機動駐在コジロウ




敵はホームセンターにあり



 何なんだ、この男は。
 それが、武蔵野の一乗寺に対する第一印象だった。コの字型になっている二階部分の右側に身を潜めながら、 武蔵野は一階の左側からこちらを窺っている男の位置を捉えようとした。先程の銃撃は三つ並んだレジの後方から 放たれた、それでは今はもう一列棚を移動しているとみていいだろう。それを踏まえて進行方向に一発撃とうと銃口を 上げるも、一度下げた。こちらが一発撃つたびに相手も一発撃つが、無駄玉を散らせているわけではない。大型 スーパーの監視カメラを通じて見た服装や歩き方の具合から察するに、装備も予備のマガジンの数もそれほど多く はないだろうが、消耗戦に持ち込むのは不利だろう。船島集落の分校に勤務する教師であり、内閣情報調査室の 一乗寺昇の能力と人格に関する資料は、事前に得ていた。だが、見ると聞くとでは大違いだ。
 ブレン・テンの装弾数は十二発、そのうちの二発を撃った。遠目で暗がりなので一乗寺の手元はよく見えないが、 あの手のハンドガンは七八発程度とみていい。予備のマガジンを含めたとしても二十発足らずで、そのうちの四発 を発射してきた。どちらもまだ残弾数は多い、死角から狙撃して近付かせないべきか、一乗寺に無駄玉を散らせる ために敢えて接近戦に持ち込むべきか。資料に寄れば一乗寺は何かと拳銃を使いたがり、違法に入手した拳銃を 任務に用いて厳罰を喰らうも、それを物ともせずに内閣情報調査室に居座る男だそうだ。その文面だけを読めば、 些細な物音にも過剰に反応して乱射しそうに思えるのだが、そうではないらしい。当たり前だ、そうでなければ今の 今まで生き残れはしない。武蔵野は薄く汗ばんだ頬を少し持ち上げながら、熱を持つ愛銃を構える。
 スニーカーの軽快な足音がレジの列から更に進み、店舗の中央に伸びる階段へと近付いてくる。しかし、相手も 手練だ、馬鹿正直に正面から登ってくるわけがない。階段の側面に腰を下げた影が潜り込んだが、物陰から体の 一部が覗くことはない。それは武蔵野も同じだ。どこに隠れれば相手からの死角になるかは、長年の経験で即座に 見つけ出せる。エスカレーターの唸りが耳障りだが、照明を落としても敢えて動かしておいたのは、こちらの気配を 少しでも紛らわせればと思ったからだ。だが、あまり意味はなかったらしい。
 佐々木つばめの立ち位置もよく見えない。一乗寺がつばめを隠れさせたのは、南側の出入り口に程近い陳列棚 の間だが、観葉植物の売り場が斜線上に入っているので様子が解りづらい。当てずっぽうで一発二発撃ち込んでも いいのだが、一乗寺がその程度のことで逆上するとは思いがたい。むしろ、つばめが負傷したらつばめを盾にして 接近戦に持ち込みかねない。先程のつばめの怯えようから考えるに、一乗寺は笑顔でやりかねない。先程撃った 二発目は当てずっぽうに見えて、武蔵野以外の戦闘員が隠れているかどうかを探り出すための攻撃だ。その際に 適当な反応を返すべきだったかと後悔したが、あまり小細工をしては面白くないと興奮を覚えていた。

「面白くなってきやがったぜぃ」

 一乗寺の浮かれた独り言に、武蔵野は内心で同意した。銃撃戦に快楽を覚えるような性分でなければ、傭兵稼業 など到底務まらないからだ。

「いいかぁつばめちゃん? あのトラックは俺達の退路を塞ぐためと、万が一の時に爆破するために用意してある とみていい。荷台の中身を改めておかなかったけど、十中八九火薬かナパームだ」

 その通り。爆薬の量は大したことはないが、コンテナの片方にしか配置していないので、トラックを横転させて正面 出入り口を塞げるように仕掛けてある。これもまた、武器弾薬やジープと同じく新免工業が用意してくれたものだ。

「続いてあの軽トラ二台、どっちも逃走用だ。搬入口のジープで乗って逃げると思うだろうけど、相手はそんなにケチ でも貧乏でもない、軽トラなんて缶ジュースを買うぐらいの気楽さで買い付けちゃうって」

 これもまた、その通り。二台とも遠隔操作でドアはロックしてあるが、イグニッションキーは刺さったままだ。

「逃走用の車に誰か隠れている気配もなし、回りを見渡してみたけど運転手らしき姿もなし、この店の中を狙撃する スナイパーが控えていそうな高所もなし、田舎だからね。で、あの吉岡りんねは少数精鋭で攻めてくるつもりでいる ようだし、無駄な人件費を割くつもりもないようだから、相手は必要最低限の人数だと踏んだ。んでもって、それらを 踏まえて考えるに、昨日見てもらった資料の中にいた武蔵野っておっさんが最有力。てか、それ以外にいないね」

 べらべらと独り言を連ねながら、一乗寺が階段の手すりを掴んだ。懸垂の要領でそのまま体を持ち上げ、階段の 縁を足掛かりにして跳躍する。見た目は細身だが、かなり鍛え上げている。スニーカーのつま先が階段の手すりを 噛み、ゴムとゴムがぎぢっと競り合った。途端に武蔵野は発砲するが、一乗寺はこちらが引き金を引くよりも早くに 駆け出していたので、鉛玉は空中を切り裂いただけだった。細い手すりを登って階段を駆け上がってきた一乗寺 は、階段の手すりの間に設置していたブービートラップのワイヤーを飛び越えて回避し、駆けてきた。

「さぁーてとぉ!」

 一乗寺は武蔵野が発砲してきた位置に向けて立て続けに二発撃ってから、陳列棚に隠れた。武蔵野は乾いた唇 を一度舐めてから、自動小銃も持ってくるべきだったかと思ったが、銃撃戦を派手にしすぎては損害賠償が面倒に なると判断したのは自分なのだ。一乗寺が隠れた陳列棚は、選りに選って刃物のコーナーだった。ビニールカバーが 剥がされ、投げ捨てられる音の後、夕方の弱い日光が幅広の刃を白ませた。鉈だ。

「いっちょやったるかぁーっ!」

 陳列棚の間に置いてあった大型のカートを蹴り飛ばして走らせてから、一乗寺も駆け出してきた。武蔵野はカート の雪崩を避けてから陳列棚の列に駆け込み、即座に発砲するが、寸前で一乗寺が上体を折り曲げたので安物の ジャケットに穴が開いただけだった。一乗寺は笑顔を全く崩さぬまま、助走を付けて鉈を振り上げる。
 手近な陳列棚からバールを一本拝借した武蔵野は、それを受けた。ぎぃんっ、と赤い火花と金属同士の打撃音が 起き、肩が揺らぐ。赤と青に塗られたバールを削るように鉈が引き下がり、捻り上げられる。今度は武蔵野の手首を 落とそうと狙いを付けてきたので、バールを横たえて鉈ごと一乗寺を押し返した後、発砲する。

「うおっと!」

 またも避けた。今度は肩の上を掠めただけだった。一乗寺は上体を下げた姿勢のままで踏み込み、鉈を逆手に 持ち替えて振り抜いてくる。すぐさま後退した武蔵野の迷彩服を浅く切り裂いたが、その下の防弾ジャケットにまで は傷が及ばなかった。一乗寺の腕が上がっている隙に腰を落とした武蔵野は足払いを掛け、姿勢を崩した一乗寺の 腕を絡め取り、手首を叩いて鉈を落とさせてから背負い投げをした。
 大きく弧を描いた長身の男は床に埋まり、骨のぶつかる鈍い音がした。武蔵野は浅く息を吐いてから、一乗寺が 起き上がる前に片を付けてしまおうとブレン・テンを構えた。が、頭部に狙いを付ける前に、一乗寺は両足を曲げて 跳ねるように起き上がると、投げられようとも握りを緩めなかった拳銃を武蔵野に突き付けてきた。背後の非常灯の 緑色の明かりで、その拳銃がAMTハードボーラーだと解った。どちらも十ミリ弾だ、いい勝負が出来る。

「もうちょっと遊びたかったけど、あんたのこと、長生きさせたくないだよなーこれが!」

 左手を懐に滑り込ませてナイフを引き抜き、一乗寺は大股に踏み込んでくる。手首と肘を淀みなく伸ばして首筋に 狙いを付けてきた。上体を反らしてその一撃を避けるも、今度は顎の下に銃口が向けられた。が、武蔵野も負けじと 一乗寺の鎖骨の間に銃口を据え付け、そのまま銃身で一乗寺の首を薙ぎ払い、倒した。
 二度目のダウン。しかし、一乗寺はへらへら笑いながら呆気なく起き上がった。痛みを感じていないかのようだ。 武蔵野は呼吸を詰めて間合いを計っていたが、一乗寺は緊迫感の欠片もなく立っている。撃てば確実に命中する 位置であり、どちらも条件は同じだ。一乗寺は強かに薙ぎ払われた首筋を押さえ、ごきりと曲げる。

「だって面倒臭いじゃん? あんたの名前って画数が多すぎて、報告書に書く時に時間が掛かるんだもん」

「俺の印象はそれだけかよ」

 幼すぎる。武蔵野が笑いそうになると、一乗寺は不躾に踏み込んで武蔵野のブレン・テンと己のハードボーラーの 銃口を重ね合わせた。色気もクソもないキスだ。

「俺の世界は至って単純明快、俺が面白いか、俺が面白くないか」

 一乗寺はハードボーラーの引き金に軽く掛けた人差し指を遊ばせながら、にんまりする。

「て、ことでさっ、ばいばーい」

 児童公園で遊んだ子供同士が夕暮れ時に交わす言葉と全く同じ抑揚で別れの言葉を述べて、一乗寺は引き金を 絞ろうと人差し指の第二関節を曲げていった。その動作で起きた撃針が十ミリ弾に叩き付けられる、かと思われた 瞬間に一乗寺は引き金から指を外した。彼が苦々しげに舌打ちをした理由はすぐに解った、駐車場からドリフト音 がする。バイクでも車両でもない影が南側出入り口の前に止まると、自動ドアが開き、西日を背負った白と黒の影 が立った。それは、オーバースペックの警官ロボット、コジロウに他ならなかった。
 コジロウの両足に備え付けられたエキゾーストパイプは排気を吐き、白い脛の後部からはタイヤが露出している。 恐らく、そのタイヤで船島集落から走行してきたのだろう。これは分が悪い、とすぐさま判断した武蔵野は一乗寺の 目線がコジロウに向いた一瞬の隙を衝いて蹴り倒し、ついでに簡単なトラップとして設置していた塗料とスプレー缶 を狙撃して炎上させてから、裏側の階段を駆け下りた。程なくして火災報知器の悲鳴と共にスプリンクラーが作動し、 至るところから水が降り注いだ。

「時間稼ぎにしかならんだろうが、使わんよりはマシだ」

 搬入口に出てジープに乗り込んでから、武蔵野は迷彩服のポケットに忍ばせていた着火装置のスイッチを押し、 正面出入り口のトラックを爆破して予定通りに転倒させた。自動ドアのガラスが砕け散り、トラックの荷台が店内に 突っ込み、もうやだー、とのつばめの情けない叫び声が聞こえてきた。それには少しだけ心が痛んだが、これもまた 仕事なのだと気持ちを切り替え、武蔵野は一乗寺とコジロウが追い掛けてくる前にホームセンターを後にした。
 市街地を離れて別荘に向かいながら、武蔵野は一応別荘と連絡を取ってみた。道子の媚の固まりのような喋り方 が鼻を突いて仕方なかったので無線を強引に切ったので、何を頼みたいのか聞きそびれていた。もしもその用件 がどうでもいいことでなかったら、後々大事になりかねない。先日の雪が山盛りで残っている待機所にジープを留めて から、無線機のスイッチを入れた。かすかなノイズの後、暗号回線で別荘と繋がった。

『はぁーいん、お仕事ご苦労様ですぅーんっ』

「報告は帰ってからする。で、道子、お嬢の用件って何なんだ」

『えぇとぉーん、それがぁーんっ』

 モニタリングはしていないが、その声色だけで意味もなく体をくねらせている様が容易に想像出来る。

『御嬢様はぁーん、ちくわパンを御所望ですぅーん』

「は?」

 なんだ、その珍妙な食べ物は。

『私がネットで流通ルートを調べた結果ぁーん、関東近隣には売っていませんでしたけどぉーん、この辺りの お店だと売っていることが判明しましたぁーん。ですのでぇーん、よろしくお願いしますぅーん』

「この辺の店、ってぇと」

 先程破壊したホームセンターの斜向かいにある、大型スーパーぐらいなものだ。コンビニは更にその先であって、 もう一つの大型商業施設であるショッピングモールは一ヶ谷市内の中心部まで出向かなければならない。小売店 のスーパーも探せばあるだろうが、地理が掴み切れていないので、どこにあるかすらも見当が付けられない。しかし、 今からあの大型スーパーまで戻るのは危険すぎる。つばめ達と鉢合わせる可能性は非常に高い。いずれにせよ、 今から移動するとなると、別荘へ帰投するのは午後九時を過ぎてしまうだろう。小娘の我が侭だとはねつけてしまう のは簡単だが、作戦を失敗した身だ、上司の命令には逆らいがたい。

「了解した」

 それだけ返し、武蔵野は無線を切った。

「にしたって、どれだけちくわが好きなんだ、お嬢は?」

 運転席に身を沈めた武蔵野は、思わず笑ってしまった。世界規模で展開している大企業の社長令嬢であり、滅多に いないレベルの美少女なのに、どうしてそこまでちくわに執着するのだ。ちくわを頬張っている最中だけは、氷の 如く取り澄ましている面差しが年相応に綻ぶ様は見ていて微笑ましい。それ以外の愛嬌は亡きに等しいが、それが あるだけで随分と人間らしく感じられる。報告では残念がらせるだろうが、土産では喜ばせてやれるだろう。

「何を下らねぇことを考えていやがる」

 そんな思考に陥っては、また前と同じ轍を踏んでしまう。仕事の上の付き合いなのだから、そこまで執着する理由も 意味もないはずだ。そんなふうに思うのは自分だけだ、りんねは武蔵野を部下であると認識してはいるが、家族で あるとは認識していない。しかし、武蔵野は一足飛びに家族のような感覚になってしまっている。二十年以上も気を 張って生きてきた反動で、少しでも密な関係になると甘ったるい気持ちになるのは武蔵野の悪いクセだ。
 だから、今度こそ仕事をやり遂げなければ。武蔵野はりんねに対する親心に似た気持ちを振り払うため、ジープの ギアを切り替えてUターンさせて発進した。ビジネスライクであれ、と己に言い聞かせながら、店を探した。
 優しさと易しさを履き違えてはならない。




 どうしてこう、毎日毎日。
 つばめは恨み言を言う気力すらなくなり、膝を抱えていた。スプリンクラーでびしょ濡れになったブレザーを脱ぎ、 一乗寺がジャンパーを貸してくれたのだが、硝煙臭かった。それがまた一層悲壮感を煽り立ててきて、怒り狂おうにも 余力も潰えてしまっていた。ただ買い出しに来ただけなのに、なぜ銃撃戦になってしまうのだ。軽トラックの助手席 で縮こまってから、かれこれ小一時間が過ぎていた。その間、コジロウは無言で荷台の上で待機している。一乗寺 はと言えば、手近な自動販売機で調達してきた缶コーヒーでちくわパンを食べていた。気楽すぎやしないか。

「いい加減に機嫌直してちょうだいって、ねえ?」

 コジロウからもなんか言ってやってよう、と運転席から顔を出した一乗寺がコジロウに声を掛けるが、コジロウは 押し黙ったままだった。それもそうだろう、つばめが話し掛けるなと命令しておいたのだから。

「明日は土曜日なんだし、みのりんと一緒に出かけたら? 身の安全は保証しないけどねっ」

 一乗寺は親指を立ててみせたが、つばめは無視した。

「……考えてみたら、相手は五人なのに私は一人なんだよ。てことは、あっちはローテーションを組んで襲撃すれば 疲れはしないけど、こっちは私の代わりなんていないんだからそうもいかないし。考えてみりゃ変だよ、理不尽だよ、 コジロウがどれだけ強くたって毎日毎日襲われたら身が持たないよ。特撮だって週一で怪人一人じゃん、最近のは 二週で前後編をやるから週一で〇.五怪人じゃん。なのに私はそうじゃないじゃん、日刊じゃん、新聞並みじゃん」

 こんなことでは、いつか倒れてしまう。ならば、いっそのこと。

「直談判しよう。耐えられるか、こんな生活」

 つばめは目を据わらせ、膝の間から顔を上げた。

「あ、それいいね!」

 一乗寺が明るい調子で独り言に割り込んできたので、つばめは睨んだ。

「それ、ちゃんと考えた上での発言ですか?」

「そりゃあもう。だって、相手は仕事なんだろ?」

 一乗寺はハンドルに寄り掛かり、にやける。

「普通、どんな取引先とだって意見の摺り合わせをする。契約する場合でも、交渉する。だから、ダメ元でもなんでも いいから交渉してみたらいいんじゃないの? ま、言ってみただけだから、保証はしないけど?」

「そこでお姉ちゃんですよ」

「あーそうだねー、みのりんってそういうトラブルの仲立ちをするのが仕事だもんねー」

「てなわけですから、先生、吉岡りんねの居場所を見つけ出して下さいね!」

「えぇー、なんで俺がぁ」

「だって私は成金御嬢様の居所なんて知らないし、情報を調査するのが先生の本来の仕事でしょ!」

「そりゃまあ、衛星写真とか暗号電波の発信源とかである程度の目星は付いているけどさぁ」

「じゃ、ちゃんとやっておいて下さいね!」

 そう言いきってから、つばめは助手席を出た。日が落ちたので辺りは暗く、冷え込んでいる。だが、そのおかげで 鬱屈としていた気持ちが引き締まった。意味もなく拳を固めて気合いを入れ直してから、疑問を感じた。そういえば、 なぜコジロウはつばめの元に駆け付けたのだろうか。彼が来てくれなければ、今頃は一乗寺か武蔵野という名の男 のどちらかが殺されていたに違いない。

「そういえば、なんでコジロウは私のところに来たの? 私が危ないって解ったから?」

 つばめが若干ときめきながら問うと、コジロウは平坦に答えた。

「その認識は誤っている、つばめ。本官はつばめが一時的に管理者権限を譲渡していた備前女史に命令と言伝を 仰せつかり、それを伝えに来たのだ。そして、つばめの身辺が危険だと判断し、護衛行動を行ったのだ」

「あー、そういうこと」

 つばめが今時珍しく携帯電話を持っていないのが功を奏したのだが、なんとなく釈然としなかった。

「で、そのお姉ちゃんの伝言って何?」

「語弊がないように、原文ままに伝える。あのねぇつばめちゃん、着替えの服とか下着とかないから適当に見繕って きてくれないかなぁ? お金は後でちゃんと返すから! ストッキングもお願いしちゃっていい? ブラジャーはサイズ が解らなかったら買わなくてもいいよ、余裕があればナプキンも買ってきてくれないかな。そろそろって感じだし」

 と、コジロウは美野里の口調を見事にコピーして言い切った。声はそのままなので異様ではあったが、美野里の 言いたいことはちゃんと伝わってきた。となれば、真っ直ぐ帰らずにここから少し離れた場所にある衣料品の量販店 に向かうべきだろう。ついでに自分の服も買い込んでしまおう、ジャージ以外の着替えも欲しいし、下着も足りないので 増やしておきたい。つばめは財布を開いて残金を確かめてから、一乗寺を急かした。

「てことで買い出し続行です、先生」

「それ、長くなりそうだねぇ」

 一乗寺が面倒そうにぼやいたので、つばめはシートベルトを締めた。

「当たり前ですよ、服を買いに行くんですから。コジロウも付き合ってよね、手当たり次第に買ってやる!」

「了解した」

 コジロウは頷き、荷台に腰を下ろした。ショッピングに耽ればストレスを少しは晴らせるだろうが、買い物の快感を 忘れられなくなると後が怖いので、程々にしておこうとも思った。目先の欲望に負けて莫大すぎる遺産を食い潰して しまえば元も子もないし、それこそ敵の思う壺だ。ぐちぐちとぼやきながらも一乗寺はハンドルを回し、大型スーパーの 駐車場から出ていった。つばめはコジロウを横目に窺うと、少しばかり元気が戻ってきた。
 ホームセンターが滅茶苦茶になったので買い物どころではなくなり、コジロウを手入れするための道具を調達して やれなかったが、つばめが手入れをしたらコジロウは喜んでくれるのだろうか。などと甘ったるいことを考える一方で、 コジロウがつばめを守るのはプログラムによる行動なのに思い上がるな、との冷徹な判断も下していた。
 主従と愛情を履き違えてはならない。





 


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