Metallic Guy




第八話 決戦、花火大会



雨は、止まない。
昼が過ぎても落ち着くどころか、一向に弱まる気配すらない。
あたしはリビングの窓から外を眺めながら、冷たいガラスに額を当てた。
なんだろう、この無力感。
せっかく色々と決心して、インパルサーに相当強引な命令をしたというのに、この現状だからだろうか。
ぼんやりと窓の前に突っ立っていると、長い黒髪を後ろに持ち上げながら、鈴音がやってきた。
唇に挟んでいた細いヘアゴムをまとめた髪にくるくると巻き付け、しゅっと髪の束を引き抜いた。
ポニーテールを揺らし、鈴音はあたしと同じように外を見る。

「どうする?」

「花火大会は夜の八時からって言ってたし、それまでに止むことを祈るしかないよ」

それが有り得ることはないだろうけど、と付け加えてしまった。いや、本当にそんな気分なのだ。
鈴音は腕を組み、とん、と窓にもたれた。

「でも、こういうときは結構止むもんよ」

「…そうかなぁ」

「低気圧も移動してるらしいし、そんなに雲も長居はしないって」

「だといいんだけどねぇ」

あたしは、すっかり跳ねてしまった前髪をつまんだ。
雨が降ると、元々癖のある髪があっちこっちへ出てしまうのだ。湿気なんて嫌いだ。
鈴音は、あたしのセミロング程度の長さしかない後ろ髪を少しいじった。

「私みたいに結んでおいたら?」

「そだね」

片手で後ろ髪をまとめてみてから、その手を放す。今日はそうした方が良さそうだ。
ふと、背後で無言に座り込むロボット二人に気付いた。
その視線の先を追うと、案の定テレビが付いている。その中身は、ワイドショーだ。
インパルサーはなぜか体育座りになっていて、両膝を抱えて、その上に顎を乗せている。こぢんまりしている。
リボルバーはと言うと、ヤンキー座りの状態から腰を下ろしたような感じになっている。広げすぎだ。
やっぱり、凄く対照的だ。ていうか、なんだよその座り方。どっちも変だ。

「雨、止みますよ」

と、インパルサーが言った。横顔に、テレビの光が映っている。

「いえ、むしろ止まなければ、困るんです」

「オレ達にもオレ達の、事情って奴があるんだよ。そいつぁまた、厄介な事情だけどな」

「その事情、まだ話してもらってないわよ」

鈴音は、リボルバーの後ろ姿を見据える。あたしとパルだけじゃなかったらしい。
リボルバーは背を向けたまま、片手をひらひらとさせた。

「こいつぁ全部片付いてから、最初から最後まできっちりとお話しますや。これだけは、勘弁してくれスズ姉さん」


鈴音は肩を竦めた。やっぱり、今回のことは余程のことなのだ。
あたしはソファーの背もたれに寄り掛かつつ、インパルサーの背を見下ろす。

「どうしても?」

「はい。これは僕らの問題なんです、最初から最後まで。本当は由佳さん達を巻き込むべきではないんですが」

くるりと振り向き、彼は俯いた。

「これも全て、あの人の考えなのでしょうか」


あの人。きっとそれは、マスターコマンダーのことだ。
一体そのマスターコマンダーがインパルサーに何をして、なぜリボルバーと戦うことになってしまったのか。
まるで、見当が付かない。でも、そうとうにえげつないことには違いない。
機械とはいえ、生き物同然のヒューマニックマシンソルジャーの感情も何も消してしまうような輩なのだから。
マスターコマンダーに会うことは絶対ないだろうけど、もしも会うことがあったのなら。
あたしはきっと、出会い頭に殴ってしまうだろう。
グーで。




午後五時過ぎ。

昨日読んだ本の第二巻を読み終えたので、それを閉じて膝の上に置いた。なかなか面白かった。
ふと顔を上げると、オレンジ色の鮮やかな日光が分厚い雲を切り裂きながら、街中へ差し込んでいる。
雨音が綺麗さっぱり消えていて、しっとりと濡れた屋根が連なって見える。
窓を開け、思わず呟いた。

「…晴れた」

「晴れましたね!」

インパルサーが後ろに立ち、嬉しそうに言った。
がしっと両手の拳を握り、上に突き出す。要するにガッツポーズだ。

「これで僕は、フレイムリボルバーと戦うことが出来ます!」


ソファーの上でうつらうつらとしていた鈴音が、体を起こした。
まず目元のマスカラが落ちていないか鏡で確かめてから、背筋を伸ばし、欠伸をかみ殺している。
その後ろからリボルバーが、鈴音を見下ろす。

「さぁて、スズ姉さんにこのオレの勇姿を見せられる時が来たってもんだ」

「程々にしときなさいよ」

「イエッサ。なぁに心配しないでくれ、ソニックインパルサーなんざスクラップにする価値もねぇよ」

「スクラップですか。それは怖いですね」

と、インパルサーは笑った。
リボルバーはにやりとしながら、胸を張る。

「まず最初に、てめぇの長ったらしい足を外してやるさ。そしたら蹴れねぇだろうが」

「でしたら僕は、あなたの無駄に大きな弾倉を外させて頂きます。その方が、速度も出るでしょう」

「言いやがるな」

「吹っ掛けてきたのは、あなたですよ」

そう言い、インパルサーはリボルバーと向き直った。
レモンイエローのゴーグルの奥が、少し明るい。サフランイエローの目が、光っているのだ。
リボルバーの左目を覆っているオレンジ色のゴーグルの奥からも、薄くライムイエローが見えた。

「ま、正々堂々とな」

「奇襲と強襲が得意なあなたにそれを言われても、まるで説得力がありませんが」

「くぁー…随分と、生意気になりやがって」


夕焼けが、リビングを染めていた。
その中に立つインパルサーとリボルバーの姿は、紛れもなく戦士になっていた。
空気が変わったのだ。
それはあたしだけじゃなく、鈴音も感じているようで、黙り込んでしまっている。
戦いは、もう始まってしまったらしい。




すっかり暗くなり、雨雲の晴れた夜空に少し星が散らばっていた。
足元の赤茶けた泥はぐっちゃぐちゃで、少し歩いただけでスニーカーだけじゃなく靴下も汚れた。
鈴音はもっと悲惨で、小綺麗なミュールのストラップから鮮やかなペディキュアまでどろどろだった。
戦場と化す住宅造成地は高台にあるため、夏祭りに騒がしい駅前と、花火を打ち上げる河川敷まで一望出来た。
所々に資材が積まれていて、紐で囲まれた土地の前には立て看板もある。誰か家を建てる予定らしい。
弱くて湿った風が吹き抜け、二つに分けて結んだあたしの後ろ髪が揺れた。

暗がりの中に立つ二人の影は、その色も相まって目立っていた。


「あと二分」

携帯の時計を見、鈴音はフリップを閉じた。
それをポケットにねじ込み、睨み合う二人を見つめた。

「男の世界、って感じ」

「うん…」

あたしはそんな言葉しか、出なかった。
まるで雰囲気が違う。
ついさっきまで、夕ご飯を作っていたインパルサーの手は硬く握られて、背中の翼は二倍くらいに伸びている。
リボルバーは見た目は変わっていなかったけど、両肩の大きな弾倉を少し動かしたりしていた。
インパルサーのレモンイエローが、やたらに目立っていた。

遠くで、花火を打ち上げた音がした。
甲高い笛の音が空高く向かい、そして。

閃光が花となり、夜空に広がる。



大きな炸裂音が合図であったかのように、二人は駆け出した。
インパルサーは二三歩踏み込んだところですぐにジャンプし、両足を長く伸ばして蹴りを繰り出していく。
その数発がリボルバーに当たったのか、がつん、がつん、がつん、と三回重たい音がした。
だがすぐに、その音は止む。
長い足はリボルバーの腕に挟み込まれ、高く足を上げた格好でパルは止まっていた。


「ツラぁ…出したか?」

やけに楽しげな、リボルバーの声。
何かがぱきんと割れた後、少し低い、インパルサーの声がした。

「お望みとあらば」


直後。
リボルバーの銃身を掴んだインパルサーが、彼を投げるようにぐるっと上下を反転させる。
背中から地面に倒れたリボルバーを蹴ってから、高々と飛び上がる。あたしと鈴音の頭上を、青い長身が漂う。
がしゃんと何かを動かしてから、インパルサーは右腕を突き出した。

「ノーマルがたったの百二十…少ないですね」


どぉん、とまた花火が上がった。
赤や青といった色鮮やかな炎に照らし出された、インパルサーの横顔からは、マスクもゴーグルも消えていた。
すらりとした鼻筋に細身の顎を持った、やけに整った顔立ち。目の下は、やっぱり人間みたいな顔だった。

あれが、彼の本当の顔なのだ。


黒光りする細長いものが、右腕から出ている。たぶん、銃身だ。あたしはあれを、一度見せてもらったことがある。
それをリボルバーに向けていたけど、すいっと下げる。頭上の青い姿が消えると同時に、弱い風が抜けた。
直後に、パルは滑り込むようにリボルバーの懐に入っていた。凄く速い。
リボルバーは今度は殴られ始め、がん、がん、と胸の辺りを強くやられながらずり下がっていく。
だがしばらくすると、インパルサーの拳は、ぱしんと黒い手のひらに止められた。

「撃たねぇのか?」

リボルバーは、インパルサーの拳を両方とも掴んでいた。
相当に強く握り締められているのか、インパルサーの表情が歪んでいる。きっと、痛いんだ。
彼は少し口元を広げ、笑う。

「撃ちましょうか?」


花火は、上がり続ける。


暗闇の中に数回、細かい火花が散った。乾いた銃声が、花火の轟音に混じって何度も響く。
その小さな光はリボルバーの顔の脇を抜け、背後の泥水にぱちゃぱちゃっと落ちたようだ。
インパルサーは右腕だけ回したのか、銃身が内側に向いている。結構無茶苦茶だ。
一瞬手を広げたかと思うと、マリンブルーの指をリボルバーの指と無理矢理絡める。何をするつもりなんだろう。

ごわっと何かを吹き出すような音。

直後、リボルバーの真上に、上下逆さになったインパルサーのシルエットが出来る。
翼を持った影がくいっと捻られ、ぱしゃっと軽く着地した。すると、リボルバーの体が持ち上げられた。
パルが彼を背負う前に、今度はリボルバーの体が上下逆さになり、投げ飛ばされた。
投げ飛ばす途中でインパルサーの手が放されたのか、赤くて大きな姿が落ちる。
その直線上に、資材で膨らんだ青いビニールシートがある。リボルバーは、激しい音と共にその中に埋まった。
インパルサーはそれを見下ろし、やけに冷たい口調で言い放った。

「さあ、早いところ決着を付けてしまいましょうか」


すると、ぶわっとビニールシートが上がった。折れたり割れたりしている資材が、全部持ち上げられている。
その下にいるのは、当然リボルバーだ。ぼたぼたと落ちる泥水の中、彼の横顔は、笑っている。
資材は邪魔そうに放り投げられ、隣の大きな水たまりを埋めた。いいのか、それで。
リボルバーはがしゃんと大きな右肩の弾倉を回し、銃口を上げる。

「やっとやる気になったか」


「不本意ですけどね」

そう言ってはいるものの、インパルサーは少し笑っていた。
でもその笑顔は、どこか狡猾そうだ。声も落ち着いているとかじゃなくて、怖い。

「ですがあなたも腕が落ちましたね。僕なんかに、投げられてしまうなんて」

「ああ、そうだな…ちいとばかし情けねぇ話だよ!」

にやりとリボルバーは口元を広げ、両足を広げた。
そして腰を落とし、射撃を始めた。一気に何発も撃ちながら、空中に飛び出したインパルサーを追う。
発砲音と閃光に追われながらも、インパルサーはふわりと動いていく。一発も、当たっていないようだ。
それと一緒になって、リボルバーの上体が逸れていく。そのまま、青い姿は彼の頭上を抜けた。
するとその青が、どんどんこちらに近付いてくる。おい、待て、パル。
あたしは思わず身を引いてしまい、後ろにいた鈴音にぶつかった。見上げると、鈴音は怖い顔をしていた。
ずしゃっと膝を地面に当て、インパルサーは目の前に着地した。泥が跳ねて、マリンブルーを汚している。
白銀色の顔が、暗がりの中で目立つサフランイエローに照らされ、あたしを見上げた。


銃撃が、途端に止まった。
離れた位置で、リボルバーが舌打ちする。汚ねぇぞ、とか言っているようだ。



にやりと嫌な笑みを浮かべながら、インパルサーはあたしを見ている。
マスクの下は、そんな顔をしていたのか。狡賢そうな目をした、嫌な笑い方をする顔を。
だから彼は、マスクの下を見せたくない、と言ったのか。こんな顔になることを、知っているから。
思わず、あたしは呟いていた。

「パル…あんた」


「僕は僕です、由佳さん」

表情は変わらない。

「ですがこの状態は、僕だとは思いたくない。いえ、思って頂きたくない」

立ち上がったインパルサーは、あたしに背を向けた。
翼が、大きい。いつもの二倍以上だ。

「今の手を見たでしょう? 次はあなたを、僕は盾にしてしまうかもしれません。…この手で」

こちらに横顔を向けながら、右腕の銃身を左手で動かす。
ばらばらっ、と熱い何かが足元に落ちた。

「あと数回彼とやり合えば、どうなってしまうか…その前に、由佳さん、鈴音さん、お二方はどうか」


「逃げてくれよ、スズ姉さん!」

力のこもった、リボルバーの声が響いた。
花火の光が、彼の険しい表情を暗闇から浮かび上がらせる。

「オレ達が姉さんらを、撃っちまう前にな!」

インパルサーが言うより早く、リボルバーが叫んだ。
彼は苦しげに歯を食いしばっていて、目元はぎゅっと歪んでいた。
やっぱり、思った通りだった。インパルサーもリボルバーも、どっちも苦しんでいる。


「…ボルの助、あんたねぇ!」

隣の鈴音は拳を握り、身を乗り出した。
でもその肩が震えているのは、傍目に見てもよく解った。

「だぁれがここから逃げるもんですか! コマンダーに、命令なんかするんじゃないの!」 

あたしは目の前に立つ、見慣れない顔をした彼を見上げた。
初めて見たインパルサーの戦士としての姿は、怖い。表情も声も変わっているし、雰囲気がまるで違う。
だけど、やっぱり優しい。優しいから、逃げろなんて言うんだ。命令を守れないかもしれない、なんて言うんだ。


間違いなく、これはパルだ。



「…この」

「え?」

「この馬鹿…なんで逃げろなんて事言うの、あんたは自分を信じられないの?」

インパルサーが、振り返った。
あたしはその胸の辺りに、ごん、と拳を当てた。痛い。

「そりゃあたしも銃とか武器は怖いよ、当たると絶対に痛いし、痛いのは嫌いだし!」

パルの口が、半開きになっている。苦しそうな顔だ。
あたしは、叫んだ。言っていることが恥ずかしいけど、この際気にしていられない。

「だけどこれとそれとは別! パルもボルの助も自分を信じられないのかー!」

「由佳さん…」

「そんな顔が出てたって、あんたはパルだ、間違いなくパルだ! ボルの助もボルの助だぁ!」

泥に汚れたスカイブルーを、何度も何度も殴りつけた。
息が荒くなっていて、目元が熱い。泣いているんだ、あたしは。

「優しくて良い子で可愛いパルが、鈴ちゃん愛してて命令厳守のボルの助がぁ!」



「あたしや鈴ちゃんを狙って撃つなんてこと、あるわけあるもんかぁ!」




自分でも、変な日本語だと思った。
インパルサーは表情を歪めて、所在なさげに両手を広げている。迷っているのだ。
その右腕には銃身が出たままで、撃ったばかりで熱いのか、掛かった水が蒸発してうっすらと泥が付いていた。
足元に転がっているものに、花火の閃光が映ってぎらぎらしている。これは、きっと薬莢だ。
泣くのを堪えているとしゃくり上げてきてしまい、却ってダメだった。ああもう、あたしって。
すると、やけに冷たくてべったりした感触が顔にあった。なんだ、いきなり。
目の前には少し汚れたスカイブルーと、その上にはインパルサーの顔がある。
銃の出ていない方の、左手があたしの肩を抱いていた。
そうか、あたしはパルに抱き締められたのだ。なんてことだ。


少し上で、苦しげなインパルサーの声が聞こえた。

「ありがとう、ございます」

「ほら見ろ」

なんとか涙を堪え、無理矢理笑って顔を上げる。
ゴーグルとマスクが移動したのか、尖り気味の帽子のツバみたいなのが丸いヘルメットの上にあった。
その下にある目の色は、少し弱まっていた。泣きそうなのか、もしかして。

「泣くんじゃないの。あんた、戦士でしょうが」

「ですが…」

そう弱々しく呟き、泥に汚れた手で目元を擦った。本気で泣いていたらしい。
せっかくの美形っぽい顔の目元が、赤茶けてしまった。冷却水と泥水が混じって、変な涙になっている。
あたしは仕方なしにハンカチを出し、それを拭った。世話の焼けるロボットだ。

「本気で泣くやつがあるかい。あたしはまだいい、でもあんたはダメでしょ」

「どうしてですか?」

「どうしてって…そりゃ、情けないと思わない?」

「はぁ」

インパルサーは解りかねる、といった顔をした。マスクがないと、表情がよく解る。当然だけど。
銃身が出たままの右手で、がしがしと滑らかな頬を掻いている。この顔じゃ、あんまり似合わない。
右手にも当然泥が付いていて、見た目美形な顔は更に汚れた。ますます情けない。
そんな光景を見ていると、気が抜けてきた。あまりにも、行動と姿が似合わないからだろうか。
冷たいスカイブルーの胸板を少し押し、彼との間隔を開けた。

「なっさけないの」

「まだ、それ言うんですか?」

「情けないものは情けない。自分でもそう言ってたじゃんか」

「自分で…って、それはまだいいんですよ、自分にですから。でも改めてそう連呼されると…」

と、インパルサーは顔を逸らした。
あたしは笑い、肩アーマーの002の辺りを軽く叩いた。

「でも良かった。やっぱり、パルはパルだ」

「情けないから僕らしいんですか?」

「そうなるかも」

「あまり嬉しくないです」

インパルサーは少し笑ったが、すぐに表情を硬くする。

「ですが、離れていた方がいいのは変わりません。途中でいつエモーショナルリミッターが外れてしまうか…」


どん、と重たいものが落ちる音。
顔を上げると、やはり泥と水に汚れたリボルバーがやってきていた。彼は銃身を縮めてから、鈴音に近付いた。
鈴音は少しだけ笑ったが、またすぐに怖い顔に戻した。強情な。

「理性が飛んじゃうから心配、ってことなの? でもボルの助、あんたはいつも飛んでるようなもんじゃない」

「最近はそうでもねぇだろ、姉さん」

リボルバーは苦笑した。

「そういう範疇じゃねぇんだよ、スズ姉さん。普段はそれなりにエモーショナルを通してるせいでシンキングパターンは手順踏んでるんだが、エモーショナルリミッターが外れちまうことでそいつが一足飛びになって、戦うことが最優先になるんだ。そうなっちまったら、オレもソニックインパルサーも何するんだかさっぱり想像が付かねぇんだよ」

「それ、役に立つの?」

訝しげに鈴音が尋ねる。リボルバーは腕を組み、俯いた。

「エモーショナルリミッターが外れてねぇ時に戦ったことがねぇから、解らねぇな」

「ですが、外れないように頑張って、戦ってみます」

インパルサーはあたしを放し、笑った。
がん、と片手で胸を叩いた。

「これもマスターコマンダーの策略の一端だとしたら、僕はそれに全力で抵抗していきます」


「またマスターコマンダー?」

「話せば長くなるんですが」

「今度、ちゃんと話してね。変に隠し事されてると、すっきりしないから」

「了解しました」

インパルサーは敬礼した。
あたしは頷き、パルの顔辺りを指した。

「理性飛ばしたりしたら!」

「あの…ジャスカイザーだけは…やめて下さいね」

どんどん表情が曇った。ううむ、解りやすい。
インパルサーは、まるで世界中の不幸を全部背負ったような顔をしている。
あたしは昨日の夜にした命令を思い出し、さすがにあれはやりすぎたと思ったので、こう言った。

「解ってる解ってる。理性飛ばさなかったら、あんたの欲しいもの買ってきてあげよっか。一つだけ」

「それじゃ、あの!」

途端に目を輝かせ、詰め寄ってきた。現金な。
インパルサーは両手を狭めて携帯電話くらいの空間を指の間に作り、それをあたしに向けた。

「コールカイザー、買ってきて頂けますか!」


あたしが思わず変な顔をしていると、鈴音がリボルバーの向こうから顔を出した。
あっちはあっちで、話を進めていたらしい。
鈴音はポニーテールを揺らしながら、同じように携帯電話くらいの幅を指の間に作る。

「ああ、あれねー。ジャスカイザーのなりきりトイ」

「は?」

「凄いんですよ、コールカイザーは! ジャスカイザーの音声もそうなんですが、ナナエオペレーターの応答も入っているんですよ! 他にもアウトロードとか、コール音とか、色々と…」

インパルサーは、更にいかにコールカイザーが素晴らしいか語り続けた。
あたしはもうげんなりしてきたが、一度約束してしまったら仕方ない。曖昧に答えつつ、頷いた。

「うん、解ったから。ちゃんと命令守れたら、買ってきてあげるから」


「オレは、オレは何かあるんですか姉さん!」

すかさず、リボルバーも鈴音に詰め寄る。鈴音は思わず後退って、その拍子に水溜まりへ片足を突っ込んだ。
嫌そうにその足を出し、汚れ切ったミュールに泣きそうな顔をした。が、もう諦めたらしい。
仕方なさそうに苦笑してから、リボルバーを見上げた。

「愛してるを一回だけ解禁」

「一回…たったの一回なんですかい、スズ姉さん…」

「嫌なの?」

「いや、その、いぃよっしゃああああああぁ!」

思い切り力を込め、リボルバーは両腕を突き上げた。きっと、内心は複雑に違いない。
泣き笑いのような表情のまま、びしっとインパルサーを指した。

「さぁ来い、ソニックインパルサー! お互いの戦利品のために、戦いの続きをおっ始めようじゃねぇか!」

「そうですね、フレイムリボルバー!」

がしっとインパルサーも拳を握り、高々と夜空に向けた。

「コールカイザーが僕を待っているんです!」


二人は地面を蹴って飛び上がると、空中で戦いを再開した。
でもその間には、さっきまでの壊れそうなくらいの緊迫感はなくなっている。
これはこれで、いいのかもしれない。

花火大会は佳境に突入していて、スターマイン連発が始まった。
河川敷が明るく、人間と思しき小さな影がわらわらと堤防に乗っている。良くあんなに人がいるなぁ。
夜空を焦がさんばかりに伸びる花火の光と、ひっきりない炸裂音が二人の銃声を掻き消す。
時折、リボルバーと思しき妙な叫びがそれに混じった。


やけに楽しそうな二人が、空中で、たまには地上で取っ組み合っている。
花火に横顔を照らされているその姿は、所々汚れているけど、いつにも増して色鮮やかだった。
あたしはなんとなく、隣に立つ鈴音を見上げた。
いつものきりっとした目ではなくて、なんか凄く優しい感じになっている。可愛いぞ、鈴ちゃん。
でもそれを言ってしまうと、またいつもの目に戻してしまいそうなので、言わなかった。
不純な動機で戦う二人の戦士が、スターマインの閃光でぎらついている。



インパルサーの顔は、いつのまにか元のマスクフェイスに戻っていた。

ちょっと残念。







04 4/3