Metallic Guy




第二十四話 聖なる、夜に



神田の誕生日と共に現れたスコットが、あたし達コマンダーへ発した警告。
だけどそれから、何も起きずに一ヶ月が過ぎた。マシンソルジャー達も、やってこない。
何もないならそれに越したことはないけど、その静寂が返って恐ろしかった。
ゼル・グリーンがどこにいて、何を考えて、何をしようとしているのか。あたしには、予想も付かなかった。
このまま、パル達が戦わずにいてほしい。苦しまずにいて欲しい。
そう、願わずにはいられなかった。




今日は、朝から空が薄暗かった。
鉛色の分厚い雲を眺めていると、今にも雪が降ってきそうに見える。でも、降らない。
玄関の前でぼんやりしていると、後ろでドアが開いた。振り返ると、大荷物のインパルサーが立っている。
彼はドアを閉めてからあたしの隣に来ると、同じように見上げた。薄暗いから、ゴーグルの色がよく目立つ。

「降りそうですけど、降らなさそうですよね」

「でしょー? せっかくクリスマスイブなんだし、雪でも降ってくれた方が気分が出るのになぁ」

あたしは珍しく、天気予報の内容が外れて欲しいと思っていた。曇りだけなんて、つまらない。
朝から結構冷え込んでいるから、もしかしたら、とかあるかもしれない。むしろあってくれ。
雲をじっと睨むように見ていたインパルサーは、トートバッグを持った手を挙げて空を指す。

「ソニックサンダーを撃てば、静電気で水蒸気が凝固して落下しますから、あの雲は雪になると思いますよ」

「…それ、本気?」

「いえ、冗談です。ソニックサンダーはエネルギー消費が激しいので、あまり好きではない技ですし」

そう笑いながら、インパルサーは玄関を抜けて門を開けた。あたしはそれに続く。
突き刺さるほどの寒さではないけど、寒い。吐き出す息が白くて、冬の実感がありありと感じられる。
あたしが彼の隣を通ると、門が閉められて、かしゃんと鍵が掛けられた。もう、うちには誰もいない。
クリスマスイブだと言うことで、涼平とクラッシャーはクラスのクリスマス会に行っている。
父さんと母さんは、平日だから通常通り仕事に出ているし。あたし達は冬休みだけど。
つい、また空を見上げてしまった。灰色が、ただ一面に広がっていた。




マリーの家がある住宅造成地へ繋がる細い道路は、すっかり枯れ葉で茶色くなっていた。
杉の葉や広葉樹の葉が溜まっているのだけど、ほとんど車が通らないからそのまま残っている。
ゆるやかな、だけど結構長い坂をインパルサーと一緒に歩いていると、久々に見る姿があった。
この寒いのにグレーのマフラーを首に巻いただけのスコットが、木々の隙間に置かれた細い電柱の上にいた。
黒いゴーグルにあたし達を映り込ませながら、よっ、と片手を挙げる。同時に、背中の翼も広げられた。

「いよーぅお二人さん、久し振りぃー」

「スコットさん、寒くないんですか?」

あたしには、スコットの姿が寒々しくて仕方なかった。せめてコートは着てほしい。
黒いスーツとスラックスだけなんて、絶対に寒いはずだ。すとん、と、細身の影は軽くあたしの前に着地した。
マフラーを緩めて垂らすと、スコットは首を横に振った。コウモリのような翼が、ばさりと畳まれる。

「いんや全然。なんとなくこれ付けてみたけど、むしろ暑いだけだな。そんなに寒いのか?」

「見てる方が寒いんですけど」

「そぉかぁ? ああ、基礎体温の違いのせいか」

と、スコットは勝手に一人で納得して頷いた。出来れば、どこがどう違うのか説明して欲しい。
でも、なんとなく解る気がしないでもない。空を飛べるなら、その分あたし達よりエネルギーを使うだろう。
となれば、体温も高くて当然だ。と、いうことにしておこう。たぶんそんなとこだろうから。
インパルサーは色々と物が詰まったバッグを抱え直してから、スコットを見下ろした。

「それで、スコットさん。何か用ですか?」

「オレが用があったのはお前らじゃない、大佐どのにだ。ここんとこの、ゼルに関する捜査の成果報告をだな」

後ろ手に坂の上を指し、スコットはにっと笑う。

「どこにどう、ゼルの野郎が隠れてるのかは大分掴めてきたんだ。そいつの報告をしてきたのさ」

「それ、どこなんですか?」

あたしは、ちょっとそれが気になった。まさか、この近辺にいるとは思えない。
スコットは少し躊躇したようだったが、ずいっとインパルサーを指した。

「銀河平和協定を破らないって誓えるか? 情報を渡しても、下手な行動を取らないって誓えるか?」

「ええ、解っています。例えゼルの居所が解ろうとも、僕らは攻撃は仕掛けません。不利になるだけですから」

頷いたインパルサーを、スコットは拳でどかんと叩いた。

「いよぉし、いい根性だ。そんじゃ、心して聞けよブルーのお二人さん。オレからのクリスマスプレゼントだ」

ちゃんとしたことを言う前のクセなのか、またやけに大袈裟な咳払いをした。
ポケットに両手を突っ込むと、身を屈めてあたしの視線に合わせて神妙な表情になる。



「月の裏側だ」



あたしはそれを聞いて、ちょっと拍子抜けしてしまった。なんだ、結構近いじゃないか。
そんなに近いなら、とっくにイレイザー辺りが気付いていたんじゃないだろうか。なのに、なぜ今頃。
スコットはあたしとインパルサーを見比べ、むっとした。ころころ表情が変わる人だ。

「今更とか思ってんだろー。そりゃオレも、月なんて近い場所にいるとは思ってなかったさ。ユニオン船籍のスペースシップの反応がやたらと地球の周りにあったから、全部調べるのに、ちょいと手間が掛かっちまったんだよ」

「ああ、あれですか」

思い出したように呟いたインパルサーに、スコットは不満げに口元を曲げる。

「なんだ、もう知ってたのかよ」

「いえ、スペースシップの反応のことです。あれは単なるトランスミッターだと、シャドウイレイザーが言っていたので」

そうインパルサーに言われた途端、スコットは拍子抜けしたようにがっくりと肩を落とした。いちいち動きが大きい。
ゆっくり顔を上げてブラウンゴールドの髪を掻きむしりながら、ああ、そうだよなぁ、とか呟いた。
またジャケットのポケットに手を突っ込むと、はあ、とため息を吐いた。そこから、煙草が一本取り出される。
器用に同じ手の中から出したライターで火を点けると、煙を深く吸ってから吐き出し、口元から外す。

「そうだよなぁ…お前らには、あの超高性能ソナーのシャドウイレイザーがいる。オレの動きは後手後手か」

「ですけど、月の裏側には微弱な反応しかないとシャドウイレイザーが…」

マスクに手を添えたインパルサーはしばらく黙っていたが、あ、と顔を上げた。

「エンジンを切っていたんですね。エンジンさえ切れば、エネルギーウェーブの流出はかなり抑えられますから」

「ごっ名答ー!」

煙草を軽く振り、煙をくゆらせる。スコットは、それを銜え直した。

「まぁ、そういうことだから今まで手間が掛かっちまったんだ。反応が微弱だから、解析に時間喰っちゃってよ」

「でもその間、なんでゼルは動かなかったんだろ?」

あたしには、それが不思議だった。すると、スコットは自慢気に胸を張る。

「そりゃあ決まり切ったことだぜお嬢さん、このオレが地球にいるからさ!」

なんだろう、この自信は。テンションもそうだけど、どこから溢れてるんだ一体。
スコットは一度妙な高笑いをした後、胸の内ポケットから取り出した丸い携帯灰皿を開き、煙草を擦って消す。
ぱこん、と金属製のそれを閉じて内ポケットに入れてから、ばさりと翼を広げた。

「んじゃなお二人さん、オレはまだまだ仕事が残ってるんでね。アスタラヴィスタァー!」

地面を蹴って飛び上がると、飛んでいってしまった。なんだよ、そのアスタラヴィスタって。
骨張った翼の生えている黒いスーツ姿は鉛色の空に馴染み、あっという間に遠ざかっていった。
インパルサーはスコットの飛び去った方をしばらく見ていたが、坂の上、マリーの家の方を指した。

「足止めを喰らってしまいましたけど、行きましょう。準備は、早く終わらせていた方がいいですから」

「そだね」

パルの指した坂の上を見上げると、ナイトレイヴンが立っているのが解った。その奥に、プラチナも。
よく見ると、二体の巨大ロボの前が微妙に歪んでいる。いつかディフェンサーが張った、シールドみたいだ。
白と黒のアドバンサーはしばらく睨み合っていたが、勢い良く双方は駆け出した。と、思ったら。
軽く蹴り飛ばされたナイトレイヴンは、頭からこちらに突っ込んできた。が、あの弱い歪みの前で止まる。
ばちばち帯電するシールドから、ずるっとナイトレイヴンが滑り落ちる。プラチナは、顔に手の甲を寄せた。

「ほーっほっほっほっほっほ! まだまだですわね、葵さん!」

ひとしきり、上機嫌なマリーの高笑いが続いた。
ぎりぎりと関節を鳴らしながら起き上がったナイトレイヴンは、瞳の色を強めてプラチナを睨む。
腰を落として構え直すと、駆け出した。肩からプラチナに突っ込もうとしたが、ひらりと避けられた。
ナイトレイヴンは勢い余ってよろけそうになったが姿勢を戻し、プラチナに蹴りを放つ。
プラチナはそれを軽く手の甲で受け止め、ナイトレイヴンを弾くように転ばせた。どん、と地面が揺れる。
だが、ナイトレイヴンは転ぶ前に地面に手を付いて姿勢を整えた。真っ直ぐ立つと同時に、神田の声が響く。

「次、お願いします!」

「いい度胸ですわ、葵さん!」

今まで構えていなかったプラチナは片手を伸ばして、軽く構えた。そして、また向かってきた黒い機体を受ける。
畳んでいた翼を広げ、長くてすらりとした足を上げたプラチナは、ナイトレイヴンを蹴った。
見た目よりかなり強烈な一撃だったのか、ナイトレイヴンはよろけた。それでも、なんとか踏ん張った。
この感じだと、まだまだ終わりそうにはない。マリーの高笑いを聞きながら、あたしは提案した。

「もうちょっと、後の方が良くない?」

「巻き添えは嫌ですからね」

こくん、とインパルサーは頷いた。今行ったら、絶対ろくなことにはならないし。
ばっぎゃん、とまたナイトレイヴンが蹴飛ばされた。今日も、神田の訓練は続いている。
でもよく見てみると、プラチナの的確な蹴りを避けたり、突き出した拳が掠りそうになったりしていた。
シールド越しのせいか、多少籠もっている神田の猛りが聞こえてきた。




十数分後。ようやくどちらの動きも納まったので、あたし達はマリーの家に行くことが出来た。
淡いオーロラのようだったシールドも掻き消えて、元に戻っている。中は、凄いことになっていた。
赤土の地面には、ナイトレイヴンが転倒するたびに出来たものらしい、大きな線が何本も走っていた。
マリーの家の手前に直立するプラチナの純白のボディには、汚れ一つなかったけど、ナイトレイヴンはその逆だ。
膝を付いて前傾姿勢になっている黒い機体には、赤茶けた土と傷がたっぷり付いている。綺麗な黒が台無しだ。
あたしは地面にある窪みに足を突っ込まないように歩き、ナイトレイヴンの前に出た。

「神田君、お疲れさまー」

すると、コクピットが開いた。中には、疲れ切った様子の神田がいた。
コクピットの中は暑くなるのか、汗の滲んだ額を拭っている。あたしに気付くと、中から出た。
とん、と地面に着地すると、神田は苦笑いしながら近付いてきた。

「やっぱり、マリーさんには勝てないな」

プラチナのがっちりした胸元が開き、マリーが姿を見せた。長い髪を二つに結んで、高校のジャージを着ている。
ふわりと降りて軽く地面に着地し、ごきげんよう、とあたしとインパルサーに微笑んでから神田に振り向く。

「あら、そうでもありませんわよ。葵さんの攻撃は、一度プラチナの翼を掠りましたもの」

「でも、当たらなきゃ意味がないんだよなぁ…」

悔しげに、神田は拳を手のひらに当てた。頑張れ、葵ちゃん。
耳の下辺りで分けて結んでいた髪から、マリーはヘアゴムを外して手首に絡めた。
一度長い金髪を掻き上げてから、ふう、と一息吐く。そして、あたしを見上げた。

「そういえば、もうそんな時間ですのね。クリスマスですか…どこにも、似たような習慣はありますのね」

「ユニオンにもあるの? クリスマスみたいなのって」

「ええ。ユニオンにも、唯一神宗教はありますの。その神が、天界から地上へ降りてきた日を祝いますのよ」

両手を胸の前で組み、マリーは微笑んだ。神様の概念は、宇宙共通のようだ。
疲れが押し寄せてきたのか、神田は足を引き摺るように歩いてマリーの家へ向かっていく。

「…すんません、寝させてもらっていいっすか?」

「構いませんわ」

そうマリーが返すと、神田は力なく玄関に入っていった。戦うことは、かなり大変なようだ。
あたしはコートの袖の下から腕時計を見ると、皆が来るまでまだまだ時間がある。結構、早く出たからなぁ。
空は相変わらず鉛色で、昼間のはずなのに夕方のように暗かった。雲の向こうの、月の裏側にゼルがいるのか。
戦いをもたらす自分勝手な男が、こんなに近くにいるなんて。なんだか、いきなり現実味が増してきた。




あまり家具のない広いリビングの端を、真新しいクリスマスツリーが陣取っていた。
一応飾り付けはされていて、電飾がぺかぺか光っている。これがあるだけで、かなりクリスマスっぽい。
そのツリーの後ろに押し込まれているのは、昨日のうちに、あたし達が持ってきたパル達へのプレゼントだ。
せっかくクリスマスなんだから、ということで買ってきたのだ。中身は、後のお楽しみだ。
コートを脱いでマフラーと一緒に壁に掛けて、リビングへ振り返ると、ソファーの上で神田がへばっている。
さっき自分で言った通り、眠っている。そんなに、アドバンサーの操縦は疲れるんだろうか。
いくら家の中が暖かいとはいえ、さすがにこのままじゃ冷えちゃうだろうに。何かないか。
もう一方のソファーの背もたれに、男物の黒いジャケットが引っかかっている。神田のものだろう。
それを広げて乗せてやると、キッチンの方からインパルサーが顔を出し、こちらを覗き込んでいた。

「葵さん、相当マリーさんと戦ったんですね」

「そのマリーさんは?」

「さっき、プラチナとナイトレイヴンを格納庫へ入れてくると言って」

薄手のゴム手袋に包まれたマリンブルーの手を、くいっと足元へ向ける。地下に行ったのか。
神田は目の上に腕を乗せていて、表情は見えない。あたしは、インパルサーを見上げる。

「そういえばさぁ」

「はい?」

広いリビングに、インパルサーの声がやけに響く。静かだから、余計に。
あたしはエプロン姿の彼に、尋ねてみた。ここしばらく、気になっていたから。

「パルって、神田君と仲が良いの、悪いの?」

「僕と葵さんの仲ですか?」

「そう。よく解らないんだもん」

傍目に見ていると、不思議なのだ。どちらも近付かないけど、雰囲気は険悪じゃない。
ちゃんと話したりしているから、そうそう激しく悪いわけじゃないんだろうけど、なんか距離が空いている。
インパルサーはしばらく考えていたようだったが、ゴムに包まれた指で頬を掻く。ぎしり、とその音が止まった。

「悪いかもしれませんね」

「そうなの?」

「はい。僕は葵さんが嫌いではありませんし、葵さんもそんなに僕が嫌いというわけではなさそうなんですが」

インパルサーの目線が、神田へ向く。レモンイエローのゴーグルに、リビングが映り込んでいる。

「習性というか、本能みたいなものなんでしょうね。張り合ってしまうんですよね」

「張り合うって、何を?」

「色々です。その時によって違いますし、そうそう大したことではありませんけど」

少し笑ったような、インパルサーの声。そんなことしてたなんて、知らなかった。
まるで気付かなかった。というか、気付かせなかったのかもしれない。
淡々と、パルは続ける。あたしの知らなかったことを。

「葵さんは、僕が来る以前の由佳さんを知っています。そのことが、どうしようもなく悔しく思えました」

神田から目線が外され、あたしへ向いた。

「だから、つい張り合ってしまうのでしょうね」

つまり、パルが神田に妬いていたのか。
どうしようもなく、って付けるくらいだから、今までたまに見せていた嫉妬よりもかなり強いんだろう。
ちっとも、知らなかった。パルが神田に妬いていたことも、それを押さえ込んでいたことも。
もっとあるんだろうな、色んなことが。彼はただそれを、表に出そうとしないだけだ。
なんか、複雑だ。そりゃ、恋心は綺麗な部分だけじゃなくて、その裏側もちゃんとある。
あたしも、少しはあった。けど、そんなに強くはなかった。パルがあたししか見ていないと、解っていたから。
でも、パルはそうじゃないかもしれないと思っていたから、内心じゃ神田に嫉妬しまくりだったのか。
あたしは、パルに悪いことをしているかもしれない。進むだけ進んだのに、未だに好きだと言えていないし。
だけど、何度頑張ってみようと思っても、どうしても言えないんだ。ただ、言うだけなのに。
あまりに情けない自分に呆れていると、インパルサーはまたキッチンに戻っていった。
彼の後ろ姿を見送っていたら、なんとなくここにいる気は起きなくなってしまい、付いていくことにした。




広いダイニングテーブルは、材料と道具で埋め尽くされていた。
それらを手際良く仕上げていくインパルサーは、かなり手慣れている。本当に、料理が好きなんだなぁ。
来てみたけれど、あたしにはこれといって仕事があるわけでもない。最初からパルの仕事だし。
あたしは、何のためにここにいるんだろう。なんか、空しくなってきた。

「んー…」

やることがないかと考えて唸っていると、インパルサーが振り向いた。

「暇なんですか?」

「見りゃ解るでしょ」

本当に、やることが見つからない。インパルサーに付き合って、早くうちを出たせいだ。
インパルサーは下ごしらえの終わった鶏肉が入ったボウルにラップを掛け、中身を確かめてから頷く。
それをやたら大きな冷蔵庫に入れてから、テーブルの上に広げた材料を眺める。

「そうですねぇ…」

一通り見回してから、インパルサーはあたしを見下ろす。

「クッキーでも作ります? あれなら、時間を潰すのに丁度良いと思いますし」

「クッキーねぇ」

あたしは開け放したままのキッチンのドアから、ちらりとリビングを見た。神田はまだ寝ている。

「甘くないのって、作れる?」

「ええ。作れますけど…」

インパルサーはあたしの目線の先を辿り、意味を察したらしい。

「もしかしてとは思いますけど、由佳さん。葵さんへのプレゼントにするつもりなんですか?」

「さっぱり考えてなかったし、今までちっとも思い付かなかったから」

と、あたしは開き直った。だって、本当にそうなんだから。
がしがしとマスクを掻いていたインパルサーは、複雑そうに呟いた。

「由佳さん。…さっきの僕の話、聞いてましたよね?」

「うん。こんなときにそんなことするのも、どうかと思ったんだけどさぁ…」

あたしは、インパルサーに悪いことをしている気がした。いや、確実に悪いことをしている。
パルは神田に妬きまくりなのに、それを知った上で、あたしは彼に神田へのプレゼントの相談をしている。
これ、一歩間違えば嫌がらせみたいなもんじゃないか。ああもう、あたしは。
さすがのインパルサーも、これには複雑を通り越してしまったらしく、顔を背けてしまった。
うん、あたしなら絶対にされたくない相談だ。でも、このまま神田にだけ何もあげないのも悪い。
しばらく悩みに悩んで、やっと、解決策になりそうなことが思い付いた。

「あのさぁ」

「なんですか」

パルは、明らかに不機嫌な声だ。あたしは、彼を見上げる。

「とにかく量作って、皆にばらまけばいいんじゃない? そしたら、神田君にだけじゃないし」

ちょっと、間が空いた。レモンイエローのゴーグルが、一度リビングへ向いた。
それをまたあたしに向けたパルは、仕方なさそうに頷いた。

「そういうことなら、なんとか許せない範囲ではありませんね。丁度材料もありますから、早急に作りましょう」

「ごめん」

「いえ、由佳さんが謝ることはないんです」

あたしに背を向けながら、インパルサーは首を横に振る。はあ、と深くため息を吐いた。
彼の背中の伸びている二枚の翼が、へにゃりと情けない角度になっていた。

「僕が勝手に妬いているだけなんですから」




チーズ混じりのクッキー生地を型で抜き、オーブンへ入れた。これで、あと十数分もすれば焼き上がるだろう。
オーブンを閉じてから、あたしは横目にインパルサーを見た。まだ、翼がへたっている。
そりゃ、パルの立場になって考えてみたら嫌だろう。結局、あたしから神田にクッキーをあげるわけだし。
あたしはダイニングテーブルに寄りかかり、パルを見上げた。目を合わせようともしない。

「だーから、ごめんってば」

「いえ…」

そう力なく呟いて、インパルサーは顔を逸らした。まだダメか。
あたしはここまで落ち込んでいるパルが、少し意外だった。いつか、ドライバー傷を付けちゃったとき以来だ。
あの場合は体の傷で、この場合は心の傷なのだろう。ホントにごめん。
こういうときに、はっきり好きだと言えればどんなに楽なことか。そしたら、パルは妬かなくて済む。たぶん。
マスクフェイスの横顔をじっと見ていても、何かいい手が思い付くわけじゃない。ええい、もう。
言えないなら言えないなりに、示す方法があると前に誰かが。リボルバーだ、ボルの助が言っていた。
あの時はええと、ああ、そうだ。でも、この場で出来るかなぁ。ここ、マリーさんちだし。
でも、これ以上インパルサーに落ち込んでいてはもらいたくない。見ていて辛いし。
とりあえずダイニングテーブルから離れて、リビングに繋がるドアをゆっくり閉じた。つい、慎重になってしまう。
ドアを閉じてから向き直ると、パルはやっとあたしへ顔を向けた。

「何ですか?」

いざ実行に移そうとすると、リボルバーの方法はかなり過激だと思った。まず行動ありき、だし。
でもこのままの状態でいるよりは、一発キスしてしまった方がずっといい。たぶん、いや絶対に。
緊張してきてしまったが、それをなんとか押し込めて、あたしはパルの目の前に立った。
一歩身を引いたインパルサーは、きょとんとしているらしく、軽く首を傾げる。

「あの」

「黙らっしゃい」

そう命令すると、パルは頷いた。あたしは、目一杯かかとを上げて手を伸ばす。
彼が屈んでいないから、そのマスクフェイスにも手が届かない。首辺りに、手を掛けるので精一杯だ。
ここまでされてやっと気付いたのか、背を曲げてあたしに合わせてきた。うん、そうしてくれないとダメだ。
パルの顔が近付く前に、かちり、と目の前で何かが外れる音がする。マスクが開いて、ゴーグルが収納される。
慣れた手つきであたしの顎と頬に手を添えたパルが、更に距離を詰めようとした。
と、その時。


甲高い呼び鈴が、玄関から鳴った。


素早くあたしを離したパルは、開いたばかりのマスクを閉じてしまった。
ダイニングテーブルに背を当てたあたしは、気が抜けてきた。あれだけ緊張したのに、無駄だったとは。
なんとなく気まずくて、彼と顔を合わせられないでいると、キッチンのドアが開いた。
ワインレッドの長いジャンパースカートに、白いカーディガンを羽織ったマリーは、玄関の方を指す。

「鈴音さん達がいらっしゃいましたわよ」

「え、あ、そうですか」

しどろもどろに返したインパルサーとあたしを見比べてから、マリーは口元に手を添えて笑む。

「苦労しますわね、あなた達も」

「え、いえ、僕らは何も!」

インパルサーは素っ頓狂に裏返った声で否定したが、まるで説得力がない。
何かしていた、と言うようなものだ。隠し事が出来ないんだなぁ、パルは。
マリーは可笑しげにしていたが、ドアから出ながら横顔を向けた。

「場所は弁えることですわ」

マリーがキッチンから出て、やっとあたしは気力が戻ってきた。
なんてタイミングに来るんだ、鈴ちゃんは。マリーさんも、解ってるなら言わないで欲しい。
深呼吸してからパルを見上げると、ゴーグルはオレンジ色になっている。今更照れてきたらしい。

「あの、由佳さん」

「うん?」

がりがりとマスクを引っ掻いていたが、パルはかなり小さな声で呟いた。

「つまり、その。由佳さんが僕を…好きだ、と、受け取っていいんですか?」


あたしは、頷いた。


安心したように息を吐いたインパルサーは、嬉しそうに笑った。
リボルバーの方法は、間違ってはいなかったらしい。するタイミングと、使い方によっては、だけど。
だけど、言えないのはこんなにも苦労するなんて。ボルの助、あんたはマジで偉いぞ。
インパルサーは、じっとあたしを見下ろした。ゴーグルは、まだオレンジだ。
だがすぐに、目を逸らしてしまった。両思いだと改めて知ると、恥ずかしいものらしい。

「準備、さっさと終わらせてしまいましょう!」

やけに気合いの入った声を上げ、パルはあたしに背を向けた。
あたしはその変わりようがちょっと可笑しく思えて、笑ってしまった。立ち直りが早すぎる。
でも、この方がいい。神田に妬いたままよりも、ずっと。
ドアを開けてリビングを覗くと、鈴音とリボルバーだけでなく、他の面々も揃っていた。
丁度、クッキーの焼き上がりを知らせるタイマーがオーブンから鳴った。神田への、プレゼントも出来た。
既に大方の料理は出来上がっていたのか、インパルサーは仕上げに掛かり始めた。
あたしはオーブンから取り出した熱いクッキーを冷ますため、網の上に置いていく。綺麗に焼けている。
すると、寝起きの顔をした神田が、開け放したままのドアに寄り掛かっていた。あたしは、手元のクッキーを指す。

「神田君、これ、クリスマスプレゼント。今度は、ちゃんとまともだから」

神田は一瞬驚いたような表情になったが、すぐに嬉しそうに笑った。

「ありがとな」

「心して頂いて下さいね、由佳さんの作った物なんですから!」

と、インパルサーが声を上げると、神田はにやりとする。

「ああ、そんなことは解ってるさ」


敵対、というには殺気が足りない。
友達、というにはちょっと空気が張り詰めすぎている。

どちらも相手が嫌いじゃないのは見ていて解るし、普通にしていれば仲は良い方だ。
でも、あたしが絡むとこうなっちゃうのか。ちょっと、複雑な心境だ。
パルも神田も、敵同士に。そんな光景は、見ていてあまり気分の良いものじゃない。


あたしって、三角関係の中心にいるんだ。


今更ながら、そんなことを実感した。







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