泣き止んだ人造妖精にも、新しい服を与えてやった。 色やデザインを選択してからプレタポルテを筒型の機械に入れてやると、ほんの数分で仕上がり、幼く弱い肌 を守るスーツが出来上がった。プレタポルテの希望で、首から下をぴったりと覆うスーツは光沢のあるピンク色だが、 腰回りにひらひらした黒いスカートが付いていて、デッドストックと同じように両手の手袋を外せるようにした。両足 はサイズの合うブーツが建物の中にあったので、拝借しておいた。背中の羽とその根本は剥き出しのままで、顔も 同様ではあるが、これまでのいい加減な服に比べれば遙かに頑丈だ。その後、視力を補う機能を備えたゴーグル を見つけたので、透き通ったゴーグルを被せてやると、プレタポルテは喜んだ。視界が晴れたようだ。 デッドストックはボロ布と化したトレンチコートを捨てるか否かを若干迷ったが、結局捨てず、衣服の洗浄機らしき 機械の中に放り込んだ。それからしばらくすると、汚れは綺麗さっぱり落ちたが、ボロ布のままのトレンチコートが 吐き出された。そうなるとやはり捨てづらいので、デッドストックは再びトレンチコートに袖を通し、まとわりついてくる プレタポルテを連れて元来た道を辿っていった。 鉄の鳥が接岸している宇宙港まで戻り、鉄の鳥に入ると、操縦室ではプライスレスが空中で胡座を掻いていた。 無重力にすっかり慣れているらしく、上下左右が滅茶苦茶だった。オレンジ色の作業着を脱いで気楽すぎる恰好に なっている少年は、ガスマスクだけは外さずに手のひらに収まる大きさの機械をいじくり回していた。 「何それ」 操縦室に戻ってきた二人の恰好を見、プライスレスは噴き出した。プレタポルテが自慢げにくるくる回ってスカート を広げてみせると、デッドストックはトレンチコートの襟を正した。 「実用的だろう」 「とるぇびやん!」 「んで、それ、どうやって脱ぎ着するのさ」 継ぎ目が見当たらないんだけど、とプライスレスが視線を泳がせたので、デッドストックは胸を横切る形でスーツの 表面をなぞると細い切れ目が出来上がった。同じ動作をすると穴が塞がり、メタンガスの発生も収まった。どういう 仕組みなのかは解らないが、使えるのであればなんでもいい。プライスレスは感心したようだったが、あまり興味は ないらしく、また手元の機械いじりに戻った。 「うー!」 その反応が不満なのか、プレタポルテが少年の背中に飛び付くと、プライスレスは人造妖精を宥める。 「はいはい、後でボロクソに褒めてやるから。てか、そういうのはストッキーに頼めって。俺よりもずっと褒めてくれる はずだぜ、ゲロ甘なんだもん」 「あ、ぼん?」 プレタポルテに期待を込めた眼差しで見つめられ、デッドストックは腰を引く。 「お前の服に関しては、さっき散々感想を言ったじゃないか。あれ以上、何を言えと」 まだ褒められ足りないのか、プレタポルテは小首を傾げてじっと見つめてくる。デッドストックは子供らしい我が侭 に辟易しながらも、プライスレスらしからぬ反応に訝っていた。何かにつけて自分に注目させようと振る舞っている のに、敢えて関心を逸らそうとしている。丸まった背中を横目に窺いつつ、デッドストックはこれでもかと甘えてくる 人造妖精をいい加減に構ってやった。が、それはそれで不満らしく、拗ねられた。 鉄の鳥の中の探索も一通り終わり、高濃縮食糧や水といった物資で腹を膨らませ、やることもないので無重力に 身を委ねて体力回復のために惰眠を貪った。何時間、十何時間と過ぎた頃合いに、デッドストックとプレタポルテが 入り浸っている一室にプライスレスがやってきた。バードストライクが撒き散らした、新品のオレンジ色の作業着を 着ているが、襟元からは例の全身に貼り付くスーツが覗いていた。あの建物に一人で行って、ちゃっかりとスーツ を作ってきたらしい。ちなみに色は毒々しい赤で、手袋は薄い灰色だった。 「報告と感想と決断と判断とその他諸々、面倒臭いんで一纏めにして言う!」 プライスレスは腕を組んで胸を張り、深く息を吸ってから声を上げた。 「俺は自分の生まれとか目的がどうとか関係なく、ストッキーを信じると改めて決めた! 最初に決めた時もそれで 間違いないと確信したけど、二度目もそうだと確信した! つか、イミグレーターとか宇宙移民とかなんだのは全部 信用出来るわけがないし、俺があいつらの思い通りに動いたとしても、徹底的に利用されて切り捨てられちまうのが オチだし! そうならないわけがない! んで、決断した。俺はこの鳥の船の通信機やら記録装置やらをいじって、 イミグレーター共が何をしようとしているのか知ったんだけど、あいつらはとにかくすげー光線で地球を覆っている 壁を切り裂いて大穴を開けてから、俺に地球規模の概念操作を行わせて環境をどうにかしようって腹積もりなんだ そうだ。が、そんなもんは土台無理だって解っている、俺自身が解っている。つか、俺の能力がそこまで大業なもの じゃないってことぐらい、俺が一番知っているってのにさ。だから、その壁を切り裂けるほどのとにかくすげー光線を 利用させてもらうことにした」 「にゅ?」 「何をどうやるつもりだ」 首に抱き付いたプレタポルテをあしらいつつデッドストックが問うと、プライスレスは親指を立てて真下に向けた。 「塔をぶち抜いてもらう! 他の連中がまた上に昇ってきたりしたら、叩き落とす手間が増えるからな! クリスと まともにやり合えるのはたぶんきっと絶対ストッキーだけだし、それ以外の奴は認めない!」 「なるほどな。壁を切り裂けるほどの威力があるというのが本当なら、塔も壊せないはずもないだろう。だが、その 後はどうするつもりだ。塔が壊れたとしても、あの女が生きている限りは壁も再生するぞ」 「でも、いつまでもここにいるってわけにもいかねーじゃん。居心地は良いけど、落ち着かないし」 「うぃ」 「だが、その光線とやらをどうやって誘導するつもりだ」 「ああ、それなら」 もう終わった、と言ってプライスレスは小型の機械を操作した。すると壁に立体映像が現れ、月の影から出てきた 宇宙船らしき金属で出来た物体が下方から太い筒を伸ばし、その内側に青い光を灯し始めた。大きさの比較対象が ないので、どれほどの規模の宇宙船なのかは見当も付かなかったが、月に穿たれたクレーター二つ分の全長がある ので、小さくはないだろう。太い筒に光が溜まり切ると、発射され、立体映像が白んだ。 その光線が真っ直ぐ向かった先、地球を覆う壁の一点に命中すると炸裂し、猛烈な爆発が発生した。爆発の際に 生じる光を背に受けながら、プライスレスは後頭部で手を組む。 「俺さ、あいつらから通信を受けていたのね。ストッキーと妖精ちゃんが着替えに行っている間に。んで、その時に ごちゃごちゃ言われたから、俺の言うこと聞いて“くれよ”、お前らの戦力を全部“寄越せ”、俺の命令だけを聞くよう にして“くれよ”、俺達には手出ししないで“くれよ”、って散々怒鳴ったわけ。そしたら、その通りになって」 「無茶苦茶だな」 「うぃ」 「えぇー、ストッキーには言われたくなーい」 とは言いつつも、プライスレスはなんだか自慢げだった。 「んで、塔という塔を砲撃し終わったら自爆して“くれよ”、って頼んでおいたから」 プライスレスがガスマスクの下でにたりと笑うと、宇宙船が弾け、青白い閃光を放って爆発した。閃光が消えると、 月の周辺には無数の金属片が漂い、イミグレーターとやらの痕跡は跡形もなく消え去った。呆気ない、というレベル ではない。なるほど、イミグレーターとやらが欲しがるわけだ。プライスレス自身は能力を過小評価気味ではあるが、 脅し取り方の応用を思い付いたら最後、どんな輩に対しても負けなくなる。不死身にさえなれるだろう。自分を殺しに 掛かってきた相手の命を奪い取り、長らえられたのだから、寿命さえも奪えるに違いない。 今でこそ味方でいるが、こいつを敵に回せばどうなるか。デッドストックはみゅうみゅうと愛想良く鳴いて擦り寄って くるプレタポルテを荒っぽく撫でてやりながら、思案した。べたべたに甘やかしても気味悪がられるだろうし、こちらの 心境の変化を感じ取って警戒されるかもしれない。そうなる前に殺してしまうのも手だが、今、プライスレスの能力を 失うのは惜しすぎる。となれば、今まで通りに付かず離れずの距離を保っていくべきだ。 でなければ、地球にも戻れまい。 地球に戻るためには、その重力に逆らわずに徐々に降下する必要がある。 下手をすると、重力に弾かれて遙か彼方へと吹っ飛ばされてしまうか、大気摩擦で燃え尽きてしまうのだそうだ。 だから、着陸地点が真下に見えても、真っ直ぐ降りられるわけではなく、地球の周囲を巡ってから降下しなければ ならなかった。地上五百キロ地点に壁が作られていても、大気の層が薄くなっているわけではないからだ。なので、 三人の乗った鉄の鳥は地球の周回軌道を回りながら高度を下げ、入射角を調整した。 着陸地点は、デッドストックとプライスレスが昇ってきた塔の場所に決めた。何のことはない、他の土地に行くのは 面倒だからである。結晶体と化したサンダーボルト・シティは跡形もなく、塔も木っ端微塵だが、そのおかげで地下 世界へと繋がる穴は大きく口を開けている。鉄の鳥が備えているセンサーで穴の内寸を計ったところ、鉄の鳥の 両翼が難なく通り抜けられることが解ったため、壁の上には降りずに真っ直ぐ降りていくことにした。 「んだよ、天上世界でクリスとやり合わねぇの?」 なんか拍子抜けしたなぁ、と残念がるプライスレスに、デッドストックは言い返す。 「今、あいつと真正面から戦って勝ち目があると思っているのか。あの女を確実に仕留めるためにも、クリスタライズ を放っておいてあの女の肉を結晶に変えてもらった方が余程効率的だ。共倒れしてくれるのが一番楽だが、どちらも そう簡単に倒れるような奴らじゃない。だから、しばらく放っておいて、どちらも弱った頃合いを見計らう」 「セッコいなー!」 プライスレスが大袈裟に嘆くが、デッドストックは操縦席の後方にある椅子に座り直した。 「どうとでも言え。俺は勝ち目のない戦いに手を出すほど、自惚れはしない」 「みゅ」 デッドストックの隣の椅子に座らせられているプレタポルテはデッドストックの膝に乗りたがったが、シートベルトが 邪魔をして身を乗り出すだけで精一杯だった。反重力装置で加重が軽減されているとはいえ、加速によって重力が 増えることには変わりないので、プレタポルテを腹に載せていたらデッドストックが無用なダメージを受けてしまうし、 プレタポルテの体にも優しくはないので、もうしばらくはそこで我慢していろと人造妖精に言い聞かせてから、デッド ストックもシートベルトを付け直した。プライスレスは手元の立体映像に手を突っ込み、直に記号や図形を操作して 機体の微調整を行い、再突入軌道を安定させていた。 「んで」 プライスレスは操縦席の隅に押しやられている、半透明の樹脂で分厚くパッキングされたバードストライクの死体と 生首を見やった。鉄の鳥が自動的に死体を加工してくれたので腐臭も起きず、最早操縦室の風景の一部と化して いたので、あまり気にならなくなっていたこともあって存在を忘れていた。プレタポルテは鳥男の死体を見ようと目を 凝らしたが、ゴーグルが外れかけていたのでデッドストックが直してやると、プレタポルテは顔を覆った。 「ぴゃっ」 「なんで捨てなかったんだ」 「だって、あいつを捨てるとパイロットの権限がどうとかビービーうるせぇんだもん、ナビゲートコンピューターがさぁ。 この鳥はあいつの遺伝子ありきで動くからってさ。俺はあいつの予備のパイロットとしてこの椅子に座って操縦する ことを許されているんだよ。緊急時のなんたらで。だから、あいつを捨てるのはこの鳥を捨てる時だよ」 首を竦めたプライスレスに、デッドストックは首が腐敗して折れたバードストライクの死体を一瞥する。 「そうか」 「なあ、ストッキー」 「なんだ」 「みゅ」 「どうして俺の新しい服は褒めてくれないわけ?」 プライスレスはオレンジ色の作業着の襟首を広げ、アンダーとして着ているスーツを覗かせた。 「はあ?」 あまりにも馬鹿馬鹿しい要求にデッドストックが声を裏返すと、プライスレスはむくれる。 「だあってさー、妖精ちゃんの服はベッタベタに褒めただろ? いや、現場は見ちゃいないけど妖精ちゃんの様子で 解る、解らないわけがない、解らない方がおかしい!」 「何を下らんことでいきり立っているんだ」 「うー?」 「褒めてよ、認めてよ、崇めてよ、讃えてよ! 俺がいなきゃ、あのままイミグレーター共にやりたい放題やられて いたはずだろ! だからもっと、こう、ほらほらほら!」 プライスレスは操縦席から身を乗り出して両手を広げたので、デッドストックは頭痛を覚えて額を押さえた。 「誰がお前などを褒めるか」 「褒めてよぉストッキー、それが次回の成功に繋がるから! ね、ね、ねぇ!?」 「う゛ー」 プレタポルテはプライスレスに恨みがましい目を向け、唇を尖らせる。子供だてらに嫉妬しているらしい。 「いいから黙れ、やかましい」 相手にするのも鬱陶しくなり、デッドストックは顔を背けたが、プライスレスは食い下がる。 「俺は役に立つでしょ、ストッキーの相棒だろ、右腕だろ、運命共同体だろー!? だからほら、褒めて!」 「にゅうー!」 自分を誇示しようと変なポーズを取ったプライスレスに、プレタポルテは必死に手足を振り回して対抗している。 その様を横目に見つつ、デッドストックは首を横に振った。懐いてくれることは一向に構わないのだが、どうしてこうも 二人揃って独占欲が強いのだろうか。それ以前に、自分はそこまで好かれる類の輩ではないのだが、どこがそんな に気に入ったのだろうか。そうこうしているうちに、鉄の鳥は地下世界に通じる穴へと向かっていった。 黒々とした穴、女の肌に空いた洞、いびつながらも輝きを失わない結晶体に縁取られた筒。次第に機首を下げて 壁に近付いていき、穴の内側から吹き上がってくる汚らしい風に煽られないように翼の角度を変えながら、再びあの 汚濁した世界に戻ろうとした。が、吹き上がる風に混じっていた無数の異物が翼の繋ぎ目や吸気口に飛び込んで、 穴という穴を塞ぎ始めた。これでは廃棄も廃熱もままならない、大気中ではそれが最も重要だというのに。このまま では、鉄の鳥ごと爆砕しかねない。しばしの間の後、デッドストックはごく当たり前の決断を下した。 爆砕する前に着陸するしかない。 13 9/10 |