「で」 あからさまに不満げな目をして、ディフェンサーはむくれていた。 「オレが駆り出されちまった、ってわけかよ」 「僕と葵さんの戦闘で、地上へ被害が出たら困りますから。高度が十三メートルを切ったら、お願いしますね」 腕の装甲を開き、インパルサーは中の銃身を前に動かす。じゃこん、と二連の銃身が外された。 それを引き上げて、銃の本体を開いた。金色の弾丸を取り、手の中に入れていく。 「誤射してはいけませんから」 「インパルサーの兄貴らしくねぇなー、弾入れっぱなしなんてよ」 屋上の出入り口の上に座りながら、ディフェンサーは足をぶらぶらさせていた。あたしもそう思う。 弾丸を抜き終わったパルは、ひょいっと軽く三男へ投げる。ディフェンサーが手を広げ、弾丸を全て受け止める。 銃身を戻して腕の中へ入れたインパルサーは、ばこん、と腕の装甲を押し込む。 「昨日のメンテナンスの時に、うっかり間違えて入れちゃったんですよ。フレイムリボルバーのものを」 「なーるほど。こいつは後で、リボルバーの兄貴に渡しとくさ。で、葵ちゃんの方はどうだ?」 じゃらじゃらと弾丸を弄びながら、ディフェンサーは顔を上げた。あたしは、その先を辿る。 夕陽をバックにしたナイトレイヴンが、屋上に膝を付いている。コクピット脇の弾痕は、消えていた。 コクピットの中では、制服姿のまま、神田がコンソールを叩いたりしている。その電子音が、一度止まる。 「エネルギーは満タン、スコープアイも左右後方とも絶好調、駆動系制御系、共に異常なし。良好だよ」 「ルールは簡単。どちらかが戦闘不能になったら、それで戦闘終了です。いわゆる模擬戦ですね」 ばきん、とパルの背中の翼が大きくなった。ふわりと浮かび上がると、彼はあたしを見下ろす。 「由佳さん。すぐに、戻ってきますから」 「うん、頑張ってねー」 あたしは屋上のドアの脇にもたれながら、戦闘準備をする二人を見ていた。 神田の方はかなり気合いが入っているのだけど、パルは至って平然としている。めちゃくちゃ余裕だ。 経験も実力も、何もかもパルが上回っているからだ。そりゃ、十年も戦ってきたんだからなぁ。 神田はその二十分の一、半年しか経験がない。しかも実戦の経験は、文化祭とこの間のたった二回と来ている。 その辺りもあって、二人の様子はかなり違っていた。場慣れしてるなぁ、パルは。 腕の装甲を開いて弾丸を流し込み、かちりと閉じる。大きな腕を足の間に下ろし、ディフェンサーはぼやいた。 「つっまんねーなーぁ、もう。オレ様は、ただのシールド発生装置かよ」 「フェンサーのシールドって、そのためのシールドじゃないの?」 「違う! オレのシールドはなぁ、防御と共に攻撃も行える一発逆転の可能性を持った強力な兵器なんだよ!」 あたしの問いに、ディフェンサーは言い返した。シールドにも、プライドがあるらしい。 ドアの上から立ち上がると、ディフェンサーはコンクリートを蹴った。上昇しながら、くいっと下を指す。 「んじゃ、オレはグラウンドにいるわ。気張れよ、葵ちゃん。親父の形見、スクラップにしちまうなよ」 「レイヴンさん、まだ死んでないだろ」 「似たようなもんだろ。脳髄だけなんだから」 変な顔をした神田に、ディフェンサーはけらけらと笑った。口が悪いなぁ、相変わらず。 屋上のフェンスを越えると、黄色い姿はグラウンドへするりと下りていった。 それを見送ってから、二人は一度目線を合わせた。パルはマスクを開き、にやりと目を細める。 「葵さん。あなたが本気で来るというのなら、僕も手加減はしません」 「元より承知の上さ、インパルサー」 神田は、緊張と興奮の入り混じった目をしていた。経験が違うと、こうも差があるのか。 ゆっくりと下がってきたハッチが、コクピットを完全に塞ぐ。ばしゅん、と黒い装甲の隙間が埋められた。 ナイトレイヴンは僅かに浮上してから立ち上がり、背中の翼の下からブースターを出す。そこから、炎が走る。 即座に上昇し、漆黒の機影は夕焼けに染まる空へ消えていった。パルも、それを追って飛び出した。 あたしは二人の起こした強い風に翻るスカートを押さえながら、空を見上げた。ここが、二人の戦場になる。 夕陽を背にしたナイトレイヴンの顔は、赤く鋭い目が一際目立っていた。 「いつでもどうぞ。そちらから始めて頂いて、構いませんよ」 腰に手を当て、インパルサーはナイトレイヴンを見据えていた。同じ高度だから、目線が合わさっている。 黒い機体に遮られた光が、マリンブルーのボディの上半分だけを照らしていた。大きな青い翼が、ぎらりとした。 空中で構えているナイトレイヴンは、腰を落とすと同時に発進した。腕を振り上げ、パルに掴み掛かろうとする。 だがその拳が届くより先に、パルの姿は消えていた。一瞬の後、上下反転をさせた青い姿が現れた。 ナイトレイヴンの背後を取ったインパルサーは、腰を捻るようにして蹴りを出した。長い足が、黒い翼を突く。 「てぇやっ!」 ごん、と鈍い音。ナイトレイヴンは前傾姿勢になったが、すぐに持ち直す。 その様子に、インパルサーは少し笑ったように見えた。戦いを、楽しんでいるような感じだ。 振り返りながら足を上げたナイトレイヴンは、膝を曲げて上昇する。その先には、パルが待っていた。 その膝が届くより前に、インパルサーは身を傾けた。彼のすぐ脇へ、膝が打ち込まれる。 「だあっ!」 神田の猛りが、空気を振るわせた。膝が下ろされた途端に、強く拳が突き出される。 インパルサーは目の前に迫ってきた拳に手を当て、どん、と両手で押し返す。 「あまり力まないことです、葵さん」 腰を落とし、パルは足を曲げる。飛び出しながら、ナイトレイヴンの肩と腕に蹴りを打ち込んでいく。 装甲がへこまないから、そんなに強い威力じゃない。でも、どんどんナイトレイヴンは押されていった。 傾いだ姿勢のナイトレイヴンは前後が反転し、最後に背中へ一発、蹴りを受けた。がくん、と後方へ飛ばされる。 落下しそうになったナイトレイヴンは背中のブースターを強め、姿勢を安定させた。そして、パルへ振り返る。 そのまま、ナイトレイヴンは肩を向けて突っ込む。インパルサーは、目の前に迫った肩アーマーを受け止めた。 「そんな調子では、すぐに勝負が終わってしまいますよ!」 みしり、とマリンブルーの指先が黒い装甲に埋まる。パルも、本気なんだ 不意に、ナイトレイヴンが掴まれている方の肩を下に向けた。一体、神田は何をする気なんだ。 弱めていた背部のブースターを強め、加速しながら、パルのいる方の肩を地面に向かわせた。おい、ちょっと待て。 黒い機影が、高校のグラウンドへ落ちるかと思われた瞬間、黄色い閃光がナイトレイヴンを遮った。 ばちん、とナイトレイヴンがシールドに弾かれる。ブースターを弱め、すぐに上昇した。 「ちっ」 神田の舌打ちと共に、ナイトレイヴンは、ばちばちと軽く帯電している肩を手で押さえた。振り返り、上を見る。 視線の先には、呆れたような困ったような曖昧な表情のインパルサーが浮かんでいた。ぶつかる前に逃げたのか。 あたしはグラウンドを見、不機嫌そのもののディフェンサーを見つけた。そりゃ、利用されちゃあなぁ。 ナイトレイヴンから目を逸らさないまま、パルは黒い塗装の付いた指で、がりがりと頬を掻く。 「…無茶苦茶ですね」 「利用出来るものは、敵だろうが何だろうが最大限に利用する。それが戦場の原則だ、ってマリーさんがね」 「お父さんも、似たようなことを言っていました。では僕も、弟の能力を利用させて頂きますよ!」 下降しながら、パルは加速してきた。そのまま、ナイトレイヴンの腹部を掴む。 ナイトレイヴンが姿勢を正すより先に、青い線が黒を押し切る。ばしん、と先程より強烈な閃光が散った。 力一杯シールドに背部を押し付けられたため、ナイトレイヴンは翼が焼けていく。ブースターも、一つ歪んだ。 しばらくインパルサーはナイトレイヴンを押していたが、手を放して飛び上がる。直後、腹部へ拳が降ってきた。 寸でのところで自分を殴る手を止め、ナイトレイヴンは背中をシールドから外す。上昇し、姿勢を戻そうとする。 だが、斜めにしか立つすることが出来なかった。翼も焼かれているし、ブースターは一つ壊れているからだ。 同じ戦法を使っても、パルの方が一枚上手だったようだ。ダメージは、神田の方が明らかに大きい。 「お前の方が無茶苦茶だぞ、インパルサー」 ばしゅん、とナイトレイヴンは残っていた背部のブースターから火力を切った。重力制御だから、まだ浮いている。 加速がなくなったので、ちょっと高度が下がった。ナイトレイヴンは構え直し、上空のパルを見上げる。 ばきん、と両足の装甲を開き、小型のブースターを出す。直後に発火させ、急加速しながら飛び出した。 当然ながら、インパルサーはその体当たりと、繰り出された拳を避けた。パルは拳の前から離脱し、後退する。 すると、ナイトレイヴンの足が、インパルサーの後方へ向けて高く振り上げられた。パンチはフェイントだったのだ。 パルは振り返ったが、少し遅かった。蹴りを避け切れず、まともに肩に喰らった。ばん、と飛ばされてしまう。 ナイトレイヴンは、ぐるっと上下を反転させて姿勢を戻し、振り向く。パルを飛ばした方だ。 少し離れた位置で止まった彼は、蹴られた肩を払い、ナイトレイヴンを見下ろしていた。あんまり、効いていない。 「少しはやるようですね、葵さん」 「褒められた、と受け取って良いのかな?」 ナイトレイヴンの目が、笑うように細くなる。神田の、声の調子と同じだ。 インパルサーは拳を握って前に出し、足を広げて腰を落とす。ばきり、と指の関節が鳴る。 「加速に乗じた攻撃は、僕に通用しません。ならば不意打ちで仕掛けた方が、確実な作戦ですしね。ですが!」 直後。パルの姿は、消えていた。 彼の名残のように、強い風が辺りに広がり、あたしの髪を揺らす。 オレンジ色の空を見回したが、パルを見つけることは出来なかった。 青い線が、空を斬る。 それが顔のすぐ脇を抜けたことに気付き、ナイトレイヴンは振り返ったが、遅かった。 「がっ」 肩を後方から数回強く蹴られ、関節が緩む。ばちり、と電流が走る。 だらりとした大きな腕を下から押し上げた青は、急加速した。ぐるん、とそれが一回転する。 無理に動かされたため、ばきばきっとケーブルとジョイントが歪んで軋み、内部のシャフトが露わになる。 「てぇっ!」 高い掛け声と共に、インパルサーの手刀が千切れたケーブルの隙間に振り下ろされた。 周囲に飛び散ったオイルの一滴が、インパルサーの頬を滑る。破損した肩装甲の影から、彼の姿が覗く。 ずるりと滑り落ちていく腕を落とさないため、ナイトレイヴンは右腕を掴み、身を引いた。 肩を上下させているインパルサーは、ぐいっと手の甲で頬の汚れを拭う。 「腕を一本、頂きました」 「じゃあ、こいつは…」 ばちん、と最後に繋がれていたケーブルが、引き千切られた。オイルが、傷口から伝う。 自分の腕を外し終えたナイトレイヴンは、それを鋭い指先の手で握り締める。凄いことするなぁ。 ナイトレイヴンは上空のインパルサーへ振りかぶると、外れた右腕を思い切り投げ付けた。 「くれてやるとするよ!」 破損した腕は、真っ直ぐにパルへ迫ってきた。パルはそれを掴もうとした。だが、受け止めず、後退した。 歪んだ装甲の隙間から、じゃきんと何かが飛び出す。赤い光が、細長い隙間から溢れ出して伸びていく。 レーザーブレードが空中を切り裂いた位置は、今さっきまで、インパルサーが立っていた位置だった。 数回点滅した赤いレーザーブレードは、消えてしまった。黒い腕は勢いを失い、落下し始めた。 落下地点へ滑り込んだナイトレイヴンは、左手を伸ばし、器用に自分の腕を掴み取る。 「さすがに、ちょっと無茶だったかな」 「ちょっとはびっくりしました」 面白そうに笑いながら、インパルサーは片腕を持つナイトレイヴンを見下ろした。 ナイトレイヴンは歪んだ右腕の装甲を無理に開かせ、中からレーザーソードのジェネレーターを取り出す。 「今度はもう少し、突っ込んでみるとするか!」 腕を投げ捨てると同時に、ナイトレイヴンはジェネレーターを握り締める。びゅん、と先程より強い光が溢れる。 加速しながらインパルサーへ突っ込み、レーザーソードを振り回す。掠りもしないけど、間合いは詰まっていく。 何度か斬り付けて充分間合いを詰めたナイトレイヴンの刃が、インパルサーに向かう。 だん、とインパルサーは、刃ぎりぎりの部分を腕で止める。ジェネレーターの下で、パルは笑った。 「いい動きです、葵さん」 下げていた方の左腕を挙げ、装甲を開く。パルの腕からも、レーザーソードが伸びる。 「僕には負けますけどね!」 「なっ」 神田の驚いた声に、あたしの声も重なりそうになった。いや、重なっただろう。 インパルサーの振り上げたレーザーソードの刃が、ナイトレイヴンの刃を潰すように押さえ込んでいた。 彼の左腕から伸びる光は、色が強くなる。下から伸びようとするエネルギーが彼の刃に競り合い、かなり眩しい。 その光を浴びながら、インパルサーは右腕を挙げた。だけど、そっちの銃には、弾は入れていないはずなのに。 すると、右腕の内側、つまり下の方の装甲が開いた。マリンブルーの間から、じゃきん、と鋭い銀色の刃が現れる。 押し潰すようにナイトレイヴンのジェネレーターを切ってから、パルは駆け出す。黒い手元を蹴り、飛び上がった。 青い影を見定めたナイトレイヴンの目は、大きく見開かれていた。神田も、そんな顔をしているんだろう。 右腕を振り下ろし、パルは赤く鋭い目へナイフを向かわせる。それが当たる寸前に、ナイトレイヴンは顔を逸らす。 ぱん、とナイトレイヴンの側頭部が銀色の刃に貫かれた。砕け散った細かい破片が、きらきらと空中に散る。 「さすがに読めましたか。ありきたりな攻撃でしたからね」 インパルサーの腕が、ぐっと引き抜かれた。ばきり、と折れた黒い装甲が落ちる。 「ソードが一つだとは、思わないことです」 強い。 パルは、凄く強い。 ナイトレイヴンのオイルが少し絡むナイフを指で擦りながら、パルはちらりとあたしを見下ろした。 だがすぐに、彼は目線を外し、ナイトレイヴンから離れて上昇する。戦いに、すっかり気を取られている。 オイルと破片の付いた銀色のナイフを右腕の下に納めてから、パルは一度、肩を上下させた。 「センサーを四十二パーセント程度、破壊させて頂きました。本当なら、半分行きたかったんですけどね」 「充分すぎるよ。ソナーとスキャナーの、送受信装置が半分いかれたんだから」 ナイトレイヴンの瞳の色が、強くなる。センサーが破損した分、視界を強めているのかな。 センサーはかなり大事だったようで、動きはおぼつかない。完全に、パルの位置を把握出来ていない感じだ。 それを知ってか、インパルサーはナイトレイヴンを真正面から眺めている。余裕綽々、って感じだ。 あたしは右腕を失って傷付いたナイトレイヴンと、躊躇なく神田を攻め続けている、パルを見比べる。 距離があるせいで、整った顔立ちの表情は今ひとつ解らない。ヘルメットのせいで、目元が陰っているし。 ちゃんと見えている口元も、固く締められていた。一見すると、怒ってるみたいだ。 「パル」 だけど、楽しそうだ。前にリボルバーと戦ったときも楽しそうだったけど、それよりもずっと。 電流の走る傷口を横目に、ナイトレイヴンはジェネレーターを下へ放る。がしゃん、と腕の傍に落ちた。 破損した側頭部が痛々しくて、後ろ姿も悲惨だった。だけど、ちっとも辛そうじゃない。 「神田君」 あたしが二人の名前を呟いたからか、揃って振り向いた。ちょっと驚いた。 にぃっと口元を上向けたパルは、親指を立てた拳で、がつんとスカイブルーの胸を叩く。 「ご心配なさらず、由佳さん! 僕は葵さんには負けません!」 「せっかく応援してもらったんだ、インパルサーに傷の一つは付けてから負けてやるさ!」 左腕を突き出し、ナイトレイヴンはがしりと拳を握る。どっちも、気合いが入り直したらしい。 あたしは二人の現金さに、少し呆れてしまった。ていうかあたしは、あんたらのガソリンなのか。 ぶわっ、と強烈な風が広がる。ナイトレイヴンが、足のブースターを噴射したのだ。 不意のことに、あたしはスカートを押さえるのを忘れた。今はそんなもの、気にしている場合じゃない。 真っ直ぐに伸ばされたナイトレイヴンの拳が、インパルサーを捉える。だん、と当たった音が響いた。 だけどパルは吹っ飛ばされることもなく、逆に拳を掴んで、ぎりぎりと押し返している。 「てぇっ!」 神田の叫びと同時に、ナイトレイヴンの頭が突き出された。どん、と自分の拳もろとも額をぶつけた。 強烈なヘッドバッドをまともに喰らったのは、ナイトレイヴン自身の拳だけだった。 後方へ離脱したインパルサーは、上昇し、額が歪んでしまったナイトレイヴンを見下ろした。 「今ので、手の機能が失われたんじゃないですか?」 「よく解るな。手首の駆動系が切れたらしくて、開けなくなった」 ばちり、とひしゃげたナイトレイヴンの手首に電流が跳ねる。何本か、切れたコードが垂れている。 「だがいっそ、この方が好都合かもしれないな!」 弾かれるように飛び出したナイトレイヴンは、素早く拳を繰り出していく。 するすると避けてしまうパルへ、片腕だけで攻撃を続ける。時折、蹴りも出した。 腰を捻るようにして高く上げた蹴りを、インパルサーは上昇することで避けた。が、そのすぐ下から膝が来る。 「くっ」 ばぎゃん、と激しい衝突の音。ナイトレイヴンの大きな膝の間に、青く細身のボディが当たる。 突き上げられ、上へとパルは蹴り飛ばされた。やられっ放しだった神田が、遂に攻め始めた。 インパルサーを追いかけたナイトレイヴンは接近と同時に半身を下げ、腕を伸ばす。握ったままの拳を、強く振る。 その拳が、パルの姿を隠す。だがそれは当たらずに、インパルサーはナイトレイヴンの拳へ手を当てた。 ジャンプして、どん、とナイトレイヴンの腕に乗り、頭部へ向かって駆け出した。だが途中で、腕は下へ引かれた。 足場を失っても、インパルサーは動じずに加速を続ける。たぶん、目を潰すつもりなんだ。 インパルサーの軌道から上体を逸らし、ナイトレイヴンは身を翻す。腰を落とすと、かかとのブースターを強める。 一瞬だけ、ナイトレイヴンが背後を取った。だが、すぐにパルは振り返り、逆に突っ込んできた。 「てぇやあっ!」 インパルサーの蹴りが、ナイトレイヴンの腕を強く押す。なんとか、神田は防御している。 だん、と力強くパルは蹴る。ただでさえ傷の付いたナイトレイヴンの腕に、大きなへこみが出来た。 その勢いで少しよろけたが、ナイトレイヴンは体勢を立て直し、両足を開いて浮上する。 くるんと一回転して姿勢を戻したパルは、ふう、と一息吐いた。まだまだ、こっちには余裕がある。 唇を締めて表情を硬くし、姿勢を整えていないナイトレイヴンの肩へ強く踏み込んだ。つま先が、黒に没する。 べきり、と腕のない方の肩がへこむ。足跡を残したインパルサーは、ナイトレイヴンの拳が来る前に上昇した。 「ちょっと、やりすぎちゃいましたか?」 かなり損傷のひどいナイトレイヴンへ、パルは苦笑した。これは、ちょっとどころじゃないぞ。 傷口から溢れた過電流が、ナイトレイヴンの黒い装甲を光らせている。辺りが薄暗いから、眩しい。 壊された肩を拳で押さえていたが、その押さえている方の腕も壊れているため、電流が余計に駆け巡っていた。 真紅の瞳を強め、ナイトレイヴンはパルを見上げる。発声機能もやられたようで、神田の声は機械的だった。 「インパルサー。ここでやめる、とかは言わないだろうな?」 「あなたが降参して下されば、いつでも」 「随分と、甘く見られたもんだなぁ!」 雑音混じりの声を力一杯張り上げたナイトレイヴンは、急加速した。 真っ直ぐに向けられた拳を避け、インパルサーは上昇する。不意に、ナイトレイヴンが頭を下げる。 ばしゅん、と赤い刃が空を切り裂いた。見ると、ナイトレイヴンが背負っている翼の一枚が、開いている。 翼に内蔵されたレーザーソードを、パルは避けた。でも、避け切れなかったようで、肩の翼と側頭部が焼けていた。 ばきん、と刃の伸びている翼は外された。ナイトレイヴンは腕を引いて、その翼を前方へ殴り飛ばした。 「避けたか! だが、こいつなら!」 黒く鋭い三角形の翼を止め、インパルサーは蹴り返そうとした。だが、それは無理だった。 反対側から、ナイトレイヴンは拳を当てている。双方の力のせいで、翼は両側から大きく歪んでいく。 このままじゃ、翼が破れてしまう。二人とも、どうするつもりなんだろう。 原型を止めていない黒い三角形が、ナイトレイヴンの拳によって突かれる。背部のブースターが、火を噴く。 ナイトレイヴンはその強い勢いを使い、パルを押す。だけど、これだけじゃ決定打にはならない。 神田もそう思っていたのか、片足を挙げる。でも、膝が打ち込まれた先は、ナイトレイヴン自身の肘だった。 かなりダメージがあったようで、一発膝で蹴っただけで、簡単に肘から先が外れてしまった。なんてことを。 外れた肘から先を体当たりで押し、翼と腕ごと、インパルサーを落下させた。ばちん、と頭上でシールドが爆ぜる。 あたしは、かなりひどい状態になっているナイトレイヴンに、つい同情してしまった。大変だね、巨大ロボも。 残っているまともな部分は、両足だけだ。他はもう、使い物になりそうにない。 肩を上下させながら、ナイトレイヴンは、神田は叫んだ。 「どぉだぁ!」 シールドの上に、黒い腕と翼が転がっていた。シールドが解除されると、ずん、とグラウンドへ落下する。 オイルと過電流を帯びていたインパルサーは、シールドから離れると、ナイトレイヴンの前まで浮上した。 先程のレーザーソードにやられたからか、左側のアンテナが曲がっていた。青い塗装も、少し剥げている。 軽く肩を上下させながら、パルは手の甲でぐいっと口元を拭った。汚れが取れた顔で、笑う。 「面白い手ですね、葵さん」 「ナイトレイヴンが可哀想だけどな。後でちゃんと、直してやらないと」 と、気落ちしたような声で神田は呟いた。良かったね、ナイトレイヴン。あんたの主人は優しかった。 おや、とパルは意外そうに目を丸める。そして、やけに嬉しそうな笑顔になる。 「葵さんは、マシンを大事にして下さるんですね」 「当たり前だ。ナイトレイヴンは、大事な大事なオレの相棒だ!」 うん、と傷付いた顔でナイトレイヴンは頷いた。その割には、凄いことになっているけど。 インパルサーはかなり嬉しそうにしていたが、表情をきりっと引き締める。戦いを、続けるんだ。 ナイトレイヴンも先のない腕で構え直し、足を広げる。両足のブースターが、少し弱まった。 「だから、これ以上こいつを傷付けないためにも、さっさと勝負を付けようじゃないか!」 「そうですね!」 一直線に、パルはナイトレイヴンへと飛び出していった。青い線が、黒に絡み始める。 前より切れのある蹴りを、ナイトレイヴンは絶え間なく繰り出していく。腕を失ったから、足に集中しているのか。 的確に応戦しながら、インパルサーも攻めていく。コクピットのある胸部以外を、次々にへこませる。 二人は一歩も引かずに戦っているため、次第に位置がずれてきた。高校の上空から、徐々に外れていく。 あたしはその行く先を見ていると、川が見えてきた。あそこで、決着を付けるつもりなのかな。 弱まった西日で光っている川面に、高い蹴りを放ったナイトレイヴンの影が出来る。と、その時。 インパルサーが、ナイトレイヴンの足を掴んだ。持ち上げながらぐいっと横へ捻り、思い切り水面へ振り落とす。 「とぁっ!」 だばん、と高く水柱が上がった。 過電流が、夕暮れの中でよく目立つ。ナイトレイヴンは仰向けに水に浸かり、もう動かなかった。 ゆっくりと角度を強めていた太陽が、西の空へ消えていく。跳ね上がった水が、全て川に戻っていった。 雨のように水を浴びたナイトレイヴンの、歪んだ装甲がてかる。パルは息を荒げながら、川の中へ着地した。 頭を反らしているため、川に目元が沈んでいた。薄く光るナイトレイヴンの瞳が、波打つ水面を真紅に染めている。 どん、と背後で着地音がした。振り向くと、ディフェンサーがナイトレイヴンの腕とジェネレーターを担いでいる。 川の方を見下ろしながら、にやりと笑った。なんだかんだ言って、こいつも楽しんでいたようだ。 「勝負、あったな」 ああ。 終わったんだ。 あたしは半ば呆然としながら、川を見下ろしていた。ぱしゃん、とパルは水中へ膝を付いた。 倒れたまま動かないナイトレイヴンの傍で、肩を落としている。さすがに、疲れたらしい。 俯いたヘルム状のヘルメットの下から覗くサフランイエローは、どこか色が薄くなっていた。 あれだけ戦えば、当然というものだ。二人とも、本当にご苦労様。 「また、ジンジャーエールかな」 神田への労いは、それで決まりだ。あたしは、そう思いながら呟いていた。 重そうな黒い腕などを背中に担ぎ直し、ディフェンサーは上昇してあたしを見下ろした。 「んじゃ、オレは帰るわ。こいつをナイトレイヴンのメンテナンスドックに、放り込んで来ないとだしよ」 「ばいばい、フェンサー。りっちゃんによろしくね」 「なぁ、由佳」 そう言いかけてから、ディフェンサーは口籠もった。なんだ、一体。 あたしがじっと見上げると、仕方なさそうに目を合わせる。ディフェンサーは、小さく呟く。 「その…女を、ファミリーネームじゃなくてファーストネームで呼ぶのって、どうなんだ?」 「りっちゃんなら、むしろそっちの方が好きなんじゃない? ていうか、まだ名字だったんだー」 「るせぇ! 誰があいつだって言った!」 かなりむきになって言い返し、ディフェンサーは背を向けた。いや、どう考えても相手はりっちゃんでしょ。 そのままディフェンサーは遠ざかろうとしたが、途中で横顔をあたしへ向けた。 「…じゃあ、いいんだな? あいつを、下の名前で呼んだって」 「あんたも、変なところで度胸がないよね」 「放っといてくれ!」 苛立ったように、ディフェンサーは怒鳴る。そんなに怒らなくてもいいじゃないか、もう。 二本の腕と武器を抱えて飛び上がり、マリーの家の方へ飛んでいった。あたしは、手を振って見送った。 頑張れ、フェンサー。ちょっと素直になれば、もっとりっちゃんに近付けるはずだ。 あたしはディフェンサーの姿が消えたのを確認してから、駆け出した。屋上の階段を走り、下りていく。 二人に、どんな言葉を掛けてあげよう。どっちも立派だったって、カッコ良かったって言うべきかな。 あたしはそんなことを考えながら、昇降口の前までやってきた。自分の下駄箱を開けて、ローファーを取り出す。 ぱこん、とそれをコンクリートの上に置き、上履きを脱ぐ。上履きを下駄箱に戻しながら、校門の方を見た。 空はオレンジから藍色になり、辺りは暗い。校門前の街灯の明かりが、目立ち始めている。もう、夜だ。 その白い明かりを見つめ、がらんとした昇降口に立っていると、無性に寂しくなってきた。 二人の戦いが、終わって。 今度こそ、何もかも終わってしまった。 きっと。 あたしは、それが寂しいんだ。 04 9/7 |