Metallic Guy




第二十話 作戦、終了



五人の戦士達は、戦いを終えて無事に帰ってきた。
彼らに掛けるべき言葉は、やっぱりすぐには見つからなかった。


あたしはインパルサーの前に出て、彼を見上げる。所々汚れて、綺麗な青が台無しだ。
横に細い傷の走ったマリンブルーのマスクに、涙の筋が付いている。
インパルサーはあたしに手を伸ばそうと上げたが、すぐに引っ込めて身を引いてしまった。
その態度が少し気になったが、今はそれよりも、こう言うべきだと思った。

「お帰り」

インパルサーは敬礼していた手を下げ、頷く。

「なんとか、無事に終わりました」


「はい」

野球帽を頭から外し、クラッシャーはそれを涼平に被せた。
飛び散ったオイルが少し当たってしまったのか、球団名のロゴが汚れている。
申し訳なさそうにするクラッシャーの丸っこい肩アーマーを、涼平は軽く叩く。

「気にすんな。洗えば取れるさ、こんなもん」

おずおずと顔を上げたクラッシャーに、涼平は頷く。

「だから、もう無理すんな。泣きたいなら、泣けよ」

クラッシャーは泣くのを少し堪えたようだったが、無理だった。
肩を震わせながら目元を擦り、とん、と涼平の肩の辺りに尖り気味のヘルメットを当てた。
緊張の糸が切れたのか、泣き出した。涼平は、クー子の頭を軽く撫でている。
ひとしきり泣きわめいたクラッシャーは少し落ち着いたのか、しゃくり上げながら涼平に縋り付く。

「あのこたち、悪くない」

「クー子の部下なら、そうそう性悪なのは出来ないに決まってる」

「いいこたちばっかりなの」

それだけ言って、クラッシャーは弟の服を強く掴む。涼平はそれ以上何も言わず、彼女を撫でる。
半端に被った状態の野球帽を外し、涼平はまたそれをクー子に被せた。
それで余計に感極まってしまったのか、クラッシャーは泣き止むどころか更に大泣きしてしまった。
涼平は仕方なさそうにしながらも、不思議と嬉しそうにも見えた。


「あの野郎、もう二度と来なきゃいいんだがなぁ」

そう苦々しげに吐き捨てるリボルバーに、鈴音はマントを広げながら近付いた。
鈴音は何か言いたげに彼を見上げたが、すぐに顔を逸らす。

「あんまり、心配させないでよ」

「ありがてぇな。心配してくれたのか、姉さんは」

そう笑う彼を、鈴音はやっと正視した。素直じゃないなぁ、鈴ちゃんは。
照れくさそうにしながら、彼女は手を伸ばした。するとリボルバーは表情を強め、声を上げる。

「オレに触るな!」

強い語気と迫力に、鈴音はびくりとして手を引っ込めた。リボルバーは、もう一歩下がった。
申し訳なさそうに口元を曲げながら、だらりと腕を下ろした。装甲の隙間が開き、蒸気が吹き出る。
その白煙の中、リボルバーは深く息を吐く。

「悪ぃ…ちぃと過熱してんだ。オレはまぁ平気なんだが、姉さんが触ったら焼けっちまうんだよ」

「だったらそう最初に言いなさいよ」

すぐさまそう返した鈴音に、リボルバーは肩を竦める。

「…悪い」

「大丈夫なら、それでいいのよ」

むくれながら鈴音は腕を組み、またリボルバーに背を向けた。黒い瞳が、じんわりと潤んでいる。
鈴音はあたしを少し見たが、表情を見せないためかグラウンド側へ体を向けてしまった。
リボルバーは困ったように後頭部を掻いていたが、にっと満足げな顔になった。

「素直じゃねぇなぁ、姉さんは」

「誰がよ!」

振り返らないまま、即座に鈴音は言い返した。本当に、素直じゃない。
弱い風に長く艶やかな黒髪が広がり、同じく広がっている白いマントの付けられた背を覆っている。
あたしはその横顔を見、彼女が泣くのを堪えているのに気付いた。
硬く唇を噛み締めて、強く組んだ腕を握っている。なんて意地っ張りなんだろう、鈴ちゃんは。


「泣くなよ!」

ディフェンサーが声を上げたのでそちらを見ると、律子がしゃくり上げていた。
律子は嬉しそうに表情を緩めていたが、泣き止まない。泣き止めないのかも。
ディフェンサーは辟易したように、ため息を吐く。その両腕は、いつもの大きなものに戻っていた。

「ちゃんと帰ってきたじゃねぇか。別に、そう泣かれるほどにでけぇ戦いじゃ」

「だって」

言い返そうとしたのか、律子は声を上げた。が、また泣いてしまう。
ディフェンサーは何を言っていいのか解らないのか、ただ突っ立っている。
彼のエプロンを顔に押し当てて、なんとかしゃくり上げるのを押さえながら、律子は言う。

「絶対ディフェンサー君辛いのに、泣いてたのに、あんなこと言って」

不意に顔を上げた律子は、きっとディフェンサーを睨む。

「そんなの、見てる方が辛いんだよ!」

いきなり強気になった律子に驚いたのか、ディフェンサーは目を丸くした。
ちょっと後退ってから、ディフェンサーはおずおずと彼女を指さす。

「見てたのかよ…ていうか、永瀬、目ぇ悪いんじゃ」

「これ、遠視なの。やっぱりディフェンサー君も、私のこと近視だって思ってたんだぁ」

メガネを外し、律子はそれをディフェンサーに向ける。

「ほら、凸レンズ。楽譜が見えないから使ってるんだけど、良く外すの忘れちゃうの」

「紛らわしいなぁ…」

そう呟き、ディフェンサーは顔を逸らす。あたしも、今の今まで律子は近視だと思っていたよ。
律子は涙が落ちたメガネのレンズを自分のエプロンで軽く拭き、掛け直した。
一度強気に出たら涙が引っ込んだのか、律子は胸を張ってディフェンサーを見下ろす。

「辛いんなら、そんなに無理しちゃダメだよ」

「あー、まぁ…解ったよ」

曖昧に返事をしたディフェンサーは、律子を見上げる。すっかり押されている。
律子は、うん、と強く頷いた。りっちゃんにしては、やけに強気だ。
ディフェンサーは片手にエプロンを握り締めながら、大きな腕を組む。

「なぁ、永瀬」

「ん?」

「ちったぁ心配してくれたってことか、オレを」

「そりゃそうだよ」

少しむくれながら返した律子に、ディフェンサーは表情を明るくさせる。
律子は辺りを見回してから、また彼を見下ろした。

「ディフェンサー君だけじゃないもん。インパルサー君達もマリーさんも神田君も、みーんな」

「んだよ…」

やけに残念そうに呟き、ディフェンサーは肩を落とした。何を期待しているんだ、あんたは。
律子はその様子に、きょとんとしながら体を傾けて彼を覗き込む。

「今度は何?」

「なんでもねぇよ!」

ずりずりと後退したディフェンサーは、やりづらそうに律子から目を外す。
律子は訳が解らないのか、不思議そうに首をかしげながら、ディフェンサーから離れる。
見覚えのある光景だと思ったら、ちょっと前のパルがあたしに対してしていた反応と、全く同じ反応だ。
ディフェンサー、あんた、もしかして。いや、もしかしなくても。


イレイザーはさゆりの目の前に出、彼女の目線まで屈み込む。
さゆりは駆け寄るとすぐにイレイザーの細めの腰に腕を回して、薄めの胸装甲に顔を埋める。
どちらも離したくないのか、しっかりと抱き合っている。
イレイザーはさゆりの髪を少し撫でていたが、身を屈めて顔を寄せた。

「大丈夫でござるよ、さゆりどの。拙者は、ここにいるでござる」

さゆりは頷いたが、顔を上げなかった。イレイザーは、少し身を引いた。
不安げに、さゆりはイレイザーを見上げた。すると、小さな顎に濃い紫の太い指先を添えられる。
そのまま、イレイザーはさゆりに口付けた。軽く触れて、すぐ離れる。
さゆりはみるみるうちに頬が赤らんで、俯いた。するのとされるのでは、違うのだろう。
イレイザーは壊れ物でも扱うかのような手付きで、大事そうにさゆりを抱き締めた。

「さゆりどのが拙者の力を恐れずにいてくれることが、何よりも嬉しい。それだけが、不安でござった…」

「そんなこと、思うわけない」

さゆりは首を横に振り、彼の首に縋り付く。見ているだけで、どちらも相手が大好きだというのがよく解る。
もう一度イレイザーからキスをされたさゆりはもっと赤くなってしまったが、今度はやりかえした。
さゆりは目を閉じて、彼に深く口付ける。ああ、相変わらず色っぽい。小学生なのに。
あたしはさゆりとイレイザーの二人がそこまで好き合えることが、ちょっと羨ましく思えた。


あたしは、インパルサーを見上げた。手を伸ばすと、彼はまた身を引いた。
それほど強い熱は感じられないので、他の要因があるのだろう。さっきから、衣装がやけにまとわりつく。
腕に張り付いたマントを剥がしていると、インパルサーは自分を指した。

「僕、まだ帯電してるんですよ」

「だからか」

あたしは全体的にぴりぴりする衣装を、また引き剥がした。ちょっと痛い。
ソニックサンダーは電気を使った雷撃みたいな技だし、あんなに強い電流なら残って当然だ。
インパルサーはがりがりと頬を掻きながら、肩を落とす。

「ええ。ですから由佳さんに触れたくとも、まだ」

あのぴりぴりした感じが嫌なので、あたしはパルから一歩離れる。
インパルサーは、凄く寂しそうにこちらを見下ろした。

「ソニックサンダーの弊害って、放出後の帯電だけじゃないんですね…」

「みたいだねぇ」

あたしは片手を伸ばし、まだまだパルに電気が残っていることを確かめた。早く放電しないかな。
インパルサーはもう一歩身を引くと、がしゃん、と膝を付いた。
どがん、と凄い音がしたのでその方向を見ると、リボルバーが真正面から転んでいた。
すると他の四人も、同じように崩れ落ちた。クラッシャーは涼平を離してから、ぺたりと座る。
ショッキングピンクの瞳を弱めながら、心配げな表情の涼平を見上げた。

「だいじょぶ、ちょっと…ちょっとだけ」

「エネルギー、使いすぎちまったんだよ。相手は何せ…サブリーダーだったからな」

弱々しく言い、倒れ込んだリボルバーはなんとか上半身を起こして座った。
慌てて駆け寄ってきた鈴音を見上げると、がん、と少し塗装の剥がれた胸元を叩く。
両脇の銃身を支えにして胡座を掻き、にぃっと笑う。

「なーに心配すんな、二時間も…休みゃ」

それだけ言い、彼はがくりと首を落とした。インパルサーも、膝立ちから前に突っ伏す。
中途半端に腰を上げた状態で、パルは頭から突っ込んでいる。この姿勢は、彼が眠るときのものだ。
ディフェンサーは両腕を後ろに投げてから、背中から倒れている。マリンブルーの目が、薄らぐ。
さゆりを下ろしたイレイザーは胡座を掻いて腕を組み、俯く。彼も、赤いゴーグルの色が弱くなっている。
涼平は横たわって丸まるクラッシャーを指し、あたしへ顔を向ける。

「要するに、疲れたから寝る、ってことか?」

「そうなんじゃないの?」

突っ伏しているせいで見えなくなったインパルサーのゴーグルの色も、薄まっているようだった。
あたしはしばらく彼を覗き込んでいたが、また静電気が来たので離れる。痛くて嫌いだ、静電気は。
すっかり、空は静寂を取り戻していた。あれだけ激しい戦闘があったのに、その名残は少しもない。
雲一つない青空を見ていて、ふと、思い出した。

「そういえば、マリーさんは?」


「ここですわよ」

その声に振り返ると、階段出入り口の上にマリーは立っていた。白いマントが、風に靡いている。
ふわりと軽く、マリーはコンクリートの上に着地した。波打つ長い金髪が、大きく広がる。
銀色のコントローラーをあたし達へ差し出すと、逆手に空を指した。

「プラチナへの移動に、ワープシステムを使っていましたの。これが一番確実で安全ですもの」

「そっか、だからいきなりマリーさんいなくなっちゃったんだ」

納得した、と言わんばかりに律子は両手を合わせた。あたしも、これで腑に落ちた。
マリーは屍の如く転がっている五人の戦士達を見回してから、あら、と頬に片手を添える。
膝を曲げて背を丸めた胎児のような格好で眠っている、クラッシャーの前にしゃがんだ。
マリーは白い指先で、色の薄らいだ少女の瞳を軽く撫でる。

「完全なエネルギー切れではありませんわ。急激な低下に耐えるために、リセッティング状態になっただけですわ」

「二時間もしたら目が覚めるって、ボルの助は言ってたけど」

すっかり平静を取り戻した鈴音が、マリーへ言う。マリーはクー子を見ていたが、顔を上げた。

「そのようですわね。この分だと、後夜祭の頃には、全員目を覚ましますわ」

「マリーさん。お兄ちゃんは?」

と、さゆりがナイトレイヴンを指した。マリーは、くすりと笑う。

「葵さんは人間ですもの、あちらはいつ起きるかなんて解りませんわ。しばらく、休ませてあげましょう」

「神田君、ご苦労様ー」

あたしはナイトレイヴンにそう呼びかけてから、足元に転がる戦士達を見下ろした。
彼らの色鮮やかな装甲は、所々硝煙や煤で汚れてくすんでいる。細かい傷も、沢山ある。
目の色を失せて眠っている戦士達の表情は、少しだけ安らいでいるように見えた。
本当に、ご苦労様。




衣装を脱がなければならないため、あたし達は控え室に戻った。
一歩中に入ると、そこは凄い騒ぎになっていた。演劇の関係者全員が、ひしめき合っている。
わっと駆け寄ってきた群衆の中から飛び出したやよいは、真っ先にあたしに抱き付いた。

「由佳ぁあーん!」

力一杯抱き締められて、正直苦しかった。抵抗したけど、やよいは手を緩めない。
抱き付かれたせいで腕が緩み、抱えていたインパルサーの衣装と鎧が、がらがらと足元に転がった。
あたしはやよいをなんとか引き剥がし、苦笑する。

「ごめんね、やっちゃん。あんなことになっちゃって」

「あんなにド派手な見せ物あるんだったら、なんでもっと早く報告しないのこの子はー!」

そうまくしたて、やよいはぐいっとあたしの頬を引っ張った。ああ、責任者はあたしじゃないのに。
皆、いきなり始まったロボット同士の空中戦を見たせいで、かなりハイテンションだった。
一気に数人からまくし立てられた話から察するに、加藤は戦闘の間も、一人で演じて話を繋いでくれたようだ。
無数のノーマルマシンソルジャー達はゴーレム、カラーリングサブリーダー達は様々なモンスター、てことで。
リボルバーとインパルサー以外のロボット兄弟も、彼らの仲間のナイト、ということにしてくれたらしい。
プラチナはエメラルダ姫を守る守護精霊で、銀色のアドバンサーは魔王の息子、だそうだ。凄いぞ、加藤君。
事のあらましを近くの生徒から聞かされたマリーは、ぱっと笑顔になり、加藤に駆け寄る。
つかつかとヒールを鳴らして、魔王の扮装を着たままの彼の前に出、勢い良く飛び付いた。

「あなたのおかげですわ、英司さぁん!」

「うぉっ!」

小柄とはいえ、いきなり人間に抱き付かれたことで加藤はよろけた。男子がどよめく、女子もどよめく。
百八十近い長身の加藤に、百五十センチと少ししかないマリーがくっつくと大人と子供のようだ。
マリーは本当に感謝しているのか、ぎゅっと更に力を込めて加藤を抱き締める。

「ありがとうございます、あなたのおかげで無事に事を終わらせることが出来ましたわ!」

「あの、ちょっと」

必死にマリーを離そうとする加藤へ、更にマリーは声を上げる。

「アドリブだけで、話を繋いで下さるなんて! きっと素晴らしい俳優になれますわ、英司さん!」

「英司、お前だけだけずるいぞ!」

男子の一人が茶化すように、加藤の黒いマントを引っ張った。加藤は困惑しきりで、狼狽えている。
マリーは気が済んだのか、加藤を解放した。彼へ、深々と頭を下げる。
あまりのことに事態が今ひとつ飲み込めていないような顔をしながらも、加藤は頭を下げ返した。

「まぁ、役に立ったんならいいけど」

「ちょっとー、私が話を繋ぐアイディア出してあげたの忘れたのー?」

と、衣装担当の子が加藤に迫った。加藤は苦笑する。

「解ってるさ。ちゃんと感謝してるよ、皆に。オレ一人じゃ、どうにもならなかったし」

「本当に、英司さんや皆さんのおかげですわ」

両手を胸の前で組み、マリーは上目に加藤を見る。加藤は、照れくさそうに笑う。
ふと思い出したように、加藤は魔王の仮面を外して辺りを見回した。

「あれ、真の魔王は?」

「神田君なら屋上」

あたしは天井を指した。鈴音は上を見、言う。

「集中力使い果たしちゃったのよ、葵ちゃんは。今、寝てると思う」

「何それ、マジで情けなくない?」

と、女子の一人が笑った。他人事だから、そう言えるんだよ。
やよいはあたしの後ろを見、不満げに頬を膨らませる。

「ナイト達もいないじゃない。まさか、そっちも寝てるとか言うんじゃないわよね?」

「ご名答。パルもボルの助も、みーんなひっくり返ってるよ」

「マジー?」

肝心のヒーローがいないなんて、とやよいはぼやいた。戦士達には、休みが必要なんだよ。
女子達が、ええー、とか声を上げた。大方、マスクなしインパルサーが目当てだったんだろう。
鈴音は男子より女子に囲まれていて、騒がれている。鈴ちゃんは取っつきやすい、って知ったからだろう。
いつもはクラスの皆と少しだけ距離を開いているから、解らなかっただけだ。鈴ちゃんはいい人だよ、皆。
あたしは着たままだったマントを脱ぎ、椅子の背もたれに放った。これで、体が少し軽くなった。
いつまでたっても騒ぎが収まらない控え室では、着替えられるとは思えなかった。
あたしはメイク落としをコットンに浸し、濃い化粧を全て落としてしまうと、やっと落ち着いた。
やよいはあたしが化粧を落とし始めたことを知ると、さっさと男子を追い出す。やっと気付いてくれた。
廊下に出された男子達に、やよいは声を上げた。

「さっさと後夜祭の準備もしないとだよー!」

そうだった。あたしは化粧を落としながら、やっと思い出した。何かあると思ってたけど、それだったか。
後夜祭では例によってフォークダンスがあるので、男子は一気にまたテンションが上がった。
目当ての女子と手を繋げるかもしれない、というのがハイテンションの理由のようだ。
女子達は呆れたように彼らを見送ってから、急いであたしや鈴音、マリーの衣装を脱がしに掛かった。
その会話の端々を聞くと、こちらもこちらでフォークダンスに期待しているらしかった。
なんだよ。結局、あんたらも男子と同じじゃないか。




制服に戻って渡り廊下に出てグラウンドを見ると、もうキャンプファイヤーは組み上がっていた。
演劇のセットや他の大道具などがばらされて重ねられ、紙類の火種に囲まれている。もう燃やすのか。
来客達はもうとっくに帰っていて、小学生二人も帰った。クラッシャーはまだ寝てるから、もう少し後だけど。
ふと近くの掲示板を見ると、下級生らしき女子が、何かを剥がしていた。よく見ると、それは。

「あ」

あのポスターだ。キラキラした背景と絵の、メタリック・サーガのポスターだ。
その子は肩をびくりとさせ、振り返った。半分ほど剥がされたポスターが、べろりと丸まる。

「あの…ごめんなさい。だけど、どうしても」

「いや、いいよそんなもん。ていうか、そんなの欲しいの…?」

「イケてると思いませんかー、サファイスとルベオン! ルベサファ!」

攻めるのは当然ルベオン、とか恍惚とした表情でその子は目を細めた。ボルの助が、一体何を攻めるんだ。
話し出したら止まらないらしく、その子はマシンガントークを繰り広げた。
ひとしきり語って満足したのか、結局、あの派手なポスターを剥がして持って行ってしまった。
あたしには、彼女の話がさっぱり理解出来なかった。攻めるとか受けるとか、リバとか何の単語なんだ。

「なんだったんだろう…」

さっきの子の、言葉の意味を理解してはいけないような気がした。あたしはそう直感した。
それ以上考えないようにしながら、だんだん人の集まってきたグラウンドへ目を向けた。
渡り廊下から出て屋上を見上げてみると、ナイトレイヴンはまだ微動だにしない。
あたしは制服のポケットから腕時計を出して文字盤を見、あれから二時間近く経っていることに気付いた。

「早ー…通りで、辺りが暗くなってるわけだ」

人通りの少ない廊下を通っていくと、購買部の前に差し掛かる。今日は、さすがに閉まっている。
しっかり閉められた灰色のシャッターの隣にある自動販売機の手前で、あたしは立ち止まった。
唸りを上げる白い自動販売機を眺めていると、ジンジャーエールが目に止まる。いいことを思い付いた。
あたしはポケットから小銭入れを取り出し、百二十円を投下した。迷わず、ジンジャーエールを押す。
ごとんと落ちてきたそれを取ると、当然ながら冷たい。そんなに喉は渇いてないから、自分の分は買わない。
それを制服のポケットに押し込めて、階段を昇っていく。
向かうは、屋上だ。




屋上に向かう階段を昇り切って、開け放たれた扉の前に立った。
あたしは一歩踏み込もうと思ったけど、躊躇した。見覚えのある制服姿が、立っていたからだ。
ナイトレイヴンをバックに仁王立ちする鈴音は怖い顔をして、その人物を睨んでいる。
杉山先輩は振り返って、あたしに笑う。なんか、嫌な笑い方だ。

「困ったな。こういうときには、あんまり他の人はいない方がいいんだけど」

「それで、何の用ですか? あるなら簡潔にお願いします」

つっけんどんに、鈴音が言う。杉山先輩は、苦笑する。
またさっきと同じ、どこかわざとらしい笑顔になって鈴音を見据える。

「あのロボット共が動いてないみたいだから来てみたら、案の定だ。ボディーガードも、休むときがあるんだな」

「それが何か」

怒りを押し込めたような声を、鈴音は出した。ああ、怒ってるよ怒ってるよ。
杉山先輩は、胡座を掻いて座り込むリボルバーを一瞥した。

「こいつら、邪魔で邪魔でどうしようもないよな。壊れてくれたら、もっと良かったんだけど」

鈴音の目が、吊り上がった。あたしはポケットのジンジャーエールを投げつけたくて、仕方なかった。
だけどそれは、なんとか堪えた。この位置だと直線上だから、下手をしたら鈴ちゃんに当たってしまう。
あたしはフェンス近くで突っ伏すインパルサーを見たが、彼はまだ起きる気配もない。起きるなら、起きて。
杉山先輩はリボルバーに近付くと、俯いている彼の頭を蹴った。なんてことを。

「よーし、起きないな。そのまま寝てろ」

杉山先輩は鈴音に向き直り、近寄る。鈴音は仁王立ちしたまま、動かない。

「あんなロボットのどこがいいんだか、さっぱりだ。高宮さんには、人間の相手の方が釣り合うと思うけど?」

鈴音が何も言わないのを良いことに、杉山先輩は続ける。

「大体、危ないだろ。やたらでかいだけの木偶の坊が、近くにいるなんてさあ」

ああ、腹が立つ腹が立つマジで腹立つ。ムカついてきた。
腸が煮えくりかえる、てのは正にこのことだ。もう、本気で嫌だこいつ。あんたのほうが危ないよ、絶対。
なのになんで、鈴音は何も言わないんだろう。いつもなら、十倍くらいにして返すのに。
杉山先輩はあたしを見、また笑った。この笑い方、凄く嫌だ。

「あんたもそうだ。いくらツラが良くったって、ロボットはロボットだ。そんな相手に好かれて、大変だな」

彼らの宿命も苦しみも、何も知らないくせに。好き勝手言いやがってこんちくしょう。
やっぱり、ジンジャーエール投げたい。思い切り後頭部に炸裂させたい。ついでに顔面殴りたい。
杉山先輩は鈴音に近寄り、真正面から見下ろした。鈴音の身長があるから、あまり差がない。

「いっそのこと、乗り換えてくれたらいいんだけどな」


少し強い風が吹き、鈴音のゆるくウェーブの残っている長い髪を広げた。
ライトを点滅させながら、上空を一機の旅客機が通る。
エンジンの轟音が、近付いて遠ざかっていった。


「言いたいことは」

にやりとしながら、鈴音は杉山先輩を見上げた。

「それだけですか腰抜け粘着野郎」

「…腰抜け?」

杉山先輩は、心外そうに呟いた。あたしはそれよりも、粘着が気になる。
鈴音は杉山先輩の横を通り過ぎてリボルバーの前に出ると、がん、と上履きをリボルバーの肩に乗せた。
腕を組んで胸を反らしながら、杉山先輩へ顔を向ける。

「一度振られたらすっぱり諦めて頂けませんこと? 正直、気色悪くてならないの」

「それはオレが」

「本気で私を好き、とかなんとかぬかしやがったらマジで蹴り飛ばすわよこの。大体ね、本気で好きなら、玉砕覚悟で真正面から特攻するのが男ってもんでしょ。違います?」

そう鈴音に言い放たれ、杉山先輩は口ごもった。言おうとしてたのか。
鈴音の足の下で、リボルバーの目に光が戻る。ライムイエローが、片目のゴーグルから滲み出ていた。

「ただ、ちょーっといいとこの出でタッパの釣り合う私を、隣にくっつけておきたいだけでしょ? 女は飾りかっつの」

言うだけ言ってテンションが上がってきたのか、鈴音の語気が強まる。

「確かにボルの助は、でかいし顔も怖いし言い回しは乱暴だしすぐ弟達を殴るしガンプラ以外は不器用だけど」

鈴音は、ぐいっと足元のリボルバーを指す。

「姑息に株を上げようとしたり、他人を貶めて自分を高く見せようとしたり、増して誰かを否定したりなんてこと」



「絶対にしないのよ!」



言った。すっぱりざっぱり、言い切った。
あたしは鈴音の演説に、ちょっと感動してしまった。あたしが言いたいことが、全部入っている。
でも、どの辺が腰抜けなんだろう。杉山先輩は苦々しげにしながら、鈴音とリボルバーを見据えた。

「真っ向からぶつかってこようともしないなんて、腰抜けもいいとこだわ。そんなに自分に自信がないの?」

どんどん鈴音の口調がきつくなる。怖いよ、鈴ちゃん。

「それとも。ぶつからなくても、勝手に私があんたに傾くとでも思ってた? そんなこと、あるわけないじゃない」

杉山先輩は苛立ちと憤りに満ちた声で唸っていたが、大股に歩いて鈴音に近寄った。
鈴音がリボルバーから足を降ろすと、リボルバーは立ち上がった。やっぱり、さっき起きたんだ。
ぎしりと背筋を伸ばし、首を一度曲げる。リボルバーは、腕を組んで杉山先輩を見下ろした。

「起き覚めになんてことしやがる。おかげで、ソナーのセッティングがちぃと甘くなっちまったじゃねぇか」

「…なんだ。やろうってんなら、教師を」

杉山先輩は後退った。あんなに威勢が良かったのに、もう腰が引けている。
リボルバーはがしがしと後頭部を擦っていたが、はぁ、と深くため息を吐いた。

「杉山の先輩よぅ。なんか、オレらを勘違いしてねぇか?」

「何をだ」

気が立っているのか、杉山先輩の声は上擦っていた。
身を屈めてリボルバーが寄ると、杉山先輩は先程よりも早く後退る。

「さっきから聞いてりゃ、なんだその言い草は。まるでオレらがただの機械の固まりで、単なるガードマシンみたいに思ってるみてぇじゃねぇか」

「ロボットはロボットだろうが! 実際、お前はずっとその女に張り付いて」

「違うんだよ!」

語気を荒げ、リボルバーは叫んだ。その声は、良く響いた。
後夜祭が始まったのか、グラウンドは明るくなり、すっかり騒がしくなっている。
リボルバーはぐいっと自分を指し、胸を張る。

「オレは自分の意思でスズ姉さんに生涯の忠誠を誓い、それを果たすために、ここに立っている! そいつは姉さんに命令されたわけでも、あのマント野郎に命令されたわけでもねぇ! 正真正銘、オレ自身の意思なんだよ!」

リボルバーのライムイエローの瞳が、ぎっと強くなる。ボルの助も、結構怒っている。
その明かりに照らされた杉山先輩の表情は、明らかに怯えていた。

「今も、これからも、てめぇには何もしねぇよ。オレの拳を当てる価値もねぇ。だが、こいつだけは言わせてくれ」



「女性は大事にしやがれ。下手に舐めて掛かると、すげぇ痛い目を見るぜ?」


それが言いたかったのか、リボルバーは満足げに笑う。これも、あたしが言いたかったことだ。
鈴音はうんうんと深く頷き、口元を上向ける。だけど、目にはまだまだ怒りを宿している。
いやに迫力のある二人に臆したのか、杉山先輩はゆっくり下がった。が、様子がちょっとおかしい。
片手をスラックスのポケットに突っ込んで何かを探っていたが、その手を出して突き出す。

「ああ、そうだな。だが、人間も舐めて掛かると良くないぜ?」

その手の中には、見覚えのあるものがあった。クロムメッキの、腕時計じみたもの。
リボルバーはそれを見、ああ、とナイトレイヴンを見上げた。鈴音は、ちょっと意外そうな顔をしただけだ。
杉山先輩は高く掲げたナイトレイヴンのコントローラーを、握り締めた。

「こいつであのでっかいロボットを動かすんだったな…今、あのロボットを動かしたら」


この先は、さすがにあたしにも予想が付いた。

「どうにもなりませんよ。パイロットが、ナイトレイヴンの中に入ってますから」

あたしは、ナイトレイヴンを指した。起動しているのか、その鋭い瞳は赤く輝いている。
面食らったようにこちらへ振り向いた杉山先輩は、凄い顔をしていた。そんなに驚かなくても。
前傾姿勢から起き上がり、ナイトレイヴンは背筋を伸ばしてこちらを見下ろす。神田の声がした。

「えと、杉山先輩でしたっけ? いきなり他人の意識が掠ったから、何かと思ったら…」

ナイトレイヴンは片手を上げ、杉山先輩を指す。

「とりあえずそれ、返してくれませんか? なくしたら、マリーさんに半殺しにされるので」


悔しげに表情を歪めた杉山先輩は、コントローラーを力一杯コンクリートに叩き付けた。
ばきん、と凄い音がしたが、コントローラーは跳ねただけで壊れなかった。
それを二人の方へ蹴り飛ばしてから、杉山先輩は走るように屋上を出て行った。
鈴音の顔面に向かって、コントローラーが飛んできた。リボルバーは、それを軽く受け止める。

「いいコントロールしてるぜ。伊達にサッカー部やってねぇ、ってことか」

鈴音は組んでいた腕を解き、とん、とリボルバーにもたれた。深く息を吐き、肩を落とす。
目を閉じた鈴音は、体重を彼に掛けた。リボルバーは苦笑する。

「これで懲りてくれたらいいんだがなぁ、あの兄ちゃん。人間相手は、どうにも勝手が違うからやりづれぇや」

リボルバーの言葉に、鈴音は頷いただけだった。演説で気力を削ってしまったらしい。
あれだけ強く言ったんだから、当然だ。鈴ちゃんも、ご苦労様。
鈴音はしばらくリボルバーに体を預けていたが、突然離れて歩き出した。

「あんたといても気が晴れないから、後夜祭行って来る!」

そのままあたしの脇を抜けた鈴音は、階段を下りていった。
ちらりと見えた鈴音の表情は、嬉しそうでもあり、照れくさそうでもあり、恥ずかしそうだった。
あーあ、と笑ってからリボルバーはこちらへやってきた。彼は肩を竦め、あたしを見下ろす。

「ホントに素直じゃねぇよ、あの姉さんは」

そう言い残したリボルバーは、あたしにコントローラーを渡した。後で神田に返さないと。
階段の踊り場で彼が立ち止まったので何事かと思ったら、鈴音が待っていた。
鈴音はリボルバーに何も言わず、急いで下りていく。その後を、一歩遅れてリボルバーが続いた。


なんか。

鈴ちゃん、可愛いなぁ。







04 6/11