Metallic Guy




第二十八話 ファイナル・コンバット



ナイトレイヴンへ銃口を据えたアドバンサーは、揃って迎撃を始めた。
それをすれすれのところでかわしながら、ナイトレイヴンはどんどん高度を上げていく。
下に押し付けられながら、あたしは表情を固めて操縦する神田を見上げた。どういうつもりなんだろう。
上昇しながら、マリーの家の真上にやってきた。その右下に、あたしのうちが見える。
ナイトレイヴンはぐるっと一周してから、動きを止める。すると足の装甲が開き、両脇からハンドガンが現れる。
それを手にしてから、ナイトレイヴンは降下を始めた。撃つつもりなんだ。
今度はちょっと浮かびそうになりながら、あたしは神田へ振り返る。本気で、撃っちゃうのか。
高度を下げてから、ナイトレイヴンは両手に構えたハンドガンを三体のアドバンサーへ向けた。

「当たれぇっ!」

神田の掛け声と共に、三発、銃弾が発射された。マジで撃っちゃったよ。
直後、手前にいたアドバンサーの一体がよろけた。銃を持っていた方の腕が砕け、ヒューズが飛び散っている。
手前の一体が木々を薙ぎ倒しながら、倒れる。それと同時に、二体が飛び出してきた。
ハンドガンを足の中に戻したナイトレイヴンは、背中へ手を回す。ばきん、と翼の一つが外れる。
翼の下部に開いた隙間に指を入れると、長いレーザーソードが伸びた。
手前に突っ掛かってきた一体の首の位置へ構え、加速する。すれ違い様、相手の装甲が砕ける音がした。
後方に抜けていったアドバンサーは、首が落ちた。凄い、マジで凄いぞ葵ちゃん。
首の落ちたアドバンサーが山の斜面に転がると、ナイトレイヴンは最後に残った一体を睨んだ。
操縦桿を固く握りながら、神田は荒い息を落ち着けている。戦っているから、テンパっている。

「さぁて…」

銃身の長い銃を投げ捨て、最後の一体はいきなり掴み掛かってきた。激しく、コクピットが揺れる。
目の前に出された拳が、ナイトレイヴンの胸元へ振り下ろされる。その強い衝撃が、直に伝わってきた。
もう一度殴りつけられたことで、あたしは座った姿勢を維持出来なくなった。後方へ、転ぶように倒れる。
硬い衝撃を覚悟していたが、背に当たったのは人間の体だった。腰を抱えられたが、後頭部は壁にぶつかった。

「痛っ」

「これって、何かした範囲に入らないよな…?」

恐る恐る、神田があたしの腰から手を放した。今は、あたしはそれどころじゃない。
ぶつけた部分を押さえると、ずきりと痛む。コブになっちゃったかも。
手を放されたので、あたしは最初の位置に座った。また、コクピットは横へ揺さぶられる。

「今はそんな場合じゃないでしょ」

あたしが頭を抱えながら見上げると、神田は苦笑する。

「あ、すまん」

アドバンサーの拳を、ナイトレイヴンは的確に腕で受け止めた。最初からそうしてくれ。
受け止めた方の腕を下げた瞬間に踏み込み、相手の首根っこを黒く鋭い手で掴む。体重を掛け、更に押し込む。
歪んで千切れていくケーブルが完全に外れたのを確認してから、ナイトレイヴンは膝を曲げる。
よろけて倒れそうになっているアドバンサーの胸元へ打ち込んで上昇させ、腰を回転させてもう一発蹴った。
これは、プラチナの蹴りと同じ動きだ。さすがに威力は劣っているようだけど、形はそっくりだ。
仰向けにしなりながら落下してきたアドバンサーは、肩にナイトレイヴンの肘を落とされ、落下した。
ずん、と衝撃が響き、先に落ちていた二体と並んで地面へ倒れた。マジで凄いぞ、葵ちゃん。
伊達に毎日、訓練をしていたわけじゃないんだ。知らない間に、こんなに強くなっていたのか。
マリーは、家の前に立っていた。数人に囲まれて銃口を向けられながら、だけど。
こちらを見上げているマリーは、いつになく怖い顔をしている。だがその顔が、下げられた。
囲んでいるうちの一人を蹴り倒し、腰へ手を回す。素早く抜かれたその手には、小型の銃が握られていた。
たんたんたん、と破裂音が続く。命中したのか、次々に敵は倒れる。壊されないから、中身は人間のようだ。
でも、一人だけ残った。仲間から庇われた、ということもあるけど、マリーが攻撃しなかったからだ。
一番派手な、エメラルドグリーンのアーマースーツを着た人間。それが恐らく、ゼルだ。
振り乱された長い金髪がふわりと広がり、銃口が上がる。それは、ゼルに向けられるかと思われた。
だが、マリーの拳銃に睨まれたのは、ナイトレイヴンだった。


「帰りなさい! 葵さん!」

たん、と乾いた音が響く。

直後、どごん、とナイトレイヴンの装甲が衝撃に揺さぶられた。
ダメージ状況を表すアラートが点滅し、その赤い光にコクピット内は満たされる。
撃たれたんだ。神田が何か言おうとすると、マリーはもう一発撃つ。
頭部のスコープアイを撃たれてしまったようで、モニターの三分の一が消えてしまう。
ナイトレイヴン、いや、あたし達を睨みながら、マリーは叫んだ。


「この男は、ゼルは私が殺す!」


神田はマリーを見ていたが、操縦桿を握り締める。ナイトレイヴンは、降下していく。
背部と足のブースターを逆噴射しながら、マリーの家の側面、マリーの背後へ膝を付いて着地した。
コクピットのハッチが開き、そこから冷たい外気が入ってくる。雪は、まだ戻っていない。
眩しいくらいに白い、雪の上に立つアーマースーツの男。ナイトのヘルムに似たマスクを上げ、中を見せる。
振り向いたその目は、やはりゼルのものだった。優しさと狡猾さを混ぜた嫌な笑みが、向けられた。
エメラルドグリーンの装甲に差していた銃を抜き、銃口を上向けて一発撃った。

「これは威嚇だ、ブルーコマンダー。そして、アオイ・カンダ。次は当てる」

硝煙の薄い煙の下、目が見開かれる。

「僕の邪魔をしないでくれないか。これ以上、僕は手を汚したくはないんでね」

マリーが息を飲み、こちらに振り返る。あたしがいることに、気付いたらしい。
もう一発、銃声が響く。どん、とコクピット脇の装甲がへこむ。
ゼルの目が、あたし達からマリーへ向かう。にやりとした表情が浮かんでいる。

「マリーさん。あなたが僕の元へ来て下されば、この二人も殺しません。あなたが、来てくれさえすれば」

銃口を向けたまま、ゼルはマスクを開く。中の顔が、露わになった。
片手でヘルメットを外し、落とされる。ごろんと転がったヘルメットが、雪に濡れる。
冷たい風に長めの金髪を揺らがせながら、マリーのそれよりも色の深い瞳を細めた。

「そんなに怒らないで下さい。僕は、あなたを迎えに来ただけなんです」

「黙りなさい」

怒りに震えたマリーの声が、銃声に掻き消される。マリーの銃が、上空へ撃たれたのだ。
ぴん、と弾き出された薬莢が足元に落ち、転がった。金色の円筒は、足元にいくつも落ちている。
ゼルはそれに動じることもなく、微笑んでいる。こいつ、おかしい。
上空で続いている戦いの閃光に照らされながら、ゼルはマリーへ一際優しく笑む。

「もう、僕とあなたを遮るものはありません。レイヴンは死んだも同然なんですから、忘れたらどうですか?」

「レイヴンは死んではいませんわ。あの人はただ、眠っているだけ」

マリーの目元が強まり、唇が歪む。ゼルは、面食らったように目を丸める。
だがすぐに笑い出し、心底おかしそうな笑い声を上げる。マジでおかしいよ、こいつ。
笑いを堪えながら、ゼルはマリーを見下ろす。

「犯罪者ですよ? マリーさんを不幸へ導いた挙げ句、戦いを起こした非常識な男ですよ?」

そんな男が、とゼルは馬鹿にしたような口調になる。

「マリーさんを好いていたこと自体が、おこがましい。外部送りの三流がでしゃばるなんて、許せませんよ」

マリーの手が、震えてくる。銃を握る手が、硬くなった。
俯いたため、こぼれた金髪が横顔に掛かって表情が解らない。

「でも、あの男はもういません。馬鹿なことをして、凍っちゃってますからね」

マリーは動かない。ゼルは、マリーに手を伸ばす。

「マリーさん。レイヴンは、あなたにとっても邪魔だったはずですよ? 宇宙海賊をそそのかして護衛小隊を襲わせ、挙げ句に外部送りにさせた。その上、身の程も弁えずにあなたに近付いて…」

装甲に包まれたゼルの手が、マリーの髪へ触れる。
柔らかく波打った金髪が、エメラルドグリーンの装甲に絡む。

「ファクチャーに誘い出したときは、まさかあそこまで上手く行くとは思いませんでした」


ゼルは、何を言っているんだろう。
惑星ファクチャーで、マリーとレイヴンが体を失ったことは事故じゃないのか。
でも、事故じゃないとしたら。それは、間違いなく。

「レイヴンを完全に殺すことは、出来ませんでしたけど」

ゼルは、笑う。

「それでも、充分ですから」

こいつが、二人を。幸せに過ごしていた、マリーとレイヴンを。
あたしは嫌悪感と苛立ちで、震えが止まらなかった。手のひらに食い込んだ爪が、痛い。
マリーでなくても殺したくなる。こんな男が生きているなんて、罪に問われないなんておかしい。
スコットは本当に、こんな奴の手中にいるんだろうか。それだけは、信じたくない。


「ちょっとプログラムをいじっただけで、面白いくらいにファクチャーは暴走してくれましたからね」

震えるマリーの手が、ぎちりと黒い銃身を握り締める。

「あいつ、本当は馬鹿なんじゃないですか? 僕に背を向けるなんて。僕としては、ありがたかったですけどね」

金髪の隙間から見える、血の気の失せた頬には涙が伝っている。

「結果として、あなたの体を壊してしまったのは申し訳なく思いますが…。その体も、ちゃんと元に戻せますよ」

ゼルの目が、マリーを覗き込む。

「ここまで来るのに、手間が掛かってしまいました。あのロボット共を片付けたら、二人でユニオンに帰りましょう」

どぉん、と上空で激しい爆発が起きた。数体のアドバンサーが、一挙にひしゃげて破裂したのだ。
ヘビーバトルシップとそれを囲むアドバンサーは、どんどんやられている。
最初に動かしていたマシンソルジャーは全部撃墜されたし、今だって、絶対にゼルは不利なのに。
なのに。まるで、自分が勝っているみたいな口ぶりだ。一体なんなんだ、この余裕は。
マリーから少し離れたゼルは、空を焼く戦いを見上げた。戦いを、楽しんでいる。

「今、あいつらが倒しているのは第一波に過ぎない。ユニオンから、僕の本隊がそろそろ来るからね」

にいっと上向けられた口元が、開く。

「いくら最強を誇ったカラーリングリーダーでも、防戦をこれ以上続けるのは、無理さ。僕は負けないんだ」

また、アドバンサーが一体、ばらばらに砕けて撃墜された。今度はイレイザーだろうか。
その破片がシールドの上に落ち、細かい光を発する。砲撃の勢いは、まだまだ止まらない。
あれだけの強度を誇るディフェンサーのシールドでも、こんな攻撃が更に続いたら、無理かもしれない。
一瞬、そんなことを思ったけど、すぐに払拭する。そんなことはない、フェンサーのシールドが破られるもんか。
アーマースーツの左腕を上げたゼルは、装甲を開いてコンソールを出す。通信を入れて、本隊を呼ぶつもりだ。
ゼルの指がそのボタンを押しに向かった、その時。


「ご報告があります、少佐!」


屋根の上から、聞き覚えのある声がした。見上げると、スコットが立っている。
かん、とブーツのかかとを揃えて立ち、敬礼している。ゼルとの繋がりって、そういうことだったのか。
いつもの黒いスーツではなく、軍人みたいなベストとアーミーズボン姿だ。飛び降りると、ゼルの横へ着地する。
ばさり、と翼を広げたスコットは姿勢を正している。ゼルは怪訝そうに見ていたが、すぐに笑った。

「久しいな、スコット。まさか、お前がここにいるとは」

「は! お久し振りであります、少佐!」

背筋を伸ばしたスコットは、もう一度敬礼した。本当に、ゼルの仲間だったのか。
味方だって思ってたのに。後ろで操縦桿を握ったままの神田は、苦々しげにスコットを睨んでいる。
当のスコットは、ベストの内側を探っている。その手を出すと同時に、声を上げた。



「ゼル・グリーン!」

警察手帳が開かれ、ゼルの顔写真の付いたホログラムが表示される。
それを突き出しながら、スコットは語気を強める。

「レイヴン・シルバー及びマリー・ゴールドに対する殺人未遂、その他諸々の容疑で逮捕する!」



これまた初めて、刑事らしいスコットを見た気がした。
ていうか、裏切った、ってのは単なる思い過ごしだったらしい。良かったなぁと思う反面、ちょっと拍子抜けした。
警察手帳を突き付けたまま、スコットは胸元から拳銃を取り出す。その銃口を、ゼルへ向けた。
スコットの傍で、マリーが顔を上げる。事態が飲み込めないのか、きょとんとしている。
じゃきん、と銃身を警察手帳を持った手で動かしてから、スコットは言う。

「何事も詰めは大事だと、教官に教えられませんでしたか? ここへ来て自白するとは、気が抜けたようですね」

「スコット、お前…」

呆気に取られたように、ゼルが身を引いた。スコットは、にやりとする。

「五年前、少佐に除隊処分を受けたあとに警官へ転職しましてね。少しは驚いて頂けたようで、光栄であります」

「ああ、少しはな」

引きつった笑いを浮かべながら、ゼルは銃を構えた。だが、それはすぐに掴まれる。
スコットは銃身を捻って奪い取ってから、がしゃりと放り投げた。

「ちなみに、報告に来たのは本当だ。ゼル、お前の部隊は地球には来ない!」

スコットは警察手帳のボタンを、親指で何度か押していった。
その度にホログラムが切り替わり、ずらずらと文章が上に流れていく。意味は、やっぱり解らない。
その文章を見るゼルの顔色は良くない。きっと、逮捕状か何かだろう。
一通りホログラムを流していたスコットは、それを止め、ぱちんと警察手帳を閉じる。

「お前が地球で遊んでる間に、オレらは仕事に勤しんでいてね。部下を一人捕ったら、証言がずるずる出てきたよ」

言葉を失ったゼルに、スコットは続ける。

「そいつの罪状は、無許可武装準備なんだけどな。そしたらまぁ、部下共は揃ってべらべら喋り出しちゃってよ」

と、スコットは可笑しそうな声を出す。

「もう、あんたに付き合うような忠誠心の硬い奴はいないようだぜ。あ、それとな、親父さんからの伝言だ」

一歩踏み込んで間合いを詰め、ちゃきりと銃口を顎の下へ突き付ける。
スコットは黒いゴーグルの奧で目を細めながら、ゼルへ顔を寄せて声を落とす。


「我が侭もいい加減にしろ、だとよ」


それが、一番の衝撃だったらしい。ゼルは力を失い、座り込んだ。
スコットは警察手帳を胸元に戻してから、代わりに手錠らしきものを取り出した。
だらりとしたゼルの腕を持ち上げ、そこにがしゃりと金属の輪が掛けられる。どの世界も、手錠は同じらしい。
ゼルを引っ張り上げて立ち上がらせてから、スコットはマリーを見下ろす。

「大佐どの」

顔を上げたマリーに、スコットは笑う。

「あんたの戦いは、やっと終わったぜ?」

だが、マリーは何も言わずに俯いた。その反応に、スコットは肩を竦める。
拳銃をしまってから、ゼルの手錠を掴んで引っ張っていこうとした。だが、その足は止まる。
薄緑のアーマースーツを着込んだゼルの部下が、一人立ち上がり、銃を構えている。気絶していただけらしい。
スコットは一声漏らしてから、銃を抜いた。引き金に指を掛け、向ける。

「月並みな言い回しだが、無駄な抵抗は止した方がいいぜ。こんな野郎のために、死ぬこともねぇだろ?」

だが、その部下は銃を下げ、何か言おうとした。と、そのとき。
銃を向けようとしたスコットの腕が、後方から高く蹴り上げられる。ふわり、と長い髪が揺れた。
蹴り上げた勢いを使って一回転し、マリーは着地する。すぐさま姿勢を戻し、足を高く上げた。
もう一方の腕も強く蹴り、スコットの手錠を持つ手を緩ませる。勢い良く、マリーは手錠の鎖を奪い取った。
ゼルを引き寄せたマリーは、拳銃を真っ直ぐにゼルの腹部へ突き、押し当てる。

「勝手に決め付けないで頂けます、スコットさん?」

かきん、と引き金が押される。だが、弾が切れていたらしく、銃声が響くことはなかった。
マリーはセーターに隠れていた腰に手を回すと、マガジンを取り出し、手早くグリップの下へ差し込んだ。
ゼルの額へ、その銃口が向かう。マリーの細い指が、黒い引き金を押し込んでいこうとする。



「ダメぇっ!」



あたしの声に、マリーは一瞬反応した。
銃口が反射的にこちらへ向いたが、止まらずに走っていく。
途中で雪に足を取られ、滑らせてしまった。前のめりに、マリーの体へ突っ込む。
そのまま抱きかかえるように転び、マリーを下にして倒れた。起き上がろうとすると、目の前に銃口が出される。
あたしのコートの襟元を掴んで握り締めながら、マリーは声を上げる。額に、金属の感触があった。

「どきなさい、由佳さん!」

襟元を握る手が緩み、曲げられた膝が腹部に当てられる。逃げなければ、蹴るつもりだ。
あたしはぐっと逃げたい衝動を抑え、首を横に振る。ここで逃げたら、あたしはあたしを許せない。
拳銃の下に見えるマリーの目は、強くこちらを睨んでいる。本気だ。
怒りに満ちた、だけどどこか悲しげな彼女の目は、上空の戦いの光を映している。
引き金に当てられた指をそのままに、マリーは手のひらより少し大きいくらいの銃を、あたしの胸元へ向ける。

「あなたにも、解りますでしょう? あなたも、あの男を殺したいはずですわよ?」

すぐ隣で、ゼルが息を飲んだのが解った。あたしは、横目に見る。
腕を押さえながら立ち上がったスコットが、ゼルの手錠の鎖を強く踏んで、逃がさないようにしている。
その下に座り込むゼルは、完全に負けた上に殺されかけたせいか、すっかり怯えている。
引きつった顔で逃げ腰になっているゼルから目を外し、あたしはマリーを見下ろした。
空を覆うシールドの向こう側で、また激しい爆発が起きていた。パルが、皆が戦っているんだ。
マリンブルーの姿を思い出しながら、あたしは頷いた。マリーは銃口を押し当てる力を強め、膝をめり込ませる。

「でしたら、なぜ私の邪魔をしますの? 早くおどきにならないと、本気で由佳さんも殺しますわよ!」

コート越しに感じる銃口は硬く、鳩尾に当てられた膝からは少し痛みがある。
あたしは一度、街の上を見上げた。空での戦いは、煙と爆発に隠れて良く見えない。
目線を下げ、殺意を漲らせる天使のような戦士を見下ろした。

「マリーさん」

「お説教でもなさるつもり? ですけど私は、そんなことでは」

「ゼルを、殺したら」

グリップを握る手が、少し緩む。寒さで白くなった唇が、噛み締められる。
ずっとずっと苦しんできたんだ、この人は。それを見せないで、一人で戦い続けてきたんだ。
あたしは、その苦しみの一端を見た気がした。緊張で口の中が乾いて、出した言葉はちょっと詰まっていた。


「本当に、マリーさんの戦いは終わるの?」



「終わりますわ」

どん、とあたしの腹部へ靴底が当たる。マリーは上体を起こし、銃を握り直す。

「終わらせてみせますわよ!」

「でも、そしたら、今度はレイヴンさんの戦いが始まるんじゃないのかな」

マリーが、ゼルを殺したら。七百年後に冷凍刑から目覚めたレイヴンが、このことを知ったら。
そうなったら、いつまでたってもこの二人の戦いは終わらない。彼らを苦しめ続けてしまう。
十年間戦い続けてやっと終わった苦しみが、また始まってしまうなんてことは、いくらなんでもひどすぎる。
かちり、と冷たい銃口があたしの額へ向けられる。マリーは笑みとも怒りとも付かない表情で、震えた声を出した。


「…何を馬鹿なことをおっしゃいますの? 私はあの人を止めるために、あの人を守るために、ずっと」

薄く筋の付いた頬に、すいっと涙の線が滑る。

「銀河連邦政府に、レイヴンを殺させないために戦ってきたのですわ。戦い続けるのは…私だけで充分」


「それ、あたしもよく解る」

あたしも、パルを守るためなら戦いたい。そう思ったら、こんな状況なのに笑っていた。
僅かに震える銃口の下の目が、強さを失っていく。代わりに、涙が溢れてくる。
うん、とあたしは頷いて、起き上がった。マリーは銃を下ろして、すとんと背を地面に当てる。

「本当に、もう終わったんだよ。やっと、全部が」

足音がしたので振り返ると、神田がやってきた。無事なあたしとマリーを見、ほっとしたような顔になる。
神田はマリーの前にしゃがんで手を伸ばし、起き上がらせる。長く柔らかな金髪には、雪と泥が少し付いていた。
ごとん、と手から銃を落としたマリーは肩を震わせ、神田を見上げる。

「そう、思えます?」

「これからもずっと、レイヴンさんを守り切れますよ。マリーさんなら」

どこか照れくさそうにしながら、神田はナイトレイヴンを見上げる。
漆黒の機体は右目を撃ち抜かれているせいで、今は隻眼だ。戦闘のせいで、手足の塗装が少し剥げている。
白い手書きの文字で書かれた、NIGHT RAVENがいつになく眩しい。それを指し、神田は笑った。



「ただの高校生を、立派な戦士に出来ちゃうような人なんすから」



NIGHT RAVENの文字を見つめるマリーの目は、次第に優しいものになった。
きっとマリーの目には、ナイトレイヴンが黒じゃなくて銀色に見えているんだろう。
かつて、マリーを守りにやってきた、愛する人が乗っている銀色の機体に。
あたしは落ち着きを取り戻して、穏やかな眼差しでナイトレイヴンを見つめるマリーを眺めた。
ここまで強く愛し合えるレイヴンとマリーが、ちょっとどころか、凄く羨ましくなった。




戦いは、今度こそ終わった。
ナイトレイヴンに撃墜された三体のアドバンサーは、いつのまにか消えていた。銀河警察が回収したのだろう。
空はまた、静かに雪を降らせている。宇宙船に切り裂かれた雲は塞がれていて、名残はない。
スコットの言う通り、宇宙船が撃墜されても、援軍は来なかった。だから、ロボット兄弟の勝ちだ。
雪雲と地上を隔てていたシールドが解除されたので、再び白い雪がやってきた。寒いけど、綺麗だから好きだ。
マリーの家の前には、青と白の塗装を施された車のようなものが並んでいる。でも、タイヤは付いていない。
十センチくらい地上から浮かんでいて、鼻先にはスコットの警察手帳と同じ、金色の五角形のエンブレム。
屋根の部分には赤いパトライトが付いていて、先程からくるくる光って回っている。きっとこれは、パトカーだ。
そのパトカーは全部で七台いて、それぞれにゼルの部下達が詰め込まれていく。無論、全員逮捕済みだ。
パトカーの一台の上に座るスコットは、袖をまくって腕をさすっている。蹴られた箇所が、赤い。

「マジで蹴るんだもんなー、大佐どの。折れたかと思ったぜ」

「つい、気合いが入ってしまいましたのよ。ですけど、あなた方メタモロイドは、すぐに治りますでしょう?」

と、マリーは苦笑する。スコットはむくれ、顔を逸らす。

「治るっても、痛いもんは痛いんだよ。ちったぁ遠慮してくれよ」

あたしはちょっと汚れたコートを払いながら、ナイトレイヴンの前に突っ立っている神田へ顔を向けた。
コクピット周辺には、ゼルとマリーので、合わせて二発の弾痕。おまけに、片目が撃ち抜かれている。
アドバンサー相手の戦闘じゃ大した壊れ方をしなかったから、余計にその傷が目立っていた。
乾いた笑い声を上げていた神田は、肩を落として大きくため息を吐いた。いっつもこんなんだよね、葵ちゃん。
お、とスコットが振り向く。その先では、紺色の制服を着ている銀河警察の警官達に、ゼルが囲まれている。
そのうちの一人、女性警官の耳からはネコかキツネか、尖った耳が伸びている。ついでに、長い尻尾もある。
たぶんあの人も、何かに変身出来るメタモロイドなんだ。スコットとは、種類が違うみたいだけど。
耳の生えた女性警官はゼルを引っ張りながら近付いてくると、スコットへ敬礼する。

「任務ご苦労。で、スコットはどうするの?」

「少佐のことは、アレンに任せる。オレはもうちょい、大佐どの達と話してから帰還するさ」

「そう。薄情なのね、元部下のくせして」

アレンと呼ばれた耳付き警官は、茶化すように笑う。赤い口紅の塗られた口元から、鋭い牙が覗いた。
肩を竦めたスコットは、ひでぇな、と呟いた。アレンはマリーへ振り向く。

「マリー大佐。こいつに、何か言い残すことはあって?」

マリーを見、ゼルは気力を取り戻したようだった。手錠の鎖を掴まれたままだが、マリーへ近付こうとした。
だがアレンの力には敵わないのか、その場から動けない。それでも、ゼルは寄ってこようとする。
何か言おうとするゼルへ、マリーは軽蔑し切った目を向けて吐き捨てた。

「二度と私に近付かないで。今度会ったら確実に殺しますわよ、ゼル?」

「僕はただ」

泣き出しそうに目元を歪めながら、ゼルは声を上げる。

「僕は、あなたを幸せにしたいと思っただけで!」

「私の幸せを、なぜあなたに決められなくてはいけませんの?」

心底嫌そうに言い、マリーは顔を背ける。まだゼルは何か喚いていたが、パトカーに押し込まれた。
軽く手を振りながら、アレンはゼルを入れたパトカーのドアに入って閉めた。地面との間隔が、するりと開く。
同じく数台のパトカーが上昇し、しばらく飛行した。上昇して雲に突っ込む前に、どこかへ消えた。
スコットはそれを見送っていたが、胸元から煙草とライターを取り出し、一本くわえて火を点ける。

「お?」

煙を吐き出してから、街の方へ顔を向けた。

「あっちも、ちゃーんと片付いたみたいだな」


リボルバーを先頭にして、五体の戦士達が近付いてきていた。
手前に滑り出たクラッシャーは元気良く、手を振り回している。あたしは、それに振り返す。
あれだけ派手で凄まじい戦闘があったとは思えないくらい、街は静けさを取り戻し、雪に包まれている。
加速して接近してきたクラッシャーは、急に止まった。後方へ手を伸ばしてインパルサーを引っ張ると、押し出した。
背中を押されたパルは一度兄弟達へ振り返ったが、すぐに加速し、一直線にあたしの元へやってきた。
ずしゃっ、と雪の上に着地の線を付けた彼は、目の前に立つ。

「ちょっと、出遅れてしまいましたね」

「ご苦労様。お帰り、パル」

見上げると、パルのレモンイエローのゴーグルに僅かなヒビが走っていた。撃たれたのかな。
背筋を伸ばして敬礼したインパルサーは、ゴーグルの奧でサフランイエローを笑うように細めた。

「ただいま戻りました、由佳さん」

他の兄弟達も、少し遅れて着地した。ざしゅり、と四人分の線が雪の上に伸びる。
戦ってきた証拠のように、それぞれの色鮮やかなボディには傷や汚れが目立っていた。
これで、彼らが戦うことはなくなるんだ。ゼルが逮捕されたから、今度こそ戦いは終わった。
そう思うと、あたしは嬉しくて仕方なかった。辛い戦いが、本当に終わったんだ。
ようやく、今までの生活に戻れる。いつでもパルや皆が近くにいて、大変だけど楽しい日々に。
三学期はもう二月に入っちゃったけど、皆なら勉強の遅れもすぐに取り戻せるだろうし、進級も出来るだろう。
あたしはパルにそれを言おうとして顔を上げ、ナイトレイヴンの前に立っている神田に気付いた。
傷付いた相棒の前に立ち、じっとインパルサーを見据えている。ゼルとの戦いが終わって、忘れ掛けていたけど。


そうだ。

パルと神田の戦いが、まだ残っている。


二人の戦いがどんなものになるのか、二人がどんな理由で戦うのか。
あたしには、まるで二人の考えに見当が付かなかった。何が、そこまで彼らを駆り立てるんだろう。
強くなった姿を、戦士として戦う姿を、あたしに見せるためだけだとは到底思えない。
朝方よりも量の増えた雪が、漆黒の機体を柔らかい色に変えていく。割れた片目が、痛々しい。
不意に、神田と目が合う。神田は、ナイトレイヴンを操るときと同じ、戦士の顔をしている。
そうだ。ゼルとの戦いが終わったから、二人の戦いを遮るものは何もない。
パルを見上げると、彼の目線も、神田を見据えていた。


戦いが終わった、たった今から。

二人の戦いは、始まっているんだ。







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