Metallic Guy




第九話 鋼鉄の、見る夢



ヘビークラッシャーの絶叫は、コミュニケートウェーブを通じて皆に聞こえていたらしい。
前線へ飛び出していたフレイムリボルバーが、戦闘もそこそこに戻ってきた。
彼はフォトンディフェンサーがカタパルト出口に張ったシールドを抜け、中の光景にスコープアイを見開いた。
足元に残弾のないミサイルランチャーを取り落とし、呆然としながら呟く。

「こいつぁ…」

「兄貴!」

カタパルトの出口にずっとシールドを張っていた、フォトンディフェンサーが振り向いた。

「もしかしてとは思うけどよ、マスターコマンダーはオレら全員スクラップにするつもりなんじゃねーだろうな!」

「もしかしなくても、だ。証拠隠滅ってなぁことだろうよ」

フレイムリボルバーの拳が、固く握られる。

「しかもよりによってソニックインパルサーたぁ…相手が悪すぎる」


「オレらじゃ、インパルサーの兄貴には追いつけねぇよ!」

右肘から先がない状態のまま、フォトンディフェンサーが悔しげに叫ぶ。
彼の感情に合わせるかのように、シールドの出力が増している。

「なんでだよ、オレらなんにもしてねぇよ! ただオレらは、マント野郎の命令を聞いてただけじゃねぇか!」


「聞いていただけだから、かもしれません。マスターコマンダーの情報の大半を、僕らは持っていますから…」

動きを押さえようと思っても、僕のボディは止まってくれない。

「全て消してから、あの人は近隣の惑星でやり直す気です。僕はあの人に、なってしまうんだそうですよ」

ぎしぎしと関節が痛むのを感じながら、二人に近付いていってしまう。

「どこまでもどこまでも理解出来ることのない、捻くれきってねじ切れた思考回路ですよ!」


突然、シールド越しに爆発の衝撃波がやってきた。フロントアドバンサー部隊からの砲撃が始まったんだ。
フォトンディフェンサーは慌てて更にエネルギーを高め、カタパルト出口に張ったシールドを強化させた。
彼の能力は、これだ。
大抵の攻撃なら全て防げる高性能なシールドを、どんな場所でも大きさでも展開出来る、自在な防御能力だ。
その能力を最大限に生かすため、シールドジェネレーターを仕込んだ両手両足は切り離せるタイプのボディだ。
こういうときに、便利な能力だと思う。
爆発の閃光の中、フレイムリボルバーは僕に銃口を向けた。

「てめぇがそこまで言うたぁなぁ…エモーショナルリミッターはぶっち切れてねぇようだが、ひでぇなおい」

「それで、どうするんです?」

「言っただろ。オレに任しとけって」

に、と兄が口元を上向けた。余裕の表情じゃない。
怒りを紛らわせて、平静でいるためにフレイムリボルバーがよくやることだ。

「胸ん中、だったな」

「ええ」

僕は、頷いた。

「手足だけでも落としておきますか?」


だが。
フレイムリボルバーの答えは、返ってこなかった。

そして僕は今までにない程のパワーを込めたキックを二発、彼が答えるより速く放っていたのだ。
両肩の弾倉を砕かれた兄の姿が、ずしゃりとシールド手前で止まる。
僕の足に、彼の真紅の塗装が付いていた。かかとに仕込んだハイパーアクセラレーターブースターが、熱い。
よく見ると、フレイムリボルバーの弾倉はキックの衝撃だけではない、ぐにゃりと変な歪み方をしている。
熱を込めながら、蹴ってしまったようだ。

起き上がりかけたフレイムリボルバーを捕らえ、僕は蹴り上げた。
カタパルトの内壁にぶつかった彼を追い、その傷口に何発もクラスター弾を撃ち込んでしまう。
意識を失いかけた彼を掴み、内壁にめり込ませた。
首元を押し込まれながら、フレイムリボルバーは笑う。気丈な人だ。

「てめぇの言う通りだ…その手と足、さっさと切り落としておきゃあ良かったぜ」

マスクのない露出したヒューマンフェイスに、彼のオイルが跳ね、ばちゃっと掛かる。
それが、僕のスコープアイから溢れた冷却水に混じった。

「だから、言ったでしょう?」


力任せに内壁から引き抜いたフレイムリボルバーを、出口へ放り投げた。追撃してしまう。
すると、突然周囲が重たくなった。
顔を上げるより先にそれが増し、ずん、とボディが埋まる。周囲が、べきっと円形にひしゃげていく。
とん、と背中の翼に乗られる感触があった。

「兄さん」

更に埋まる。翼はよくひしゃげずにあるものだ。
ヘビークラッシャーは僕の上で、両手を顔に当てて叫んだ。

「…ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさい! だけど、こうしないと!」

しゃがみ込み、絶叫する。幼い声が、掠れていた。
エモーショナルリミッターが解除されたのか、ヘビークラッシャーはすっかり落ち着きをなくしている。

「リボルバー兄さんが壊れちゃうんだもん!」


なんとか上げた視線の先、シールドの手前に、砕けた右腕を切り離したフレイムリボルバーが横たわっていた。
それを、フォトンディフェンサーが起こしに来た。だが彼はその手を払い、左腕の銃身を支えに起き上がる。
両方の弾倉が大破しており、もうフレイムリボルバーは撃てない。僕の攻撃にしては、強すぎる。
首を被っていた装甲がすっかり剥がれてしまい、内部が露出していた。
それを少し押さえながら舌打ちした。

「…たぁーくよぅ」

「だって、だってぇ」

「手ぇ出すな、ヘビークラッシャー。こいつぁ兄貴の仕事だ」

ふるふるとヘビークラッシャーは首を振り、更に僕の周囲の重力を増させた。
カタパルトに出来上がった巨大なクレーターの端が、フレイムリボルバーに近付く。

「すっこんでろ。大体な、てめぇ如きの経験じゃこいつは相手に出来ねぇぞ」

「だけど」

「いいか、ヘビークラッシャー」

フレイムリボルバーは、口の中に入っていた何かの部品を吐き出した。
だらりと溢れたオイルを手の甲で拭い、ぎっと睨むようにヘビークラッシャーを見据えた。

「ソニックインパルサーはてめぇの兄貴かもしれねぇが、オレにとっちゃ弟だ。弟を止められねぇ兄貴なんざ」

にやり、と汚れた口元が上向く。

「情けなくてどうしようもねぇだろ?」


ばしん、と激しい閃光があった。
カタパルト内を戦場から切り離していたシールドが、すらりとした純白のアドバンサーによって攻められている。
機体が傷付くのも構わず、至近距離の攻撃を繰り返している。あれは、リーダーさんの機体だ。勇ましすぎる。
それを堪えているフォトンディフェンサーは辛そうに、シールドジェネレーターの焼けた右腕を放り投げた。
がらがらと転がってきたその腕を取り、フレイムリボルバーはくいっと顎で出口を指す。

「ヘビークラッシャー、フォトンディフェンサーの援護してな。あの姉ちゃん、やかましいんでな」

「ん…」

「返事は」

「アイアイサー」

仕方なさそうに、ヘビークラッシャーは敬礼した。僕の上から、重量が外れた。
途端に重力も弱まり、少しだけ自由になったが、関節に掛かった過負荷が辛くてぎしぎし来る。
頭を掴まれたかと思うと、目の前にフレイムリボルバーの顔があった。近付けすぎだ。

「あぁらよっ!」

そんな掛け声と同時に、胸元に膝が入る。痛い。
何度も何度も入れられ、最後には回し蹴りされてカタパルトの側壁まで飛ばされた。
背中からぶつかって、ずるずると滑り落ちる。起き上がってしまう前に、首をぐいっと腕に締め上げられた。
もう一方の手から伸ばされた銀色のクローが、じゃきんと僕の目の前に出された。

「お許しを、兄者」

「シャドウイレイザー…大丈夫ですか?」

「ぎりぎりでござる」

と、言った直後、すっとそのクローが引かれ、素早く彼は僕の背後から脱した。
間を置かずして、捻るように打ち込まれたパンチが腹部を抉る。凄く痛い。
フレイムリボルバーは、僕の隣で電流の走る腹部を押さえるシャドウイレイザーを見下ろす。

「あとでちゃんと直しておけ」

「御意」

シャドウイレイザーは壁に背を当て、にっと笑った。


フレイムリボルバーは頷いた。
ふと、足元に転がっていた自分の破損した右腕に気付き、それを取った。何をする気なんだろう。
めくれあがった装甲を掴んで引き剥がし、ぐいっと曲げた。おいおい。
それを振り上げると、壁に埋まった僕の腕に被せ、力一杯押し込んだ。無茶苦茶な使い方だ。
両手両足と腰もそうされてしまい、がっちりと壁に貼り付けられてしまった。
ばきばきっと左手の関節を鳴らし、その手を僕の胸装甲に当てた。

「ちぃと堪えろ」

強烈な衝撃が、胸を押した。
これだけダメージを受けたフレイムリボルバーの、どこにこんなエネルギーがあったんだろう。
背中のハイパーアクセラレーターブースターが壁にめり込み、翼が軋む。震動が全身に伝わり、動きが鈍る。
意識が少し弱くなってしまったのは、ぐっと拳で押されたコアブロックの接続が緩んだからだろう。
ノイズ混じりの視界の中、僕の胸装甲はまた開かれた。日に二回も開かれるなんて、初めてだ。
フレイムリボルバーの手がコアブロックを出し、中を探ろうとする。だがその手は、僕の頭部で叩き落とされる。

「ちいっ」

ひしゃげた手の甲を振りながら、フレイムリボルバーは舌打ちする。予想外だ、ヘッドバットが出るなんて。
ヘッドバッドの勢いでコアブロックの接続が戻ってしまったらしく、視界が明瞭になる。再起動、ってところか。
ボディの制御感覚が戻ってきた。全てではないけど、他のシステムの大半も僕に戻ってきた。いけるかもしれない。
だけど手足は固定されたままで、まだ動けない。今なら、出来ることがある。

「フレイムリボルバー」

「ぁんだよ」

胸の中から伸びたケーブルの先で、コアブロックがぶらぶら揺れている。
バックアップメモリーが、その中で緩んでいるのが解った。その中から、出せるだけのデータを絞り出す。
それを手近なメモリーチップに突っ込む。よし、これで。
コアブロックを開き、バックアップメモリーのデータを注ぎ込んだデータチップを切り離して落とした。
同時に、スペアもばらばら落ちる。あ、やっちゃった。
スペアと一緒にそのデータチップを掴み取ったフレイムリボルバーに、言った。

「バックアップメモリーの三分の一ですが、コピーしておきました。これで僕の行き先と」

しゅるっとケーブルを巻き取り、コアブロックを中に納めて接続を戻す。胸部装甲も閉じ、元通りにした。
暴れていた腕がついに拘束を外してしまい、がらん、と赤い破片が転がり落ちた。
膝を付いて着地してから、立ち上がった。ボディの自由は、まだ半分くらいしか戻っていない。

「座標、言語パターン、その他諸々が解るはずです。これから僕は、この星系の第四惑星に向かってしまいます」

「追いつけ、ってのか?」

「いえ。リペアが完了したらでいいんですけど、僕をスクラップにするために来て欲しいんです。バックアップメモリーの接続は緩みましたが、まだ生きています。何かの拍子に接続が戻ってしまう前に、どうか」

「上等だ。覚悟しとけよ、ソニックインパルサー」

ぎしっと軋む膝を立て、フレイムリボルバーはデータチップを握っている左手の親指を立てた。
にやっと笑ってはいたが、もうかなり辛そうだ。自慢のリボルバーキャノンを砕いてしまって、ごめんなさい。
カタパルト出口で、ずっとシールドを張っていたフォトンディフェンサーは、一度こちらに振り向き、また顔を逸らす。
今度会うときには、もっと話したいです。あなたとは、あまりお話しする機会がありませんでしたから。
肩を押さえながら起き上がったヘビークラッシャーは、寂しそうな顔をして頷いた。
大丈夫、戻ってきます。あなたがいつも、言っているじゃないですか。
うずくまったままのシャドウイレイザーが、僕を見上げてフレイムリボルバーと同じように片手の親指を挙げた。
ごめんなさい。次からはちゃんと、警告を聞きます。あなたの予感は、鋭くて良く当たるから。


「あなた方こそ。あのリーダーさんに捕まって、コアブロックまでバラバラにされないで下さいね?」

それだけ、言えた。

「約束ですよ、兄さん」



「僕を、壊しに来て下さい」



形だけをなんとか保っているカタパルトの中を抜けてしまう一瞬、兄弟達の姿をメモリーに焼き付けた。
戦場の上を通り抜けたとき、純白のアドバンサーが僕を見上げた。あなたのお仕事、増やしてしまいました。
迎撃の雨を抜け、アステロイドベルトを離脱する。遥か遠くに確認出来る、青くて美しい惑星が、目的地だ。
機能を半分程落として稼動率を下げ、バックアップメモリーへの干渉を僅かでも抑えておこう。
非戦闘区域惑星、番号七八六四。

ここが、僕の最後の戦場だ。





すっかり、外は薄暗い。
窓の外を見上げてみても、当然ながらアステロイドベルトは見えない。あれは恒星じゃないし。
いきなりパルの戦いが近付いた気がする。戦いの舞台が、太陽系の中になったからだ。

窓枠に腕を乗せてぼんやりしていると、隣がほの明るいことに気付いた。
見ると、インパルサーのレモンイエローのゴーグルが淡い光を放っている。いつも光っているんだっけ。
その奥のサフランイエローは光っていないようで、赤みはない。ちょっと残念なような気もした。
まだ起きていない。
あたしはその前に座り、近付いてみた。逃げない。

「全く」

片膝を立てた上に腕を乗せている格好だから、胸の前が無防備だ。
なんとなくその前に正座して、じっと眺めてみる。結構、このままでもカッコ良いかもしれない。
コアブロックとかその他諸々の入ったスカイブルーの胸に手を当ててみると、その中で何か動いているのが解る。
生きている。だけど、ひんやりと冷たくて、凄く硬い。
よくパルやボルの助があたし達をひっくるめて有機生命体と言うけど、さしずめパル達は無機生命体だ。
正反対のようで、まるで同じのような不思議な単語だ。


「ボルの助は起きたってさ」

と、なんとなく報告してみる。ついさっき切ったばかりの電話で、鈴ちゃんはそう言っていた。
相当に眠ったらしいリボルバーの気の抜けた声が、離れた位置から聞こえていたのを覚えている。
まだ、こっちは起きる気配すらない。なんかつまんないぞ。

「もう夜だよー」


固く閉じられたマスクフェイスが、無言であたしを見ていた。
今更ながら気付いたが、あたしはパルの腕の間に入ってしまっている。自分から入ってしまった。
あの戦いの時といいなんといい、どんどんラブコメになってないか、あたしとパルは。
でも、でもでも。

「認めたくない…」

思わず呟いてしまった。パルはあたしが好きだけど、あたしはパルに対してそういう好きじゃない。
だからまだ、ラブコメは成立していない。と、思いたい。
そんなことをごちゃごちゃ考えながら、ふと思ってしまった。ラブコメの定義って何。
どこからラブでどこからコメディで、それがどれくらい混ざったらラブコメになるんだろう、とか。
で、その比率が何割でラブコメになっちゃうの、とか。

本気でどうでもいいんだけど、今のあたしとしてはどうでも良くなかった。


どうしよう。
ここから出るべきだとは解っているんだけど、なんとなく。
出たくないような、だけど出るべきのような、どっちつかずな心境になってしまった。
だけどだけど、また抱き締められたらそれこそラブコメ街道にストレートに進んでしまう。ああもう。
弱い月明かりがカーテン越しに差し込んでいる。夜風が、涼しくて気持ち良い。

「パル」

まだ起きない。ここまで起きないと、いっそ眠り姫だ。乙女チック思考の持ち主だし。
そうなると、あたしは王子か。ちょっと嫌だ。
たぶん下には口元があるであろうマスクの下部分を指先で押し、くいっと頭を動かしてみた。

「おーい」


その滑らかな感触は、撫でていると思いの外心地良い。インパルサーの、マスクの下に指を入れてみた。
細い隙間があり、動きそうだ。この下が、あの見た目美形っぽい顔だ。
ぼんやり光るゴーグルの奥には、かっちりした横長五角形。サフランイエローの目が並んでいる。
どっちも色が失せていて、影になってしまっている。光らないと目立たないなぁ、これ。
細身の鼻筋が通っているのが見え、それはマスクの下に埋まっている。
なんとなくマスクの両脇に手を当て、じっと凝視する。あっちの方がカッコ良いのに、なんて勿体ないことだ。


あたしは、やっぱりどこかおかしかった。


触った通りのひんやりした硬い感触が、唇にあった。
目の前には今までで一番近付いたレモンイエロー。凄く、綺麗な色だ。
薄暗いからマリンブルーというよりもネイビーブルーに近いマスクが、すぐ傍にある。
ゆっくりと離れてずり下がりながら、あたしはやっと、今自分が何をしたか認識した。


くれてやってしまったのだ。
ロボットに。パルに。

最初のキスを。



彼に背を向け、痛いくらい高鳴っている心臓に気付いた。一体どうしたんだ、あたしは。
ドアの手前に座り込み、インパルサーと距離を開けた。細い隙間から、廊下の明かりが入ってきている。
泣きたいようで怒りたいようで苛々しているようで、だけど嬉しいようで苦しいような。
とにかく変な気分だ。おかしい、絶対におかしいよ。
しかも相手は人間じゃない。宇宙からやってきた戦闘ロボット、ブルーソニックインパルサーだ。
そりゃ確かに良い奴だと思うし、好きだけど、その好きは友達としての好きだと思っていた。なのに、なんだ。
もしかしてとは思うけど、いや、思いたくもないけど。


「…マジ?」

これ以上、考えるのはやめよう。どうにかなってしまいそうだ。
インパルサーはあたしの気持ちを知ってか知らずか、まだぴくりとも動かない。そのままでいてくれ。
反応されたり、さっきしたことをなんだとか聞かれたりしたら、物凄く恥ずかしいから。


ぎしっ、と金属の擦れる音。

まさかまさか、いやでもそんなことが有り得てたまるものか。
恐る恐る窓の下を見つめると、インパルサーの首がゆっくり上がっていく。あたしはマジで王子だったのか。
膝の上に乗せていた腕を下ろして広げていた足を閉じ、背筋を伸ばす。上げたままの肩を下げ、一息吐いた。
そして立ち上がり、不思議そうにあたしを見下ろしてきた。

「あの」

「何よぅ!」

「ライト、点けないんですか?」

と、インパルサーは天井を指した。そういえば、蛍光灯を点けていなかった。
あたしは立ち上がり、深く息を吐いた。ダメだ、めちゃくちゃ緊張する。
インパルサーの隣を抜けて、蛍光灯の紐を引いた。かちん、とスイッチが入り、白い光で部屋の中は明るくなった。
窓を閉じてカーテンを閉めた途端、今度は緊張が解けた。自分なのに、なんてやりづらいことだ。

「パル」

「なんでしょう」

「いつ、起きた?」

「ついさっきです。ですが今度は休眠も深かったですから、休眠中のデータはありません」

「そ」

思わず、力が抜けた。
窓枠に腰掛け、項垂れてしまう。安心した。

「ならいいんだけど」

「何がですか?」

「…聞かないで。お願いだから」

「了解しました」

と、インパルサーはいつものように敬礼した。
畳んだエプロンの前に座ると、その上に乗せた派手な箱を大事そうに開き、中の本体を取り出した。
ばこんとその中に埋まっていたコールカイザーを取り出すと、それを持ってまた敬礼した。

「由佳さん! コールカイザー、ありがとうございましたぁ!」

「うん、まぁ。約束したしね」

「コーッル、ジャスカイザー!」

コールカイザーを高々と掲げ、二つ折りを開くためのスイッチを押し、ぱこんと開いた。
配列が不思議なボタンの一つをマリンブルーの指先が押し、液晶盤の隣で電飾がぺかぺか光る。
その赤い光に合わせ、ジャスカイザーの声がした。

『了解した、出動する! ジャスティーチェーンジッ、カァーモーッド!』

インパルサーは何も言わず、また別のボタンを押した。
今度は誰だろう。

『合体要請、認証しました。セレクトしたユニットを転送しますので、そのまま無表情で二十五秒お待ち下さい』

妙に淡々とした女の子の声。たぶんこれが、ナナエオペレーター。
また別のボタンが押された。次は一体誰の声が出てくるんだろう。

『ちんたらやってんじゃねぇーよ、スチャラカ正義ロボット! だがもう安心だ、アウトロード様のお出ましだぜ!』

どこからどう聞いてもチンピラだ。アウトロードって確か、こいつもロボットだった気がする。
すると、もう一度そのボタンが押された。

『受ぅけ取れぇー、ジャスカイザー! 正義の雷光、人類最強の兵器サンダードリルをー!』

これはサンダードリラーだ。聞いたことのあるセリフと声。
インパルサーは、まだボタンを押した。まだあるようだ。

『ドリルは最強じゃないと思います』

ナナエオペレーター。丁寧に突っ込んでいる。なんか凄くないか、このおもちゃ。
彼は上機嫌に、コールカイザーを両手で持って今度は別のボタンを押した。

『ドリルよりも拳だろ、拳!』

アウトロード。結構ひどい。

『そうだ。だが最後に勝利を呼ぶのは、正義を貫く心だ!』

ジャスカイザー。そうだ、ってあんた。仲間にフォローしないのか。
しろよ正義の味方。哀れだサンダードリラー。

インパルサーを見上げると、彼は実に満足そうにコールカイザーを畳んだ。

「楽しいですよ」

「いや、うん、面白いし値段の割に凄いおもちゃだなーとか思うけどさ」

あたしには、サンダードリラーが不憫に思えた。

「サンダードリラーの扱い、ひどくない?」

「そうですか?」

にこにこと笑っているのか、凄く声が浮かれている。子供だ。
インパルサーは大きな手で壊れ物を持つみたいにコールカイザーを包み、派手なエンブレムを眺める。
まだ電飾がぺかぺかしていて、レモンイエローに赤が映った。

「いつものことですよ」

なんてことだ。
頑張れ、サンダードリラー。きっと、君のドリルが認められる日は来る。
ていうかそんなんでいいのか、ジャスカイザー。正義ってそんなもんなのか、正義と友情は別なのかもしかして。
あたしは、ほんのちょっとだけだけど、ジャスカイザーに興味が湧いた。いや、ほんの少しよ。うん。
どれだけサンダードリラーの扱いが悪いのか、無性に気になってしまった。
階段の下の方から、母さんの呼ぶ声がした。もう夕ご飯の時間になっていたようだ。
インパルサーは、またコールカイザーを箱の中に戻している。偉いぞパル、後片づけはきちんとね。
ドアを開けて身を屈めて廊下に出たインパルサーは、くりっと首をこちらへ回す。

「由佳さん」

「ん?」

「サンダードリラーの話を見るんでしたら、第十七話の唸れ! 正義のツインドリルがいいですよ」

「あ、うん」

「早いところリビングに行きましょう。ご飯、冷めちゃいますよ」

自分が食べるわけでもないのに、浮かれながらインパルサーは階段を下りていった。
なんで解るんだ、あたしが考えていること。ていうかジャスカイザーに洗脳する気か、もしかして。
でも、少しほっとした。ジャスカイザーでパルの興味は逸れたし、あのことは覚えていないようだ。
良かった良かった。あたしもさっさと忘れたいから。
ロボットにキスをした、なんてことを。




あたしは、お風呂に入るのが一番遅い。理由は簡単、入っている時間が長いからだ。
自分でもなんでそんなに時間が掛かるのか不思議だけど、縮めようとしても縮まらないのだ。
そんなこんなで程良く深夜になってしまい、リビングにはもう誰もいなかった。当然だ。
が、ダイニングキッチンにはいた。インパルサーは母さんの持ち物だと思われる料理の本を開き、睨んでいる。
あたしはその後ろを抜け、冷蔵庫から牛乳を取り出した。

「読みたいの?」

「はい」

「パル、まだ日本語読めなかったんだ」

「…はい」

かなり残念そうに呟き、ふう、と肩を落とした。
インパルサーは綺麗なフルーツタルトの写真が載った、本の表紙を撫でた。

「だからジャスカイザーの本、せっかく買って頂いたんですけど内容が解らないんです。読みたいのに…」

「…不便だねー」

牛乳を飲んでから、読み書きの出来ない戦闘ロボットを見上げた。それはかわいそうだ。
コップを流しに置いて水を流してから、ふとリビングへ目を向ける。カーテンが掛かっていて、外は見えない。

「でもボルの助がパルの兄さんだったなんてなぁ。ちょっと意外」

「はい。フレイムリボルバーとは稼動開始日が少し離れているだけですが、兄弟機は兄弟機です」

料理の本をダイニングカウンターに置き、彼はあたしを見下ろした。

「僕と彼は、そもそも造られた用途が異なりますから、ちっとも似てませんけどね」

「他の兄弟にも会ってみたいな」

「そうですね。皆に、由佳さんや鈴音さんを紹介したいです」

インパルサーは頷いた。

「フォトンディフェンサーも、シャドウイレイザーも、ヘビークラッシャーも皆良い方々ですから」


「由佳さん」

インパルサーの声が、落ち着いた。マスクが開き、ヘルメットの前に乗った。
白銀色の人間的な顔が、蛍光灯の下に露わになった。マスクを開いても、もう大丈夫なのか。
胸に手を当てて、サフランイエローの目を細めた。

「コアブロック内部のバックアップメモリーは、外れました。だからもう、僕が戦う理由はどこにもありません」

「そう」

あたしも、凄く嬉しくなった。

「良かった」


インパルサーはその顔を出したまま、じっとあたしを見ている。なんだ、一体。
ゴーグルのない目の奥には、まるで瞳孔みたいな小さなレンズがある。それが、キュイッと縮まった。
普段は外に出していないからあまり汚れていない顔の表面が、蛍光灯に照らされてぎらついている。
頬の辺りに付いている赤茶けたものは、取り忘れたこの間の泥だ。あとで落とすように言わないと。
良く眺めてみると、多少気障ったらしく思えるくらいに整っている。リボルバーとは違う、男らしさがある。
人間で言えば頬骨の辺りに、うっすらと影がある。ラインが目元から顎まで、細いラインがすっと伸びていた。

よく見たら、結構、いやこれは確実に。


カッコ良いのかも。


インパルサーは、きょとんと首をかしげた。一気に情けない。
きりっとしていた目元も丸まってしまい、子供っぽい。

「どうかしました?」

「なんでもない」

つい見とれていた自分に気付き、顔を背けた。なんか、凄く照れくさい。
インパルサーはあたしの反応を見、どこか楽しそうに笑った。

「そうですか」


おかしい、絶対におかしいぞこの状態。
ついこの間までは、逆だったはずだ。なのに、なんでいきなり。
もしかしても、いやもしかしなくても。
あたしと、パルは。


ラブコメに、突入しちゃったのか。







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