Metallic Guy




第二十五話 二人の、初夢



まどろんでいた思考が、眩しい光によって明確になった。
頭のすぐ上にある窓のカーテンは開かれていて、レースカーテンの隙間から朝日が差し込んでいる。
ぼんやりと白い天井を見つめていたが、あたしは枕元で騒がしい目覚まし時計を止め、隣のデスクを見上げた。
開きっぱなしのノートパソコンの周辺には、プリントアウトした原稿が散らばっていた。片付け忘れた。
起き上がってデスクの前に立ち、いやというほど見た自分の文章が並ぶ紙を見ていると、ドアがノックされた。
あたしが応答する前に、ノブが回されて開かれる。そこには、見慣れた小さな姿があった。
ドアノブより少し低い身長の、小型のマシンソルジャー。青い塗装は、パルと同じ色だ。
レモンイエローのゴーグルに目元は覆われているが、口元は露わになっている。左肩には、002がある。

「おはよ、まーくん」

あたしが屈み込むと、彼はぴょんと跳ねるように飛び上がる。じゃきん、とその背から二枚の翼が伸びた。
が、そのまま同じ位置に落ちてしまった。どん、とフローリングに足音が響いた。
もう一度飛び上がったが結果は同じで、彼は不満げに頬を張る。

「うぁー…」

「大丈夫だって、ちゃんとまーくんも飛べるようになるから」

丸っこいヘルメット状の頭部を撫でてやると、彼は顔を上げてスカイブルーの胸を叩く。

「でも、もっと広いところなら出来るんだよ、ホントだよ!」

「まーくんもインパルサーだもん、ちゃんと出来るって」

あたしは真剣な表情をしている、小さなインパルサーをもう一度撫でた。
彼の名は、ブルーマッハインパルサー。言うならば、パルの分身のようなマシンソルジャーだ。
大きさは小さな子供くらいで、戦闘能力は皆無。あるのは飛行能力のみ。精神年齢も、三歳くらいだ。
マッハのコアブロックの半分には、あたしの人格が使用されている。ちょっと不思議な感じがする。
ロボット兄弟と同じ理屈で行けば、マッハはあたしとパルの子供ということになる。いや、実際そうだけど。
マッハのゴーグルはじっとあたしを見ていたが、それが上向く。ぽん、と大きな手がその上に置かれた。

「ちゃんと訓練さえすれば、ちゃんと空を飛べるようになりますよ。性能は僕に劣らないんですから」

身を屈めたインパルサーは、マッハと視線を合わせた。料理の途中だったのか、エプロン姿だ。
マッハはむくれながら、パルを見上げる。二人が並ぶと、一見して親子だと解る。

「だけどさぁ、いつまでたってもグラビトンコントロールとブーストのタイミングが合わないんだもん」

「それを合わせるための、訓練をしているんですよ。大丈夫です、ちゃんと出来るようになりますから」

そうインパルサーが笑うと、マッハは唇を尖らせる。

「僕の性能、ホントに父さんと同じなの?」

「パルとまーくんはおんなじだよ、体の大きさ以外は。ちゃーんと背中に三つと両足にブースター付いてるじゃん」

あたしはクローゼットを開けて、今日着る服を取り出した。それを姿見に掛け、振り返る。
片足を挙げたマッハは、小さな脛の大半に埋まった銀色の円筒をじっと睨んでいた。
ドアに手を掛けたインパルサーは、リビングの方を指す。卵の焼ける匂いが、漂っている。

「由佳さん。それでは僕は、朝ご飯の準備に戻りますので。ほら、マッハも」

「りょーかーい」

まだ不満げにしながら、マッハは足を降ろしてドアを閉めた。二人の重たい足音が、遠ざかる。
あたしは姿見の隣に掛けてあるカレンダーを見、今日の日付に書き込んである予定を指でなぞった。
一つめの予定は昨日消化したからいいとして、問題は二つめの取材だ。長引きそうな相手と内容だ。
それらの真上に大きく書いてある、多少クセのある青い文字。パルの字だ。

「今日はまーくんの稼働開始三周年なのになぁー…」

この仕事、さっさと終わらせて帰ってこよう。あたしはそう決心し、頷いた。
とりあえず、今はさっさと着替えてしまわねばならない。仕上げた原稿を、出版社に持って行かなきゃだし。
忙しいのは、ライターとしては大変に結構なことだけど、せめて今日ぐらいはなんとかしたかった。
でも、とりあえず頑張るしかない。さっさと帰ってくるために、出来るだけ要点を取材してこよう。



リビングに行くと、既にパルが朝食の準備を終えていた。といっても、食べるのはあたしだけだけど。
空は清々しく晴れ渡っていて、窓の外のベランダに並んだ鉢植えに付いた水滴がきらきら輝いていた。
ダイニングテーブルに座ってテレビを見ると、画面の中で黒い機体が動き回っている。その背景は、市街地だ。
ここ数年でかなり改造されたナイトレイヴンが、鋭い蹴りを放った。ぎこちない動きの相手は、道路へ転ばされる。
足を降ろしたナイトレイヴンは、道路に倒れたアドバンサーの頭部へ膝を落として潰し、機能を停止させた。
アナウンサーが、この悪役っぽいヒーローの活躍を伝えていた。頑張ってるなぁ、葵ちゃん。
あたしは大根とネギの味噌汁を食べつつ、続報を見る。神田の活躍の原因は、ユニオンから来たテクノロジーだ。
銀河連邦政府の翼下に参入した地球の国々は地球政府を作り、ユニオンのテクノロジーを使った産業を始めた。
地球製アドバンサーはもとい、マシンソルジャーの類も作られ始めた。同時に、高性能兵器の数々も。
そういったマシンや兵器を手に入れると、それを悪い方向へ使おうとする人間が必然的に出てきてしまう。
でも、マリーやスコットは銀河の果てに帰ってしまったし、パル達は地球人同士の犯罪には手を出せない。
そこで日本警察が目を付けたのが我らが戦士、神田葵だ。丁度良く、ナイトレイヴンを持っていたということもある。
日々起きるアドバンサーを悪用した犯罪を取り締まるため、主に東京周辺で戦っている。
マリー仕込みの格闘術に太刀打ち出来る相手は、当然ながらほとんどおらず、神田はすっかりヒーローだ。
報道規制もちゃんと敷かれていて、神田の名前は報道関係には明らかにされてはいない。
出るのは機体名を兼ねた通称、ナイトレイヴンだけだ。Kはまだ付いていないから、闇夜のカラスのままだけど。
テレビの中のナイトレイヴンは、びしりと敬礼に似たポーズを決め、飛び去っていった。

「カッコ付けちゃって」

あたしには、なんだかそれが可笑しかった。中身は、あの神田君なのになぁ。
銀河連邦政府軍の特別隊員兼、日本警察の特殊機動部隊員なんて、やたら肩書きが長くなってるけど。
今の葵ちゃんは、かなり離れた位置にいる。あたしは事件記者じゃなくてライターだから、接点はないし。
皿からだし巻きを取り、口に運ぶ。うん、今日もパルの料理はおいしい。

「パル、だし巻きおいしいよー」

「ありがとうございます」

ダイニングキッチンで魚を焼いたグリルを洗っていたインパルサーは、あたしを見下ろす。
片手を挙げた彼は、テーブルを指す。その先には、あたしのお弁当箱がある。

「上手く出来たので、お弁当にも入れておきましたから」

「毎日大変だなぁ、神田のお兄さんも」

テレビを見ながら、マッハが神田を労った。まーくんは、神田とは面識がある。
マッハは立ち上がると空中に片足を突き上げて、先程のナイトレイヴンと同じ蹴りをする。

「神田のお兄さん、蹴りが前よりも綺麗になってる。強いんだね」

「葵さんは強いですよ。何せ、僕らが絶対に倒せなかった人の弟子なんですから」

エプロンで手を拭きながら、インパルサーはダイニングカウンターを出てきた。それを外し、畳む。
ソファーの上にエプロンを置いてから身を屈め、マッハの後ろからテレビを見る。

「出来ればもう一度、手合わせしたいところです」

「父さんて強いの?」

訝しげに、マッハが首をかしげる。そういえば、まーくんはパルが戦っているところは見たことなかったっけ。
あたしは数年前までの彼らの戦いを思い出しながら、ご飯を飲み込んだ。

「そりゃあもう、パルは強いのなんのって」

「ホントにぃ?」

まだ、マッハは信じられないらしい。そりゃ、普段は強そうには見えないだろう。
パルは頷く。疑いの目を向ける息子の頭を、こん、と軽く小突いた。

「ええ。僕が勝てないのは由佳さんと、マリーさんと、マスターコマンダーだけです」

「だったら、リボルバーのおじさんには勝てるの?」

身を乗り出したマッハに、インパルサーは頬を掻いて顔を逸らす。

「えと…それは、フレイムリボルバーの沽券に関わりますので…」

「やっぱり勝てないんじゃーん」

クラッシャーのような口調で言ったマッハは、むくれた。本当に弱いと思ったのか。
どう説明していいか考えているのか、インパルサーはマスクフェイスに手を添えて俯く。
いきなり、コズミックレジスタンスだった頃の戦歴や、高校の文化祭での戦いを話すわけにも行かないだろう。
あたしもパルの父親としての威厳のため、どう説明しようか考えてみた。でも、出てこない。

「ちゃんと強いんだよー、まーくんのお父さんは」

一応フォローしてみたけど、マッハは納得していない。じっと、パルを睨んでいる。

「どの辺が?」

「そうですねぇ…具体的に特化した装備は、やはりハイパーアクセラレーターブースターでしょうか」

「そんなの僕も持ってるじゃんかー」

そうマッハに突っ込まれたパルは言葉に詰まり、あたしへ振り向いた。

「由佳さぁん…」

「いちいち情けない声出さないの」

あたしは骨だけになった魚の皿を押しやり、箸を置く。でも、パルの具体的な強さってなんだろう。
一応武器はあるけど、銃の威力は大したことはないし、レーザーブレードの切れ味もイレイザーに劣る。
何度考えても、パルの最大の武器はそのスピードだ。でもそれが、まだ幼いマッハにはよく解らないらしい。
すっかりあたし達が答えに詰まってしまったためか、マッハは機嫌を損ねてしまった。

「もういい、やっぱり父さんは弱いんだ!」

ぶすっとしながら、リビングを出て行った。そのまま、子供部屋に駆け込む。
そのドアが閉まってから、あたしとパルは顔を見合わせた。

「…どうしましょう」

「あたしが聞きたいよ」

残っていた味噌汁を飲んでから、パルを見上げる。困り果てたように、マスクを掻いている。
パルの真の強さは、性能とかで計れるもんじゃない。あたしはそう思う。
自分を犠牲にしてしまうくらい強い優しさとか、情けないけど決めるときは決める、とか。
だけどその辺のことを話すには、どうしても高校時代の話をしなければならない。要するに、馴れ初めを。
あの頃の恋心とかを思い出してしまい、あたしは凄く恥ずかしくなった。

「…うぁーん」

「どうしたんですか?」

「なんでもなーい」

あたしは、インパルサーに背を向けた。思い出したら、もうダメだ。
今となっちゃいい思い出だけど、なんて恥ずかしい言動をしていたんだろう、あたしは。
かなーり下らないことで悩んでいたことも、ずるずる思い出されてきた。

「由佳さん?」

首をかしげながら、パルはあたしを覗き込んできた。マスクが、すぐ傍にある。
それをぐいっと押しやってから、目を逸らす。

「パルの強いとこ思い出そうとしたらさぁ、高校の時のこと思い出しちゃって、それで…」

「あの頃の由佳さんは凄く可愛らしかったですよ。今は、どちらかというと」

「もっと思い出させないで!」

あたしは条件反射で、その声を遮った。パルはきょとんとしている。
夏休みの始めのこととか、あの文化祭のこととかも思い出しちゃったよ。高校の屋上での、アレも。
深呼吸してから、あたしはやっとまともにパルを見上げた。彼はこういうの、ないんだろうか。

「…ごめん」

「そんなに悶えるようなことですか?」

「あたしはね」

立ち上がって時計を見上げると、そろそろ出なければならない時間だ。
インパルサーもそれに気付いたようで、お弁当箱をあたしに渡す。

「もうそんな時間ですか」

「今日はさっさと帰ってきたいんだけど…どうなるかなぁ…」

まだ温かいお弁当箱を抱え、ちらりとカレンダーを見た。こっちにも、パルの字で書いてある。
マッハインパルサーの稼働開始日、と。なんでマシンソルジャーって、素直に誕生日って言わないんだろう。
同じくカレンダーを見ていたインパルサーは、あたしを見下ろして笑ったような声で言う。

「もう、三年になるんですね。ということは、僕が由佳さんの花婿になって三年半ですか」

「時間経つのって、早いよねぇ」

ついこの間まで、女子大生していたと思ったのに。あたしは、つい笑ってしまった。

「でも、まーさか本当に結婚出来るなんて思ってもみなかった」

「婿養子ですけどね」

と、どこか可笑しげにしながら、パルはあたしの肩に手を添えて軽く引き寄せた。
お弁当箱をテーブルに置いてから、彼に体を預ける。キッチンにいたからか、ちょっと装甲に熱がある。
目の前のスカイブルーに額を当てて、その奥で動くエンジンの僅かな震動を感じた。

「美空ブルーソニックインパルサーなんて、語呂悪いけどね」

「そうですか?」

マリンブルーの大きな手が、あたしの顎を持ち上げる。その先で、かちりとマスクが外れる。
背を伸ばし、彼の白銀色の頬を両手に挟んで、それを近付けた。

「そうだよ」

少し唇を開かされるのは、いつものことだ。パルのクセみたいなものだ。
ひんやりしている彼の唇に深く口付けられても、昔みたいにどきどきしたり緊張したりはしない。
その代わり、されるたびにこの人が好きだと再確認する。幸せだと感じる。
しばらくそのままでいたが、ゆっくり離された。かかとを下ろして、一歩下がる。
もう一度お弁当を持って、彼を見上げた。

「ねえ、パル」

「はい?」

「下の顔、ほとんどあたしにしか見せてないんじゃない?」

パルがマッハの前でマスクを開いていたことなんて、数えるほどしかない。
言われてみれば、と言いながら彼はマスクをはめ込んだ。あたしは、子供部屋へ目を向ける。

「それも、あんまり良くないのかもよー。何にしたって、隠し事には代わりがないわけだし」

「そうですか?」

レモンイエローのゴーグルで目元を覆い、パルは首をかしげた。
あたしは時間が迫ってきているため、リビングを出た。寝室のドアを開け、振り返る。

「今日ぐらい開いてたら? それと」

「どうやれば僕が強いことを教えられるか、ですか?」

「そう、それ」

そう返しながら、あたしはデスクに近付き、手帳を開いて持ち物を確かめた。
仕事用のバッグにお弁当箱を入れ、仕上げた原稿とノートパソコンも突っ込む。
姿見の隣のサイドテーブルに並べたコスメボックスを開けて、口紅やらなんやら取り出す。
起きたときに、姿見へ掛けておいたアクアブルーのパンツスーツを、ベッドの上へ放る。
セミロングより少し長めに伸ばしてある髪を梳かしてまとめ、バレッタで止める。
姿見に映る左右反対のインパルサーは、困ったように頬を掻いていた。このクセ、治らないんだなぁ。

「方法が、ないわけではないんですけど…」

「あるんだったら、試すだけ試してみたら?」

紅筆に取ったサーモンピンクを唇に塗り、馴染ませた。瞼の上に、薄くアイシャドーを乗せる。
しばらく化粧を続けると、あたしの顔はすっかり変わった。ぱっと見は、仕事の出来そうな女になる。
ベッドの上に投げたスーツを取って羽織り、スカートを脱いでストッキングを履き、その上にスラックスを着る。
もう一度化粧を整えてから、バッグを取って肩に掛け、腕時計を填めた。左手薬指の結婚指輪は、外さない。
首元が寂しいので細いチェーンのネックレスを掛けてから、寝室を出てドアを閉める。

「まーくん、それじゃ行ってくるねー」

とりあえず、子供部屋に呼びかけてみた。が、出てくる気配がない。
いつもだったら、玄関先で元気一杯に送り出してくれるのに。相当いじけてしまっている。

「…反抗期かな」

「後で、なんとかしてみます」

玄関に向かい、あたしは少しヒールのあるパンプスを取り出した。初夏だから白だ。
それを履いてから振り返ると、インパルサーのマスクが、額に軽く当てられる。
口紅が剥がれちゃうから、額になのだそうだ。わざわざ気を遣ってくれている。
あたしは玄関のドアを開けると、彼の声が背に掛けられる。

「それでは由佳さん、いってらっしゃい」

「行ってきまーす」

軽く手を振ってから、ドアを閉めた。まーくんの見送りがないと、寂しいものだ。
ここはマンションの五階だから、景色が良い。晴れ渡った空の向こうから、何かの機体が徐々に近付いてくる。
高層ビル群の上空を、東京湾にあるスペースポートから飛び立ったばかりのスペースシップが飛んでいく。
すっかり、地球人は宇宙に進出している。それもこれも、パル達が地球に来たおかげだ。
エレベーターに乗って降りながら、あたしはマッハへの誕生日プレゼントを考えていた。今年は何にするかな。




なんとか仕事を切り上げることが出来たので、あたしは家路を急いでいた。
結局、誕生日プレゼントは無難なところで青いミニカーになった。車種はスポーツカーだ。
ロボットの趣味って、長いこと付き合ってるけどイマイチ把握し切れていないのだ。ああもう、あたしは。
西日に照らされた道路を歩いていくと、マンション手前の児童公園に差し掛かった。なにやら騒がしい。
ばきん、と金属同士の衝撃音を放ちながら、大小の青いマシンソルジャーが飛び回っている。あれは、間違いなく。

「パルー、まーくん、なにやってんのー?」

彼らがこちらに気付く前に、その少し後ろにいた巨体が立ち上がった。あの、目立つ赤い姿は。
リボルバーは片目のゴーグルをぎらりと照らされながら、片手を挙げた。

「よう、ブルーコマンダー。久しいな」

「ボルの助、あんたもここで何やってんの?」

訝しみながら近付くと、リボルバーはにやりとし、ぐいっと真上を指す。
その先にいたのは、小さな手足を振り回してインパルサーに突っ掛かるマッハだった。格闘戦をしているようだ。
腕を組んだリボルバーはすっかり親戚らしい目をして、マッハを見上げて笑う。

「ちぃとマッハインパルサーに教えてやったのさ、戦い方をな。ソニックインパルサーに頼まれてな」

「パルに?」

それが、意外だった。ボルの助が頷くと、池の噴水のフチに座っていた影が立ち上がる。
ディフェンサーは大きな手を広げ、ばきん、と拳にぶつけた。こいつもいたのか。

「オレらからの稼働開始記念プレゼントさ。オレらの戦術のいいとこどりで、全部叩き込んでやった」

「以前から、マッハインパルサーは拙者達の技を知りたいと申していたこともある。良い機会でござったからな」

時計台の上から、イレイザーがこちらを見下ろす。その下には、クラッシャーもいた。
クー子は、ベンチに座って足をぶらぶらさせている。学校帰りなのか、通学カバンが隣にある。

「そーいうことー。重力制御のコツも教えてあげたから、これからはもっと飛び方も上手くなると思うよー」

不意に、ばっぎゃん、と強い音がした。
見上げると、マッハが固く握りしめた拳を、素顔を晒したインパルサーが手のひらに受け止めている。
悔しげなマッハとは対照的に、パルは涼しい顔をしている。そうか、方法ってこういうことか。
具体的にどう強いか示すには、話すよりも戦った方が解りやすい。双方の実力が示されるから。
兄弟達の手を借りて戦い方を教え込ませたのは、恐らく、対等に戦うためだろう。そうでないと、危ないし。
たぶんリボルバー仕込みのパンチを繰り返すマッハは、一見攻めているようだったが、一発もパルに掠らない。
すれすれで、見事にパルが避けてしまう。構えずに、両腕両足もだらりと垂らしたままの状態なのに。
数年間戦っていなくても、パルの腕は少しだって錆び付いていない。相変わらず、強いなぁ。


「てぇやぁっ!」

力の入った掛け声と共に、マッハは下半身を捻る。
ナイトレイヴンの放っていた蹴りと同じ姿勢で蹴りを出したが、それもまた避けられた。
するりとマッハの背後を取ったインパルサーは人差し指を立てると、それを軽くマッハの背に当てた。
直後、ぴたりとマッハの動きが止まる。インパルサーは笑う。

「命中しました。また、僕が勝っちゃいましたね」

「なんで、なんで!?」

レモンイエローのゴーグルの下で、マッハは丸みのあるサフランイエローの目を見開いていた。
彼の頭部に大きな手を乗せて、軽く撫でた。インパルサーは、息子を見下ろす。

「これでもまだ、僕が弱いと思いますか?」

マッハは、ゆっくり首を横に振った。戦って、パルが強いと実感したのだろう。
不意に、マッハが足を振り上げた。だがそれは、どん、とパルの腕で止められてしまう。
足を上げた格好のまま、マッハは不満げにむくれていたが、それを下ろした。

「…思わない」


「だーから言ったでしょー」

二人を見上げ、あたしは笑っていた。まーくんが、ちゃんとパルが強いと認めてくれたことが妙に嬉しい。
くるっと振り向いたマッハは、するっとあたしの前に降りてきた。だけど着地をミスって、転び掛けてしまった。
一歩二歩よろけたが、ちゃんと立った。駆け寄ってくると、上空のインパルサーを指す。

「母さん! 父さん、ホントに強かったんだ!」

「強い強い。これでちゃんと解ったでしょ?」

ぽんぽんと丸っこい頭を叩くと、マッハは満面の笑みで頷いた。

「うん!」

あたしの後ろをひょいっと覗いたマッハは、ぺこりと頭を下げた。そうそう、ちゃんとお礼をね。
顔を上げたマッハは、ぴしりと敬礼をしながら声を上げる。

「おじさん達もありがとう!」

ディフェンサーは大股に近付いてくると、指を立てた拳でぐいっとマッハの頭を押す。
小さなマッハを押さえ込みながら、にっと笑った。ディフェンサーは、いつもこれをする。

「お兄さんと呼べ」

「私はおねーさんねー」

上から覗き込んできたクラッシャーへ、マッハは辟易したような顔で小さく頷いた。

「りょーかい」

「よぉーし良い子だ」

満足げに頷いたディフェンサーは、ばしんとマッハを叩いた。そんなにいちいち、息子を殴るな。
ディフェンサーの後ろから手を伸ばしたリボルバーは、大きな手で一度マッハを押さえてから身を屈める。

「んじゃあな、マッハインパルサー。てめぇはもっと強くなる、オレが保証してやるよ」

「マッハインパルサー、コミュニケートコードは教えたでござろう。必要とあらば、また拙者達を頼るが良いでござる」

こん、と指先でイレイザーが側頭部を叩くと、マッハは同じ位置を押さえて頷く。

「うん、色々ホントにありがとう」

上空から降りてきたインパルサーは、膝を曲げてマッハの後ろに着地する。マスクを押さえ、閉じた。
兄弟達をレモンイエローのゴーグルに映しながら、見回す。

「皆さん、僕らに付き合って頂いてありがとうございました」

「なぁに。こういうときに役に立たねぇのは、兄弟じゃねぇからな。あばよ!」

どん、と地面を蹴ってリボルバーは浮かび上がる。他の兄弟達も、同じようにする。
彼らは少し上昇すると、それぞれの家路の方向へ飛び去っていった。マッハは、大きく手を振る。
四人の姿が見えなくなった頃、マッハは背後のインパルサーを見上げた。

「父さん、マスク閉じちゃったんだ。せっかくカッコ良かったのにぃ」

「ええ。ですけど、またそのうち開けますから」

と、パルはマリンブルーのマスクを指先で突いた。あたしは、マッハの小さな手を取った。

「さ、早くおうちに帰ろっか。お誕生日だもんねー。プレゼント、買ってきたから」

「さんしゅーねーん!」

心底嬉しそうな声を上げ、マッハはあたし達を交互に見上げた。
その反対側の手をパルが取ってから、マンションへ向かう。西日の影が、道路に長く伸びる。
あたしからの誕生日プレゼントに期待しているのか、マッハは浮かれっぱなしだった。
強いオレンジ色の光に照らされたパルのマスクフェイスが、ふとこちらを見た。
だがすぐに、それはマッハへと向かった。あたしもそれに従う。
遠くの空を通るスペースシップの影が、一瞬マンションの上空を覆い、すぐさま通り過ぎた。
その余波の風を浴びながら、あたしは良く似た二体のマシンソルジャーを眺めていた。

なんか、すっごく幸せだなぁ。






そこで、目が覚めた。

あたしは半ば呆然としながら体を起こし、今し方見ていた夢の映像を思い起こしていた。
今のはなんだ、一体なんだというんだ。ていうか、あたしとパル、結婚してないか。
それにあのちっちゃいのは、まーくんは、あたしとパルの子供ということなのか。
窓を覆っているカーテンの隙間から差し込む強い朝日が、ようやくあたしの思考を現実に引き戻した。
夢だったのか。にしたって、ちょっとリアル過ぎないか。細かい設定とか、時代とか。

「夢だったのかぁ…」

掛け布団にへたり込み、ちょっと安心した。結婚三年目って、あんな感じなのかな。
もう一度ベッドに倒れて、まだ眠い目を閉じた。マッハインパルサー、まーくんは結構可愛かった。
だけど、呼び方がパパとママじゃなくて、父さんと母さんか。それはあたしの影響かも。
そりゃあたしは将来子供は一人か二人作ってみたいとは思っているけど、なぜロボットなんだ。
相手がパルだからか。そりゃ、当然のことか。
あたしは、夢の中の結婚相手を見た。窓の下で、相も変わらず突っ伏して眠っている。
インパルサーの二枚の翼がぎらりと光を跳ねていて、目に眩しい。あたしは、しばらくそれを見つめていた。
壁に掛けたカレンダーを見ると、絵柄が違う。一昨日、取り替えたばかりだったことを思い出した。

「そっか」

今日は、三が日の二日目だ。一月二日だ。
つまりそれは、ということは間違いなく、ついさっきまで見ていた夢は。


「…初夢ですかい」

あたしは真新しいカレンダーを眺め、呟いた。そりゃ、結婚願望はないわけじゃないけど。
でもだからって、なんで新婚生活とか結婚式とかすっとばして、いきなり三年目なんだ。
もう一度窓の下のパルを見ても、まだまだ眠っている。彼にしては、長い。

「パルー」

床に押し付けられているレモンイエローのゴーグルは、色が弱まっていた。



「あたし、なんかすっごい夢見ちゃったよ」







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