闇の中から、三つのレモンイエローが彼を見据えていた。 マシンソルジャーの一体が踏み出て、ざばりと水を掻き分けると同時に、両腕を前に出す。 夜に馴染むような深い藍色の装甲を開いて黒い銃身を伸ばし、真っ直ぐにインパルサーへ向ける。 しゃこん、と何かが入ったのとほぼ同時に、いつか見たのと同じ小さな炎と破裂音が走った。 お腹の底まで響くような、音が響いた。花火の上がる音とも似ているこれは、銃声だ。 直後、インパルサーは半身をずり下げる。薄い煙と火薬の匂いが、冷たい風に混じってくるのが解った。 真紅の瞳のまま、彼は呟く。 「貫通力のない弾ですね。それでは、傷も付きませんよ」 足に力が入らない。 あたしは、パルの向こうにいる三体のマシンソルジャーも怖かったけど、何よりも。 パルが、怖くて仕方なかった。目の色も、声も、雰囲気も。 なんとか立ち上がろうと思ったけど、腕もまるで役に立たない。せめて、この場から離れなければ。 寒さと怖さで震えそうな奥歯を強く噛み締めてから、あたしはもう一度足に力を入れる。 このままじゃ、いけない。 ぱしゃぱしゃっと軽く水面を駆け、インパルサーは左腕のレーザーブレードを振り上げた。 銃口を上げたままのマシンソルジャーの懐に入り、ざばん、と足を広げて腰を落とす。 そのまま左腕を振り上げ、相手の両腕の銃身を切り落とした。 たん、とマシンソルジャーの顔面に手を付いて真上に出ると逆さになり、左腕を相手の頭上に置いた。 体を捻って落下しながらレーザーブレードを振り下ろし、半分に分断させた。電流が跳ねて、水面が明るくなる。 二つに分かれ、ゆっくりと倒れたマシンソルジャーを横目に、インパルサーは他の二体へ顔を向けた。 「勝ち目があるとでも、思っているのですか?」 横に並んでいた二体のマシンソルジャーは、最初の一体と同じように銃口を出して上げた。 それと同時に連射され、小さな炎と弾の走る音が轟き、インパルサーの背後の水面が爆ぜる。 水飛沫の中を走ったインパルサーは、右側の一体の胸元へ右手の拳を強く打ち込み、下げていた左腕を振った。 レーザーブレードの紅色の閃光は、一瞬でそのマシンソルジャーの首を跳ね、動きを停止させた。銃撃も止まる。 首の外れた部分へもう一度刃を立ててから、インパルサーは、素早く最後の一体へ振り返る。 ほぼ同タイミングで振り向いたそのマシンソルジャーは激しく乱射したが、その前に彼の姿は消えていた。 青い影が川の上を過ぎった、その時。 「ってぇあ!」 長い足に付いている銀色の円筒が、真上からその一体を潰した。 勢いを付けたまま、インパルサーの長い足がマシンソルジャーの装甲を破っていく。 ばきばきとフレームが折れ曲がり、内部のケーブルや何かの部品が露わになる。 マシンソルジャーの隙間から足を抜いたインパルサーは身を引き、レーザーブレードを納めた。 前のめりに倒れたマシンソルジャーを見下ろしていたが、彼は目を伏せた。 あれだけ強かった赤は次第に弱まり、目の色はサフランイエローに近付いたが、完全には戻っていない。 薬莢とオイルの流れる川に、彼は立ち尽くしていた。拳を緩めたのか、かちり、と小さく金属の当たる音がする。 水に沈んだまま動かないマシンソルジャーの銃身からは、薄く蒸気が漂っていて、辺りに広がり始めていた。 不意に、インパルサーが振り向く。次の瞬間、あたしは彼に抱えられていた。 「くそっ」 腹立たしげに呟いたインパルサーの肩越しに、あたしは土手が爆ぜるのを見た。 上を見ると、翼を広げた他のマシンソルジャーが、下へ銃口を向けているのが解る。 そうか。今、あたしはあいつに殺されかけたのか。 離れた位置まで飛んでから、ずしゃりとインパルサーは土手の道路に膝を擦った。 すぐ目の前にある、インパルサーのスカイブルーの胸装甲が少し歪んでいる。ここは、さっき撃たれた場所なんだ。 黒ずんだへこみが遠ざかったかと思うと、彼の背が立つ。座らされたアスファルトの上は、まるで氷だ。 だん、と飛び上がったパルは、またレーザーブレードを伸ばし、上空のマシンソルジャーの翼を切り落とした。 先程の三体と同じ藍色の翼が落ち、ばぎゃり、と折れ曲がって土手に突き刺さった。 何度か相手を蹴りつけてから、インパルサーはマシンソルジャーの足を掴み、逆さにして叩き落とした。 加速しながら落下したマシンソルジャーの頭部と胸部が歪み、アスファルトが砕けて、土が露わになる。 軋みながら、それは動きを停止した。レモンイエローの単眼が吹き飛ぶように割れ、細かい破片が散らばった。 大きく肩を上下させながら、インパルサーはあたしの前に降りてくる。とん、とつま先を付けてかかとを下ろす。 その片足のかかとから、ぱたぱたと油混じりの水滴が落ちる。川で戦ってきた、名残だ。 膝を付いて腕を下ろしたパルは、情けなそうに呟いた。 「すいません。上空のバルカングライダーには気付いていたんですけど…迎撃さえ出来れば」 あたしは首を横に振ろうとしたが、左足の熱さに気付いた。 スカートから出た左の太股に、細い傷がある。さっきの銃撃で出た、破片でも掠ったらしい。 「だいじょうぶ」 傷よりも、目の前で辛そうな目をしている彼を見ている方が辛かった。 あたしはパルの胸のへこみに手を当て、首を横に振る。絶対、パルの方が痛い。 「あたしは、だいじょうぶだから」 多少汚れたインパルサーの手が、あたしを固く抱き締めた。 頭上に感じる彼の目の色からは赤みが失せてきて、元のサフランイエローに戻ってきている。 そのことで、いやに安心出来た。パルが、パルに戻ってくれたから。 しばらくそうしていたが、ふと、パルが顔を上げた。 その方向を見ると、灰色の巨体が降り立つ。ばさり、と大きな翼が畳まれる。 川と土手に倒れているマシンソルジャーを眺めてから、スコットは深くため息を吐いた。 「おーおーおー、まぁーた随分と派手にやってくれちまって…」 「好きでやったわけではありませんよ」 不服そうに言い返したインパルサーに、スコットは言う。 「解ってる解ってる。言ってみただけさ」 スコットは片手を腰の後ろに回し、ベルトに何かを入れた。銃でも持っていたんだろうか。 ぐしゃぐしゃになった藍色の翼と、内部の露出したマシンソルジャーを眺め、もう一度息を吐く。 近付いてきたスコットは、あたしの傷に気付いたらしい。屈み込むと、あーあー、と声を洩らす。 「せっかくの綺麗な足なのになぁ、ひでぇことしやがるぜ。痛むか、ブルーコマンダー?」 「…少し」 今更ながら、あたしは左足が痛くなってきた。大したことはない傷だけど、痛いものは痛い。 あたしの足を見下ろしていたが、インパルサーは俯いた。違う、これはパルのせいじゃない。 スコットはベストの胸ポケットから小さな箱を取り出すと、それを開いて白いガムテープのようなものを出す。 長く伸ばしたそれをあたしの足の傷に当て、ぺたりと貼り付けた。包帯みたいなものらしい。 救急箱を閉じたスコットは、がしがしと長い爪で耳の付近を掻く。 「オレらみたいにあっさり治ればいいんだが…しばらく傷が残りそうだな。そうだな、二週間ってとこかな」 「由佳さんは、大丈夫なんですね?」 心配げに尋ねたインパルサーに、スコットは頷く。 「ちょいと掠っただけだからな、見た目は派手だが浅い傷だ。すぐに治る」 「そんなに痛くないし、大丈夫だから」 あたしは、パルを見上げて頷く。パルは立ち上がると、川へ目を向けた。 スクラップとなったマシンソルジャー達は、内部からオイルが漏れているのか、水に黒い筋が出来ている。 弱く波打つ川面に埋まる金属塊から出ている小さな炎が、辺りを明るくさせていた。 スコットは煙草を口元に挟むと、赤く火を灯した。一度深く吸ってから、ゆっくりと煙が吐き出される。 「いちいち悔やむんじゃないぜ、ソニックインパルサー。お前らが、戦うって決めたんだからな」 「ええ、解っています。僕達しか、彼らを相手にすることは出来ませんから」 苦しさを押し殺したような、小さな声。決意を固めても、苦しいことには変わりがないんだ。 スクラップから出ている炎が、パルのスコープアイを赤く染めていた。 「始まってしまったようですね」 「オレ達銀河警察の牽制も、さすがに効果が切れたぜ。ま、一ヶ月とちょい持ったから、まだいい方かもな」 煙草を噛み締めたスコットは、黒いゴーグルをあたしへ向ける。 「ブルーコマンダー」 「はい?」 煙と痛さと苦しさで泣きそうになっていたが、あたしはなんとか堪えた。 スコットは煙草を口元から外し、携帯灰皿に押し付ける。ぱちん、と閉じ、ベストのポケットに押し込む。 「これからは、あんまり派手に動くんじゃねぇぞ。次は、マジに殺されちまうかもしれねぇからな」 殺されたら、それこそ終わりだ。あたしは、頷くしかない。 スコットに言われて、やっと、殺されかけた実感が沸いてきた。銃で、真上から狙われたんだ。 パルに助けられてなかったら、今頃どうなってただろう。撃たれに撃たれて、形も残ってないかもしれない。 そう思ったら、背筋が冷たくなった。死にそうになったのなんて、初めてだ。 うん、と頷いたスコットは腰に手を当て、割れたアスファルトに埋まるマシンソルジャーを見下ろした。 「さぁて、これから忙しくなるな。お前らは帰れ、まだここは危ないしな」 「立てますか、由佳さん?」 伸ばされたパルの手に、あたしは手を乗せた。戦ったからか、少し熱い。 引っ張り上げられるように立ち上がると、そのまま抱えられた。視界が、高くなる。 上昇したインパルサーは、スコットを見下ろす。あたしも、同じようにスコットを見下ろした。 「それでは」 「ああ、気を付けて帰れよ、ブルーソルジャーズ」 軽く手を振るスコットから、徐々に離れた。河原もスクラップも、遠ざかっていく。 暗闇に沈んだ住宅街の上にやってくると、先程の戦闘のせいなのか、所々に窓の明かりが点いている。 あたしはパルの胸に頭を当てながら、スカイブルーのへこみを見ていた。凄く、痛いに違いない。 これからはきっと、こんな傷が増えていくんだ。 一応、無事にうちには帰ってきた。 門は閉められているから、その中に降りる。ドアの前に、インパルサーは着地した。 彼は身を屈めて、あたしを慎重に下ろした。傷に響かないように、右足からゆっくり降りる。 振り返って見上げると、パルはまだマスクを開いていた。サフランイエローの目が、悔しげに歪んでいる。 「なんとか堪えようと思ったんですけど、ダメでした。ほんの数秒でしたが、僕は」 「やっぱり、切れちゃってたんだ。エモーショナルリミッター」 あたしは、真っ赤な彼の瞳を思い出すまいとした。あんな顔、するんだ。 いつかの狡猾な笑い方よりも、ずっと怖かった。戦士としての彼は、やっぱり好きになれない。 インパルサーはあたしから目を逸らしながら、力なく呟く。 「はい。…嫌いに、なりましたか?」 「ちょっと、怖かった」 あたしは、パルを見上げる。 「でも、嫌いになんてなるわけないでしょ」 胸の辺りに額を当て、彼の腰に手を回す。硝煙のきつい匂いが、つんと感じられた。 パルの奥から聞こえる僅かなエンジン音と熱が、温かくて心地良い。襲撃の恐怖が、和らいだ。 背中に彼の手が置かれたので、あたしは目を閉じた。 「好きなんだから」 お願い。どこへも行かないで。 あたしは、そう言いたかった。だけど、言っちゃいけない。 言ってしまったら、全てが無駄になってしまう。パルの決意も覚悟も傷も、何もかも。 あたし一人の我が侭で、地球や東京を危険に晒しちゃいけないんだし。 マシンソルジャーと対等に戦えるのは、彼らしかいないのだから。 だけど。 「パル」 ここにいて。あたしの傍に、ずっと。 戦いに行かなきゃ、パルは苦しまなくて済むんだから。 「負けないでね」 勝っても負けても、パルは傷付く。優しすぎるから。 ゼルの起こした戦いには、パルは関係ないはずなのに。 「負けるわけないよね。マスターコマンダーとマリーさんの、子供みたいなものなんだから」 レイヴンとマリーさんの子供だからだって、なんで戦わなきゃいけないの。 そんな必要、どこにだってない。最初から、あるわけがない。 「いってらっしゃい」 最後の言葉は、変に詰まっていた。 目元と頬が熱くて、胸が苦しい。あたしは、自分が泣いているのだと知った。 嘘ばっかりだ。そんなこと、言いたくもないのに。 でも、あたしは、彼の代わりにはなることが出来ない。だから、仕方のないことなんだ。 ずっと、こうしていたかった。このままパルを離さなければ、これ以上戦いが起こらないような気がした。 「由佳さん」 パルの声は、落ちていた。さっきのは嘘だって、解ってるんだろうな。 しっかり抱き締められているせいで、彼の顔が見えない。 「守り切れなくて、すいませんでした」 「パルのせいじゃない」 「僕のせいなんです。明らかに、リミットブレイクの弊害です。あれは、戦闘重視の思考にさせてしまいますから」 悲しげな声が、傷の付いたスカイブルーの胸装甲から伝わってくる。 「一瞬とはいえ、ゼロコンマ以内とはいえ、僕が由佳さんのことを忘れて戦ってしまうなんて」 「ごめん」 あたしがケガをしたのは、あたしが鈍かったからなんだ。原因があるとすれば、そのくらいだ。 パルは首を横に振ったようで、頭の上で何度か装甲の擦れる音がした。 「由佳さんが謝ることはありません」 背中から手を放し、インパルサーは一歩下がった。がちり、とコンクリートに装甲がぶつかる。 それがとても怖く思えて、また縋ろうとすると、パルは指先を胸のへこみに当てた。 「これを、直してこなければなりませんから」 「そっか」 あたしは、自分が情けなくなった。それだけのことで、何を怖がってるんだ。 パルはいなくならないし、ちゃんとここにいる。そんなの、解り切っているはずなのに。 ただ、ちょっと戦いに行くだけだ。そのために、修理をしに行くだけじゃないか。 パルはどこか申し訳なさそうな笑みを浮かべていたが、軽く地面を蹴って上昇した。 「すぐに、戻ってきますから」 前傾姿勢になったパルの手が、あたしの顎に添えられる。条件反射で、目を閉じた。 深めに口付けられたが、それはすぐに離された。パルは更に上昇する。 マスクを下ろして手で押さえ、填め込む。レモンイエローが目元を覆い、マスクフェイスになる。 敬礼した彼は、背中の翼を大きく広げた。ブースターから風を吹き出すと、夜空へ飛び去っていった。 あたしは青い影を見送りながら、また出てきそうな涙を拭った。 気が付くと、朝になっていた。 服を着替えることも忘れていたようで、昨日の夜と同じ服のまま、ベッドの中にいた。 すぐに起き上がって、部屋の中に彼の姿を見つけようとした。でも、窓の手前には何の影もない。 あのまま、帰ってこなかったんだ。すぐに戻ってくるって、言ったのに。 ベッドから出ようとすると、左足に鋭い痛みが走る。あのテープの下には、自分の血が赤黒く滲んでいた。 さすがに、一晩で治るわけがない。ベッドから出て、クローゼットを開けて着替えを出して床へ投げる。 カーテンを開けて、窓の外を見下ろした。もう八時過ぎなのに、街が静かだ。お正月だからって、これはちょっと。 普通なら、もっと人も車も多く出ているはずなのに。それが、まるで見当たらないなんて。 「変なの」 あたしは、まだ眠っているんだろうか。いや、起きている。足がちゃんと痛いのだから。 その傷を隠すために、スカートでなくジーンズを履いた。トレーナーを被って頭を抜いてから、窓を開けた。 風の冷たさを感じながらぼんやりしていると、目がはっきり覚めてきた。お腹も空いてきたような感じだ。 クローゼットに服とコートを戻していると、かちゃり、とドアノブが回った。 ゆっくり開いたドアの隙間から、涼平がこちらを覗き込んでいる。いやに気落ちした表情だ。 「やっぱりか」 「やっぱりって、何が」 あたしは、弟に尋ねる。涼平は、自分の部屋を指した。 「クー子もいないんだ」 「通りで」 静かだと思ったら、クー子もいないんだ。涼平は呟く。 「黙って行くことねーじゃん」 また窓の外を見ると、離れた位置が騒がしいことに気付いた。あの方向は、川の方だ。 戦闘があった土手を囲んでいるのか、赤いパトライトが見えている。警察か、消防車かな。 やりきれない表情をしていた涼平は、何も言わずにドアを閉めた。 とんとん、と軽い足音が階段を下りていく。うちの中も、静まり返っている。 音がないからだろう。そう思い、あたしはステレオのスイッチを入れ、ラジオにした。 この時間帯なら、何かの番組をやっているはずだ。でも、出てきた音は、音楽でもDJの声でもなかった。 『都内で連続して発生した爆発事件の原因究明は今だ続いており、一部には交通規制が掛けられています』 淡々とニュースを読み上げる、アナウンサーの声。 それが、いやに部屋の中に響いた。 あたしには、一瞬、その言葉が理解出来なかった。 アナウンサーは続ける。 『いずれの事件も突発的に発生しており、関連性も見つからないため、無差別テロの可能性もあり、充分に警戒…』 携帯の着信音で、あたしの意識は戻された。 もう、パル達の戦いは、マリーやスコットの情報操作でも隠せないくらいの規模になってるんだ。 隠す方が無理だ。マシンソルジャーを倒すのに、手加減していてはいけないから。 今、どこでパルは戦ってるんだろう。どんなマシンソルジャーが、相手になってるんだろう。 体は、しっかり治してからいったのかな。また、ケガなんてしてないかな。 机の上で、携帯が鳴り続けている。元気の良いジャスカイザーのOPが、結構うるさい。 あたしはいい加減に鳴り止ませたかったので、携帯を取った。サブウィンドウに表示された名前は、神田だ。 フリップを開いて着信ボタンを押し、耳に当てる。 「神田君、どうかしたの?」 「美空。なんか…凄いことに、なってきちゃったな」 落ち着いているようだが、動転している神田の声。あたしは、窓の外を見下ろす。 「うん。パルもクー子も、いなくなっちゃった。戦いに行っちゃったから」 「イレイザーもだよ。この分だと、リボルバーとディフェンサーも出撃してるんだろうな。全く、悔しいよ」 「悔しい?」 「市街戦じゃ、ナイトレイヴンはでかすぎるんだ。小回りが効かないし、しかも、敵の方が小さいと来てる」 神田は、深くため息を吐いた。 「役に立てないんだよ、アドバンサーじゃ。マジで悔しいけど、今回はナイトレイヴンの出番はなさそうだ」 「マリーさんは、どうしてるのかな。プラチナが戦ってる感じはなさそうなんだけど」 「オレも何度か連絡してみたけど、自宅の電話もコミュニケーターの方も繋がらなかったんだ」 「何か考えがあるんだよ、きっと」 「ああ、そう思うよ。なんたって大佐だからな、マリーさんは」 と、神田は笑ったような声になる。あたしはつられて少し笑い、頷いた。 「だね」 「美空」 「うん?」 少し間を置いてから、神田は言った。 「いや、なんでもない。じゃあな」 「うん、またね」 そう返してから、あたしは通話を切った。フリップを閉じて、机に置く。 窓の外の街は、静かなままだ。そりゃ、誰も戦闘には巻き込まれたくはないだろうし。 神田が何を言いかけたのか、よく解らなかった。でも、今言うべきでないことだったんだろう。 携帯を充電器に置こうと左手を伸ばすと、薬指にリングが填ったままだったことに気付いた。 窓からの日光にきらりと光るオープンハートをしばらく見ていたら、苦しくなってきた。 リングを外してケースに入れ、引き出しの中に突っ込む。ラジオはまだ、ニュースを続けている。 「すぐに戻ってくる、って言ってたのになぁ」 膝を抱えて、顔を埋めた。左足の傷が、まだ痛い。 少しでも気を抜いたら、また泣いてしまいそうになる。 あたしは足を掴む手に力を込め、なんとか涙を堪えていた。 パル。 ちゃんと、無事でいて。 04 7/28 |