機動駐在コジロウ




身から出たサービス



 そして、一週間後。
 つばめとコジロウは、悪役として生まれ変わってしまった。つばめの体形を採寸して衣装制作会社に発注された 衣装は迅速に出来上がり、手元に届けられた。その費用はつばめが負担した。着るのは自分だけだからだ。高い 買い物ではあるが、完全な悪役ロボットとなったコジロウの隣に立つにはそれぐらいはしなければ様にならない。
 コジロウの外装の色に合わせたパープルの衣装で、エナメルなのでやたらとテカテカしている。美月は何を思って デザインしたのかは解らないが、中学生が着る服にしては露出が際どかった。ぴったりと体に貼り付くワンピースに 太いヒールが付いたニーハイブーツを合わせ、その下にはレオタードを着るので、全体的な露出度は低いが、胸元 にハート型の穴が空いていたり、ワンピースの裾が半透明だったりと、微妙な色気があった。顔を隠すために被る マスクはコウモリの羽をモチーフにしていて、両サイドには羽根が付いている。口元だけが空いていて、目の部分 にはメッシュが被せてあるのだが、被ってみると非常に視界が悪かった。
 自宅に美月を呼び出したつばめは、届いた衣装を着てみせると、美月は物凄く感激してくれた。つばめを担ぐため なのだろうが、徹底的に褒められるとなんだか馬鹿にされたような気がしてくる。しかし、これは絶好の機会だ。そう 判断したからこそ、つばめは美月の話に乗ったのだ。形はどうあれ、つばめが目立つ行動を取れば、つばめと遺産を 狙う敵対組織が目を付けるだろうし、その延長でつばめと縁深い美野里にも目を付ける。そうすれば、敵対組織の 動きから美野里の足取りを掴めるかもしれない。根拠は弱いが、何も手を打たないよりはマシだ。結果として美月を 利用することになってしまうが、背に腹は代えられない。

「で、私のリングネームってなんだっけ?」

 つばめが慣れないニーハイブーツで庭をぎこちなく歩き回りながら問うと、美月はここぞとばかりに語った。

「その名もエンヴィー! 七つの大罪の嫉妬ね! でね、エンヴィーは世界を憎む天才科学者でね、シリアスはその ボディーガードロボットとしてエンヴィーに生み出されたの! で、二人は世の中に自分達の存在を知らしめるために ロボットファイトにリングに上がって……」

「ちょい待ち。何、その設定」

 つばめが美月を制すると、美月は口籠もった。

「これ、ダメかなぁ? 私は結構気に入っているんだけど」

「シリアスってのはコジロウのリングネームでしょ? で、私はSMの女王様紛いの格好をするわけだから、そういう 特撮みたいな設定だと噛み合わないよ。大体、なんでエンヴィーは世界の破壊を目論んでいるくせにロボットファイト のリングに上がってきちゃうの? 普通だったら、逆に地味に活動するもんじゃないの?」

「設定の参考にしたのが格闘ゲームだったのが拙かったかなぁ。あれってさ、世界征服を企む悪の権化がやたらと 格闘家を集めて大会を開いて謎のエネルギーを集めてー、ってのが多くて。だから、大丈夫かなーって思ったんだ けど、やっぱりゲームじゃダメだね。よし、考え直そう」

 ところで、と美月がつばめの首に下がったペンダントを指した。

「つっぴー、そのペンダントって何? 面白いデザインだけど」

「あー、これ? 説明すると長くなるんだけど、手放しちゃいけないから、これも衣装に加えていい?」

 ナユタの件を一から十まで説明すると時間を食うので、つばめが要点だけを言うと、美月は快諾した。

「お守りってこと? うん、いいよ! エンヴィーにはアクセサリーも欲しいと思っていたから、丁度良いし」

「で、コジロウの方はどうなっているの?」

 つばめは苦労しながら縁側に辿り着き、腰掛けると、ニーハイブーツのファスナーを下ろした。

「お父さんに任せておいてよ。コジロウ君は元々はうちの工場で組み上げた機体だし、警官ロボットの予備の外装の 在庫はまだまだあるから、そんなに時間は掛からないよ」

「じゃ、楽しみにしているね。で、肝心の興行はいつだっけ?」

「来月の地域振興祭だよ。ほら、山の上にある運動公園でやるやつ」

「それってさぁ、自治体のイベントだよね。夏祭りの延長みたいな」

「うん、まあね。ネットで宣伝しまくっているし、ブログの記事も頻繁に更新しているから、ファンの人達は多少は来て くれるんじゃないかなーって。大きい箱を借りられるほどの資金もないから、野外にするしかなかったんだ。設備も 最低限だし、交通の便も悪いけど、場所が借りられただけでも御の字だって思わなきゃね。夏祭りのレイと武公の 一戦が結構受けたおかげではあるけど、夏祭りの時よりもっと盛り上げなきゃ。でないと、会場の設営費すらも 回収出来なくなっちゃうから」

 急に真顔になった美月に、つばめはいくらか同情した。

「そうだねー。だったら、チケット代、もうちょっと引き上げても良かったんじゃないの?」

「最前列の前売りは五千円が限界だって。それに、前売りのは特典も色々と付けたから。それ以上だとさすがに……。でも、 それより安くすると利益がゼロに等しいから、これぐらいじゃないと……」

「厳しいね」

「厳しいんだよぉ……。予約のチケットだって三分の一も捌けていないし……」

 つばめの慰めに、美月はテンションを落として項垂れた。

「そもそも、ロボットファイトのファン層って限られているんだよねぇ。天王山工場の違法賭博に来ていた人達はお金 を落としてくれるかもしれないけど、表にはまず出てこない人種だし、また違法賭博が横行したら困っちゃうし。会社 が潰れちゃうから。それ以外だと、工業高校とかのロボコン経由でロボットファイトを知った人達とか、ネットの動画 を見て填った人達もいるし、そうでなかったら人間同士のプロレスや総合格闘技の流れでロボットファイトに流れて きた人達もいるの。年齢層がバラバラだから、商売の戦略が上手く立てられなくてさぁ。一般人にはまるで知られて いない娯楽だから、まずは世間に認知してもらうのが先決なんだけど、これがなかなか難しくて。テレビの放映権 だって安くないし、番組を作って放送するとなるとまた色々とハードルが高いし。世の中って大変だ」

「だねぇ。で、ミッキーも試合に出るの?」

「そりゃもちろん。でも、私はこれまでレイと一緒に普通に戦ってきたから、その普通っていうキャラクターを崩せない ジレンマもあるんだよ。その衣装だって、本当は私が着たいからデザインしたんだよ。ヒールのロボットが足りない から、アンダーグラウンドで戦っていた頃のキャラを全面に押し出してレイをヒールターンさせる予定だったし。でも、 この前の試合でちょっとダーティな技を使っただけでブログが炎上しかけちゃって。だから、当分はベビーフェイスで 固定なの。思いっ切りあくどい技とか、結構考えたんだけどなぁ」

「ははぁ」

 あの衣装を自分で着るつもりだったのか。つばめが生返事をすると、美月は縁側に仰向けに寝転がった。

「とにかく、エンヴィーの設定を練り直さないことには始まらないね。つっぴー、いいアイディアある?」

「はいはーいっ! 私にいい考えがありまーっす!」

 と、唐突に声を上げたのは道子だった。メイド服の裾を翻しながら、軽快に駆け寄ってきた。

「エンヴィーとシリアスは悪の組織に作られた改造人間と戦闘ロボットなんですよ! んで、エンヴィーは他人への 嫉妬心が原動力だから、普通の女の子である美月ちゃんをそりゃーもう妬んでいるんです! でもって、その力を 利用して世の中に嫉妬を蔓延させようと目論んでいるんです! んで、シリアスはそんなエンヴィーとコンビを組んで 戦うために造られたロボットなんですけど、エンヴィーの我が侭に辟易しながらもロボットファイトに付き合ってくれる 良い奴なんです! 悪役だけど! で、エンヴィーはRECの乗っ取りも企んでいてですね!」

「全部は使えないけど、端々を練り込んでから流用すればなんとかなるかも。ありがとう、道子さん!」

 美月は勢い良く起き上がると、道子は微笑んだ。

「いえいえ。美月ちゃんにも色々と御迷惑を掛けましたから、恩返ししませんと」

「この後はミッキーのところで、コジロウというかシリアスのトレーニングかぁ。でも、ロボット同士なんだから、格闘用の ソフトをインストールしちゃえばそれでいいんじゃないの? コジロウなら適応が早いだろうし」

 つばめが不思議がると、美月は手を横に振る。

「人間と同じだって、あの子達も。部品を馴染ませなきゃならないし、何度も何度も技を練習してタイミングを調整 しないと大技なんて成立しないし、改造したらその度にテストをして駆動範囲を確かめなきゃ、本番で失敗しちゃうし。 レイもそうだけど、毎日毎日ロボットに囲まれていると、なんだか距離感が曖昧になるの。あの子達はお喋りだし、 オーナーの設定によっては人間よりも人間臭い性格だから、たまにロボットだってことを忘れる瞬間もあるぐらい だもん。それに、ロボットの強弱は性能じゃなくて、オーナーの力で決まるものだから。まずは場慣れしないと」

「衣装にもね。とりあえず、背筋を伸ばして歩けるようにならないとね」

 つばめはニーハイブーツを持ち上げ、太いヒールを睨んだ。ヒールの高さは五センチなので、余程のことがない 限りは転ぶ心配はなさそうだが、つばめがハイヒールを履いたのはこれが初めてなのだ。日常的にヒールの付いた パンプスを履いている女性でも転ぶことがあるのだから、用心しなければ。ヒールとして登場するのだから、ヒールに 負けてしまったら格好悪いどころの話ではない。

「で、学校の方はいいの? 私が言うのもなんだけどさ」

 美月が不安げに尋ねてきたので、つばめは苦笑した。

「先生がいいって言うから、いいんじゃないの? その分、後の授業が煮詰まってくるだろうけど、それは頑張るしか ないよ。悪役になるって決めたのは私なんだし。ミッキーの方は大丈夫?」

「お父さんが私の担任の先生に連絡してくれて、学年制から単位制に切り替えてくれたんだ。でも、ちゃんと勉強して おかないとヤバいことに変わりはないけど。今の時代、出席日数はそんなに重視されていないからね」

「あー、あれだよね。確か、二〇〇〇年代から自宅警備員が大増殖したせいで、そんな制度が出来たんだよね」

「なんだったら通信制の中学に転校してもいいんだけど、この辺にないからねー。田舎って不便だ」

「学校って言えばさ、ミッキーと同じ学校の子が行方不明になっていたよね。あれ、結局、どうなったんだろう」

 つばめが何気なく口にすると、美月はぎくりとした。

「あ、うん。そうだね、知らないね」

 目を泳がせる美月につばめは少々引っ掛かりは感じたが問い詰めなかった。丁度、道子が麦茶と御茶請けの菓子 を運んできてくれたので、それを口にした。道子も同席し、エンヴィーとシリアスの設定のアイディアをこれでもかと 語って聞かせてきた。どれもこれも大袈裟なものばかりで、二人の正体は異星人と破壊兵器だの、エンヴィーは 未来から来た大犯罪者でシリアスは彼女を拘束するために同行している警官ロボットだの、と。
 それからしばらくして、暇を持て余している寺坂が少女達を迎えにやってきた。フェラーリ・612スカリエッティでだ。 いかにもセレブ向けの高級車といった趣のスポーツカーだったが、寺坂は不満げだった。攻撃的じゃない、とのこと で物足りないのだそうだ。寺坂に寄れば、馴染みのディーラーの元にあったのがスカリエッティだけで、スポーツカー を注文しても納車に半年以上掛かってしまうから、仕方なくスカリエッティを買ったのだそうだ。美月はスカリエッティ の後部座席に恐る恐る乗り込み、身を縮めた。つばめは見送りに出てきてくれた道子に手を振り返してから、衣装 の入った紙袋を携え、後部座席に乗り込んだ。
 向かうは、トレーニング場代わりにしている佐々木家の私有地の一角である。一ヶ谷市内では小倉重機の工場が 存在していないのと、それまで美月が暮らしていた親戚の家には戻れないからとのことで一時的に貸し出したのだ。 ロボットの整備を行う場所はまた別に確保してあり、廃業した建築会社の倉庫をいくつか借りて、整備工場代わり にしているのだ。コジロウもそこで改造を受けている。シリアスになった彼と会うのは不安だったが、改造済みの彼と 向き合った途端にそんな不安は一瞬で吹き飛んだ。デザイン画以上に格好良かったからだ。
 恋の欲目は、時として非常に便利である。




 それから二週間、つばめとコジロウは練習に明け暮れた。
 エンヴィーとシリアスという悪役コンビを成り立たせるには、そのための下地が出来上がっていないと、小学生の 学芸会以下になってしまうからだ。まずは人前に出ても照れないように演技とセリフを練習し、あの衣装を着ても 挙動不審にならないように度胸を付け、エンヴィーというキャラクターの性格を身に付けていった。つばめが演技 の特訓をしている傍ら、コジロウはシリアスとしての改造を加えられたボディでレイガンドーや他の格闘ロボットを相手 に様々なプロレス技や格闘技を練習し、習得していった。コジロウのプログラムにインストールされているのは実戦 を前提とした格闘術ばかりなので、当初はコジロウも戸惑い気味ではあったが、次第に慣れていくと魅せ方も解って きたようだった。身軽さを生かした空中技、可動範囲の広い足を利用した投げ技を覚えていき、見せ技と決め技も 定まった。その結果、コジロウ、もとい、シリアスというロボットファイターは空中殺法をメインとしたトリッキーな技を 操る軽量級のロボットファイターに決まった。
 騒々しく、荒々しく、暑苦しく、情熱的な二週間だった。これまでの戦闘で、つばめはコジロウに指示を出して戦った ことはあれども、ほとんどはコジロウ自身の判断に任せていたので、要領を掴むだけでも一苦労だった。つばめの 指示のタイミングとコジロウが技を出すためのモーションに入るタイミングが合わず、トンチンカンな指示を出しては 技が空振りになることも多かった。また、コジロウは最初から負けることが決定しているヒールなので、受け身の 特訓が多かった。当初、つばめはそれに不満を抱いたものの、受け身を身に付けなければコジロウのボディが 持たなくなってしまうと説き伏せられて納得した。実際、経験豊富なレイガンドーと技の掛け合いを始めるとその通りで、 受け身が未熟な頃は着地のモーションが間に合わず、思い切りコンクリートに叩き付けられて外装が破損した ことも多かった。朝から晩まで続く特訓の嵐に骨の髄まで疲れたが、充実した日々だった。
 そして、エンヴィーとシリアスの設定も本決まりした。美月と道子が出したアイディアを掻い摘んで練り込んだ結果、 エンヴィーは大富豪の御嬢様でありながら過激な性格で、日々の生活に刺激が足りないから自らのボディーガード ロボットを改造してRECに乗り込んできた、という設定になった。ちなみに、エンヴィーが手下を使ってRECの本社 から契約書を盗ませて手に入れた、という寸劇も用意されている。シリアスの性格は名前通りの堅物で、コジロウと 大差のないものにした。本人の性格から懸け離れた性格にすると、ボロが出てしまうからだ。
 練習に練習を重ねた末、当日がやってきた。寺坂の運転する車に乗せられて会場まで移動したつばめは、芝生 の広がるのどかな市民運動公園に設営された仰々しいリングを見上げ、軽い不安に駆られた。観客席はスタンド ではなく平地にパイプ椅子を並べてあるだけで、チェーンとフェンスに囲まれた大型のリングはまだ新しかったが、 造りは大したことはなかった。リングのマットにはRECのロゴが躍り、入場ゲートの左右には音響設備とホログラム 投影装置が設置されていた。あのバニーガール姿の道子が、嬉々として機材をいじり回している。

「とにかく、今日は頑張ろう」

 少々気圧されたつばめが意気込むと、銜えタバコで近付いてきた寺坂が半笑いになった。

「おーおー、せいぜい頑張れよ。相手はショーのプロだがパワーは本物だ、フルボッコにされちまうかもな」

「やってみないと解らないじゃない。それに、私もコジロウも一杯練習したもん」

 つばめが言い返すと、自前のジープから降りてきた武蔵野がつばめの背後に立った。

「まあ、なんだ。ベストを尽くせばいいさ。もっとも、相手はベテランだから、1ラウンドも取れないだろうが。だが、よくも 一ヶ谷の自治体がロボットファイトの興行なんざ許可したな。行き詰まっているからか?」

「夏祭りの試合が結構評判になったから、味を占めたんだろ。この辺はちったぁ特産物はあっても決定的なものが ないから、地域振興の取っ掛かりが見つからなかったからな。で、夏祭りのレイガンドーと武公の試合があったから コアなロボオタが聖地巡礼的なノリでちょいちょい来ていたみたいなんだよ。そいつらが金を落としてくれるかどうか は解らんが、話題になるのは確かだな、局地的だが。まー、当たるかどうか定かじゃねぇゆるキャラなんかを作る よりも、確実と言えば確実だな。もっとも、この片田舎にRECを一ヶ谷に根付かせてくれるほどの度量があれば、 の話だが。ねぇな、そんなもん。田舎だし」

 寺坂の意見に、武蔵野は同意した。

「昨今、格闘技自体が廃れ気味だからなぁ。客を集めたいんだったら、普通にヒーローショーでもやればいいんじゃ ないのか? その方が子供受けするだろうしな」

「ちったぁ応援してくれてもいいじゃないの」

 大人達の辛辣な言葉につばめがむくれると、柔らかなものが飛び付いた。寺坂の車に同乗してきた一乗寺だ。

「俺は応援しているよー、ちょっとだけだけど! でも頑張ってね、つばめちゃーん!」

「またその格好ですか」

 つばめがバニーガール姿の一乗寺を押しやると、一乗寺はその場でくるくると回った。

「だって俺、ラウンドガールにしてもらったんだもーん! お捻りくれよ!」

「ラウンドガールはお捻りをもらう立場じゃないと思うがな」

 武蔵野が渋い顔をすると、一乗寺はレオタードの胸元を広げてみせた。大きな乳房が零れ落ちそうになる。

「余裕あるよー? 札束だって入っちゃうよー? なんだったら入れてみるー?」

「下品なことをしないで下さい、お行儀の悪い」

 つばめはすかさず一乗寺の手を払い、レオタードも直してやってから、REC本部のテントに引っ張っていった。

「ほらほら、本部はこっちですよ。打ち合わせをしないと、本番でとちっちゃいますよ」

「はーい」

 これでは立場が逆だが、いつものことである。つばめは上機嫌な一乗寺を連れてREC本部のテントに向かうと、 小倉親子が忙しそうにしていた。スタッフも多く出入りしていて、ロボットファイターが待機しているトレーラーと本部 をしきりに行き来している。他のロボットファイターのオーナー達も会場入りしていて、挨拶をしたが、彼らはつばめ よりも遙かに年上だった。彼らは、レイガンドーのオーナーであり実力を上げている美月には一目置いている様子 が窺えたが、初対面であり初出場のつばめに対しては冷淡だった。当たり前だが、少し癪に障る。
 スタッフの一人から、関係者であることを示すカードを手渡された。ネックストラップの付いたカードケースに入れて あったので、それを首から提げた。他のオーナー達も同じものを下げていた。

「おーす。シリアスのオーナーだな?」

 関係者の休憩所のテントから出てきた作業着姿の女性が、つばめに声を掛けてきた。彼女もロボットファイターの オーナーであることを示すカードを首から提げていた。つばめは佇まいを直し、一礼する。

「初めまして、よろしくお願いします」

「まあ、そう気を張るなよ。緊張感は大事だが、遊びはそれ以上に大事だからな」

 長い髪を無造作に束ねている長身の女性は、つばめに笑いかけてきた。

「あたしと相棒は途中で乱入するが、いつ乱入するかは楽しみにしておけよな。盛り上げてやるぜ」

「ねえミッキー、乱入戦があるの? そんなこと、進行表には書いてなかったけど」

 つばめが休憩所にやってきた美月に尋ねると、美月はウォータークーラーから麦茶をコップに注ぎ、呷った。

「あー、うん。そうなの。でも、そのタイミングを決めるのはお父さんだし、対戦カードもお父さんが決めているから、 私は良く解らないの。だから、楽しみなんだ」

 じゃあまた後でね、と美月は言い残し、小走りに休憩所を出ていった。つばめはその後ろ姿を見送り、休憩所に 用意されている飲食物に手を付けようか否かを迷った。食べ過ぎてしまってはタイトな衣装が台無しだが、何も胃に 入れずに立ち回るのは無茶だ。十月に入ったが気温は高いし、コジロウに指示を送るだけでもエキサイトするので 体力をひどく消耗するとこれまでの練習で身に染みている。だから、少しでも食べておかなくては。
 けれど、緊張しているせいか喉が塞がったような感覚に陥って、胃に入ったのはほんの少しだった。仕方ないので ジュースで血糖値を上げてから、衣装に着替えておこうと更衣室に移動した。といっても、積み荷を出したトレーラー なのだが。試合が始まれば音響と演出を担当している道子の手が塞がってしまうので、つばめのメイクを手伝う余裕 もなくなってしまうので、その前に着替えておかなければ。エンヴィーの衣装の入った紙袋を下げてトレーラーに向かう 最中、関係者立ち入り禁止のロープの外側に固まっている少女達の姿が見えた。ロボットファイトのファンだとしたら、 かなり珍しい。そう思ったつばめが彼女達の姿を目で追っていると、その中の一人と目が合った。

「あの」

 すると、目が合った少女に話し掛けられた。つばめは立ち止まり、聞き返す。

「なんでしょうか?」

「今日の試合に、小倉美月って子は出ますか?」

「ああ、ミッキーなら第三試合ですよ」

 その相手が自分だとは言えないが。つばめが答えると、彼女は喜んだ。その取り巻きらしき少女達も。

「だったら、小倉さんに伝えておいてくれないですか。皆で応援に来たって! 私達、同じクラスなんで!」

「解りました。で、お名前は?」

「カヤマチヅカです」

 その名を耳にした途端、つばめは混乱したが平静を保った。カヤマチヅカ。香山千束と言えば、夏祭りの直後に 行方不明になった市立中学校の女子生徒ではなかったのか。他にも複数の少女達が行方をくらましてしまった。 郷土資料館で、香山千束の親戚から歪曲した憎悪をぶつけられたことを覚えている。だが、彼女達が見つかったと の続報は聞かなかったし、発見されたのであれば地元紙で取り上げられるはずだ。
 きゃあきゃあと黄色い声を上げながら少女達が立ち去っていっても、つばめの心中からは混乱は消えなかった。 我に返り、衣装を着て準備を整えなければならないので、トレーラーに入って衣装を広げた。段取りとセリフを書いた 台本を何度も何度も読み返し、改めて頭に叩き込んでから、つばめは別人に生まれ変わった。
 悪の成金御嬢様、エンヴィーである。





 


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