Metallic Guy




第二十一話 天使の、過去



遠方の惑星での任務を終えた外部派遣部隊は、グラバルへと帰還する途中だった。
ユニオンに接近したころ、ディアブロス号へ通信があった。珍しいことに、本部の周波数だった。
オペレーター席でその通信と応対したバーバラは振り返り、一段高い艦長席に座る隊長を見上げる。

「隊長! 帰りがけになんですけどー、本部から援護要請が来ちゃいましたー」

「内容は?」

派遣先での戦闘で集中力が切れていたのか、半開きの目のまま、隊長は返事をした。
バーバラはインカムを押さえて応対してから、また隊長を見上げた。

「えー、ここからちょっと離れた位置の惑星ファクチャーに異常が発生したっぽくて」

「ファクチャーって…ああ、あれか。どでっかいあれ」

操縦席に座っていたウォルスが、バーバラを覗き込む。彼女は頷く。

「そう。惑星丸ごと機械工場の、いわばマシンプラントね。そこのシステムが暴走してて、未完成のアドバンサーとかスペースシップとかが暴れてるらしいんですけど…どうします?」

「戦闘の帰りがけで、エネルギーも弾薬もすっからかんなオレらにどうしろってんだよ」

深くため息を吐いた隊長は、あまり整えていない髪を掻きむしる。

「だが本部の要請とあっちゃ、おちおち断れんな。ただでさえ少ない予算が、減っちまう。行くしかないか…」

「暴走って、具体的にどういうことだ?」

ソナーの前に座っていたレイヴンが尋ねると、バーバラは続ける。

「えー、報告によればプラントのメインシステムが、入力も何もかも無視して、とにかくめちゃくちゃな勢いでマシンを大量生産してるんだそうで。しかも、その大量のマシンは近付く物は全て敵に認識しちゃって、メインシステムのあるタワーまで、すこっしも近付けさせてくれないんだそーで」

「機械の反乱、てやつかねー。けど、そこまで周到なら裏か、生身の人間がいるんじゃないの?」

砲撃用の席に座っていたエラは腕を組み、背もたれに寄り掛かる。バーバラは首をかしげる。

「えー、更に報告。エラの発言前半分が、どんぴしゃりと当てはまるみたい。プラントのシステムはここ数年間、外部からしかいじってなかったみたいで、生身の人間は一人もいない惑星になっちゃってまして。通信履歴を探っても、外部から情報を与えられた形跡は一切ないんだそーで…」

「そんなんだったら、リモートコンシャスネスに頼ってる連中なんか一瞬でスクラップだぜ、間違いなく」

コンソールを叩いていたジェイは、艦長席へ振り向く。

「遠隔だから死にはしないとはいえ、めちゃめちゃ効率の悪い戦いになるぜ、こりゃ」

「相手が機械なら、同じ機械を操るのは容易いだろうしな。バーバラ!」

隊長がバーバラを指すと、バーバラは先に隊長へ振り返る。頭の上で、腕をバッテンに重ねた。

「手遅れー。もう本隊は全員リモートコンシャスネスで出撃しちゃってるし、何より私らの声なんて聞かないっすよ」

「本部直属の方々って、プライドが高すぎますものね」

私は、護衛小隊にいた頃を思い出した。あの部隊は、本部にかなり近い位置にいたからよく知っている。
上も下も何かにつけては体裁を気にしていて、出世欲に駆られている者が多かった。
だから、バーバラの答えも予想が付いた。安全なところから安全に戦おう、などという彼らの考えも。
また通信が来たのか、バーバラはインカムを耳に押し当てていた。だが手を放し、あちゃー、と額を抑える。

「えー、更に更に報告。本隊のアドバンサー隊、五分もしないうちに全機反応消滅だそうで」

「ヘタレばっかりだな…。ウォルス! エンジン全開、全速前進! 目標は言うまでもなく、惑星ファクチャーだ!」

仕方なさそうに、隊長は立ち上がった。緩めていた制服のネクタイを戻し、片手を突き出す。

「残った弾薬とエネルギー、回せるだけアドバンサーに回しやがれ! 総員出撃準備だ!」

了解、と一斉に声が上がった。
パイロットの面々は、すぐに立ち上がって駆け出す。
私も立ち上がり、ブリッジから駆け出した。騒がしくなってきた通路を抜け、格納庫へ向かう。

格納庫に入ると、整備員達が慌てふためいていた。突然、仕事が変わったからだ。
普段はゆっくり動いているメンテナンスロボットも、かなり急いで狭い通路を走っていく。
つい十数時間前まで戦場に出向いていた、私専用の機体を見上げた。
ごく一般的なヘビータイプアドバンサーで、分厚い装甲にくるまれた体には重火器が隠されている。
弾薬庫の方から戻ってきたレイヴンはパイロットスーツから手袋を出し、填めながら舌打ちする。

「足りない」

「どちらがですの?」

「弾もエネルギーもだ。こんな半端な状態で出撃してみろ、一発でやられる」

と、レイヴンは悔しげに吐き捨てながら、ぎゅっと両手に手袋を填める。
私の隣からシルバーレイヴンを見上げていたエラが、珍しく気落ちした表情で呟く。

「戦場は、いかなる時いかなる状況に陥るかは誰にも予測が付かない…」

「だから整備と装備だけは怠るな、だよな、鉄仮面の口癖は?」

いつのまにかやってきていたジェイが、エラの隣からレイヴンを覗き込む。
彼は二人を眺めていたが、ぱん、と拳を手のひらに当てた。

「お前らに覚えられるとはな…」

「私だって、こんなんで出て、生きて帰れる気はしないよ。けど、やるっきゃないか!」

うん、と深く頷いたエラは、自分の機体がある位置へ走っていった。
ジェイはレイヴンの肩を叩いてから、エラとは反対方向へ走っていく。
二人の姿が見えなくなった頃、レイヴンは呟いた。

「極めて状況は悪いな。マリー」

「出るなと言われても、出ますわよ。こういうときに役に立つのが、外部派遣部隊ですわ」

「ああ、止める気はない」

そう少し笑い、レイヴンは私を見下ろした。私は彼を見上げ、頷く。

「私も止めませんわ。ただ、無事に戻ってきたいですわね」

「そうだな。さっさとグラバルに戻って、ドレスを着せられたお前を見たいもんだ」

そうレイヴンに言われ、私は嬉しいような恥ずかしいような気分になった。
彼の顔をまともに見られない気分になったので、前方を見上げると、シルバーレイヴンが立っている。
銀色のマスクフェイスの隙間から覗く赤く鋭いスコープアイが、私達を見下ろしていた。


しばらく航行して、ディアボロス号は惑星ファクチャーに到着した。
相当乱戦しているようで、何隻ものバトルシップやトランスポートシップが惑星を取り囲んでいる。
宇宙から見下ろすファクチャーの地表は、長年の環境汚染ですっかり空気が澱み、灰色にくすんでいた。
私達は、万全とは言えない装備のまま、ファクチャーに降下した。

大気圏を突破して地上に降りると、そこは荒れ果てた戦場だった。
防衛部隊のアドバンサーの破片が辺り一帯に散らばっていて、その周囲には不格好なアドバンサーが数体。
スモッグに覆われた薄暗い大気を進んでも、その光景は変わらなかった。
レイヴンと私は途中でエラ達と別れ、メインコンピューターのあるメインタワーへ向かうことにした。
近付くに連れて、辺りを満たすスクラップの数がどんどん増えてくる。地上が、見えないくらいに。
汚れた風の奥にそびえる巨大なタワーの前に出ると、私達の前に数機、やってきた。どれも、最新鋭の機体だ。
それらは、肩に見覚えのあるナンバーと、薄緑のカラーリングにされていた。そのうちの、一機が前に出た。

「マリーさん!」

その声と共に、私の機体へ通信が入った。モニター越しに、ゼルが現れた。
モニターに映るゼルの背景は船内のようで、コクピットではなかった。
シルバーレイヴンは武器を下ろし、私の機体へ頭部を向ける。

「知り合いか?」

「昔の部下ですわ。ゼル、今すぐアドバンサー達のバッテリーを切り離しなさい!」

レイヴンに返してから、私はゼルのアドバンサーを睨んだ。

「何を言うんですか! そんなことをしたら、僕らはマリーさんの援護が出来なくなっちゃいますよ」

と、ゼルのアドバンサーは背部からレーザーブラスターを抜き、メインタワーへ構えた。

「見ていて下さい。僕も、結構強くなったんですから」

「…戯れ言を」

シルバーレイヴンの武器を構え直しながら、レイヴンは語気を強める。

「いいか。リモートコンシャスネスには致命的な欠陥がある。送信と受信のタイムラグが、でかいことだ!」

「ラグっていっても、0.1秒もないじゃないですか。そんなの、欠陥とは」

「欠陥は欠陥だ! 機械にとっちゃ、一時間みたいなもんだ。そんな、欠陥のあるシステムに頼って」

レーザーブラスターを上げ、シルバーレイヴンはメインタワーを指した。

「機械相手に勝てると思ってるのか! 今すぐ、バッテリーを切り離してユニオンに帰れ!」

「外部送りが、偉そうに命令なんてしないで下さいよ」

ゼルは、レイヴンを明らかに馬鹿にしていた。ゼルのアドバンサーは、こちらに背を向ける。

「まぁ、見ていて下さい、マリーさん!」


四機を引き連れ、ゼルのアドバンサーは、真っ直ぐにメインタワーへ向かっていった。
砲撃を繰り返して順調に攻めているように見えたが、全てそれはシールドによって弾かれてしまう。
ミサイルを放っても、高威力のキャノンを放っても同じことで、次第にゼルは苛立ってくる。
その苛立ちがアドバンサー達の制御を鈍らせたのか、後方の四機は砲撃を避けきれず、撃墜された。
爆発の中から脱したゼルのアドバンサーは上空へ出ると、二挺のレーザーブラスターを構える。

「くそっ!」

だけど、それは発射されなかった。ゼルの機体の、動きが鈍る。

「なんだよ、なんだよ、動け、動け、動けってんだろこのぉ!」

挙げたままだった腕はだらりと下げられ、ゆっくり降下する。
そして、ぐるりとこちらに振り返る。それと同時に、激しい勢いでレーザーブラスターを乱射してきた。

「なんで止まらない、なんで命令を受け付けない!」

ゼルの絶叫と銃声の隙間を抜けたシルバーレイヴンはレーザーブラスターを上げ、二発発射した。
ばきん、とゼルのアドバンサーの肩が砕け、両腕が落ちる。
激しい乱射で過熱した二挺のレーザーブラスターから立ち上る薄い煙を見、レイヴンは声を上げる。

「だから言っただろう。ここでは、お前らみたいな温室育ちは役に立たない! 帰れ!」

「…帰れるわけ、ないだろう」

破損した両肩を切り落とし、新たな腕に付け替えたゼルのアドバンサーは、レーザーソードを振り上げる。
腕の換装と同時に、操縦が戻ったようだった。赤い閃光の刃をシルバーレイヴンへ向け、ゼルは叫ぶ。

「お前がマリーさんを不幸にしている! だから僕は、お前をここで倒さなければならないんだ!」

「…気でも違ったか」

ぎらついた赤い光を受けながら、シルバーレイヴンは翼を二枚背中から外した。
それを伸ばし、組み替えてナギナタ状の武器へ変形させ、先端に赤い刃を光らせて構える。

「なぜそう思う。確かにマリーは降格したが、なぜそれがオレのせいになる?」

「あの時、宇宙海賊をそそのかして、マリーさんと僕らの小隊を追いつめたのはお前だろう!」

「あの場には、うちの隊のディアボロス号で偶然通りかかったんだ。本当に、運が良かった…」

鋭いマスクフェイスの奥で、シルバーレイヴンの目が強く輝いた。
ゼルのアドバンサーはレーザーソードを増やし、二本を掲げるようにシルバーレイヴンへ突き付ける。

「後からは、なんとでも言える! マリーさん、あなたは騙されている。なぜその男から離れないんだ!」


ゼルは一体、何を考えているのだろう。
私は二人の言い争いを聞きながら、必死に考えていた。
レイヴンは一度も私に嘘など吐いたこともないし、騙したこともない。
確かに愛想が悪くて、何を考えているのか解らないことも多いし、性格もあまり良くはない。
けれど、そこまで言われるほど、彼が私に悪いことをしたのだろうか。いや、していない。
宇宙海賊の一件だって、レイヴンがいなければ、あのまま私は死んでいた。
しばらくして、やっと私は理解した。ゼルの豹変の原因を。

ゼルは勘違いをしている。それも、かなり強烈な。


「ゼル!」

私はシルバーレイヴンとゼルのアドバンサーの間に入り、双方へ銃口を向ける。
こうでもしないと、どちらもすぐに戦いを始めそうだったから。

「あなたは、何を勘違いしていますの? レイヴンは私を助けに来てくれましたし、本当に…」


けれど、それ以上、続けられなかった。

視界が突然上に向けられ、くすんだ空がメインモニター一杯に広がる。
私の乗った機体に、真下から強い衝撃が加わっていた。
高々と突き上げられた私の機体は、スクラップの中から溢れてきた巨大なマシンに背部から殴られていた。
離脱しようとしてもケーブルで両手両足を固く拘束されてしまっていて、無理だった。
激しく機体が揺さぶられる中、モニターから彼の声が聞こえる。


「マリー、無事か!」

私はモニターに映った彼に頷き、なんとか離脱するために操縦桿を握り締めた。
背面のブースターも、メインエンジンも生きている。これなら、行ける。
機体の両腕の外装を分離させてバルカンの銃身を伸ばし、辺りへ乱射しようとした。
だがその銃身から弾を吐き出そうとした瞬間、薄緑の機影が降ってくる。

「ゼル…」

再び制御を失ったゼルのアドバンサーが、勢い良く私の機体の両腕を踏み潰していた。
マスクフェイスの上にあるオレンジ色のスコープアイは消えていて、ゼルの操縦が解除されたことを示していた。
そのままゼルのアドバンサーは拳を振り上げ、コクピットへ落とそうとしてきた。
だがそれが当たる直前に、シルバーレイヴンが間に入り、ゼルのアドバンサーを何度も何度も撃ち抜いた。
半壊した薄緑の機体を蹴り落としたシルバーレイヴンは、両腕をやられた私の機体を見下ろす。
伸ばされた銀色の手が、私の機体を拘束するケーブルを引き剥がそうとした、その時。


シルバーレイヴンは、背中から腹部を貫かれた。


コクピット付近からばちばちと眩しい電流を放ちながら、ぐらりと銀色の機体は倒れた。
どぉん、と強烈な振動の後に見えたのは、ほとんど外装の剥がれてしまっている、ゼルのアドバンサーだった。
シルバーレイヴンを貫いていた腕を抜くと、それは立ち上がる。瞳には、オレンジの光が強く灯っていた。
その光が弱まって消えたかと思うと、姿勢を崩して、こちらへ倒れ込んでくる。
コクピットの軋む音と、シルバーレイヴンから爆ぜる過電流の音。そして、自分の絶叫だけが聞こえていた。
私が意識を失う前に、最後に見たものは。
今までにないほど強い光を灯していた、ゼルのアドバンサーの瞳だった。


気が付くと、そこは見知らぬ場所だった。少なくとも、グラバルの基地ではなさそうだった。
天井があるのは解るけれど、カーブの付いた透明のパネルに覆われている。
体を動かそうとしても、少しも動かない。感覚も、痛みも何もなかった。
目だけはなんとか動いたので、パネルの外へ向ける。外には、憔悴しきったエラが座っていた。
エラは私が目覚めたことに気付くと、椅子を蹴り倒しながらすぐさま立ち上がる。
ばん、とパネルに両手を当てた。彼女は大きく肩を上下させて、ずるりとへたり込む。

「マリー…」

私は何か言おうとしたけど、口からは言葉が出てこなかった。
エラは涙を拭ってから、深く息を吐く。

「ごめん…あのまま、離れなきゃ良かった。そしたら、こんな…」

『レイヴンは』

私が言おうと思った言葉が、パネルの外から聞こえた。リモートコンシャスネスがあるようだった。
エラはパネルの外にあるモニターと私を交互に見、目を伏せる。

「今は、言えない。だけど、生きてる。安心して」

『あの人は生きているの?』

「生きてる。だから今は、無理しないで、お願い、お願いだから…!」

パネルに額を押し当て、エラはしゃくり上げる。気丈なエラが、泣いている。
それで私は、事態があまり良くないのだと悟った。
霧が掛かったようにぼんやりした思考の中に、背後から貫かれたシルバーレイヴンの姿が蘇る。
あんなに激しい衝撃をコクピットに受けて大破されては、以前と同じ姿で彼が生きているとは思えなかった。
けれど、生きているのならばそれでいい。そう思って、私は目を閉じた。


一ヶ月してまともに体が動くようになった私は、それが半分以上機械になってしまっていると知った。
左肩から下半身、そして内蔵もほとんどやられていたけれど、処置が間に合ったから、私は生きていた。
代用品の体を動かすのは今までとは要領は違うけど、アドバンサーと近かったから、あまり苦ではなかった。
だけど、いつまで経ってもレイヴンが私に会いに来ないし、会えないのはさすがに変だと思った。
何度もエラやバーバラ、隊長に聞いてみても、皆にはぐらかされてしまうだけ。
一年ほど経って、リハビリも終えた私が外部派遣部隊の皆とグラバルに戻ると、やっと彼らは話してくれた。
レイヴンはどうして私に会いに来なかったのか、そして、レイヴンはどこへ行ってしまったのか。

以前と変わらない、やけに広い食堂に、皆で集まっていた。
違っているのは、私の体が重たいことと、大きなレイヴンの姿がないことだけだった。
濃いめに入れられたリンリンリンガーのお茶を私に出し、バーバラが隣に座る。

「レイヴンはね」

感情を押し殺したバーバラの声が、食堂に広がった。

「マリーとは違って、体のほとんどがダメだったの。頭はなんとか無事だったんだけど、それも…」

「機体を貫かれた衝撃で、かもしれないんだけど…感情のほとんどが、出なくなったの」

エラはお茶を少し飲み、呟く。

「頭の中身はそのまんま。だけど、本当に感情がないの。あんたが死にかけた、って言ってもね」

「少しだって、脳波計は乱れなかった。レイヴンの野郎は、本物の…鉄仮面になっちまったのさ」

苦々しげに言ったジェイは肩を震わせ、テーブルに突っ伏した。
その肩を軽く叩きながら、隊長は続ける。

「レイヴンも、マリーと同じように新しい体を与えられたんだ。脳髄だけにしておくには、惜しすぎる男だったからな」

「けどね」

バーバラは大きな目を潤ませ、唇を噛んだ。

「そのまま、あいつ、どっか行っちゃったのよ! マリーをほっぽり出して、勝手にね!」

「レイヴンの行方は、オレらだけじゃなくて本部も捜しに捜した。だけど、見つからなかった」

そう呟いたウォルスはお茶を全て飲み干し、こん、とテーブルにカップを置いた。

「今の今まではな」


エラは何も言わず、食堂に備え付けられたモニターを付ける。
光が灯り、大きなモニターに映像が広がった。
激しい戦いの映像と共に、一番聞きたかった彼の声が流れてきた。


「全ての愚かな文明人に伝える」

無数の機械が駆け巡る戦場を背景に、声は続く。

「我が名は、マスターコマンダー。このマシンソルジャーの、作り手だ」

派手な真紅に塗られた等身大のマシンが、強烈な炎を放ってアドバンサーの隊列を焼いていく。
その背には、001があった。

「機械の進化を妨げ、己の退化を望む者達よ。今日この日から、機械は貴様らの敵となる!」

爆発が、画面を覆った。

「銀河を制するのは銀河連邦政府ではない、我ら、コズミックレジスタンスだ!」



間違いなく、それは。
多少機械的になっているけれど、紛れもなく、レイヴンの声だった。
あまりのことに、私は先程の宣言が信じられなかった。
けれど、涙は出てこなかった。沸き起こるのは、怒りと憤り。そして、腹立たしさだけだった。
私は、だん、とテーブルを叩いてから立ち上がり、モニターに叫んでいた。

「だぁからなんだってんですのよ!」

片足を上げ、強くテーブルに叩き付ける。

「私を放り出してさっさといなくなったと思ったら、軍隊作って反乱軍!? 勝手すぎますわ!」

テーブルの上に仁王立ちし、私はとにかく叫んでいた。

「上等ですわ! あなたがそのつもりなら、私は正面切って戦わせて頂きますわ!」



「このマリー・ゴールドを敵に回したことを、一生後悔するがいいですわ!」

力一杯睨んだモニターは、ぼやけていた。

「レイヴン、いいえ、マスターコマンダー!」



それが、今から十年前の、ある日の事。


この日から、私とあなた方マシンソルジャー、そしてレイヴンとの戦いが始まった。
戦いが始まってすぐに、私とレイヴンが瀕死の重傷を負った惑星ファクチャーは姿を消してしまった。
その行き先は、すぐに解った。コズミックレジスタンスのソルジャープラント、マザーシップとなっていたから。
銀河連邦政府軍が結成されて、着実に戦績を挙げた私は気付いたら昇進していて、大佐になっていた。
最初の怒濤のような戦いが落ち着いたころ、ゼルも昇進して少佐になっていたということを知った。
あの時、ゼルがレイヴンに手を掛けたかどうかの調査はろくにされず、事故として処理されたからだった。
私はゼルと、そんな判決を下した本部とも戦いたかったけど、時間も力も足りなかった。
がむしゃらに戦って戦って、また気付いたときには、コズミックレジスタンスは弱体化していた。そして。




「…一度も、戦いの真意をレイヴンに聞くこともないまま、戦いは終わってしまいました」

マリーは足の上に重ねていた手を外し、視線をティーカップに落とした。
細い指を白い取っ手に掛け、湯気の消えたお茶を傾ける。
最後に残されていた、黒いフレームの写真立てが裏返され、中の写真が見えた。
銀色の装甲を肩に乗せ、黒く長いマントに身を包んでいる、レンズのないゴーグルで目元を覆った大柄な男。
表情は解らないが、口元が険しく絞められていた。マリーはその写真立てを、少し手前に出した。

「これが、マスターコマンダーですわ。あの人を捕らえる直前に、プラチナが見た映像ですの」

目線が、ちらりと窓の外のナイトレイヴンへ向けられる。

「葵さんが乗っているナイトレイヴンは、もう皆さんも解っていると思いますけれど、元はシルバーレイヴンでしたの。戦いが終わって久々にグラバルへ戻ったときに、第五格納庫へ行ってみたら残っていたのです」

ティーカップを両手に持ち、マリーは目を閉じた。

「銀色に美しかった機体は、レイヴンのマントと同じように黒く塗り潰されていた。私は何度もあの機体を処分しようとしたけれど、出来ず終いで…結局、プラチナと一緒に地球に持ってきてしまい、今に至りますわ」


「…すげぇ、不器用なんだなぁ。オレらの親父は」

深く息を吐いてから、リボルバーは呟いた。

「わっざわざオレらを造って、わっざわざ戦いを仕掛けるなんざ…他の方法、思い付かなかったのか?」

「昔はさっぱり解りませんでしたけど、今でしたら、僕も少しはあの人の気持ちが解る気がします」

インパルサーのゴーグルに、マリーが映る。

「マスターコマンダーは、きっとマリーさんを守りたかったんですよ」

「頭良いわりに、ひっでぇ計算ミスしてるけどな。結局、マリーはオレらの最大にして最強の敵になっちまったしよ」

胡座を掻いていたディフェンサーは、頬杖を付く。

「そういやあのマント野郎、よく、マリーのことを裏切ったーとか言ってたなぁ…。それが何に対しての裏切りなのか、前はさっぱり掴めなかったが、今度はちょっとは解ったかもしれねぇ」

「本当に裏切っていたのは、マスターコマンダーの方でござる。だが、マスターコマンダーは」

イレイザーは遠くを見るように、視線を上げた。

「マリーどのを敵と見ることで、完全にマリーどのの敵となるためだったのでござろう」

「だからずっと、戦いは私達に任せっきりだったんだ。敵だと思おうとしても、好きなヒトは好きだもんね」

膝を抱えていたクラッシャーは、ショッキングピンクの目を伏せる。

「けど、どうしても、戦わずにいられなかったんだ。マリーさんをひどい目に遭わせた、銀河連邦政府と」


「ええ」

マリーは頷き、弱く微笑んだ。

「解っていますわ、それくらい。あの人は、少しだって素直じゃありませんもの」


あたしは、パル達の戦いに、そんなに重たい経緯があったなんて思いもよらなかった。
なんて、悲しい戦いなんだろうか。どうして、二人は敵同士にならなきゃいけなかったんだろう。
それ以外にも道があったはずだ。絶対に、あったはずなんだ。
なのに、どうして。

「マスターコマンダーってさ」

視界が、じんわりと歪んできた。
あたしは目元を擦ってから、顔を上げた。

「ずっと、ただの悪人だと思ってたよ。けど、そうじゃないんだ」

「この上ない馬鹿よねぇ、マスターコマンダーは」

銀色のピアスが光る耳元へ、鈴音は黒髪を乗せた。

「ロボットだらけの戦いなのに、動機は人間臭すぎ。黒マントの中身は、やっぱり人間だったのね」

「オレ、とんでもない機体に乗ってたんだなぁ…」

窓の外を見ながら、神田が呟いた。外には、ナイトレイヴンが直立している。
しばらく涼平も同じようにしていたが、クラッシャーへ目を向ける。

「クー子」

振り向いたクラッシャーへ、涼平は言う。

「知って、良かったか?」

「うん」

こくんと頷いたクラッシャーは、ぐいぐいと目元を擦った。

「知らないでいたら、ずうっとパパもママも嫌いなままだったもん。ちゃんと知ったら、本当にちょっとだけど、パパのことも好きになれそうな気がするから」

「ただ好きなだけ、大好きなだけじゃいけないのかなぁ」

さゆりは、悲しげに目を伏せる。

「マスターコマンダーもマリーさんも、ただどっちも大好きだっただけなのに」

メガネを外した律子は、ずっと目元をハンカチで押さえていた。
しゃくり上げるのを堪えて深呼吸してから、ハンカチを外し、赤くなった目元を擦る。
メガネを掛け直してから、もう一度息を吐いた。

「本当に、戦うしか方法がなかったのかなぁ」

「色々と、あったはずだと思いますわ。けれど、戦いしか思い付かなかったなんて…」

空になったティーカップをソーサーに置き、マリーは少し笑った。

「感情に任せた行動だとしか、思えませんわね。あの人は、本当に感情をなくしてしまっていたのかしら」

「本当になくしていたわけでは、なかったと思いますよ」

そうインパルサーが言うと、マリーは振り向いた。

「一度、マリーさんがマザーシップに乗り込んで、マスターコマンダーと対峙しましたよね? その場に僕もいまして、お二方を見ていたんです。マリーさんに銃口を向けながら、あの人は泣いていました」

マリーの目が見開かれ、インパルサーを凝視する。パルは頷く。

「ちゃんと、覚えています。マスターコマンダーが泣いているところを見たのなんて、その時だけでしたから」


「そう」

マリーは、インパルサーから目を外して俯いた。
その声は嬉しそうでもあったけど、悲しそうでもあった。
長い髪に顔は隠れてしまい、彼女の表情を窺い知ることは出来なかった。




マリーの家から外に出ると、すっかり薄暗くなっていた。
訪問したのは午後一時頃だったはずなのに、時間はあっという間に過ぎて夕方になっている。
西日に照らされた白い家のドアは固く閉じられ、リビングの大きな窓を隠すようにナイトレイヴンが立っていた。
あたしは、言葉少なにあたし達を送り出したマリーが気になったけれど、これ以上いてはいけない気がした。
マリーが今、どんな気持ちなのかを推し量ることは出来ないけれど、一人でいた方がいいはずだ。
そう思ってぼんやりしていると、皆、道路の方へ歩き出していた。
あたしの隣に立ったインパルサーは、体を曲げてあたしを覗き込む。

「由佳さん。早く戻らないと、冷え込んできてしまいますよ」

「うん」

あたしはそう返し、彼を見上げる。レモンイエローのゴーグルが、夕陽で赤らんでいた。
銀色のアンテナもぎらついて、眩しい。細身だけど逞しい首筋に走るスカイブルーのラインが、目に入る。
神田はイレイザーとさゆりとで先に帰ってしまったのか、もういなかった。
リボルバーを従えた鈴音はあたし達へ手を振りながら、道路へ行ってしまった。
鈴音に手を振り返しながら気付いたが、涼平とクラッシャーもさっさと帰ってしまったようで、辺りにはいない。


「じゃ、私も帰るね。また、学校で」

軽く手を振った律子が、あたし達に背を向けた。
すると、頭上を影が抜ける。直後、膝を曲げたディフェンサーが、どん、と彼女の前に落ちた。
立ち上がったディフェンサーは下から律子を見上げ、彼女を指した。

「永瀬!」

いきなりのことに驚いたのか、律子はきょとんと目を丸めている。
ディフェンサーは言葉に詰まっていたが、意を決したように表情を固めて声を上げた。



「オレの、コマンダーになれ!」



一度肩を上下させたディフェンサーは、ゆっくりと律子を指していた手を降ろした。
律子はきょとんとしたまま、まじまじと目の前のディフェンサーを見下ろす。
あたしは思わずインパルサーと顔を見合わせ、そして緊張した面持ちのディフェンサーを見た。
今まで、色んなパターンのコマンダー指名を見てきたけど、このパターンは初めてだ。逆指名なんて。
律子はやっと事態が飲み込めたのか、息を吐き、呟いた。


「ディフェンサー君」

期待と不安の入り混じった目のディフェンサーへ、律子は困ったように笑った。

「ちょっと、考えさせて?」


「…ラジャー」

そう呟き、ディフェンサーは俯いた。
申し訳なさそうにしながら、律子は彼の横を小走りに走っていった。
二本の長い三つ編みが飛び跳ねる律子の背を見送っていたが、ディフェンサーは、あたしとパルに気付いた。
じっと妬むような目をインパルサーに向けていたが、どん、と強く地面を蹴って飛び上がった。
そのまま、ディフェンサーは夕陽にボディを染めながら、どこかへ行ってしまった。

インパルサーは弟を見送っていたが、先に道路へ歩き出した。あたしは、少し前を行く彼を追う。
あまり幅のない、真新しいアスファルトの緩い坂にはもう誰もおらず、一つだけある街灯が光っていた。
その丸い光の下を通り、あたしは手前のパルの手を取った。彼は立ち止まると、横顔だけこちらへ向ける。
またパルは歩き出したけど、今度はあまり早くなかった。あたしは彼の手を取ったまま、少し後ろを歩く。
胸の奥は昨日と同じように痺れていたけど、前よりも痛さはなく、心地良かった。

「パル」

「なんでしょう」

そう振り返った彼の隣に出、あたしはパルを見上げる。

「なんでもない」


そうですか、とだけ彼は返し、また前を見た。
次第に冷たくなってきた夜風が坂を上り、弱く吹き付けてくる。
暗くなってきた空には、一つだけ星が見えている。
あたしは、到底ここからは見えないであろう惑星ユニオンに思いを馳せていた。
絶対に会えることもないだろうけど、もう、あたしはマスターコマンダーを殴る気は起きなかった。
あたしには、マスターコマンダーを、レイヴンを殴れる権利なんて少しもない。
その代わりに、別の考えが出てきた。マスターコマンダーに、言っておきたいことが出来ていた。


マスターコマンダー。

パルを生み出してくれて、ありがとう。


会えることはないけれど、もしもそんな機会が出来たとしたら。
きっとあたしは、素直にそう言ってしまうだろう。


心から、そう思えたから。







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