機動駐在コジロウ




箱入りマスター



 それから、つばめと一乗寺はダム湖の観光を満喫した。
 といっても、片手で足りるほどの見所しかないので、それほど時間も掛からなかった。ダム湖で発電を行っている 電力会社の資料館、ダム湖の上を小一時間ほどで巡る遊覧船、レストハウスと売店、それで終わりだ。ちゃんとした 登山の装備をしていれば、福島側に繋がる湿地帯に向かっていたのだろうが、今日の目的は単なる社会科見学 なのでそこまでの装備は整えていなかった。
 遊覧船乗り場の二階にある展望台で、つばめは一乗寺と共に昼食を摂ることにした。あれから、件の箱はつばめ の二メートル後方にぴったりと貼り付いてくるようになった。どういう理屈かは知らないが、地面から十数センチ程度 浮かんでいるので引き摺ることはなかったが、階段を昇ると派手に衝突しては騒音を立てていた。背後霊が実体化 したらこんな感じなのだろうか。そんなことを考えつつ、つばめは一乗寺が肩に引っ掛けていたショルダーバッグを 開けて、美野里が準備してくれた弁当を出した。日頃弁当箱を入れている巾着袋に入っていたのは、アルミホイルに 包まれた二個の球体だった。つばめはずしりと重たい球体を取り出し、目を丸めた。

「これってまさか、おにぎり?」

「みたいだねぇ。思い切り投げたら、いいスコアが出そうだけど」

 湖に面したベンチに腰掛けた一乗寺は、アルミホイルを無造作に広げた。その中には、案の定、海苔が隙間なく 貼り付けられている球体のおにぎりが入っていた。つばめもまた、箱を背負いながらベンチに腰掛け、アルミホイル を剥いだ。重さからして、おにぎり一個につき白飯を二合近くも使ってあるようだ。

「お弁当の中身は昨日のうちに準備しておいたから、重箱に詰めてくれるだけでよかったのになぁ」

 つばめが苦笑すると、一乗寺は砲丸おにぎりを囓りながら尋ねた。

「ちなみに、中身は何なの? 火薬はごめんだよ?」

「えーと、唐揚げと、マカロニサラダと、インゲンのゴマ和えだったかな」

 つばめは中身を思い出しながら砲丸おにぎりを二つに割ると、その通りのものが白飯に埋もれていた。当然ながら 唐揚げの油とマカロニサラダのマヨネーズとゴマ和えのタレが白飯に染み込み、色が変わっていた。幸か不幸か水気の 多いおかずはなく、おかず同士の味がケンカしているわけではないのだが、いい加減だ。

「お姉ちゃんってば、もう……」

 いっそ、作ってもらわなくても良かったような気がする。つばめは嘆いたが、一乗寺は黙々と食べていた。

「あーでも、これ、結構イケるんじゃなくて? 箸をいちいち使う手間がないから面倒臭くないし、ねえ?」

「そりゃまあそうかもしれないけど、お弁当ってのは見栄えも大事なのであって」

「喰っちゃえば同じでしょ、そんなもん」

「それは食べる方の感想であって、作る方の感想ではありません」

 つばめは一乗寺に言い返してから、仕方なく砲丸おにぎりを頬張った。味は普通だった。確かに余計な洗い物が 出なくて便利な食べ方ではあるのだが、見た目の圧迫感で食欲が下がること受け合いだ。実際、半分程度食べると お腹一杯になってしまった。物理的な苦しさと視覚的な苦しさと、食べ物を残す罪悪感でつばめが思い悩んでいると、 一乗寺がにんまりしながら肩を叩いてきた。

「残すんなら、頂戴」

「他人が口を付けたものを食べることに抵抗がないんですか?」

 つばめが怪訝な顔をしても、一乗寺は無邪気な笑顔を崩さなかった。

「ないない、そんなもの。なんでそれが嫌なのかが解らないなぁ、俺としては」

「はあ」

 そういう人もいるのだなぁ、と思いながら、つばめは砲丸おにぎりの残り半分を一乗寺に渡した。一乗寺はすぐに それを頬張ると、あっという間に食べ終えてしまった。満腹感から息を吐いた一乗寺は、この上なく満ち足りた顔を した。姿形が見栄えのする男なので見逃しがちだが、一乗寺の表情はつばめよりも遙かに幼い時がある。他人に 対して遠慮もなければ思慮もない言動を取ることも相まって、図体の大きい子供のようだ。

「ねー、つばめちゃん」

「はいはい、なんですか」

 つばめはベンチの背もたれから腕を伸ばして、箱の中に小銭入れが入っているかどうかを確かめながら生返事 を返すと、一乗寺は長い両足をぶらぶらさせていた。

「帰り道もさ、どこかに寄っていこうよ。みのりんにお土産も買っていこうよ、ね、そうしよう」

「まあ、それが道理ですね。お姉ちゃんは今日も仕事だし」

 がま口の小銭入れを見つけ出したつばめは、口を開いて中身を確かめた。缶ジュースは買えそうだ。

「でさ、日帰り温泉でも見つけたら入ってみようか、うんそれ決定!」

「えぇ?」

 さすがにそれは想定外だ。つばめが面食らうと、一乗寺は年甲斐もなくはしゃいだ。

「だーあってさー、こんなに楽しいのがすぐに終わっちゃうのって勿体ないじゃん! 人殺しよりも楽しいことがあるだ なんて知らなかったんだもん、俺ってば! あー、世間一般の連中はこんないい目を見ていたんだなぁ。なんかもう 羨ましすぎて全員死ねって気分になってくるな!」

「ただのダム湖でそのテンションだと、ディズニーランドなんかに行ったら先生は発狂しそうですねぇ」

 ベンチから立って自動販売機に近付いたつばめが冷淡に返すが、一乗寺のテンションは衰えない。

「そうだなー、そうかもしんないなー! でも、あんまり楽しすぎて皆殺しにしちゃうかもな! だって、俺以外の人間が 楽しんでいるんだーって思うとなんだか腹立ってくるから!」

「人格が破綻しすぎてやいませんか、っと」

 自動販売機に小銭を入れたつばめは、ミルクティーのボタンを押した。ごっとん、と落ちてきた缶を取り出してから 振り返ると、勢い余って箱とぶつかりそうになったが、箱の方が率先して回避してくれた。箱と言えども遺産の端くれ だからだろう、つばめの行動パターンを学習しつつある。

「先生はどれがいいですかー?」

 再度小銭を入れてからつばめが一乗寺に尋ねると、一乗寺は快活に答えた。

「カフェオレがいいな!」

 つばめは言われた通りにカフェオレのボタンを押し、出てきた缶を持っていった。カフェオレを一乗寺に渡してから ベンチに座り直したつばめは、良く冷えたミルクティーの缶を振ってから開けて、甘くまろやかな味を味わった。箱は またつばめの背後に控えていて、蓋も固く閉ざしている。一乗寺の上がりきったテンションが下がる気配は全くなく、 遊覧船乗り場を後にして売店に向かっても意気揚々としていて、安っぽいお土産物を見ては喜び、どうでもいいもの まで買い込もうとしたので全力で阻止した。けれど、その気持ちが解らないでもないので本気で怒れなかった。
 最も売れているというけんちん汁の缶詰とまたぎの手焼き煎餅を美野里へのお土産として買い込んだ後、奥只見 から下山するべく軽トラックに乗り込んだ。つばめは帰りは助手席に入りたかったが、乗り込もうとすると箱が車体 にぶつかってきたので無理だった。まさか、箱を車体の横に括り付けていくわけにもいくまい。仕方ないので行きと 同様に箱の中に入り、蓋も閉めた。今度はトイレも済ませてきたし、小銭入れに入っていた乗り物酔い止めの薬も 飲んだので大丈夫だろう。自分の用心深さにつくづく感謝した。
 再び闇の世界に閉じ籠もることになったつばめは、お土産物の入った紙袋を体の脇に置いた。軽トラックの揺れ に身を任せながら目を閉じると、トンネルを何度も通り過ぎたのか体が左右に押し付けられた。満腹感から生じた 眠気でうつらうつらとしかけた頃合いに、前触れもなく外で轟音がした。

「んあっ!?」

 一瞬で目が覚めたつばめは条件反射で跳ね起きようとしたが、強かに額をぶつけた。その痛みで呻いていると、 一乗寺の罵声が外から聞こえてきた。

「つばめちゃん、絶対に外に出てくるなよ! トラウマ確定だし、流れ弾に当たっても責任取らないから!」

 直後、銃声が響いた。同時に何かが倒れる音。銃声、銃声、銃声、銃声、銃声。

「久し振りに楽しいことを覚えたってのに、あーもう台無し! 最悪! ウゼェ!」

 また罵声、更に銃声。

「でもやっぱり、こっちの方が楽しいかも! うっひょー!」

 絶え間ない銃声。それが姿の見えない敵のものなのか、味方のものなのか、判別が着かなくなってきた。つばめが 身を固くしていると、箱の上に何かが落下してきた。どごぢゃっ、と泥の固まりをぶつけたかのような粘り気のある 音と共に激しい振動が起き、体が上下した。それも一度や二度ではない。
 必死に目を固く閉ざし、耳も塞ぎ、歯を食い縛り、つばめは地獄のような時間をやり過ごした。先程まではあんな にも穏やかだったのに、楽しかったのに、その後も楽しいことをしようと思っていたのに。一乗寺はろくでもない性格で 教師とは言い難い性分の男ではあるが、一緒に過ごすのは悪くなかった。子供染みた純粋さで楽しんでいる顔を見て いると、こちらまでなんだか嬉しくなった。それなのに、今はどうだろう。
 高笑いが聞こえる。悪魔じみた哄笑がトンネルに反響し、銃声の代わりに聴覚に突き刺さった。一乗寺の声だ。 それ以外の誰の声も聞こえなければ銃声も聞こえない。雨の水溜まりよりも滑り気のある水を踏み締めている 足音が重なり、湿ったアスファルトに薬莢が転がる。泣き声に似た、引きつった笑い声が近付いてくる。

「なあ、つばめちゃん」

 箱の蓋が軋み、一乗寺が腰掛けてきた。つばめは乾き切った喉に唾を飲み下してから、返した。

「……なんですか」

「今日、楽しかったよねぇ」

「はい」

 掠れ気味の声でつばめが答えると、一乗寺は拳銃のマガジンを差し替えたのか金属音がした。

「俺も。だから、トンネルに閉じ込められてバッドエンドなんてごめんだね。B級映画だって、もうちょっと気の利いた オチにするよ。だけど、このままじゃ外に出られないみたいなんだよ。トンネルの前後が爆弾で吹っ飛ばされて落盤 しちゃってね、人力じゃとてもじゃないけど動かせない岩がごろごろしている。んで、ちょっと考えたんだけどね」

「何をですか」

 怯えと混乱を交えてつばめが言うと、一乗寺は箱を叩いてきた。

「知っての通り、この箱はとんでもなく頑丈なんだよ。口外していいような情報じゃないけど、まあいいや、非常時に 国家機密もクソもないし。その箱はね、タイスウっていう名前の無限防衛装置なんだ。見た目はただの鉄の棺桶に 見えるけど、素材が訳解らないの。箱を構成している物質は異次元に存在していて、こちらの次元からは接触する ことすら不可能な領域にある分子なんだ。でもってその分子構造は、こちらの物理法則では一切干渉出来ない形状 になっている。自分でも何言ってんのかさっぱりだけど、要するにこの世界のありとあらゆる攻撃が通じないってこと は確かなのね。だ、か、ら」

 一乗寺は箱の蓋を三回叩いてから、顔を寄せたのか声が近付いた。

「この箱を砲弾にして岩盤をぶち抜く。どうってことないって、ちょっと揺れるだけだし、着弾したら回収するから」

「ええええええええ!?」

 血も涙もない発想につばめが絶叫するが、一乗寺は動じない。

「軽トラのシートの下にね、火器をいくつか仕込んであったんだよねー。うふふ、南斗人間砲弾だー」

「先生の人でなしぃー! 馬鹿ぁー! 悪魔ぁー!」

 箱の蓋を力一杯叩きながらつばめは叫ぶが、一乗寺は意に介さない。

「軽トラの荷台を発射台にするから、ええとこの角度でこの位置に仕込んで、着火装置はこれでー、っと」

「うああああ……」

 つばめは本気で泣きたくなったが、箱の中にいる限りは安全なんだから、と自分に言い聞かせて深呼吸した。少し 熱くて音がしてちょっと痛いだけですぐ終わるのだから、と必死に思い込もうとするが、そんなわけないじゃないか、 と妙に冷静な自分が悲観を誘ってくる。箱の外に出てしまえばまだいいのでは、とつま先で箱の蓋を開けるスイッチを 押そうとするが、一乗寺が家紋のスイッチを外側から押さえているのか動きもしなかった。
 それから小一時間後、つばめ入りの箱が発射された。火薬の炸裂音の直後に凄まじい加圧が襲い掛かり、体が 押し潰されそうになった。それが収まったかと思いきや落下し始めて、木の枝を粉砕しながら地面に突っ込んだが、 制動が掛かった瞬間に反動が訪れた。全方向からの衝撃で三半規管が満遍なく掻き乱され、つばめは目が回って しまった。上下逆さまになって地面に突っ込んだであろうことは覚えているのだが、その後の記憶は曖昧だ。はっと 我に返って飛び起きると、自宅の布団で横になっていた。
 箱に入ったことからして夢だったのか、と期待しながら起き上がってみると、箱はつばめの部屋の隅にロッカーの 如く鎮座していた。泥と何かの液体と木の葉がこびり付いていて、箱の中には美野里に買ってきたお土産も残って いたので、あれは紛れもない現実だったのだと思い知らされた。一乗寺には一言文句を言ってやろうと、つばめが 自室から飛び出すと、その一乗寺が玄関先で死んだように寝入っていた。
 在り合わせのおかずで夕食を支度をしていた美野里に寄れば、一乗寺は荷台が半壊した軽トラックにつばめの 入った箱を載せてきてくれたばかりか、庭から回って自室に運び入れてくれたそうである。それを聞いてしまうと怒るに 怒れなくなってしまい、つばめは泥と液体で頭からつま先まで汚れ切っている教師を労った。
 社会科見学のレポートには、何を書いてやろうか。




 残っていたのは、粘液にまみれた弾丸だけだった。
 武蔵野は粘液溜まりの中から弾丸を一つ拾うと、大きさを確かめた。一乗寺の使っているAMTハードボーラーに 装填されていたものとみてまず間違いないだろう。戦闘の痕跡はそこかしこにあり、トンネルの内壁やアスファルトが ずたずたに切り裂かれていた。武蔵野はマグライトの青白い光の帯を上げ、巡らせた。至るところにある傷跡の幅と 深さから考えるに、常人の仕業とは考えられない。だが、問題はどこから進入したかだ。
 事前に、武蔵野はトンネルの前後を確かめて民間人を巻き込まないように気を付けていた。この戦いはあくまでも 企業と巨大すぎる資産を掌握した一個人との抗争であり、民間人は関係ないからだ。トンネルの中も歩いて通り、 車や人が潜んでいられそうな場所を調べ、そこに誰もいないことも確認した。りんねにも連絡を取り、他のテロ組織 の類が絡んでいないかどうかも確認し、新たに撮影した衛星写真を見比べては異常が起きていないかを確認した。 だが、そのいずれにも侵入者の痕跡はなかった。落盤した岩石の隙間も、人間が通れる幅ではない。

「なんじゃ、あらましいことよのう」

 落盤した岩を押し退けてから、岩龍が頭部のサーチライトで照らしながらトンネルに入ってきた。武蔵野は謎の箱 を使った砲弾で空いた穴から中に進入したのだが、巨体の岩龍はそうもいかず、今し方まで岩石を排除していた。 太いキャタピラが細かな石を踏んでは砕き、弾け飛ぶ。

「で、結局、あの箱は一体なんだったんだ? ミサイルみたいに岩をぶち抜いて大穴を開けていったが」

 武蔵野は最大の疑問を口にするが、岩龍も見当が付かないのか首を捻った。その拍子に、光の帯も曲がる。

「さあのう。ワシには見当も付けられんのう」

「まあ、それはそれとしてだ。問題は、どこが抜け駆けをしようとしたかだ」

 まさか、第三勢力ということもあるまい。吉岡一味の全員が別のベクトルを向いていると同時に、それぞれの業界 に睨みを利かせているようなものだから、付け入る隙はない。むしろ、割って入ろうとすれば、それぞれの企業から 圧力と攻撃を受けて叩き潰されるのがオチだ。液体、怪人、と来れば考えられる線は一つ。

「フジワラ製薬か」

 武蔵野はマグライトを上げ、トンネルの内壁を伝い落ちてきたであろう液体の筋を辿っていった。トンネル上部に 伸びている換気ダクトの隙間が緩んでいて、積年の排気ガスと砂埃が綺麗さっぱり拭い去られていた。まるで巨大な ナメクジが這ったかのように、地の色が露わになっている。となれば、液状化出来る怪人が進入したのだろうか。 そんな器用な芸当が出来るのは、アソウギの扱いに長けた化学者である羽部だけだとばかり思っていたが、そうで はなかったようだ。りんねに報告する前に、武蔵野の本来の雇用主である新免工業に報告しておこう。

「うっ!?」

 不意に、首筋に水滴が滴ってきた。トンネルの内壁は山間の冷気によって結露を帯びているので、その水滴だと 思って武蔵野は首筋を拭うが、首筋と水滴を拭った指先にぬるりと生温かい感触が広がった。同時に、これまでの 人生で嫌になるほど味わってきた鉄臭さが鼻を突き、鋭い痛みが走った。拭い去った水滴を地面に投げ捨てると、 武蔵野の血液にまみれた粘液はのたうち回り、壁を這い上がっていった。

「どうかしたんじゃ?」

 岩龍が腰を曲げて覗き込んできたので、武蔵野は首筋の小さな切り傷を押さえる。

「長居は無用だ。お嬢の元に帰るぞ、俺達の作戦は失敗したって報告しないとならんからな」

「トンネルを塞いどる岩は片付けんでええんかいのう? このままじゃと、誰も通れんじゃろ」

「放っておけ。土木作業は俺達の仕事じゃない」

 ホンマにええんかいのう、と岩龍は心苦しげだったが、武蔵野はそうは思わなかった。奥只見から麓に下りる道は 福島側のルートもあるし、落盤事故が発生してからというもの、車通りは一切なかった。クラクションのパッシングも 一度も聞こえず、シルバーラインを上ってくる車も一台もなかった。大方、あの建設会社を通じて早々に情報が伝播 されて交通規制が行われたのだ。なんとも手回しの早いことだ。

「いずれにせよ、失敗は失敗だ。お嬢に叱られるな、こりゃ」

 ぐぬう、と岩龍は呻きながら項垂れ、キャタピラをぎこちなく回しながらトンネルの外に出ていった。りんねに冷徹に 叱責されるのが怖いのだろう。その気持ちは武蔵野にも解らないでもないが、慰めたところで現実が変わるわけ でもないので何も言わなかった。皆が皆、手に入れようとしているのは佐々木つばめと遺産であることは変わりない が、皆が皆、競争相手であり宿敵だ。味方でもなければ仲間ですらなく、殺し合いの相手に過ぎないのだ。そう判断 した武蔵野は、トンネルの外に出るとジープに乗り、人型重機を従えて真っ暗な山道を下っていった。
 投げられた賽は、どう転がるのだろうか。





 


12 6/3