機動駐在コジロウ




対岸のカーニバル



 二人分の朝食が余っていた。
 その席に座るべき二人の男の姿はなく、出来たての料理が空しく湯気を立てていた。長方形のテーブルの上座に 付いて黙々と朝食を摂っている上司の細い首には、ナプキンではなく、スカーフが巻き付けられていた。いつも通り の不味さを誇る食事を持て余しながらも、武蔵野はりんねの表情が心なしか翳っていることに気付いていた。表情が 乏しいのは相変わらずではあったが、他人の心中を見透かしているかのような眼差しが心なしか弱っている。
 伊織と羽部の行方について言及する者もいなければ、案ずる者もいないのは、解り切っていた。そして、フジワラ 製薬が真っ先に攻勢に出たのだろう、とも誰もが思っていた。伊織は群を抜いて強力な怪人であり主戦力であり、 羽部は性格と嗜好に多大な問題はあるが優秀なブレーンだ。だから、二人はフジワラ製薬が動くためには不可欠 な歯車であり、イグニッションキーでもある。その行動の一端を知ることが出来るであろう記事が、地元の新聞の 片隅に掲載されていた。深夜の惨事、交通事故で男女六人が死亡。大方、伊織の胃袋に収まったのだろう。

「お嬢、いいのか? あいつらを放っておいて」

 武蔵野は地元紙を折り畳むと、粘り気が強くて喉越しの悪い掻き玉汁を啜る努力をした。

「構いません。出し抜かれたとしても、出し抜かれた分だけ追い越せばいいのですから」

 りんねはチョコレートソースが塗りたくられた焼き魚を解し、口に運んだ。

「地元警察と新聞社の買収と情報操作は、既に済んでおります。フジワラ製薬がどのような作戦を展開しようとも、 私達の今後の行動に差し障りが出ることはありません。伊織さんが御夜食になさった男女グループの御遺族には、 死亡保険金の十倍に当たる損害賠償を即金でお支払いいたしました」

「あわわっ」

 キッチンで食後のお茶の準備をしていた道子がつんのめり、額を冷蔵庫に激突させたが、大型冷蔵庫のドアの 方がへこんでしまった。道子はばつが悪そうに笑顔を作りながら、謝った。

「あははぁーん、すみませぇーん。メンテしてきたからぁーん、股関節のグリースが滑りすぎたみたいでぇーん」

「御大事になさって下さいね、道子さん」

 りんねが目を細めてみせると、道子は痛みもしない額を擦りながら、上司を労った。

「御嬢様こそぉーん、御大事になさって下さいねぇーん。御医者様をお呼びいたしましょうかぁーん?」

「いえ、お気遣いなく。痛みもしませんので」

 りんねは首を包むスカーフに手を添え、首を横に振った。そうですかぁーん、と道子は不安混じりに返した後、湯が 煮立っているヤカンをコンロから下ろした。当人であるりんねがそう言うのなら、心配する必要などないだろう。そう 判断した武蔵野は、浅漬けに見せかけた白菜の甘煮を囓り、顔をしかめた。高守は矮躯を縮めて椅子に収まり、 置物のように朝食を消化しているが、普段はあまり動かない目玉をしきりに動かしていた。状況の移り変わりを余す ことなく察知しようとしているのだろう、その視線は異様に鋭い。会話に混ざろうにも混ざれない岩龍が、リビングの 窓の外で寂しそうにしていた。つくづく精神の幼いロボットだ。
 少しずつ、事態は動きつつある。一味の面々の緊張感を肌で感じながら、武蔵野は高揚感を覚えていた。ようやく 本番の始まりだ。誰かの手に佐々木つばめが落ちれば、その時は遺産の真価が発揮される。だが、それは勝利で あるわけがない。勝利を確信した瞬間が最も気が緩む瞬間だ、と武蔵野は身に染みて知っている。フジワラ製薬の 行く末を案じながらも、新免工業の関連会社の社員に連絡して指示しておこう、と考えた。どこで作戦を展開するの かは、おおよその目星が付いている。むしろ、感付いてくれと言わんばかりだった。
 出し抜かれないためにも、対策も講じておかなければ。




 早朝に呼び出された寺坂は、げんなりしていた。
 寝間着であろうジャージにサンダル履きという締まりに欠ける格好で派手なオープンカーの運転席に収まっている スキンヘッドの男は、いつもの鋭角なサングラスを外して額に手を当て、勘弁してくれよ、と嘆いた。つばめにもその 気持ちは解らないでもなかったが、諦めてもらうしかない。なぜなら、月曜日は燃えるゴミの日だからだ。
 佐々木家の正門前には、自治体指定のブルーのゴミ袋が六個も積み重なっていた。そして、船島集落に最も近い ゴミの集積所は直線距離でも五キロ以上あり、徒歩で歩いていってはゴミ収集時間に到底間に合わない。これまで はゴミ捨てはコジロウに一任していたのだが、先日の双方の失敗を踏まえ、つばめとコジロウは行動を共にすること に決めたのである。だが、ゴミと一緒につばめを抱えて走行することはコジロウであっても難しく、かといって仲良く 一緒に歩いていってはゴミ収集車が去ってしまう。一乗寺の軽トラックは、何者かが仕掛けた爆薬によって落盤した トンネルから脱出するために荷台をカタパルト代わりに使ったために破損した。美野里は寝起きが悪く、頭が冴える までは小一時間が必要なので、そんな状態で車を運転されたら事故を起こしかねない。
 そこで白羽の矢が当たった、というか、消去法で選ばれたのが寺坂だった。つばめが訥々と事の次第を説明すると、 運転席に座ったままの寺坂は納得したようではあったが、面白くなさそうだった。

「で」

 寺坂はつばめの背後にあるゴミ袋から少し離れた場所にある、もう一つのゴミ袋の山を指した。

「ありゃ、一乗寺のだな?」

「御名答。先生のもついでに出してやらないと、際限なく貯めちゃいそうだから」

 つばめは佐々木家の可燃ゴミの倍近い量がある、担任教師の可燃ゴミを見やった。男の独り暮らしなのに、何を どうやれば十袋近くもゴミが出るのだろうか不思議でならない。寺坂はハンドルにもたれ、嘆息した。

「あの野郎、後で埋め合わせをさせちゃる。ただで済むと思うなよ?」

「じゃ、私の方はただで済むってことだよね? ね?」

 つばめがにんまりするが、寺坂は渋った。

「何をどうすりゃそういう理屈になるんだよ」

「だって、御布施を払ってやったじゃない。五十万」

 つばめが五本の指を立ててみせると、寺坂はシートベルトを外して立ち上がり、つばめに迫ってきた。

「あんなんで足りるかコンチクショー! 負けに負けやがって! そんなん御布施じゃねぇよ、小遣いレベルだよ!」

「えぇー。毎月五十万もあれば結構良い暮らしが出来るじゃなーい。無駄遣いさえしなければさぁー」

 つばめが白い目を向けるが、寺坂は食い下がる。

「せめて百万は寄越せよ! でないと車のローンが滞るんだよ! でもって飲み代が追っつかないんだよ!」

「それが無駄遣いって言うんじゃない。てか、高い外車ばっかりそんなに買ってどうするの? 一度に全部乗れない でしょ。あと、街に飲みに出た後に運転代行を頼むから、高く付くんでしょ。それ以前に、接客サービスのあるお店は サービス料金が大半だから高くて当たり前だよ。ろくでもない趣味のどれかを止めたら、余裕が出るよ?」

「趣味のない人生なんて人生じゃねぇだろうがあっ!」

 寺坂は勢い余ってつばめに掴み掛かろうとするが、コジロウに押し止められた。

「いいかつばめ、人生ってのは無駄が大半なんだよ、無駄が! 一生懸命働くのだってな、その後にある下らない 楽しみのためなんだよ! 真面目に勤労している大人の三割はな、確実に美少女フィギュアのために汗水垂らして 働いてんだよ! そうでなかったら、大して可愛くもないアイドルに貢ぐために仕事してんだよ! お前にだってある だろ、そういう無駄が! でなきゃ許さないからな!」

「許さないって、何を?」

 つばめが冷ややかに聞き返すと、寺坂は包帯に戒められている右手を顎に添え、首を捻った。

「……なんだろう? 勢いで言ってみたけど、そこまで考えてなかったな」

「なんでもいいから、さっさとゴミ出しに行こうよ。でないと、ゴミ収集車が来ちゃうよ」

 焦れてきたつばめが急かすと、寺坂は身を引いた。

「ああ、そうだな。で、本当につばめには趣味ってねぇの? マジで? ゲームもしねぇの?」

「しないってば、そんなこと。携帯だって持ってないし」

 派手なスポーツカーのトランクを開いてもらい、つばめはコジロウに手伝ってもらいながらゴミ袋を詰めていった。 寺坂は一乗寺の出したゴミ袋もそこに詰め込みつつ、笑った。

「なんだったら、俺んち来いよ。ゲームは山ほどあるんだが、対戦相手が一乗寺だけだから飽き飽きしてんだ」

「小学生じゃあるまいし、何言ってんの。それより仕事してよ、もうすぐお爺ちゃんの四十九日なんだしさぁ」

 つばめの辛辣な言葉に、寺坂は曖昧な反応をした。 

「あー、そうだっけか。もうそんなになっちまうんだなぁ」

「なっちゃうの」

 つばめはトランクの蓋を閉めようとしたが、ツーシーターのオープンカーのトランクの容積が乏しいこととゴミ袋の 数が多いことが相まって、蓋は下がりもしなかった。かといって、強引に蓋を閉めたりすればゴミ袋が破けて大惨事 になってしまう。しかし、蓋を閉めなければ発進出来ない。すると、寺坂はダッシュボードから紐を取り出し、トランクの 蓋と車体を結び付けて、トランクを半開きにさせたまま固定した。

「ああ、タクシーとかがよくやっているアレかぁ」

 つばめが感心すると、寺坂は本人は格好良いと思っているであろう妙なポーズで助手席を示した。

「ほら乗れよ、つばめ。このポンティアック・ソルスティスGPXの加速と走りを見せてやる。排気量2.0リットル、水冷 直列4気筒、ダブル・オーバーヘッド・カムシャフトのエンジンはツインスクロールターボを装備、出力は193キロワット 5300RPM、トルクは353ニュートンメートルのパワフルな野郎だ! トップギアで攻めてやる!」

「うわぁ燃費悪そう」

 寺坂の熱弁に対し、つばめは薄い反応を示した。寺坂は拍子抜けし、肩を落とす。

「うん、まあな。エコロジズム全盛期な御時世だからガソリン高いし、俺のじゃじゃ馬達はハイオクじゃねぇとイマイチ 良い走りをしないからハイオクオンリーだし。下手すりゃ女を囲うよりも金掛かるぜ、おい」

「とにかく、さっさと行こうよ。コジロウは後ろから付いてきてね」

 つばめが指示すると、コジロウは両足からタイヤを出して態勢を整えた。

「了解した」

「で、寺坂さんは自分の車に名前とか付けちゃったりしているの? そんなノリだとさ」

 助手席に乗り込んでシートベルトを締めたつばめが何の気成しに尋ねると、寺坂はにやけた。

「よくぞ聞いてくれた。ていうか、誰も聞いてくれないから妄想していても答えようがなかったのが事実だ! ちなみに ポンティアックはっ!」

 身を乗り出した寺坂が威勢良く叫ぼうとしたところで、コジロウが己のタイヤを高速回転させて両脛の排気筒から 鋭く排気を噴いた。コジロウも急かしているのだ。話の腰を折られた寺坂は、不満げに眉根を顰めながら運転席に 座り直すと、シートベルトも締めてイグニッションキーを回した。途端にボンネットの中で鉄の獣の心臓が震え出し、 威嚇のようなエグゾーストが上がった。慣れた手付きでギアを切り替えながら、寺坂は饒舌に喋る。

「ポンティアックはドリフト性能がピカイチでな、夜中に峠を攻めると痺れちまうよ。あのスキール音、たまんねぇ」

「まさかとは思うけど、走り屋までやっていたりするの?」

 うわぁ、とつばめが助手席のドア側に身を引くと、寺坂はステアリングを回しながら言い返した。

「ドリキンじゃねぇんだ、そこまでじゃねぇよ。けど、こんなに良い車は転がしてやらねぇと勿体ねぇだろ」

「どれもこれもドン引きする趣味だなー……」

 呆れ果ててしまったつばめは、これ以上寺坂に取り合わないことにした。そりゃ悪かったな、と毒突きながら、寺坂 はポンティアックを滑らかに走らせて船島集落の出口に向かっていった。船底のような地形の集落から出るには、 曲がりくねった狭い道路を上っていく必要がある。当然ながらきついカーブも多く、そのいくつかには寺坂が付けた であろうブレーキ痕が黒々と残っていた。そういえば、朝方にけたたましい走行音が聞こえていたような気がする。 起き抜けのぼんやりした頭で、よくもそんなことが出来るものだとある意味感心してしまう。
 コジロウに後ろをガードしてもらいつつ、シルバーグレーのポンティアック・ソルスティスは抜群のコーナリング性能 を生かしてカーブを曲がり、斜面を登り、トンネルを抜けると見知らぬ集落が現れた。田植えが済んだ田んぼが一面 に広がっていて、苗が少しずつ伸び始めている。その間に民家がぽつぽつと点在しているが、人気はなく、早朝 の静けさが満ちていた。聞こえるのは甲高い鳥の鳴き声と、用水路のせせらぎだけだった。
 ゴミ集積所の前で寺坂は車を止めたが、すぐにシートベルトを外そうとはしなかった。エンジンを切ろうともせずに アイドリングさせているので、つばめはシートベルトを外しながら訝った。

「なんでエンジンを止めないの? 早いところ、ゴミを捨てなきゃ」

「変なんだよ。朝っぱらなのに静かすぎる」

 寺坂はサングラス越しに周囲に目を配らせ、ステアリングを握り直した。ポンティアックに少し遅れてゴミ集積所に 到着したコジロウもまた、注意深く辺りを見回しているが、つばめは二人の行動の意味が解らなかった。

「朝なんだから、静かなのが当たり前だと思うけど」

「都会はそうかもしれねぇけど、田舎はそうじゃねぇよ。増して今は、農繁期だぞ」

「ノーハンキ?」

 その言葉に当てる感じが思い当たらず、つばめがオウム返しに尋ねると、コジロウが丁寧に解説してくれた。

「農繁期とは、田植えや稲刈りなどで農業が忙しい時期を指す言葉だ。農業が繁る時期、と書く」

「あ、なるほど。でも、田植えは全部終わっているんじゃないの? だってほら、田んぼには苗があるし」

 鳥避けのテープが張り巡らされている田んぼには水が張り、青空が映り込んでいる。つばめは田んぼを指すが、 寺坂は解っていないと言わんばかりに首を横に振った。

「植えっぱなしで米が穫れる、なんてことはねぇんだよ。毎日朝と夕方に田んぼの水の量を調節してやらねぇとなら ねぇし、ある程度は農薬を使って消毒しねぇと病気にやられちまうし、台風が来て稲が倒れたら起こしてやらねぇと 腐って売り物にならねぇし。それでなくても、田舎の老人は朝っぱらから無意味に外を出歩いているもんだ」

「それって、つまり、そういうこと?」

 つばめがゴミ捨てに出てくることを見計らい、誰かが手を回したということか。

「で、でも、襲うのは土日だけって契約に変えてもらったんだよ、直談判して、死にそうな目に遭って!」

「あー、その話なら一乗寺から聞いたが、その契約が通じるのは御嬢様一味だけだろ。前線に出ているのは御嬢様 一味かもしれねぇけど、前線に出ている連中の分だけ背後組織があるってこと、忘れんなよ?」

 真顔になった寺坂に念を押され、つばめは尻込みしかけた。

「忘れちゃいないけど、でも、そんなのって」

 不意に、コジロウが反応した。助手席のつばめを背にしてコジロウが睨み付けたのは、二階建ての倉庫だった。 一階は鉄筋コンクリートで二階部分はカマボコ型になっている、雪国では定番のスタイルだ。トラクターやコンバイン といった大型農機が外に出ているが、トラクターはともかくとして、稲刈り専門のコンバインは倉庫の外に出す季節 ではない。ならば、その中には何が入っているのか。
 つばめと寺坂もコジロウの視線を辿り、息を殺して見守った。二階建ての倉庫の波打ったトタン屋根が、内側から 叩かれた。ごわん、と鈍い金属音がポンティアックのアイドリング音に重なる。二度目の鈍い金属音が清々しい空気 に緊張感を走らせる。何者かの影が倉庫の二階の窓を過ぎり、それが窓を破りに掛かった。と、その時。
 コジロウが反対方向に振り返って、跳躍した。田植えが済んだ田んぼの奥にある杉林から飛び出してきた一台の タンクローリーが、細い畦道に片輪を載せた格好で一直線に向かってきた。小さな苗が太いタイヤに蹴散らされて 泥飛沫が上がり、砂利が飛び跳ねる。コジロウはすかさずポンティアックとタンクローリーの間に入り、駆け出す。
 怪獣じみたエンジン音を轟かせながら突っ込んできたタンクローリーを、コジロウは二本の腕で受け止め、両足の タイヤを全力で道路に噛ませた。ぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃっ、とタイヤの悲鳴とも言えるスキール音が響き渡り、摩擦に と排気によって白煙がもうもうと立ちこめる。恐るべき腕力を発揮したコジロウはタンクローリーの邁進を二本の腕と タイヤだけで止めてしまい、そのままタンクローリーの車両部分を持ち上げ始めた。つまり、倉庫はいかにも怪しいと 言わんばかりの仕掛けを施しておいた囮というわけか。

「いいぞコジロウ、そのままやっちゃえ!」
 
 彼の怪力に心酔したつばめが囃し立てると、コジロウは快諾した。

「了解した」

 コジロウは腰を落としてタンクローリーの車体の下に入ると、タイヤの軸部分を掴み、投げ飛ばせる姿勢を取る。 そのままタンク部分ごと横転させてしまえば、タンクローリーは行動不能に陥る。コジロウはその通りの行動を取ろうと したが、タンクローリーの運転席から男が這い出してきた。

「ああやだやだ、この僕が朝っぱらから勤務時間外労働をしなきゃならないなんてさ。でも、ま、仕事だし?」

 下半身をヘビに変化させている羽部鏡一だった。その姿は、まるでラミアだ。いかにも面倒臭そうな顔をしながら 運転席の窓から屋根に這いずった羽部は、人と化け物の狭間である姿もさることながら、強烈な服装をしていた。 蛍光ピンクで半透明のビニールで出来たジャケットと全面にスパンコールが飾り付けられたタンクトップを着ていて、 下半身を隠すためなのかスカートのようにショールを巻いていた。つばめも寺坂もどうリアクションしたものかと一瞬 迷ったが、今はそれどころではないと思い直した。

「あ、寺坂善太郎もいる。でも、まあ、この僕がするべき仕事は一つだけだし?」

 羽部は場末の酒場をドサ回りする歌手の衣装のようなスパンコールを煌めかせながら、車体部分と同様に斜めに 傾いているタンク部分に移動すると、人間が入れそうな大きさの蓋を固定しているバルブに尻尾を絡ませた。蓋の 固定器具が尻尾だけで器用に外されると、固く閉められていた蓋が内側から押し開けられた。タンク部分が左右に 揺れた後、狭い穴から緑色の粘液が迸った。噴水のように吹き上がった粘液は田んぼに落ちると凝結し、怪人に 変化する。それは一人や二人ではなく、ほんの数秒の間に、コジロウもつばめも寺坂も取り囲まれてしまった。
 タンクローリーの上に寝そべった羽部は、爬虫類そのものと言っても過言ではない独特の顔付きを崩し、満足げに 笑っている。やっちゃってよ、と羽部がにやけながら命じると、怪人の群れは一斉に襲い掛かってきた。すかさず コジロウはタンクローリーの下から脱し、助手席で縮こまっているつばめを抱え上げると高々と跳躍した。
 だが、倉庫の屋根を突き破った黒い矢が、行く手を阻んできた。





 


12 6/14