。
ばきっ、という凄い音の正体は、クラッシャーの攻撃を受けてしまったナイトレイヴンが出元だった。
無惨にもナギナタは潰されてしまったため、その背の翼は三枚で中途半端だ。微妙にカッコ悪い。
クラッシャーはショッキングピンクの目を吊り上げ、じっと兄達を睨んでいた。相当に怒っている。
マリーは頬に手を当て、ふう、とゆっくり息を吐いた。彼女も呆れている。

「ヘビークラッシャーの攻撃目標が、ナイトレイヴンで良かったですわね。あの一撃は、あなた方全員をスクラップにしてしまうには充分すぎる威力でしたもの」

「すいません」

インパルサーは正座して、項垂れていた。調子に乗りすぎたと自覚しているようだ。
そのマスクには細い傷が走っていて、あたしはその辺りを小突く。

「どうしてこう、パルまでこうなっちゃうの? あんたはもうちょっと理性的だと思ってたのに」

「本当に、情けないです」

背中の翼をへたらせながら、パルは呟いた。反省しているみたいだ。
ディフェンサーはどうやらリボルバーに殴られたようで、腕の装甲が僅かながら歪んでいた。やりすぎだ。
リボルバーは殴りすぎたと思っているのか、先程から何か唸っている。殴らなきゃいいのに。
あたしは、頭を抱えて俯くボルの助を見下ろす。これは言っておかねばならないだろう。

「ボルの助。鈴ちゃんがいなくて、本当に良かったね」

「ああ。スズ姉さんがいたら、あれだけじゃ済まされねぇよ」

力なく笑い、リボルバーは肩を落とした。

「出入り禁止どころか、池に蹴り落とされるぜ。まぁ、あの足に蹴られるんならそう悪い気はしねぇけどな」

「兄貴…あんた、マジに馬鹿だったりしねぇ?」

ディフェンサーが変な顔をすると、リボルバーは、かもな、と返す。
お昼を食べ終えた涼平は、今にも兄達を攻撃しそうな目をしているクラッシャーの手を掴んでいた。
掴まれているから、まだクー子は自制が効いているようだけど、かなり怒っていることには代わりがない。
その隣で、白いハチマキを額に巻いたさゆりが後ろに手を組んで立っていた。じっと、イレイザーを見つめている。
イレイザーはその視線を恐れるかのように目を伏せ、座り込んでいる。さゆりは、一歩彼に近付く。
ずさりと後退ろうとしたイレイザーのゴーグル辺りを、さゆりは細い指で示す。

「キズ」

「確かに…」

と、イレイザーはさゆりに指された部分を押さえた。その下には、うっすらとしたキズが走っている。
さゆりは、とん、と一歩下がる。ツインテールが、弱い風に揺れた。

「いっちゃん」

「なんでござろう、さゆりどの」

「クー子ちゃんは、子供じゃない。もう五年生」

淡々と、さゆりは続ける。辺りが静まった気がした。

「それが、なんで解らないの」


「離してっ!」

突然、クラッシャーは涼平の手を振り解いた。涼平は身を引き、あたしを見上げた。いや、どうしろと。
目元にじわりと涙を滲ませながら、ぎっと四人の兄達を睨んだ。片手を挙げて、開いている。
その手が、くいっと駐車場の方へ向けられた。そこには、二体の巨大ロボがまた突っ立っている。
細い指を曲げると、ばこん、とまたナイトレイヴンの翼が一枚潰れた。神田は動転し、うぉわぁ、と変な声を上げた。
クラッシャーは両手を下ろして握り締め、ショッキングピンクの目の色を強める。

「ごってりメモリー積んでるくせに、戦闘経験も稼働日数も私よりずうっと多いのに、なんで解らないの!」


「兄さん達なんて、兄さんなんて!」

クー子は、力一杯叫んだ。



「だいっきらいだぁ!」




くるっと背を向け、クラッシャーはブースターを上向けた。
ごうっ、と勢いを付けてあっという間に行ってしまった。激しい泣き声が、遠ざかっていく。
あたしはそれを追いたいけど、すっかり落ち込んだ兄達も気になっていた。
涼平は少し迷ったが、すぐにクー子を追っていった。さゆりは涼平を見送ってから、一言呟いた。

「クリティカル」

意気消沈しているインパルサーはちらりとあたしを見たが、ふと、観客席の方を見た。
その方向を見ると、ビデオカメラを肩から提げた母さんが立っていた。白い帽子の広いツバを上げ、あたしに笑う。
母さんはクラッシャーの去った方向を指し、少し首をかしげた。

「由佳。クー子ちゃん、追いかけてあげないの? 由佳は、クー子ちゃんのお姉さんでしょ?」

「だけど、パル達は」

「大丈夫」

母さんは、にっこり笑った。

「このどうしようもないお兄さん達は、私がなんとかするから。ね?」

あたしは仕方なしに頷き、校舎の方へ向かった。
薄暗い校舎の影を走っていたけど、途中でどうしても気になって振り返ってしまった。
すると、四人のいかついロボットがきっちり正座させられて、母さんに延々と説教されている。
あたしも、急いだ。どこに行ったのかは解らないけど、追っていけば見つかると思うから。




しばらく走ってから、あたしは辺りを見回した。
校門から裏庭、そして向こうに目をやると、少し木の茂った中庭がある。あたしのいた頃と、構造は同じだ。
その中庭にはこぢんまりとした金網で作られた小屋があり、付けられている看板には白いうさぎが描いてあった。
うさぎの看板の下辺りに、黒い姿があった。涼平が、しゃくり上げているクラッシャーを宥めていた。
あたしはちょっと安心し、近付いていった。クー子の目は、もう強く光ってはいない。
茂った木の下で泣いていたクラッシャーはあたしを見上げて気が抜けたのか、再び泣き出した。
ぐっとあたしのスカートを掴み、肩を震わせる。とりあえず、黒いヘルメットを撫でた。

「パル達なら、母さんが色々言ってるから」

「ちがうの、ちがうの」

上擦って震えた声を、クー子は出す。
ぎゅっとスカートを握ったまま、顔を上げた。

「わたし、ちがうの、にいさんたち」

「解ってるって」

あたしは屈んで、クラッシャーと視線を合わせた。ボロボロ泣いているせいで、頬に筋が付いている。
ハンカチを取り出して拭いてやりながら、その後ろの涼平を見上げた。目を伏せ、硬く拳を握っていた。
あたしはクー子の肩をぽんぽんと叩いてやりながら、うさぎ小屋を顔を向ける弟へ言う。

「ちったぁ泣きやませられないの?」

「これでも頑張った方なんだぜ」

と、涼平は深く息を吐いた。どうやら、自己嫌悪に陥っているらしい。
あたしは泣き続けるクラッシャーをぎゅっと抱き締めてやる。落ち着けるには、これが一番だ。
しゃくり上げながら、彼女は小さく呟いた。弱々しい声が、耳元に聞こえる。

「兄さん達、嫌いじゃないの。好きなの、みんな大好きなの」

「うん。解ってる。パル達も、クー子のことが大好きだよ。あたしもね」

あたしの首に回されたクー子の手が、ぎゅっとあたしの服を掴む。

「でもね、私は私で、兄さん達は兄さん達なの!」

クー子は顔を上げ、あたしを見上げた。
泣くのを堪えているせいか、余計に流れ出した冷却水が頬を伝っている。

「もう、五年生なのに」


ヘビークラッシャーは、成長している。
あたしは軽くはしているのだろうけど、ずしりとした機械で出来た少女の重みを感じてそう思った。
ちょっと前だったら、多少の抵抗はするけどここまで反発はしていなかった。兄弟の束縛から、逃れたがっている。
小学校に行ったから、ということもあるのだろうけど、クー子自身がずっと溜めていたのだろう。
そうでなければ、あそこまできついことは言わないだろうから。
成長しようとしているのにそれを押し込められることは、何よりも辛い。それは、あたしにもよく解る。
クラッシャーは、声を上げた。

「おねぇさん!」

「何?」

「兄さん達、私のこと悪い子だって思わないかな? いけない子だって、怒らないかなぁ!?」

今になって自分で言ったことのきつさを感じたのか、クー子はまた泣き出しそうだった。
あたしは滑らかなヘルメットを撫でてやりながら、首を横に振る。

「怒らないよ。ちゃんと謝って説明すれば、パルもボルの助も、ディフェンサーもイレイザーも怒らないよ」

「ホントに?」

不安で仕方ないのか、声が震えている。
あたしは頷く。

「怒らない。あたしが保証するから」

「…うん」

多少安心したのか、クラッシャーはあたしの服から手を放した。ぐしぐしと目元を擦り、息を吐く。
ふと思い出したようにうさぎ小屋を見、中を覗き込んだ。二羽のパンダうさぎが、小さな鼻をひくつかせている。
クラッシャーは金網に張り付いて、申し訳なさそうに呟いた。

「ごめんね。うるさくしちゃって。うさぎさんは、センサーが強いのにね」

うさぎはしばらくクラッシャーを見上げていたが、ふいっと目を逸らした。クー子は、少し笑った。
涼平は気落ちした表情を、クラッシャーに向けた。まだ、自己嫌悪していたらしい。

「クー子。その、オレ」

「あのさぁ」

すっかり落ち着きを取り戻したのか、クラッシャーは涼平の言葉を遮った。
振り向いて、少し首をかしげる。ふわりと動き、弟の前に近付く。
涼平は回避しようとしたが、後ろにあったイチョウの木に阻まれてそれ以上動くことは出来なかった。
下から覗き込むようにしながら、彼女は涼平に迫る。まるで、どこぞの恋愛ドラマの構図だ。

「涼平って、女のあしらい、下手すぎー」

「お前なぁ…」

呆れたように、涼平は顔を背けた。
クラッシャーはにやりとする。立ち直りが早い。

「そんなんじゃ、鈴音おねーさんはリボルバー兄さんのモノになっちゃうよぉ」

「んなこと」

「さぁーてどうでしょう。みっらいはだーれにもわっからなーいー、せいぎのこころをもっていーてもー」

と、クラッシャーはくるりと背を向け、ゆっくりと進み始めた。確かこの節は、ジャスカイザーのEDだ。
その続きを歌い続けるクー子を見ていたが、ふと、涼平はあたしを見上げた。

「姉ちゃん。クー子の言ったこと、マジ?」

「さぁてねぇ。そんなに気になるなら、鈴ちゃんに聞いてみたら?」

あたしには解らないのだから、はぐらかすしかない。鈴ちゃん自身は、解っているとは思うけど。
曖昧な答えで満足出来ないのか、涼平は不満げにしている。あたしはそれを無視し、クー子を追った。
多少間延びしたジャスカイザーのEDテーマが、運動会の騒がしさに混じっていた。




グラウンドの隅へ戻ると、四人はまだ正座していた。
いかついロボットが四体、横一列にきっちり正座している光景というのは、なんともおかしい。
中でも辛そうなのがリボルバーで、自重で足が痛むのか崩したそうにしている。
インパルサーはあたしとその手前のクラッシャーを見、また俯いた。まだまだ落ち込んでいる。
母さんの説教が余程凄かったのか、いつもであれば何か言ってくるであろうディフェンサーすら黙っていた。
神田はナイトレイヴンの破損状況を、駐車場へ確かめにいったようで、もういなかった。
項垂れているイレイザーの肩に寄りかかり、さゆりはどこかを見ていたが、こちらへ振り返る。

「おかえり」

「状況は好転したみたいですわね、由佳さん」

腕を組んでいたマリーが、ずいっとクラッシャーに顔を寄せた。

「ナイトレイヴンの翼、二枚とも破損が激しくてセルフリペアが効きませんの。あれもただではありませんのよ?」

「…ごめんなさい」

と、辟易したようにクラッシャーは苦笑した。マリーは身を引き、微笑んだ。

「解ればよろしいですわ」

マリーが離れてほっとしたのか、クラッシャーはゆっくり肩を落とした。
そして兄達を見回し、頭をぺこっと下げる。その拍子に、背中の大きなブースターが勢い良く上がった。


「ごめんなさい」


意外そうな顔で、ディフェンサーがゆっくり立ち上がった。
リボルバーは正座を崩して銃身を支えにし、ぐいっと足を伸ばしながら立ち上がる。
多少やりづらそうにしていたが、インパルサーも立ち上がって妹を見下ろした。
最後に残ったイレイザーは、さゆりに命じられてやっと立ち上がったが、項垂れたままだった。
クラッシャーは上半身を真っ直ぐにしたが俯いたままで、ぎちりと強く手を握っていた。

「あんなこと言って、ごめんなさい」

「いや」

リボルバーは膝が痛むのか、両膝を曲げたまま首を横に振った。
片手を伸ばし、ぽんとクラッシャーの頭に手のひらを乗せる。尖り気味のヘルメットが、軽く叩かれる。
彼が苦笑しながらぐいっと大きな黒い手を動かすと、クー子は顔を上げた。

「悪いのはオレ達だ。よーく考えなくとも、オレ達ぁどうしようもねぇくらい馬鹿だったよなぁ」

「なんだかんだ言って、僕も皆さんに付き合ってしまいましたから。同罪ですね。すいませんでした」

と、インパルサーは後頭部に手を当て、身を屈めた。
その隣でディフェンサーは大きな腕を組み、リボルバーの大きな手の下のクラッシャーを見下ろす。

「全くなぁ…笑えるくらい進歩しねぇよなぁ、オレ達。これからは出来る限り抑える、悪かったな」

兄達の答えに安心したのか、クラッシャーは口元を綻ばせた。ほら、あたしの言った通りだ。
イレイザーの足を、くいっとさゆりが押した。彼だけ、何も言ってないのだ。
さゆりに何度か押されてからやっと前に出たイレイザーは、それでも顔を上げなかった。
クラッシャーはそれを覗き込む、ぷっと頬を膨らませる。小さな胸を張り、すいっと兄の目線に上がる。

「イレイザー兄さん!」

「ヘビー、クラッシャー…」

困り果てたように呟くイレイザーのゴーグルを、ぱちんとクラッシャーは中指で弾いた。要するにデコピンだ。
突然のことに驚いたのか、イレイザーは顔を上げた。口が半開きになっている。
クラッシャーは、伸ばし切った人差し指をイレイザーの赤いゴーグルに、こん、と当てた。

「私はもう子供じゃないし、後方支援されなくたって問題ぐらい解るし、忘れ物だってほとんどしてないもん!」

いきり立った高い声が、イレイザーにぶつけられる。

「それに、イレイザー兄さんはさっちゃんの部下なんだよ! んでもって、私は涼平の部下なんだよ!」

さゆりがこくんと頷く。クラッシャーは続ける。

「これからは、さっちゃんの命令がない限り私に過干渉しないで!」


「命令」

さゆりはすいっと片手を伸ばし、イレイザーを指した。

「クー子ちゃんの言う通りにして。それが、兄貴ってもんでしょ」

しばらくイレイザーは黙っていたが、ゆっくりと手を挙げて敬礼した。
さゆりに向き直り、頷く。

「…御意」

「それでよし」

さゆりはくるりと背を向け、観客席へ歩いていった。やっぱり、小学生っぽくない子だ。
イレイザーは困ったように自分のコマンダーを見送ってから、クラッシャーを見下ろした。
それに気付いたクラッシャーは、そっぽを向いた。その表情は大分緩んでいたが、まだ頬は膨れている。
イレイザーは慌てふためきながら、インパルサーに詰め寄った。かなりショックだったらしい。

「あっ、あっ、あにじゃー!」

「それくらいでなんですか。ヘビークラッシャーは、僕達が思っているよりずっと大人なんですから」

呆れたのか、インパルサーはこつんとイレイザーを小突いた。
中指を曲げて、彼はクラッシャーがしたのとほぼ同じ位置をばこんと弾く。

「一番子供なのってあなたですよね、シャドウイレイザー」

「あにめいしょんの虜になっておられる青の兄者には、言われたくないでござる」

一歩身を引いてからイレイザーは顔を背け、にやりとした。
その嫌味にパルはむくれたのかしばらく唸っていたが、急にあたしへ振り向いた。

「由佳さん!」

「何よ」

「ジャスカイザーは素晴らしいんです!」

がしりとあたしの肩を掴み、もう一方の手を高々と突き上げる。
顔を逸らして、多少色の強まったレモンイエローのゴーグルにぎらりと日光を映した。

「正義です、友情です、愛なんです! ジャスカイザーの信念もサンダードリラーの扱いの悪さもナナエオペレーターのシュールさもアウトロードのチンピラ加減もアヤカの可愛らしさも全部含めて、素晴らしいんですよ!」

「うん、解ったから」

あたしはとりあえずどんどん近付いてくるインパルサーを突き放したが、彼は手を放さない。
それどころか、まだまだ力説を続ける。好きなのは解ったし心酔してるのは解ったけど、ちょっとやかましい。
結局、お昼休みが終わるまであたしはパルによるジャスカイザー談義に付き合わされてしまった。
おかげで、四天王の名前と能力にヒロインの淡い恋の結末や、大まかなストーリーが全部頭に入ってしまった。
ぶっちゃけ、こんな知識いらない。




グラウンドのトラックには、平均台やらネットなどが置かれていた。
ちょっと間の開いた場所には折り畳まれた紙が、小石の重しを乗せられて五枚並んでいる。
察するに、これから始まるのは障害物競走だろう。アナウンスの声が、二年生の競技です、と言った。
ぐったりと気の抜けた顔をして、神田はあたしの隣に座り込んでいた。

「新車を擦られたときの気分って、こんな感じなのかなぁ…」

どうやら、クラッシャーによって壊されたナイトレイヴンの翼のことを考えているらしい。確かにあれはひどい。
あたしは食べ損ねていたお昼のおにぎりを食べ終えてから、返した。

「ご愁傷様。でも、戦闘に故障はつきものでしょ?」

「そりゃ、ボディの傷は戦いの勲章みたいなもんだけどさぁ、あれは…」

と、神田は頭を抱え唸る。うん、あれはどちらかと言えば事故みたいなもんだ。
右手首から外した銀色のコントローラーを操作しながら、マリーは顔を上げた。

「まだ予算で落ちる範囲ですわね…。これだけは、不幸中の幸いですわね」

「直ります、マリーさん?」

心配げに、神田がマリーへ目を向けた。マリーはまた何度かボタンを押し、操作する。
顎に指を添えて桜色の唇を曲げていたが、その端を少し上向けた。

「直りますわ。ですけど、これ以上の損傷はあまり好ましくありませんわ」

「了解…」

神田はよろよろと敬礼してから、ぱたりと落とした。かなり、堪えている。
あたしはそれを不憫に思いながら、グラウンドの方を見た。小さい子達が、平均台を渡っている。
頼りない走り方でネットに向かい、その中を先に何人かがくぐり抜けた。そして、あの紙に辿り着く。
一番最初にその紙を開いた男の子が、急にこっちへ振り向いた。何事か。
白いハチマキを付けたその子は必死に走ってくると、緊張した面持ちで紙を掲げた。

「ロボット」

「は?」

あたしはその紙に書いてある文を見、面食らった。
確かにそこには、教師のものらしい神経質そうな字で、ロボットと書いてある。
たぶんこれは、クラッシャーがいるからだろう。そう思っていると、その子は正座するインパルサーを見上げた。
インパルサーは少し困っていたが、とりあえず立ち上がり、胸元に手を当てる。

「えと、僕、ですか?」

「早く!」

少年はインパルサーの腕を掴み、ぐいっと引っ張り出した。わあ、とかいう声が遠ざかる。
無理矢理連れ出されたせいでよろけたインパルサーは転びかけたが、なんとか姿勢を整えて少年に付いていく。
三着でゴールした少年とインパルサーを見送り、少し物足りなさそうにリボルバーが腕を組む。

「なーんでソニックインパルサーなんだよ」

「リボルバーの兄貴、ツラが悪人面だからじゃねーの」

と、ディフェンサーが笑う。リボルバーは、おもむろにがつんと弟を殴った。

「言われなくても解ってらぁ、そんなこと」

そうむくれながら、リボルバーは顔を背けた。意外なことに、気にしているらしい。
殴られた部分を大きな手で押さえながら、ディフェンサーはおかしそうに肩を震わせていた。笑いすぎだ。
すると、二回目の障害物競走が始まった。二年生の子供達が、必死に走っている。
先程とは違う内容の紙を広げ、その中の一人がまたやってきた。今度は一体なんなのだろう。
ショートカットの女の子は紙を広げて突き出し、緊張で上擦った声を上げる。

「腕時計、貸して下さい!」

「はい?」

きょとんとしながら、マリーは操作していたコントローラーを指した。女の子は頷く。
マリーがそれが何なのかを説明しようとする前に、女の子はそれを奪い取って走っていった。
すると、駐車場の方でプラチナが一歩踏み出した。ぐらりとよろけて変な姿勢になり、転びそうになっている。
それを見たマリーは短い悲鳴を上げ、慌てて女の子を追いかけていった。どうやら、無意識に操縦されたらしい。
ミニスカートを翻し、平均台の上を飛び越えて走りながらマリーは叫んだ。

「お待ちになって! プラチナが倒れてしまいますわ、お返しなさい!」

あたしは、ここまで必死なマリーの姿がちょっと新鮮だった。いつもは何事にも動じないから、余計に。
女の子に追い付いてコントローラーを取り返しているマリーと、変なポーズのプラチナを見比べる。
そしてプラチナを凝視した、イレイザーは満足そうに頷く。

「撮影完了」

「あんなもん、撮ってどうするの」

と、あたしが尋ねると、イレイザーは呟いた。

「いや、何か面白いもののように思えたのでな。他意はござらん」

すると、プラチナはくいっと姿勢を戻して直立した。無駄にスタイリッシュなモデル立ちになる。
次の障害物競走が始まる前に、金髪を振り乱したマリーが戻ってきた。かなり慌てていたらしい。
乱れた髪を整えてから片手を頬に添え、ふう、と深く息を吐いた。白い頬が、紅潮している。

「驚きましたわ。まさかあんな子供に、プラチナが動かされるなんて思ってもみませんでしたわ」

「運動会の時って、とにかくテンション高いからねー」

考えられる理由としては、それくらいだ。すると、また子供がやってきた。なんだろう、この人気ぶりは。
今度は全体的に丸みのある少年で、彼は息を荒げながら紙を広げた。そこには、五年生の兄弟、とある。
妙にピンポイントな指示の紙を下ろして汗を拭いてから、少年はリボルバーとディフェンサーを見比べた。
少しだけ緊張した空気が流れたが、少年は神田を指した。ああ、そういえばそうだった。
神田は気恥ずかしげにしていたが立ち上がり、ロープを飛び越えてトラックの上を走っていった。
リボルバーは顔を背け、気落ちしたように呟いた。

「そんなに怖ぇか、オレは…」

「そりゃあそうだろ。でかいわごついわツラが怖いわ、パーフェクトに子供に好かれねぇタイプだもんなー」

と、ディフェンサーは口が減らない。案の定、また殴られた。
だがリボルバーは言い返すことはせず、背を向けてしまった。もしかして、傷付いたのか。
ディフェンサーが肩を竦めると、イレイザーは呆れたように三男を見た。

「言い過ぎでござるよ、黄の兄者」

「そうか?」

首を捻るディフェンサーに、イレイザーは頷く。

「本当のことを言われると、誰だって気に病むものでござるよ」


直後。
長い銃身が振られ、二人揃って薙ぎ倒された。勢い良く、三男と四男は地面に転がされる。
リボルバーはくるりと二人に背を向け、黙ってしまった。ああ、やっぱり傷付いたのか。
あたしは001の目立つ彼の背から目を外し、地面に頭から突っ込んでいる二人を眺めた。

「イレイザー。それ、フォローになったと思ったの?」

「いや」

上体を起こしたイレイザーは、首を横に振る。

「言ってみたらどうなるかなーとか、ちょっとした冒険心でござる」

「そうそう」

取って付けたように、ひっくり返ったまま腕を組んでいるディフェンサーが頷く。
あたしは二人を見下ろしながら、心底呆れてしまった。なんて容赦のない兄弟だろう。
しばらくすると、借り出されていたインパルサーと神田が帰ってきた。障害物競走は終わったようだ。
神田はあたしを見下ろしていたが、その表情は先程とは違い、やけに真剣だった。
そして一度インパルサーへ目を向けたが、背を向けた。

「ナイトレイヴン、修理するからマリーさんの船に入れてくる。さゆりにもそう言っといて」

「あ、うん」

あたしは頷き、小走りに駐車場へ向かう神田を見送った。パルも同じようにする。
数秒後、壊れた二枚の翼を手に持った黒いアドバンサーが浮上し、ごおっとグラウンドの上を通っていった。
いきなり帰っちゃうなんて、あんまり神田らしくない。


一体、何があったんだか。






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