十四年前。 寺坂善太郎は、僧侶である父親によって力ずくで仏門に入らされていた。生まれ持った素行の悪さで中学校では 数え切れないほど問題を起こし、偏差値が恐ろしく低い高校に入ったはいいが間もなく退学になった。だから、その ねじ曲がった性根を叩き直すために戒律がかなり厳しい寺院に預けられ、これでもかと抑圧された。しかし、それが 血の気が有り余っていた寺坂を一層鬱屈させることとなり、隙を見て寺院から脱走した。十八歳の時だった。 けれど、逃げ出したはいいが、行く当てはなかった。携帯電話も奪われたので不良仲間との連絡も取れなくなって いるし、手持ちの現金は数えるほどしかないし、寺院の近隣には頼れる人間もいない。少し悩んだ末、寺坂は実家 に帰ることにした。だが、真っ当な交通手段で帰れるほどの資金はなかったので、通り掛かったコンビニの駐車場 に止まっていたバイクを拝借した。水素エンジンではあったが、ガソリンエンジンと同じ方法で直結出来た。 それから数日間、寺坂は走り通した。水素エンジンの燃料を確認しながら、国道の看板と勘を頼りにハンドルを 切っていった。そのうちに次第に見覚えのある地形や道路が現れ、一ヶ谷市に辿り着いた。久し振りに帰ってきた 地元は訳もなく懐かしく、家族に会いたい、という珍しく殊勝な気持ちになった。けれど、それも束の間で、家族から 巻き上げられる金はどのぐらいになるのか、と考え始めていた。寺坂が事ある事に盗んでしまうので、生活費の隠し 場所は何度も変わっているが、それがどこなのかは大体見当が付く。生まれ育った家だからだ。 最後に残った小銭で買ったジュースで胃を膨らませ、船島集落に向かう道路を駆け抜けた。目の前に待ち受ける 自由と両親の持つ現金が楽しみでならず、ヘルメットの下で寺坂は口角を吊り上げていた。日も暮れ始めていて、 曲がりくねった山道には古びた街灯が灯り始めた。濃いオレンジ色の光が丸くアスファルトを照らし、寺坂の行く先 を示していた。体重移動しながらハンドルを切り、鋭いカーブに滑り込んだ。カーブを曲がりきる直前、寺坂の目前に 何者かが過ぎった。動物にしては大きく、人間にしては奇妙なモノが現れた。それが何なのか認識出来ないまま、 ハンドルを切り損ねた寺坂はガードレールに直撃し、バイクごと宙を舞った。やけに綺麗な夜空が見えた。 それから、どれほどの時間が過ぎたのだろう。意識を取り戻した寺坂は、頭上にある歪んだガードレールと斜面に 突き刺さって破損しているバイクを視界に収めた。雨が降り出したのだろうか、ぽたぽたと雫が垂れてくる。しかし、 それにしては生温いし、やたらと生臭い。額から鼻筋を通って顎に垂れた液体が口に入り、鉄錆の味が舌を刺して きた。我に返って咳き込んだ寺坂は意識が明確になり、頭上を凝視した。女物の長手袋によく似たモノが、太い枝 に刺さっていた。それにしては厚みがあり、見覚えもある。 「あぁ……?」 あの腕時計、あの袖口、あの傷跡。寺坂自身の右腕だった。現実を思い知りたくなく、寺坂は目線を外そうとする が目が動かせない。垂れ落ちてくる血が目に入ろうとも、瞼すらも閉じられなかった。顎が震えて呼吸が荒くなり、 鼓動に合わせて流れ出す生温いものが枯れ葉に染み込んでいく。腹を括って強引に目を動かすと、右腕の根本 からは骨と筋とぶつ切りの血管が露出していた。どくん、どくん、と鼓動が耳元で騒ぎ、それが聞こえるたびに血液が 押し出されていく。鼓動が一つ起きるたび、寺坂は死に迫っていく。 「うあ」 悲鳴が出せたのはほんの一瞬で、恐怖と喪失感でそれきり出せなくなった。笑えてくるほど情けない掠れた吐息 だけが零れ、身動きすることすらも出来なかった。ああ死ぬのだ、死ぬのだ。散々ろくでもないことをしてきたから、 その罰が当たったのだ。死ぬことなんて怖くないし、どうせいつか死ぬのだから遊び尽くしてやると思って生きてきた のに、いざ死を目の当たりにすると怖くてたまらない。醜悪な嗚咽を漏らしながら、骨折した両足も動かせず、芋虫 のように身を捩っていると、影が被さった。 「ああ、なんということを……」 お迎えが来た。その者の影を見た時、寺坂は失笑した。なぜなら、その者の姿は寺院で嫌になるほど目にして きた千手観音に似ていたからだ。背中に光る輪を背負い、無数の腕をくねらせている。その者は腕を一本伸ばして 寺坂の血溜まりに触れたが、火傷をしたかのようにすぐさま引っ込めた。 「私は償わねばなりません。新たな罪を犯してしまったのですから」 御仏が罪を犯すものか。罪を犯すのは人間であり、御仏に許しを請うのだから。 「どうか、どうか、長らえて下さい。どうか、どうか……」 哀切に繰り返しながら、その者は細くうねる腕を寺坂の傷口に押し込んできた。ぐじゅっ、と裂けた肉が抉られて 血が噴き出したが、不思議と痛みは感じなかった。それどころか、穏やかな温もりが隅々に広がっていった。失った 血を補うために暖かな液体を流し込まれたかのような、心地良い感覚だった。意識を失えば死ぬ、と解っていたが、 寺坂はその心地良さに抗えなかった。千手観音に似た者は、無数の腕で寺坂を抱き締め、さめざめと泣いた。 目も鼻も口もない顔で、泣いていた。 目が覚めたのは、数日後だった。 寺坂は、太い梁と年季の入った板張りの天井と障子戸に囲まれた和室に寝かされていた。だが、それは実家の 部屋とは大きく違っていた。実家である浄法寺には障子戸の部屋は仏間しかないし、仏間だとしたら本尊がある はずだ。仏壇もあるはずだ。しかし、そのどちらも見当たらず、線香の匂いもまるで感じられなかった。布団は寝心地 が良く、障子越しに降り注いでくる日差しが柔らかかった。 喉の渇きを覚えた寺坂は、枕元にあった水差しから水を飲もうと右腕を伸ばした。利き手だからだ。けれど、脳裏 に枝に突き刺さった自分の右腕が蘇り、引っ込めた。右腕が繋がっているわけがない。保険を掛けていれば事故で 欠損した部位をサイボーグ化して補えるだろうが、生憎、寺坂はそんなことはしていない。だから、寝て起きて右腕が 再生しているわけがない。あの事故は夢だったのか、とも思ったが、体中が傷だらけで両足も折れたままだ。ならば、 この右腕は一体何なのだ。寺坂は怯えながら、右腕を挙げた。ぬるり、と赤黒い肉の帯が伸びてきた。 「うおあああああああああああっ!?」 腹の底から絶叫し、寺坂は自分の右腕から逃げようとする。だが、両足が折れているので布団を蹴り上げること すら出来ず、悶えるだけで精一杯だった。その動きに合わせて数十本の赤黒い肉の帯も波打って、四方八方に 散らばった。そのせいで水差しが倒れてしまい、中身が全て畳に吸い取られた。 「目が覚めたのかい」 不意に障子戸が開き、一人の男が現れた。絶叫し続けて喉が嗄れた寺坂は、粘つく唾液を嚥下してから、その 男を見やった。見覚えがある。確か、浄法寺の檀家の一人だ。 「私は佐々木長光だ」 くすんだ抹茶色の着流しを着た老人は裾を下りながら、寺坂の前に正座した。 「君は善太郎君だったかな」 「あ……はい」 まともな人間に出会えた安堵と命が助かった嬉しさで、寺坂はいつになく素直に答えた。 「三日前だったかな。夜中に物凄い音がしてね、何事かと思って外に出てみたのだよ。崖下に行ってみたら、君が 倒れていたではないか。家まで運ぶのは骨が折れたが、生きているのであれば何よりだ」 長光は乾いた皮膚をぐにゃりと曲げて、目を細めた。 「すぐに医者を呼んで診てもらったのだが、よくもまあ生きていたものだよ。若さとは素晴らしいねぇ」 「お、俺の腕は」 陸揚げされたタコのようにのたうち回る右腕を指した寺坂に、長光は首を傾げる。 「それがねぇ、良く解らないのだよ。いや、私も手を尽くして調べたのだが、どうにもこうにも」 「じゃあ、俺、一生このままなんすか!?」 寺坂が食って掛かると、長光は宥めてきた。 「まあまあ、落ち着きなさいな。まずは体を治しなさい、親御さんには私から連絡しておくから」 水を入れ替えておくよ、と言い、長光は畳に零れた水を拭いてから空っぽの水差しを抱えて出ていった。寺坂は 呆然としながら、自分の意思とは無関係に蠢く触手を視界の端に収めていた。長光がいなくなってからは絶望感が 一気に増大し、寺坂は泣きに泣いた。これまでの自分の人生を振り返りながら、恥も外聞もなく泣き喚いた。 それから、寺坂は両足の骨折が治るまでの数ヶ月、佐々木長光の自宅で過ごすことになった。両親が訪れること も何度かあったが合わせる顔がないので、応対は長光に任せて寺坂は横になっていた。身の回りの世話は長光が 呼んでくれた医者と看護師が行ってくれたが、最後まで慣れなかった。リハビリをしていくうちに、寺坂はあることに 気付いた。右腕の欠損と両足の骨折だけでなく、背骨と骨盤にヒビが入り、内臓もいくつか損傷を受けていたにも 関わらず、ケガをする前よりも体が軽くなっていた。というよりも、身体能力が全体的に上がっていた。 日を追うごとに触手の操作にも慣れていったが、触手そのものには慣れなかった。普通の指よりも遙かに本数が 多く、長く、何かと便利ではあるのだが不気味極まりなかった。寺坂が生き延びられたのと身体能力が上がったのは この触手のおかげなのだろう、と薄々感づいていたが、感謝の念は湧かなかった。 春が過ぎ、夏が過ぎ、秋が過ぎて初秋を迎えた頃、寺坂はふと思い立った。一度は実家に顔を出しておきたい、 今度こそ勘当されるだろうが挨拶ぐらいはしておきたい。満身創痍であるが故に平穏な生活を送っていたからか、 寺坂の暴力的な若さが凪いでいた。だから、両親に会いたいとすら思っていた。 その日は長光が留守にしていたので、寺坂は車庫の片隅で埃を被っていたスーパーカブを拝借しようと決めた。 イグニッションキーは電話台の引き出しに入っていると知っていたし、長光も使ってくれてもいいと言っていたので、 今回は問題はない。寺坂はスーパーカブの砂埃を払い、ガソリンを給油し、ちゃんと動くことを確かめてからシートに 跨った。今度はガードレールを突き破らないように注意しつつ、実家を目指した。 二年と数ヶ月振りに目にした浄法寺は、変わっていなかった。それ故に胸が締め付けられ、寺坂はヘルメットの下 で洟を啜った。スタンドを下ろしてからスーパーカブを下り、ヘルメットをハンドルに引っ掛けてから、開けっ放しの 正門をくぐって入った。境内は静まり返っていて、それがまた切なさを煽ってきた。本堂に入るが人影はなく、線香の 匂いがうっすらと籠もっているだけだった。ならば母屋にいるのか、と行ってみるが、こちらも同様だった。 「あれ? なんで誰もいねぇの?」 不安に駆られた寺坂は、家中を探し回った。部屋という部屋から納戸や押し入れまで手当たり次第に開いて中身を 引き摺り出していった。けれど、どこにも誰もいなかった。冷蔵庫の中身はまだ新しく、開封済みの牛乳や賞味 期限が今日の生鮮食品が入っていたので、今し方まで人間がいた痕跡はあった。だが、当の住人がいない。両親 がいない。その事実に打ちのめされた寺坂は、荒れ放題の家でへたり込んだ。 「んだよ、なんで誰もいねぇんだよぉ……」 確かに、悪いことばかりをしてきた。許されないことの方が多いだろうし、瀕死の重傷を負っても心を入れ替えられ ないだろうし、まだまだ他人に迷惑を掛け続けるだろう。両親には当の昔に愛想を尽かされている。だが、両親は 何度も佐々木家を訪れていたし、長光は見舞いの品を持ってきてくれた。だから、一度ぐらいは会ってくれるものだと 思っていた。それなのに、誰もいない。書き置きすら見当たらない。 寺坂は日暮れまで実家でぼんやりとしていたが、結局、誰も帰ってこなかった。途方もない喪失感に襲われた寺坂 は縋るような気持ちで佐々木家に戻ると、長光が出迎えてくれた。使用人が作ってくれた夕食を食べながら、寺坂は 実家に戻ったが誰もいなかったと話した。長光はうんうんと頷きながら聞いてくれた。 「この前お目に掛かった時は、善太郎君の御両親は変わりなかったんだけどねぇ」 食後の番茶を啜りながら、長光は眉を下げた。寺坂は片膝を立てながら、触手で湯飲みを掴んだ。熱かった。 「俺、もう何が何だか解らないっすよ。頭ン中、ぐっちゃぐちゃで」 「私は色々な方向に顔が利くから、その伝手で調べてみるとしようじゃないか」 長光は枯れた手で湯飲みを包み、大事そうに撫でた。 「私には二人の息子がいてだね。次男が吉岡グループに婿入りしていて、おかげで色々と繋がりがあるのだよ」 「いいんすか?」 「何がだい」 「俺にそこまでしてくれても、何もないっすよ。俺、こんなんすから」 「そんなことはないよ、善太郎君。君はね、私にとてもいいものを与えてくれるのだから」 そう言って、長光は一際柔らかな笑顔を見せた。寺坂はなんだか照れ臭くなり、背筋がむず痒くなった。この家に来て からというもの、迷惑しか掛けていない。だから、感謝されても意味がないのに。居心地が悪くなった寺坂は食卓を 後にすると、長光に何を返せるかを考えた。だが、学もなければ知恵もない馬鹿な若者が思い付くことなどろくなもの ではなく、我ながら自分の知識の浅さに呆れてしまった。なので、開き直って長光に聞いてみることにした。 弐天逸流を倒してくれまいか、と言われた。 弐天逸流。 それは、およそ五十年前に出来た新興宗教である。御神体を模した像に毎日念仏を挙げる、という点では仏教の 色が濃いのだが、崇め奉るのは神だという。右から左へ聞き流していたが、仏教に関する知識が少しこびり付いて いる程度の浅学な寺坂でも違和感を感じるのだから、その筋の専門家であれば、突っ込みどころを次から次へと 見つけ出してくれるだろう。だが、信者達は何の疑問も感じずに日々念仏を挙げ、祈り続けているのだから、洗脳とは 恐ろしいものだと長光は嘆いていた。 広大な土地と大量の会社の株や利権などを有している佐々木長光は、近年希に見る規模の個人資産の持ち主だ。 寺坂のようなろくでなしを拾ってくれたばかりか、療養まで満足に受けさせてくれたので、吝嗇家ではない。それ どころか、これと思った相手には労を惜しまない懐の広さも持ち合わせている男だ。長光は、弐天逸流に囚われて しまった古い友人を助け出したい、だが、そのためには弐天逸流の本部を見つけ出さなければならない、しかし、 その役割を引き受けてくれる人間が現れなかったのだ、と寺坂にやるせなさそうに語ってきた。これまで受けた恩を 返すために、寺坂はその役割を快く引き受けた。長光は心の底から喜んでくれた。 長光が集めた情報を元にして行動に出る際、長光は寺坂に莫大な資金と共に足をくれた。美しい流線形のボディと 凄絶なパワーを持つエンジンを備えたスポーツカーで、艶々に磨き上げられた新車だった。イグニッションキーを 渡された寺坂が唖然としていると、引き受けてくれた礼だと長光は言った。寺坂はさすがに戸惑ったものの、素直 に喜んだ。そして、そのスポーツカーで弐天逸流の調査に乗り出すことにした。 調査といっても、素人のやることなのでいい加減極まりなかった。名簿にリストアップされた信者の元に乗り込み、 脅し、殴り、暴れ、本部の居場所を吐かせようとした。だが、そんな方法が成功するわけもなく、望み通りの情報は 一切引き出せなかった。当初、信者達は怯えていたが、回を重ねるごとに反応が変わってきた。皆、寺坂が三下の ヤクザのような格好で現れて暴れても、文句を言わなくなった、逃げなくなった、怖がらなくなった。それどころか、 寺坂が来てくれたことを感謝するようになった。拝まれ、ありがたがれ、手も合わせられた。 さすがに薄気味悪くなってきた寺坂は、行き当たりばったりで力任せの調査を一時中断した。調査資金として長光 から渡されていたカードを使って山ほど金を引き落とし、来る日も来る日も遊び呆けた。弐天逸流から感じる違和感 と気色悪さを忘れようとしたが、酒を飲もうが夜通し騒ごうが女を組み敷こうが、振り払えなかった。そのうちに調査の 仕事を放り出して金だけもらって逃げようか、と思うようになったが、それはさすがに気が咎めた。長光を裏切ることに なってしまうからだ。だが、また仕事をする気にはなれない。悶々としながら、寺坂は現実逃避を続けた。 疑問が疑問を呼び、見通しが利かなくなっていた。 調査を始めてから四年の月日が過ぎ、寺坂は二十二歳になっていた。 その日もまた、寺坂は都内のクラブに入り浸っていた。原色のライトが目まぐるしく回転し、重低音の効いたダンス ミュージックが流れる店内で、一人でひたすら酒を飲んでいた。女性客を何人か引っ掛けようとしたのだが、今日に 限って一人もモノに出来なかった。彼女達の連れの男達には睨まれてしまうし、そのせいで他の女性客からも敬遠 されてしまうしで散々だった。包帯で戒めて人間のそれに形を近付けた右腕で頬杖を付くと、この店は切り上げて他の 店に向かおうかと考えていると、寺坂の隣に人影が近付いてきた。 「ここ、いいですか?」 若い女性だった。寺坂はすぐさまサングラスを上げて、声を掛けてきた主を見上げた。クラブで遊び慣れていないのか、 露出の低い服装をした女性だった。タイトなキャミソールとホットパンツが体の丸みを引き立てていて、脱色して いない長い黒髪がさらりと肩から零れ落ちた。化粧も控えめで、幼さの残る顔立ちによく似合っていた。 「友達に誘われて初めて来たんですけど、楽しみ方が解らなくて」 彼女はばつが悪そうに眉を下げていたが、その表情すらも可愛らしかった。 「俺もさー、全然。でも、今、すっげぇアガった」 君が来たから、と寺坂がグラスで彼女を指し示すと、彼女は恥じらった。 「そうですか? でも、私と話してもあんまり面白くないですよ?」 「話す必要なんてなくね?」 そう言うや否や、寺坂は彼女の肩に右腕を回した。触手の使い道は色々とある。この手は女性の体を探るために もってこいだ。それに気付いてから、女性を誘うのも楽しませるのも、面白くなっていた。指の数も多ければ感覚も 鋭敏なので、相手の弱いところを見つけ出すのも責め抜くのも以前よりも遙かに容易だ。だから、彼女のこともまた 徹底的に弄んでやろう。酔いと高揚に任せ、寺坂はグロスをたっぷりと塗った彼女の唇に喰らい付いた。 直後、意識が途切れた。 12 11/6 |