機動駐在コジロウ




ファクターは天にあり



 更に翌日、小倉重機は休日を迎えた。
 部署によっては納期や諸々の都合で休日出勤している社員もいるが、小倉が直接取り仕切っているRECとそれ に関連している部署の社員達は一斉に休暇に入った。社長である小倉貞利も例外ではないが、休みといえども、 次の興行に関する雑事が頭からどうしても離れなかった。だが、仕事と私生活を上手く切り替えなければストレスが 溜まってしまい、結果として仕事に支障を来してしまうので、小倉は支社工場に行きたい気持ちをぐっと抑えて自宅 に籠もっていた。妻は幼い息子の世話に追われ、娘も弟を可愛がりたい盛りなので、父親にはあまり関心を向けて もらえないのは寂しかったが、それもまた仕方ないことである。
 特にやることもないので、縁側に座って残雪が散らばる庭先をぼんやりと眺めていると、玄関に人影が近付いて きた。モーター音が伴わない滑らかな駆動音に正確な体重移動、無駄という無駄を一切合切省いた淀みない動作、 そして白と黒の外装。佐々木つばめに伴われて小倉家の敷地に入ってきた警官ロボットを注視すると、血の巡りが 悪かった脳が一気に活性化した。何度見ても、惚れ惚れする出来映えだ。

「あ、小父さん」

 柔らかな薄黄色のダウンジャケットにジーンズを履いてスノートレッキングシューズを履いているつばめは、縁側 の小倉に気付くと方向転換してきた。相変わらず毛先が跳ねているツインテールを揺らしながら歩く少女は、小倉の 記憶の中の姿よりも少しばかり背が伸びていて、心なしか顔付きも大人っぽくなっている。それだけ、時間が流れて いる証拠でもある。つばめの背後に付き従い、コジロウも近付いてくる。

「やあ、久し振りだな」

 小倉が挨拶すると、御邪魔します、と一礼してからつばめは駆け寄ってきた。

「お久し振りです。ミッキーとは毎日メールや電話をするけど、小父さんには滅多に会わないから、懐かしい気分 さえしますよ。お父さんは別でしょうけどね」

「それで、何か用かな。美月と護なら、奥にいるが」

「ええとですね」

 つばめは肩に掛けていたショルダーバッグを開け、中を探り、一枚の書類を取り出した。

「政府から許可をもらってきました。なので、RECに出られます。色々条件があって面倒臭いようですけど、コジロウ というかシリアスの人気が今でも健在だってことと、私の存在を全面に出しても守りきれるんだぞーっていう政府側の アピールと、まあ、他にも細かい事情はあるみたいなんですけど、政府と私の利害が一致したので」

「本当か?」

「嘘じゃないですよ。で、またシリアスとエンヴィーで出てもいいですか?」

「そりゃもちろん。となると対戦カードが随分変わるぞ」

 ちょっと座ってくれ、と小倉が縁側を指し示すと、失礼します、とつばめは縁側に腰掛けた。コジロウはつばめの 前に立って、待機している。高揚と興奮を必死に押さえながら、小倉はつばめから手渡された書類を舐めるように 見直した。確かに、つばめが言った通りのことがしたためてあり、公安や内閣情報調査室などの人間の署名も本物 である。ややこしい制約もないわけではないが、あのシリアスがRECに出場出来るのあれば、そんなものは社長の 権限でどうにかしてやろうではないか。

「で、タカはなんて言っている」

 小倉は一通り書類の中身を読み込んでから、つばめに問うた。曲がりなりにも未成年なのだから、保護者からの 許可が下りなければ何の意味もない。つばめは弾けるような笑顔を見せる。

「暴れてこいって! なんだかんだで、お父さんもRECは好きですから。CSで毎週放送されているRECの番組は 全部録画してディスクに焼いてあるし、ロボットファイターの関連グッズは買い集めちゃうし、この前から発売される ようになったロボットファイターのフィギュアだってもちろん買っちゃうんです。で、この部分の再現度が低いだの塗装 の発色が微妙だのなんだのと文句を言いつつ、絨毯爆撃のように全部買い込むんです。で、たまーに夜中に一人で 試合の再現をして遊んでいたりするんですよ、これが」

「あのタカがか?」

「あのお父さんが、なんですよー。おかげで笑うに笑えなくて、どうしようかと」

 つばめは余程可笑しかったのか、肩を揺すっている。小倉が真偽を問い質そうとコジロウに目をやると、コジロウ は赤いゴーグル越しに小倉を見据えながら、平坦に答えた。

「つばめの証言は全て事実だ」

「そうか、そうかぁ」

 あの、感情を表に出さない長孝が。小倉が笑いを堪えきれずに背中を引きつらせると、つばめは真顔になった。

「でも、お父さんには言わないで下さいね? 私が見ちゃったことは知っているとは思うんですけど、それを本人に 指摘しちゃうのはあまりにも可哀想だし、いい歳した大人がロボットで遊んじゃいけないってことはないんで」

「それもそうだな、黙っておいてやるさ」

 小倉が笑いを収めると、つばめはコジロウを窺った。

「で、その、コジロウをシリアスにチューンするのってどのぐらい掛かりますか? シリアスが登場出来るシナリオ に変更するのも。台本が決まっていないと、エンヴィーの演技の練習も出来ないんで」

「そりゃ、俺がどうにかしてやる。今のところ、レイとブラックボマーの抗争が主軸になっているが、ノンタイトルマッチ を組むのはそう難しいことじゃない。審査と面接待ちのロボットファイターもいないわけじゃないが、そいつらはまだ 使い物になるレベルじゃないからな。機体の耐久性能ももちろんだが、オーナーとロボットファイターのキャラクター が出来上がっていない限りはリングには上げられない。目立ってナンボのものだからな。シリアスは外見と性格の ギャップが大きいってことで受けたわけだし、そんなシリアスを顎で使う高慢な御嬢様のエンヴィーもなかなか強烈 だったから、またすぐにリングに上げられるさ。だが、コジロウを大幅にスペックダウンさせないと試合にならんという ことは解ってくれ。コジロウのままだと、パワーも何も強すぎてなぁ」

 小倉がコジロウを眺めながら顎をさすると、コジロウはつばめと目を合わせてから応じた。

「つばめの許可が下るならば、本官の機体性能を一時的に低下させることを了承する」

「そりゃもちろん。対戦相手のロボットファイターを叩き潰しちゃったら、オーナーさんが可哀想だし」

 つばめが頷いたので、小倉はレイガンドーとコジロウ演じるシリアスのノンタイトルマッチについて構想を練ろうと したが、休日であることを思い出して我に返った。ここ最近は忙しかったので、今日はまともに休むべきだと考えて いたはずなのだが、シリアスとエンヴィーの件を先延ばしにするのは勿体ないと感じてしまった。だが、ここでつばめ とコジロウを突っぱねて帰すのはあまりにも惜しい。小倉が逡巡していると、つばめが謝ってきた。

「あっ、そうですよね、今日ってお休みですもんね。お父さんが休みなら、社長の小父さんが休みじゃないわけが ないですもんね。御仕事の話なんて、また今度にするべきでしたね」

「いや、いいんだ。気にしないでくれ」

 子供に気を遣わせてしまった気まずさで、小倉は苦笑した。つばめは立ち去るべきか否か迷っているらしく、視線 を彷徨わせたので、ちょっと待っていてくれ、と言ってから小倉は縁側から腰を上げた。来客に何も出さないわけ にも行かないので、適当に見繕うために台所に行った。今日は道子が家事手伝いには来ていないので、台所は少し 雑然としていた。美月も呼ぶべきかと辺りを見回すと、美月は護を寝かし付けている最中に自分までも寝てしまった らしく、居間で突っ伏していた。無理もない、長距離移動と興行の合間に勉強しているのだから、疲れも溜まる。
 息子が大人しく寝入っていることを確かめた後、娘の背中に毛布を掛けてやり、小倉は菓子鉢と急須と茶碗を盆に 載せ、縁側に運んでいった。それをつばめに出してやると、つばめは礼を述べながら熱い緑茶を口にした。小倉もそれ で喉を潤しながら、再び胡座を掻いた。コジロウは相変わらず突っ立っていた。

「改めて、ありがとうございます」

「なんだ、唐突に」

「だって、小父さんがお父さんの与太話に乗っかってくれなかったら、今のコジロウはなかったんですから」

 つばめに深々と頭を下げられ、小倉は恐縮する。

「止せよ、大したことじゃない。俺はタカの設計図のロボットを造って、政府からの受注を受けて、自分の名義で警官 ロボットを売り捌いたんだから、礼を言うべきは俺の方だ。おかげで、随分と儲かったからな」

「でも、コジロウを造ってくれたのは小父さんと小倉重機の社員さん達ですから」

「といっても、量産機とコジロウだとかなり仕様が違うがな。うちの会社で造ったのはフレームと外装と各種ギアぐらい なもんで、他の細かい部品はほとんどタカの手製だ。ムジンのエネルギーを動力に変換して各部位に伝えるための アクチュエーターなんか、俺の頭じゃ絶対に思い付かないし、俺の腕じゃ到底造れん」

「え、そうなんですか」

「タカはそんなことも教えてくれないのか?」

「教えてくれないというか、うちで仕事の話はほとんどしないし、私も聞き出すのはなんだなぁって思っているんで」

「シャイというか、気難しいというか、照れ屋というか……」

 小倉が半笑いになると、つばめも似たような顔になった。

「それがうちのお父さんですからねぇ……」

「この際だ、タカが今まで何を造ってきたのかを教えてやろう」

「わあい、ありがとうございます!」

「タカから話してくれるのを待っていたら、何十年掛かるか解らんしな」

 三十年分もあるのだから、長話になりそうだ。小倉は興味津々のつばめの視線に少々戸惑いつつも、春の日差し に暖められた縁側にて、佐々木長孝と出会った経緯から話し始めた。高校時代の人型二足歩行型機械同好会の 時点からして初耳だったのか、つばめは目を丸くしていた。コジロウはつばめに手招かれて縁側に座り、小倉の話 に聴覚センサーを傾けていた。きっと、一から十まで録音しておくのだろう。
 高校時代に小倉と共に生み出した自主製作ロボットに関する悲喜こもごも、長孝が都内の製作所に就職した後に 取ったロボット関連の特許の数々、長孝が外注されて書いた設計図によって生み出され、現代社会に貢献している 工業用ロボット、ロボット、ロボット、ロボット。異常な環境に産まれ落ちたが安易に屈折せず、やりきれなさを才能 にぶつけてエネルギーに変換していた男の人生の結晶であり、情熱の集大成がロボットなのだ。
 話していくうちに、小倉は長孝が人間に対して深く強い憧れを抱いているのだと知った。これまでに長孝が造って きたロボットのほとんどが、完全な人型だったからだ。非人間型のロボットを外注された場合には、その通りのもの を生み出していたが、長孝が独力で生み出しているものは全て人型ロボットで、二本の手足を備えていた。人間と そうでないものの合いの子として生を受けた長孝は、人間の振りをするために人工外皮を被って、常人の真似事を しながら生活していたが、長孝の苦悩は想像しても余りある。だから、人間に馴染む姿をしたロボットを造ることで、 長孝は間接的に世間に混じり、精神の安定を保っていたのだろう。
 ロボットは人間の良き隣人であり、人間が生み出した新たな種族であると同時に、人間ではない者達を救う術でも ある。つばめに長孝のことを話してやりつつ、小倉は長孝にとっての自分の存在と、自分にとっての長孝の存在に ついて頭の片隅で考え込んだ。行き違ったこともあれば、感情を露わにしない長孝に苛立ったこともあったが、長孝 がいなければ今の小倉も小倉重機もRECもない。そして、娘の良き友人も存在していない。長孝にとってもそうで あればいいと思ったが、思うだけに止めた。そういうことは、口にするのは野暮だからだ。
 行動で示せばいいだけのことだ。




 一ヶ月後。
 ドーム球場の中央に組んだ特設ステージ目掛けて、カクテルライトが放たれる。大音響で入場曲が流れた途端に 一万人を超える観客達が一斉に沸き立ち、観客席が揺れ、凄まじい歓声が上がる。暗転させた会場内の中では 際立って目立つホログラフィーの中で、メイン戦を行うロボットファイターのPVが流れる。光沢のあるダークパープル 外装にパイプとチェーンが過剰装飾され、胸部装甲には毒々しいドクロが白抜きでデザインされた機体。それこそ がコジロウ演じるシリアスであり、二年半の時を経て電撃復活を果たした伝説的なロボットファイターである。
 タイムテーブル通りに興行が進行していることに安堵しつつ、小倉は入場ゲートの裏側で待機している、コジロウ 改めシリアスと、佐々木つばめ改めエンヴィーを窺った。入場ゲートの先では最前列の席の観客達が立ち上がり、 ロボットファイターとオーナーの入場を今か今かと待ち侘びている。復活に伴って再発売されたシリアスとエンヴィー のTシャツや、エンヴィーのレプリカマスクを付けたファンも少なくない。

「わぁお」

 以前よりもほんの少しだけ露出度が増したボンテージ風の衣装を身に付けたエンヴィーは、マスクの下で派手な マスカラを付けた目を瞬かせた。メイクも濃くなっていて、口紅の色はシリアスのボディーカラーに合わせた濃い紫 になっているので、さながらビジュアル系ロックバンドのようでもあった。

「こりゃヤバいね。チャントもシリアスの方がずっと多いわ」

 レイガンドーの足元で、彼の外装に顔を映して前髪を手直ししながら、美月がぼやいた。

「でもまあ、それぐらいじゃないと張り合いってもんがないよね。ギリギリまで追い詰めてよ、で、負けてやるから」

「うわあ上から目線」

 エンヴィーが生温く笑うと、美月は営業用の顔に切り替える。

「レイは絶対的な世界王者だけど、その世界王者でも勝てるとは限らない、最強のライバルになってほしいんだよ。 岩龍と武公はどちらかっていうと悪友みたいなもんだし、最近は岩龍と武公もちょっとキャラがベビーフェイス寄り になってきたから、ガチガチのヒールに責められないとレイも箔が付かないしね。だから、エグい攻撃してね?」

 その分やり返すけどね、と明るい色味のグロスを塗った唇を上向けた美月は、女子高生風の衣装が見劣りする ほど、肝が据わった顔をしていた。この二年半の間に数十回の試合を経験し、その回数だけ勝利と敗北も経験し、 観客席から、ネットから、ありとあらゆる賞賛と罵倒を浴びているのだから、下手な大人よりも逞しくなるのは当然の 結果である。じゃ、お父さん、後はよろしくね、と言い残して美月はレイガンドーの肩に載った。

「そうだ、お父さん、写真撮って! んでお母さんにメールして、護にお姉ちゃんの勇姿を見せてもらうの!」

 はいっ、と美月がレイガンドーの肩の上でポーズを決めると、レイガンドーも拳を掲げてみせる。

「美月がそう言うなら、俺も撮ってもらおうか。可愛い弟のためだ」

「そんなことをしている時間があるかよ」

 そうは言いつつも小倉は携帯電話を構え、娘と息子同然のロボットファイターを撮影し、手短な文章を添えて妻の メールアドレスに送信した。その様子を見てエンヴィーはにやけていたが、スタッフから入場しろと急かされて表情を 切り替えた。御嬢様らしい優雅な仕草でシリアスに手を差し伸べると、シリアスは跪いた。

「では参りましょうか、シリアス?」

「仰せのままに、御嬢様」

 シリアスの肩に載ったエンヴィーは扇を広げて口元を隠し、一つため息を零してから深呼吸をすると、それまでは 十六歳の少女らしい幼さが残っていた目付きが鋭くなった。リングアナウンサーの煽り文句が終わった頃合いに 入場ゲートの両脇から花火が上がり、火花と爆音が入場曲を貫いた。オイルをオイルで洗う戦場へと向かう少女達 の背中を見送ってから、小倉は高揚する気持ちを抑え、次の試合の準備のためにバックヤードに向かった。
 出番を終えたロボットファイター達が収められているスペースでは、人工外皮を被って作業着を着た佐々木長孝 が、損傷の激しいロボットファイターを解体する作業に精を出していた。仕事熱心なのはいいことではあるが、娘の 晴れ舞台を見ずに終えてしまうのだろうか。最前列の関係者席を空けておいたんだがな、と思いつつ、小倉もまた 作業用の手袋を填め、腰関節が見事に潰れているブラックボマーを解体する作業を始めた。他の社員達は忙しく、 手が空いていないからだ。ブラックボマーは先程の試合で岩龍と対戦した際にパイルドライバーを決められたのだが、 受け身に失敗してしまったのだ。

「試合を見に行かなくていいのか? 俺が完璧に整備したレイと、お前が完璧にチューンしたシリアスの一戦だぞ、 生で見るべきじゃないのか。それと、リングに上がったエンヴィーは見物だぞ。あの衣装が良く映えるんだ」

「俺は俺の仕事をするだけだ」

 人工外皮を被っているためにいつも以上に表情が読みづらい長孝は、バールを使って破損した外装を剥がすと、 折れたシャフトと割れたナットの間で火花を散らしているケーブルを切断し、バッテリーも抜いた。

「そうかい。だが、気が向いたら見てくれよ。何せ、レイは俺の傑作だからな」

 長孝の横顔を一瞥してから、小倉は口角を上向けた。長孝は僅かに手を止め、義眼を動かす。

「あらゆる面に置いてシリアスはレイガンドーに負けていない。よって、勝機はこちらにある」

「そいつはどうかな? 多少シナリオがあるとはいえ、レイとシリアスの試合はノンタイトルマッチだから勝敗までは 決めていないんだよ。だから、俺にもどっちが勝つかは解らん。俺は見るぞ、レイが勝つと信じているからな」

「シリアスが負けるわけがない」

「だったら付き合えよ、タカ。それとも、自分の息子が負けるところを見たくないだけか?」

「解った。一度だけだ」

「じゃ、さっさとブラックボマーを片付けて試合を見に行くぞ。でないと、特等席が無駄になっちまう」

「ああ」

 長孝は触手を使えないのがもどかしそうではあったが、的確に解体作業を行っていった。レイガンドーとの抗争を 経て岩龍と一騎打ちを行った巨体のロボットファイター、ブラックボマーを設計し、デザインしたのは他でもない長孝 である。その名の通りの重量級の機体でありながら、爆撃機のように空中技を繰り出せるほどの強靱なジャンプ力 と空中でも姿勢制御が狂わない高精度の水平装置を備えている。産まれて間もないので人工知能の人格は未完成 ではあるが、それを生かし、片言で喋る寡黙な巨漢というキャラクターで売り出している。
 機械油で汚れた手袋の甲で額に滲んだ汗を拭いながら、小倉は充足感に満たされていた。長孝と並んでロボット をいじるのは、何年振りになるだろう。この男がいなければ、自分は今頃どうしていただろう。現実逃避がしたいが あまりに誘われるがままにアンダーグラウンドの世界に足を踏み入れたことはさすがに後悔しているが、あの経験 がなければ、RECを立ち上げる勇気は起きなかった。警官ロボットを受注生産して資金を稼いでいなければ、長年 の夢は燻っているだけだった。何か一つでも欠けていれば、小倉重機は、RECは、今の小倉貞利はいない。
 躓いたとしても、道を間違えたとしても、選択を誤ったとしても、それらを糧にして立ち上がればいいだけのことだ。 それは、これからも変わらない。浮いた分だけ沈み、沈んだ分だけ浮き上がる、天からの采配といっても過言では ないほど出来すぎた人生ではあるが、過信せずに全力を尽くさなければ。傍らの友人と肩を並べ、胸を張り、家族 を支えていくためにも、地に足を着けて前を見据えなければ。
 明日のスポーツ新聞の一面が楽しみだ。







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