平日の昼下がりということもあり、道の駅は閑散としていた。 周辺地域に縁のある人物の銅像が立てられている広場の一角で、三人は並んで座っていた。観光シーズンからは 少し外れているので大型の観光バスの姿は駐車場になく、大型トラックばかりが目立ち、運転手達はそれぞれの 手段で長距離移動の疲れを癒していた。運転席に突っ伏して寝入る者もあれば、軽食スペースで缶コーヒーと新聞を 手にして呆けていたり、古い刑事ドラマの再放送が流れているテレビを見つめている者もあった。 真っ当に仕事をしている人間の顔付きはおのずと険しくなるよな、と痛感しながら、寺坂は笹団子ソフトクリームを 舐めていた。ヨモギと笹の風味がする緑色のソフトクリームに粒餡が添えてあるもので、悪くはない。寺坂の右隣に 座っているりんねは、黙々とちくわドッグを咀嚼していた。ホットドッグのウインナーがちくわに変わっているだけの もので、ソースは明太子マヨネーズだった。ちくわも明太子マヨネーズも、地元の特産品とは何の関係もないのだが、 ただ面白そうだからという理由で採用されたメニューなのだろう。ベンチの右端に腰掛けている武蔵野は寺坂と同じ 笹団子ソフトクリームを食べていたが、似合わないことこの上なかった。 「甘いの好きなの?」 寺坂が何の気なしに話し掛けると、武蔵野は素っ気なく返した。 「それほどでもない。だが、こういう場所にあるアイスは決まって妙な味が付いているから気になるじゃないか」 「それは道理ですね、巌雄さん」 唇の端に付いた明太子マヨネーズを舐め取ったりんねは、満足げに一息吐いてから、ちくわドッグとセットで注文 したコーヒーフロートを啜った。昼時より少し前という中途半端な時間帯なのに、よく食べるものだ。 「で」 笹団子ソフトクリームのコーンに辿り着いた寺坂が二人に向くと、武蔵野は面倒そうに目を向けてきた。 「で、って何なんだ。話があるならさっさと話せ、まどろっこしいな」 「御嬢様の目的地ってここで良かったのか? もうちょっと走って柏崎に出れば海が見られるし、山の方に向かえば ちったぁ良い景色の場所があるのに、なんでこんな中途半端な道の駅なんかで気が済んじゃうの?」 不満げな寺坂に、りんねは平坦に答えた。 「ええ。ここで構いません。私の目的は達成されました」 言い終えるや否や、りんねは再びちくわドッグにかぶりついた。その色白の頬は齧歯類のように丸く膨らみ、無心 で咀嚼している。寺坂も武蔵野も視界に入れず、ちくわドッグに見入っている。この御嬢様はちくわが大好物らしい、 と寺坂は察したが笑うべきか否か迷ってしまった。りんねの横顔があまりも真剣なので、下手に笑いでもしたら足を 踏まれかねないと思ったからだ。武蔵野は少々呆れているようではあったが、保護者のような眼差しで好物を貪る 上司を見守っていた。かなり穿った見方をすれば微笑ましい家族旅行にも見えなくもなかったが、禿頭でサングラス でスーツ姿の寺坂がいることも相まって、ヤクザの令嬢が屈強なボディーガードに囲まれながらお忍びで遠出した、 とでもいうような構図だ。通り掛かる人々は遠巻きに眺めるか、ぎょっとして目を逸らすかのどちらかだった。 「で」 「だからさっさと話せ、無駄に一呼吸置くな」 残りのコーンを一口で食べ終えた武蔵野が寺坂を急かしたので、寺坂はベンチの背もたれに寄り掛かった。 「だぁーからさぁー、みのりんってばもうマジひどいわけよ。俺の好意をことごとく弄んでさぁ、良いように利用したくせに ちっとも見返りを寄越してくれないんだよ! ガードが堅いとかじゃなくて、俺のことを心底ウザがってんだよなぁ。 その割に車を出してくれだの貸してくれだの言ってきて、この前の地雷騒ぎの時だって俺に電話してきたし。まあ、 あの時は一乗寺の馬鹿野郎がいなかったし、コジロウの調子がイマイチだったから、消去法で俺に御株が回って きただけなんだけどさー。その後に御礼なんてしてくれねーんだよ、弁当をちょっと分けてくれただけなんだよ」 「そうまでして美野里さんに不満を抱かれるのでしたら、なぜ関係を見直さないのですか?」 りんねはちくわドッグを食べ終えると、コーヒーフロートに浮かぶアイスクリームを掬って食べた。 「そう! そこなんだよー! 聞きたいか、聞きたいだろ、聞きたくなくても聞いてくれよ!」 寺坂がりんねに身を乗り出して力説しようとすると、すかさず武蔵野が拳銃を抜いて寺坂の禿頭に突き付けた。 「お嬢にみだりに近付くな、生臭坊主が」 「どうせ撃たねぇだろ、それ。解っているっての、それぐらい」 俺の腕がコレだから、と寺坂が右腕を上げると、りんねは途端に顔をしかめた。武蔵野は舌打ちしてから拳銃を 引き、脇のホルスターに戻した。寺坂はにやけながら座り直し、りんねの背後の背もたれに右腕を置く。 「あんたらはあのイカレた信者共みたいに、俺のこの右腕から触手を引き千切っていきたいんだろ? 俺のことを アホみたいに祭り上げはしなくとも、分析して研究していじくり回せば何かしらの価値が生まれるからな。んでもって、 その触手の宿主である俺も易々と殺すわけにはいかねぇ。どうせあのクソ宗教の施設から、俺の触手の細切れは 回収してあるんだろ? で、そいつに適当に実験して色々と調べが付いているんだろ? あぁ?」 「その通りです。全容解明とまでは至っていませんが、寺坂さんの生体組織についての研究も進んでいます」 りんねは華奢な肩に触れそうな位置にある寺坂の右腕を気にしつつ、冷淡に返した。 「だから、俺に死なれちゃ困るんだよな? 俺が死んだら触手の正体なんて絶対に解らなくなっちまうし、触手を どうこうして生体兵器か何かを作ることも出来なくなっちまうしなぁ?」 寺坂は右手を戒めている包帯の隙間から、僅かに触手をはみ出させた。りんねは眉根を顰める。 「ええ、そうです」 「ここでもう一つ条件だ。御嬢様」 少し太めの触手を伸ばした寺坂は、それをりんねの細い顎から喉元に掛けて動かしながら言った。 「俺の触手を一本、切り落としてプレゼントしてやるよ。その代わりと言っちゃなんだが、二度とみのりんには手出し しないって約束してくれよ。俺の触手にも色々あってだな、生体活性が高いやつは本体から切断しても十五時間は 生命活動が持続するんだよ。その間に俺の触手と合う体液を輸液出来たら、この勝負、お前らの勝ちだ」 「寺坂さんは随分とギャンブルがお好きなのですね」 「そんなもん、大っ嫌いだよ。酒と女と化け物じみたエンジンの付いたマシンは好きでどうしようもねぇが、運如きに 物事の行方を任せるなんて面白くもなんともねぇよ。俺が仕掛けるのは勝てる勝負だけだ」 「では、私共が寺坂さんの触手に適合する体液を十五時間以内に発見出来ないと思っておられるのですね?」 「ああ、もちろん。だって俺の触手は遺産じゃねぇし? 似て非なるものだし?」 だから御嬢様の体液も通用しないぜ、と寺坂が肉の薄い頬を持ち上げると、りんねは一度瞬きした。 「そうですか」 「で、どうするよ、御嬢様」 寺坂の勝ち誇った笑みに、りんねは少し間を置いてから返した。 「私も分の悪い勝負は好みません。ですので、寺坂さんが持ち掛けられた勝負はお受けいたしません。運に物事を 委ねるのは面白くないという御意見には、同意いたしますので」 「全く、どうしようもねぇ野郎だな」 そうは言いつつも、武蔵野は駆け引きが始まる前に終わったことを安堵した。ここで無駄な小競り合いを起こした としても、利益が生まれないどころか余計な手間が出来てしまうからだ。 寺坂の言う通り、寺坂の右腕を成している触手の研究はほとんど進んでいない。佐々木長光が寺坂に目を掛けて いたことから察するに、触手は遺産絡みの代物であるとは判明しているが、そこから先が行き詰まっている。寺坂 の触手のサンプリングを行ったのは弐天逸流だが、十年近く前の出来事であり、研究施設も研究員も持たない彼ら ではサンプルを良い状態で保存することすら出来ていないだろう。だから、新規のサンプルを得て、吉岡グループの 所有する研究施設やフジワラ製薬の研究所で詳細な分析を行えば触手の正体も掴めるだろうが、寺坂に対しては 奇妙な協定が作られているので、佐々木つばめ以上に手を出しづらいのが現状だ。 「で」 寺坂がりんねの肩越しに駐車場を指すと、暇を持て余している岩龍がいじけていた。寺坂のデートに付き合ったは いいが、道の駅は人型重機が退屈を凌げるような場所ではないからだ。情緒が豊かなわりに精神面が幼いのか、 ふて腐れたようにそっぽを向いている。人間味溢れる、というか、ロボットにしては余分なものが多すぎる。 「ワシャあ、こげな場所に来とうなかったんじゃい。へんだ」 「構ってやらんと帰らないと駄々をこねそうだが、どうやって構ったものかな。子供の扱いなんか知らねぇよ」 武蔵野が途方に暮れると、りんねは寺坂に向いた。 「寺坂さん。妙案はおありでしょうか」 「あるわけねぇだろ、そんなもん。だってあいつは御嬢様の部下だぞ、部下をちゃんと育てるのも上司の仕事だ」 一抜けた、と寺坂が顔を逸らすと、りんねは少々悔しげではあったが同意した。 「道理ではありますね」 それからしばらく、りんねは考え込んだ。アイスクリームが溶けてカフェオレと化したコーヒーフロートを、ストローで 掻き混ぜて啜りながら、マニュピレーターの尖端でアスファルトを削っている岩龍を見つめた。不意に立ち上がった りんねは、コーヒーフロートの入ったプラスチック製のカップを武蔵野に手渡してから背伸びをした。 程なくしてりんねが岩龍の元に駆け出していったので、武蔵野はコーヒーフロートを零さないように気を付けながら 追っていった。一人取り残された寺坂はこのまま帰ってしまおうかとも考えたが、岩龍本人に手招きされたのでそうも いかなくなった。吸おうとして取り出したタバコを内ポケットに戻してから、渋々立ち上がった。 大型トラック三台分もの駐車場を占拠している岩龍の元に駆け寄ると、その足元に昇り龍が大きく描かれていた。 アスファルトを直接削って描いたものなので色彩には濃淡はなかったが、掘り具合で微妙な強弱が表現され、龍の 眼差しには力が籠もっていて、龍のうねり方に合わせてウロコが波打っている。恐ろしく上手かった。 「御上手ですね」 りんねが真っ当な評価を述べると、岩龍ははしゃいだ。 「本当か!? ワシもこれは結構イケとると思うたんじゃい!」 「ロボットが絵を描くなんて、聞いたこともねぇぞおい」 寺坂が不思議がると、武蔵野も同調した。 「全くだよ」 「親父さんがのう、ワシに精密作業を教えてくれとったおかげじゃ。天王山がダメになってしもうても食いっぱぐれん ように、って色んなことを教えてくれたんじゃ。ワシャあ親父さんに大層世話になった、あんたがワシにレイガンドー の情緒パターンをインストールしてくれたおかげで、それまで解らんかったことがよう解るようになったんじゃ。それに ついては感謝するけぇのう。じゃがなぁ」 龍の長いヒゲを角張った指の角で描き終えた岩龍は、瞬きをするようにアイセンサーを点滅させた。 「そのせいで、色んなことが解りすぎるようになったんじゃ。親父さんはなんでワシを売ってしもうたんじゃろか、とか、 新しいマスターはこまいから頼りにならんかもしれんのう、とか、ワシはどんな仕事をさせられるんじゃろ、とか、まあ 色々とな。きちっと判断しても、気持ちの方が邪魔をするんじゃい。その気持ちの優先順位が判断を上回っとることも 多くてのう、ワシャあ正直困っとるんじゃ。じゃから、もうちぃとだけ待ってくれんかのう。整理が付いたら、ワシャあ あんたの言うことを聞いて働いちゃる。ほんで、ワシの御給金が出たら、親父さんとこに送ってくれんかのう。ワシが おらんくなってからは困っちょるじゃろうし」 「解りました。そのように手配いたします。御父様思いなのですね、岩龍さんは」 りんねが受諾すると、岩龍は照れた。 「そがぁなことねぇ」 それから、りんねは岩龍の荒々しいお絵描きに付き合った後、武蔵野に命じて道の駅の支配人を呼び出させた。 駐車場に派手な傷を付けられたことを知ると支配人は大いに戸惑っていたが、りんねが名刺を渡してから駐車場の 修理代金を全て引き受けた上で相場の十倍以上の損害賠償金を支払うと言うと、支配人は更に戸惑った。問題が あれば吉岡グループの選任弁護士を通して話を付ける、と伝えてから、りんねは岩龍に乗った。 先程のやり取りで岩龍はようやくりんねに対して心を開いたらしく、しきりに話し掛けている。りんねも態度は冷淡 ではあるが、岩龍と会話を弾ませている。つばめとコジロウの頑なな主従関係とは異なるが、これはこれで真っ当な 主従関係が出来上がったとみていいだろう。そのまま、岩龍は道の駅から発進していった。ということはつまり、そう いうことになるのか。その場に取り残された寺坂が武蔵野と顔を見合わせると、武蔵野は嘆いた。 「勘弁してくれよ、俺はお前みたいな変態触手野郎の助手席に収まる趣味はないぞ」 「俺だって嫌だ、硝煙臭いおっさんとデートするなんてよ! 自力で帰れよ! あと、俺の触手は断じて変態アイテム なんかじゃねぇからな! せめて可愛らしくチャームポイントと言ってくれよ!」 寺坂が妙に気合いを入れて言い返すと、武蔵野はその言い回しにげんなりした。 「誰が三十過ぎたクソ坊主に可愛げを求めるんだよ。ついでに言えば、お前のミミズもどきがチャーム出来るのは せいぜい池のコイぐらいなもんだろうが」 「なかなかやるな……!」 寺坂が意味もなく身構えると、武蔵野はますます萎えた。 「お前もな、とでも言ってほしいのか? 付き合いきれん。俺は適当に帰るからお前も一人で帰れ」 「おっさん、そんなんで人生楽しいか?」 嘲笑混じりの笑みを浮かべた寺坂に、武蔵野は苛立って愛銃のグリップに手を掛けた。 「少なくともお前の人生の十倍は充実しているよ」 これ以上寺坂に構っていたら埒が開かないので、武蔵野は道の駅のロータリーに面しているバス停に向かった。 だが、路線バスが到着するのは一時間後で、行き先はまるで知らない地名だった。こうなったら携帯電話を使って 路線図と時刻表を調べて意地でも自力で帰ってやる、と武蔵野が携帯電話を取り出して操作していると、寺坂が 不躾に肩を叩いてきた。反射的のその右腕を取って投げようとするが、寺坂の関節のない右腕は捻れただけだった。 再度肩を叩かれたので、武蔵野は何かしでかしたら即時射殺するからな、と言い捨ててから駐車場に戻った。 その後、寺坂の操るランボルギーニ・アヴェンタドールは真っ直ぐ船島集落には戻らずに海沿いへと出ていった。 スポーツカーのスレンダーな助手席に巨躯を収めた武蔵野は、海岸線をドライブしながら、寺坂から延々と美野里 談義を聞かされる羽目になった。拷問に等しかったが、武蔵野は理性でなんとか耐えきって別荘に戻った。 無意味に体力を消耗する一日だった。 夕方の教室に、温かな紅茶の香りが漂った。 二人分の机をくっつけた上には熱い紅茶が入っている水筒と三人分のコップ、シュークリームが並んでいた。どれも これも学校には存在し得ないものなので、非日常感に溢れていた。いずれも美野里のお土産で、見ているだけで 気持ちが浮き立ってくる。つばめは頬を緩めながら、見るからに甘そうなシュークリームを手にした。 「お姉ちゃん、食べていい?」 「その前に、ちゃーんと勉強は終わったでしょうね?」 「終わったってば。さっき来た時はまだ机にプリントがあったけど、ほら、今はないじゃん!」 「本当に?」 「明日になれば先生がプリントを返してくれるから、解るって。ね、だからさぁ」 「そうねぇ……」 つばめが哀願するが、美野里は渋っていた。だが、それも無理からぬことだ、とつばめは自覚していた。美野里が 用事を終えて自家用車に乗って船島集落に戻ってきても、尚、つばめは目の前の小テストを解けずにいた。教卓に いた一乗寺も似たようなもので、やる気の欠片もなかった。時折コジロウに諌められもしたが、時間が経つに連れて コジロウも諦めたのか何も言わなくなった。今日は何もせずに帰ろうか、という空気が教室に流れていた頃合いに、 お土産のシュークリームを手にした美野里がやってきた。美野里は気まずげなつばめと一乗寺の様子で事の次第を 察したらしく、紅茶を淹れてくるからそれまでに終わらせるように、と言って一旦分校を後にした。 それから小一時間、つばめは慌てふためきながら小テストに取り掛かった。一乗寺もお土産が食べられなく なるのは嫌だったらしく、率先してつばめに教えてきた。おかげで小テストは片付けられたが、美野里が分校に直行 してくれなければ、あのまま有耶無耶になっていたことだろう。張り合いがあるとないとでは大違いだ。 「明日からはちゃーんと勉強するのよ、つばめちゃん。はい、食べてよし」 向かい側の机に座っている美野里が快諾したので、つばめは満面の笑みでシュークリームを囓った。まろやかな カスタードクリームと濃厚な生クリームが二層に入っていて、シュー皮のバターの風味も相まって絶品だった。近頃は 洋菓子を食べていなかったということもあり、弛緩するほどおいしかった。 「で、みのりんはよっちゃんにアレやコレやされなかったのね? ま、その方が色んな意味で面白いけどさ」 シュークリームを三口で食べ終えた一乗寺は、にやけながら紅茶を啜った。 「心配してくれてどうも。肝心なところさえ気を抜かなければ、どうにでもなりますから」 美野里がにんまりすると、つばめは口の端に零れたクリームを舐め取ってから尋ねた。 「そういえば、その寺坂さんはどうなったの?」 「死んじゃいねぇだろ、あのよっちゃんだぞう」 一乗寺が笑ったので、つばめも釣られて笑った。 「そうですねぇ。あの手の人間がそう簡単にどうにかなるわけないですもんねー」 「どうにかなってくれていたら、それはそれで困っちゃうものねぇ」 美野里も声を合わせて笑った。だが、コジロウだけは一切反応しなかった。それが当然であるとは解っているが、 つばめの胸中を寂寥が過ぎった。コジロウが会話に加わってきたり、笑ってくれたり、物を食べることは出来なくとも 同じテーブルに付いてくれたりしたら、どれほど嬉しいだろうか。けれど、そんなものはつばめのエゴだ。 ただの道具、人型の機械、自ら判断して動作する矛であり盾、それがコジロウだ。人間と同じような行動を取って ほしいと願うのは、人間の身勝手な理想でありつばめの独り善がりな感情だ。三人の無秩序な会話を傍観している コジロウを一瞥してから、つばめはシュークリームの残りを食べた。 ふと、甘く優しい味が物足りないと感じた。 12 5/10 |