DEAD STOCK




15.Passaege Bird



 鉄の鳥と人工衛星は、相対速度を合わせてランデブーを果たした。
 そのためには恐ろしく緻密な計算と複雑な操作が必要なのだが、それらの計算は全て鉄の鳥に備え付けられて いるコンピューターが行ってくれたおかげで、事故らしい事故も起きずに無事にドッキングを成功させた。かつての 人類が作り上げた宇宙ステーションから伸びてきたドッキングポートと鉄の鳥のドッキングポートを接続させ、双方の 気圧を安定させた後、ハッチが開いた。真っ先に四角い通路を泳いでいったのは、プレタポルテである。
 デッドストックは短い足をばたつかせて空中を進んでいく少女の後ろ姿、というか、剥き出しの尻を目の当たりに して妙に気まずくなった。イカヅチはプレタポルテにはまともな恰好をさせてくれていたようで、体格に合ったサイズ の下着を着けているので素肌は隠れているのだが、なんとなくやりづらい。対するプライスレスは珍しく黙り込んで いて、デッドストックにまとわりついてこようともしない。バードストライクから不意打ちで教えられた情報が、ショック だったのだろう。だとしても、黙っていられるとそれはそれで鬱陶しい。
 ハッチを開けて宇宙ステーションの中に至ると、清潔な空気と豊富な酸素が押し寄せてきた。どうやら、この中では 反重力装置を応用した重力制御装置は使われていないらしく、全ての空間が無重力だった。なので、液体の扱いには やたらと気を遣う羽目になったが、要領さえ解ってしまえばどうということもなかった。
 プライスレスの能力でに宇宙ステーション内の管制コンピューターを操作してもらい、内部構造を洗いざらい調べて みた結果、居住区が存在していて必要な物資も大量に残されていることが判明した。衛星軌道上に建造したはいい が地上で争いが起きてしまい、軌道エレベーターにドッキングさせる直前で放棄したからである。物資を上手く配分 すれば、三人だけならば二百年は余裕で過ごせそうなほど、有り余っていた。

「プライスレス。バードストライクの野郎が着ていた服と、似たようなものは残っていないか」

 デッドストックは立体映像と睨み合っているプライスレスに問うと、少年はざんばらのブロンドを掻き毟る。

「あ、あー、そうだね、破れているもんなぁ。そのままだと、俺達もストッキーの被害を被っちゃうもんなぁ。在庫を照会 してみたら、あのスーツと同じやつは山ほどあるよ。んで、それがあるのは、この区画」

 と、プライスレスの指が居住区の一角を示したので、デッドストックはそこに向かうためのルートを頭に叩き込んで から空中を泳ぎ出した。プレタポルテも付いてきたが、プライスレスはもっと調べてみると言ってその場から動こうとも しなかった。その反応が少し味気なかったが、それでいいのだと思い直した。
 縦横無尽に伸びている通路を通り、曲がり、更に曲がり、目当ての区画に到着した。全長十メートルはあろうかと いうハッチが開ききると、無重力であることを最大限に活用した空間が待ち受けていた。筒状の居住区の形状に 合わせて川が螺旋状に流れ、斜めから建物が生え、農地が逆さまになっている。だが、農地は荒れ果てて川の水 も濁り気味で、放棄されてからの年月の長さが感じ取れた。自由な形状のビルの合間を抜けていき、衣類を多く 貯蔵している建物に行き着いた。建物のそこかしこには派手な装飾が施され、顔のない人形がポーズを付けて いたが、それらの意図は解らなかった。ガラス製のドアをくぐると、中から人が飛び出してきた。
 思わずデッドストックは身構えたが、それは人間に似せたロボットだとすぐに解った。表情が硬い上に、関節を少し でも動かすとぎしぎしと鳴るからだ。女性に似せたロボットは何か喋っていたが、言葉が古すぎて理解出来なかった ので無視した。プレタポルテの腕を掴まれて引っ張られそうになったので、素早く鎖を巻き付けてロボットの片腕を 折ったが、それだけでは安心出来ないのでもう一方の腕も折った。ちょっかいを出されたくはない。
 棒に掛かった衣服がずらりと並んでいる部屋の一角に、人間大の筒型の機械が据え付けられていた。どうやら、 これが目的の服を作る機械のようだ。筒型の機械の傍に浮かんでいる立体映像に触れると、半透明の蓋が開いた。 言葉は古いが立体映像で事細かに説明してくれるので、筒型の機械の用途も解った。
 要するに、この筒型の機械の中に入れば、レーザー光線で体を採寸すると同時に生地をカッティングしてサイズを 合わせてくれて丁度良い寸法のスーツを作ってくれる、のだそうだ。あの体に貼り付く形状のスーツの正式名称は、 綴りがややこしいので上手く読み取れなかったが、宇宙線や熱線や銃弾や高温や低温や加圧といったものを全て 防いでくれる、万能スーツらしい。少しどころかかなり盛っているような気はするが、体を覆えるものであれば文句は ないので、デッドストックはブーツを脱いで筒型の機械に入ろうとした。

「にょん!」

 が、プレタポルテが足を引っ張ってきたので、デッドストックは渋った。

「なぜそこで引き留める」

「うー……」

 プレタポルテは口をひん曲げ、筒型の機械の傍らの立体映像を指した。そこには機械が勝手に設定したであろう 色とデザインのスーツが表示されていたが、禍々しい赤と青が絡み合っていた。確かに、そんな色の服を着るのは デッドストックの主義に反するので、操作方法に悩みながらも色とデザインを変更し、今まで通りの光沢のある黒の スーツに決定した。採寸するためには一度脱がなければならない、という意味の図が表示されたので、デッドストック はトレンチコートを脱いだが、プレタポルテの真っ直ぐな視線に気後れした。

「おい」

「うぃ」

「ちょっと外に出ていてくれないか」

「にょ?」

 不思議そうに首を捻った人造妖精に、デッドストックは自分の胸を示す。

「脱ぐからだ」

「にょーぷろびゅれみゅ」

 プレタポルテは嫌がるどころか、なぜか嬉しがったので、デッドストックは辟易した。

「俺が困る」

「ぷりゅきゅわ」

「いや……お前も困るだろう。見たくもないものを見る羽目になるんだぞ」

「にょん!」

 勢い良く首を横に振ったプレタポルテに、デッドストックは嘆息する。

「いや、だから」

「にょんにょん」

「何を期待しているのかは知らんが、とにかく出て行けと言っているんだ。長くは掛からん、たぶんな」

「うー」

 不満げに頬を膨らませたプレタポルテを、デッドストックは左手の人差し指で小突いた。

「後で構ってやるから、少し言うことを聞いてくれ。俺はお前の御主人様なんだろうが」

「うぃ……うー、にょん」

「なぜそれを否定する。しかも真顔で」

「もんしぇり」

「いいから、とにかく外に出ていろ」

 言い聞かせても無駄だと悟ったデッドストックは、プレタポルテの襟首を掴んで建物の外に放り出してから、改めて 筒型の機械に入った。ラバースーツは脱ぐ際に裂け目が広がってしまい、細切れになったが、どうせ二度と着ないの だからと放り投げた。ラバーマスクを外すか否かを少々悩んだが、結局外さずにレーザー光線に採寸させた。それから 数十秒後に洗浄液を体中に掛けられ、それらが腐敗したせいで生じた新たなメタンガスに悩まされていると、足元から 膜が張った床板が迫り上がってきた。どうやら、これがスーツの素材らしい。
 両足から太股、尻から胸、そして両腕から首筋までが圧迫感のある素材に覆い尽くされると、体とスーツの隙間に ある空気が抜かれて密着する。色を指定する際に両手首から先を手袋にしてくれと注文したおかげで、両手首から 先はその通りになった。もっとも、右腕は手袋が填められないので空っぽの手袋が足元に落ちてしまったが。
 透き通った蓋が開いたので外に出ると、プレタポルテが今にも泣きそうな顔をして立ち尽くしていた。似合わない 軍服の襟元がぐっしょりと濡れていて、両手で握り締めている裾はシワだらけになっている。潤みきって充血した目 に見上げられると、デッドストックは罪悪感に駆られそうになったが、ぐっと堪えた。

「どうした」

「みゅ」

 プレタポルテは洟を啜ってから、デッドストックの左手を掴んできた。しかも、思い切り。子供の握力ではあるが、 予想以上の痛みにデッドストックは声を潰しかけた。プレタポルテはしゃくり上げ、デッドストックの真新しいスーツに 覆われた足にしがみついて悲しげに呟いた。

「てゅみゅもんく」

 寂しい、ということか。デッドストックはプレタポルテを足から剥がしてから胡座を掻くと、人造妖精のクセの強い 薄緑色の髪を乱した。すると、引っ込みかけていた涙が戻ってきたのか、プレタポルテはぼろぼろと泣いた。

「うー」

「解った。だから落ち着け」

「にゅー」

 プレタポルテは首を横に振ると、デッドストックの膝の上に昇り、光沢のある黒で仕上げられたスーツの肩に 顔を埋めてきた。再会した当初はあれだけ過剰な反応を示したのに、もうメタンガスが気にならなくなったらしく、 人造妖精は咳き込みもしなかった。それだけ、長い時間を共にしてきた証拠でもある。
 少し離れている間にも幼い体は成長を続けていたのだろう、いくらか体重が増えていて、僅かばかり背も伸びた ように思える。肩に掛かる程度だった髪も、鎖骨の辺りに毛先が届いている。散々泣いて興奮したせいで、小さな体 はかすかに火照っている。ぐりぐりと額を肩に押し付けられ、デッドストックは観念した。

「好きにしろ」

「うぃ」

 プレタポルテは頷くと、デッドストックの膝に座り直したが、手首から先を失った右腕に触れてきた。

「気にするな。その程度、どうにでもなる」

「めー」

「俺が気にしないんだ。だから、お前も気にするな」

「まぁる?」

「痛くはない」

 右腕を差し出すと、プレタポルテはおずおずと触れてきた。スーツの右手首から先は空虚な筒になっているので、 遊んでいる部分は以前と同じく結んである。プレタポルテはまたも泣きそうになったが、泣くほどのことじゃない、と 言い聞かせると頷いてくれた。右腕を曲げて人造妖精を支え、胡座を掻いた足を組み直し、背を丸める。

「お前はどうだ」

「めんぱまぁりゅ」

「意地を張るな」

 デッドストックは人造妖精のくびれのない腰を左手で軽く叩き、背中をさすった。イカヅチに乗り移られた時の苦痛 は凄まじく、余程気を張っていなければ耐えきれるものではなかった。だが、プレタポルテはあれを耐え抜いて自我を 保ち続けたばかりか、自分の命も守り通した。だから、痛くなかったわけがない。辛くなかったわけがない。
 そう、これだ。この万能感、征服感、支配感。無防備に甘えてくるプレタポルテのまろやかな体温を味わいながら、 デッドストックは満足した。これを手放したくなかったから、人造妖精を取り戻したかった。あの女、リザレクションを 嬲りものにしても味わえなかった感覚だ。プレタポルテの髪に指を通し、デッドストックは口角を曲げた。
 もう二度と、離れるものか。





 


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