Metallic Guy




第二十五話 二人の、初夢



扉の前で、僕は立ち止まった。
控え室の隣に掛けてある札には、見慣れない字体で書かれた、見慣れた名前がある。
その名前を確かめてから、軽くドアをノックする。すると中から、どうぞ、と応答があった。
慎重にドアを開けて中に入り、ゆっくりと閉める。窓際に、白に身を包んだ彼女が立っていた。
窓の隙間から入り込む弱い風で薄いヴェールが揺らいでいて、その隣の大きな姿見に横顔が映っている。
その横顔が、くるりとこちらに向けられた。ドレスの裾を持ち上げながら、振り返る。

「似合う?」

気恥ずかしげに、いつもとは違う化粧を施された顔で由佳さんは笑った。

「って、パルは試着の時に何度も見たか。今更、新鮮味なんて」

「いえ!」

僕は首を横に振り、間合いを詰める。思わず見取れてしまい、返事が出来なかったのだ。
肩と首筋が露わになっているウェディングドレスに飾られた由佳さんを、今一度見下ろした。
儚げなヴェールが、また風に靡いた。僕は、力一杯宣言する。本心だから。

「とっても綺麗です!」

「そお?」

照れたように肩を竦め、由佳さんは目を逸らす。見れば見るほど、綺麗だ。
窓の外には、新緑の木々がざわめいている。その手前に、来客の車が既に数台並んでいた。
まじまじと姿見に映る自分を見つめ、由佳さんは白い手袋を付けた手でドレスの裾を引っ張った。

「ちゃんと化粧してもらうと、もうあたしじゃないみたいだねー」

「由佳さんは由佳さんです」

化粧が違うだけで、表情はいつもとなんら変わらない。僕は、彼女の後ろに映る自分を見た。
僕の方は、普段とほとんど変わりがない。強いて挙げれば、塗装が塗り直されたぐらいだ。
それ以外は、普段と変化がない。マシンソルジャーだからだろうか、白タキシードを着ることは出来なかった。
しばらく由佳さんは鏡を睨んでいたが、僕へ振り返る。ヴェールに乗せられた繊細なティアラが、きらりと光った。

「パル」

「なんでしょう」

「新婚旅行、どこに行くんだっけ」

細い眉を下げ、由佳さんは苦笑する。僕は可笑しくなった。

「忘れたんですか? あれだけ話し合ったじゃないですか」

「なんかもー、緊張しすぎてぐるぐるしちゃってさあ」

へにゃりと表情を崩し、由佳さんは情けなさそうに笑う。

「で、どこだっけ」

「地球とユニオンの丁度中間辺りにある、惑星ゾレイユのオーシャンエリアですよ」

「ちゃんと言葉通じる?」

不安げな眼差しで、由佳さんは僕を見上げる。僕は、側頭部を軽く叩く。

「通じますよ。ゾレイユはユニオン語圏ですから、トランスレーターさえ外さなければ大丈夫です」

それを聞いて安心したのか、由佳さんは深く息を吐いた。相当緊張しているらしい。
僕は事前に調べておいた、惑星ゾレイユの様々な情報を思い出していた。
最初は地球のハワイにするかという方向性だったが、兄弟達が口を挟んだのでいつのまにかゾレイユになった。
ゾレイユは一大観光惑星で、海洋や山脈の景色が素晴らしい。だから、僕もそれでいいと決定した。
スペースシップは既にあるし、後は結婚式を終えて出発するのみという段階だ。正直、楽しみで仕方ない。
ふと、胸元に重みを感じた。由佳さんは顔を伏せ、僕に身を預けている。

「パル」

「なんです?」

「なんでもない」

首を横に振り、由佳さんは顔を上げた。とても、幸せそうな目をしている。
僕はそれが凄く嬉しくて、このまま強く抱き締めたかったが、堪えた。ドレスがシワになってしまう。
でもせめてと思い、肩に手を回そうとした。だがその前に、ドアがノックされる。
由佳さんはすぐに離れ、どうぞ、と返した。ドアが開かれると、鈴音さんと律子さんが立っていた。
ワインレッドのタイトなパーティドレスを着込んだ鈴音さんは、上から下まで由佳さんを見下ろす。

「いいじゃないの。綺麗よー、由佳」

「うん、とっても」

羨ましげに、律子さんは頷く。淡い黄色のふわふわしたパーティドレスが、よく似合っている。
僕に近付いてきた鈴音さんは腕を組み、にやりとした。

「ちゃーんと幸せにしてあげなさいよー、ブルーソニック」

「でも、新婚旅行が他の惑星なんて、なんだか凄いなぁ」

小さなハンドバッグを大事そうに抱え、律子さんは僕らを眺めた。地球では、普通のことではないらしい。
窓の外から駐車場を見下ろし、鈴音さんは紅色に塗られた口元に指を添えた。

「でも、葵ちゃんはまだ来てないみたいねぇ」

「招待状には、出席するって書いてあったんだよね?」

律子さんが訝しむと、由佳さんは頷く。

「神田君には、ちょっと悪いことしちゃったかもなー…。でも、送らない方がもっと悪いし」

「来る度胸がないなら、出席にマル付けなきゃ良かったのに」

と、鈴音さんは腕を組む。相変わらず、遠慮のない物言いをする人だ。
だけど、僕はこのまま葵さんが来ないとは思えなかった。きっと来てくれる、葵さんはそういう人だ。
あ、と何か思い付いたように、律子さんは両手を合わせた。

「もしかしてさ、挙式の最中に来るんじゃないの? 一昔前のドラマみたいに」

「バージンロードの扉をバターンて開けに? まさか、葵ちゃんよ?」

と、鈴音さんがけらけら笑った。嫌なことを言わないで欲しい。
すると、またドアがノックされた。由佳さんが返事をすると、ドアが開く。
顔を覗かせたヘビークラッシャーはウェディングドレス姿の由佳さんを見ると、ぱっと表情を明るくする。

「うわぁ、おねーさん、すっごくきれー!」

ヘビークラッシャーが入ってくると、どやどやと兄弟達がやってきた。途端に狭くなる。
フレイムリボルバーは由佳さんと鈴音さんを見比べると、首を横に振った。

「スズ姉さんには負けるがな」

「思ったよりも悪くねぇなー」

感心したように、フォトンディフェンサーが由佳さんを見上げる。元が良いんだから、当たり前だ。
シャドウイレイザーが、羨ましいを通り越して妬ましげな目線を僕に向けた。

「拙者も早いところ、さゆりどのと契りを交わしたいでござる」

「…あんたら、マジであたしら祝う気ある?」

呆れたように、由佳さんが呟いた。全くだ、少しは僕らを祝って欲しい。
更に何か由佳さんが言おうとしたとき、兄弟達が廊下の方を見た。このパルスは、間違いなく。
ドアを塞いでいたシャドウイレイザーが身を引くと、長く黒いマントを広げながら、あの人が入ってきた。
レンズのない銀色のゴーグルで目元を覆った、重々しいサイボーグボディのあの人。


「…マスターコマンダー」

思わず僕が呟くと、その後ろからひょいっとマリーさんが顔を出した。
結い上げられた長い金髪が、ふわりと揺れた。落ち着いたダークグレーのドレスで着飾っている。

「ごきげんよう、皆さん。結婚式には、いい日和ですわね」

「お前達、席を外せ。レッド、イエローコマンダーもだ」

低く響く声で命令され、兄弟達は仕方なさそうに出て行った。マスターコマンダー相手では、逆らえない。
じゃね、と鈴音さんは手を振り、律子さんと共に彼らに続いていった。
皆が出払った後、マスターコマンダーは僕と由佳さんを物珍しげに眺める。

「ブルーコマンダー」

「はぁ」

力なく返事をした由佳さんに、マスターコマンダーは表情を変えずに続ける。

「ファミリーネームはどうなる」

「あたしの名字ですか?」

「いや、貴様ではない。ソニックインパルサーだ。どうなる」

抑揚のない声に尋ねられ、由佳さんは少し戸惑いながら、僕を指す。

「婿養子なんです。だから、美空ブルーソニックインパルサーに」

「そうか」

それが聞きたかっただけなのか、マスターコマンダーは背を向けた。マリーさんは、すかさずマントの裾を踏む。
びん、と黒い布地が突っ張る。マリーさんは更に強く、マントを踏み付ける。
ヒールにマントを押さえられているせいで、動くに動けなくなったマスターコマンダーは振り返る。

「マリー、何をする」

「それで終わりですの? 私達の子供にやってきた花嫁を、もう少し見ようとは思いませんの?」

にっこり微笑みながら、マリーさんはマントを掴んで引っ張った。一歩二歩、マスターコマンダーがずり下がる。
どちらも相当な力で引っ張り合っているのか、微動だにしない。しばらく、その状態が続いた。
由佳さんは困ったように、僕を見上げた。僕もどうしたらいいのか、解らない。
張り詰められたマントを緩めるように、一歩後退したマスターコマンダーは、マリーさんを見下ろす。

「…どうしてもか」

「ええ」

更にマントを引きつつ、マリーさんは頷く。仕方なさそうに、マスターコマンダーは向き直った。
同時に、やっとマリーさんはマントを手放した。ばさり、と黒が大きな体を覆う。
やれやれ、と言わんばかりに口元を曲げたマスターコマンダーを見上げ、マリーさんは言う。

「あらまぁ。昨日はあれだけ喜んでいましたのに、本人達を目の前にするとダメなのですわね」

「下らんことを言うな」

そう吐き捨て、マスターコマンダーが顔を逸らした。否定しない、ということは本当のことなのか。
そのことがかなり意外だったけど、嬉しかった。由佳さんと僕が結婚することを、喜んでくれたことが。
マスターコマンダーはそれ以上何も言わなかったが、以前ほど態度が硬くない。マリーさんがいるからか。
マリーさんは、ただにこにことマスターコマンダーを見上げていた。




あっという間に時間は過ぎて、挙式が始まった。教会の席には、既に来客が座っている。
祭壇の前に立って十字架を見上げ、厳粛な気持ちになった。ああ、本当に僕は結婚するんだ。
十字架の向こうのステンドグラスから差し込む光が、バージンロードにほのかに落ちていて、綺麗だ。
かちゃり、と静かな室内に金属音が響いた。バージンロードの先の扉が、ゆっくり開き始めた。
僕は、細い光が差し込んできたそちらへ向き直った。光の幅が、徐々に太くなる。
お父様に手を取られた由佳さんが、ヴェールに顔を覆われて俯いている。逆光で、表情が見えない。
規則正しい足音が、徐々に近付いてくる。キャンドルの明かりが、白いドレスを照らす。
慎重に段差を昇って、由佳さんが僕の隣にやってきた。ヴェールの下で、照れくさそうにしていた。
牧師の合図で、賛美歌が歌われ始めた。その間、ずっと僕は由佳さんを見つめていた。
この人の隣にいられることが、とても嬉しい。部下としてではなく、新たな地位の立場でいられるから、余計に。
賛美歌が終わり、式辞が始まった。牧師の声は聞こえているはずなのに、まるで認識出来ない。
ゴーグルの下から横目に由佳さんの様子を伺うと、緊張しているのか表情が強張っている。
僕も、そんなものだ。高校で演劇をしたときよりも、もっと緊張している。
式辞に続いて、聖書の朗読が始まった。淡々と読み上げられる言葉が、式場に響く。
ここまで来るのに、本当に長かった。由佳さんとの仲は平穏だったけど、問題は他にあったから。
最初の問題は、当然僕がマシンだということだった。地球でもユニオンでも、完全に人間扱いではなかった。
あくまでも、マシンはマシン。だから戸籍はどちらにもなく、僕は由佳さんの所有物でしかなかった。
それでは婿養子どころか何にもなれない、ということで、マリーさんがユニオンで奔走してくれた。
そのおかげで僕ら兄弟は、マスターコマンダーとマリーさんの実の子供として、ユニオンでの籍を手に入れた。
つい数年前まで敵だったマシンをユニオン籍の住民にさせる、というのは予想以上に大変だったようだけど。
それでも、手に入れてしまえばこっちのものだ。本当にありがとう、マリーさん。マスターコマンダーも。
だけどその後も、色々とあった。扱いはユニオン住民だけど、地球の、日本の住民にはなれなかったから。
書類上では異星間の結婚になるわけだし、当然、今まで異星との交流のなかった地球では前例のないことだ。
これもまた難しかったけれど、なんとか押し切って今に至る。日本政府に何をしたかは、あまり聞かないで欲しい。
僕と由佳さんは日本籍だから、新居は当然ながら地球だ。それがどんな暮らしになるのか、楽しみだ。
聖書の朗読は、そろそろお終いのようだ。地球の神は、由佳さんはともかく、僕もちゃんと加護してくれるだろうか。
牧師は聖書から顔を上げ、僕らを眺めた。由佳さんは、ブーケと手袋をプライドメイドに預ける。
誓約を始めるために、僕と由佳さんは向かい合って手を取り合う。由佳さんの手は、どこか頼りなく思えた。

「ブルーソニックインパルサー」

名前を呼ばれ、僕は思わず姿勢を正した。牧師は言う。

「あなたは今、この美空由佳を妻としようとしています。あなたは真心から、この美空由佳を妻とすることを」

牧師は、僕を見上げた。

「願いますか」

「願います」

少し間を置いてから、僕は答えた。願わないわけがない。
牧師は、今度は由佳さんに向き直った。由佳さんは、少し顔を上げる。

「美空由佳。あなたは今、このブルーソニックインパルサーを夫としようとしています」

真っ直ぐに、牧師は由佳さんを見据える。

「あなたは真心から、このブルーソニックインパルサーを夫とすることを、願いますか」

「願います」

緊張のせいか、いつもより大人しい声で由佳さんが答えた。ああ、本当に僕は幸せだ。
僕らの答えに牧師は頷く。目線が、僕へ向いた。

「あなたは、この結婚が神の思し召しによることを確信しますか」

「はい」

そう僕が返事をすると、その言葉が由佳さんへ向けられる。

「あなたは、この結婚が神の思し召しによることを確信しますか」

「はい」

緊張の中に、嬉しさの入り混じった声で由佳さんは答えた。
牧師はもう一度僕を見、少し語気を強める。

「あなたは神の教えに従い、清い家庭を作り、夫としての分を果たし、常にあなたの妻を愛し、敬い、慰め、助けて、死が二人を分かつまで健やかなときも、病むときも、順境にも、逆境にも、常に真実で、愛情に満ち、あなたの妻に対して堅く節操を守ることを誓約しますか」

「神と証人の前に、謹んで誓約いたします」

神に誓わなくとも、僕は由佳さんに忠誠を誓っているから今更のような気もするけど。
牧師は由佳さんを見、同じ口調で続けた。今度は由佳さんの番だ。

「あなたは神の教えに従い、清い家庭を作り、妻としての分を果たし、常にあなたの夫を愛し、敬い、慰め、助けて、死が二人を分かつまで健やかなときも、病むときも、順境にも、逆境にも、常に真実で、愛情に満ち、あなたの夫に対して堅く節操を守ることを誓約しますか」

「神と証人の前に、謹んで誓約いたします」

と、由佳さんは力強く答えた。演劇の時も思ったけど、本番に強い人だ。
牧師は頷き、少し奥まった位置で待機していたプライドメイドが、指輪の入ったバスケットを持ってくる。
そのバスケットから由佳さんの指輪を取った牧師は、それを僕に渡す。細くて小さな、金のリングだ。
手袋を外した由佳さんの左手を取り、ゆっくりとリングを薬指に滑らせて填めた。彼女の指に、よく似合う。
今度は、僕の番だ。由佳さんは、牧師から僕の指輪を受け取って、こちらに差し出した。
だけど僕はそれを填めることが出来ないので、もらうだけだ。マシンソルジャーって、こういうとき不便だ。
真新しい純金製のリングを左手に握り締めながら、あとでこの結婚指輪をボディに組み込もうと思っていた。
コアブロックの中に、通電を妨げないような位置にでも填めておこう。指に出来ないんだから。
僕らが指輪を受け取ったことを確認した牧師は、おごそかに言う。

「それでは、誓いの口付けを」

来た。ついに、この時が。
僕は膝を曲げて、由佳さんに背を合わせた。白いヴェールに、手を掛ける。
薄いそれをゆっくりと持ち上げていると、由佳さんは不意に僕を指した。

「あんたが開けなくてどうするのよ?」

「は?」

「これ」

由佳さんは金のリングが目立つ拳で、こん、と軽く僕のマスクを突いた。
僕は由佳さんのヴェールを全てめくり上げてから、自分の顔に触れてみた。そういえば、開けるの忘れてた。
マスクを開いてゴーグルを収納すると、途端に視界が広くなる。苦笑しつつ、由佳さんを見下ろした。

「すいません」

「ドジが」

そう可笑しげにしながら、由佳さんは僕を見上げる。すっかり緊張が解けたのか、笑顔が戻っている。
僕は身を屈め直して、由佳さんの細い顎に手を添えて、マスク部分が当たらないように首を傾けた。
つやりとした口紅に彩られた唇を薄く開かせると、由佳さんは目を閉じる。そして、慎重に唇を重ねた。
直後、僕に僅かな重量が掛かった。視界に、白いドレスとヴェールが大きく広がる。
僕の首に腕を回して体を浮かばせている由佳さんを、空いている方の腕で支える。落としてなるものか。
何よりも大切な僕のコマンダーを、離してなるものか。




バージンロードを歩いて、その先の扉が開かれた。
由佳さんの手を取って外へ出た途端、僕らに無数の花びらが降り注がれた。
盛大に教会の鐘が鳴らされ、重みのある金属音が響く。皆がそれぞれ、僕らに祝福の言葉を掛けてくれる。
由佳さんを見下ろすと、彼女も僕を見上げ、幸せそうに微笑んでいる。
僕はずっと由佳さんを見ていたかったが、力一杯花びらが投げつけられた。それを払い、辺りを見回す。
軌道の先にいたのは、案の定フレイムリボルバーだった。あなたって人は、本当に。

「僕を攻撃してどうするんですか!」

「いや、つい」

カゴに入った花びらの半分を一気に手の中に入れながら、兄は苦笑いする。
ふと、エネルギーパルスを感じた。駐車場を見ると、ナイトレイヴンが二台分のスペースに膝を付いている。
花びらを撒いてくれる来客の方々から少し離れた位置で、葵さんが立っていた。

「遅くなって悪いな」

「てっきり来ないかと思いました」

「敵前逃亡なんてそんな真似、出来るわけないだろ」

にっと口元を上向け、礼服姿の葵さんは後ろ手にナイトレイヴンを指す。

「出掛けに戦闘に巻き込まれちゃってさ、それを片付けてたら遅れたんだ」

「右に同じく。署に戻ったら、葵ちゃんと机を並べて報告書とデートだよ。色気の欠片もないぜ」

葵さんの後ろで、不機嫌そうにスコットさんが表情を歪めていた。そういえば、この人もいなかったっけ。
ぐわしゃっと花びらを握り締めたスコットさんは、ばさりと翼を広げて声を上げる。

「だーもう、こんな日に戦闘なんざやらかすんじゃねぇよ! いいとこ見逃したじゃねーか!」

「なぁるほど」

拍子抜けしたように、鈴音さんが呟く。律子さんは、安心したように笑った。

「でも、良かったぁ。バージンロードの扉バターンじゃなくって」

「ま、そんなことしたらパル兄にばらされちゃうよな、間違いなく」

と、涼平君が笑うと、さゆりさんは葵さんを見上げた。

「さすがに常識は持ち合わせてたみたいだね、お兄ちゃん」

「当たり前だろ。ていうか、オレをなんだと思ってるんだ?」

葵さんは呆れたような顔をしていたが、僕へ銃を撃つような格好をした。

「インパルサー。しっかり美空を幸せにしないと、今度こそお前を倒すからな」

「そうなる前に、僕があなたを倒しますよ」

そう言い合ってから、僕と葵さんは笑っていた。思った通り、僕とこの人はいい友達になれている。
ふと横を見ると、僕の腕を掴んだ由佳さんは面白くなさそうな顔をしている。花嫁の、機嫌を損ねてはいけない。
白くなだらかな彼女の肩と、ドレスに埋もれた膝の裏を持って抱えた。ドレスの裾が大きく広がる。
突然持ち上げたことで驚いてしまったのか、由佳さんは小さく声を上げて僕にしがみつく。

「いきなり何すんの!」

「闇夜のカラスに、大事な花嫁を取られてはいけませんから」

「馬鹿」

ブーケの持ち手の方で、由佳さんは僕を軽く叩いた。でも、その顔は笑っている。
力一杯僕に縋り付いてひとしきり笑ってから、由佳さんはブーケを掲げた。
ピンクのバラとかすみ草の組み合わされた花束を、力一杯放る。高々と、花が空を舞う。
くるくると回りながら、青空にブーケが吸い込まれていく。フラワーシャワーの花びらが、風で散る。
それを見ていたが、僕は目の前の由佳さんと顔を見合わせた。彼女の大きな瞳が、少し潤んでいる。

この幸せが、永遠に続きますように。






「あたし、なんかすっごい夢見ちゃったよ」


その声が、僕の意識を明確にさせた。今まで見ていたビジョンが、ぼやけていく。
スタンバイモードからオペレートモードに移行させ、エネルギーをボディ全体に回していく。
機能を八十パーセント落としていたスコープアイを完全に作動させながら、上体を起こした。窓の外が、明るい。
起き上がってぼんやりしていると、ベッドの上に座る由佳さんが僕を見下ろしていた。
朝日に照らされている由佳さんを見上げ、挨拶する。

「おはようございます」

「おはよ」

由佳さんは、心ここにあらず、と言った声で返してきた。どうしたんだろうか。
僕は、ついさっきまで見ていた美しいウェディングドレス姿の由佳さんが、意識から離れなかった。
あれはいわゆる、半覚醒状態で見る記憶の断片、つまり夢というものか。ああ、なんだ。
そう思ったら、脱力感に襲われた。なんだか、凄くやるせない。
僕はあのまま新婚旅行までは行きたかったなぁ、とか、結婚生活もしたかったなぁ、とか思っていた。
壁に掛けられたカレンダーは、一昨日由佳さんが張り替えた新品だ。今日の日付は、一月二日。
そのすぐ近くにある掛け時計を見上げると、もう時刻は朝の九時を過ぎている。なんてことだ。
早急に朝食の準備をしなきゃ、と思いながら、立ち上がった。夢が、名残惜しくて仕方ない。

「由佳さん」

先程の言葉を思い起こしながら、僕は彼女を見下ろした。一応、報告しておきたかった。

「僕も、凄い夢を見ちゃいました」


一生、忘れたくない夢を。







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