戦う。 今の今まで、あたしには何の縁もなかった言葉だ。 いや、それどころか。 未来永劫あるわけないと思っていた。 携帯を閉じてから、あたしは呆然とソファーに座っていた。 電話口の向こうの鈴音も、リボルバーから戦うことを話されていたのか、そんなに驚いた様子でもなかった。 むしろ、ずっと落ち着いている。やっぱり、鈴ちゃんは大人だ。 あたしはテレビを付ける気も起きず、ずっと膝を抱えていた。 インパルサーはフローリングに座るでもなく、先程からまた何か構えを作っては空中を殴る蹴るしている。 ジャスカイザーの絵本はエプロンに乗せられて、大事そうにリビングテーブルの上に置かれている。 とん、と軽い音がした。 顔を上げると、インパルサーが空中に浮かんでいる。アンチグラビトンコントローラーを使ったんだろう。 両足をぶらりと下ろし、天井と床の間でまた構えを作った。よく解らないけど、とにかく格闘技っぽい構えだ。 前傾姿勢になると、少し前に加速した。うち、壊すんじゃないぞ。 すぐ壁の前に移動してしまうと、それに片手を当てて、とん、と軽く方向を変える。 体を翻して足を曲げ、また軽く壁を蹴る。 ふと、明かりが陰った。 見上げると、蛍光灯の逆光の中で、レモンイエローのゴーグルがあたしを見下ろしていた。 「大丈夫です」 インパルサーは両手を腰に当て、胸を張る。 「僕もフレイムリボルバーも、スクラップになる程やり合いませんから」 「ケガとか、しない?」 「関節の一つか二つは外れるかもしれませんね。何しろ、相手はフレイムリボルバーですから」 彼は体を前屈みにすると、くるんと体を倒す。あたしの視界に、上下逆さになったインパルサーが入ってきた。 重力が弱くなっているのか、前髪がふわっと舞い上がる。不思議な感じだ。 片手を腰から外し、こん、と軽く自分の首筋を叩く。 「落下の衝撃で多少首のジョイントが緩んでいる気がしますので、ここさえ気を付ければ。僕らヒューマニックマシンソルジャーは、関節が外れたくらいでどうにかなるほど弱い作りではありませんよ」 「武器とか、使う?」 恐る恐る尋ねると、インパルサーは顎に手を当てた。 「この間彼と話したときに決めたんですけど、使用弾数と種類は押さえます。だから、それ程は」 「でも、使うんだ」 「由佳さんと鈴音さんの周囲には弾丸の一つも落としませんし、撃ちませんし撃たせませんから」 「そういう、問題じゃないよ」 目の前にあるインパルサーの顔が、少しかしげられた。 あたしは青くて細身のマスクフェイスに手を当て、俯いた。 何か言おうと思ったけど、まるで上手い言葉が出てこないし、思い付かなかった。 インパルサーはあたしの手に自分の手を置き、落ち着かせるように、軽く握ってきた。 レモンイエローの奥で、サフランイエローが細くなる。 「ありがとうございます、由佳さん」 つるっとしたマスクフェイスの感触が、冷たい。 「僕は嬉しいです」 「…嬉しい?」 「はい。こんなに由佳さんに心配を掛けてしまっていますけど、心配されていることが無性に嬉しいんです」 キュイッ、と軽くモーターが動く。 逆さのまま頷いたインパルサーのゴーグルは、ライトグリーンになっていた。 「どうしてか、なんて解りません。でもなんだか、凄く嬉しくて」 心配されたこと、なかったのか。 それどころか誰かに大事にされたことなんて、一度もなかったのか。もしかして。 戦士だから、戦うために生まれたロボットだから、それは当然かも知れない。 生みの親のマスターコマンダーから必要とされることがあったとしても、それは戦力としてだけだっただろう。 なんて、悲しすぎる人生なんだろう。 「パル」 あたしは、また彼を抱き締めてしまった。 よく解らないけど、こうしてやりたくて仕方なかった。 いや。こうしていないと、また泣いてしまいそうなくらいに苦しくなったのだ。 「あんたは、やっぱり戦わない方がいい!」 「由佳さん」 インパルサーの手が伸ばされ、あたしの背に回される。 弱々しい力で、抱き寄せられたのが解った。肩の手前にある彼の頭が、少し動く。 「なぜ、そう思うんですか」 「決まってる!」 彼の背に、同じように手を回す。 ブースターと翼に指が当たったので、それを掴んでぐいっと引き寄せた。 「パルは優しい、パルは良い子、パルは可愛い! だから!」 「は?」 きょとんとしたように、インパルサーはあたしの背から手を放した。 そして少し離れ、くいっと首をかしげる。 あたしはパルの背から手を放してから、続けた。 「なんでもいいの! とにかく、どっちも無事じゃないと承知しないからね! ジャスカイザー見せてやらない!」 ぐらり、と目の前のインパルサーの体が大きく揺らいだ。空中だから、倒れなかったようだ。 上下を反転させて頭を上にし、しばし呆然とする。人間だったら、何度か瞬きしているのだろう。 そして、素っ頓狂な叫び声を上げた。 「ぁうぇえええっ!?」 今までに聞いたこともない声だ。これは、ちょっと言い過ぎたか。 相当動転したのか、おろおろと首を動かしてから、あたしに詰め寄る。 「なっ、なっ、なっ、それ、あの、一体、何なんですかぁーっ!」 「聞いての通り」 そう言った直後、インパルサーの肩が細かく震えた。 更に動揺が激しくなったのか、ゴーグルの色が弱まっていく。 そして勢い良く手を挙げ、がつん、と敬礼して背筋を伸ばし、声を上げた。 「りょっ、了解しましたぁー!」 その手を降ろし、ゆっくりとインパルサーは近付いてきた。 ゴーグルが目の前に寄り、あたしが映り込む。奥の目は、あんまりよく見えない。 おもむろにがしっと両肩を掴まれたかと思うと、更に寄られた。目が寄ってしまいそうになる。 「あ、あの」 「何?」 「命令…撤回は」 「そうねぇ…」 と、あたしは腕を組んだ。 にやりとしながら顔を逸らすと、インパルサーは固唾を呑んでいる。 その様子を横目に見、少しからかってみた。 「どーうしよっかなぁーん」 「う」 インパルサーは泣きそうになってきたのか、上擦った声を洩らす。 次第に、肩を掴んでいる手の力が強くなってくる。だけど握り潰す、とかではなくて抑え込む感じだ。 だんだんとソファーに沈められてしまい、終いにはずり下がってしまった。つまり、押し倒された格好になった。 あたしは、こん、と目の前のインパルサーを小突く。 「こら」 「え、あ?」 「押し倒してどうする」 「あ、すいません」 インパルサーは手を放し、ふわっと浮かび上がった。 その拍子に空気も動き、あたしの髪がゆらゆらと揺れた。やっぱり、変な感覚だ。 妙に体が軽いまま、ソファーに座り直す。 「命令は解除しないけどね」 「そんなぁ!」 悲劇的な叫び声を上げ、インパルサーはあたしを見下ろした。 「由佳さぁーん!」 「引き分けにしたらチャラ」 「チャラ…?」 「命令が無効になる、ってこと」 「つまり、双方の機能を停止させずに戦闘を終了させろ、ということですか?」 難しいなぁ、と呟きながらインパルサーは向かいのソファーの上に降りた。 ふわん、と揺らぎながら空中で胡座を掻く。器用だ。 ついでに腕を組み、首も捻る。 「そんな命令、今までされたこともありませんでした。ですがそれで命令が無効化されるのならば、遂行します!」 「了解?」 「了解しました!」 と、いつになく張り切った声を出した。 そしてまた勢い良く敬礼し、がとん、と自分で自分にチョップを当てている。 しばらくすると手を放し、今し方ぶつけた部分を押さえた。 「あう」 「何やってんの。ていうか、ロボットでも痛むの?」 「いえ、今のショックで緩んでいた首の関節が…」 ぐいっと何度か首を捻ったりして、インパルサーは動きを確かめている。 両手で頭を押さえて、押し込んだり回したり忙しい。よく動くなぁ、首。 最後に首元をいじってから、呟いた。 「まぁ、大丈夫でしょう」 「…外れたり、しない?」 あたしはパルの首がごろっと転がる図を想像し、ちょっと怖くなった。まるで怪談だ。 いくらロボットとはいえ、マスクフェイスとはいえ、首は首だ。 インパルサーはまた何度か首を曲げ、頷いた。 「滅多なことがなければ、関節は外れませんから。そう簡単には落ちませんよ」 ふと、インパルサーはレースカーテンに覆われたリビングの窓へ顔を向けた。 あたしも同じように、そちらを見る。 薄暗い中に、ぬっと赤くてでっかいシルエットが浮かんでいた。 リビングからの明かりではっきりと見えたその正体は、案の定リボルバーだった。 その肩に乗っていた鈴音はその位置が恥ずかしいのか、ロングスカートの裾を押さえてむくれている。 あたしがカーテンを開けて窓を開くと、するっと器用にリボルバーは体を捻ってリビングに滑り込んできた。 どん、とダイニングテーブルの隣に降り、リボルバーは体を屈めて鈴音を下ろす。 そして窓を閉じたあたしとその手前に立つインパルサーを見、にやりと笑った。 「よう」 「大丈夫なんですか、フレイムリボルバー?」 「何が」 「有機生命体の方々に、見つかることはありませんでしたか?」 「見つかった気はしねぇし、見つかったなら何かしら騒がれてるだろ。だがそれがねぇから、たぶん大丈夫だ」 リボルバーはインパルサーの胸を、がつんと殴る。 「心配性が」 「ですが僕と由佳さんは、葵さんに見つかってしまいましたから。心配にもなりますよ」 と、インパルサーは苦笑した。 すると、鈴音とリボルバーは動きを止め、一度顔を見合わせた。 その様子に、あたしは思い出した。 神田に見つかったことを、鈴ちゃんに言っていなかったということを。 おいおい、とリボルバーが呆れ果てたように笑う。 鈴音はあたしを上から下までじっと見下ろし、そして変な顔をした。 あたしは目を伏せるしかなく、身を縮める。ごめんよ、鈴ちゃん。隠し事なんてしたりして。 すると、おもむろに伸ばされた鈴音の白い指先が、ぱちんと強くあたしの眉間を弾いた。ああ、痛い。 「ドジが」 「だって、まさかあんなとこに神田君がいるとは思わなかったんだもん」 「言い訳無用。てか、アオイって神田の事だったの?」 「うん。あたしも知らなかったんだけど、神田君の下の名前は葵なんだってさ。葵の紋の、葵」 「可愛い名前だこと」 鈴音は思い掛けないことだったのか、きょとんとした。 でもすぐに表情を戻し、腕を組む。 「でーも。これとそれとは別物。なんで相談してくれなかったの、寂しいじゃないの」 「ごめん。あ、でも、神田君、パルのこと誰にも言ってないみたいし、写真も撮っていかなかったから」 「当然。でも、今度会ったときには、私も神田に釘を刺しとかないとね。五寸ぐらいの」 と、鈴音はにやりとサーモンピンクに彩られた唇を広げた。強烈なことを言うなぁ。 神田は藁人形じゃないぞ、鈴ちゃん。五寸釘って。 ロボット二人は五寸釘が解らないのか、顔を見合わせている。 後で、一応説明してやらなきゃならないだろうなぁ。五寸釘と一緒に、藁人形と丑の刻参りも。 夕飯は、インパルサーに作らせたペペロンチーノになった。あたしにとっては、久々の麺類だったりする。 冷蔵庫と睨み合って色々考えた挙げ句、材料が足りていたのはこれだけだったのだ。 ダイニングテーブルで鈴音と向かい合い、それを食べる。うん、やっぱりおいしい。 あたしが幸せに浸っていると、鈴音が驚いたような顔をした。 「おいしい」 「でしょでしょ?」 と、あたしは頷き、ダイニングカウンターの向こうに立つインパルサーを見上げた。 「鈴ちゃん喜んだよー」 「今度はちゃんと作りすぎませんでしたよ、由佳さん」 「偉い偉い」 そう褒めると、インパルサーは嬉しそうに頬を掻いた。 鈴音は半分程になったパスタをフォークにまとめ、食べていく。あたしも残りを食べねば。 リビングテーブルの傍で、不満げにしているのはリボルバーだ。一人だけ蚊帳の外なのだから、当然だろう。 インパルサーは洗い終えた鍋を拭き終えて、それを流し台の上に乗せた。 「フレイムリボルバーは、何かしていないんですか?」 「ん、ああ」 唐突に話を振られたためなのか、リボルバーから曖昧な答えが返る。 片手を広げてその指先に付いた赤い何かを、がりがりと親指で擦った。それが剥がれて、落ちる。 「確かにやるこたぁねーからなぁ…スズ姉さんの部屋にあったアドバンサーのモデリングみてぇなのを、だな」 「ボルの助はね」 鈴音は食べる手を止め、水を飲んだ。ふう、と一息吐く。 「私のプラモデル、勝手に作っちゃったの。何かいじってるなーって思ったら、全部組み立てちゃってた」 「プラモデル? ああ、モデリングってそういうことか」 と、あたしは納得した。 リボルバーは自慢気に胸を張り、頷く。 「おう。数パターン古いアドバンサーみてぇなのが出来てな、結構面白ぇや」 「でも鈴ちゃん、ボルの助に勝手に作らせちゃっていいの?」 あたしはフォークを置き、平然としている鈴音を眺めた。 鈴音は頬杖を付き、苦笑した。 「買ったはいいけど、作ってないのがごっちゃごちゃしてるのよこれが。放置しとくより、作らせた方が良いかなって」 「それで、出来上がったのはどこにあるんですか?」 インパルサーが、ダイニングカウンターの向こうから顔を出した。 リボルバーは、所々赤く汚れている自分の手を眺めた。 「塗装も接合もしちまったからなぁー…乾くまで、触れねぇんだよ。だから、持ってきてねぇ」 リボルバーの手に付いていた赤いものは、プラモデルの塗料だったようだ。 その色は赤で、黒い指先に付いて目立ってしまっている。 彼は赤に染まった指先を、またがりがりと親指で擦りながら、笑う。 「ま、出来たら見せてやらぁ」 「だーけどねぇ」 鈴音はさも可笑しそうに笑う。 「ボルの助ね、私がいること忘れて塗装に没頭しちゃうの。しかもそれ、全部赤、何から何まで赤!」 「悪ぃかよ」 と、リボルバーはむくれた。ボディが赤だから赤が好き、って、凄く短絡的だ。でも、ボルの助らしい。 インパルサーはプラモデルが何なのか、いまいち解らないようで首をかしげている。 そういえばパルは、たまに涼平が持っているジャスカイザーのおもちゃをいじってはいるけど、プラモデル作りとか、いかにも男の子らしいことをしている場面はみたことはない。 きっと、そういうことに興味すら湧かなかったんだろう。子供っぽいのと少年っぽいのは、似ているようで違うようだ。 もしかしてパルが可愛く思えるのは、あまりにも思考が乙女チックだからなのか。いや、もしかしなくても。 エプロンを広げて一回転しちゃうようなロボットに、男らしさなんて求めちゃいけないんだろうけど、でも、でも。 もうほんのちょっとだけでも、パルには男らしくしてほしい。 なんでか知らないけど、そう思ってしまった。 なんとなく、あたし達四人はリビングにいた。 ぼけっとテレビを見つつごちゃごちゃ下らないことを話していると、どんどん時間が進んだ。 あっという間に深夜となり、午前一時を過ぎてしまった。夜更かしは、結構楽しいからだ。 壁に掛けられた時計を見上げ、まだ平然と起きている鈴音へ目を向けた。 そして、ふと思い出した。 「そういえばさ」 「ん?」 すらりとした爪をヤスリで磨いていた鈴音は、その手を止める。 あたしは途中まで読んだ文庫本にしおりを挟んで閉じ、リビングテーブルに置いた。 「明日の夜に、花火大会に紛れて二人が戦う、ってとこまでは話がまとまってるよね」 「ミステリのトリックみたいだけどね」 「あたしもそう思ったけどさ。でさ、その戦う場所ってどこ?」 そう言ってから、飲みかけのアイスココアを飲み干した。甘くて冷たい。 鈴音は銀色の細いヤスリで唇を押さえ、唸る。 「広くて障害物の少ない場所、ってのが最適だけど…学校のグラウンドじゃ目立ちすぎるよねぇ」 「あたしも最初にそれは考えたよ。だけど一番近いのがうちの高校だし、しかも堤防が近いから」 「花火見物の人間がわっさわさ、か」 鈴音は腕を組み、ソファーにもたれかかった。 マスカラを取っても充分に長い睫を伏せ、頬を押さえた。 「どうしたもんかね」 「そこなんですよね」 と、唐突にインパルサーは顔を上げた。その隣の、リボルバーもうんうんと頷く。 テレビの方へ体を向けていたリボルバーは、顔だけこちらに向けた。 「そこそこ広くねぇと、ろくに戦えねぇんだよなぁ」 「良い場所かー…」 あたしは少し考え、ふと思い出した。 「あ」 「何か思い付いたんですか?」 インパルサーが体を斜めにし、あたしを覗き込む。 「うん。ほら、裏山の住宅造成地。まだ家が一軒も建ってなかったなーって思って」 「あ、あそこですか。飛行した際に見ましたけど、確かに建造物がなくて、平らで広いですね」 「ジュウタクゾウセイチ…てなぁ、なんだよ」 リボルバーは腕を組み、変な顔をする。 鈴音はヤスリを置き、やたらに大きな化粧ポーチを探ってこれまた大きな手鏡を取り出した。 それを開いて目元や頬をじっと見つめながら、答えた。 「家を建てるための土地ね。ここの裏山んとこは、確かに丁度良いかも」 「でも、資材とかあるんじゃないの?」 「まぁでも、地面に大穴開けなきゃ大丈夫でしょ」 手鏡を閉じ、けらけらと鈴音が笑った。いや、それはそうかもしれないけど、でも、でもさぁ。 あたしは、鈴音がお嬢様であることを痛感した。価値観てものが、多少世間一般からずれている。 何か言いたいけど言うべき事が思い付かず、悶々としてしまった。 だけど花火大会といい住宅造成地といい、ここまで都合が良いと却って不安になってくる。 大丈夫なんだろうか、明日の戦いは。 翌朝。 あたしは起き上がると、ベッドの隣に引いた布団の上で丸まる鈴音を見下ろした。 そうだ。昨日は鈴音がリボルバーと来て、泊まっていたんだっけ。 いつものように窓際で突っ伏しているインパルサーの隣で、リボルバーも同じように頭から床に突っ込んでいる。 やはり寝相は同じだった。ていうかなんで頭から突っ込むんだよ、しかも前に。 朝だというのに外が薄暗く、何か音がする。 ベッドから降りて新しいカーテンを掴み、開けた。 「うぉわあっ!」 そんな声を上げ、思わずのけぞってしまった。 窓の外は少し離れた景色もぼやけてしまうほどに、霞んでいる。 空は重苦しい鉛色で、カミナリは鳴っていないけど、それでも充分に凄い雨雲だ。 ばたばたと叩かれる屋根がうるさく、雨どいからまた凄い量の水がだばだば流れているようだ。 大雨だった。 「マジでー…?」 唖然としながら、豪雨に包まれている街を見下ろした。 背後で物音がしたかと思うと、鈴音がタオルケットを捲って起き上がっていた。 「あ、鈴ちゃん。これ」 「…マジ?」 鈴音は少し癖の付いた黒髪を抑え付けながら、目を丸める。 そして立ち上がり、あたしの隣から外を見、うはぁ、と変な声を洩らした。 「何よこれー…花火、ちゃんと上がるの?」 「またびしょ濡れになるのかねー、あたしは」 「今度は私も一緒かもよ」 鈴音はそう呟いてから、肩を落とした。 がちゃん、と金属のぶつかる音が、背後で数回繰り返された。 頭を少し振りながら起き上がり、インパルサーはあたし達の背後から外を見下ろした。 「おはようございます、由佳さん、鈴音さん。外、凄いですね」 「湿気がボディに溜まると思ったら、通りでな」 そう言いながら、リボルバーは起き上がった。首と肩をがきんと鳴らし、声を洩らす。 立ち上がって、同じように外を見る。 「こいつぁ凄ぇなぁ。ハナビとやらは、上がるのか?」 「上がらないと、僕達の銃声が紛れませんよね」 「問題だな」 そう言っている割には、リボルバーの口調は落ち着いていた。開き直っているのだろうか。 インパルサーも似たようなもので、こくんと頷いた。 「銃口に水が入ったら発火が悪くなって、飛距離と威力が落ちちゃいますしね」 案の定だった。 丁度良い日程と丁度良い場所があったと思ったら、この大雨。 人生、そこまで都合良く進むわけがない。 あたしは、バケツをひっくり返したような外の光景をぼんやりと見ながら、思った。 本当に、大丈夫なのかこの戦い。 色んな意味で。 04 4/2 |