リビングに入ると、既に涼平とクラッシャーが起きていた。 冬場はリビングテーブルとソファーが撤去されて、その代わりに、コタツが置かれている。 コタツのテレビ側に下半身を突っ込みながら、涼平が駅伝中継を見ていた。いや、付けていた。 手元を見ると、ゲームボーイがあったからだ。見てないなら、せめて消したらどうだ。 クラッシャーはといえば、昨日もらったお年玉のポチ袋をコタツの上に並べていた。 嬉しいのか、にこにこしながらその中身と袋を眺めていたが、こちらへ気付いて振り返った。 「おはよー、おねーさん、インパルサー兄さん」 「おはよ、クー子。父さんと母さんは?」 あたしが尋ねると、涼平が上半身を捻りながら振り返った。 「親戚に挨拶回りだってさ。でも珍しいよなー、姉ちゃんだけじゃなくてパル兄まで寝過ごすなんて」 「全くですね」 苦笑しながら、インパルサーはキッチンへ入っていった。あたしは、コタツに足を入れる。ぬくい。 テレビに映し出される大学同士のマラソンは、毎年思うのだが、かなり寒そうだ。良く平気だなぁ。 箱根の曲がりくねった街道を行くユニフォーム姿の選手達は、旗に降られて応援されながら走り続けている。 その合間に入る、琴の音と鶴やら富士山やらの企業CMが、お正月だなぁという気分にさせてくれた。 コタツの傍らに置かれていた三日分のテレビ欄が合わさった新聞を取って、眺めてみたが、大した番組はない。 この辺も、お正月だ。延々と意味のないバラエティー番組が続くのも、毎年恒例のことだ。 テレビの上には、数日前に置かれた鏡餅と、陶器で作られた今年の干支がちょんと乗っかっていた。 「今日はなんにもないなぁー」 初詣は昨日行ったし、鈴ちゃん達と一緒に福袋を買いに行くのは明日だ。 あたしは、取り替えられたばかりのカレンダーを見上げる。新春らしく、おめでたい絵が描いてある。 あれだけ寝てもまだどこか眠いので、コタツの上にへたれていると、さっきの夢が思い出された。 そういえば、初夢は正夢になる、とか言われてなかったっけ。元旦から二日に掛けて、だから間違いなく初夢だ。 でも、あれが現実になったらそれはそれで問題な気がする。お腹を痛めずとも、子供が出来てしまうとは。 出来ることなら、しんどそうだけど妊娠出産は体験したい。女として、一度はやっておきたい。 だけど、なんて無茶苦茶な話だろうか。ロボットと結婚なんて、出来るわけがない。 「だーから夢なんだよねー」 色んな意味で、現実味がなさすぎるから。思わず声に出してしまった。 千円札の束をポチ袋に戻していたクラッシャーは、首をかしげた。 「ゆめ?」 「そ、夢。変なの見ちゃったの」 さすがに、あれを具体的に説明する気は起きないけど。パルとあたしの結婚三年目、なんて。 頬杖を付いて足をぱたぱたさせながら、クラッシャーは羨ましげな目を向ける。 「いいなー、私はなんにも見られなかったー」 「ロボットも夢を見るのか?」 と、涼平が不思議そうに尋ねると、クー子は頷く。 「うん、見るよ。スタンバイモードはエネルギー循環が最低限になってるだけだから、完全に意識を失ってるわけじゃないの。んで、そういうときは無意識にメモリーバンクを開いちゃうの。それが、私達の見る夢なの」 「記憶の再現てわけか」 「ちょっと違うかなー。完全に再現するってわけじゃなくて、断片だけ繋ぎ合わせたみたいな」 そう涼平に解説しながら、クラッシャーはポチ袋を折り畳んでいく。綺麗に畳んで、一つの袋に入れる。 お年玉とポチ袋を二つの袋に納めると、それを大事そうにコタツの上に並べた。 「だから、たまに忘れかけてたメモリーとかも蘇っちゃうこともあったりして、結構面白いよー」 「へーえ」 あたしは、彼らも夢を見ることが面白いことに思えた。ロボットなのに、かなり人間臭い。 ふと、起き覚めにパルが言っていたことが思い出された。凄い夢を見た、とか言っていたような。 あたしのも充分凄いと思うけど、あっちはどれだけ凄いのか、ちょっと気になってきた。 コタツの上に、小皿に乗せたおせち料理を並べるインパルサーを見上げ、尋ねる。 「パルも夢見たとか言ってたけど、どんなの?」 「とてもいい夢でした」 盆を抱えて嬉しげに笑いながら、パルはキッチンへ戻っていった。あたしは、余計に気になってきた。 皿に乗せられた伊達巻きを取って食べていると、すぐに彼はリビングへやってきた。コタツの近くに正座する。 きっちりと背筋を伸ばしてから、レモンイエローのゴーグルにあたしを映した。 「由佳さんを、お嫁さんにもらう夢でした」 口の中の伊達巻きを飲み下してから、あたしはまじまじとインパルサーを眺めた。 興味津々、といった様子でクラッシャーが身を乗り出してきた。落ち着くために、お雑煮の汁を飲んだ。 しばらくしてから、やっとパルが言ったことを理解した。つまりなんだ、あたしと結婚した夢か。 夢の光景がよっぽど良かったのか、うっとりしながらインパルサーは続ける。 「凄く綺麗でしたよ、由佳さん。挙式はキリスト教式で、チャペルでした」 「…マジで?」 「はい。ウェディングドレス、良くお似合いでしたよ。夢は式の途中で終わってしまいましたが」 「キリスト教式かぁー…」 あたしも、するならそっちの方がいいと思っていた。文金高島田は重そうだから。 ウェディングドレス。どんなのだったか詳細を知りたいけど、それはさすがに無理だろう。夢だし。 インパルサーは、マスクに手を添えた。そのまま、こちらへ振り向く。 「そういえば、マスターコマンダーとマリーさんも出席していました。夢ですからね」 「あいつがあのマントで?」 怪訝そうにクラッシャーがインパルサーを見上げると、パルは頷く。 「ええ。あのマントを着たままで、両親の席に座っていました」 「結婚式っぽくなーい」 クー子は、嫌そうに口元を歪める。あたしも、あの黒マントが結婚式にいたら嫌だ。 コタツの上に腕を横たえたクラッシャーは、その上に顎を乗せた。 「ウェディングドレスのおねーさんかぁ。きっと綺麗だろうなー」 「姉ちゃんだから大したことねーだろ」 と、涼平が笑った。失敬な。そりゃ、似合うって保証はないけどさぁ。 だけどこれはパルの夢の話なので、言い返すべきではない。大人げなさ過ぎる。 あたしは数の子を奥歯で噛み締めながら、ついでに弟への文句を噛み殺していた。 数の子を飲み下してから錦卵を食べていると、インパルサーは物足りなさそうな声を出す。 「ですけど、どうせならケーキ入刀まで行きたかったです」 「どこで終わったの?」 「バージンロードでフラワーシャワー、それで終わりでした。ちょっと残念です」 ちょっとどころか、かなり残念そうにパルは肩を落とす。そんなにいい夢だったのか。 ほんのり甘い錦卵を味わいながら、あたしはすっかり父親していたパルの姿を思い出した。 「あたしの方は、結婚三年目だったよ」 「…誰とですか?」 いやに慎重に尋ねてきたインパルサーに、あたしは答えた。 「あんたしかいないでしょ」 すると途端にインパルサーは、はあ、と安堵したように深く息を吐く。 神田君と結婚したとでも思っていたのか、パルは。それだけは有り得ないから。 コタツを乗り越えたクー子が、ずいっとあたしへ近付いてきた。 「で、どんなんだったの? 子供いた?」 「うん、いたよ。三年目だしね」 「マシンと有機生命体、どっちの?」 「マシンソルジャーだったよ。マッハインパルサーって名前で」 あたしは、まーくんの姿を思い出しながらパルを指す。 「丁度パルをちっちゃくしたみたいなのでさー、顔はゴーグルだけでマスクがないの」 「うわぁ、なんかリアルぅ」 にやにやしながら、クー子は両手を頬に当てた。他人のことなのに、何がそんなに楽しいんだろう。 ふと隣を見ると、なぜかインパルサーが照れていた。ゴーグルはオレンジだ。 しきりに後頭部をがしがしやりながら、背を丸めて俯いている。あたしの夢なのに。 そんな兄の前にするりと滑り込んだクラッシャーは、こん、とインパルサーの肩アーマーを小突く。 「インパルサー兄さぁん。やっぱ、さっさとおねーさんと結婚しちゃうべきだよー」 「ええと、ですが…その」 首を折りそうな角度まで押さえながら呟いたインパルサーの声は、かなり上擦っている。照れすぎだ。 あたしは、オレンジから徐々に赤になりつつあるゴーグルの色を眺めていた。 後頭部から手を外したパルは、正座した膝の上で堅く手を握り締め、がばっと顔を上げる。 「ですけど、まだその、僕は、由佳さんにバラ持ってプロポーズしてませんから!」 「…バラ?」 プロポーズは解る。でもなんだ、そのバラってのは。昼メロか。 大きく頷いたインパルサーは立ち上がり、がしりと拳を握って突き上げる。 「もしくは浜辺で追いかけっこした後に由佳さんを捕まえて、指輪を差し上げていませんから!」 「私を捕まえてごらんなさーい、とかいうやつ?」 「はい!」 気合いの入りまくったその答えに、あたしは気が抜けた。本気で言っている。 つまりなんだ、あたしはそれをやるのか。ワンピース着てサンダル履いて、海岸線で追いかけっこを。 八十年代みたいな格好をしたあたしと、あたしを追いかけるパルのビジュアルが思い浮かんでしまった。 それは嫌だ。それだけは、死んでもやりたくない。恥ずかしすぎる。でもバラも嫌だ。 「お母様が言っていたんです。一度、浜辺で追いかけっこをやってみたかったなぁ、って」 インパルサーの言葉に、あたしはもっと脱力した。やっぱり、母さんのせいか。 肩を震わせながらゲームボーイを握り締めた涼平は、笑いを堪えるような声を洩らした。 「…マジかよ」 「パル、そういうプロポーズが普通だとか思ってんの?」 あたしには、それが一番怖かった。お願いだから、これだけは肯定しないでくれ。 天井へ向けていた拳をゆっくり下ろしたパルは、首をかしげる。 「普通ではないんですか?」 「当たり前でしょ! ていうか、そんな八十年代前半のドラマみたいなことしたかないわい!」 力一杯叫んでから、あたしはコタツに座り直した。そんなことされたら、泣くに泣けない。 そうですか、と力なく呟いたインパルサーは、またきっちりと正座した。膝の上に両手を置き、俯く。 もしかして、カルチャーショックだったのか。いや、有り得る。 母さんと昼メロから得る知識は偏りすぎているし、ないこともないだろう。だけど、それにしたって。 なぜか笑えてきてしまったので、あたしはそれを堪えるのに必死だった。 俯いたままのインパルサーは、今度はいじけてきてしまったらしく、ぷいっと顔を背けた。 「笑うことないじゃないですか。僕はそれ以外、知らなかったんですからね!」 「いつの時代のメロドラマだよ、それ」 上半身を起こしてインパルサーを見、涼平が笑う。クー子も、さすがに可笑しいらしく笑い出している。 あたし達が揃って笑い続けているせいか、すっかりパルは機嫌を損ねてしまい、明後日の方を向いたままだ。 なんとか納まってきた笑いを押さえながら、マリンブルーのマスクフェイスの横顔を眺めていた。 マシュマロココアを持って部屋に戻り、それを机の上に置いた。既に、教科書は広げてある。 冬休みの宿題のプリント類を挟んだ参考書を開いて座り、シャーペンをペンケースから出して芯を出す。 何回かノックしていたが、その手が止まってしまった。教科書の奥の、紺色の小さな箱が目に付いたからだ。 あたしはそれを取り、ぱこんと開いた。中の白い台座には、オープンハートのリングが埋まっている。 そっとリングを抜いて、左手の薬指に填めてみる。デスクライトの下で、銀がぎらつく。 クリスマスにもらって一度填めたけど、中に戻してそのままにしていた。なんか、付けるのが照れくさかったのだ。 それに、填めているとどうしても表情が緩んでしまう。パルからもらったことが、そんなに嬉しいのか。 左手を右手で押さえ、リングの感触を確かめる。胸の奥に潜んでいた痺れが、体中に広がった。 「こんな気分だったのかなぁ」 椅子の背もたれに寄り掛かりながら、あたしは想像していた。 レイヴンから、あのデータチップをもらったときのマリーさんの心境は。 父さんから、婚約指輪をもらった母さんの心境は。どちらにせよ、想像でしかないけど。 オープンハートの部分を指先で撫でていると、すっかり勉強する気は失せてしまった。 並べたばかりの参考書とプリントを押しやってから、マグカップを手にし、熱いココアを傾けた。 半分とろけたマシュマロを食べてから、息を吐いた。何やってんだろう、あたしは。 勉強するつもりで机に向かったはずなのに、なんでパルにときめいちゃってるんだろう。 マグカップを机に置き、冷たい机にぺたりと額を当てた。ああ、情けない。 「なーにやってんだかなぁ…」 起き上がってみようとしても、出来ない。気力が失せた、とかじゃない。 思考がほとんど、パルに関することばかりに移行してしまう。なんてことだろう。 本当に、あたしは恋をしているんだ。戦闘ロボットに。 最初はただの見知らぬロボットで、毎日一緒にいるうちに彼のことが解ってきて、いい友達になれたと思った。 でも、それだけじゃ終わらなかった。友達だから好き、てのだけじゃ、止まってくれなかった。 好きだと言われるたびに、好きだと思うたびに、どんどん痺れは強くなる。 なんとなく、前にリボルバーが言っていたことが解るような気がした。好き、が溜まっていくってのは。 ぶつける相手がいるけど、ぶつけられないと、体の中に蓄積していくのが感じられる。 その感覚は嬉しいけど苦しくて、たまにやるせなくなる。こんなの、ずっとボルの助は我慢してるのか。 いい加減に起き上がらないとなぁ、と思っていると、部屋のドアが開けられた。 「…何してるんですか?」 白い毛糸玉を抱えたインパルサーが、不思議そうにあたしを見下ろしている。 あたしは起き上がり、パルが毛糸玉と一緒に二本の棒と薄べったい本を持っていることに気付いた。 「パル。編み物でもするの?」 「ええ。どうせやることもありませんし、一度やってみたかったので」 母さんのものらしい編み物の本と編み棒をテーブルの上に置き、パルは座った。 白くてふわふわした毛糸を引っ張り出してから、本を広げる。こういうこと、相変わらず好きなんだなぁ。 あたしは椅子を回して、パルの手元を見た。パルはしばらく本を睨んでいたが、さっさと編み始めた。 「あたし、そういうこと出来ないからなぁ。感心しちゃうよ」 あたしは膝を抱え、その上に顎を乗せる。パルは顔を上げた。 「あの、由佳さん。スカートの中、ここからだと」 「あ」 指摘されて、ようやく気が付いた。あたしは、慌てて足を降ろす。 いくらタイツを履いているとはいえ、中身は中身だ。さすがに見られたくはない。 パルは顔を逸らしてやりづらそうにしていたが、すぐに編み物を続行した。何を作る気だろう。 あたしはスカートを押さえたまま、その横顔を見つめる。窓からの光が、マスクフェイスの輪郭を照らす。 冬の鋭い日差しが、テーブルも白くさせている。空は濃い青で、今日はかなり寒そうだ。 なんか、すっごく平和だ。これで、いつ戦いが始まってもおかしくない状況だなんて、信じられない。 こんなに穏やかな時間をぶち壊しに来ようとしているゼルは、絶対に許せない。あんたに、そんな根源はない。 黙々と編み目を増やし続けるパルを見ていたら、余計にそう思った。 「パル」 ココアで熱いマグカップを両手に持ち、あたしは呟いた。 「なんか、正義の味方の気持ちが解ったかも」 編む手を止めたパルが、振り向いた。残り少ないココアを飲んでから、彼のゴーグルを見下ろす。 「こういう日常を壊す権利なんて、誰も持ってないのに。そりゃ、戦いたくもなるよね」 「以前僕らがしていたのは、その壊す方ですけどね」 再び編み始めながら、パルは自分の手元を見つめる。 「ですから、マスターコマンダーの七百年の刑期は妥当な…いえ、まだ足りないと思います」 「パルはどうなるの? 有罪だって言ってたけど」 あたしは、それが気になった。パルは続ける。 「僕らはただ単に指示を受けていただけ、ということと、マシンだ、ということで懲役刑はありません」 かちゃり、と編み棒が止まった。編まれた白い毛糸が、テーブルに置かれる。 パルは窓の外を見上げ、レモンイエローのゴーグルに薄い雲を映す。 「つまり、僕らは道具として扱われているんです。道具に、贖罪の機会は必要ないと判断されてしまったんです」 その判断が、正しいのか正しくないのか。あたしには、そのどちらにも思えた。 だけど、懲役がないということは、そのまま極刑になっちゃうんじゃないか。それが、一番怖かった。 確かにパル達は心を持っているけど、機械は機械だ。だから、もしかしたら分解なんてあるんじゃないのか。 そんなことを考えていると、パルはあたしを見上げた。表情で察されたらしい。 「極刑はありません。僕らの、人格だけは認められていますから。それに、ユニオンには死刑はありません」 「あ、そっか。だから、マスターコマンダーは冷凍刑なんだ」 「はい。死刑よりも、かなり重い刑ですが」 と、パルは頷いた。ユニオンは、かなり人の命を尊重するようだ。 こちらに向き直ったインパルサーは、ゴーグルの光をほんの少し強くする。 「僕らは、銀河連邦政府軍によって、危険ではないと判断されました。武装さえ完全に解除すれば、エモーショナルリミッターさえ切ることさえなければ、なんら危険のないコンバットマシンだと」 彼の膝の上の手が、ぎしりと握られる。 「有罪の判決を下し、銀河連邦政府軍の配下に入るだけで、あらゆる星を破壊した罪が消えるはずはないのに」 「それじゃあ…」 あたしが尋ねると、パルは少し声を震わす。 「彼らは、僕らをまた戦いへ駆り出すつもりなんです。新たな戦力として、部下さん達と共に」 「…何考えてんのよ」 そんな言葉しか、出てこなかった。本当に、パル達を戦いの道具としてしか見ていない。 コマンダーシステムという、ほんの僅かな可能性と救いを与えたマスターコマンダーが、まだ優しく見える。 戦いが終わったら、それでいいんじゃないのか。敵が敵でなくなったら、もう戦わせる必要もないんじゃないのか。 俯いたインパルサーの、ゴーグルの光が陰った。側頭部の鋭いアンテナが、ぎらりとする。 「マリーさんからこの話を聞いたとき、僕も最初は信じられませんでした。ですが、真実なんです」 「ゼルはマスターコマンダーだけじゃなくて、それも許せないのかな」 レモンイエローの奥から滲み出るサフランイエローの光を見、あたしは呟いた。パルは顔を逸らす。 「…解りません。ですが、ゼルという人が身勝手なことには変わりありません。ですから、僕は」 「戦うんだ」 あたしがその続きを言うと、彼は頷いた。 「はい」 おもむろに、インパルサーは立ち上がった。窓からの光が、長身に遮られる。 逆光の中からあたしを見下ろし、マスクを開いて表情を露わにさせた。 硬く口元が絞められ、優しげな目元が強まっている。 「由佳さん。もうお解りかと思いますが、僕を守るためには戦闘能力だけではなく、あらゆる力が必要です」 拳を固く握りしめて、パルは真剣な目をあたしへ向ける。 「あなたが僕を守りたいと、戦いたいと言って下さったことはとても嬉しかったです。ですが」 「それ以上、言っちゃダメ」 目の前の、黒く塗られた彼の腹部に額を当てた。こん、と硬い音がする。 「そんなこと、解ってる。解ってるから、悔しいんじゃないの」 「由佳さん」 その声に顔を上げると、パルは少しだけ表情を緩ませていた。 「それでも、戦いたいんですか?」 「うん」 あたしは立ち上がると、パルを見上げる。サフランイエローの瞳が、綺麗だ。 手を伸ばせるだけ伸ばして、彼の頬に手を当てた。マスクの中だったからか、少し温かい。 つるりとした白銀色のそれを撫でながら、あたしは頷いた。 「大事な部下のために戦わなくて、何がコマンダーよ」 あたしはその手を降ろし、一歩身を引いた。出来ることなら、本当に戦いたい。 パルは嬉しそうな、だけどどこか複雑そうな表情をしている。喜ぶべきか、迷っているのか。 しばらくして、やっとパルは口を開いた。 「由佳さん!」 一歩踏み込んであたしとの間合いを詰め、声を上げた。 「僕と結婚して下さい! バラ持ってませんけど!」 「いやバラはマジでいらないから、ていうかむしろ嫌」 そこだけはまず、最初に突っ込んでおきたかった。それだけは嫌、絶対に。 真剣ながら気恥ずかしげなパルは、じっとあたしを見ている。 結婚を受けるかどうかが気になっているようで、食い入っている。早く答えないと。 ここで受けても良いんだけど、そしたらあの夢は正夢ってことになる。それも、悪いわけじゃない。 だけど、どうやって答えるべきか。結婚して欲しいなんて言われたの、当然ながら初めてだから。 すると、ドアがいつのまにか開いていた。この、覚えのあるパターンは。 ひょいっと顔を出したクラッシャーは、あたし達を見つめ、目を輝かせる。 「婚姻届もらってこようかー?」 「いえ、それは僕がもらってきます!」 力を込めて妹を制止したパルは、窓枠に足を掛けて開けようとした。あたしは、その翼を引っ張る。 パルは、不思議そうな目をして振り向いた。あたしは彼を見上げる。 「お正月に、市役所が開いてるわけないでしょ」 「…そうなんですか?」 「そうなの!」 そう否定した途端、パルはゆっくりと窓枠から足を外した。そして、項垂れた。開いていると思ったのか。 ついさっきまでの凛々しさが消えてしまい、情けないことこの上ない。ああもう、こいつは。 ふと気付くと、涼平がクラッシャーの後ろに立っていた。弟は、呆れ果てたように呟いた。 「なーにやってんだよ…」 パルは、まだ項垂れたまま突っ立っていた。 恋人としては悪くないし、好きだし、部下としては有能な戦士に違いない。 だけど。 結婚相手にするには、ちょっと難ありかも。 04 7/15 |