Metallic Guy




第二十六話 崩れる、平穏



闇の中から、三つのレモンイエローが彼を見据えていた。
マシンソルジャーの一体が踏み出て、ざばりと水を掻き分けると同時に、両腕を前に出す。
夜に馴染むような深い藍色の装甲を開いて黒い銃身を伸ばし、真っ直ぐにインパルサーへ向ける。
しゃこん、と何かが入ったのとほぼ同時に、いつか見たのと同じ小さな炎と破裂音が走った。
お腹の底まで響くような、音が響いた。花火の上がる音とも似ているこれは、銃声だ。
直後、インパルサーは半身をずり下げる。薄い煙と火薬の匂いが、冷たい風に混じってくるのが解った。
真紅の瞳のまま、彼は呟く。

「貫通力のない弾ですね。それでは、傷も付きませんよ」

足に力が入らない。
あたしは、パルの向こうにいる三体のマシンソルジャーも怖かったけど、何よりも。
パルが、怖くて仕方なかった。目の色も、声も、雰囲気も。
なんとか立ち上がろうと思ったけど、腕もまるで役に立たない。せめて、この場から離れなければ。
寒さと怖さで震えそうな奥歯を強く噛み締めてから、あたしはもう一度足に力を入れる。
このままじゃ、いけない。


ぱしゃぱしゃっと軽く水面を駆け、インパルサーは左腕のレーザーブレードを振り上げた。
銃口を上げたままのマシンソルジャーの懐に入り、ざばん、と足を広げて腰を落とす。
そのまま左腕を振り上げ、相手の両腕の銃身を切り落とした。
たん、とマシンソルジャーの顔面に手を付いて真上に出ると逆さになり、左腕を相手の頭上に置いた。
体を捻って落下しながらレーザーブレードを振り下ろし、半分に分断させた。電流が跳ねて、水面が明るくなる。
二つに分かれ、ゆっくりと倒れたマシンソルジャーを横目に、インパルサーは他の二体へ顔を向けた。

「勝ち目があるとでも、思っているのですか?」

横に並んでいた二体のマシンソルジャーは、最初の一体と同じように銃口を出して上げた。
それと同時に連射され、小さな炎と弾の走る音が轟き、インパルサーの背後の水面が爆ぜる。
水飛沫の中を走ったインパルサーは、右側の一体の胸元へ右手の拳を強く打ち込み、下げていた左腕を振った。
レーザーブレードの紅色の閃光は、一瞬でそのマシンソルジャーの首を跳ね、動きを停止させた。銃撃も止まる。
首の外れた部分へもう一度刃を立ててから、インパルサーは、素早く最後の一体へ振り返る。
ほぼ同タイミングで振り向いたそのマシンソルジャーは激しく乱射したが、その前に彼の姿は消えていた。
青い影が川の上を過ぎった、その時。


「ってぇあ!」

長い足に付いている銀色の円筒が、真上からその一体を潰した。
勢いを付けたまま、インパルサーの長い足がマシンソルジャーの装甲を破っていく。
ばきばきとフレームが折れ曲がり、内部のケーブルや何かの部品が露わになる。
マシンソルジャーの隙間から足を抜いたインパルサーは身を引き、レーザーブレードを納めた。
前のめりに倒れたマシンソルジャーを見下ろしていたが、彼は目を伏せた。
あれだけ強かった赤は次第に弱まり、目の色はサフランイエローに近付いたが、完全には戻っていない。
薬莢とオイルの流れる川に、彼は立ち尽くしていた。拳を緩めたのか、かちり、と小さく金属の当たる音がする。
水に沈んだまま動かないマシンソルジャーの銃身からは、薄く蒸気が漂っていて、辺りに広がり始めていた。
不意に、インパルサーが振り向く。次の瞬間、あたしは彼に抱えられていた。

「くそっ」

腹立たしげに呟いたインパルサーの肩越しに、あたしは土手が爆ぜるのを見た。
上を見ると、翼を広げた他のマシンソルジャーが、下へ銃口を向けているのが解る。
そうか。今、あたしはあいつに殺されかけたのか。
離れた位置まで飛んでから、ずしゃりとインパルサーは土手の道路に膝を擦った。
すぐ目の前にある、インパルサーのスカイブルーの胸装甲が少し歪んでいる。ここは、さっき撃たれた場所なんだ。
黒ずんだへこみが遠ざかったかと思うと、彼の背が立つ。座らされたアスファルトの上は、まるで氷だ。
だん、と飛び上がったパルは、またレーザーブレードを伸ばし、上空のマシンソルジャーの翼を切り落とした。
先程の三体と同じ藍色の翼が落ち、ばぎゃり、と折れ曲がって土手に突き刺さった。
何度か相手を蹴りつけてから、インパルサーはマシンソルジャーの足を掴み、逆さにして叩き落とした。
加速しながら落下したマシンソルジャーの頭部と胸部が歪み、アスファルトが砕けて、土が露わになる。
軋みながら、それは動きを停止した。レモンイエローの単眼が吹き飛ぶように割れ、細かい破片が散らばった。
大きく肩を上下させながら、インパルサーはあたしの前に降りてくる。とん、とつま先を付けてかかとを下ろす。
その片足のかかとから、ぱたぱたと油混じりの水滴が落ちる。川で戦ってきた、名残だ。
膝を付いて腕を下ろしたパルは、情けなそうに呟いた。

「すいません。上空のバルカングライダーには気付いていたんですけど…迎撃さえ出来れば」

あたしは首を横に振ろうとしたが、左足の熱さに気付いた。
スカートから出た左の太股に、細い傷がある。さっきの銃撃で出た、破片でも掠ったらしい。

「だいじょうぶ」

傷よりも、目の前で辛そうな目をしている彼を見ている方が辛かった。
あたしはパルの胸のへこみに手を当て、首を横に振る。絶対、パルの方が痛い。

「あたしは、だいじょうぶだから」

多少汚れたインパルサーの手が、あたしを固く抱き締めた。
頭上に感じる彼の目の色からは赤みが失せてきて、元のサフランイエローに戻ってきている。
そのことで、いやに安心出来た。パルが、パルに戻ってくれたから。


しばらくそうしていたが、ふと、パルが顔を上げた。
その方向を見ると、灰色の巨体が降り立つ。ばさり、と大きな翼が畳まれる。
川と土手に倒れているマシンソルジャーを眺めてから、スコットは深くため息を吐いた。

「おーおーおー、まぁーた随分と派手にやってくれちまって…」

「好きでやったわけではありませんよ」

不服そうに言い返したインパルサーに、スコットは言う。

「解ってる解ってる。言ってみただけさ」

スコットは片手を腰の後ろに回し、ベルトに何かを入れた。銃でも持っていたんだろうか。
ぐしゃぐしゃになった藍色の翼と、内部の露出したマシンソルジャーを眺め、もう一度息を吐く。
近付いてきたスコットは、あたしの傷に気付いたらしい。屈み込むと、あーあー、と声を洩らす。

「せっかくの綺麗な足なのになぁ、ひでぇことしやがるぜ。痛むか、ブルーコマンダー?」

「…少し」

今更ながら、あたしは左足が痛くなってきた。大したことはない傷だけど、痛いものは痛い。
あたしの足を見下ろしていたが、インパルサーは俯いた。違う、これはパルのせいじゃない。
スコットはベストの胸ポケットから小さな箱を取り出すと、それを開いて白いガムテープのようなものを出す。
長く伸ばしたそれをあたしの足の傷に当て、ぺたりと貼り付けた。包帯みたいなものらしい。
救急箱を閉じたスコットは、がしがしと長い爪で耳の付近を掻く。

「オレらみたいにあっさり治ればいいんだが…しばらく傷が残りそうだな。そうだな、二週間ってとこかな」

「由佳さんは、大丈夫なんですね?」

心配げに尋ねたインパルサーに、スコットは頷く。

「ちょいと掠っただけだからな、見た目は派手だが浅い傷だ。すぐに治る」

「そんなに痛くないし、大丈夫だから」

あたしは、パルを見上げて頷く。パルは立ち上がると、川へ目を向けた。
スクラップとなったマシンソルジャー達は、内部からオイルが漏れているのか、水に黒い筋が出来ている。
弱く波打つ川面に埋まる金属塊から出ている小さな炎が、辺りを明るくさせていた。
スコットは煙草を口元に挟むと、赤く火を灯した。一度深く吸ってから、ゆっくりと煙が吐き出される。

「いちいち悔やむんじゃないぜ、ソニックインパルサー。お前らが、戦うって決めたんだからな」

「ええ、解っています。僕達しか、彼らを相手にすることは出来ませんから」

苦しさを押し殺したような、小さな声。決意を固めても、苦しいことには変わりがないんだ。
スクラップから出ている炎が、パルのスコープアイを赤く染めていた。

「始まってしまったようですね」

「オレ達銀河警察の牽制も、さすがに効果が切れたぜ。ま、一ヶ月とちょい持ったから、まだいい方かもな」

煙草を噛み締めたスコットは、黒いゴーグルをあたしへ向ける。

「ブルーコマンダー」

「はい?」

煙と痛さと苦しさで泣きそうになっていたが、あたしはなんとか堪えた。
スコットは煙草を口元から外し、携帯灰皿に押し付ける。ぱちん、と閉じ、ベストのポケットに押し込む。

「これからは、あんまり派手に動くんじゃねぇぞ。次は、マジに殺されちまうかもしれねぇからな」

殺されたら、それこそ終わりだ。あたしは、頷くしかない。
スコットに言われて、やっと、殺されかけた実感が沸いてきた。銃で、真上から狙われたんだ。
パルに助けられてなかったら、今頃どうなってただろう。撃たれに撃たれて、形も残ってないかもしれない。
そう思ったら、背筋が冷たくなった。死にそうになったのなんて、初めてだ。
うん、と頷いたスコットは腰に手を当て、割れたアスファルトに埋まるマシンソルジャーを見下ろした。

「さぁて、これから忙しくなるな。お前らは帰れ、まだここは危ないしな」

「立てますか、由佳さん?」

伸ばされたパルの手に、あたしは手を乗せた。戦ったからか、少し熱い。
引っ張り上げられるように立ち上がると、そのまま抱えられた。視界が、高くなる。
上昇したインパルサーは、スコットを見下ろす。あたしも、同じようにスコットを見下ろした。

「それでは」

「ああ、気を付けて帰れよ、ブルーソルジャーズ」

軽く手を振るスコットから、徐々に離れた。河原もスクラップも、遠ざかっていく。
暗闇に沈んだ住宅街の上にやってくると、先程の戦闘のせいなのか、所々に窓の明かりが点いている。
あたしはパルの胸に頭を当てながら、スカイブルーのへこみを見ていた。凄く、痛いに違いない。
これからはきっと、こんな傷が増えていくんだ。




一応、無事にうちには帰ってきた。
門は閉められているから、その中に降りる。ドアの前に、インパルサーは着地した。
彼は身を屈めて、あたしを慎重に下ろした。傷に響かないように、右足からゆっくり降りる。
振り返って見上げると、パルはまだマスクを開いていた。サフランイエローの目が、悔しげに歪んでいる。

「なんとか堪えようと思ったんですけど、ダメでした。ほんの数秒でしたが、僕は」

「やっぱり、切れちゃってたんだ。エモーショナルリミッター」

あたしは、真っ赤な彼の瞳を思い出すまいとした。あんな顔、するんだ。
いつかの狡猾な笑い方よりも、ずっと怖かった。戦士としての彼は、やっぱり好きになれない。
インパルサーはあたしから目を逸らしながら、力なく呟く。

「はい。…嫌いに、なりましたか?」

「ちょっと、怖かった」

あたしは、パルを見上げる。

「でも、嫌いになんてなるわけないでしょ」

胸の辺りに額を当て、彼の腰に手を回す。硝煙のきつい匂いが、つんと感じられた。
パルの奥から聞こえる僅かなエンジン音と熱が、温かくて心地良い。襲撃の恐怖が、和らいだ。
背中に彼の手が置かれたので、あたしは目を閉じた。


「好きなんだから」


お願い。どこへも行かないで。

あたしは、そう言いたかった。だけど、言っちゃいけない。
言ってしまったら、全てが無駄になってしまう。パルの決意も覚悟も傷も、何もかも。
あたし一人の我が侭で、地球や東京を危険に晒しちゃいけないんだし。
マシンソルジャーと対等に戦えるのは、彼らしかいないのだから。
だけど。


「パル」

ここにいて。あたしの傍に、ずっと。
戦いに行かなきゃ、パルは苦しまなくて済むんだから。

「負けないでね」

勝っても負けても、パルは傷付く。優しすぎるから。
ゼルの起こした戦いには、パルは関係ないはずなのに。

「負けるわけないよね。マスターコマンダーとマリーさんの、子供みたいなものなんだから」

レイヴンとマリーさんの子供だからだって、なんで戦わなきゃいけないの。
そんな必要、どこにだってない。最初から、あるわけがない。

「いってらっしゃい」


最後の言葉は、変に詰まっていた。
目元と頬が熱くて、胸が苦しい。あたしは、自分が泣いているのだと知った。
嘘ばっかりだ。そんなこと、言いたくもないのに。
でも、あたしは、彼の代わりにはなることが出来ない。だから、仕方のないことなんだ。
ずっと、こうしていたかった。このままパルを離さなければ、これ以上戦いが起こらないような気がした。


「由佳さん」

パルの声は、落ちていた。さっきのは嘘だって、解ってるんだろうな。
しっかり抱き締められているせいで、彼の顔が見えない。

「守り切れなくて、すいませんでした」

「パルのせいじゃない」

「僕のせいなんです。明らかに、リミットブレイクの弊害です。あれは、戦闘重視の思考にさせてしまいますから」

悲しげな声が、傷の付いたスカイブルーの胸装甲から伝わってくる。

「一瞬とはいえ、ゼロコンマ以内とはいえ、僕が由佳さんのことを忘れて戦ってしまうなんて」

「ごめん」

あたしがケガをしたのは、あたしが鈍かったからなんだ。原因があるとすれば、そのくらいだ。
パルは首を横に振ったようで、頭の上で何度か装甲の擦れる音がした。

「由佳さんが謝ることはありません」


背中から手を放し、インパルサーは一歩下がった。がちり、とコンクリートに装甲がぶつかる。
それがとても怖く思えて、また縋ろうとすると、パルは指先を胸のへこみに当てた。

「これを、直してこなければなりませんから」

「そっか」

あたしは、自分が情けなくなった。それだけのことで、何を怖がってるんだ。
パルはいなくならないし、ちゃんとここにいる。そんなの、解り切っているはずなのに。
ただ、ちょっと戦いに行くだけだ。そのために、修理をしに行くだけじゃないか。
パルはどこか申し訳なさそうな笑みを浮かべていたが、軽く地面を蹴って上昇した。

「すぐに、戻ってきますから」

前傾姿勢になったパルの手が、あたしの顎に添えられる。条件反射で、目を閉じた。
深めに口付けられたが、それはすぐに離された。パルは更に上昇する。
マスクを下ろして手で押さえ、填め込む。レモンイエローが目元を覆い、マスクフェイスになる。
敬礼した彼は、背中の翼を大きく広げた。ブースターから風を吹き出すと、夜空へ飛び去っていった。
あたしは青い影を見送りながら、また出てきそうな涙を拭った。




気が付くと、朝になっていた。
服を着替えることも忘れていたようで、昨日の夜と同じ服のまま、ベッドの中にいた。
すぐに起き上がって、部屋の中に彼の姿を見つけようとした。でも、窓の手前には何の影もない。
あのまま、帰ってこなかったんだ。すぐに戻ってくるって、言ったのに。
ベッドから出ようとすると、左足に鋭い痛みが走る。あのテープの下には、自分の血が赤黒く滲んでいた。
さすがに、一晩で治るわけがない。ベッドから出て、クローゼットを開けて着替えを出して床へ投げる。
カーテンを開けて、窓の外を見下ろした。もう八時過ぎなのに、街が静かだ。お正月だからって、これはちょっと。
普通なら、もっと人も車も多く出ているはずなのに。それが、まるで見当たらないなんて。

「変なの」

あたしは、まだ眠っているんだろうか。いや、起きている。足がちゃんと痛いのだから。
その傷を隠すために、スカートでなくジーンズを履いた。トレーナーを被って頭を抜いてから、窓を開けた。
風の冷たさを感じながらぼんやりしていると、目がはっきり覚めてきた。お腹も空いてきたような感じだ。
クローゼットに服とコートを戻していると、かちゃり、とドアノブが回った。
ゆっくり開いたドアの隙間から、涼平がこちらを覗き込んでいる。いやに気落ちした表情だ。

「やっぱりか」

「やっぱりって、何が」

あたしは、弟に尋ねる。涼平は、自分の部屋を指した。

「クー子もいないんだ」

「通りで」

静かだと思ったら、クー子もいないんだ。涼平は呟く。

「黙って行くことねーじゃん」

また窓の外を見ると、離れた位置が騒がしいことに気付いた。あの方向は、川の方だ。
戦闘があった土手を囲んでいるのか、赤いパトライトが見えている。警察か、消防車かな。
やりきれない表情をしていた涼平は、何も言わずにドアを閉めた。
とんとん、と軽い足音が階段を下りていく。うちの中も、静まり返っている。
音がないからだろう。そう思い、あたしはステレオのスイッチを入れ、ラジオにした。
この時間帯なら、何かの番組をやっているはずだ。でも、出てきた音は、音楽でもDJの声でもなかった。


『都内で連続して発生した爆発事件の原因究明は今だ続いており、一部には交通規制が掛けられています』

淡々とニュースを読み上げる、アナウンサーの声。
それが、いやに部屋の中に響いた。
あたしには、一瞬、その言葉が理解出来なかった。
アナウンサーは続ける。

『いずれの事件も突発的に発生しており、関連性も見つからないため、無差別テロの可能性もあり、充分に警戒…』


携帯の着信音で、あたしの意識は戻された。
もう、パル達の戦いは、マリーやスコットの情報操作でも隠せないくらいの規模になってるんだ。
隠す方が無理だ。マシンソルジャーを倒すのに、手加減していてはいけないから。
今、どこでパルは戦ってるんだろう。どんなマシンソルジャーが、相手になってるんだろう。
体は、しっかり治してからいったのかな。また、ケガなんてしてないかな。
机の上で、携帯が鳴り続けている。元気の良いジャスカイザーのOPが、結構うるさい。
あたしはいい加減に鳴り止ませたかったので、携帯を取った。サブウィンドウに表示された名前は、神田だ。
フリップを開いて着信ボタンを押し、耳に当てる。

「神田君、どうかしたの?」

「美空。なんか…凄いことに、なってきちゃったな」

落ち着いているようだが、動転している神田の声。あたしは、窓の外を見下ろす。

「うん。パルもクー子も、いなくなっちゃった。戦いに行っちゃったから」

「イレイザーもだよ。この分だと、リボルバーとディフェンサーも出撃してるんだろうな。全く、悔しいよ」

「悔しい?」

「市街戦じゃ、ナイトレイヴンはでかすぎるんだ。小回りが効かないし、しかも、敵の方が小さいと来てる」

神田は、深くため息を吐いた。

「役に立てないんだよ、アドバンサーじゃ。マジで悔しいけど、今回はナイトレイヴンの出番はなさそうだ」

「マリーさんは、どうしてるのかな。プラチナが戦ってる感じはなさそうなんだけど」

「オレも何度か連絡してみたけど、自宅の電話もコミュニケーターの方も繋がらなかったんだ」

「何か考えがあるんだよ、きっと」

「ああ、そう思うよ。なんたって大佐だからな、マリーさんは」

と、神田は笑ったような声になる。あたしはつられて少し笑い、頷いた。

「だね」

「美空」

「うん?」

少し間を置いてから、神田は言った。

「いや、なんでもない。じゃあな」

「うん、またね」

そう返してから、あたしは通話を切った。フリップを閉じて、机に置く。
窓の外の街は、静かなままだ。そりゃ、誰も戦闘には巻き込まれたくはないだろうし。
神田が何を言いかけたのか、よく解らなかった。でも、今言うべきでないことだったんだろう。
携帯を充電器に置こうと左手を伸ばすと、薬指にリングが填ったままだったことに気付いた。
窓からの日光にきらりと光るオープンハートをしばらく見ていたら、苦しくなってきた。
リングを外してケースに入れ、引き出しの中に突っ込む。ラジオはまだ、ニュースを続けている。


「すぐに戻ってくる、って言ってたのになぁ」

膝を抱えて、顔を埋めた。左足の傷が、まだ痛い。
少しでも気を抜いたら、また泣いてしまいそうになる。
あたしは足を掴む手に力を込め、なんとか涙を堪えていた。


パル。

ちゃんと、無事でいて。







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