Metallic Guy




第二十三話 ハッピー・バースディ



「要するに、誕生日ってこと?」

そうあたしが聞き返すと、ダイニングテーブルに腕を載せたクラッシャーは頷いた。
あたしは多少温くなってきたカフェオレを飲んでから、カウンターに乗っている卓上カレンダーへ目をやる。
今日は、十一月二十三日。赤い日付の下には、勤労感謝の日とある。
テーブルの下で足をぶらぶらさせながら、クラッシャーは上目にあたしを見た。

「葵ちゃん、今日で稼働十七周年になるんだって。昨日、さっちゃんから聞いたの」

「そっかー」

「せっかくだから、祝うだけ祝ってあげようかって思ってさー」

と、クー子はにこにこしている。他人事ながら、嬉しいらしい。
あたしはふと、神田の日課になっていることを思い出した。あれで、いつも神田は休日返上しているし。

「けど、マリーさんの訓練があるんじゃないの?」

「マリーさんは用事があるんだそうです。なんでも」

フライパンの焦げ付きを落としていたインパルサーが、厚手のゴム手袋に包まれた手で後ろを指した。
真っ黒くなった金属タワシを水で流しながら、ダイニングカウンター越しにあたしを見下ろす。

「銀河警察の方が来ているのだそうで」

「銀河警察って、銀河連邦政府軍とは違うのか?」

リビングのソファーに座って、インパルサーの作ったキャラメルプリンを食べていた涼平が振り向いた。
クラッシャーはするりとその上に出、くるんと前転して涼平の視界に入った。

「違うよー。構造的には似てるんだけど、警察は軍隊組織とは根本的に違うの」

「総元締めが違うんです。銀河連邦政府軍はユニオンの方々によって作られていますが、警察の方は」

焦げ付きはすっかり取れて、フライパンは見違えるほど綺麗になっていた。
剥がれた汚れと洗剤を洗い流しながら、インパルサーは続ける。よく働くなぁ。

「ユニオンとはまるで別の惑星の方が組織していまして、構成員にもユニオンの方々はあまりいませんし」

「あんまり関わらなかったけどねー」

上下を反転させて姿勢を戻したクラッシャーは、両手を上向けて肩を竦めた。

「警察なんかが手出し出来るほど、小規模な戦いなんて起こしたことなかったしぃ」

「ええ。それに、僕達は銀河連邦政府軍から有罪判決を受けてはいますが、それはあくまで軍の中の話なんです」

フライパンを布巾で擦って水気を取ってから、ガスコンロ後ろの棚に載せた。
インパルサーはゴム手袋を洗って黒ずんだ汚れを落としてから、それを引っ張って外した。

「今更、軍の方々が警察の方に手を借りるとも思えませんし」

「だーから、ぶっちゃけよく解んないんだよねー。私達に、一体何をしに来たんだか」

クラッシャーはくいっと首をかしげながら、腕を組んだ。
あたしは皿の上に残っていたチーズオムレツを食べ終えてから、インパルサーを見上げる。

「てことは、ギャラクシーグレートウォーは軍の中のゴタゴタとして扱われてるわけか」

「ちょっとどころか、かなり変な気がしますけどね」

と、頷いたインパルサーは、クラッシャーと同じように首をかしげる。

「いくら僕達のお父さんとお母さんが軍に所属していたからといって、内部の騒乱として片付けてしまうのは…」

「面倒なことになってんだなぁ…」

キャラメルプリンを食べ終えた涼平が、ずるりとソファーにへたりこんだ。あたしもそんな気分だ。
この間のマリーの話といい、今の話といい、銀河連邦政府の内情は相当おかしいようだ。
締めるべきところを締めないで、どこかずれている対応が多くないか。大人の世界って、そんなものなのか。
水の跳ねた水盤周りをきゅっと台拭きで擦ったインパルサーは、はあ、と肩を落とす。

「全くです」

「だぁねぇ」

あたしは改めて、マリーの立場が大変だと知った。
ロボット兄弟達を地球に引っ張ってきたのは、大方無理矢理だったのだろう。それしか考えられない。
戦いの最中も、首謀者であるレイヴンの恋人だったという事実が、マリーを苦しめなかったはずがない。
マリーは見た目がああだから、一見しただけじゃ苦労してなさそうに見えるけど、壮絶な人生を送っている。
なのに、笑顔を絶やさずに明るく振る舞っている。マリーさんて、凄い人だなぁ。色んな意味で。
エプロンを外したインパルサーはリビングへやってくると、時計を見上げた。

「葵さんの所に行くのであれば、そろそろ出た方がいいんじゃないでしょうか。準備の時間とか必要ですから」

「パル、あっちで何か作る気?」

インパルサーの抱えているエプロンの中には、ごちゃごちゃと道具が入れられていた。
ジーンズ地の間に、銀色の何かが見え隠れしている。動くたびに、それらが鳴ってうるさい。

「ええ。葵さんは甘い物が苦手のようですから、あまり甘くない物でもと思いまして」

「神田君、何が好きだっけなぁー…」

思い当たるようで、思い当たらないようで。あたしは必死に思い出す。
ジンジャーエールは好きだと言っていたけど、あんなものはお菓子に出来ないから却下。
もうちょい思い出せ。何か、あったはずだ。

「あ、あれがあった」

「あれって?」

クラッシャーが、するりとあたしの上に降りてきた。あたしは、夏頃のことを思い出した。

「神田君、ガムシロップ入れずにコーヒー飲んでたんだよ、何回も。だから、コーヒー好きなんじゃない?」

「確かにそれならいいかもしれませんね。ありがとうございます、由佳さん」

道具の入ったエプロンをソファーに置いて、インパルサーは敬礼した。また、ダイニングキッチンに戻る。
材料を探し始めたのか、棚やら冷蔵庫やら開いている。何を作る気なんだろう。
しばらく漁っていたが、いいものが見つかったのか、立ち上がった。それもエプロンの中に入れ、満足そうに頷く。

「冷やす時間も逆算すると、早く出た方がいいですね」

楽しげにしながら、インパルサーは大事そうに膨らんだエプロンを抱える。
リビングを出ようと廊下に出る前のドアを開けたが、立ち止まって振り返った。

「あの、由佳さん」

「ん?」

「結構荷物が出来てしまったので、バッグか何か貸して頂けませんか?」

「クローゼットの中に使ってないトートバッグがあるから、それならいいよ。白いやつ」

「ありがとうございます」

もう一度敬礼してから、インパルサーは廊下を歩いていった。
他人の誕生日を祝うなんて、何年ぶりだろう。小中学の頃はやってた記憶があるけど、近頃はさっぱりだった。
そうか。今日で、神田は十七になるのか。とりあえず、おめでたいことだ。




バスに乗って四区間、所要時間にして十分足らず。
以前神田に教えて貰ったバス停で降り、しばらく歩いて商店街を抜けたその先に、神田の家はあった。
商店街から少し離れた位置にある、こぢんまりとした居酒屋だ。昼間だから、当然のれんは掛かっていない。
以前来たときは夜だったし、裏手だったからよく解らなかったけど、看板には「居酒屋 菊乃」とある。
大方、神田とさゆりと母親の名前だろう。大抵、そういう場合が多いから。
引き戸を開けようとすると、足元にふわふわした感触があった。見ると、クロネコがまとわりついている。
ネコノスケは店の方を見、にゃあ、と声を上げた。すると、がらがらと音を立てて引き戸が開いた。

「こんにちは」

引き戸の向こうから、さゆりが顔を出した。髪を結んではおらず、小さな肩に乗っている。
いつもはツインテールにして、高く上げているからあまり長さは感じられなかったが、結構長いようだ。
ネコノスケはさゆりの足元にまとわりついたため、彼女はそれを抱き上げる。にゃあ、とまたネコノスケは鳴く。

「とりあえず、中に入って下さい。お兄ちゃん、まだ起きてないけど」

「お邪魔しまーす」

その言葉に甘え、中に入った。人のいない居酒屋って、ちょっと変な気がする。
右の壁に貼られたメニューの下に、四人掛けのテーブル席が三つ。その反対側に、畳の敷かれたスペース。
六人掛けらしき長いテーブルが二つ並んでいて、その隣に半分くらいのテーブルが一つ。押し込めてある感じだ。
物珍しいのか、インパルサーはしきりに辺りを見回していた。見たことがないのだから、そりゃそうだろうなぁ。
クラッシャーは遊びに来たことがあるのか、そうでもない。身を屈めて、さゆりを見下ろす。

「イレイザー兄さんは?」

クラッシャーに聞かれ、さゆりはすいっと上を指した。

「二階のベランダで、洗濯物干してるよ。もうすぐ終わると思うから」

「…馴染んでますね」

ちょっと意外そうに、インパルサーが呟いた。さゆりは少し笑う。

「いっちゃん、居させて貰ってるのに何もしないでいるのが嫌なんだって」

ふと、インパルサーは店の奥を見上げた。クラッシャーも、同じようにする。
店の奥にある階段から、重たい足音がしてきた。降りてきたのは、イレイザーだった。
背中に刀の入った棒がないと思ったら、なぜか口に銜えている。それを外しながら、店の方にやってきた。

「青の兄者、ヘビークラッシャー、早いでござるな。葵どのの、稼働開始日祝いでござるか?」

「ええ、どうせならと思いまして。少し、厨房を使わせて頂きますね」

そう言いながら、インパルサーは道具やら材料やらが詰まって膨れたトートバッグを掲げる。
イレイザーはくるりと棒を回し、背中に戻した。かちり、と填め込まれる。

「それは構わぬ、青の兄者。使用方法は一般家庭のものと少々違うが、大差はござらん」

「ていうか、なんで洗濯物干すのに刀なんて抜くの?」

あたしは、それが気になって仕方なかった。普通、絶対に使わないよそんなもの。
イレイザーは洗濯バサミの形のように、人差し指と親指の先を当てた。かちん、と装甲がぶつかる。

「影丸の刃の厚さが、洗濯バサミを挟むのに丁度良いのでござる。カゴの中に入れるとばらけてしまうのでな」

納得が行くような、行かないような。いや、行かない。
なんでわざわざ刀なんだ。それ以外にいくらでもあると思うのに、洗濯バサミを挟むものなんて。
それを突っ込もうと思ったとき、がらっと引き戸が開かれた。また誰か来たようだ。

「こんにちはー」

振り返ると、ハーフコートとミニスカート姿の鈴音が立っている。冬が近いからか、足元はショートブーツだ。
鈴音の後ろには、当然ながらリボルバーがいた。身長と横幅がありすぎるせいか、顔が見えない。
先に店の中に入ってきた鈴音は、後ろを見上げた。全開にした入り口を抜け、リボルバーが店内に入った。
持て余し気味の弾倉と銃身を邪魔にならない程度に下げ、背を丸めている。ちょっと大変そうだ。

「やーれば出来るもんなのねぇ。無理かと思った」

「みてぇだな」

満足げに、リボルバーは頷く。凄いぞボルの助、よくあんなに狭いところを通過した。
鈴音はあたしへ片手を挙げ、やほー、と笑う。どうやら、鈴ちゃんにも連絡は行っていたらしい。

「暇だったしやることもないんで、葵ちゃんを祝いに来てみたわ」

「そか」

あたしも、似たようなものかもしれない。ちょっと、神田に悪い気がした。
鈴音は居酒屋の中を見回していたが、あたし達の背後を見下ろした。

「マリーさんはいないか…。いなけりゃいないで、ちょっと寂しいかも」


「こんにちは」

リボルバーの後ろから声がしたので、彼は身を引いた。塞がれていた引き戸が、見えるようになる。
長めのワンピースにジャケットを羽織った服装の律子が、ディフェンサーと立っていた。
ディフェンサーは、律子の物らしきトートバッグを担いでいる。膨らんでいて、重そうだ。

「たぁーくなぁ…たかが稼働開始十七周年で、全員呼び出すこともねぇじゃねぇか」

「こういうときは祝ってあげた方がいいのよー、っておかーさんが言ってたんだもん」

うん、とクラッシャーは頷いた。今回のことは、母さんの入れ知恵のようだ。
律子はあたし達に近付いてくると、にっこり笑った。やけに楽しそうだ。

「神田君の誕生日プレゼントに、いいもの持ってきたの。喜んでくれたら嬉しいんだけどな」

「プレゼント…?」

そう律子に言われ、あたしは何も準備して来なかったことに気付いた。ていうか忘れてた。
鈴音も似たようなものなのか、曖昧な笑いを浮かべている。急なことだったからなぁ。
今更何か買いに行くような時間もなさそうだし、お金もあんまりない。月末だから。
ここまで来て、あたしは自分が抜かったことを思い知った。ごめんよ、葵ちゃん。
あたしからのプレゼントは、期待しないでいてね。




「はい、出来上がり」

さゆりの髪にヘアゴムを掛け、律子はそれを整えた。さゆりの長い髪は、綺麗に結われている。
畳の方の席に、なんとなく皆で座っていた。ロボット兄弟は、いつものように床だ。
テーブルの上に置いた鏡を見たさゆりは、ちょっと髪を撫でてから、律子へ振り返る。

「ありがとうございました」

「いいなぁ、何もしなくてもこんなにまとまって」

羨ましそうに、律子はさゆりのツインテールを撫でる。

「私はすぐにばらけちゃうから、編んでるみたいなもんだし」

「ていうか伸ばせる方が羨ましいなぁ、まず」

少し伸びてきたために、外へ大きく跳ねている自分の髪を掴んだ。これ、これが憎い。

「あたしは伸ばすとダメなんだもん。すぐに変な方に跳ねちゃってさぁ。いいよなぁ、鈴ちゃんとかはさぁ」

テーブルの反対側を見ると、鈴音が自分のショルダーバッグを開け、中を睨んでいる。
さらりとこぼれた長い髪の色艶は、いつ見ても綺麗だ。鈴ちゃんが、手入れを怠っていない証拠だ。
がばっと大きく広げたショルダーバッグに片手を突っ込んで掻き回していたが、指先を唇に当てた。

「ろくなもん入ってないないなー…」

「そういえば、りっちゃんの持ってきたプレゼントって何なの?」

あたしは、それがちょっと気になった。いいものって、どんなものなんだろう。
律子はさゆりのブラシを置いてから、にんまりした。なんだろう、この自信に溢れた姿は。
背後の壁に立て掛けてあったトートバッグを引き寄せた律子は、その中から数冊の文庫本を出す。
それを手際良くテーブルに並べ、手で示した。やっぱり、上機嫌だ。


「新耳袋」


それは、怖い話を集めた本のようだった。
怖い雰囲気の目と、その後ろにはびっしりと編者の名前が書いてある。なんか、嫌な表紙だ。
巻数が増えるごとに目の数も増えていて、それがまた嫌だ。なんでこの手の本って、こんなに趣味が悪いんだ。
ていうかりっちゃん、こんなもんを誕生日に貰って喜ぶ人間なんているのか。あたしなら、絶対喜べない。
律子はもう一度トートバッグを探り、更に数冊取り出す。テーブルの上は、怖い本だらけだ。

「まだあるよー。結構面白いの持ってきたし」

「なぁ、イエローコマンダー」

律子が顔を上げると、リボルバーが変な顔をしていた。

「てめぇ、変わってるって言われるだろ?」

「たまにあるかなぁ。でも、怖い話って面白いんだよ」

にこにこしながら、律子は一冊を手に取ってぱらぱらめくった。

「だから、やめられないの。こういうの集めてて怪異が起きたら起きたで、面白いかもしれないし」

「…面白くねぇよ」

そう呟いたディフェンサーは、深くため息を吐いた。その気持ち、よく解るぞ。
新耳袋の一冊を手にしてめくっていた鈴音は、律子へ振り向く。

「これってさあ、一気に読むと怪異が起きるーとかいうやつだっけ? 読んだことあるかも」

「うん。かもしれない、でしかないし、やってみても私には起きたことないけど」

律子は、悪気なさそうに頷く。鈴音は適当に読みつつ、返す。

「それ、葵ちゃんに教えてやらないとねー。一気に読まないようにって」

「だね」

広げられていた文庫本が、律子の手で重ねられていく。怖い目の表紙が、見えなくなる。
六冊分重ねたため、怖い話の本は結構な高さになる。律子は、またトートバッグを探った。
オレンジ色の細かいチェックが可愛らしいリボンを取り出すと、それをテーブルの上に広げた。
その上に文庫本のタワーを置いて、きゅっと結ぶ。丁寧なことだ。

「これで良し、と」

「んー…」

また自分のショルダーバッグを覗き込んでいた鈴音は、丸っこい物をいくつか取り出した。
それを、律子の怖い本タワーの隣に並べていく。どうやら、ガチャポンのカプセルのようだ。
半透明のカプセルを四つ並べ終えた鈴音は、これでいいか、と頷いた。

「ま、ダブってたしね」

「ガチャポンが?」

「そうなのよー。ここに来る前にちょっと回してみたんだけど、目当ての物が出なくってさあ」

と、鈴音はあたしに苦笑した。結構な無駄遣いしてるぞ、鈴ちゃん。

「で、どうせ持って帰っても同じのがごろごろあるんだし、放置するよりはいいかなーって」

「そりゃそうかもしれないけど…」

大きめのカプセルの一つを手にして眺めていた涼平が、呟いた。

「これ、全部美少女フィギュアじゃん」

「そうなのよねぇ。その子ら、もう二体ずつ持ってるのにまだ出てくるのよ」

頬に手を添えた鈴音は、ほう、と息を吐いた。そんなにダブったのか。

「本当は別なのが欲しいんだけどさ、回すたんびに美少女ばっか。もういらないのにねぇ」

「で、姉ちゃんはなんかあるのか?」

美少女入りカプセルをテーブルに戻した涼平が、あたしへ言う。いきなり振るな。

「あたしも、あんまりいいものはなさそうなんだよねぇ…」

テーブルの下に入れておいた、自分のカバンを取り出した。何かあったっけなぁ。
あまり大きさのないトートバッグの中には、財布に化粧道具、出し忘れてた読みさしの推理小説。
携帯に、うちの鍵に、その他諸々。それらを押しやって中を探ると、見慣れないものがあった。
角張った、四角くて平べったいもの。ファンシーショップの袋に入っているため、一見なんだか解らなかった。

「なんだろう、これ」

その袋を開けて中身を取り出してみると、それは。



網タイツ。



あたしの隣で、ディフェンサーが思い切り吹き出した。ええい、笑うな。
考えうるにこの網タイツは、文化祭の名残のようだ。ガーネッタの衣装の、予備に違いない。未開封だし。
そういえばこのトートバッグ、衣装を入れてたっけ。その後は、あんまり使わなかったような。
笑いを堪えているのか、なんともいえない表情をしたクラッシャーがあたしの手元を指す。

「それ、あげるの? おねーさん、マジでそれ葵ちゃんにあげちゃうの!?」

「かなりきつい」

あたしを見、さゆりが呟く。うん、あたしもそう思う。
リボルバーは可笑しそうに肩を震わせていたが、その隣のイレイザーが凄かった。
背を丸めて口元を押さえてはいるが、笑い声が洩れている。相当ツボに填ったらしい。
他に何かないかともう一度トートバッグを捜してみても、何も出てこない。網タイツだけだ。
ちらりと網タイツを見たイレイザーは、凄い勢いで吹き出した。填りすぎた。

「葵どのが…葵どのがそれを…!」

「貰ったところで絶対に使い道ないよねー、葵ちゃんには」

笑ったせいで目元を潤ませながら、鈴音はあたしの手元を指した。そんなに笑わなくても。
あたしは、一ヶ月ほど前の自分が恨めしくなった。なんで忘れたんだ、カバンの整理を。


「なにやら楽しそうですね」

厨房の方から、エプロン姿のインパルサーが顔を出した。さっきからずっと、一人でお菓子を作っていたのだ。
あたし達の中心に並べられたプレゼントを見ると、いつもの薄手のゴム手袋を付けた指先で頬を掻く。
そして網タイツで目線を止めたかと思うと、マスクを押さえて吹き出した。あんたもか。

「由佳さん、それ、本気ですか!?」

「これしかなかったの」

パルまで笑うとは。なんか、馬鹿にされたみたいな気分だ。
また自分のトートバッグを探った律子は、大きめの水色の紙袋とリボンを取り出す。

「まだ持ってたから、みんな包んじゃおうか?」

「んじゃ、これも」

自分の青いリュックを開けた涼平は、何かのモンスターが描かれたカードを数枚取り出した。
それが、ガチャポン四つの隣に置かれた。カードの絵柄を見たさゆりは、顔をしかめた。

「弱いのばっかり」

「おまけにダブったんだよ、それ。でも、捨てる気も起きなくてさぁ」

と、涼平は苦笑した。それ、本当にプレゼントなのか、弟よ。あたしも人のことは言えないが。
背中に手を回してごそごそやっていたクラッシャーは、あ、と声を出してから手を出した。
黒くて小さな手には、ピンクのハートが印刷された小さな円筒のケースが握られている。

「じゃあこれー」

「なんだよそれ」

涼平が尋ねると、クラッシャーはファンシーな子供用リップをテーブルに置いた。

「リップ。私が持ってたって、どうせ使えないんだし」

「こんなの出てきたぜ」

クラッシャーの後ろから、リボルバーが手を伸ばした。細長いペンが、テーブルに転がる。

「どうせ銀のガンダムマーカーなんて使わねぇんだ、オレが持ってるよりはいいだろ」

「それでは、拙者はこれを」

と、イレイザーもテーブルへ手を出す。くるりと返されたその中から、キャンディーが数個落とされた。

「どうせ食せぬからな、持っていても仕方がない。なぜか知らぬが、先日同級生から頂いたのでござる」

「えーと、確かこの辺にー…」

片足を挙げ、装甲を開いて中を探る。ディフェンサーはそこから取り出したものを、テーブルに放る。
がしゃん、とそれが落下した。軽くて薄べったい、金属製のペーパーナイフだ。

「ペーパーナイフなんてもらってたんだよ。なんかの景品でさ。どうせだし、捨てるよりマシだろ」

「僕は何か持ってたかなぁ…」

エプロンのポケットに手を突っ込んでいたインパルサーは、何かを見つけたらしく、出した。

「こんなのがありました。どうせ、僕には必要ありませんし」

こちらへ向けられたパルの手には、百円ライターが握られていた。なんでそんなものが。
見覚えのあるラベルには、父さんの会社名が入っている。父さんが、パルにくれたのかな。
インパルサーは白い百円ライターを、兄弟達の置いたプレゼントらしき物の隣に置く。
テーブルに並んだ品々を集めながら、喜々として律子はラッピングしていく。本気なのか、りっちゃん。
怖い話の本六冊と美少女入りガチャポン四つ、網タイツにダブったカード五枚、子供用リップにガンダムマーカー。
メロン味とイチゴ味の飴玉三つずつに、安っぽいペーパーナイフと社名の入った百円ライター。

「これさぁ…」

あたしは、本気で神田に同情してしまった。

「神田君、喜ぶと思う?」

「思えないねぇ」

と、鈴音が変な笑いを浮かべた。普通に考えたらそうだろう。
ぱんぱんに膨らんだ紙袋は、青いチェックのリボンで縛られた。見栄えだけはプレゼントっぽい。
律子はそれをテーブルの中央へ押しやると、うん、と満足そうに頷いた。

「これでよし」

「んー…」

スカートのポケットを探っていたさゆりは、薄っぺらいものを取り出して包みの中に差し込んだ。

「これでいいでしょ」

「さっちゃん、何入れたの?」

クラッシャーが尋ねると、さゆりはそちらを見上げる。

「テレカ。氷川きよしの」


プラス、氷川きよしのテレホンカード。


ダメだ、どこに喜びどころを見つけたらいいのかさっぱり解らない。
下手をしたら、いや、どう考えてもこのプレゼントはいらないものの寄せ集めだ。あたしは網タイツだし。
こんなものを誕生日に貰ったりしたら、あたしだったらマジでへこみそうだ。二三日、立ち直れないかも。
すると、奥の階段から足音がした。やっと、神田が起きてきた。寝起きだからか、あまり表情が冴えていない。
廊下から店の方へ顔を出した神田はあたし達を見回していたが、テーブルの上の包みに気付いた。

「お兄ちゃん。生誕十七周年、とりあえずおめでとう」

包みを持ったさゆりは神田に駆け寄ると、それを差し出す。


「プレゼント、フォーユー」



恐る恐る、神田はプレゼントを受け取った。
神田に同情してはいたが、あたしの意識はちょっとずれてしまった。
あの網タイツを見たときに、どんなリアクションをするのか。

正直。


それが、楽しみで仕方なかった。







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