Metallic Guy




第二十八話 ファイナル・コンバット



戦いは、続いている。それは、激しくなる一方だ。
それでも、パルは約束を守ってくれた。少しでも余裕が出来れば、戻ってきてくれた。
他の兄弟達も同様で、それぞれのコマンダーの元へ、何度か帰ってきていたようだった。
ゼルの操るマシンソルジャー達はどんどん重武装になって、戦闘による被害も同時に大きくなっていた。
日常っぽくない日常の日々が続いて、いつのまにか一月も終わり、二月が始まった。
そんな、ある日のこと。




「東京じゃないみたい」

曇った窓を制服の袖で擦りながら、律子が外を眺めていた。
あたしは律子の肩越しに、白く冷え切った風が吹き荒れているグラウンドを見下ろす。すっかり真っ白だ。
発達した寒冷前線が関東まで迫り出し、同時に寒気団もやってきた。その結果、関東全体に大雪が降り出した。
今朝から天気は怪しかったのだけど、まさかここまで降るとは思わなかった。電車は動いていないんだろうな。
このままでは、遠くの生徒が帰れなくなるかもしれないということで、今日は三限で授業が中断された。
例によって、あたし達以外はさっさと帰ってしまい、ただでさえ冷え込んでいる廊下は余計に寒々しい。
教室から出てきた鈴音の後ろに、寒さに顔をしかめたやよいがいた。今日はやっちゃんもいる。
マフラーでしっかり首回りを覆いながら、やよいは絶望的な表情になる。

「電車止まっちゃったってー…帰れないじゃん、もう」

「私も同じだよ、西野さん。だから、鈴音ちゃんちの車に乗せてもらうんじゃない」

やよいとは正反対に、機嫌の良い律子はにこにこしていた。雪が降っていることを、楽しんでいるようだ。
あたしは三人とは家が逆方向なので、乗せてもらうことは出来ない。帰り、きついだろうなぁ。
オーバーな動きで鈴音に感謝しているやよいの後ろ、階段の方から人影が上がってきた。
スポーツバッグを担いでいる神田と、加藤がいる。そういえば神田が、忘れ物を取りに行くとか言ってたような。
神田は教室の前までやってくると、少し後ろにいる加藤へ変な顔をした。

「寒いのが嫌なら、なんで付いてきたんだよ? 陸上部の部室、一番冷えるんだぜ?」

「やることもなかったんだよ。オレも電車だし、帰るに帰れないんだよ」

制服のポケットに両手を突っ込み、加藤は言い返す。そっか、こいつも電車だったのか。
あたし達に気付いた加藤は、ちょっと嬉しそうな顔になる。人が残っていたから、安心したようだ。
教室に入った神田は、加藤と自分の通学カバンを持って出てくると、蛍光灯を消して扉を閉める。
投げられた通学カバンを受け取った加藤は、ふと思い立ったように声を上げた。

「そうだ神田、お前のロボット出せないか? あれなら飛べるから、帰れるだろ?」

「馬鹿言うな。ナイトレイヴンのコクピットは狭いし、第一、あれは戦闘用で輸送には向かないんだよ」

呆れ果てたように、神田はため息を吐いた。ま、それは当然のことだ。
本気で期待していたのか、加藤はがっくり肩を落とす。神田は、窓の外を見下ろした。

「それに、こんなに視界が悪くちゃあなぁ…」

「ねぇ神田君、前から思ってたんだけどさぁ」

神田に駆け寄ったやよいは、期待したような目を向ける。

「正義のヒーロー、してたりしないの?」


「…ヒーロー?」

言われた意味が今ひとつ飲み込めていないのか、神田は目を丸める。一体、何の話なのやら。
頷いたやよいは、目を輝かせながら神田へ詰め寄った。本気らしい。

「そう、正義の味方ってやつ。ねぇ、東京の危機を守ってたりしたりするわけー?」

「例の爆発事件の後には、壊れたロボットが転がってるらしいんだ。誰かが、戦ってるとしか思えないんだよ」

東京と地球を守るために、と加藤はいやに自信に溢れた顔で頷いた。

「そんなロボットを倒せるのは、葵ちゃん、お前しかいない!」

やよいに調子を合わせながら、加藤は勢い良く神田を指す。面食らったように、神田は身を引く。
どう答えたらいいか迷っているのか、神田はあたし達へ顔を向けた。フォロー出来るものなら、してやりたい。
でも、どうやれば神田が正義の味方ではないことを証明出来るか考えたが、あたしには思い付かなかった。
鈴音と律子も同様なのか、悩んでいる。パル達が戦っている、といえば簡単だろうけど、そうもいかない。
一人ならまだしも、二人に迫られて神田は逃げ腰になっている。頑張ってくれ、葵ちゃん。
ふと、鈴音が顔を上げる。階段を見、不思議そうな声を出した。

「あら」

階段の方を見ると、涼平とさゆりがいた。二人とも雪を被っていて、コートの肩や袖が白くなっている。
なぜここにいるのか、とあたしが聞く前に、神田はやよい達の前から脱していた。素早いことだ。
話をはぐらかすことが出来て安心したからか、妙に優しい笑顔になりながら、神田はさゆりに駆け寄る。

「どうしたんだよ、こんな時に」

「お兄ちゃん、自転車に乗ってきたでしょ」

神田を見上げながら、さゆりは下を指す。神田が頷くと、さゆりは続ける。

「だから、傘持ってきたの。お母さんに頼まれて」

「右に同じく。なんでこんな日に忘れるんだよ、姉ちゃんは」

かなり嫌そうに呟いた涼平は、肩に乗っている雪を払った。ありがとう、そしてごめんよ、弟よ。
加藤とやよいは、しばらく小学生二人を見ていたが、すぐに近寄った。今度は何だ。
両手を胸の前で組んだやよいは、期待した声を上げる。

「ねぇねぇねぇ、神田君は地球を守るヒーローだったりしないの!?」

さゆりは、首を横に振る。涼平は肩を震わせ、笑いを堪えている。
その反応に、神田は力なく笑っていた。頑張れ、葵ちゃん。
しばらくして、ようやく涼平は笑いが納まった。一度神田を見上げてから、やよいに返す。

「神田の兄さんが戦ってるわけないじゃんか。そんなんだったら、とっくに東京は壊滅しちゃってるだろ」

「才能はあるみたいだけど、実力、経験、その他諸々が決定的に足りないもの。お兄ちゃんには、無理な仕事」

と、さゆりがこくんと頷いた。相変わらず、きついなぁ。
組んでいた両手を解いて頬に当て、やよいは不満げな声を出す。期待しすぎだ。

「えーでもー、それじゃあ誰が戦ってるっていうのー?」

「マリーさんか?」

加藤が尋ねると、さゆりは首を横に振った。すると加藤は、安心したように笑う。

「だよなぁ。あの人には、戦うなんてことは似合わないしな」

更に二人を問い詰めようとしたやよいの腕を引っ張り、鈴音は階段へ向かわせる。

「そろそろうちの車が来るから、昇降口で待ってないとよ」

「え、でもぉー」

物足りなさそうなやよいだったが、鈴音に背を押されて渋々階段を下りていった。
加藤も、神田に急かされて二人に続いて下りる。これで、ちょっとは危険が回避された。
ふにゃっと表情を崩した律子は、ぺたりと窓に額を当てた。前髪が広がり、額が露わになる。

「困っちゃったなぁ、もう」

「あの二人、結構鈍くねぇか?」

少し馬鹿にしたように、涼平が笑う。さゆりはあたし達を見上げ、不思議そうに呟く。

「普通なら、いっちゃんとかクー子ちゃんとかのことが思い当たると思うのに」

「それで救われたんだから、良しとしないと」

あたしはカバンを肩に掛けてから、階段へ向かう。律子も、小走りに付いてくる。

「あ、待ってよぉ」

律子が追い付いてから、あたしは先に下りていった弟達に続いた。階段を下りる足音が、よく響く。
一階で待っていた小学生二人に追い付いてから、昇降口へ歩いていった。外に近付くにつれ、寒さは強くなる。
二年の下駄箱の間へ行くと、鈴音が手招きしていた。なんだろうと思い、近付いて昇降口の前を見た。
するとそこには、雪の中を飛んできたせいか、全体的に白っぽくなっているインパルサーがいた。
あたしが駆け寄ると、パルは敬礼した。外気と温度差があるためか、ぼんやりとゴーグルが曇っている。

「パル。珍しいね、学校に来るなんて」

「久し振りじゃないのー、インパルサー君! ていうかどこに行ってたのよ?」

あたしを押し退けながら、やよいが声を上げる。その勢いに押されたのか、パルはちょっと後退った。

「少し、用事があったんです。登校したいのは山々だったんですが、どうしても抜けられない用事だったので」

「あ、そうか!」

何か思い付いたような顔で、加藤はインパルサーを見上げる。
神田とパルを一度見比べてから、やよいの隣から詰め寄ってきた。

「正義の味方が神田じゃないとすると、インパルサー、お前らじゃないのか?」

「正義…ですか?」

きょとんとしたように、パルは首をかしげる。加藤は頷く。

「そうさ。東京を襲ってくるロボットを倒して平和を守ってるのは、お前らなんだろ?」

なかなか鋭い。でも、ちょっと違う。
あたしは加藤をどうやって誤魔化そうか、必死で考えていた。だけど、いい手は思い付かない。
横目に鈴音を見ると、こっちも似たようなものだった。鈴ちゃんもか。
がしがしとマスクの頬の辺りを指で掻きながら、インパルサーは加藤から目を逸らした。
加藤の言っていることの大部分は正しくはないけど、間違いじゃないからだ。パルは嘘が吐けないなぁ。
一歩二歩後退りしたインパルサーは、期待した目でじっと見上げている加藤を見下ろした。

「え、と、その…」

「なぁ、そうなんだろ? 正義の味方、してんだろ?」

加藤は、更に間を詰める。特撮ヒーローに会った、小学生みたいな顔だ。
ずりずりとイレイザーのように後退していったが、何かに気付いたように、頬を掻く手を止めて後ろへ振り返った。
それと同時に、赤く大きな影が下りてきた。どん、と昇降口が揺れ、薄く積もった雪がふわりと舞い上がる。
インパルサーの隣のドアを開けたリボルバーは、体を押し込めるように中へ入ってから、くいっと逆手に外を示す。

「ソニックインパルサー。敵の足が思ったより速い、射程圏内に入るまで十五分もねぇぞ。準備しとけ」

「あ、はい」

リボルバーを見上げながら、彼は頷いた。話が逸れて安心したらしく、安堵したような声だ。
昇降口から出て行こうとするリボルバーへ、加藤は駆け寄る。今度はそっちか。

「あ、リボルバー!」

「なんでぇ」

少し面倒そうに振り向いたリボルバーに、加藤は声を上げる。

「お前も、正義の味方なんだろ?」

しばらく間を置いてから、リボルバーの目線が鈴音に合わせられた。だがそれは、すぐに外された。
雪は止む気配がなく、強い風となって吹き付けていた。昇降口のドアが揺さぶられ、多少がたついている。
蛍光灯の明かりを受けた右目のゴーグルを光らせながら、リボルバーは加藤を見下ろす。

「正義なんて高尚な理由で戦うのは、余程の馬鹿か、理想主義者ぐれぇなもんさ」

「正しくても正しくなくても、僕達は戦わなければいけないんです」

リボルバーと同じように、インパルサーも加藤を見下ろす。そのゴーグルに、変な顔をした加藤が映っている。

「それじゃ、やっぱ、お前らは…」

「後は想像に任せるぜ、魔王さんよ」

にいっと笑ったリボルバーは、昇降口から出て行った。パルもそれに続く。
二人が出た後、ゆっくりと観音開きのガラス戸が閉まった。どん、と低い音が廊下に響いた。
あたしの隣から二人を見送っていたやよいは、あたしと、校門側へ歩いていく青い後ろ姿を見比べた。

「今の、マジでインパルサー君? なんか…怖くない?」

「あれがパルの、本当の姿だから」

戦うために生まれてきた戦士、本来の態度だ。あたしは慣れたけど、慣れないとそりゃ怖いだろう。
いつもの優しくて親しみのある雰囲気とはまるで違って、張り詰めている。また、戦いが起こるんだ。
雪の中に並ぶ赤と青の戦士は、なにやら言葉を交わしている。さっきのやりとりから想像すると、作戦会議かな。
するとその両脇に、三体の影が下りてきた。あれは色と体格からして、残りの兄弟達だ。
彼らはあたし達に気付くと、すぐに近寄ってきた。一番先にやってきたのは、クラッシャーだった。
ばん、とガラス戸を全開にして飛び込んできたクラッシャーは、勢い良く涼平に縋り付いた。

「りょおー!」

「クー子、お前、てか冷てぇっ!」

ぺったりと張り付いてきたクラッシャーを離そうとしながら、涼平は顔を引きつらせた。ロボットだからね。
力一杯押しやられながらも、クー子はまだ涼平から離れようとしない。甘えたいらしい。
引き剥がすように彼女の腕から脱した弟は、雪の付いたコートを払う。辟易したように、クー子を見下ろす。

「お前なぁ、自分の体のこと考えてみろよ。オレを殺す気か?」

「決戦前の乙女心が解らないなんてぇ」

頬を膨らませ、クラッシャーはむくれる。ぷいっと顔を逸らし、横目に涼平を見た。

「さすがに今回は、ちょっとだけだけど不安なんだもーん」

「ブラックヘビーちゃん、決戦て何のことよ?」

涼平の後ろから、鈴音がクー子を見下ろす。すぐ近くに鈴音がいるからか、弟は照れて顔を伏せている。
鈴音の問いに、きょとんとクラッシャーは目を丸める。頬に手を添え、首をかしげた。

「え? 鈴音おねーさん、聞いてないの?」

「私も初めて聞いたよ」

そう律子が言うと、クー子は唸る。どうやら、齟齬があるようだ。
開け放たれたドアの前に、ディフェンサーが降りた。背中に、箱のようなものを乗せている。
黄色いランドセルのような箱から雪を払ってから、ディフェンサーはあたし達を見回す。

「スコットから聞いてねぇのか? あのコウモリ野郎、手筈を連絡するとか言ってたんだけどよ」

「スコットさんとは、今日は一度も会ってないよ」

あたしが返すと、そうか、とディフェンサーは顎に手を添えた。
考えるようにしていたが、真剣な目になる。マリンブルーの瞳が、あたし達を見上げる。

「…填められたかもしれねぇな、コウモリ野郎に」


「つまり、あんたらがスコットさんに裏切られたってこと?」

沈黙を破ったのは、鈴音だった。あたしには、ちょっと話が唐突すぎて理解出来ない。
ディフェンサーの後ろに、いつのまにかイレイザーが立っていた。赤いゴーグルが、薄暗い中でよく目立つ。

「あの男がゼルの手中にいない、とは限らぬ。だから拙者達は、完全にスコットを信用していたわけではござらぬ」

淡々と、イレイザーは続ける。こういうことには、慣れている感じだ。

「マリーどのの船から銀河警察にアクセスし、少々調べてみたのでござるが、スコットにはゼルとの繋がりがあった。最初の襲撃が起こったとき、なぜすぐに奴は駆け付けなかった? 我らのコマンダーを守るのが仕事であるというのであれば、尚のこと、早く駆け付けるはずなのに、でござる。他にもいくつか、疑わしい部分はあるでござる」

「今回の総攻撃を教えてくれたのは、あいつなんだ。で、その襲撃の意味もな。マジな狙いは、マリーなのさ」

片手を挙げ、ディフェンサーが上を指す。クラッシャーは頷き、兄達に続ける。

「私達の一人もマリーさんの船に戻さないために、大規模な攻撃が来ちゃうの。私達、代わりばんこにメンテナンスしてたでしょ? あれってね、常に誰か一人が、マリーさんの近くにいるためでもあったの。要するに、護衛の意味もあったんだよね。でも今回は、それもさせないくらいにド派手な攻撃を仕掛ける、陽動作戦なんだって。なのに」

「スコットは、マリーどのの護衛は自分一人で良い、などと申してな。ゼルと落ち合う手筈なのかもしれぬ」

少し困ったように、イレイザーは首を振る。あたしは、その話をすぐに信じたくはなかった。
ちょっとそれは、短絡的じゃないのか。いくらスコットが疑わしいからって、すぐに決め付けるのは良くない。
それに、あたしにはスコットがゼルの味方だなんて思えなかった。確証はないけど。
イレイザーの言い方に説得力があったせいか、皆、黙ってしまった。もっともらしいことばっかりだし。
でも、少なくとも、あたしは敵だとは思わない。いや、思いたくはない。

「でも」

不意に、さゆりが呟いた。上目に、イレイザーを見上げる。

「あの人が私達を裏切るつもりがあるのなら、最初の襲撃のときに裏切ってるんじゃないの?」

「それもそうでござるな、さゆりどの。拙者の考え過ぎなら、それが一番良いのでござるが」

さゆりの前に膝を付いて屈み込むと、イレイザーは手を伸ばした。さゆりはその手を取り、頬を寄せる。
その頬を撫でるように軽く指を動かしながら、イレイザーは笑った。

「完全に、ではないが、多少なりとも信用している男でござる。敵にしてしまいたくはない」

「ま、最悪の事態まで考慮しちゃうのがイレイザー兄さんのクセだもんねー」

腰に手を当て、クラッシャーは兄を見下ろす。イレイザーは妹へ振り返り、苦笑する。

「それが拙者の役割なのでござるよ、ヘビークラッシャー」

「誰が裏切った裏切らないなんて、今は考えてる場合じゃないんじゃない? 決戦の前なんでしょ?」

と、鈴音は彼らを指す。へっ、と笑いを漏らし、ディフェンサーは鈴音を見上げる。

「そうだな。戦いに迷いは禁物、敗北を招いちまう。鈴音、リボルバーの兄貴みてぇなこと言うな」

「褒められてるの? それとも馬鹿にされてるの?」

訝しみながら鈴音はディフェンサーへ尋ねたが、彼は答えずに笑っている。どっちもなのかも。
鈴音の後ろから律子が顔を出すと、ディフェンサーは彼女を見上げたが、すぐに背を向けてしまう。
近くにいるのが気恥ずかしいらしく、中途半端に怒ったような顔になっている。その横顔へ、律子は不安げに呟く。

「でもさ、フェンサー君。スコットさんが裏切っていてもいなくても、マリーさんはすっごく危ないんじゃないのかな?」


「心配すんな、永瀬。確かにマジでヤバいかもしれねぇけど、あのマリーだぜ?」

片手を挙げて振りながら、ディフェンサーは多少上擦った声で返す。いや、そりゃそうだけどさ。
うんうんと頷いたクラッシャーは、ぐっと親指を立ててみせる。負けないと確信しているのか。

「相手をぶちのめすことはあっても、やられちゃったりはしないよー」

「それに、拙者達が一人でも欠けたら戦況に左右してしまう。今回ばかりは、さすがに少々分が悪いのでな」

と、イレイザーはマリーを援護出来ない理由を付け加えた。余程、激しい戦いになるんだろう。
だけど、このまま放ってはおけない。いくらマリーさんが強くてサイボーグだからって、このままじゃ。
あたしはあることを思い付いて、神田へ振り向いた。すると神田は、左手首にコントローラーを付けている。
ぱちん、とベルトを止めてからコントローラーを操作し、顔を上げる。目は、真剣だった。

「オレが行くよ。あの人は、オレの上官だしな」

「ゼルに負けるかもしれないのに?」

神田を見上げ、さゆりが呟く。神田は、苦々しげに笑った。

「それでも行くんだよ。こんなときに、戦意削るようなこと言わないでくれよ」

「死なない程度に頑張ってね、お兄ちゃん」

ぽんぽん、とさゆりは手袋に包まれた手で神田を叩いた。一応、励ましているらしい。
解ってるよ、とげんなりした様子で返してから、神田は左手を突き上げる。

「転送、ナイトレイヴン!」

ずん、と校門の少し手前に黒い影が落ちた。白い世界に、よく目立つ色だ。
赤く鋭い瞳は既に輝いていて、じっとこちらを見下ろしている。ゆっくりとしゃがみ、膝を付く。
通学カバンとスポーツバッグを担ぐと、神田は駆け出そうとした。あたしは、反射的にそのスポーツバッグを掴む。

「あ、待って」

勢いを止められ、がくん、と神田は転び掛けた。引っ張られた部分が支えになり、つんのめっただけだった。
変な顔をしながら、神田は振り返る。行こうとしていたのを止められたから、不満げだ。

「なんだよ、美空」

「あたしも行くから、連れてって!」

そうあたしが声を上げると、神田は面食らったように目を丸める。そして、外を見た。
その先には、のけぞった格好でパルが立っている。あ、やっぱり聞こえてたか。
ふわり、と雪と風が吹き抜けた。突っ立ったまま飛んできたらしいインパルサーが、あたしを見下ろしていた。
でもこれは、仕方のないことなんだ。マリーさんを助けに行くには、これしかないんだから。
呆然としたように、レモンイエローのゴーグルがこちらを見下ろしている。おずおずと、パルはあたしを指した。

「あの…由佳さん、それ…」

「あたしもマリーさんを助けたいの。そりゃ、ただの足手纏いで終わるかもしれないけど」

目の前に出されているマリンブルーの手を掴み、にじりよる。

「それでも、何もしないよりはいいはずよ!」

このまま、戦いを起こしたままで終わるよりは、ずっと。
それにあたしは、まだマリーには謝っていない。戦いを起こしたことを、一番謝るべき相手に。
じっとパルを見上げていると、あたしの手の上に彼の手が重ねられる。手袋越しでも、かなり冷たい。

「危ないと思ったら、逃げて下さいね。僕は盾になれますが、葵さんは盾になれませんから」

「了解」

頷きながら、あたしは敬礼した。止めても無駄だ、って思ったんだろうな。
ふと、パルの目線が上がり、外へ向いた。雪の中に膝を付くナイトレイヴンの前に、神田がいる。
ナイトレイヴンへ駆け出していこうとすると、ひょいっと抱え上げられる。なんでいきなり。
すぐ目の前にあるインパルサーのマスクフェイスが、あたしへ振り向く。

「せめて、これくらいはさせて下さい」

「恥ずかしいなー…もう」

コートを着ているからスカートの中は見えていないだろうけど、それでもお姫様抱っこは照れくさい。
あたしは身を縮めながら、パルから目を逸らす。ああもう、気障なんだから。
とん、とインパルサーは床をつま先で突いて浮かび上がり、ナイトレイヴンの元へと滑っていった。
雪と風を受けながら、あたしは視界の先にいる神田を見た。かなり、複雑そうにしている。
思い掛けず、見せつけることになってしまったようだ。ごめんよ、葵ちゃん。




ナイトレイヴンのコクピットに、あたしは初めて入っていた。
中は神田の身長よりも少し大きくて、両手両足を前に出した位置に操縦桿がある。席はない。
奧にあったクッションのような部分に背中を当てた神田は、肩と腰の下から出たベルトを、胸の前で固定する。
頭上に出てきたコンソールを操作してから、足の間に置いた荷物を差す。カバンの上に、コートが乗せてある。

「そこに座ってて。立ってるよりはいいと思うよ、たぶん」

「…いいの?」

あたしは自分の通学カバンをそこに置いてから、神田のコートの上に座った。この下は、スポーツバッグだ。
正面を向いて座ると、コクピットのすぐ隣で拗ねているパルが見える。さっきから、ずっとこうだ。
腕を組んで背を向けていて、あらぬ方向を睨んでいる。これは重傷だ。
あたしはナイトレイヴンのコクピットから顔を出し、インパルサーを見上げる。なんとかしなければ。

「だから、仕方ないんだってば。パルも手が離せないんだし、他にどうしろってのよ」

「解ってますよ、解ってますけど…」

ふるふると肩を震わせながら、インパルサーは俯いた。ああ、泣きそうなのか。
次第にへたれていくマリンブルーの翼を引っ張ると、彼は振り向いた。

「本当に、今回だけですからね。葵さんも、由佳さんも」

「了解」

あたしはパルの翼を離し、敬礼する。ホントですからね、と彼は強調する。
するりと近寄ってきたインパルサーは、あたしの肩を押して中に入れつつ、コクピット内へ頭を突っ込む。
空いている方の手で神田を指し、声を上げる。この心配性め。

「いいですか、葵さん! 由佳さんに何かしたら、砂糖七割のコーヒーゼリーを食べてもらいますからね!」

「…解ったよ、解ってるってもう」

神田は、本気でぐったりしたように呟いた。砂糖七割のコーヒーゼリーは、あたしも嫌だ。
言うだけ言って気が済んだのか、パルはあたしを座らせてから上昇した。背を向けたが、横顔を向ける。
まだ少し薄いけど、ゴーグルはいつものレモンイエローに戻っている。その奧に、サフランイエローが見えた。

「なるべく、早く片付けてそちらに向かいます。それまで、やられないで下さいね」

「了解。美空はちゃんと、無事に返してやるよ」

にっと笑った神田が親指を立てると、パルも同じようにした。なんか、照れくさいなぁ。
彼が離れてから、コクピットが閉じられる。上から降りてきた装甲がしっかり填り込み、隙間も塞がれる。
薄暗くなったコクピットが明るくなったかと思うと、内装の色が消え、あたしは空中に浮かんでいた。
いや、外の光景が映し出されているのだ。神田が固定された操縦桿と背中のクッションしか、前の名残はない。
足元にコクピットがあるのは解るし、前に手を当てると壁があるのも解る。まるで、透けているみたいだ。
神田が足を少しずらしながら前に身を乗り出すと、ナイトレイヴンが立ち上がる。がくん、と視界が上昇した。
ナイトレイヴンの目線の先には、空中に揃って待機しているロボット兄弟がいた。他の皆は、昇降口の中にいる。
インパルサーが合流してから、リボルバーはこちらへ振り向いた。銃口で空を指したので、その方向を見る。
途端に、リボルバーが指した方向が拡大されて頭上に表示された。結構便利かも。
厚ぼったい雪雲の向こうには、巨大な影がある。赤い線で形作られたそれは、宇宙船のようだった。
宇宙船の周辺には、かなりの数のロボットが浮かんでいる。大きさからして、これはアドバンサーらしい。


「察しの通りでござる、兄者方。ヘビーバトルシップの全砲門四十八門中、二十五門が開いている」

リボルバーの指した方向を見、イレイザーは側頭部に手を当てた。

「アドバンサー部隊も同様に、装甲だけを上げている。時間稼ぎをするつもりなのは、間違いござらん」

「スコットの報告通りってわけか。ますます填められた感じがするぜ」

ばこん、とディフェンサーは肘から先を切り離した。それを浮かばせてから、二の腕から代わりの腕を出す。
短い方の腕を確かめるように動かしてから、くいっと手を上向ける。すると、大きな二つの腕は上空へ向かう。
ぴたりとそれを止めると、ディフェンサーは掲げていた手をぎゅっと握り締める。

「セッティング完了。シールドのタイミングは、奴らの砲撃と同じで良いな?」

「炸裂で、目くらましが出来るからな。そのついでに奴らを引っ掻き回して、ナイトレイヴンが出るための隙を作る。援護に行く前にやられちまったら、元も子もねぇしな。それで、ヘビーバトルシップの搭乗員は?」

リボルバーが尋ねると、イレイザーは片手を挙げて上空を指した。

「ブリッジシップ、一万六千、後方に確認。だから、船の本体は無人でござる。赤の兄者、攻撃に遠慮はいらぬ」

「いかにもエリートな連中がやる作戦だよねー。自分達だけ安全圏にいるー、なんて」

あまり面白くなさそうに、クラッシャーがむくれる。がしゃん、と肩に大きなオノを乗せた。

「癪だけど、今日はその作戦に乗ってやるっきゃないかー。マリーさんとおねーさんと葵ちゃんのためだもん」

「引きつけるだけ引きつけてから、撃墜していきましょう。時間を稼ぐのは得意ではありませんが、努力しますね」

左腕からレーザーブレードを出し、作動させる。インパルサーの装甲に、赤い光が映り込んだ。
イレイザーは側頭部に当てた手を外し、背中から刀を抜いた。しゃきん、と刃が伸びる。

「黄の兄者。念のため、エネルギーレベルは常に百四十で安定させておいた方が良さそうでござるな」

「解ってるって。そのくらい出力上げねぇと、バッテリーしょってる意味がねぇしな」

ぱしん、とディフェンサーは小さめな手のひらに拳を当てる。
肩の弾倉をぐるりと回したリボルバーは、じゃこん、とそれを止めた。硬く拳を握り、雲の向こうを睨む。
他の兄弟も、同じように空を見上げた。一瞬、灰色の下に黄色い閃光が走る。文化祭のときと同じだ。
淡い光が濃くなるのと同時に、あれだけ降っていた雪がぴたりと止まった。シールドに阻まれたらしい。
最後の雪が、地面へ吸い込まれた。雲の向こうから、空気を揺さぶる轟音が聞こえてくる。
雲を切り裂きながら、巨大な機影が近付いてきた。ライムイエローの目を強め、リボルバーは両の拳を握る。

「各自、ボディテンションを八十パーセントまで上昇! 第二エンジン接続と同時に、出力最大!」

その声と同時に、戦士達の目が強く輝く。
リボルバーの声が張り上げられ、響き渡った。


「行くぞ、てめぇら!」



「了解しました!」

「ラジャー!」

「御意にござる!」

「アイアイサー!」


それぞれ返事をしてから、彼らは上空へ飛び出していった。
一直線に向かう先には、徐々に姿を現し始めた、ゼルの宇宙船が見えている。かなりでかい。
イレイザーの言った通り、巨大な船首の上部には主砲が出ている。時間稼ぎとはいえ、本気のようだ。
二つ横に並んだ砲口は、ぽっかりとした闇が続いている。不意に、その奧が赤く輝いた。
直後、激しい閃光が街を焼いた。ように、思えるほどに強烈な砲撃だった。
それは一撃だけではなく、何度も何度も撃ち込んでくる。その度に、ディフェンサーのシールドが発光した。
赤と黄色の光が混じり、街はまるで夕焼けだ。あたしは薄目に光景を見ながら、そんなことを思っていた。
昇降口の中へやよいと加藤を押さえながら、鈴音はこちらへ向いた。声は聞こえないけど、口が動いている。
頑張ってこい、と鈴音は言っている。見えないと解っていながらも、あたしは頷いた。
砲撃の隙間を縫ってきたアドバンサー数体が、青い線に当たった直後、揃って爆発する。閃光が、街を赤くする。
爆音の中、通信が入った。操縦席の上部に、四角く切り取られたパルのマスクフェイスが浮かぶ。

『今です、葵さん! 撃墜のついでに、敵の通信設備を破壊してきましたから、非常回線が開く前に!』

「ナイトレイヴン、了解。的確な援護に感謝する!」

神田が操縦桿を握り締め、引っ張った。すると、一瞬で校舎が真下になった。
旋回するように上空の戦場へ背を向けてから、次第に加速し始めた。ちょっと、後ろに下がってしまう。
あたしはのけぞらないように、コクピットの前面に手を当ててしゃがみ込む。巨大ロボの中って、きつい。
ナイトレイヴンが前傾姿勢になったらしく、今度は前面に押し付けられた。確かに、これなら座ってた方がいい。
加圧と斜めを堪えていると、神田があたしを見下ろし、少し笑った。

「辛いか?」

「ちょっと。でも、我慢出来るから」

「そうか。これからもっと揺れるから、気合い入れとけよ!」

神田が操縦桿を押し上げると同時に、今度は下に落ちそうになる。上昇しているのだ。
あまりのことに酔いそうになっていたが、あたしはそれを気にしないことにした。酔っちゃダメだ、絶対に。
しばらく街の上を飛んでいると、裏山が見えてきた。住宅造成地に、白い家が一つある。
こぢんまりとしたマリーの家を囲むように、灰色迷彩のアドバンサーが三体並んでいる。少し、遅かったらしい。
距離を置いて旋回しながら、ナイトレイヴンは近付こうとした。が、急にモニターが赤く点滅する。
拡大された映像には、アドバンサーが三体ともこちらへ銃を向けている。このせいで、警報が鳴っているようだ。
後ろを見ると、神田は目元を強め、にいっと口元を上向けていた。

「良い度胸してるじゃないか…オレの上官を、オレの師匠を誰だと思ってる!」



これは、戦士の顔だ。
神田は完全に、ナイトレイヴンを乗りこなす一人の戦士になっている。

その姿は。

今までよりも、ちょっとカッコ良かった。







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