機動駐在コジロウ




マシンも歩けば棒に当たる



 新着メール、なし。
 何度となく携帯電話を確認してみるも、結果は変わらなかった。空しさと手数料ばかりが募るが、かすかな希望を 手繰り寄せたいがあまりに同じ行動を繰り返してしまう。寺坂善太郎は愛車のボンネットに腰掛けると、アイロンが いい加減に掛かったスラックスを履いた長い足を投げ出した。普段履かない革靴の履き心地は悪く、喉を締め付けて くるネクタイも早々に緩めて胸ポケットにねじ込んでいた。

「えーいコンチクショウ」

 寺坂は力なく毒突くと、項垂れた。昨夜、美野里から車を出してくれないかとメールが届いた時は、それはそれは 嬉しくなったものである。よもやデートのお誘いかと舞い上がり、その勢いに任せて手持ちのスポーツカーの中でも 最も値の張る、メタリックブルーのランボルギーニ・アヴェンタドールを駆り出した。ついでに下世話な妄想も大爆発 してしまい、普段はタンスの肥やしになっているスーツ一式を引っ張り出してアイロン掛けもしてしまった。
 つばめが登校した頃合いを見計らって、めかし込んだ寺坂がランボルギーニを駆って出向くと、美野里は思い切り 嫌な顔をした。どうやら美野里は、寺坂が所有している車の中では比較的地味な部類に入るピックアップトラックで 来ると思っていたらしく、と散々ぼやかれた。おまけに僧衣でもなければだらしない普段着でもなく、無駄に気合いが 入っている服装の寺坂を冷ややかに睨め付けてきた。美野里は行き先を伝えて助手席に乗り込んだが、それきり 黙り込んでしまった。道中も会話は一切なく、必要最低限の挨拶を交わしただけだった。

「ちょーっと顔が良くて胸がでかくて頭の良い職業だからって気取ってんじゃねーぞゴルァッ!」

 さすがに腹が立った寺坂は虚空に喚き散らしたが、その怒りは十秒と持たなかった。

「だぁけどそこが好きぃっ! ええいくそう、みのりんめっ!」

 さすがに愛車のボンネットは叩けないので思う存分地団駄を踏み、フラストレーションを発散した。しかし、しばらく すると猛烈に空しくなってきてしまったので、寺坂は鋭角なサングラスを上げて目元を拭った。ため息を零してから 顔を上げると、辺りには鬱蒼とした木々が生い茂っていた。船島集落と一ヶ谷市内を繋ぐ峠道の途中にある待機所 で愛車を止めてから、かれこれ二三時間は過ぎているのだが、車どころか動物すらも通らなかった。そんな田舎の 中の田舎だからこそ、こうして鬱屈した感情を発散出来るのだが、今一つありがたく思えない。
 これが都会であれば、車を飛ばして盛り場に出て昼間から酒を飲んでいただろう。開店時間の早いキャバクラに 行って遊び呆けてしまえば、少しは美野里に振られた情けなさが晴れただろうに。車を飛ばしてドライブするのも悪く ないのだが、助手席で黄色い声を上げてくれる相手がいなければ面白味が八割減する。

「つばめちゃんでも誘おうかなぁー」

 しかし、それは最終手段である。一ヶ谷市内のパブなどに勤めている女性達に連絡を取ってみて、誰一人反応が なかったら、学校帰りのつばめを攫ってドライブに連れ出してしまおう。美野里の愛情を一心に受けているつばめ は、確かに顔形が可愛らしいし子供らしい無邪気さが目を惹くが、寺坂のストライクゾーンからは大外れだ。だが、 助手席が空っぽのままスポーツカーを転がすよりは余程マシだ。つばめを連れ出す際にコジロウから反撃を受ける かもしれないが、その時はその時だ。

「なんだ?」

 重量を伴う振動を感じ取り、何事かと寺坂が振り返ると、傾斜もきつければ角度もきついカーブから黄色と黒の 巨体が飛び出してきた。ぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃっ、と安定感抜群の下半身のキャタピラが、冬場の除雪作業によって 傷んだアスファルトを削りながら迫ってくる。それは、一ヶ谷市内ではあまり見かけない人型重機だった。人型重機は 頭部を回転させて寺坂を見据えると、一気に間隔を狭めてきた。

「うおおおぅっ!?」

 このままでは潰される、と寺坂が逃げ腰になると、人型重機は急ブレーキを掛けて排気を噴出させた。その排気には 化石燃料特有の粒子と匂いが一切混じっていなかったので、恐らく水素エンジンを搭載しているのだろう。

「ちぃとお尋ねしちょうことがあるけんのぅ!」

「は?」  

「じゃから、ここがどこなんか教えちゃくれんかのぅ?」

「何、お前、迷子って奴? ロボットなのに?」

 先程の恐怖の余韻も手伝って寺坂が笑いそうになると、人型重機は首を横に振る。

「ワシャあマイゴっちゅう名前じゃなか、岩龍じゃい! よろしゅうな!」

「で、そのガンリュウはどこから来たんだ。そこから説明してくれねぇと、俺はリアクションのしようがねぇんだが」

 寺坂はジャケットの内ポケットからタバコを抜くと、銜えて火を灯した。

「生憎じゃが、そっからまず解らんのじゃい」

 岩龍は首を一回転させてから、気まずげにマニュピレーターで頭部の外装を擦った。

「ワシャあ、この辺の生まれじゃなか。元々は親父さんと一緒になって地下闘技場で暴れくさっとったんじゃが、ある日、 変な娘が乗り込んできおってのう。その娘が地下闘技場を台無しにしてワシを買い取った挙げ句、不細工な機体に 押し込めおったんじゃ。出来ることなら親父さんとこに帰りとう思っとったんじゃが、ワシが今どこにおるのかが解らない ようにいじくられてしもうたみたいでのう。じゃから、まずはここがどこなんか教えちゃくれんかのう?」

「教えたって解らねぇと思うぞー、こんなクソ田舎」

 地面に胡座を掻いてタバコを蒸かす寺坂に、岩龍は両手を合わせてきた。

「この通りじゃけぇ!」

「そこまで言うんだったら、俺の車のカーナビの位置情報を伝えてやってもいいが、その前にちょっと俺の話も聞いて くれよ。誰でもいいから愚痴らせてくれよ、粉掛けまくってんのにバッサバッサ払いまくられる切なさを」

 首が落ちかねないほど項垂れた寺坂に、岩龍はやや臆した。

「な……何があったんじゃ?」

「聞くも涙、語るも涙なんだよ。男ってぇのは悲しい生き物さ。あのな、俺はなぁ」

 寺坂が美野里との一件をぼやこうとすると、新たなエンジン音が近付いてきた。二人揃って顔を向けると、カーブ を曲がってジープが現れた。その運転席に収まっているのは迷彩柄のジャケットを羽織った屈強な男で、助手席に 座っている少女は上半身のほとんどが隠れていた。男の人並み外れた体格に合わせて内装を作ってあるせいで、 そうなっているのだろう。ジープの運転手を視認した途端に岩龍は臆し、寺坂とその愛車の背後に隠れようとした。 だが、岩龍自身が巨大なので一切隠れなかった。
 ジープの運転席から下りてきた男は、寺坂を見ると顔を強張らせた。左目から頬に掛けての古傷を隠すかのよう に掛けているサングラスの奥で、彫りの深い目元に力が籠もった。その身のこなしに隙はなく、ジャケットの内側に 装備したホルスターから拳銃を抜けるように手を置いている。一乗寺から見せてもらった書類の記憶を掘り起こし、 寺坂はこの男が元傭兵の武蔵野巌雄だと思い当たった。と、いうことは。

「おいお嬢、どうする。あの男は寺坂善太郎だぞ」

 武蔵野は助手席の窓を叩き、少女に問い掛けた。助手席に座っていた少女はシートベルトを外すと、ドアのロック を外した。武蔵野はすかさずドアを開けてやると少女は身軽に下りてきた。長い黒髪が音もなく翻り、銀縁のメガネ 越しに寺坂と岩龍を見据えてきた。無駄もなければ媚びもない面差しが、一層美しさを引き立てていた。
 吉岡りんねの姿を目の当たりにした瞬間、寺坂は身動いだ。資料で顔写真を見た時にも美少女だとは思ったが、 画質の荒い写真と実物では天と地ほどの差がある。そして、実物には不思議な迫力がある。自身の見た目の良さ を意識していないかのような態度を取ってはいるが、その実は顔の角度も立ち位置も計算尽くだろう。フェラーリの じゃじゃ馬か、いや、それよりももっとタチが悪い。化け物じみた馬力とデザイナーの趣味が剥き出しになった、採算 度外視のコンセプトカーだ。常人には、まず手が出せない代物だ。

「ワシャあ、おどれらん元には戻らんけぇのう! 親父さんとこに帰るけぇのう!」

 岩龍はガードレールにキャタピラが擦れるまで後退ると、排気筒から汽笛のように甲高く排気を噴出した。寺坂は 無表情を保っているりんねと、少々面倒そうに岩龍を眺めている武蔵野と、本気で嫌がっている岩龍を見比べた。 しばらく考えた後、自分にとって非常に都合の良いことを思い付いた。

「あのなー岩龍、お前の親父さんと御嬢様の間で売買取引が成立しているってぇことは、お前はきっちり売られた ってことなんだ。そりゃ車にしたって元々のオーナーの方が使い勝手も解っているし、何かと居心地が良いだろうが、 売った方にも退っ引きならない事情ってのがあるんだよ。岩龍が親父さんの元に帰っちまったら、親父さんと御嬢様が 交わした契約がパーになっちまって、それこそ親父さんの迷惑になるだろ?」

 寺坂はタバコを蒸かしつつ岩龍の外装を叩いてやると、岩龍は怒らせていた両腕を下ろす。

「そら、そうかもしれんが、ワシャあ心が納得出来んのじゃい」

「なー御嬢様、こいつをお前らの元に戻せるように説得出来たら、ちょっと俺と付き合ってくれね?」

 岩龍の外装を叩きながら寺坂が笑うと、武蔵野が面食らった。

「何を言い出すんだ!?」

「半日程度のことさ、悪い話じゃないだろ? こいつはお前らが嫌いだからまともに取り合ってもくれないが、俺には ちょっとだけ懐いてくれたみたいだから、それなりに話が通じる。岩龍もどうせつばめちゃんを襲うためにわっざわざ 買い付けたロボットなんだろうし、大事に扱いたいだろ? お前ら、ガキも丸め込めねぇのかよ」

「お前は黙っていろ。でなきゃ、俺が黙らせる」

 武蔵野が左脇のホルスターから拳銃を抜きかけると、りんねがそれを制した。

「お構いなく、巌雄さん。寺坂さん、あなたの提示した条件をお受けいたしましょう」

「上等。但し、俺のやり方に文句言うんじゃねぇぞ?」

 寺坂はにんまりしてから、右腕を戒めている包帯を緩めて触手を数本解放した。それらを伸ばして岩龍の外装に 絡み付けると、背後で押さえた悲鳴が漏れ聞こえた。振り返ると、りんねが唇を結んで顔を背けている。気のせいか と思いつつ、再度触手を伸ばして体を引き上げていくと、またも小さく悲鳴が聞こえた。もう一度振り返ると、りんね は顔の下半分を手で覆って肩を縮めている。武蔵野と目を合わせると、武蔵野は肩を竦めた。
 りんねの弱点を知ったことで妙な楽しさを覚えながら、寺坂は岩龍の胸部に下りた。人間が搭乗出来る操縦席が あったので、ハッチを開けてから中に入った。重機の熱気と機械油のつんとした匂いが籠もっていて、愛車を整備して いる時に似た心地良さがあった。寺坂はモニターを作動させ、岩龍の意識を操縦席側に向けさせた。

「なー岩龍、お前、女の子の善し悪しって解る?」

「ワシャあロボットじゃけぇ、おなごの何がええんかさっぱりじゃ」

 予想通りの答えを返してきた岩龍に、寺坂は調子良く言った。

「あれは最高だぜ、甘い匂いがして柔らかくって良い声で鳴いて。褒めてやるときゃーきゃー喜んで、ボトルを入れて やると褒め殺してきて、シャンパンタワーなんかやらかすと奇声上げてよ。だが、それは金の上での関係だからだ。 俺みたいな客はな、金を払って女の子にきゃーきゃー言われてんだよ。言われたいからわざわざ高い金を払って、 何度も店に通って名刺もらって仕事用の捨てアド教えてもらって同伴してアフター付き合って、そこまでしても滅多に 最後まで行けないんだよこれが。だがそれがいい。金をドブに捨てる無駄っぷりが楽しいんじゃねぇか!」

「何を言っとんのかちぃーとも解らんのう。じゃが、寺坂がおなごの扱いに苦労しとるっちゅうんは解るのう」

「それさえ解ってくれたら、こっちのもんだ。いいか岩龍、あそこにいるのはお前の御主人様だ。大金持ちの御嬢様で 全国レベルの美少女だ。だが、お前なんかよりも遙かに機械的で絶対零度と言っても過言ではないクールな性格の 御嬢様だ。その御嬢様にきゃーきゃー言われてみたいと思わないか? 金も貢がずに、店にも通わずに、ボトルも キープせずに、シャンパンタワーもぶっ立てずにだ」

「う、うーん」

 岩龍が訝しげに首を曲げたので、操縦席も曲がった。そこで寺坂は、岩龍のモニターを掴んで揺する。

「いいか岩龍、お前はあの御嬢様にきゃーきゃー言われるチャンスを得ているんだぞ! 御嬢様の命令をハイハイ 聞いてやりたくもない仕事をするのはそりゃー面白くないかもしれねぇけど、美少女の尻に敷かれるのもまた悪く ないじゃねぇかよ! 俺だって諸事情がなかったら、御布施十年分ぐらいの金を積まれていたら、みのりんがそっち側 だったら、御嬢様の下に這い蹲るのも悪くねぇなーって思ってんだもん!」

「ほうかのう……」

 更に岩龍が首を傾げたので、寺坂は畳み掛ける。

「この御時世だ、まともに働いて仕送りすればきっと親父さんだって喜ぶぞ! いや喜ばないわけがない! むしろ 大いに羨むかもしれねぇんだからな、だって超絶美少女の手先だぜ!?」

「ワシがあの娘ん元で仕事して稼いだ金を仕送りすりゃあ、親父さんが喜んでくれるんかいのう?」

「そうだ喜ぶ! 泣いて喜ぶ! ついでに俺も喜ぶ!」

「……そんなら、ちぃと考え直してみるかいのう」

 姿勢を戻した岩龍が首を曲げてりんねを捉えたので、モニターに怯えた面持ちの美少女が映し出された。こちらの 様子が気になっているが正視したくないらしく、視線が彷徨っている。武蔵野はりんねの背後に控えていて、いざと いう時にはすぐに対処出来る態勢になっていた。まるで忠犬だ。
 手狭な操縦席から出てきた寺坂が触手の右腕を振り、話し合いが済んだと報告すると、りんねは弾かれたように 後退って武蔵野の陰に隠れた。やはりこれが怖いのか、とこれ見よがしに触手の本数を増やして振り回してみせる と、りんねは寺坂に背を向けてうずくまった。触手を使って操縦席から地面に下りてきた寺坂は、子供染みた意地悪心 に任せてりんねに近付いていった。

「御嬢様、岩龍との話し合いは付いた。これで俺と御嬢様の契約は成立ってわけだ、さあデートしようぜ!」

「……っ」

 武蔵野のズボンの裾を掴んでいるりんねはきつく目を閉じていたが、恐る恐る顔を上げた。その目の前に数本の 触手を伸ばしてやると、りんねはその場に座り込んでしまった。表情を崩すまいと全身に力を入れているが、それは 逆効果で小刻みに肩が震え出した。小動物を追い詰めたかのような被虐的な快感に、寺坂は顔が緩んでしまった が、頭上でチェンバーをスライドさせる金属音が聞こえたので潔く身を引いた。武蔵野はある程度手加減してくれる 一乗寺とは違う、やりすぎればすぐにズドンだ。

「で」
 
 仕方なく触手を引っ込めて包帯を巻き付けてから、寺坂は両手を上向けた。

「御嬢様はどこに行きたい?」

「寺坂さんの提示した条件をお受けするとは申し出ましたが、あなたと付き合うのが私一人であるとは申しては おりません。巌雄さんも御一緒いたします。その条件が呑めないのでしたら、このお話はなかったことに」

 深呼吸して冷静さを取り戻したりんねは、ふらつきながらも立ち上がって見返してきた。

「俺のじゃじゃ馬はツーシーターだぜ? そこのゴツいおっさんはトランクにだって入らないぜ?」

 寺坂が意味もなく胸を張ると、りんねは鋭く睨んできた。

「では、寺坂さんはこちらの条件を受諾なさらないということですね?」

「叔父貴はワシに乗りゃええじゃろ」

 丁度一人乗りじゃけぇ、と岩龍が操縦席のハッチを開いてみせた。りんねは岩龍に言い返そうと口を開きかけた ものの、お嬢、と武蔵野に諌められて何も言わずに引き下がった。

「んじゃ行こう! 最速三百五十キロのV型十二気筒の凄さを思い知れよな!」

 寺坂が愛車を示して浮かれるが、りんねは渋々ランボルギーニに向かった。

「仕方ありませんね。巌雄さん、外出が終わり次第、御自身の車を回収しに来て下さいね」

「言われなくとも」

 武蔵野は苦笑いを通り越していて、厳つい肩を情けなく揺すっていた。彼が岩龍の右手に運ばれて搭乗したことを 確認してから、寺坂はランボルギーニの助手席のドアを開いてやった。りんねは乗り込みづらいガルウィングをもの ともせずに助手席に収まると、細い体の上にシートベルトを付けた。助手席のドアを閉めてやってから運転席に乗り 込んだ寺坂は、イグニッションキーを回してエンジンを暖機させた。無表情ではあったが苛立ちを隠し切れていない りんねの横顔を見、寺坂は採算度外視のコンセプトカーに試乗出来た喜びを味わった。
 美野里を隣に乗せられたら、その何十倍も嬉しいのだろうが。





 


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