本条早稲田に停車し、数分後、発車した。 電磁力の反発で線路から十数センチ浮き上がっている車体は、慣性制御で加速による揺れを軽減させながら、 時速三百キロで走行していった。車両と車両を繋ぐ自動ドアが開くと、新たな乗客が入ってきた。武蔵野はその男 を注視したが、思ったほど動揺しなかった。それもそうだろう、触手は寺坂の右腕のものを何度となく目にしてきた からだ。ほぼ同型の生命体であるシュユの全貌も、御鈴様のライブ後に新免工業の関係者から資料を渡されたの で、ある程度は把握している。足音を立てずに通路を進んできた異形は、部品のない顔を三人に向けた。 「こちらが佐々木長孝さん。つっぴーのお父さんで、うちのお父さんのお友達です」 美月は立ち上がり、作業着を着込んでいる触手の化け物を示した。 「戸籍の上では、なぁっ!?」 佐々木長孝は素っ気なく言って身を翻そうとしたが、一乗寺が触手を一本掴み、思い切り引っ張った。 「よっちゃんのよりもずうっと伸びるぅー! わぁー!」 「お前は小学生か!」 武蔵野は反射的に一乗寺の手を引っぱたき、触手を解放すると、一乗寺は拗ねた。 「だって面白いじゃーん。ここんとこ、よっちゃんの触手で遊んでなかったしぃ」 「ごめんなさい、ごめんなさい!」 美月が慌てながら謝ると、長孝は引っ張られたせいで伸びきった触手を徐々に縮めた。 「いや、問題はない」 「で、どれがナニなの? やっぱり下半身の方?」 座席から身を乗り出した一乗寺が不躾な質問をしたので、武蔵野は反射的に彼女を引っぱたいた。 「初対面の相手にそんなことを聞くな!」 「だってさー、つばめちゃんが出来たってことはどれかがナニってことじゃん。ねえ?」 後頭部をさすっている一乗寺に同意を求められ、美月は口籠もった。 「ああ、ええと、その……私にそれを聞かれても」 「いたいけな女子中学生にそんな話題を振るな、仮にも教師だろうが」 武蔵野は一乗寺を強引に座らせると、一乗寺はけたけたと笑った。 「仮の姿ってだけだもーん。むっさんって、本当に真面目で良い子ちゃんでかぁーわぁーいぃーいぃー」 「いいから黙れ、なんか喰ってろ」 ほれ、と武蔵野が自分の荷物から食糧を取り出して突き付けると、一乗寺はそれを受け取った。 「くれるものは喰うけどさぁー。俺、もっと甘いのが好きだな」 そう言いつつも、一乗寺はビターチョコレートの封を開けると、囓った。口が塞がっている間は黙っていてくれ、と 内心で願いながら、武蔵野は自分の座席に座り直した。毎度ながら騒がしい。これで寺坂が合流すれば、一ヶ谷 への旅路は一体どうなることやら。些か不安でもあり、楽しみでもあった。 長孝は、三人が座っている席と通路を挟んで同列の座席に奇妙な肢体を収めていた。武蔵野は、一乗寺の口を 塞いでおくためだけに、戦闘糧食として買い込んでおいた食糧を供給し続けながら、長孝を眺めた。身長は武蔵野 よりも少々高く、着古して生地の色が掠れている藍色の作業着の手足からは触手が伸びている。背もたれに隠れて はいるが、作業着の背中の部分がいくらか盛り上がっていた。目も鼻も口も耳もない頭部は艶やかで、摩擦係数は 極めて少なそうである。肌は凝固した血液のような赤黒さで、生き物らしさは薄い。 「あなたが武蔵野か」 長孝に名を呼ばれたので、武蔵野は応じた。 「そうだが」 「妻と娘が世話になった」 平坦で味気ない、機械的な声色で長孝は礼を述べた。 「俺の方こそ」 武蔵野は長孝を見やり、複雑な感情を持て余しながら言った。お前がひばりから目を離すから、お前がつばめを 守ってやらないから、お前が戦う術を知っていれば、と頭ごなしに怒鳴りつけてやりたい。だが、その一方で、お前 の苦しみはよく解る、お前はもう何もしなくていい、黙って俺達に任せてくれ、とも慰めてやりたくなった。実弟である 佐々木八五郎は、精神こそ屈折していたが肉体は真っ当な人間だった。その残酷な現実が、人外に生まれた長孝 を苦しめなかったわけがない。その長孝を真っ直ぐ愛してくれたひばりを突き放し、佐々木長光から遠ざけるために 新免工業に委ねなければならなかったのは、身を切るよりも辛かったはずだ。そればかりか、生まれて間もない娘 が備前美野里の手に落ち、新免工業の愚策の果てに暴走したナユタを止めるためにひばりが自死した。 佐々木長光を、クテイを、そして自分自身を恨んでも恨みきれないだろう。長孝の態度が平坦なのは、そういった 感情の嵐をやり過ごし、静めるための手段に違いない。鬱屈した感情を抱えながらもそれを晴らす術を知らないが 故にのたうち回っていた、若い頃の武蔵野もそうだったからだ。 「コジロウに完全なムジンを搭載させ、ムリョウの動作を確認し、機体の微調整後に俺は仕事に戻る」 車窓を流れる景色に顔すら向けず、長孝は己の足元を睨んでいた。そこに目はなくとも、仕草で解る。 「え? つっぴーに会いに行くんじゃないんですか?」 ポシェットから食べかけのチョコレートを取り出した美月が目を丸めると、長孝は膝の間で触手を組む。 「それは俺の仕事ではない」 「格好付けちゃって。俺、そういう奴、好きじゃないなぁ」 武蔵野の食糧を一通り食べ終えた一乗寺は、心底嫌そうに眉根を曲げた。 「あなたは確か、シュユの」 長孝が一乗寺に向くと、一乗寺は目を据わらせる。 「そうだよ、だからなんだっての。大体さぁー、この期に及んで格好付けて何か意味あるの? ないよね? つばめ ちゃんに会う会わないでぐだぐだするだけ時間の無駄だし、なんであんたまでつばめちゃんを苦しませようって思う わけ? てか、あのクソ爺ィがクテイに喰わせたいのはつばめちゃんの苦しみやら何やらなんだから、つばめちゃん が親父とニアミスしたって知ったら、どんだけ悲しむと思うの。馬鹿じゃないの?」 「言い過ぎだ」 武蔵野は一乗寺を諌めたが、内心では同意していた。つばめの行動理念の芯は、家族に会いたいという一念だ。 佐々木長光の遺産を相続しようと決めたのも、吉岡りんね率いる一味に襲われても屈しなかったのも、欲深い大人 に遺産を奪われていようと頑張っていたのも、両親に会いたいと願うが故だ。だが、ひばりは十四年前に死亡し、 祖父はあの有様である。従兄弟である吉岡りんねとも、一時は敵対していた。それなのに、まともに会える状態 にある父親からこんな態度を取られては、今度こそつばめの心が折れるかもしれない。 だが、長孝にも考えがあるのかもしれない。そう判断し、武蔵野は反論したい気持ちを収めたが、美月はそうも いかなかったらしい。チョコレートが入った細長い箱を握り締め、潰してしまった。 「会ってあげて下さいよ。てか、そんなにつっぴーのことが嫌いですか?」 「いや」 長孝は首を横に振ったが、それが一層美月の苛立ちを煽ったらしく、美月は腰を浮かせた。 「親がいないってこと、どんだけ寂しいと思ってんですか! 私はちょっとだけだったけど、本当に辛くて辛くて、レイと 羽部さんがいなきゃどうにかなっちゃっていたかもしれないのに! でも、つっぴーはずっとずっとそうだった!」 「あの子には育ての親がいる」 「それとこれとは違います! そりゃ、育ての親の方がいいって人もいるかもしれないけど、でも!」 「見ての通り、俺は人間じゃない。だから」 長孝が顔を背けると、美月は長孝に掴み掛かりそうになったので、武蔵野がそれを諌めた。 「それはあんたの主観であって、つばめの主観じゃない」 「そうそう。てか、つばめちゃんがどう思うか、とかその辺の肝心なことが見えてないし。嫁さんと娘が宇宙一大事な のはよぉーく解るけど、大事にしすぎて触りもしないのはおかしくない?」 一乗寺は頬杖を付きながら、長孝を睨んだ。美月は自分の座席に座り直し、歯痒げに唸る。 「ああ、もう……」 「えっと、終わった?」 不意に、誰でもない声が聞こえた。音源に振り向くと、開け放たれた自動ドアから触手の異形が入り込んできた。 外見は長孝に酷似しているが、体格が一回り大きく、その背中には青白い光を放つ光輪を生やしている。これこそ シュユであり、弐天逸流の御神体にして教祖であり、全ての諍いの元凶であるニルヴァーニアンである。うねうねと 下半身の触手を蠢かせながら進んできたシュユは、長孝とは異なって裸身だった。 「ああやれやれ。人間の乗り物って僕の体の寸法と合わないから、ドアを通り抜けるだけでも一苦労だったよ」 よいしょ、とシュユは長孝の向かい側の座席を半回転させると、二人分の席に下半身を収めた。シュユは今にも 泣きそうな美月を慰めてやってから、俯いている長孝と向き合った。 「タカさんは強情だよね。それが悪いとは言わないけど、肝心な時にそれは頂けないよ」 シュユが穏やかに述べると、長孝は膝の間で触手を複雑に絡ませる。 「俺は、あの子を戸惑わせたくない」 「大丈夫だよ。これまで、色んなことがあった。つばめちゃんも、色んな目に遭った。だから、自分のお父さんが変な 生き物だって知っても、そんなに驚かないと思うよ。驚いたとしてもあんまり長引かないよ。肝が据わっているから」 「だが」 「それとも、本当に会いたくないの?」 巨体を折り曲げるようにして、シュユは長孝の頭上に凹凸のない顔面を寄せる。 「僕が船島集落に行くのは、フカセツテンと異次元を外部から制御して君達をクテイの元に向かわせるためだよ。 今のクテイは、力任せに開かれた口の中に餌を流し込まれている家畜と同じだ。長光さんとの肉体的接触を持った ために出来た佐々木一族に繋がる太いパイプから、佐々木一族に関わる人々のストレートな感情をほぼ無制限に 与えられている。それがクテイにとっていいはずがない。クテイを物質宇宙から遠ざけられれば、この混迷した事態 は打開出来る。だけど、あの執念深い長光さんのことだ、大人しく死んでくれるわけがないし、クテイのことを諦める わけがない。だから、僕達も手を打たなければならない。つばめちゃんの管理者権限でクテイを沈黙させて異次元 宇宙と物質宇宙の繋がりを断ち切らなければ、同じことを延々と繰り返す羽目になる。遺産に関わった者達は、皆、 少なからず異次元宇宙に接している。だから、この時間軸の君達が死んだとしても、君達の子孫や君達の精神体を 持った個体は再び遺産に引き寄せられてしまい、何度も何度も遺産と長光さんに振り回されてしまうだろう。輪廻と 因果の渦を一代限りで断ち切らなければ、悲劇は続くんだ」 シュユは少し首を捻り、長孝を覗き込むような姿勢を取る。 「だから、心残りがないように、やるべきことは終えておくべきだと思うよ。それだけでも、因果律は変動する」 「会えば会っただけ、辛くなるだけだ。ひばりの時がそうだった。だから、今度もそうするだけだ」 諦観しきった言葉を発した表情の見えない横顔は、トンネルに入り、翳った。その瞬間、武蔵野の体が動いた。 三十年近くに渡る実戦経験で細胞の隅々にまで染み付いた動作で、長孝の側頭部に体重を載せた拳を放った。 赤黒い肢体の男は窓に激突して触手を散らばらせたが、呻きもせずに座席に沈んだ。 「気取ってんじゃねぇぞ」 人外を殴り飛ばした手応えは、思いの外重たかった。武蔵野は長孝の頭部を抉った拳を振り、吐き捨てる。 「あんたがその程度の男だと知っていたら、ひばりと一緒につばめも攫ってやるんだったよ。俺はあんたみたいな 芸当は出来ねぇし、戦うことしか知らんが、惚れた女との間に出来た娘を苦しめるような真似だけはしない」 外界が暗くなったことで、窓際に倒れ込んでいる長孝の肩越しに凶相の武蔵野が映り込んだ。ひばりが命懸けで 愛した男が、つばめが命懸けで求めた親が、この有様なのか。武蔵野は腹の底に激情が淀み、倒れ込んだまま 微動だにしない長孝をもう一発殴ってやりたくなったが、美月の怯えた眼差しに気付いて拳を緩めた。一乗寺から 囃し立てられ、シュユに宥められたが、武蔵野はそれらを振り払ってデッキに移動した。 トンネルが途切れてはまたトンネルに入り、それが終わったかと思えばまた新たなトンネルに入る。苛立ち紛れに 何かに当たってしまいそうだったので、武蔵野は長光を殴った余韻が残る拳を空中に叩き込んだ。何度も何度も、 怒りと共に拳を打ち込む。激情の波が凪いでいくと、リニア新幹線は次の駅に到着した。 高崎に停車すると、武蔵野がいるデッキに面したドアから、新たな乗客が乗り込んできた。人型軍隊アリの伊織、 本来あるべき姿に戻ったりんね、そして、もう一人。順当に考えれば寺坂なのだろうが、そこに立っている男は寺坂 善太郎が持っているべきものを備えていなかった。鋭角なサングラスとスキンヘッドではあるのだが、首から下の体 が至って普通だった。サングラスを掛けた男は鋭いモーター音を零しながら首を曲げ、口角を歪めた。 「この体、しっくり来ねぇなーもう。動かしづらいったらありゃしねぇよ」 電子合成音声ではあったが、寺坂の声色に酷似していた。ということは、つまり。 「寺坂、お前はサイボーグになったのか?」 「ああ、むっさんか。グラサンがないから、ちょっと思い出しづらかった。んー、まあな。色々あっていおりんに半殺し にされちゃって、仕方なく。ちなみにアメリカ製だとさ。俺が殺された病院にあった在庫のボディなんだよ。シュユの 生体部品を一つも使っていないから動作は鈍いが、この際、贅沢言ってらんねぇし」 だから下もアメリカンサイズよ、と寺坂が意味もなく威張ったので、武蔵野は心底気が抜けた。 「ああ、そうかい」 何度死に目に遭おうとも、この男の性欲の強さだけは変わらないようだ。女性に対する幻想も欲望も年齢を経る に連れて枯れてしまった武蔵野からすれば、年がら年中発情している寺坂は異様極まりない。そんなエネルギーを 一体どこから絞り出すのかが気にならないわけでもないが、別に知りたくはない。 「おっさん、グラサンは?」 へらへらしている寺坂を押し退け、伊織が武蔵野に問い掛けてきた。 「いらなくなった」 武蔵野が簡潔に答えると、伊織は触角を片方曲げた。 「目付き悪ぃから、掛けてた方がまだ良くね?」 「虫に比べればまだマシだろうが」 彼も相変わらずだ。武蔵野が言い返すと、伊織の中左足に縋っている少女がおずおずと目を上げた。 「お嬢、だよな」 武蔵野が腰を曲げて目線を合わせると、少女はびくついて伊織の影に隠れた。 「ぅあ」 「つか、無理させんなよ。色々とアレな目に遭いすぎたから、ろくに喋れないんだよ。でもって、記憶はあるけど俺ら がどういう関係なのかはまだ思い出してねー感じでさ。けど、俺から離したら、どこの誰が利用しに来るか解った もんじゃねーから連れてきた。だから、変なことは吹き込むなよ。マジ殺すし」 いつになく殺気立った伊織に凄まれ、武蔵野は腰を引いた。少し会わないうちに、随分と素直になったものだ。 「善処するよ。俺だけはな」 すると、暇を持て余した寺坂が三人の脇を擦り抜けていき、座席で一乗寺と合流するや否や男子高校生のような テンションで騒ぎ始めた。以前となんら代わり映えのしない下らない内容の会話を繰り返していて、二人の騒がしさ に辟易した美月が座席から逃げ出してきた。それとほぼ同時に、リニア新幹線は高崎を出発した。 「あれ?」 美月は伊織の影に隠れた少女に気付き、体を曲げた。だが、少女は美月と反対側に体を曲げる。 「う」 美月は伊織の周りを巡って追い縋るが、少女は更に隠れようとする。美月が追い、少女が逃げ、また追い、更に 逃げ、と繰り返す間に二人は伊織を中心に何度もぐるぐると回っていた。伊織は二人を引き剥がしたいようだが、 彼の爪では二人を傷付けてしまいかねないので、したいようにさせていた。少女達が落ち着くまでにはまだ時間が 掛かりそうだったので、武蔵野はその間に伊織から事の次第を聞き出すことにした。 「で、お前ら、どういう経緯で生き延びたんだ」 「一度死んだんだよ。つか、りんねの自殺に付き合わされて遺伝子がズタボロになったけど、つばめが俺とりんね をなんとかしてくれて、俺もりんねも元に戻った。んで、それからしばらく寝てたんだけど、あの触手坊主が俺達の 精神体と異次元宇宙の接続をブッ千切ったから起きた。んで、触手坊主が虫女っつーか、虫女に取り憑いたクソ 爺ィに殺されかけていたから、触手の方をブッ千切ってやった。でねーと、あっちに連れて行かれそうだったし」 伊織のぞんざいな説明と内容に、武蔵野は嘆息する。 「何が何だかよく解らんが、寺坂の奴も結構危なかったってことか?」 「まーな。てか、あいつ、馬鹿だし。触手っつーか、連中の生体組織っつーか、ゲノム配列そのものが異次元宇宙と 接続するためのアンテナだってことは解っているはずなのに、触手から離れようとしなかったんだよ。だから、俺が 生臭坊主を切ってやった。んで、適当なサイボーグのボディに脳だけ突っ込んだっつーわけ」 「なるほどな。お前らも色々と大変だったわけだな」 「つか、マジウゼェことばっかりだし」 伊織がだらしなく壁に寄り掛かると、その体に行く手を阻まれた美月が後退った。反対側では、少女が固まる。 「んで、いつまでやってんだよ、それ」 伊織が爪の背で少女を小突くと、少女はしきりに目線を彷徨わせる。 「む」 「りんちゃん、そんなに怖がらなくてもいいよ。私だよ、美月だよ」 美月は伊織の体を隔てた先にいるりんねに、優しく言葉を掛けた。が、りんねは顔を逸らす。 「ぬ」 「悪ぃけど、俺らだけにしておいてくんね。りんね、お前のことを思い出すまでちょっと時間が掛かりそうだし」 伊織がりんねを抱き寄せると、美月は身を引いた。 「ごめんなさい……」 黒い外骨格に顔を半分隠しながら、りんねは美月を窺ってきた。不安と困惑が充ち満ちていて、視線をあちこちに 投げ掛けている。伊織を見上げ、武蔵野を見上げ、美月を見、自分の足元を見、自動ドアに付いた窓から見える 騒がしい光景を見、車窓を見、とにかく至る所を見ていた。それだけ、好奇心が旺盛なのだろう。 恐らく、人見知りしているのだ。武蔵野は打ちのめされている美月を促し、座席に戻った。シュユは巨体を精一杯 縮め、無駄にエネルギッシュな寺坂と一乗寺を見守っている。長孝は窓に頭を預け、沈んでいる。伊織とりんねは デッキに残り、二人並んで通路に腰を下ろしている。武蔵野は美月の心境を思い遣り、騒がしさの中心から離れた 座席に座らせてやってから、寺坂と一乗寺を大人しくさせる方法を考えあぐねた。 と、その時、寺坂が天井にぶん投げられた。 13 2/9 |