Metallic Guy




第九話 鋼鉄の、見る夢



メインブリッジに、僕らは立っていた。
そろそろワープ空間を脱するから、出撃準備をしなくてはならないからだ。脱したら、またすぐに戦闘だ。
コマンダーデッキから見下ろす広いブリッジには、ぱらぱらと僕達の部下さん達がいる。忙しそうだ。
メインモニターに表示された光景は、良くある星系の一つだった。中央に恒星、そしていくつかの惑星。
あの青くて美しい惑星は四番目で、大きめの衛星もあるようだった。だがそこは、戦場にはならない。
メインモニターの右下の座標図に点滅する目標は、第四惑星からかなり離れている。
無数の小惑星帯が軌道上に連なって、ぐるりと星系を取り囲んでいる。アステロイドベルトだ。

ここが、戦場になる。


デッキのへりに乗るのは、イエローフォトンディフェンサーだ。
右の二の腕の003を先程の戦闘で擦ったようで、色が掠れている。ちゃんと塗り直すよう、言っておかないと。
彼は外していた両膝から下を戻しながら、首だけこちらに回す。

「ユニオンからえらく遠くじゃねーか。帰りのエネルギーはちゃんと温存してんのか、マント野郎は」

「期待は出来ぬ。マザーシップに搭載してきたのは、コズミックレジスタンス最後のエネルギーでござるからな」

シャドウイレイザーが、僕らの背後で腕を組んでいる。彼はここが定位置だ。
その視線が、僕で止まる。

「時に青の兄者」

「なんです?」

「あまり無理はなさるな。兄者はお優しいが、それは我らに向けられた優しさだ。己も、大事になさらねば」

うんうん、とヘビークラッシャーが頷いている。ふわりと背中のブースターを動かし、僕の目の前に滑り込む。
ピンクのスコープアイを近付け、妹はあまり大きさのない胸を張った。

「正直に言っちゃいなさいよ、兄さん。どうせ何かあったんでしょ」


ふと、フレイムリボルバーへ顔を向けた。すると彼は、それみたことかと言いたげな顔をしている。
何も知らないのはフォトンディフェンサーだけなのか、きょとんと目を丸め、兄弟を見回す。
ぐいっと体を傾けた彼は、僕とヘビークラッシャーの間に入り込んだ。

「兄貴、何かしたのか?」

「え、と」

思わず、マスクの頬の辺りを掻いてしまった。この癖、どうにかしたい。
するとヘビークラッシャーは僕の額に指先を当て、睨み付けてきた。ちょっと怖い。

「インパルサー兄さん」

「兄貴がオレらに隠し事して、隠し通せた試しはないんだから。さっさと言った方が、身のためだぜ?」

にやりとしながら、フォトンディフェンサーが僕の胸の前に手を広げる。
その腕に備え付けられているシールドジェネレーターが作動し始め、唸りを上げている。この人も困った人だ。
僕はだんだん押してくる彼の腕を取り、上に向けた。

「フレイムリボルバーみたいなことしないで下さい。危ないですよ」

「だいじょーぶ」

ヘビークラッシャーが、フォトンディフェンサーと似たような表情になった。

「インパルサー兄さんは、ディフェンサー兄さんの攻撃ぐらいでどうにかならないもん」

「そういう問題じゃないですよ。大体、戦闘時でもないのに他人に武器を向ける人がありますか」

「オレらロボット」

「やっていいことと悪いことの分別くらい、もう付けて下さい。あなたも稼動して五年は経ったんですから」

妙な屁理屈に、僕は心底呆れてしまった。フォトンディフェンサーは、多少ひねくれている。
ヘビークラッシャーはふわりと床に降り、伸ばしたままだった背中のブースターを下ろした。
その後頭部を、こん、とシャドウイレイザーが小突く。すると妹はむくれ、つまらなさそうな顔をする。

「だって」


「おい、てめぇら」

ふと、フレイムリボルバーが銃口を上げてメインモニターを指した。僕は、メインモニターを見上げる。
表示されているのは、無数の小惑星だ。大小様々な岩石が、宇宙の暗闇に沈んでいる。

「最後の戦いの舞台にしちゃ、随分としけてるじゃねぇか。アステロイドベルトたぁな」

「決戦、ということでござるな」

「次があるとは思えねぇだろ、この状況じゃ。トランスポートシップでもかっぱらえば別かもしれねぇが」

「私達は賊じゃないもん。それにそんなことしても、銀河連邦政府の処罰が重くなるだけで何も変わらないよ」

と、ヘビークラッシャーがフレイムリボルバーに言い返した。ごもっとも。
シャドウイレイザーが頷く。

「うむ。捕らえられた後はスクラップになるのは目に見えているが、せめて形だけでも残っていたいものだ」

「縁起でもねー」

フォトンディフェンサーが、嫌そうな顔をした。だけど、それ以上は続けなかった。
これは、僕らが生み出されたときから皆解っていることだ。僕達は、悪いことをしているのだと。
だから銀河連邦政府に捕らえられてしまったら、処刑されて全員スクラップだ。
無論、皆スクラップにされるのは嫌だ。嫌だけど、マスターコマンダーにはどうしても逆らえない。
逆らえばどうなるか、想像したくもない。スクラップよりもひどいことになるだろう。
僕はマスターコマンダーの思考を読み取ることは不可能だし、読み取れたとしても理解出来ないだろうから。



「理解させてやろう」



あの人の声だ。
思わず顔を上げ、辺りを見回した。だけど、どこにもマスターコマンダーの姿が見つけられない。
スコープアイを最大限に開いて凝視してみても、結果は同じだ。どこにいる。
だけど先程の声は兄弟達には聞こえなかったようで、何も反応しない。あのバックアップメモリーからか。
フレイムリボルバーが不思議そうな顔をして、僕を覗き込む。

「どした」

「いえ、なんでも」

そう首を横に振ろうとしたが、動かない。片手を挙げようとしても、固まっている。おかしい。
なんとかボディのコントロールを戻そうとあらゆる回路を繋げたり切ったりしてみても、変わらない。
そのうち、ヘビークラッシャーが覗き込んできた。

「兄さん?」



「…真正面、いや、どこでもいい」

僕は、何も言っていない。これは、誰だ。
マスターコマンダーだ。

「早急にマザーシップを停止させ、付近の小惑星に接岸しろ。銀河連邦政府軍は、付近で待ち伏せている」



「だけど、まだワープアウトして四十二秒だぜ? いくらソナーのいいあいつらだって、そう早くは見つけられねぇよ」

と、フォトンディフェンサーが変な顔をした。

「兄貴?」

なんとか言葉を音声に変換して、いや、せめてコミュニケートウェーブにして送信しなければ。
このままじゃ。マザーシップが停止してしまう、戦いが始まってしまう。
だけどまるでボディが指示に従わない。まるで僕のものではないみたいだ。いや、実際。
僕が、僕でない。
勝手に手が動いて、だん、と強くコンソールを殴った。壊れてしまう。
何枚かコンソールが跳ねて吹き飛び、その下のパネルが露わになる。
それを押さえ込んでいる手のひらから出たプラグが、直にパネルに繋がる。
覚えのないデータが、どんどん注ぎ込まれていく。一体、何をしようと言うのだ。あの人は。

「こういうことだ」



いけない。

マザーシップを包んでいたカムフラージュシールドが解除され、メインモニターが赤く点滅を始めた。
ジャミングも同時に解除され、辺りにはマザーシップから発せられるエネルギーウェーブが流れ出した。
艦首に備えられた主砲が動き、エネルギーが充填されていき、コンソール脇のメーターが赤く染まっていく。
そのまま主砲は真正面の小惑星に照準を合わせ、閃光を放つ。反動と衝撃で、船体が揺さぶられる。
ソルジャープラントが停止され、完成した分だけの量産機さん達が船外に吐き出され始めた。
同時に彼らが乗ったスペースファイターが六十機も一気に射出され、マザーシップの周囲を機影が囲んだ。

エマージェンシーアラートが、けたたましくメインブリッジを満たしている。

僕の手が、フレイムリボルバーによって引き剥がされた。同時に、パネルも剥がれる。
直後、強く床に叩き付けられた。がくんと首が揺れ、視界にパイプのうねるメインブリッジの天井が映る。

「てめぇ、何考えてやがんだ! 勝ち目もねぇのに誘い出して、どうするってんだよ!」

「…愛しい我が子達よ」

僕じゃない。僕じゃない、これは僕じゃない。
こちらを見下ろす兄弟達が、恐れるように表情を歪めている。マスターコマンダーの声だからだ。
フォトンディフェンサーが右腕を突き出して、シールドジェネレーターを唸らせている。
ヘビークラッシャーは肩を震わせ、レーザーアックスを出して構え、唇を噛み締めている。
シャドウイレイザーの両手の甲から、すらりと長いクローが伸ばされた。腰を落とし、すぐにでも戦える格好だ。
フレイムリボルバーが僕を、いや、マスターコマンダーを睨んだ。


マスターコマンダーの声が、続く。


「決戦の時は来た」


僕が起き上がったらしく、視界が切り替わった。
ゆらりと浮かび上がり、兄弟達を見下ろす位置に上昇した。
大きく手を広げ、あの声が響いた。


「さあ! せいぜい私のために派手な戦いを繰り広げてくれたまえ」

嫌な言葉が、僕のスピーカーから吐き出されていく。

「私の機影を隠すための炎を、弾薬を、残されたエネルギーと兵力を、全て宇宙に散らすがいい!」



「滅びるのは私ではない、お前達だけだ!」




「…マスターコマンダーさんよぅ」

フレイムリボルバーが、僕に銃口を向けた。奥には装填済みの、あのミサイルが見える。
その脇で、ライムイエローのスコープアイがぐっと細くなっている。

「そいつの体ぁ、そいつのもんだ。返せよ、そんくれぇ」

「いいだろう。優しい兄だな」

するっと降りた途端、突然ボディのコントロールが戻った。
一瞬バランスを保てず、よろけた。前方に転んでしまい、強かに額を打ち付けてしまう。
衝撃で少し痛む首を押さえ、立ち上がる。

「あう…」

「兄者」

影が出来たと思った直後、僕はいきなり引っ張り上げられた。
シャドウイレイザーの手がぎりぎりと僕の腕を掴んでいたが、それがゆっくり放された。

「拙者達が信用出来ぬのか、兄者…なぜ、申してくれなかった」

「悪ぃもんが突っ込まれたのは確かだぜ、兄貴。さっさと出してやるから、腹ぁ開け!」

フォトンディフェンサーが、ヘビークラッシャーのレーザーアックスを奪って振り上げていた。
その足元でぴょんぴょんと末妹が跳ねていたが、まるで背が届かない。飛べばいいのに。
ふと、ヘビークラッシャーは何か思い付いたような顔をして右手の指を弾き、彼の頭上だけ重力を増加させた。
すると弟は頭から床にめり込み、両手両足がばらけた。その拍子に片手が緩み、レーザーアックスが落ちた。
妹はそれを取ると、フォトンディフェンサーを足蹴にした。ぐりんとかかとが回され、更に押し込む。
ご丁寧に手を逸らして頬に当て、高笑いした。どこで覚えたんだ、こんなこと。

「はっはっはっはぁー!」

「ヘビークラッシャー…行儀の悪い。赤の兄者の真似など、はしたないでござるよ」

「いいの! ディフェンサー兄さんが悪いもん!」

と、ヘビークラッシャーはむくれた。言っていることは確かにそうなんだけど、何か違う気がする。
困ったようにシャドウイレイザーは腕を組み、床に沈んでいるフォトンディフェンサーをくいっと足で抜いた。
だけど抜けたのは胴体だけで、ばらけた関節はそのままだ。ボディから外れた両膝から下が、床に埋もれている。
フォトンディフェンサーは器用に足だけ起こし、浮かせた胴体にくっつけていった。こういうとき、不便そうだ。
がしゃん、と体を元に戻しながら、彼は背の高いシャドウイレイザーを見上げる。

「もうちょい兄貴を大事にしろよ」

「拙者、黄の兄者に大事にされたメモリーはござらん。むしろ囮にされているメモリーの方が多い」

「そんなんじゃもてねぇぞ」

「女性は元来苦手でござる。ヘビークラッシャーは別だが」

「うっわぁ」

生涯シスコンかよ、寂しいねぇ、と言いながらフォトンディフェンサーは首を横に振った。
シャドウイレイザーは、体を光学迷彩で背景に馴染ませてしまった。これ以上言い争いたくないらしい。
先程から、しきりに僕の胸元を殴り付けているフレイムリボルバーに尋ねた。通りで揺れると思ったら。

「あの、フレイムリボルバー」

「あ?」

「何してるんです?」

「てめぇの声を使えるってことは、コアブロックに直に突っ込まれただろ。てめぇのは確か、ここだったか」

「ええ、確かに僕のコアブロックは胸に中に…」

どん、と突然強く殴られた。そのパワーに負けてしまい、背中から壊れたコンソールの上に倒れてしまう。
文句を言おうと顔を上げると、ばつが悪そうにフレイムリボルバーは苦笑した。

「悪ぃ」

「あなた、僕をなんだと思ってるんです?」

「だが、あれだけ殴っても外れてねぇみてぇだな」

「ええ。フレイムリボルバーのパワーであれですから、考えている以上に固く接合されてしまったようです」

困ったことだ。いきなり慣れない回路を足されると、せっかく整えたボディのバランスがおかしくなってしまう。
これで終わるとは、到底思っていない。だけど先程操られただけで、今は何も起きていない。
このまま平穏無事に戦闘が終わればいいな、と願わずにはいられなかった。


ずん、とマザーシップの動きが止まった。僕の、いや、マスターコマンダーの指示通りに停止してしまったようだ。
メインモニターには即座に最大出力のソナーが表示され、次から次へと反応を映し出していく。
やはり、ジャミングを解除して主砲を撃ち、大艦隊を発進させたことで感付かれたようだ。当然だ。
マザーシップの周囲を、銀河連邦政府軍のアドバンサー部隊が固め始めた。
びっしりと赤い点がソナーの中に現れ、完全に包囲されたことを知った。そして、戦艦間用のコミュニケートが入る。
応答を願うあのリーダーさんの落ち着いた声が、メインブリッジ内で繰り返される。
フレイムリボルバーはがん、とコンソールを殴った。殴りすぎだ。

「おう。こちら…って、今更自己紹介の必要もねぇか」

「形式上、こちらは言わせて頂きますわ。あなた方への警告と、せめてもの礼儀ですもの」

モニターの中、あの女と呼ばれているリーダーさんが表情を固くした。
白く細い首筋には、繊細な銀のチェーンに繋がれた逆三角のタグが揺らいでいる。あの箱のものと、似ている。
柔らかく波打った金色の髪の下で、澄んだ緑の瞳が僕達を睨んだ。

「こちら銀河連邦政府軍、フロントアドバンサー部隊リーダー。コズミックレジスタンス全員に告ぐ、投降せよ!」



「繰り返す! 投降せよ、マスターコマンダー!」



当然の事ながら、マスターコマンダーからの応答はなかった。リーダーさんは苛立ったように、目線を動かした。
もう一度投降せよ、と言われたけれど、それに従うわけにはいかなかった。
ここで銀河連邦政府軍に投降してしまったら、マスターコマンダーが今すぐにマザーシップを吹き飛ばしかねない。
間違いなくやるだろう。あの人のことだから。爆発に銀河連邦政府軍も何もかも、巻き込むつもりで。
結局のところ、誰も殺さないためには、戦うしかない。
リーダーさんやアドバンサー達を犠牲にしないためにも、戦うしかない。
一度、兄弟へ振り向いた。皆、何も言わずに武装を確かめている。いつものことだからだ。
僕は歪んだコンソールを押し、メインモニターを見上げた。

「お答えします」

リーダーさんが、きっと唇を締めた。

「僕達はマスターコマンダーに逆らえません。だからいつものように、あなた方と戦わせて頂きます」



戦いが、始まる。





ぼんやりとしながら、西日に照らされた天井を見上げた。
あれから、あたしは少し眠ってしまったらしい。
ベッドの上から窓の下へ目をやると、相変わらずインパルサーは動いていない。眠ったままだ。
外はすっかり薄暗くなっていて、目覚まし時計を手に取ると、その短針は午後五時半を指している。
あまり明瞭でない意識と視界の中、ついさっきまで見ていた夢を思い出した。

「宇宙大決戦、て感じだよねー…」

インパルサーの話の印象が、強すぎたんだろう。
次から次へと事態が急変していって、マスターコマンダーの非道な所業がばんばか出てくる。
あたしはその所業を思い出し、呟いていた。

「…殴りたい」

起き上がり、ばん、と足元のマットレスを殴った。

「あいつ、殴りたい!」


「ああもうこんちきしょー!」

体がぐわんぐわんするのも構わず、あたしはマットレスを殴り続けた。

「パル達は囮だっての!? 自分だけ逃げて、部下全部切り捨てて行っちゃうわけ!? 超自己中!」

力一杯、拳を埋める。

「なんだよそのリーダーさん、かわいそすぎるよ! なんでそんな男好きなのさー! 恋ってわかんないー!」

がしゃん、と中のスプリングが鳴った。

「しかも何よ、マシンソルジャーはただのロボットじゃないってのに! ちったぁパルの気持ち考えなさいよ全く」


殴るだけマットレスを殴って、多少落ち着いてきた。ごめんよ、マットレス。
やたらにリボルバーがインパルサーの胸をどつく理由が、やっと解った。
元々あれがボルの助なりのスキンシップなんだろうけど、その中のバックアップメモリーを外すためでもあったんだ。
何かの拍子に外れやしないか、という願いの元に殴っていたのだろう。結構いい奴だ。
だけど、何よりも。

「次男坊かい」

余りにも似合いすぎた位置付けに、ちょっと納得してしまった。この性格に。
上も下も扱いが面倒そうな兄弟ばっかりだったようだし、謙虚で慎重になるのは当然だ。
料理好きも、これから来たのかもしれない。
もう一度ベッドの上に寝転がり、窓の下で眠り続ける戦士を眺めた。

「世界、違いすぎ…」


枕元に置いてあるタオル地のうさぎを抱き寄せ、そのふかふかした胴体に顔を埋めた。
うさぎの耳を押さえながらぎゅっと胸に押し当てていると、だんだん胸の奥が苦しくなってきた。
なんでこんなに苦しいんだろう。
パルのことが、また解らなくなったからだろうか。

どうしてだろうか。


ちょっと彼が動かなくなっただけで、ここまで寂しいものだとは思わなかった。
外を車が通り、エンジン音が遠ざかっていく。セミの声は、一時期より大人しくなっていた。
隣の部屋で涼平がゲームに興じているのか、壁と廊下を伝わって電子音が流れてくる。
インパルサーのマリンブルーがぎらぎらしていて、影がフローリングに伸びていた。
弱い風が、カーテンを揺らす。


「なんであんた、あたしなんか好きなのよ」

そう尋ねてみても、答えてはくれない。当然だ。
いつもそうだ。
不思議で不思議で仕方ないのに、その理由を知りたいのに、はぐらかされてしまう。
教えて欲しい。あたしなんかのどこがいいのか。

「ねえ」

幸せになれるとは思えない。あたしは人間で、パルはロボットなのだから。


「どうして?」

他人事じゃないけど、あたしは彼の恋の当事者だけど。
切なすぎないか、そういうの。生きてきた世界も体も何もかも違う相手なんか、好きになっちゃって。
報われるわけがない。あたしは、あんたのことをそういう目では見ることが出来ないんだから。
ああもう、なんで。なんで。

「戦いしか知らなかったくせに、力加減知らなかったくせに、自分には全然優しくないくせに、ドジなくせに」

なんか、悔しい。
よく解らないけど、悔しい。

「どうして、あたしになんかに恋するのよ!」

なんか、変だぞあたし。
妙に意識してないか、パルのこと。
やっぱりあれか、あのせいか。思い当たることがあるとしたら、あれしかない。
二度も抱き締められたりしたから、なのか。
その前にもちょっとしたことはあるけど、それは二回ともあたしからだ。パルからじゃない。
たった、それだけだ。

それだけのことだ。




アステロイドベルトの大きめの小惑星に、ずらりと並ぶアドバンサー部隊が僕らを待っていた。
マザーシップのカタパルト内を移動しながら、彼らを見下ろす。彼らも、戦いは嫌いなんだろうか。
抱えたレーザーブラスターを落とさないように握りしめ、マスクを開いた。外がよく見えるようになった。
こちらに照準を合わせたあちらの砲撃部隊が、一斉にミサイルキャノンを持ち上げた。
カタパルトの出口付近に立つ兄弟達は、それぞれと同じカラーリングを施された部下さん達に囲まれている。
一番目立つのは、巨体のマシンソルジャーを連れたヘビークラッシャーだ。ヘビータンクが、五体もいる。
その中央で俯くヘビークラッシャーの隣に降り、屈んで彼女を覗き込んだ。

「さ、これで最後ですから」

「…兄さん」

ぱっとヘビークラッシャーは顔を上げ、肩を震わせて僕の腰の辺りを掴んだ。
そして泣きながら、首を横に振る。

「もうやだ、あの子達悪くない、アドバンサーは悪くない!」

「一体でも壊してしまわないように、頑張りましょう。足を壊せば、それでいいんですから」

「…いいの?」

「ええ。歩行が困難になれば戦闘も困難になります。そしたら、あのリーダーさんが回収してくれるでしょうから」

「そしたら、みんな、だいじょーぶ?」

「ええ」

僕は頷き、妹の先が尖ったヘルメット状の頭部を撫でる。
彼女は少し落ち着いたようで、オイル混じりの涙を拭った。

「がんばる」

「足元を狙えば良いんです。足場を崩しても、結構効率は良いですよ」

「うん」

ヘビークラッシャーは頷き、弱々しく笑った。
その隣で、重装備のヘビータンク達が低い声を洩らした。がんばる、と妹と同じように言っている。
僕は彼らの装甲も、軽く撫でた。

「君達も、お願いします。皆、コアブロックだけは破損しないように気を付けて下さいね」


頭上を、赤い姿が通った。
彼と同じように、重々しい武装のヒューマニックマシンソルジャー達も。
ずん、と第一攻撃隊がカタパルトの最前に降りた。
暗闇の宇宙空間で一際目立つ赤い戦士が、振り返る。脇に抱えた身の丈程のミサイルランチャーを構えた。
フレイムリボルバーは、顎でアドバンサー部隊を示す。

「てめぇら」

だん、と足を広げ、声を上げた。

「行くぞぉ!」



了解、と声に出そうとした。

また声が出ない。体も動かない。マスターコマンダー、今度はなんだというんだ。
出撃のタイミングを逃した僕に、隣に立つヘビークラッシャーがワイヤーを絡めて手足を拘束してくれた。
先程のことがあるから、どうなるか解ったのだろう。だけどそれを、僕はレーザーソードで切ってしまった。
支えを失ったヘビークラッシャーは倒れたがすぐに起き上がり、こちらに駆けてきた。

「兄さん!」

ヘビークラッシャーの背に付いたハイパーアクセラレーターブースターが上向き、急加速した。
だが彼女が斬り掛かってくるよりも先に、すいっと紫の影が僕らの間に入る。
両手の甲から伸ばした鋭いクローを長くさせ、がきん、と僕のレーザーソードを受け止めた。
シャドウイレイザーはぎちぎちと関節を鳴らしながら、声を上げた。

「兄者!」

恐れるように、シャドウイレイザーが息を呑む。僕の右腕が、彼の腹部を抉るように殴っている。まずい。
抑えようとする前に腕の装甲が開いてしまい、じゃきんと銃が飛び出して、クラスター弾が弾倉から銃身に動いた。
この弾は、シャドウイレイザーの希薄な装甲を撃ち砕くには、充分すぎる。
なんとか撃ち出すまいとしようとしても、ダメだった。

クラスター弾を発射する激しい反動が肩に伝わり、そのたびに弟のボディががくんと揺れる。


「がぁっ!」

最後の一発が爆ぜた衝撃で、シャドウイレイザーの軽いボディが宙を舞う。
オイルと硝煙を引き摺りながら傾斜の付いたカタパルトの上に落ち、ずるっと出口へ滑り落ちていった。
内部の回路とジェネレーターを露わにしながら、シャドウイレイザーは起き上がろうとする。
そして動こうとするが、破損が大きすぎたのか声を洩らしただけだった。なんて、ことを。


「イレイザー…シャドウイレイザーッ!」

やっと、僕の声が出た。
シャドウイレイザーは駆け寄ってきたヘビークラッシャーに起こされ、弱々しく頷く。

「クラスターを二十三、確かに頂きましたぞ…なぁにご心配なさらず、拙者はまだまだ戦える…」


ヘビークラッシャーは立ち上がり、太股を開いてレーザーアックスの刃と持ち手を出し、繋げた。
引き摺るように構えると、それを振り上げて加速しながら駆け出し、ジャンプと同時に僕の頭上に振り下ろす。
僕の左腕から伸ばされたレーザーソードが、それを受け止めた。多少、彼女の重量で足がカタパルトにめり込む。
赤い光の刃同士が、接したことによって電流を放ち、辺りを照らしている。
その向こうで、ヘビークラッシャーは叫んだ。

「潰れろ、壊れろ、立ち上がるんじゃないよっ! だいっきらいだ!」

多少競り合ったものの、ヘビークラッシャーが吹き飛ばされた。右手が勝手に、撃ったのだ。
砕けた右肩から電流を迸らせている彼女は、ヘビータンクの一体に受け止められた。
泣いているのか、コミュニケート越しにしゃくり上げる声が聞こえてきた。本当に、ごめんよ。

「…あいつなんかあ、マスターコマンダーなんかぁだいっきらいだぁ!」



今まで何度、このことをメモリーから消そうと思っただろうか。
数えたくもない。
だけど、消すわけにはいかない。
消したりしたら、僕は逃げたことになる。戦線離脱だけはしたくない。
それに。

逃げたところで、何も変わらない。逃げた分だけ、距離が開くわけでも楽になるわけでもない。
受け止めて戦って、受け入れるしかないんだ。


全て僕の、現実なのだから。







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