機動駐在コジロウ




ファクターは天にあり



 小倉が支社工場に出向けたのは、翌朝になってからだった。
 感情を振り絞って思いの丈を伝えたからだろう、妻がどうしても離れてくれなかったからだ。それはとても喜ばしい ことではあるし、友人達との邂逅を終えて帰宅した美月とレイガンドーも咎めるどころか煽ってきたが、そのせいで 自宅を抜け出す機会を失ってしまった。社員達には夕方には支社工場に行くと言っていたのだが、予定が変わった と連絡をするだけで精一杯だった。なので、久し振りに家族揃って夕食を摂り、朝食も摂った。
 朝早くに登校した美月は分校で数日遅れの卒業式をしてきたので、紺のブレザーとジャンパースカートの制服姿 で小倉とレイガンドーを送り出してくれた。その制服も今日で見納めとなると、感慨深いものがある。一人分だけの 卒業式だったので手短に終わり、出勤時間前に済んでしまうほど簡素だったが、胸に迫るものはあった。つばめと りんねと一緒に卒業祝いをしたがっていたので、美月には休みを与えてやった。
 長女の卒業式に出席したスーツ姿のままの直美は、護を抱いて玄関先で見送ってくれたが、昨夜の一件のせい かそれが無性に照れ臭かった。レイガンドーを載せたトレーラーを運転し、支社工場に向かうと、社員達は早々に 仕事を始めていた。昨日のうちに金属疲労の蓄積したロボットファイター達をばらせるだけばらしておいたのだろう、 フレームだけとなった岩龍と武公の機体が天井から吊り下がっていた。
 レイガンドーを伴って工場内に入ると、社員達に挨拶された。小倉とレイガンドーは一通り挨拶を返してから、工場 の最も奥の作業場で精密部品を眺め回している異形の男、佐々木長孝に声を掛けた。

「タカ、悪いな。昨日はどうしても抜けられなくてな」

「責めはしない。仕事とは、家庭ありきのものだからな。美月さんの卒業式も終わったんだろう」

「ああ、滞りなく」

「そうか。それならいいんだ」

 そう言って、長孝は凹凸のない顔を向けてきた。

「頼まれていた部品だが、仕様書のコスト内で収めるとなると性能が一段下がってしまうんだが」

「合金の配合に問題があるのか?」

「構造上の問題かもしれない。よって、設計図を再検討するため、製作期間の延長を要求するが」

「そいつは無理だな。その部品が出来上がらないと、新機軸の人型重機を製造ラインに載せられない。もう五機は 受注済みなんだ、部品の発注も始めなきゃ納期に間に合わん」

「だが、この部品の強度が足りなければアクチュエーターのパワーゲインが0.2%低下するだけでなく、リコールが 発生する可能性も否めない。それらのリスクを考慮すべきだ」

「そこまで言うんだったら、再検討後の設計図は上がっているんだろうな?」

「無論だ」

 長孝は小倉を手招き、事務室へと導いた。長孝はスリープモードになっているパソコンを復帰させると、赤黒く細い 触手を使ってキーボードを叩きつつもコードレスマウスを動かし、ホログラフィーモニターに立体の設計図を展開し、 立体映像の設計図を直接操作した。小倉が発注した部品の問題点とそれを改善した部品との違いを説明する長孝 の口調は相変わらずの無機質さではあったが、心なしか態度が和らいでいる気がする。それもこれも娘と暮らして いるからだろうな、と、小倉は事務机の隅にあるつばめの手作り弁当箱を一瞥した。
 長孝の話を聞き終えた小倉は、コストは掛かるがリコールを発生させるよりは余程マシだ、という結論に達したので 長孝の意見を採用することにした。改善後の試作品も既に出来上がっており、長孝は実物を取り出して小倉に 見せてきた。その部品を舐めるように見回してから、小倉は尋ねた。

「解った。これでいこう。それで、小夜子さんは仕事に出てこられないのか?」

「当分は無理だ。安定期に入ったとはいえ、まだ油断は出来ないからだ」

 長孝の報告に、小倉は苦笑する。

「小夜子さんがいればもっと効率良く仕事が回せると踏んでいたんだが、まあ、そればかりは仕方ないな」

「仕方ない。それらを含めて、小夜子さんの人生だからだ」

 長孝は肩と思しき部分を竦め、空っぽのままの事務机を一瞥した。本当ならば、その机は柳田小夜子が使うはず だったのだが、埃が積もる一方である。一年半前に武蔵野巌雄と結婚した小夜子は、アマラを奪取したことを始め とした遺産を巡る争い絡みの裁判が終わってから小倉重機一ヶ谷支社に就職するはずだったが、なかなか裁判の 決着が付かなかった。そして、昨年末に裁判が終わったと思いきや、妊娠したのである。生まれ付いての体質で、 悪阻はそれほど重くはないようだったが、身重の女性に無理をさせるべきではないので、小倉重機一ヶ谷支社への 就職は保留となった。本人はそれを惜しむ一方で、我が子の命には代えられないと笑っていた。

「コジロウの様子はどうだ」

 小倉がRECのレギュレーション変更に伴う機体の仕様書の入ったデータカードを渡すと、長孝はそれをパソコン のスロットに差し込んでデータを読み込ませながら、淡々と答えた。

「日を追うごとに、情緒に値する主観と判断能力を得つつある」

「いいことじゃないか」

「だが、その影響でコジロウの下位個体に対する情報処理能力が僅かに低下している。ムジンの演算能力を持って しても、人間の感情を再現するのは並大抵のことではないからだ」

「下位個体というか、量産型の警官ロボット専用のサーバーとネットワークは作ってあるはずだろう?」

「そのサーバーとネットワークには重篤な問題は発生していないが、そのどちらも上位個体であるコジロウのムジン の演算能力に頼っている。だから、ムジンの演算能力がほんの0.1%低下するだけで、公務執行に支障を来す。 つばめを守るためには、つばめを取り巻く社会全体を安定させる基盤を維持することが不可欠だと教えておいた はずなのだが……。困ったものだ」

「それだけ、つばめちゃんが好きなんだろうさ」

「ああ。だからこそ、責めるべきではないと思ってしまうんだ」

 本音を言えば責め倒してやりたいんだが、と長孝は口調をやや強張らせたが、父親特有の複雑な感情は顔には 出さなかった。だが、長孝の心中はまるで読み取れないわけではない。なんだかんだで三十年近く付き合ってきた 相手なのだから、長孝がどういう人格の男なのかは解り切っている。
 小倉貞利と佐々木長孝が出会ったのは、一ヶ谷市内の市立高校だった。その頃の小倉はロボット工学への情熱 と多大な夢を抱いていて、学校生活の中では浮いていた。口を開けばロボットの話しかしなかったので、クラスメイト とは遠巻きにされるか、馬鹿にされるかのどちらかだった。だが、そんなことで傷付いている暇があれば機械部品を いじり回している方が良いと思える性分だったので、小倉は落ち込みはしなかった。ほとんど独学でロボットを作ろう と意気込んで、機械部品や基盤などを掻き集めていたが、工具だけは小遣いでは買えなかったので、高校の電子 工作室に入り込んで使おうと画策していた。そんな折に出会ったのが、同じような夢を抱いている男子生徒、佐々木 長孝だった。一人では使わせてもらえないかもしれないが同好会にすれば許可が下りるかもしれない、と長孝から 提案されたので、小倉は即断した。クラスが離れすぎているので接点がなかった佐々木長孝については何一つと して知らなかったが、ロボットが作れるのであればなんでもいい、と思ったからである。
 そんな高校生活だったから、色気付くこと自体が恥ずかしい、情けないとすら思ってしまい、二学年下の下級生 である美作直美に好意を抱いても素直になれなかった。おかげで、直美には迷惑を掛けてしまった。
 それから、小倉と長孝は人型二足歩行型機械同好会を立ち上げ、ロボット工学の理解のある教師が顧問として 付いてくれたおかげで、放課後に電子工作室に入り浸ってロボットの製作に没頭出来るようになった。その結果、 小倉と長孝の手で何体もロボットが出来上がったが、所詮は高校生の腕前なので基本すらも怪しかった。けれど、 何度となく失敗と成功を重ねていくうちに、徐々にまともな人型ロボットが出来上がるようになり、高校を卒業する頃 にはレイガンドーの原型とも言えるロボットを完成させた。
 佐々木長孝の正体を知ったのは、高校の卒業式を終えた時だ。小倉は都内の機械工学の専門学校に進学する ことになっていたのだが、長孝もまた都内にある機械部品工場へ就職することになっていた。だが、二人の新天地 は遠く離れていて、同じ都内と言えどもそう簡単には会えない距離だった。桜の花吹雪の代わりに粉雪が降る中、 長孝は制服を脱いで人工外皮を剥がし、素顔を見せた。人間離れした形相に小倉は心底驚いたが、納得もした。 長孝の言動の端々から、常人ではない気配が滲んでいたからだ。赤黒く凹凸のない顔を露わにしながら、長孝は 小倉に礼を述べてきた。俺と良い友人でいてくれたことに感謝する、と。その堅苦しい言い回しに小倉は笑い出し、 当たり前じゃないか、これからも友達でいてくれよな、と返した。
 そして紆余曲折を経て上司と部下の関係にはなったが、小倉は生涯長孝を越えられないだろう。それが悔しいと 思う瞬間はないわけではないが、長孝の才能を埋もれさせてしまうよりは余程いいと考えている。第一、長孝がいて くれなければ、小倉重機に警官ロボットなど発注されなかったはずだ。小倉重機が勢いを増したのは警官ロボットの 大量受注が境目だと言っても過言ではないからだ。更に言えば、警官ロボット関連の収益がなければ、RECなどと いう興行団体を立ち上げることは不可能だった。だから、下手に妬むよりも、長孝が存分に触手を振るえる場所を 確保してやるべきなのだ。それが自分の役割なのだと、悟っているからだ。
 そして、友人の在り方であるとも信じているからだ。




 一通りの業務を終え、社員達は宿へと引き上げていった。
 整備と部品交換を終えて再び組み上げられた岩龍と武公と変わる形で、今度はレイガンドーが分解された。REC を旗揚げした当初から、興行の度に必ず試合に出ては奮戦していたレイガンドーの機体は最も消耗が激しく、今回 もまた両肩の関節の緩衝材が擦り切れていて分断する寸前にまで陥っていた。最近ではジャーマンスープレックス をアレンジした投げ技を何度も繰り出すようになったので、以前より消耗する速度が早まっている。機体が消耗した 分だけ、レイガンドーの人工知能は発達してロボットファイターとしての強さも厚みを増していくのは確かではあるが、 痛々しさは拭えなかった。本来の半分以下の厚さになった緩衝材を眺め、小倉は呟いた。

「いつもすまんな、レイ」

「気にしないでくれ。それで、俺も部品の交換だけで済むのか?」

 フレームだけを残して分解されたレイガンドーは、ムジンを始めとした基盤が収まっている回路ボックスもまた機体 から分離されていて、スペアの各種センサーに直結されていた。なので、レイガンドーは外界も見られれば人間の声も 聞こえ、彼自身が喋ることも出来るようになっているが、身動きだけが取れない状態だった。

「右腕と腰関節はフレーム自体を変える必要がある。試合中に折れなかっただけでもマシだと思え」

 小倉は作業机の上で大人しくしているレイガンドーの回路ボックスを軽く叩いてから、レイガンドーの交換用部品 の在庫を確かめ始めた。すると、二体の人型重機が背後から覗き込んできた。

「じゃけん、あがぁなスープレックスは連発するもんじゃないっちゅうたじゃろうが」

 岩龍が腕組みしながら頷くと、その肩に馴れ馴れしく肘を載せている武公が大技を掛ける手振りをした。

「上手く決まれば一発で3カウントが取れるかもしれないし、あれって格好良いもんねー。でも、僕は雪崩式の方が 豪快だから好きかも。下手すると、リングごと潰れちゃうけどね!」

「岩龍はファイヤーマンズキャリーからのバックブリーカーを多用しすぎて、左足の膝関節がそっくり潰れていたそう じゃないか。もう少しパワーの制御を上手くしないと、相手のロボットファイターが真っ二つになっちまう。武公もだ、 ウラカン・ラナを魅せ技にするためにはもっと練習しないか。相手の首を両足で挟むことに失敗したのなんて、一度や 二度じゃないだろ。だが、勢い余って相手の首を飛ばすんじゃないぞ。絶対にだ」

 レイガンドーにきつく忠告されると、岩龍は気まずげにマスクを引っ掻いた。

「そがぁなことを言われても、のう?」

「ねえ? どっちも本気で戦っているんだから、手加減しろっていう方が無理だよ」

 岩龍と顔を見合わせた武公が片手を上向けると、レイガンドーは語気を強める。

「俺達は兵器でもないし、殺し合いをしているわけじゃない。だから、俺達は対戦相手を尊重しつつも戦い合うのが 仕事なんだよ。ロボットファイトの原型はあくまでもプロレスと総合格闘技なのであって、戦争じゃないんだ。確かに 昔はそうだったかもしれないが、今は違う。シナリオありきのショービジネスなんだよ」

「解っているじゃないか、レイ」

 小倉がレイガンドーの回路ボックスを小突くと、レイガンドーは少し笑った。

「伊達に何年もこの業界で戦っているわけじゃないからな」

「そんな綺麗事を言ってのけるベビーフェイスのくせして、ルーインズマッチではエグい凶器攻撃をするんだぁ」

 武公が毒突くと、レイガンドーは少々動揺したのか、声色を波打たせた。

「あれは美月の命令であって、俺の意志じゃない! 断じてだ!」

「すんごいノリノリで鉄骨を振り下ろしとったじゃろ」

「どぎついアンクルロックを決めながら、げらげら高笑いしていたじゃない」

「ルーインズマッチでいい加減なことをするわけにいかんだろうが、プロとして!」

 レイガンドーは弟達に言い返すも、身動き出来ないので抗えなかった。それをいいことに、岩龍と武公は日頃は あまり言えない不平不満を並べ立てた。レイガンドーがベビーフェイスとして大成し、主に子供や女性に大受けして いる一方で、岩龍と武公はヒールキャラとして定着してしまった。それ故にファン層がくっきりと別れてしまい、岩龍 は主に三四十代の男性ファンが多く付き、武公はヒールでありながらも少年じみた言動を取っているので、リングに 上がるたびに女性ファンから悲鳴を浴びている。いっそのこと、武公はアイドルを意識した売り出し方をしてみるべき なのでは、と近頃考えている。それが当たるかどうかは解らないが、バクチを打ってみる試しはある。
 三体のロボットのやり取りを横目に、小倉は作業を続けた。小倉の頭越しに言い合う、血肉ならぬムジンを分け 合った三兄弟は、格段に語彙が増えていた。感情の振り幅も明らかに大きくなっていて、言葉を聞いているだけ では彼らが機械だと言うことを忘れてしまいそうになる。それこそ、若き日の小倉が夢見た世界だ。
 今でこそ、会社経営に専念するために、社員に岩龍と武公のオーナーを努めさせているが、機会があれば再び リングに上がりたい。岩龍と武公のどちらかか、小倉が一から設計して造り上げたロボットファイターを操って、娘が 鍛え上げたレイガンドーにチャンピオンベルトを懸けた試合を挑みたい。
 それを願えるだけでも、幸福だ。





 


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