Metallic Guy




第九話 鋼鉄の、見る夢



窓の手前で、レースカーテンが揺れた。
青い戦士を隠すように、風を受けてふわりと広がる。
俯いたままのマスクフェイスは何も語らず、ただ、ぺかっと光を跳ねているだけだ。
その光は強く、眩しかった。
あたしはベッドの上に座ったまま、手にした本を閉じた。

インパルサーは、起きる気配がない。

あの戦いが終わったその翌日から、疲れを癒すかのように眠りだしたのだ。
鈴音に聞いてみると、リボルバーも同じ状態らしい。といっても、あっちは押し入れの中らしいが。
ヒューマニックマシンソルジャーには休眠が必要だということは知っていたけど、こんなに長時間なのは珍しい。
だけど、いつものように前方へ頭を突っ込む寝方ではなく、片膝を立てて腕を乗せ、背中を丸めている。
青い翼は窓際に伸び、マリンブルーが鮮やかだ。その長さは元に戻っている。どういう構造してるんだ。
あたしはそんな彼の姿を見ながら、彼から話されたことを思い出した。
あの戦いの理由と、インパルサーとリボルバーが、地球へやってきた理由の話を。

その内容は、凄かった。





ワープウェーブから脱した体を、宇宙特有の重力が弱い空間に落とした。
目詰まり寸前まで酷使した両足のハイパーアクセラレターブースターを解除し、とん、と着地する。
足元に巡る円形の光が弱まり、消えた。ワープフィールドのエネルギーが安定し、停止する。
視界の前をついっと流れる黒い筋は、アドバンサー達の返りオイルだ。戦ってきた、証拠みたいなものだ。
僕はそれを拭い、すっかり汚れた手を見下ろした。硝煙と機械油が泥と一緒にへばりついて、黒々としている。
背中の翼を調整し、長さを元に戻す。大きさがありすぎると、マザーシップ内では引っかかってしまう。
汚れた手を握り、両手に持っていたロングバルカンを格納庫行きのシューターへ放った。

どん、と肩を突かれた。

「真っ黒じゃねぇか」

振り向くと、レッドフレイムリボルバーが立っていた。彼も帰還していたんだ。
その体は僕とは違い、返りオイルで汚れてはいない。代わりに、ミサイルの破片が右肩の弾倉に深く刺さっている。
大きな傷口から零れる電流が、にやりとした彼の横顔を照らした。
僕は左腕からレーザーソードを出し、刃を伸ばしてその破片を貫いて引き抜き、落とす。

「あなたこそ。手酷くやられましたね、逃げ遅れたんですか?」

「避けきれなかったんだよ。それじゃオレが弱ぇみてぇじゃねぇか」

彼は壊れていない方の弾倉から空薬莢を抜き、足元へ転がした。こん、とミサイルの破片の中に落ちる。
僕はゴーグルとボディを伝うオイルを拭ったが、汚れは完全に取れなかった。あとで洗浄剤を使おう。
それらをダストシュートへ蹴り入れつつ、返す。

「どちらも同じですよ」


背後のワープゲートの一つが、発光する。
すぐに姿を現した小さな影が、ゆらりと空中を滑ってやってきた。その背には、二本の大きなブースターがある。
黒光りする装甲を纏った細身の指先を、彼女は胸の前で組んだ。

「兄さん」

「ヘビークラッシャー。お前も無事か」

へ、とフレイムリボルバーが笑った。
小柄な少女型ヒューマニックマシンソルジャーの、ブラックヘビークラッシャーだ。僕らの妹だ。
胸元の005を隠すように手を押さえ、綺麗なピンクの吊り上がったスコープアイを伏せたのか、色が陰った。

「インパルサー兄さん」

「ヘビークラッシャー」

僕は、彼女の小さな肩に手を当てた。
途端にヘビークラッシャーは身を縮め、僕の胸に軽く頭を当てた。それだけでも、相当な重量が来る。
彼女はこちらに過度な負担を掛けないように重力場を調節しながら、呟いた。

「アドバンサー達、かわいそうだよ。私より、ずっとかわいそう」

「あなたは優しいですね」

ヘビークラッシャーは、僕に撫でられるままになっている。

「なんで、有機生命体共は出てこないの! あの子達ばっかりにやらせて!」

「そいつが嫌いなんだよなあ、マスターコマンダーは」

フレイムリボルバーが腕を組み、天井のモニターを見上げた。
つい先程まで僕達がいた惑星、コズミックレジスタンスが大負けした戦場が表示されている。
銀河連邦政府軍は撤退していくようで、大型のスペースシップが次々に衛星軌道上を脱していく。
彼はへっ、と馬鹿にした笑いを発した。

「だがこれも、どっちもどっちだとしか思えねぇな。結局、無機は有機の道具でしかねぇんだなぁ…」

「ならばなぜ僕達に意志を持たせ、感情を作ったのか、マスターコマンダーに問い詰めてみたいです」

と、僕は少し笑った。おや。結構きついことを言ったのに、いつもの過電流が来ない。
会話は、マスターコマンダーには聞こえていたはずなのに。
ヘビークラッシャーとフレイムリボルバーもそのことに気付き、不思議そうな顔をしている。
何か、ある。そう感じずには、いられなかった。
すると、ワープユニットルームのドアが開いた。広い通路には、僕の部下さんが立っている。
ハイスピードタイプの量産型ヒューマニックマシンソルジャーは、かつんと敬礼した。

「ブルーリーダーどの!」

「なんですか?」

「マスターコマンダーのお呼びであります! メインブリッジへ、早急にとのことです!」

僕は、僕と良く似たマスクフェイスの彼に頷いた。

「了解した」

「では!」

最敬礼し、ドアが閉じる前に彼は行ってしまった。案の定だ。
ここのところ潜伏していたはずのマスターコマンダーが、わざわざマザーシップへ帰還するなんて。
しかも、僕なんかを呼びつけるなんて。自分で散々失敗作呼ばわりしていたはずだというのに。どういうことだろう。
嫌な予感がしないわけがない。それは、フレイムリボルバーも同様だったらしい。
顔をしかめ、肩を竦める。

「行く気なんざ…さらさらねぇだろうなぁ」

「インパルサー兄さん」

ヘビークラッシャーが僕を見上げている。可愛い造形のヒューマンフェイスが、心配げな表情をしている。
その頭に軽く手を置き、先の尖った滑らかな頭部アーマーを撫でる。

「大丈夫ですよ。ちゃんと、戻ってきますから」

「スクラップにされちまってたら、きっちり繋げておいてやらぁ」

「溶解していたら?」

「バックアップでも引っ張り出しゃあいいだろ」

「そうでした」

と、僕が笑うと、ヘビークラッシャーがむくれた。

「リボルバー兄さん! なんでそんなこと言うの!」

「冗談に決まってんだろ」

フレイムリボルバーがヘビークラッシャーを茶化す。いつもこうだ、この人は。
二人に背を向け、ドアへ向かった。反応してすぐに開き、通路へと空間が繋がる。
通路に立っている数体の量産型ヒューマニックマシンソルジャー達の色は、青い。僕の部下さん達だ。
彼らは一斉にかかとを鳴らし、同じ動きで敬礼した。僕はドアが閉まりきってしまう前に、一度振り返る。
フレイムリボルバーが、泣きそうな顔をしているヘビークラッシャーの頭を押さえていた。




かちゃり、とドアノブが回った。
横目にそちらを見ると、涼平が部屋を覗き込んでいる。
お盆休みが終わって、戻ってきたのだ。父さんと母さんは、また仕事に戻ってしまった。
弟は、じっと物言わぬロボットを眺めた。

「パル兄、起きない?」

「まだみたい」

りん、と窓際の風鈴が鳴る。ひらひらと、糸の先の紙が回った。
涼平の日に焼けた頬が、照らされている。

「戦ったって、マジ?」

「マジ」

あたしは本を閉じ、起き上がる。
以前程うるさくないけど、やっぱりセミの声は聞こえている。
泥汚れを全て落として、ついでにちょっと磨いたインパルサーの表面は、つやっと輝いている。
弟はかなり残念そうに、ため息を吐いた。

「見たかったなぁ」

「強かったよー、どっちも」

「相手って、ボルの助だっけ?」

「そう、鈴ちゃんとこにいるの」

「うぇっ!?」

驚いたように、涼平は目を見開いて声を上げた。
そして途端に羨ましそうな顔をして、インパルサーとあたしを見比べる。
あからさまに動転したその様子が、ちょっと笑えてしまった。

「羨ましいのか」

「別に」

涼平はむくれながら、ドアを閉じた。弟よ、嘘はいけないぞ。
弱くて蒸し暑い風が、またカーテンを広げた。ゆらゆらと影が波打ち、フローリングの明るさが変わる。
あたしは、ぎらりとしたインパルサーの側頭部のアンテナを眺めた。
まるでナイフのような、鋭いアンテナ。あれで何を受けて、何を感じて、何を見られるんだろう。
ちょっとだけ、そんなことが気になった。
膝を抱えてその上に顎を乗せ、彼の優しい声で話された、生々しい戦いの話を思い出した。
パルは、眠ったままだ。
無表情なマスクフェイスの下に隠した顔は、今、どんな感じなんだろう。
夢を見ているのだとしたら、一体どんな夢を見ているのだろう。





あの人が、いた。
マザーシップの全てを操れるメインブリッジの中央で、マスターコマンダーは僕を待っていた。
周囲をガーディアンタイプのヒューマニックマシンソルジャーに囲ませ、長くて黒いマントをひきずっている。
巨大なモニターの下、艦長席に腰を落として座っていた。採光パネルのないゴーグルが、振り向いた。
僕はその前に立ち、敬礼した。

「お呼びですか、マスターコマンダー!」

彼は、コンソールを叩いていた手を止めた。ぶわりと広がった黒の中に、機械の両足が見えた。
ゆらりと、メインモニターの逆光の前に黒い長身が立つ。一方の手には、小さな金属製の箱が握られている。

「ああ、呼んだぞ。ソニックインパルサー」

その箱を、ことん、とコンソールの前に置いた。箱の蓋に、逆三角に文字が入ったエンブレムが光る。
少なくとも、その逆三角はコズミックレジスタンスのものじゃない。銀河連邦政府軍のものでもない。
色々メモリーを探してみたけど、それが一体どこのものなのか、さっぱり解らなかった。
マスターコマンダーの手袋に包まれた手が、握られる。

「この近隣の惑星には、まだ銀河連邦政府も手を付けていなかったな」

「は!」

かつん、と僕はかかとを当てた。その硬くて高い音が、やけにメインブリッジに響いた。
マスターコマンダーがメインモニターに振り返ると同時に、映像が切り替わった。
澄み切った青に形作られた惑星が、大きく表示される。
マスターコマンダーは、声を荒げる。

「愚かだ、愚かだあの連中は! 何が信頼だ、何が和平だ、誰もそれで私を止められやしないではないか!」

だん、と力強くコンソールが殴られた。

「貴様らのそのぬるい考えは、いつか我が身を滅ぼすと知れ! 私を生け捕りにしてギャラクシーグレートウォーも終息させようと目論んでいるようだが、それも失敗に終わるぞ! なぜなら!」


マスターコマンダーは、メインブリッジに声を響かせた。

「我が計画は生き続ける! そう、あの惑星でな!」


青々とした、平和そうな惑星。
僕はそれが表示されているモニターを、じっと見上げていた。あそこに、この人は戦いを持ち込む気だ。
下に番号がある。非戦闘区域惑星・番号七八六四、というらしい。座標位置からすると、相当な辺境だ。
だけど、どうやって。次に銀河連邦政府軍と遭遇したら、損傷の激しいマザーシップは撃墜されるだろう。
そうなったら、今度こそマスターコマンダーは捕らえられてしまう。もう、船内は攻略されてしまったのだから。
どこへ逃げたとしても、必ず見つかる。
なのに、なぜ今更新たな戦いを起こそうというんだろう。この人は一体、何を考えているんだ。

「なぜ、か…教えてやろう、ソニックインパルサー」

マスターコマンダーが呟いた。そうか、僕のシンキングパルスをこの人は感じられるんだ。
不意に、マントの下に隠れていたもう一方の手が挙げられた。
すると足元のパネルが開き、そこから幾本もの太いケーブルが溢れ出した。まずい。
左腕のレーザーソードを作動させようとしても、唸りすらしない。そうだ、彼の近くでは僕の武器は作動しないんだ。
なんとか体を捩ってみるも、もう両手も両足も、首すらも黒いケーブルが絡め取っている。関節が、軋む。
突然、前傾姿勢にさせられた。顔を上げると、目の前にマスターコマンダーが立っている。

マスターコマンダーの片手が、握られた。


「ぁうっ!」

突然、僕の胸部アーマーが開かれる。接合されていたメインシャフトが千切れ、ケーブルが外れた。
折れたメインシャフトを伝い、返りオイルが足元に落ちた。回路やユニットが露わになって、空気が抜ける。
外気の冷たい感触の中に、破られるような痛みが混じった。
何本もコードが繋がった深い青の球体、僕のコアブロックがマスターコマンダーに引っ張り出されていた。
あの小さな箱は開けられ、中身がふわりと漂っている。見たこともない、回路だ。

「戦いを起こすのは私ではない。お前だ」

「僕…ですか?」

「そうだ、お前だ。お前のような者でも、あの惑星なら制すことが出来るだろう」

触られてすらいないのに、コアブロックの外殻が滑り、開いてしまう。
開けられた中に、僕のエモーショナルとそれを抑え込むリミッター、そしてメモリーバンクが並んでいる。
その間に、先程の小さな箱の中身が押し込まれた。その痛みのせいか、まるで声が出ない。出せない。
回路が遮断されそうな感覚が続いて、しばらくするとそれが納まる。気付くと、コアブロックが閉じていた。
それを太いケーブルによって押し戻され、胸部も閉じられた。中はぐちゃぐちゃだ。
マスターコマンダーは、にやりとゴーグルの下の口元を曲げた。

「喜べ、ソニックインパルサー。そのバックアップメモリーを搭載した今から、お前はもう一人の私となる」

ケーブルが緩み、僕を解放した。
床には倒れず、なんとか立ち上がれた。でも、至る回路がひどく痛む。先程の回路が馴染んでいないからだ。
ボディもメンテナンスを終えていなかったため、ぎしぎしする。立っているのが、やっとだ。
視界が開ける。マスクとゴーグルが、開いてしまったからだ。なんだろう、戦闘もしていないのに。
僕は足を踏ん張り、彼を見上げた。

「…マスター、コマンダー!」

「私を殺すのか、ソニックインパルサー?」

胸を反らしながら、マスターコマンダーは僕を見下ろす。
僕のコアブロックを出したことにより、オイルにまみれた手をマントの下に隠す。

「だがあの女すら、いや、どんなに矮小な有機生命体であろうとも殺せなかったお前には、私は殺せん。違うか?」

視界に、あの軍人さんの姿が現れた。あの女、とマスターコマンダーはいつも彼女のことを称している。
だから彼女の本当の名を、聞いたことがない。なんと言うんだろう。
金色のふわふわした長い髪の、小柄で大きな瞳を持った軍人さん。アドバンサー部隊の、リーダーさんでもある。
その映像が映し出されているメインモニターの前に、マスターコマンダーの背があった。

「だがこれが、あの女を苦しめるにはこの手段が一番だ」

「あの人を…」

「ああ、あの女だ」

濃紺の軍服に身を包んだ、勇ましいリーダーさんの姿がモニターに広がる。
マスターコマンダーは、それを見つめる。

「銀河連邦政府の誰よりも、惑星ユニオンの誰よりも、許されざる女だからな」


「私を裏切った報いだ」


マントが、翻る。
僕の隣を擦り抜け、ふわりと通っていった。
ガーディアンタイプのヒューマニックマシンソルジャーは、僕に敬礼してから出て行った。
静かなようでいて結構騒がしいメインブリッジの中、僕の荒い排気音が妙に大きく聞こえている。
メインモニターからリーダーさんの姿は消え、ワープアウト座標を示したギャラクシーマップに切り替わっていた。

許さない。

いつから、マスターコマンダーはこんなことを言うようになったんだろう。
僕が覚えているのは、前に一度、ミドルシップにリーダーさんがアドバンサーと共に乗り込んできた時からだ。
確か二人は、こう叫んでいた。

あなたを許せない。だけど、愛しています。だから私は、あなたを殺しに参りました。

これはリーダーさんだ。
アイしているから殺す、よく解らない。確かこの時、彼女は泣いていた気がする。

愛しているなら、なぜ私を理解しない。理解してこそ、愛だ。

これはマスターコマンダーだ。
アイって、そういうものなんだろうか。ますます、解らなくなった。
だけど、二人とも凄く悲しそうだった。
怒りもせず笑いもしないマスターコマンダーの悲しそうな声を聞いたのは、後にも先にもこのときだけだった。
マスクをなんとか元に戻して、姿勢を戻す。早く、メンテナンスと補給を終えなければ。

次の戦いが、始まってしまう。





「パル」

起きない。
微動だにせず、じっと眠っている。
普段ならちょっと呼びかけただけで反応して、なんでしょうか、と聞いてくるのに。
ここまで静かだと、ちょっと寂しい。
この間の夏祭りの時に買ってきてあげたコールカイザーは、きちんと箱に戻されていた。
派手な装飾の箱が、あのアニメ絵本とエプロンの上に置いてある。やっぱり、律義だ。

「起きてよ」

そう呟いてみても、インパルサーは固まったままだ。
彼の周辺だけ、時間が止まっているようだ。
あたしが良く殴ってしまうスカイブルーの胸板に、日が陰ってきたことで影が出来ている。
いつもはその体を出来るだけ邪魔にならないように動かしているから、小さめに見えている。
だけど今は動かしていないから、ありのままの大きさだ。
広い肩幅に長い足、大きな手にがっしりした体格。二メートルは越えてる高い身長、そして一番目立つ背中の翼。

改めて、男で戦士なんだな、と思えた。

いつもはあんなに乙女チックな動きとか思考とかがあるから、そう見えないだけだ。
戦場は宇宙か、色々な惑星だったと言っていた。だけど彼が戦場を飛ぶ姿は、思い浮かばない。
ばらして粗大ゴミの日に捨ててしまったあの武器を担いで、あの速さで、大量の巨大ロボを翻弄し倒していく。
生まれたときからずっと、あたしの部屋に落ちてくる日まで続いていた、パルの確かな現実だ。
あたしにとっては現実味がほとんどないけど、パルに取っちゃそれが自分の世界だったんだ。
シュール過ぎる。

地球って、日本って、東京ってなんて平和なんだろう。


「命令なのになぁ」

やっぱり、パルは起きない。






「まーた命令か」

リペアの済んだフレイムリボルバーが、舌打ちした。
格納庫の壁を蹴り、首を振る。

「今さっき、帰ってきたばっかだってのによ」

マザーシップがワープスペースに突入したのか、少し空気の感じが変わった。重力が強まって弱まって、上下する。
きゃっ、と高い声がしたので顔を上げると、ヘビークラッシャーが床に埋まっていた。また、やったらしい。
彼女はむくれながら、折れ曲がった床を掴んで体を起こした。右腕を開いてワイヤーを出し、天井に打ち込む。
しゅるっとワイヤーを巻き戻して脱すると、頬を膨らませる。

「…もうやだ」

「はっはっはっはぁー!」

さも楽しげに、フレイムリボルバーが笑う。性格悪いな、この人は。
弾薬の入った箱から数本のマガジンを手に取り、真新しい右肩の弾倉を出して差し込む。

「いい加減に慣れたらどうだ、そんくれぇ」

「リボルバー兄さんは超重金属製じゃないから、そんなことが言えるのよ。この体の重力制御、めんどすぎ」

「プロトボディの頃は、その重量の半分くらいでしたからね」

僕もフレイムリボルバーと同じように、減った弾薬を足していく。
バッテリー切れ寸前のレーザーソードを取り出し、バッテリーも交換する。消耗が激しい。
右手を上げたまま、ヘビークラッシャーは左手を振り回す。

「あんまり笑うと、床ごとへっ潰しちゃうよ!」

「悪ぃ悪ぃ」

と、フレイムリボルバーはまだ笑いながら返した。
ワープ空間での重力制御に慣れたのか、ヘビークラッシャーは天井からワイヤーを引き抜いた。
それを巻き戻して右腕に納め、スペアの入った箱を開けていく。素手じゃなく、これまた重力制御で。横着な。
がばっと開けられた箱の中から漂うバッテリーを取り、右の太股から出したレーザーアックスに差し込む。

「シャドウイレイザー兄さんは?」

「サブマザーシップだと思いますよ」

先程の戦場では後方支援に回っていたから、彼が乗っているなら後方のサブマザーシップだ。
ヘビークラッシャーは、不満げに唇を尖らせる。ころころ表情が変わって、見ていて可愛くて仕方ない。

「なんだぁ。遊んでもらおうと思ったのに」

「シャドウイレイザーはオレ達の前でも光学迷彩使いまくりだってのに、どうやって遊ぶんだよ?」

フレイムリボルバーが茶化すと、ヘビークラッシャーはにっと笑った。

「かくれんぼ」

「それは無茶ではないですか? 隠伏は彼の本領ですよ」

装填し終わったので、僕は右腕に銃身を戻して装甲を閉じた。ずしりと重たくなる。
ヘビークラッシャーは右手の人差し指を立て、こん、と軽く側頭部を叩いた。

「だいじょーぶ。ソナーは新調したし、見つけられないわけないもん。それに、見つからなかったら潰せばいいもん」

「潰しちゃダメですよ。いくらシャドウイレイザーが丈夫だからって」

その極端な考えに、僕は少し笑ってしまった。フレイムリボルバーもそう思ったらしく、おかしそうだ。
ヘビークラッシャーに搭載されている装備の中でも、一番飛び抜けているのがアンチグラビトンコントローラーだ。
僕は飛行性能を重視しているためにそこそこにいいものを持っているけど、彼女は別格だ。
重力制御範囲も比べものにならず、戦場の三分の一は一気に潰すことが出来るし、事実そうしたこともある。
己の重量と強大なまでの重力制御能力は、僕らの助けになっている。でもその代わり、武装は最低限。
ボディの重量をあまりにも増やしたため、その弊害で大型兵器を積むことは出来ない。銃も持っていない。
主要な武器と言えば、さっきのワイヤーとレーザーアックスぐらい。だけど、充分頼りになる可愛い妹だ。


「お呼びか」

ふと、聞き覚えのある声がした。
振り返ると、格納庫の入り口に細身の姿がある。紫の塗装を施された、細身のヒューマニックマシンソルジャー。
パープルシャドウイレイザーは目元を被う横長の赤いゴーグルを、こちらへ向けた。

「兄者」

「いえ、僕じゃないですよ。ヘビークラッシャーです」

と、僕は妹を指す。ヘビークラッシャーはぱっと表情を明るくし、床を蹴ってふわりと進む。
シャドウイレイザーは彼女を受け止め、少しだけ口元を綻ばせた。僕らは揃いも揃って、妹には凄く甘い。
楽しげなヘビークラッシャーと戯れる彼に、フレイムリボルバーは尋ねた。

「で、何の用事だ。わざわざワープ中に船を移るたぁ、余程の事だろ」


「いかにもその通りでござる、赤の兄者」

シャドウイレイザーの目線が、僕で止まった。感付かれている。

「青の兄者があの男に呼び出されたと知った途端、実に嫌なパルスを感じた。よって、こちらに参った所存」

「まぁそうですが」

「兄者。そなたのコアブロックから流れるパルスが変調しておられる。何か、あったようでござるな」


そうだった。
シャドウイレイザーはその光学迷彩と共に、とにかく性能の良いマルチソナーを搭載している。
僕らのシンキングパルスを読み取るどころか、次に何の攻撃をするか解るくらい、鋭くて速いロジックも。
フレイムリボルバーはがこんと弾薬の箱を閉じてから、頷く。

「言うなら言っちまえ。どうせ、あのいけ好かねぇマント野郎が妙なことしやがったんだろ」

「兄さん」

ヘビークラッシャーが怯えるように、ぎゅっとシャドウイレイザーの手を掴む。
彼はその肩を抱き寄せ、ゴーグルの奥の鋭いスコープアイを細める。

「兄者。我らの存在理由と稼動目的は、常に同じである。いかなることであろうとも、拙者は受け止めよう」


言うべき、なんだろうか。あのことは。
だけど今のところ、あのバックアップメモリーは作動してはいない。
メモリー自体にブロックが掛けられているのか、その中身のデータが僕に流れ込んでくることもない。
しばらく考えあぐね、やっぱり言わないことにした。無駄に心配掛けたくない。
僕は、ゴーグルの奥で笑顔を作る。

「なんでもありません。心配しないで下さい」


ヘビークラッシャーはまだ不安げだったが、遊ぶ方が優先のようで、シャドウイレイザーを引っ張って出て行った。
二人が出、格納庫と通路を隔てるドアが閉じた。
妹の重力制御範囲から格納庫が外れてしまったため、ふよふよと漂っていた弾薬が一気に転がり落ちた。
何本かそれらを拾い、フレイムリボルバーは訝しむ。

「生っちょろい考えだぜ。てめぇの様子がおかしいのは、シャドウイレイザーでなくたって気付く」

ごん、と僕の側頭部に彼の銃口が当てられた。

「隠し立てしてどうにかなるわけねぇだろ」

ごおごお、と船体を伝わってエンジンのがなりが聞こえる。やかましい。
当てられたままの銃口の奥で、がしゃん、とミサイルが装填されたのが解った。遠慮のない兄だ。
その鈍い銀色が、僕のゴーグルから発せられる明かりでちょっとだけ光っている。撃つ気はなさそうだ。
しばらく黙っていると、すっと銃口は上げられた。フレイムリボルバーは、がしがしと後頭部を掻く。

「変なところで強情だな、てめぇは」


「まぁいい。ろくでもねぇことになりそうなのは確かだ、何かあったら」

がん、とフレイムリボルバーは拳で胸を叩く。

「オレに任しとけ」

「不安ですね」

「あっさり切り捨てんじゃねぇよ、せっかくの温情を」

そう吐き捨て、彼は格納庫を出て行ってしまった。


兄弟達がいなくなった後の格納庫は、だだっ広くて少し物悲しく思えた。
まだワープを脱していない。行き先はきっと、あの青くて美しい惑星の近隣だろう。
普段行き来している星系からはかなり離れた、相当な辺境のようだ。マスターコマンダーも、良く見つけたものだ。
胸装甲には、少し痛みが残っていた。コアブロックの奥が、じりじりする。
僕は軽く手を当て、開いた。中はまだぐちゃぐちゃだったけど、コアブロックと周囲の回路に支障はないようだ。
中心にねじ込まれたコアブロックに、触れてみた。


マスターコマンダー。

あなたは何が、したいのですか。







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