機動駐在コジロウ




一寸先はダークサイド



 山奥に進みすぎて、最早、どこを走っているのかすら解らない。
 街灯は一切なく、ピックアップトラックのヘッドライトだけが光源だ。月明かりさえも木々に阻まれているので遠く、 少しでも気を抜けば闇に飲み込まれてしまいそうだった。体中の痛みが不安感を一層煽り立て、唇の傷口から滲む 鉄の味に軽く吐き気を憶える。運転席で鼻歌混じりにハンドルを切るのは美野里ではなく、ライダースジャケットの男 だった。基本的につばめは人見知りをしない性分ではあるが、こうも立て続けに騒動が起きると警戒心を抱かずに いられなかった。シートベルトを握り締め、助手席側のドアに身を寄せた。

「大丈夫だって、そう怖がらなくても」

 男はへらっと笑い、慣れた仕草できついカーブにいかつい車体を滑り込ませた。その際に発生した遠心力でドア に押し付けられたつばめは、男の横顔を睨み付けた。

「怖がるなって方が無理ですって。てか、なんでお姉ちゃんを帰しちゃうんですか?」

「だって、彼女は部外者じゃないか。同行させるだけ、手間も書類も増えちゃって困るんだよね」

「お姉ちゃんは部外者なんかじゃありません、私の」

 つばめは反論するために身を乗り出しかけたが、シートベルトで胃袋が圧迫されてしまい、気分の悪さが一気に 高まったので口を閉じてシートに座り直した。青い顔をして俯くつばめに、男はちょっと肩を竦める。

「解る解るぅ、この道には俺も慣れるまでは酔いまくったもん。辛かったら無理せずに言いな」

「いえ……大丈夫です……」

 つばめは頭痛と腹部のむかつきと戦いつつ、力なく返した。寂れたドライブインに辿り着くまでにも、これでもかと 言わんばかりに曲がりくねった山道を通ってきたが、その先は更に曲がりくねっていて車酔いするなと言う方が無理 な話だ。祖父が没するまで住んでいた集落は、山奥のそのまた奥にあるようだ。
 ドライブインでの騒動から、既に三時間程度経過していた。大型トレーラーで乗り付けた吉岡りんねとその部下と 思しきアリ型怪人に襲撃されたが、祖父と共に棺に収まっていた警官ロボットが目覚めたおかげでつばめは命拾い した。が、その後が大変だった。どこからともなく現れた政府名義のヘリコプターが駐車場に降りてきて、つばめに 矢継ぎ早に難しい単語で捲し立てた後、訳が解らずに呆然としていた美野里をヘリコプターに連れ込み、いずこへと 去っていった。後に残されたのは、状況を理解出来ずにいたつばめと、コジロウと名付けたばかりの警官ロボットと、 なんとなく胡散臭いライダースジャケット姿の男だけだった。
 するとその男は、つばめの目的地である船島集落に連れて行ってやる、と言ってきた。どう考えても怪しすぎる のだが、つばめは当然のことながら車は運転出来ず、かといって先程目覚めたばかりのコジロウも当てには出来ず、 ドライブインに長逗留するのもよくなく、にっちもさっちもいかなくなってしまったので男に頼る他はなかった。退路を 全て断ち切られた、と判断すべきだろう。やはり、つばめの意志などどこにもないのだ。
 けれど、彼は違う。つばめは荷台を見下ろせる窓から荷台を窺うと、男が乗ってきたバイクの隣にコジロウが片膝 を付いて待機していた。つばめが彼の赤く輝く目を見つめると、コジロウはすぐさまマスクフェイスを上げてつばめと 目を合わせてきた。途端に気恥ずかしくなったつばめが身を引くと、男が茶化してきた。

「気になる?」

「いえっ、そんな!」

 つばめが慌てて否定すると、男はにやける。

「ま、そりゃそうだよな。つばめちゃんにとっちゃ、あいつはスーパーヒーローだもんな。俺だってちょっと燃えたもん、 あの登場には。で、なんで名前がコジロウなわけ?」

「あ、それは……このぬいぐるみので、咄嗟に口から出ちゃったというかで……」

 つばめは座席の足元のスポーツバッグに目を落とすと、引き裂かれたパンダのぬいぐるみが詰まっていた。

「ひどいことするよねー、全く。あの烈女が君と同い年とは、ちょっーと信じられないかもかも」

「ええ全く。見た目が美少女だけど中身は極悪ですね。で、今更なんですけど、あなたはどこの誰ですか?」

 なけなしの財産を切り刻まれた怒りを思い出したつばめは、ついでにすっかり失念していた用件も思い出したので、 男に尋ねた。男は声を上げて笑ってから、ハンドルを切り、カーブミラーの付いた農道から集落に入った。

「そうだねー、俺もなーんか忘れちゃってたかも。んじゃ、改めて自己紹介。俺、一乗寺いちじょうじ のぼる、君の担任教師。んでもって、ここが船島集落。俺が知る中でもベストオブ田舎だね」

「え、学校なんかあるんですか、こんなド田舎に」

「なんかって、そりゃ心外だなぁもう。分校ってやつだよ。でも、それはあくまでも表の顔であってだなー」

 ごっとんごっとんと側溝を塞ぐ蓋の上に車体を乗り上げてから、古い家の庭先に車を止めた。降りて、と一乗寺に 促されたので、つばめは車酔いで若干ふらつきながら外に出ると、そこには合掌造りの民家があった。こんな家は テレビのニュースか教科書でしか見たことがないので、つばめは少し見入った。

「ほら、これこれ。一番大事なモンでしょ」

 一乗寺はつばめに骨壺を渡してから、自分の荷物を抱えて民家に向かった。つばめも自分の荷物を抱えて民家 に入ると、コジロウも荷台から飛び降りてつばめの後を追い掛けてきた。一乗寺は引き戸を開けて玄関に入ると、 スイッチを入れて明かりを付けた。太い梁が張っている土間にオレンジ色の電球が灯ると、その明るさで一瞬目が 眩みかけた。すると、土間の奥にもう一枚引き戸があったので、つばめは訝った。

「あれ? 玄関ってここじゃないんですか?」

「雪国仕様だからね。風防室がないと、冬場は寒くってやってらんないの」

 一乗寺はライダースブーツを脱いで玄関に上がったので、つばめもそれに続いた。ローファーを長らく履き続けて いたせいでつま先が痛んでいたので、脱いだ途端に解放感に襲われた。コジロウはどうするのかな、と振り返ると、 彼は玄関の隅に置いてあった雑巾で足の裏の汚れを丁寧に拭いてから上がってきた。一乗寺はこの家には慣れて いるらしく、廊下、居間、台所、と次々に明かりを付けていった。最後に仏間の明かりを付けた一乗寺は、つばめを 手招いて仏壇に導いた。古びた家に見合った立派な仏壇には、斎場で見たものと同じ遺影が飾られていた。
 仏壇の左隣にある掛け軸の下がった床の間に骨壺を置いてから、つばめは手を合わせた。一乗寺と共に線香を 上げてから居間へと戻ると、コジロウが直立不動で二人を待っていた。古い家なので天井が高いおかげで、図体の でかいコジロウでも頭が引っ掛からずに済んでいる。だが、違和感が半端ではない。背景はいかにも古き良き日本 なのだが、コジロウの風貌は特撮番組に登場するヒーローのようなので、似合わないことこの上ない。けれど、つい 見つめてしまうのはなぜだろう。またコジロウと目が合い、つばめは慌てて顔を逸らした。

「お茶でも淹れてくるから、ちょっと待っててね」

 一乗寺は台所に向かい、湯を沸かしながら二人分の湯飲みや急須を出し始めた。訳もなく胸が痛くなったつばめ はぎこちなく後退り、コジロウと距離を空けると少しだけ胸の痛みが薄らいだのでため息を吐いた。居間の隅に積み 重ねられていた厚手の座布団を二枚取って、自分の分と一乗寺の分を敷いてからなんとなくもう一枚敷いてみた。 こんなことをするべきなのかと少し迷ったが、つばめはその座布団を軽く叩いてから、コジロウを見やった。すると、 コジロウはつばめの意図を察したのか、モーターを唸らせながら歩み寄ってきて座布団に正座した。

「何やってんの、イヌネコじゃあるまいし」

 茶葉を急須に入れながら一乗寺が笑ったので、つばめは自分の行動が照れ臭くなった。

「あーいや、その、立たせっぱなしってのもなんだなぁ、とか思っちゃって」

「御厚意に感謝する、マスター」

 と、コジロウが唐突に喋ったので、つばめは照れ臭さが突き抜けて目眩すら起きた。なんだ、なんなんだこれは。 こんなことは初めてだ。相手はロボットなのに、ただの機械の固まりなのに、目を合わせるだけで混乱に襲われる。 それどころか、声を掛けられただけで頭の芯がくらくらしてくる。手足が付いていて精密な回路が詰まっている金属の 固まりから一本調子に礼を言われただけなのに、どうしてこれほどまでに動揺しなければならないのだろう。
 数分後、一乗寺が二人分の緑茶を入れた湯飲みと茶菓子を載せた盆を携えて戻ってきた。彼はそれをつばめと 自分の間に置いて胡座を掻いてから、灰が溜まっている囲炉裏を指し示した。

「これがなきゃテーブルでも何でも置けるんだけどね。まあ、古い家だから勘弁してね」

「ここってお爺ちゃんの家なんですか?」

「そうでなかったら、どこの誰の家なのさ。ちなみに俺は学校に住み込みだからね」

 一乗寺は菓子鉢から小袋入りの堅焼き煎餅を取ると、煎餅を砕いてから袋の口を開けた。

「この家もそうだけど、冷蔵庫の中身も昨日付で君の所有物になったから適当に食い潰しちゃって。よかったら俺も 付き合っちゃったりするよん、タダメシだったらいくらでも入るからさぁ」

「はあ……」

 つばめは一乗寺の軽さに呆気に取られながらも、菓子鉢からバターどら焼きを取り、袋を開けて囓った。サービス エリアで昼食に食べたきつねうどんも、あのドライブインで小休止した際に胃袋に入れたクリームソーダも、すっかり 消え失せていたので空腹だったこともあり、あっという間にそれを食べ終えて堅焼き煎餅に手を伸ばした。

「俺、前振りとか嫌いだから、ドストレートに本題に突っ込んじゃうけどね」

 一乗寺は袋の底に残った煎餅の粉を食べてから、ぐしゃりと袋を握り潰した。

「つばめちゃんが成金御嬢様から狙われる理由は至って簡単で、なんか超凄い遺産を得たから、なんだよね」

「端折りすぎて何が何だか解らないんですけど」

 若干濃すぎる緑茶を啜ってからつばめが苦笑いすると、一乗寺は頬杖を付く。

「だって、俺だってそのなんか超凄い遺産の正体なんて知らないんだもん。俺が知っているのはねー、政府の機密 の範囲内でしか言えないのが歯痒いんだけどさ、コジロウがその一部だってことぐらいかな」

 一乗寺がコジロウを示したので、つばめはコジロウを横目で見やった。直視するとまた混乱するからだ。

「でも、コジロウは見るからに警察のものじゃないですか。白と黒だし、白バイみたいな見た目だし、パトライトもあるし、 背中には警視庁って字があるし、同型のロボットが交番に立っているのも何度も見かけたし。だから、コジロウは 純粋な警官ロボットであって、個人の所有物になんか出来るものじゃないはずですよ。なのに、そんなコジロウも お爺ちゃんの遺産なんですか? それって根本的におかしくないですか?」

 つばめが疑問をぶつけると、一乗寺はにっと口角を持ち上げた。

「おお賢いっ! んじゃ、そんな御利口なつばめちゃんにいいことを教えてあげよう。日本全国に警官ロボットが普及 したのは何年前からでしょーか? はい答えて」

「えぇと、確か」

 急に問題を振られて戸惑ったが、つばめは懸命に記憶を掘り起こした。弁護士一家の会話に付いていくために、 テレビも新聞も毎日欠かさず見ていたので、覚えている。それまでは頭打ちだった人型ロボットの開発が一足飛び に発展した挙げ句、行政用、工業用、民間用、とあれよあれよという間に普及していったのだ。その中でも特に力を 入れて開発されていたのが警官ロボットである。犯罪加害者と被害者を瞬時に識別し、複雑な法律や条令を的確に 判別して行動を取り、警官の命令であっても法律違反だと判断した場合は自動的にシャットダウンするという、高度 な人工知能を備えていた。犯罪者を取り押さえるための機体性能も抜群で、一体で機動隊一個小隊分もの活躍を 行う、という触れ込みで全国各地に配備したのだ。それは確か、三年前の出来事だったはずでは。

「三年前、でしたっけ」

 つばめが答えると、一乗寺は頷いた。

「うん、そう。大正解。で、コジロウがその警官ロボットのオリジナル。今、普及しているやつは全部コジロウのコピー ってわけ。動力機関も人工知能も機体性能も何もかも劣化しているけど、充分使い物になるからね」

「へ?」

 話が見えてこない。つばめが変な声を出すと、一乗寺は緑茶を啜る。

「で、工業用とかその他諸々のロボットも大体がコジロウを元にして製造されているんだ。んでもって、その特許やら 利権やら何やらが全部長光さんのものであって、コジロウを元にしたロボットを稼動させておくだけで自動的に金が 流れ込んでくるっていう寸法。最早税金みたいなもんだね」

「うえ?」

 つばめが目を丸めると、一乗寺は急須からお代わりを自分の湯飲みに注いだ。

「てなわけだから、オリジナルのコジロウの性能はもうとんでもないの。オーバースペックなんてもんじゃないし、その 動力源だけでもえげつないぐらいだし、とにかく常人の手に余るんだよ。スペックダウンさせた量産機の警官ロボットも 充分すぎるぐらいだってのにねぇ。だから、コジロウは佐々木長光氏の所有物であると同時に、政府の管理下にも あったんだ。で、俺はその監督役であり、長光さんの後見人でもあり、政府側のコジロウの管理者でもあるという、 激務を押し付けられていたわけ。ま、実のところは結構楽だったけどね、見ての通りのガチ田舎だったから。でも、 長光さんがお亡くなりになってしまったから、コジロウの立場が宙ぶらりんになっちゃった。常識的に考えれば政府 が所有するべきではあったんだろうけど、どうにも至るところがきな臭いし、ドサマギで変な法律を打ち立てられたら 色んな意味で最悪じゃねぇのこれ、って意見が出てきたから、政府の管理下にしないために、コジロウの所有権を 長光さんの血縁者に譲渡することになったわけ。それ自体は前々から決められていたけど、遺言書の中身までは 知らなかったんだなぁこれが。俺だって葬儀で知ったぐらいだもん」

「ドサマギって何の略ですか」

「どさくさに紛れて。解りづらいもんでもないと思うけどなぁ」

 一乗寺は渋い緑茶で喉を潤してから、続ける。

「てなわけで、つばめちゃんは晴れてコジロウとなんか超凄い遺産の相続者になったってわけさ。コジロウって、言う ならば金の卵をぼっこんぼっこん産み落とすガチョウだから、吉岡グループみたいな大企業はそりゃあ喉から手が びろびろ出るほど欲しいわけよ。オリジナルを分解でもして超高性能の秘密を研究すれば量産機のグレードだって 上げられるし、それでなくても金が入ってくるからね。でも、それを分不相応なつばめちゃんが手に入れちゃったから さあ大変。だから、成金御嬢様が部下を引き連れて襲撃してきたってわけ。解った?」

「まー、なんとなくは」

 つばめは曖昧に答えた。こうして茶を飲んでいるだけでも金が入ってくることだけは十二分に理解出来た。そんな ことが出来るのは甘い汁を吸い続けて肥え太った古ダヌキの政治家ばかりだと思っていたが、まさか自分がその 立場になるとは夢にも思っていなかった。税金で大半は毟り取られるかもしれないが、手元に残る金額だけでも相当 なものになるだろう。つばめがちょっと浮かれかけると、一乗寺はさらりと言った。

「だから、あの御嬢様達に殺されても誰も同情しちゃくれないからね?」

「そりゃー、まあ……」

 つばめは、納得したくはなかったが理解した。自分とりんねが逆の立場であれば、死に物狂いになるだろう。

「でも、常識で考えると、吉岡りんねのしたことって犯罪ですよね。それについては何もしないんですか?」

「あのさぁ、つばめちゃん。これまで、改造人間が実在したって報道されたことある?」

 サラダ煎餅を割ってから口に放り込んだ一乗寺の言葉に、つばめは首を捻った。

「ありません。てか、あれは特撮の世界であってリアルじゃないですから」

「だから、罰する法律がないの」

「へ?」

 つばめが声を裏返すと、一乗寺は強調した。

「だから、法律が、ないの!」

「でも、いましたよね、改造人間。イオリさんって呼ばれていた、アリみたいなやつが」

「うん、いたよ。俺も実物を見たのは初めてだったけど、まーさかあんなに凄いとはねぇ。感心しちゃったぁ」

「じゃ、実在しているんじゃないですか」

「実在はしているけど、国が認知していないんだよ。だから、存在していないし、罰するための法もない」

「だったら作ればいいじゃないですか、そんなの!」

 あまりの理不尽さにつばめが食って掛かると、一乗寺も負けじと言い返す。

「法律をそんなのとか言わない! てか、法案一つ通すのにどれだけ時間と手間と金が掛かると思ってんだよ!  大企業の横暴なんて今に始まったことじゃないし、国家全体からすればつばめちゃんの生殺与奪なんて毛の先ほどの 価値もないんだから、そのためだけに法律を作るわけがないじゃんかよ!」

「つまりは私に死ねと!? 国にも法にも大人にも守られずに嬲り殺されろと!? 挙げ句の果てに全財産をあの 強欲成金御嬢様に毟り取られろと!?」

「おういえーす」

 変な言い回しで親指を立ててみせた一乗寺に、つばめは強烈に腹が立った。

「……コジロウにドタマかち割ってもらっていいですか」

「そりゃ困るなぁ。俺のとってもとっても大事な任務と輝かしい未来がパーになる。んじゃ、言い方を変えよう」

 一乗寺は表情を元に戻すと、コジロウを指し示した。

「つばめちゃん。君は途方もない額の財産となんか超凄い遺産を手に入れると同時に、地上最強のボディーガード を手に入れた。相手は存在していないことになっている連中で、どれほど叩き潰しても罪には問われないし、相手も 非合法だと解った上で行動に出ているから訴え出たりはしないだろう。て、ことはぁ」

 コジロウに振り向いたつばめは、及び腰になった。

「吉岡りんねとその愉快な仲間達と、戦争してもいいってことですか?」

「おういえーす!」

 無駄に元気良く答えた一乗寺に、つばめは眉を下げた。

「それ、どう考えたって私の身に余りすぎる力なんですけど。場合によっては殺人すら許されちゃいそうだし」

「まあね。でも、相手も手段を選ばないってことは、つばめちゃんも身に染みているだろ?」

「そりゃ、あんな目に遭ったんじゃ」

 常人の力では、伊織の相手など出来なかっただろう。つばめがコジロウをそっと窺うと、コジロウはつばめに顔を 向けてきた。また目が合いそうになり、つばめは逃げるように目を逸らした。

「だから、やっちゃいなよ。ドログチャな裁判沙汰よりも単純明快だろ?」

 ねっ、と一乗寺が軽い調子で念を押してきたが、つばめは頷けなかった。そう言われても、簡単に開き直れるもの でもない。出来ることならばコジロウを手放したくはないが、そのために得る財産も代償も大きすぎる。楽をして金が 手に入るのはこの上なく嬉しいが、対価として被る危険が多大だ。今更ながら怖くなったが、コジロウを起動させた 時点で遺産を放り出せる立場ではなくなったのだ。となれば、腹を括るしかないということか。
 こうなったら、なるようになるしかない。





 


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