雨は、止まない。 昼が過ぎても落ち着くどころか、一向に弱まる気配すらない。 あたしはリビングの窓から外を眺めながら、冷たいガラスに額を当てた。 なんだろう、この無力感。 せっかく色々と決心して、インパルサーに相当強引な命令をしたというのに、この現状だからだろうか。 ぼんやりと窓の前に突っ立っていると、長い黒髪を後ろに持ち上げながら、鈴音がやってきた。 唇に挟んでいた細いヘアゴムをまとめた髪にくるくると巻き付け、しゅっと髪の束を引き抜いた。 ポニーテールを揺らし、鈴音はあたしと同じように外を見る。 「どうする?」 「花火大会は夜の八時からって言ってたし、それまでに止むことを祈るしかないよ」 それが有り得ることはないだろうけど、と付け加えてしまった。いや、本当にそんな気分なのだ。 鈴音は腕を組み、とん、と窓にもたれた。 「でも、こういうときは結構止むもんよ」 「…そうかなぁ」 「低気圧も移動してるらしいし、そんなに雲も長居はしないって」 「だといいんだけどねぇ」 あたしは、すっかり跳ねてしまった前髪をつまんだ。 雨が降ると、元々癖のある髪があっちこっちへ出てしまうのだ。湿気なんて嫌いだ。 鈴音は、あたしのセミロング程度の長さしかない後ろ髪を少しいじった。 「私みたいに結んでおいたら?」 「そだね」 片手で後ろ髪をまとめてみてから、その手を放す。今日はそうした方が良さそうだ。 ふと、背後で無言に座り込むロボット二人に気付いた。 その視線の先を追うと、案の定テレビが付いている。その中身は、ワイドショーだ。 インパルサーはなぜか体育座りになっていて、両膝を抱えて、その上に顎を乗せている。こぢんまりしている。 リボルバーはと言うと、ヤンキー座りの状態から腰を下ろしたような感じになっている。広げすぎだ。 やっぱり、凄く対照的だ。ていうか、なんだよその座り方。どっちも変だ。 「雨、止みますよ」 と、インパルサーが言った。横顔に、テレビの光が映っている。 「いえ、むしろ止まなければ、困るんです」 「オレ達にもオレ達の、事情って奴があるんだよ。そいつぁまた、厄介な事情だけどな」 「その事情、まだ話してもらってないわよ」 鈴音は、リボルバーの後ろ姿を見据える。あたしとパルだけじゃなかったらしい。 リボルバーは背を向けたまま、片手をひらひらとさせた。 「こいつぁ全部片付いてから、最初から最後まできっちりとお話しますや。これだけは、勘弁してくれスズ姉さん」 鈴音は肩を竦めた。やっぱり、今回のことは余程のことなのだ。 あたしはソファーの背もたれに寄り掛かつつ、インパルサーの背を見下ろす。 「どうしても?」 「はい。これは僕らの問題なんです、最初から最後まで。本当は由佳さん達を巻き込むべきではないんですが」 くるりと振り向き、彼は俯いた。 「これも全て、あの人の考えなのでしょうか」 あの人。きっとそれは、マスターコマンダーのことだ。 一体そのマスターコマンダーがインパルサーに何をして、なぜリボルバーと戦うことになってしまったのか。 まるで、見当が付かない。でも、そうとうにえげつないことには違いない。 機械とはいえ、生き物同然のヒューマニックマシンソルジャーの感情も何も消してしまうような輩なのだから。 マスターコマンダーに会うことは絶対ないだろうけど、もしも会うことがあったのなら。 あたしはきっと、出会い頭に殴ってしまうだろう。 グーで。 午後五時過ぎ。 昨日読んだ本の第二巻を読み終えたので、それを閉じて膝の上に置いた。なかなか面白かった。 ふと顔を上げると、オレンジ色の鮮やかな日光が分厚い雲を切り裂きながら、街中へ差し込んでいる。 雨音が綺麗さっぱり消えていて、しっとりと濡れた屋根が連なって見える。 窓を開け、思わず呟いた。 「…晴れた」 「晴れましたね!」 インパルサーが後ろに立ち、嬉しそうに言った。 がしっと両手の拳を握り、上に突き出す。要するにガッツポーズだ。 「これで僕は、フレイムリボルバーと戦うことが出来ます!」 ソファーの上でうつらうつらとしていた鈴音が、体を起こした。 まず目元のマスカラが落ちていないか鏡で確かめてから、背筋を伸ばし、欠伸をかみ殺している。 その後ろからリボルバーが、鈴音を見下ろす。 「さぁて、スズ姉さんにこのオレの勇姿を見せられる時が来たってもんだ」 「程々にしときなさいよ」 「イエッサ。なぁに心配しないでくれ、ソニックインパルサーなんざスクラップにする価値もねぇよ」 「スクラップですか。それは怖いですね」 と、インパルサーは笑った。 リボルバーはにやりとしながら、胸を張る。 「まず最初に、てめぇの長ったらしい足を外してやるさ。そしたら蹴れねぇだろうが」 「でしたら僕は、あなたの無駄に大きな弾倉を外させて頂きます。その方が、速度も出るでしょう」 「言いやがるな」 「吹っ掛けてきたのは、あなたですよ」 そう言い、インパルサーはリボルバーと向き直った。 レモンイエローのゴーグルの奥が、少し明るい。サフランイエローの目が、光っているのだ。 リボルバーの左目を覆っているオレンジ色のゴーグルの奥からも、薄くライムイエローが見えた。 「ま、正々堂々とな」 「奇襲と強襲が得意なあなたにそれを言われても、まるで説得力がありませんが」 「くぁー…随分と、生意気になりやがって」 夕焼けが、リビングを染めていた。 その中に立つインパルサーとリボルバーの姿は、紛れもなく戦士になっていた。 空気が変わったのだ。 それはあたしだけじゃなく、鈴音も感じているようで、黙り込んでしまっている。 戦いは、もう始まってしまったらしい。 すっかり暗くなり、雨雲の晴れた夜空に少し星が散らばっていた。 足元の赤茶けた泥はぐっちゃぐちゃで、少し歩いただけでスニーカーだけじゃなく靴下も汚れた。 鈴音はもっと悲惨で、小綺麗なミュールのストラップから鮮やかなペディキュアまでどろどろだった。 戦場と化す住宅造成地は高台にあるため、夏祭りに騒がしい駅前と、花火を打ち上げる河川敷まで一望出来た。 所々に資材が積まれていて、紐で囲まれた土地の前には立て看板もある。誰か家を建てる予定らしい。 弱くて湿った風が吹き抜け、二つに分けて結んだあたしの後ろ髪が揺れた。 暗がりの中に立つ二人の影は、その色も相まって目立っていた。 「あと二分」 携帯の時計を見、鈴音はフリップを閉じた。 それをポケットにねじ込み、睨み合う二人を見つめた。 「男の世界、って感じ」 「うん…」 あたしはそんな言葉しか、出なかった。 まるで雰囲気が違う。 ついさっきまで、夕ご飯を作っていたインパルサーの手は硬く握られて、背中の翼は二倍くらいに伸びている。 リボルバーは見た目は変わっていなかったけど、両肩の大きな弾倉を少し動かしたりしていた。 インパルサーのレモンイエローが、やたらに目立っていた。 遠くで、花火を打ち上げた音がした。 甲高い笛の音が空高く向かい、そして。 閃光が花となり、夜空に広がる。 大きな炸裂音が合図であったかのように、二人は駆け出した。 インパルサーは二三歩踏み込んだところですぐにジャンプし、両足を長く伸ばして蹴りを繰り出していく。 その数発がリボルバーに当たったのか、がつん、がつん、がつん、と三回重たい音がした。 だがすぐに、その音は止む。 長い足はリボルバーの腕に挟み込まれ、高く足を上げた格好でパルは止まっていた。 「ツラぁ…出したか?」 やけに楽しげな、リボルバーの声。 何かがぱきんと割れた後、少し低い、インパルサーの声がした。 「お望みとあらば」 直後。 リボルバーの銃身を掴んだインパルサーが、彼を投げるようにぐるっと上下を反転させる。 背中から地面に倒れたリボルバーを蹴ってから、高々と飛び上がる。あたしと鈴音の頭上を、青い長身が漂う。 がしゃんと何かを動かしてから、インパルサーは右腕を突き出した。 「ノーマルがたったの百二十…少ないですね」 どぉん、とまた花火が上がった。 赤や青といった色鮮やかな炎に照らし出された、インパルサーの横顔からは、マスクもゴーグルも消えていた。 すらりとした鼻筋に細身の顎を持った、やけに整った顔立ち。目の下は、やっぱり人間みたいな顔だった。 あれが、彼の本当の顔なのだ。 黒光りする細長いものが、右腕から出ている。たぶん、銃身だ。あたしはあれを、一度見せてもらったことがある。 それをリボルバーに向けていたけど、すいっと下げる。頭上の青い姿が消えると同時に、弱い風が抜けた。 直後に、パルは滑り込むようにリボルバーの懐に入っていた。凄く速い。 リボルバーは今度は殴られ始め、がん、がん、と胸の辺りを強くやられながらずり下がっていく。 だがしばらくすると、インパルサーの拳は、ぱしんと黒い手のひらに止められた。 「撃たねぇのか?」 リボルバーは、インパルサーの拳を両方とも掴んでいた。 相当に強く握り締められているのか、インパルサーの表情が歪んでいる。きっと、痛いんだ。 彼は少し口元を広げ、笑う。 「撃ちましょうか?」 花火は、上がり続ける。 暗闇の中に数回、細かい火花が散った。乾いた銃声が、花火の轟音に混じって何度も響く。 その小さな光はリボルバーの顔の脇を抜け、背後の泥水にぱちゃぱちゃっと落ちたようだ。 インパルサーは右腕だけ回したのか、銃身が内側に向いている。結構無茶苦茶だ。 一瞬手を広げたかと思うと、マリンブルーの指をリボルバーの指と無理矢理絡める。何をするつもりなんだろう。 ごわっと何かを吹き出すような音。 直後、リボルバーの真上に、上下逆さになったインパルサーのシルエットが出来る。 翼を持った影がくいっと捻られ、ぱしゃっと軽く着地した。すると、リボルバーの体が持ち上げられた。 パルが彼を背負う前に、今度はリボルバーの体が上下逆さになり、投げ飛ばされた。 投げ飛ばす途中でインパルサーの手が放されたのか、赤くて大きな姿が落ちる。 その直線上に、資材で膨らんだ青いビニールシートがある。リボルバーは、激しい音と共にその中に埋まった。 インパルサーはそれを見下ろし、やけに冷たい口調で言い放った。 「さあ、早いところ決着を付けてしまいましょうか」 すると、ぶわっとビニールシートが上がった。折れたり割れたりしている資材が、全部持ち上げられている。 その下にいるのは、当然リボルバーだ。ぼたぼたと落ちる泥水の中、彼の横顔は、笑っている。 資材は邪魔そうに放り投げられ、隣の大きな水たまりを埋めた。いいのか、それで。 リボルバーはがしゃんと大きな右肩の弾倉を回し、銃口を上げる。 「やっとやる気になったか」 「不本意ですけどね」 そう言ってはいるものの、インパルサーは少し笑っていた。 でもその笑顔は、どこか狡猾そうだ。声も落ち着いているとかじゃなくて、怖い。 「ですがあなたも腕が落ちましたね。僕なんかに、投げられてしまうなんて」 「ああ、そうだな…ちいとばかし情けねぇ話だよ!」 にやりとリボルバーは口元を広げ、両足を広げた。 そして腰を落とし、射撃を始めた。一気に何発も撃ちながら、空中に飛び出したインパルサーを追う。 発砲音と閃光に追われながらも、インパルサーはふわりと動いていく。一発も、当たっていないようだ。 それと一緒になって、リボルバーの上体が逸れていく。そのまま、青い姿は彼の頭上を抜けた。 するとその青が、どんどんこちらに近付いてくる。おい、待て、パル。 あたしは思わず身を引いてしまい、後ろにいた鈴音にぶつかった。見上げると、鈴音は怖い顔をしていた。 ずしゃっと膝を地面に当て、インパルサーは目の前に着地した。泥が跳ねて、マリンブルーを汚している。 白銀色の顔が、暗がりの中で目立つサフランイエローに照らされ、あたしを見上げた。 銃撃が、途端に止まった。 離れた位置で、リボルバーが舌打ちする。汚ねぇぞ、とか言っているようだ。 にやりと嫌な笑みを浮かべながら、インパルサーはあたしを見ている。 マスクの下は、そんな顔をしていたのか。狡賢そうな目をした、嫌な笑い方をする顔を。 だから彼は、マスクの下を見せたくない、と言ったのか。こんな顔になることを、知っているから。 思わず、あたしは呟いていた。 「パル…あんた」 「僕は僕です、由佳さん」 表情は変わらない。 「ですがこの状態は、僕だとは思いたくない。いえ、思って頂きたくない」 立ち上がったインパルサーは、あたしに背を向けた。 翼が、大きい。いつもの二倍以上だ。 「今の手を見たでしょう? 次はあなたを、僕は盾にしてしまうかもしれません。…この手で」 こちらに横顔を向けながら、右腕の銃身を左手で動かす。 ばらばらっ、と熱い何かが足元に落ちた。 「あと数回彼とやり合えば、どうなってしまうか…その前に、由佳さん、鈴音さん、お二方はどうか」 「逃げてくれよ、スズ姉さん!」 力のこもった、リボルバーの声が響いた。 花火の光が、彼の険しい表情を暗闇から浮かび上がらせる。 「オレ達が姉さんらを、撃っちまう前にな!」 インパルサーが言うより早く、リボルバーが叫んだ。 彼は苦しげに歯を食いしばっていて、目元はぎゅっと歪んでいた。 やっぱり、思った通りだった。インパルサーもリボルバーも、どっちも苦しんでいる。 「…ボルの助、あんたねぇ!」 隣の鈴音は拳を握り、身を乗り出した。 でもその肩が震えているのは、傍目に見てもよく解った。 「だぁれがここから逃げるもんですか! コマンダーに、命令なんかするんじゃないの!」 あたしは目の前に立つ、見慣れない顔をした彼を見上げた。 初めて見たインパルサーの戦士としての姿は、怖い。表情も声も変わっているし、雰囲気がまるで違う。 だけど、やっぱり優しい。優しいから、逃げろなんて言うんだ。命令を守れないかもしれない、なんて言うんだ。 間違いなく、これはパルだ。 「…この」 「え?」 「この馬鹿…なんで逃げろなんて事言うの、あんたは自分を信じられないの?」 インパルサーが、振り返った。 あたしはその胸の辺りに、ごん、と拳を当てた。痛い。 「そりゃあたしも銃とか武器は怖いよ、当たると絶対に痛いし、痛いのは嫌いだし!」 パルの口が、半開きになっている。苦しそうな顔だ。 あたしは、叫んだ。言っていることが恥ずかしいけど、この際気にしていられない。 「だけどこれとそれとは別! パルもボルの助も自分を信じられないのかー!」 「由佳さん…」 「そんな顔が出てたって、あんたはパルだ、間違いなくパルだ! ボルの助もボルの助だぁ!」 泥に汚れたスカイブルーを、何度も何度も殴りつけた。 息が荒くなっていて、目元が熱い。泣いているんだ、あたしは。 「優しくて良い子で可愛いパルが、鈴ちゃん愛してて命令厳守のボルの助がぁ!」 「あたしや鈴ちゃんを狙って撃つなんてこと、あるわけあるもんかぁ!」 自分でも、変な日本語だと思った。 インパルサーは表情を歪めて、所在なさげに両手を広げている。迷っているのだ。 その右腕には銃身が出たままで、撃ったばかりで熱いのか、掛かった水が蒸発してうっすらと泥が付いていた。 足元に転がっているものに、花火の閃光が映ってぎらぎらしている。これは、きっと薬莢だ。 泣くのを堪えているとしゃくり上げてきてしまい、却ってダメだった。ああもう、あたしって。 すると、やけに冷たくてべったりした感触が顔にあった。なんだ、いきなり。 目の前には少し汚れたスカイブルーと、その上にはインパルサーの顔がある。 銃の出ていない方の、左手があたしの肩を抱いていた。 そうか、あたしはパルに抱き締められたのだ。なんてことだ。 少し上で、苦しげなインパルサーの声が聞こえた。 「ありがとう、ございます」 「ほら見ろ」 なんとか涙を堪え、無理矢理笑って顔を上げる。 ゴーグルとマスクが移動したのか、尖り気味の帽子のツバみたいなのが丸いヘルメットの上にあった。 その下にある目の色は、少し弱まっていた。泣きそうなのか、もしかして。 「泣くんじゃないの。あんた、戦士でしょうが」 「ですが…」 そう弱々しく呟き、泥に汚れた手で目元を擦った。本気で泣いていたらしい。 せっかくの美形っぽい顔の目元が、赤茶けてしまった。冷却水と泥水が混じって、変な涙になっている。 あたしは仕方なしにハンカチを出し、それを拭った。世話の焼けるロボットだ。 「本気で泣くやつがあるかい。あたしはまだいい、でもあんたはダメでしょ」 「どうしてですか?」 「どうしてって…そりゃ、情けないと思わない?」 「はぁ」 インパルサーは解りかねる、といった顔をした。マスクがないと、表情がよく解る。当然だけど。 銃身が出たままの右手で、がしがしと滑らかな頬を掻いている。この顔じゃ、あんまり似合わない。 右手にも当然泥が付いていて、見た目美形な顔は更に汚れた。ますます情けない。 そんな光景を見ていると、気が抜けてきた。あまりにも、行動と姿が似合わないからだろうか。 冷たいスカイブルーの胸板を少し押し、彼との間隔を開けた。 「なっさけないの」 「まだ、それ言うんですか?」 「情けないものは情けない。自分でもそう言ってたじゃんか」 「自分で…って、それはまだいいんですよ、自分にですから。でも改めてそう連呼されると…」 と、インパルサーは顔を逸らした。 あたしは笑い、肩アーマーの002の辺りを軽く叩いた。 「でも良かった。やっぱり、パルはパルだ」 「情けないから僕らしいんですか?」 「そうなるかも」 「あまり嬉しくないです」 インパルサーは少し笑ったが、すぐに表情を硬くする。 「ですが、離れていた方がいいのは変わりません。途中でいつエモーショナルリミッターが外れてしまうか…」 どん、と重たいものが落ちる音。 顔を上げると、やはり泥と水に汚れたリボルバーがやってきていた。彼は銃身を縮めてから、鈴音に近付いた。 鈴音は少しだけ笑ったが、またすぐに怖い顔に戻した。強情な。 「理性が飛んじゃうから心配、ってことなの? でもボルの助、あんたはいつも飛んでるようなもんじゃない」 「最近はそうでもねぇだろ、姉さん」 リボルバーは苦笑した。 「そういう範疇じゃねぇんだよ、スズ姉さん。普段はそれなりにエモーショナルを通してるせいでシンキングパターンは手順踏んでるんだが、エモーショナルリミッターが外れちまうことでそいつが一足飛びになって、戦うことが最優先になるんだ。そうなっちまったら、オレもソニックインパルサーも何するんだかさっぱり想像が付かねぇんだよ」 「それ、役に立つの?」 訝しげに鈴音が尋ねる。リボルバーは腕を組み、俯いた。 「エモーショナルリミッターが外れてねぇ時に戦ったことがねぇから、解らねぇな」 「ですが、外れないように頑張って、戦ってみます」 インパルサーはあたしを放し、笑った。 がん、と片手で胸を叩いた。 「これもマスターコマンダーの策略の一端だとしたら、僕はそれに全力で抵抗していきます」 「またマスターコマンダー?」 「話せば長くなるんですが」 「今度、ちゃんと話してね。変に隠し事されてると、すっきりしないから」 「了解しました」 インパルサーは敬礼した。 あたしは頷き、パルの顔辺りを指した。 「理性飛ばしたりしたら!」 「あの…ジャスカイザーだけは…やめて下さいね」 どんどん表情が曇った。ううむ、解りやすい。 インパルサーは、まるで世界中の不幸を全部背負ったような顔をしている。 あたしは昨日の夜にした命令を思い出し、さすがにあれはやりすぎたと思ったので、こう言った。 「解ってる解ってる。理性飛ばさなかったら、あんたの欲しいもの買ってきてあげよっか。一つだけ」 「それじゃ、あの!」 途端に目を輝かせ、詰め寄ってきた。現金な。 インパルサーは両手を狭めて携帯電話くらいの空間を指の間に作り、それをあたしに向けた。 「コールカイザー、買ってきて頂けますか!」 あたしが思わず変な顔をしていると、鈴音がリボルバーの向こうから顔を出した。 あっちはあっちで、話を進めていたらしい。 鈴音はポニーテールを揺らしながら、同じように携帯電話くらいの幅を指の間に作る。 「ああ、あれねー。ジャスカイザーのなりきりトイ」 「は?」 「凄いんですよ、コールカイザーは! ジャスカイザーの音声もそうなんですが、ナナエオペレーターの応答も入っているんですよ! 他にもアウトロードとか、コール音とか、色々と…」 インパルサーは、更にいかにコールカイザーが素晴らしいか語り続けた。 あたしはもうげんなりしてきたが、一度約束してしまったら仕方ない。曖昧に答えつつ、頷いた。 「うん、解ったから。ちゃんと命令守れたら、買ってきてあげるから」 「オレは、オレは何かあるんですか姉さん!」 すかさず、リボルバーも鈴音に詰め寄る。鈴音は思わず後退って、その拍子に水溜まりへ片足を突っ込んだ。 嫌そうにその足を出し、汚れ切ったミュールに泣きそうな顔をした。が、もう諦めたらしい。 仕方なさそうに苦笑してから、リボルバーを見上げた。 「愛してるを一回だけ解禁」 「一回…たったの一回なんですかい、スズ姉さん…」 「嫌なの?」 「いや、その、いぃよっしゃああああああぁ!」 思い切り力を込め、リボルバーは両腕を突き上げた。きっと、内心は複雑に違いない。 泣き笑いのような表情のまま、びしっとインパルサーを指した。 「さぁ来い、ソニックインパルサー! お互いの戦利品のために、戦いの続きをおっ始めようじゃねぇか!」 「そうですね、フレイムリボルバー!」 がしっとインパルサーも拳を握り、高々と夜空に向けた。 「コールカイザーが僕を待っているんです!」 二人は地面を蹴って飛び上がると、空中で戦いを再開した。 でもその間には、さっきまでの壊れそうなくらいの緊迫感はなくなっている。 これはこれで、いいのかもしれない。 花火大会は佳境に突入していて、スターマイン連発が始まった。 河川敷が明るく、人間と思しき小さな影がわらわらと堤防に乗っている。良くあんなに人がいるなぁ。 夜空を焦がさんばかりに伸びる花火の光と、ひっきりない炸裂音が二人の銃声を掻き消す。 時折、リボルバーと思しき妙な叫びがそれに混じった。 やけに楽しそうな二人が、空中で、たまには地上で取っ組み合っている。 花火に横顔を照らされているその姿は、所々汚れているけど、いつにも増して色鮮やかだった。 あたしはなんとなく、隣に立つ鈴音を見上げた。 いつものきりっとした目ではなくて、なんか凄く優しい感じになっている。可愛いぞ、鈴ちゃん。 でもそれを言ってしまうと、またいつもの目に戻してしまいそうなので、言わなかった。 不純な動機で戦う二人の戦士が、スターマインの閃光でぎらついている。 インパルサーの顔は、いつのまにか元のマスクフェイスに戻っていた。 ちょっと残念。 04 4/3 |