DEAD STOCK




15.Passaege Bird



 都市を構成している物体は、結晶体だけとなった。
 その中で動いているものは、デッドストックらしかいなかった。それ以外の住民達やジガバチやヴィジランテ達は、 揃いも揃って結晶体の彫像と化している。三人が難を逃れられたのは、イカヅチの住んでいたビルにはダウナーの 能力に対抗するための措置が施されていたからだった。細かい理屈までは解らないが、ダウナーは生まれ持った 能力を行使するために生体電流を利用して外部に影響を及ぼしているのだそうで、イカヅチはその生体電流による 影響を妨げられる周波数の電磁波をビル全体に流していたのだ、とイカヅチの部屋の機械を調べたプライスレスが 報告してくれた。クリスタライズへの対抗策の一環だったのだろうが、それがデッドストックらを救うことになってしまう とは、なんとも皮肉な話である。その上、電圧が足りなくなった反重力装置が作動しなくなったので、地上に落下する 運命が待ち受けていたはずのサンダーボルト・シティは、結晶体が構造物となって塔に突き刺さっているおかげで、 落下せずに済んでいた。
 足元も全て結晶体に変わってしまうと、とてつもなく歩きにくい。大雨が降った後に寒波が襲い掛かってきた翌日の 地面のように、一歩歩くだけでもつるつると滑ってしまう。なので、開き直って歩かずに滑って移動することにした のだが、それはそれでまた不慣れなので何度も転びかけた。イカヅチのビルの中に残っていた食糧や水や何やら を手当たり次第に盗んでから逃げ出そうとしたが、足元が非常に不安定なのと、デッドストックの体力が著しく低下 しているせいもあり、三人は行動を起こせずにいた。デッドストックの破れたラバースーツの代用品がないものかと 案じたプライスレスが、イカヅチのビルを探し回ったが、それらしいものは見当たらなかった。
 どういうわけか能力を取り戻したクリスタライズを追い掛け、更にリザレクションを殺しに行きたいのに、三人は 長々と足止めを食ってしまった。サンダーボルト・シティの中央を貫いて天上世界にも接している塔の尖端を辿って いけば昇れるだろう、という算段だったのだが、その塔の周辺一帯には結晶体の巨大な棘が無数に生えていて、 塔の外壁もハリネズミのようになっていた。クリスタライズによるものなのは明白であったが、それらを破壊する術 もなければ、乗り越えていく方法も能力もなかったため、ただただ無益な時間を過ごしていた。
 あれから何日が過ぎたのか、数える気力もなくなった頃、異変が起きた。デッドストックはラバースーツの裂け目 にビニールシートを巻き付けた、その場凌ぎの恰好で冷たい床に寝そべっていた。そうしていると、傷だらけで熱を 持った体が少しは落ち着くからだった。プレタポルテはどこからか運んできたクッションを抱いて、デッドストックの傍 でその真似をしていた。プライスレスはめぼしいものを探すのに忙しくしていた。
 そんな時、サンダーボルト・シティ全体が揺れた。一瞬、またも地震かと思ったが、この都市は空中に浮いている ので地震が起きるわけがない。ではなんだ、とデッドストックはラバーマスクの下で顔を歪めながら起き上がると、塔が ばきばきと割れていた。上から何かが突っ込んできたらしく、放射状に裂けていて、結晶体の棘も折れて周囲に 散乱しては透き通ったビルに突き刺さり、細かく砕けては破片を撒き散らしていた。
 きらきらと降り注ぐ無数の破片と、ぴかぴかと光る結晶体の雨に、プレタポルテはきゃっきゃとはしゃいだ。遠目に 見ているだけなら、確かに美しい光景だったが、迂闊に近付けば掠り傷では済まないだろう。塔を貫いたものの正体 がなんなのか、と不思議がったプライスレスは、小型の四角い機械を塔の尖端に向けて映像を取り、立体映像を投影 させて拡大した。そこに映っていたのは、金属の鳥だった。だが、背景の都市と比較すると、とてつもなく大きい代物で、 その全長は超高層ビルよりも少し短い程度だった。

「鳥……だよな」

 だってほらクチバシと羽根があるし、とプライスレスが立体映像を指すと、デッドストックは同じ言葉を返した。

「鳥だな」

「おわずぉー」

 プレタポルテが背伸びをしてきたので、プライスレスは機械を下げて目線に合わせてやった。

「てぇことは、つまり、そういうことになるのかな」

「そういうこと、らしいな」

 プライスレスの鬱陶しげな言葉に、デッドストックは投げやりに応じた。三人が外の様子を窺っているベランダの外 を、横長の黒い影が過ぎった。それを目で追っていると、猛スピードで再度目の前を横切り、輪を描いた。三度目に なろうかという時、三人が立つベランダと向かい合ったビルの屋上に、影が舞い降りた。
 裾の長いロングコートに鳥を模した覆面を被った、長身の男。バードストライクだった。ロングコートの裾から出て いた布地は鳥の羽根に良く似ていて、骨も入っているようだった。能力を応用して自分自身も飛ばせるようにして いたようである。バードストライクは鍔の広い帽子を上げて三人を捉えると、覆面の下でにっと笑った。

「大体は思った通りだねぇ」

「なんでお前は生きてんだよ、つか、どうしてここにいるんだよ!」

 デッドストックが質問をぶつけるよりも先に、プライスレスが怒鳴った。

「まあ、色々と事情があるんだが、その辺のことをじっくり説明してやろうじゃないか」

 俺の船で、とバードストライクが塔に突き刺さった鳥を示したので、デッドストックは目を丸めた。

「あれが船だと?」

「そう、俺のかわいこちゃん。積もる話もあるしねぇ」

 バードストライクが右手を挙げると、塔に突き刺さった巨大すぎる鳥は青白く発光し、周囲の棘を浮き上がらせて は側面に開けた穴に吸い込んでいった。結晶体の棘と破片を回収した後、巨大すぎる鳥を包んでいる光が収束して ビルへと伸びてきた。なんてことはないトラクタービームだよ、とバードストライクは説明してから、体を飛ばして光の 道に身軽に飛び移った。その上を難なく歩いていく様が信じがたかったが、彼は手招きしてきた。
 罠だろう、どう考えてもろくなことにはならない。デッドストックもプライスレスもそう思ったが、プレタポルテはそうは 思わなかったらしく、ベランダに達している光の道によじ登り、頼りない足取りで歩いていった。下が透けて見えて いるのに、歩けるのだから不思議でたまらない。こうなってはデッドストックも追わないわけにはいかなくなり、慌てて プレタポルテを追い掛けていった。プライスレスもその後に続き、結局、謎の鳥に乗り込む羽目になった。
 先行きは、不安どころではないが。




 巨大すぎる鳥の腹の中は、不可解だった。
 天井に椅子が付いていたり、壁からテーブルが出てきたり、便所が筒だけだったりと、おかしなことばかりだった。 例の記憶の中にはこういった乗り物に関する情報はないらしく、デッドストックは混乱しきりだった。走り回ろうとする プレタポルテを押さえているだけで精一杯で、バードストライクに対する疑問や警戒心は二の次だった。プライスレス は唖然としていて、状況を把握するだけで限界のようだった。
 鳥が動き出したのか、鈍い唸りが伝わってきた。それから程なくして加圧が加わり、デッドストックはプレタポルテ を抱えたまま壁に押し付けられた。プライスレスも天井に貼り付く恰好になり、上下が逆さまになってリュックサック もひっくり返ってしまったが、不思議と荷物は出てこなかった。用途不明の大量の機械に囲まれた座席に座っていた バードストライクは、手早く何かのスイッチを操作してから、三人に振り返った。

「んじゃ、手早く説明をしてしまおうか。その方が簡単だからねぇ」

 鍔の広い帽子を外して脂ぎった長髪を広げてから、バードストライクはコートを脱いで張りぼての羽根を外し、更に ベルトを外して鳥の死体をぶら下げていた名残である羽根を払ってから、その下に着込んでいたラバースーツに似た 肌に貼り付くタイトな服を曝した。脱いだ服を壁の穴に放り込むと、擦り切れたブーツを履いた足を組む。

「俺はアッパーでもなきゃダウナーでもない、イミグレーターだ」

「なんだよ、前振りもなしに! 唐突すぎるだろ!」

 プライスレスが真っ先に噛み付くが、バードストライクは笑うだけだった。

「あるっちゃあるねぇ。俺が戦闘機を地中から引っこ抜いてぶん投げていたのを見て、変だと思わなかったのか?  いくらなんでも、あんなものがどこに埋まっているのかを当てずっぽうで見つけられるわけがないじゃないか。俺の 目に透視能力でもあれば別だがねぇ」

 肩を揺すりながら、バードストライクは後頭部の留め金を外して鳥を模した覆面を外すと、その内側には精密で 細密な機械がみっちりと詰まっていた。そして、その機械に繋がっている何本ものケーブルが、バードストライクの頭皮 に貼り付いていた。覆面を膝の間に置いてから、素顔を曝したバードストライクは口角を曲げる。

「というわけで、俺の能力は機械仕掛けの紛いものってぇわけさ。あんたらの能力はどれもこれもデタラメだから、 追い付くだけでもかなり苦労させられたよ。幸い、俺は鳥に関する概念をねじ曲げられるっていう体質を少しばかり 持っていたから、それを増幅に増幅を重ねて、スマックダウンと肩を並べられたってわけさ」

「その……何をしに来たんだ」

 デッドストックは様々な疑問が思い浮かんだが、簡潔な言葉を選んだ。

「何って、有り体に言えば地球を取り戻すことさ。デッドストック、お前はちったぁ知っているだろう。地球を見限って 外宇宙に逃げ出した、移民船団のことをさ。俺はその末裔であって地球奪還作戦の工作員でもあるが、どうにもこう にも成果が上げられなくてねぇ。それもそのはず、俺達にはあんたらみたいな能力がないからさ。能力ってぇのは、 あのクソッ垂れな環境に対する適応能力でもあるわけだから、それがないんじゃ地下世界の中じゃたった一日だけ でも生き延びられない。だから、イミグレーター共は俺達をいじくり回して、悪環境にぶち込んで、能力開発に精を 出したってぇわけさ。んだが、まともに仕上がったのは俺ぐらいなもので、他の連中は地下世界に対する適応能力 を身に付けることしか出来なかった」

 バードストライクはタイトなスーツの襟元を緩めると、呼吸も緩めた。

「俺達の地下世界への侵入方法は、まあ、今更説明するまでもないだろうけどさ」

 と、バードストライクが壁を示すと箱が迫り出してきて、蓋が開くや否やオレンジ色の作業着が散らばった。

「これって俺のと同じやつぅ!?」

 奇声を上げたプライスレスが自分の服と室内に乱舞する服を見比べると、バードストライクは歯を剥いた。

「俺達は生き残ることが第一の目標であり、第二の目標が環境に適応することであり、第三の目標が繁殖すること だったんだよ。もっとも、俺は三番目までは果たせなかったがねぇ。女運は元から悪くてねぇ」

 ぽかんとしているプライスレスを横目に、バードストライクは喋り続ける。

「地球を上と下に分けている壁をどうにかするには、その足元から崩していくしかない。天上世界の壁はどれだけ 傷付けても、核爆弾を落としても、焼き尽くしても、一日経たずに再生して塞がっちまうからねぇ。だから、地下世界 の方から攻略しなきゃならなかったんだが、地下世界に降りるだけで限界だったんだよ。アッパー共を刺激するため に作られているクソ番組、クリミナル・ハントを利用しても、生きて降りられるやつはほとんどいなかったが、俺達の 命なんてものは最初から消耗品として作られているからねぇ。ただでさえぐちゃぐちゃの地下世界を引っ掻き回して、 俺達の種をばらまいて、地下世界そのものに楔を打ち込むのが役割だったのさ。んでもって、俺はその楔である イミグレーターとダウナーの混血児を捜し出して利用していたんだが、あんたらのせいで頓挫してねぇ」

「スマックダウンのことか」

「ああ、そうさ。あいつは良い奴だったよ、悪人に必要な要素を全部持っていたからねぇ」

 バードストライクはヴィランとしての日々を懐かしむように、目線を遠くへ投げた。が、焦点を戻す。

「概念操作系の能力者が俺達との混血で生まれるかどうかは、賭けだったのさ。そいつが生まれれば、その能力 で地球の環境もどうにか出来るはずだからな。んで、その混血児は理論の上では出来上がるってことになっていた が、それはあくまでも理論の上の話であって現実じゃあない。だから、俺達は何度も挑戦しては失敗し、失敗しては 挑戦していたが、結果は出なかった。今まではな」

 バードストライクの指が、プライスレスを示す。途端に、少年はびくつく。

「えっ、へっ、あうっ」

「というわけで、俺は混血児の回収に成功した。後は船団に連れて帰って、地球をどうにかするだけだ」

 あんたらは後で適当に処分するがね、と付け加えてから、バードストライクは座席に座り直してハンドルらしきもの を握った。プライスレスは何がなんだか解らなさすぎて、笑うに笑えないらしく、縮こまっている。操縦席の中に散乱 するオレンジ色の作業着を、プレタポルテは面白半分に拾ってきてはプライスレスに寄越しているが、プライスレスは それを受け取ろうとはしなかった。ガスマスクの下では、あれほど自信に溢れていた目が伏せられていた。
 とりあえず、そのイミグレーターとかいう連中とアッパー共が、デッドストックとプライスレスの頭越しにややこしい 争いをしているということだけは解った。ただでさえ煩わしい出来事に関わって疲れているのに、これ以上面倒臭い ことに首を突っ込むのはごめんだ。それどころか、知らない世界に連れて行かれるのは嫌だ。その環境に慣れる ための労力が勿体ないし、そこに味方がいるとは思えないからだ。
 そう考えた傍から、体が動いていた。デッドストックは左手の手袋を銜えて引き抜き、バードストライクが振り返る よりも早く、その素肌の首に指をめり込ませていた。ひぎ、とバードストライクが息を飲んだが、有無を言わせずに 腐りかけた皮膚に指を押し込んでいくと、青黒く膿んだ肌ととろけた筋に指先が没した。露出した頸椎を折って神経 を引き千切り、破れた動脈から噴き出す鮮血に濡れた手を下げ、デッドストックはプライスレスを一瞥した。

「おい」

「え、あっ、ひゃひっ!?」

 余程驚いたのか、プライスレスは声を裏返す。デッドストックは近くを漂っていた作業着で、手の汚れを拭う。

「こいつを殺したから、この船はどこに行くか解らん。お前が適当に行き先を決めろ」

「あ、で、でもさぁ」

「決めろ。この船の機械は、お前の力でどうにか出来るはずだ」

「……やってみる」

 プライスレスは弱々しく答えると、よいしょ、と無造作にバードストライクの首から下を操縦席から引き抜き、壁から 出てきた箱の中に突っ込んでから、代わりに収まった。デッドストックは当てずっぽうで言ったつもりだったのだが、 鳥の船はプライスレスの能力に対してやたらと素直で、行き先を変えてくれと申し出るとあっさりと応じた。バード ストライクが言うところの船団は月の裏側に待機していて、地下世界を生き延びたイミグレーターの帰りを今か今か と待ち侘びているようだった。別の目的地はないのかとプライスレスが問うと、衛星軌道上に軌道エレベーターの 一部となる予定だった宇宙ステーションがある、と返ってきた。そこが安全だという保証はないが、見ず知らずの 人間達の元に飛び込むよりは余程マシだ。そう思い、デッドストックは宇宙ステーションに向かえと指示した。

「みゅっ!」

 平面モニターにへばりついていたプレタポルテが、歓声を上げた。デッドストックが反射的にそちらに目をやると、 真っ黒な空間に茶色い球体が浮かんでいた。その彼方には無数の光の粒と巨大な光の固まりがあり、茶色い球体 の斜め後方には穴だらけの衛星があった。これが、地球なのか。デッドストックは記録の底に潜んでいた、水と緑の 惑星である地球の映像との落差で、目眩すら感じそうになった。変わり果てている、という言葉では足りない。

「べりゅめーりゅ!」

 プレタポルテは足を浮かせて空中を泳ぎ、デッドストックの袖を引っ張ってきた。だが、あまり強く引っ張られると トレンチコートの袖に空いた穴が広がってしまいかねなかったので、その手を振り払った。

「そうか」

「めーりゅ!」

「解ったから少し大人しくしていろ」

「うぃ!」

 プレタポルテは元気よく返事をすると、視力の弱い目を見開いたり、細めたりして焦点を合わせる努力をしながら、 宇宙と地球を眺め続けた。デッドストックにしてみれば面白くもなんともない光景だったが、プレタポルテにとっては そうではないらしく、飽きもせずに見つめ続けていた。いつもであれば、プレタポルテに真っ先に同調するはずの プライスレスは、慣れない機械を相手に苦戦していたが、能力を用いて音声認識機能を見つけ出したようで機体は ゆっくりと動き出した。進路が定まると、正面のモニターに銀色の円盤が現れた。
 これが宇宙ステーションなのだろう。





 


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