Metallic Guy




第四話 ブルー・スカイブルー



見上げた天井は、薄暗い板張りだった。

あたしは汗で額に張り付いた髪を剥がし、すぐに寝返る。
障子を通しても充分に明るい青白い月明かりが、シーツと畳をぼんやり光らせている。
その光景を見ながら、あたしはまるで落ち着かなかった。
隣に置いた蚊取り線香はもう燃え尽きていて、渦巻きの灰が皿の上に乗っていた。
辺りには残り香が漂っていて、その匂いはやたらに強く感じられた。
枕元に置いた携帯電話を開いてデジタル表記の時計を見ると、時間は真夜中真っ直中の丑三つ時。
午前二時を少しだけ過ぎていた。
ぱちん、と携帯を閉じた音がやたらに響く。
あたしはシーツを握って、嫌な感じのする背中を丸める。


なんでこういう時に限って、夜中に目が覚めてしまうんだろうか。

斜め上をちらりと見ると、お盆が近いためなのか、普段は閉じられている仏壇の扉が開いている。
その中に納めてあるものはご先祖様で、敬わなくてはいけないと解ってはいるけど、どうにも恐ろしい。
なんていうか、こう。雰囲気が苦手なのだ。
お化け屋敷とかとはまた違った、おどろおどろしさみたいなものがあるような気がして。
月明かりがぼんやりと扉の影を作っていて、その影がまた暗くて、深い。

ああ。なんでこう、恐がりかなぁあたしは。

内心で深くため息を吐いてから、ふすま側へ体を向けた。
そして、ぎょっとした。
いや、それがインパルサーだって解ってはいたけど。
頭では、彼がこちらに背中を向けているのだとは解ってはいたけど。
かなりびびった。


背中のブースターを外している部分から、ずるずる何本もコードが出ている。まるで太い血管だ。
それが赤とか青とか色は付いているのだけど、薄暗いせいで全部同じ色に見えている。
中身のごっちゃごちゃしたメカニズムが月のせいで青白く光って、その中がたまにきちきち動いていた。
何かのダイオードみたいな小さな光が動いたりしていて、ますます怖い。
おまけに、それが天井の梁にあるフックに引っかけてある紐、というかフンドシみたいな布に首を吊られている。
たまにインパルサーが動くのか、ぎしっと梁が軋む。
つまり、まるでどこぞのスプラッタ映画みたいな光景なのだ。ロボットだけど。

なんで彼が首をくくっているのか、あたしは深呼吸しながら思い出した。
確か、眠っているうちにまた頭を部品の中に突っ込んでしまわないためと、体を傾けてしまって半分外してあるような状態の中身の機械のバランスを崩してしまわないためだった。
要するに、骨折した足を吊すみたいなもんらしい。あ、ちょっと違うかも。

だけど、物凄く心臓に悪い光景には変わりない。
あたしはぐったりしながら、また寝返りを打った。
下手に話しかけて怖い思いはしたくないし、さっさと眠って朝になって欲しい。
正直、もう馬鹿馬鹿しさと怖さとびっくりしたのが混じって泣きたいような気分だった。
さっさとまた眠るため、あたしは固く目を閉じた。




テーブルの上の目覚まし時計が、やかましい。
あたしは明るさを感じて起き上がり、その目覚まし時計のスイッチを押さえて鳴り止ませる。
ああ、朝になっている。安心して体を伸ばし、隣を見た。
インパルサーは、相変わらず首を括ったままになっている。
あたしはそのずるずるコードの出ている背中の後ろに立ち、顔を布で覆われている彼を覗き込んだ。

「…生きてる?」

「はい」

インパルサーはぶらりと落ちている両手を上げ、正座の姿勢から立ち上がった。

「おはようございます、由佳さん」

彼は顎と首をぐるりと巻いていた布を緩めて外してから、梁のフックに付けてあった結び目を外した。
あたしはそのどう見てもフンドシにしか見えない布に、首をかしげる。

「その布、何?」

「さあ…」

インパルサーも、同じように首をかしげた。

「何か吊すためにいいものはありませんか、とお母様に聞いたら渡して下さったので使ってみたんです」

「んー…」

あたしは彼が持ったままの布を掴み、めくったりしてみた。
多少いじっているうちに、見当が付いた。

「これ、シーツよ。たぶん古いのでも、切ってくれたんでしょ」

「あ、そういうことですか」

「シーツがなんだか解るの?」

「それならなんとか」

大方、あたしがいない間に母さんが教えたんだろう。
あたしは障子と窓を開けて、空気を入れ換える。
朝特有のちょっと湿気の多い空気が、弱い風に乗って流れ込んできた。
それを背に受けながら、あたしは背中がスプラッタのままの彼を見上げた。

「それで、反重力装置は直ったの?」

「はい。昨日の夜に頑張ったら、なんとか」

インパルサーは、得意げに頷いた。
足元に置いてあったあの機械の箱を手にし、自慢気に掲げてあたしへ向けた。
見たこともないあの文字が細かく並んだその箱が、ぎらりと朝日に照っている。

「あとはこれを中に入れて、接続して、ハイパーアクセラレーターブースターを元に戻すだけです!」

「でもそれをやるのは、あたしなのよねぇ」

「お手数掛けます」

申し訳なさそうに、インパルサーが後頭部に手を当てた。
が、すぐにその手を強く握る。

「ですが! 直ったらすぐにでも飛べますので!」

「でも、外に出ちゃダメなのよ、パルは」

あたしは、腕を組んで窓枠に腰掛けた。

「だから。あたしを連れて空を飛ぶなんて、もってのほかよ。気持ちはありがたいけどさ」


彼は、相当に残念そうだった。
外に出ないという約束をしたことを忘れているわけではないだろうし、忘れることはないだろう。
昨日といい今日といい、インパルサーらしくないことを言う。
どうかしちゃったんだろうか。あたしなんかが、背中を開けてしまったからだろうか。
そんなことを考えていると、インパルサーは翼とブースターのない背を、あたしへ向けた。

「すいません。ですが、僕は他に何をすればいいのか解らないんです」

「解らないって?」

「これも、どういうふうに言うべきなのかもよく解りませんが」

インパルサーは、あたしへ横顔を向けた。

「僕は、由佳さんに本当に感謝しています。でも、それだけではありません。だから、言うだけでは足りないんです」

「だから?」

「はい」

「感謝って…そりゃ、まあ、あたしはパルに色々したけどさ。大変なことも多かったけどさぁ」

どうにも照れくさくなり、あたしは目を逸らした。

「そこまでされる程の事?」


「はい」

レモンイエローの奥から、またあのサフランイエローが見えた気がした。
マリンブルーのマスクが上向き、少し語気の強まった声が出される。

「したいんです」


いつのまにか、セミが鳴き始めていた。
太陽が高さを増して、気温が高くなってくる。
あたしは日光が当たって、腕がじりじり暑くなってきた。
インパルサーはあたしから完全に目を逸らし、その丸いヘルメットみたいな後頭部が向けられていた。
なんか、やりづらい。




昨日とは違って、あたし達はあまり言葉を交わさなかった。
背中を元に戻す作業は、あたしが慣れてきたこともあって、昨日程大変ではなくなっていた。
時々インパルサーが指示を出すくらいで、後は順調だった。
なんとなく、どちらも無言になってしまう。
あたしの両足が挟んでいる腰の主は、自身のブースターに顔が隠れていて、まるで様子が掴めなかった。
顔が見えたとしても、マスクフェイスだし、ただ見ているだけじゃ解らないけど。
両耳に引っかけたままのヘッドフォンが静かなことが、ちょっと違和感があった。
でも、あたしから何か言う気は起きない。

昨日といい、今朝といい。
インパルサーは、一体どうしたというのだ。
解らない。今度は、あたしが解らない。
どうしていきなりそんなことばっかり言うのだ。困るじゃないか。
そりゃあたしはパルに多少は感謝される筋合いはあるとは思うけど、それにしたって、いきなりだ。
こんなに思考の解らない相手だったのか、パルは。もっと、あたしは解ると思っていたのに。
ああもう、ホントにどうしたらいいのか解らなくなってきた。
なんなんだろう、この焦燥感。あたしは、何に苛ついているんだろう。

『由佳さん』

多少落ち着いた、というか、気落ちした声がした。

『水色のケーブルは青の後ですから、それを付けるのは青のケーブルを付けた後にお願いします』


「解った」

あたしは握り締めていた水色のケーブルを放し、その隣にある青いケーブルを手に取った。
その先端を囲むように付いている四角い小さなプレートを、同じく青い接続部分に当てる。
吸い込まれるようにケーブルは繋がり、固定される。
角にある四つの穴の一つにネジを当て、ドライバーを回し締めていく。なんか、空しい。
何が空しいのか、これもよく解らないけど。自分なのに。
四つ全部閉め終わると、今度こそ水色のケーブルを付けるために取り、また接続部分に当てた。
彼は当てられると同時にケーブルを固定し、落ちないように締め付けて、あたしの作業効率を上げている。
この配慮が、またなんかやりづらい。




作業が終わっても、あたし達はなんとなく話さないままだった。
あたしが話しかけない限り、インパルサーは黙っている。
元々、彼は口数の多い方ではなかったのかも知れない。寡黙にしていると、途端に戦士らしく見える。
やっぱり正座したままで、ずっと窓の外を見上げている。
昨日は繋げっぱなしだったヘッドフォンも今日は外してあって、あのケーブルに繋がってはいない。
畳の上に転がっているままのそれは、元々繋げてあったMDプレーヤーに繋げられることもなく、そのままだ。
あたしはテーブルの上に広げたままの問題用紙と解答用紙を眺めていたが、まるで進まない。
横目にインパルサーを見てみるが、その様子はまるで変わらない。

本当に、彼は何を考えているのだろう。

あたしは悶々としていたが、なんとなく携帯を取った。
返してないメールがいくつかあったし、鈴音に電話でもしたくなったのだ。
すると、不意にインパルサーがふすまの方へ顔を向けた。
あたしもつられて、そっちを見る。
廊下を数人が歩く音と、会話が近付いてくる。内容と声からして、母さんと、壁を直してくれた作業員の人だ。
聞いていると、作業員の人はあたしに壁が直ったと報告に行きたいらしいけど、母さんはそれを止めたいらしい。
でも結局、押し切られそうな雰囲気だ。

やばい。マジでやばいよ。


あたしは思わず立ち上がり、携帯を握り締めていた。
だけど何か良い考えがあるわけでもないし、いきなりの出来事だ。
するとインパルサーは立ち上がって、静かに網戸に手を掛け、がらっと開けた。
あたしが変な顔をしていると、彼はあたしをいきなり抱え上げ、窓枠に軽く足を掛けたと思うと跳ね上がった。

何か言う間も、なかった。



ふわりと浮かんだ感覚の後、とん、と揺らいだ。
すぐ目の前に彼の顔があって、黙るように、という意味なのか一度頷いた。
あたしは頷き、辺りを見回した。
見たことのある景色だけど、ちょっと高さが違う。
足元を見てみると、見慣れた赤い色の屋根。これは、そうだ、うちの屋根の上だ。
つまり、一瞬であたし達は屋根の上に登った、ということになる。
思わず彼を見上げると、インパルサーは何も言わないままだった。

しばらく黙っていると、下の会話が聞こえてきた。
どうやら、母さんは難を逃れたらしい。あたし達がいないことには、適当に返している。
作業員の人は何やら挨拶をして、出て行った。
あたしは肩を落として安心すると同時に、ようやく今の姿勢に気付いた。
肩と両足の膝の裏を、インパルサーに掴まれて抱えられている。いわゆる、お姫様抱っこというやつだ。
あたしは、彼の頭を軽く小突いた。

「なんでこうなの?」

「担ぐわけにいかないじゃないですか」

と、言いながらインパルサーは立ち上がった。
ちょっとぐらつき、落ちそうな気がしたのであたしは彼の肩辺りを掴む。
何を、と言う前に、彼はまた高く飛び上がっていた。



強い風が当たって、どんどん地面が離れていく。

空が、近付いてくる。
頭上にどこまでも広がる空を見上げると、その手前で、インパルサーはじっと空を見上げていた。
上昇を続けていたけど、それは途中で止まった。
空中で静止してから気付いたが、上昇と共に住宅地から離れて行っていたようで、相当に遠くに見えている。
ずらっと同じような屋根が並んでいて、その奥にあるのが駅、ビル街、長くうねっているのが高速道路だ。
細く長いものがゆっくり通っていく。あれはきっと電車で、その周辺に動いているのは車だろうか。


あたしは、彼と空を飛んでいる。

その事実にあたしがつい呆然としていると、彼がまた空を見上げた。
レモンイエローのゴーグルには、遥か上空を通っている飛行機雲が映り込んでいる。

「あの」

あたしは、驚いたのと怖いのと高いので何も言えなかった。
いや、何も言うことが思い付かない。
空を飛んでいる、という事実が、まだ信じられないのだ。
インパルサーはそんなあたしを見下ろして、続けた。

「すいません。僕…」


「これしか、思い付きませんでした」

申し訳なさそうな声が、強い風の音の間に広がった。
インパルサーはあたしを見、俯いた。

「僕、外に出ちゃいましたね。命令違反もいいところです」


「ま、出ちゃったものはどうしようもないよ」

あたしは無理矢理笑う。

「たぶん、誰にも見つかってないと思う。たぶんね」



たぶん。
本当に、それはたぶんだ。
街がいくら遠いとはいえ、近くに飛行機とかが通っていないとはいえ、この近くに人間がいないという保証もないし、絶対に見られていないという保証もない。
だけど一度空に出てしまうと、それは強烈な開放感と風のすがすがしさでどうでもよくなってしまう。
気分だけは、だが。
頭の方はこの事態をなんとかしたくて凄く焦っているのだが、気分はそうならない。
言ってしまえば、もうすかっと開き直ってしまっているのだ。不思議なことに。


ずうっとどこまでも、空が伸びている。


なんなんだろう、この綺麗な色は。
雲って、近付くとこんなに大きいのか。
地球って、こんなに広かったのか。
いくら遠くを見ても、空の奥が見えない。
まるで別の世界だ。
今まであたしが見ていた世界は、地球は、こんなんじゃない。
本当に、この下はあたしの街なんだろうか。

そんなことを、ごちゃごちゃと混乱した頭で考えてしまった。
インパルサーはあたしを抱えたまま、ずっと空中に仁王立ちしている。
よく見ると、彼の背中の翼が倍くらいの大きさになっていた。肩の翼は、まるで変わっていなかったけど。
翼の下にある三つの円筒、ハイパーアクセラレーターブースターからは炎も何も出ていないけど、きっと動いているんだと思う。地球のジェットエンジンとは構造が違うから、熱も炎も出ないのかも知れない。

眼下の街を走ってきた風が吹き付けたせいで、前髪がばさばさになる。
あたしは、それを掻き上げる。

「空、飛ぶのって、こんな感じなんだ」

我ながら、なんと間の抜けた言葉だろう。
インパルサーは頷いた。

「はい」

キュイン、と首の動きと一緒にモーター音が響く。
でもそれはいつものそれとは少し違って、ちょっと高めだった。
彼はあたしをゴーグルに映した後、また空の果てへ目を向ける。
空よりも濃いマリンブルーのマスクが、太陽の光でぎらついているのが解った。

「飛ぶ、というより浮いていると言った方が正しいんですけどね」



「もう少し、飛んでみますか?」

と、彼はあたしを見下ろした。
あたしはインパルサーの首の辺りを掴み、首を振った。

「もうちょい、このままでいて」

ひんやりとして硬いスカイブルーの胸に、体重を掛ける。
今更ながら、この高さにいることが怖くなってしまったのだ。
インパルサーはあたしを抱えている腕を少し動かし、前よりも深く納めてくれた。落とさないためだろう。

「了解しました」



「由佳さん」

「ん?」


「僕をここまで直して下さって、僕に手を貸して下さって、対等に僕と接して下さって、本当にありがとうございます」

インパルサーが、静かに言う。

「だから、今度は僕が何かして差し上げたいと思いました。でも、僕は何も知りません」

レモンイエローのゴーグルが、逆光に陰った。

「あなたの忠実な兵士となること以外は、こうすることしか思い付かなかったんです」



「ご迷惑、でしたか?」

あたしは、首を振った。
そりゃいきなりのことで驚いたけど、迷惑ではない。たぶん。
多少は迷惑掛けたり掛けられたりしてるとは思うけど、これは違うと思う。今のところは。
インパルサーは安心したように、ふう、と息を吐いた。

「良かった…」

「でもさ」

あたしは彼の肩辺りに手を当て、ぐいっと身を乗り出した。

「兵士って、何よ?」

「聞いての通りです。僕は戦うことしか知りませんし、それしか出来ません。命令がないので、していないだけです」

「兵士じゃないよ。あんたは、あたしの友達のパル」

こん、とあたしは彼の額だと思しき部分に拳を当てた。
近くで見ると、やっぱり綺麗なレモンイエローだと思う。
それに映るあたしの笑い顔は、やけに楽しそうだった。

「あんたは戦うのが嫌いなんでしょ? だったらもう、戦わなくていい」

ゴーグルの奥の横長五角形が、ゆっくり見開かれていく。

「戦う必要なんて、相手なんてここにはいないんだし。戦わない方がいいんなら、ずっとそのままでいいじゃない」


遠くで戦闘機が抜けたのか、エンジンの轟音がした。
その余波のような強い風が吹き付けて、あたしのスカートが危ういことになっている。
裾を押さえたいけど、押さえたら絶対落ちるから押さえられないでいる。

インパルサーは、かなり間を置いてから、言った。

「いい…んですか?」

「命令」

「了解しました」

嬉しそうな声だ。
本当に、こいつは根が優しいのだ。優しいのに、戦いたくないのに、戦っていたのだ。
あたしは、パルの頭を抱いていた。唐突に、そうしてやりたくなってしまったのだ。
ぎゅっと両腕に力を入れ、目を閉じる。

「良かった」


何が良かったのか、自分でもよくは。
いや、今度は解るぞ。さすがに。
インパルサーが何を考えていたのか、なぜそこまであたしを連れて空に出たかったのか。
その理由が解って、ほっとしたのが良かったんだ。
あのらしくない言動は、感謝の方法が今ひとつ解らない、彼なりの空回りだった、ということらしい。
通りで。だからあんなにも気障ったらしいセリフを言って、あんなにも強引なことを言ったのだ。
頑張りすぎだ、パルよ。

あたしはインパルサーの頭から離れ、彼の肩に両手を付いた。あ、あたし携帯持ったままだった。
この位置になって、初めて彼を見下せている。
上から見ると、頭の両脇に付いている銀色のアンテナは結構長いみたいだ。
両肩は肩装甲のせいで、ということもあるけど、元々かなり広い。
二倍になっている翼のマリンブルーは、同じ青なのに、濃すぎて空に溶けきれないでいる。
その色を見ながら、あたしは笑っていた。
インパルサーのレモンイエローがあたしを見上げた拍子に、ぺかりと照った。

「由佳さん?」

「なんでもない」

と、言ってからあたしは肘を曲げて視線を彼の肩まで下げた。
待ちかまえたように、肩と膝の裏に手を置かれる。素早いことだ。
すると、携帯が鳴った。
あたしとインパルサーは顔を見合わせた。そして、携帯を開く。
着信した番号は、うちの電話番号だった。きっと、母さんだ。
あたしは苦笑してから、受信した。

「はーい」

「由佳、あなたどこにいっちゃったの?」

「外」

「あんまり遠くじゃないでしょうね? パル君も一緒だと思うから」

「うん」

「早いとこ、帰ってきなさいね。誰かに見つかったら、困るから」

「解ったー」

「気を付けてね」

「うん」

そう言って、あたしは電話を切った。
ごめんなさい、母さん。返事が曖昧で。でも言えるわけない。
空にいるなんて。
あたしは携帯を握り締め、街を見下ろした。

「帰ろうか、パル」

「そうですね、由佳さん」


そう返事をしたインパルサーの声は、晴れやかだった。




うちに帰るまでの距離は、そうそう長いものじゃなかった。
でもその間、あたしは短時間ながらも空を飛んでいると、改めて実感していた。
見慣れた赤いうちの屋根と、開け放したままの和室の窓が見えてくる。
外に出たと解ったら、後できっと母さんにも、父さんにも色々と言われるに違いない。
それは仕方ないだろう。
出てしまったのはパルだけど、止め切れなかったあたしも同罪だと思うから。
だけど、凄くあたしはすっきりしている。
空を飛んだからだろうか、それとも、パルの気持ちが解ったからだろうか。

たぶん、どっちも含めた感覚なんだろう。



遠くに見える西の空が、ゆっくりとオレンジ色に染まり始めていた。







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