DEAD STOCK




14.Electric Shock



 点滅、点滅、再生、更に点滅。
 細切れ、ランダム、手当たり次第、とにかくなんでもいい。映像が、記憶が、音声が感触が感情が味覚が快感が 苦痛が過去が現在がザッピングする。それがデッドストックのものなのか、イカヅチのものなのか、境界線を引ける ほど明確ではない。デッドストックの感覚が、イカヅチの記憶が、デッドストックの惑いが、イカヅチの高揚が、交互に 折り重なっていく。プレタポルテもこの苦痛を受けていたのか、と浮つく意識の片隅で憂う。
 ぱちん、と目の前で光が弾けて映像が拡張される。デッドストックは強制的に目を見開かされているかのように、 意識の内側へと映像が入り込んできた。だが、それは自分自身の記憶にはないものだ。だから、イカヅチのもの なのだと断定する。ばちん、ばちん、ばちん、ばちん。
 自分の頭上、イカヅチの頭上を、複数の人影が円形に取り囲んでいる。逆光で顔は見えない。光源があるという 違和感。彼らはイカヅチの両手足を拘束しているのか、自由が効かない。拘束具が骨太な手足に食い込む。裸身の 体に冷たい金属製の器具が当てられるたびに、イカヅチは条件反射と抵抗の意味で放電するが、彼らはその電流を 受けないために防護服を着ていた。目に染みるような、鮮やかなオレンジ色だった。

  こいつはどうする

  どうにもならん

  はんこうてきだな

  かといってせっかくつかまえたものをほうりだすのはおしい

  おもしろくしてやろう

  そうだ

  そうだ

  それがいい

  おもしろくしなければまんぞくしない

 男達の会話。半笑いの会話。揺らぐ影。遠のく影。増える影。ちらつく影。オレンジ色の影。その影絵が消えると、 イカヅチの拘束が解かれた。が、どこからか噴出されたガスが鼻から口から粘膜から皮膚から入り込み、すぐさま 深い眠りに落ちていった。瞼が下がって耳が眠気に塞がる直前、誰かがやはり半笑いで喋る声が聞こえた。

  あいつはどうなった

  こんけつじはできたのか

  できたそうだ

  そうか

  だったらじゅうぶんだ 

 再び、砂嵐とザッピングと点滅とノイズと混線。注入されるインストールされるインプットされる。イカヅチの脳内 にイカヅチがイカヅチ足るための情報と記憶と感性と情緒と設定と能力と目的と願望が、刷り込まれる。その瞬間、 地下世界でダウナーとして生まれ、ヴィランとして生き延びてきたイカヅチは死んだのだとデッドストックは悟った。 彼もまた偶像なのだ。偽物なのだ。作り物なのだ。それが、ヴィジランテのリーダーたるイカヅチなのだ。
 だからどうした、と当人が言う。デッドストックと意識が混じり合っているイカヅチは、笑いもせずに述べた。それが 私の幸福なのだと気付いたからだ、抗っても無意味だと、どうせなら受け入れてしまうべきだと、と。尤もな話だ、と デッドストックは納得する。当人がそれでいいと思うのであれば、たとえ作り物であろうと本物になるからだ。
 だったらお前はどうなのだ。イカヅチが問う。誰かが問う。デッドストック自身も問う。トレンチコートの裾が翻る様子 を目の隅で捉えていた分だけの映像が重なり、背景は違えどもトレンチコートの動きだけは全く同じ映像が無数に 重なり、重なり、重なり、重なり、連なる。

  反作用、反射、反転

  失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、成功

  処分、処理、処分、処理、処分、処理、処分、処理、処分、処理、処分、処理、処分、処理、処分、隔離

  投下、破損、投下、破損、投下、破損、投下、破損、投下、破損、投下、破損、投下、破損、投下、着陸

  生存、活動、活動、活動、通信、不能、通信、不能、通信、不能、通信、不能、通信、不能、不能、成功

  接触、成功、略取、成功、行動、成功、戦闘、成功、戦略、成功、生存、成功、成功、成功、成功、成功

 イカヅチの通信網を通して、塔同士の通信網を介して、情報が押し寄せてくる。塔の数だけ街があり、塔の数だけ ヴィランがのさばり、塔の数だけ人造妖精が投下されていたように、塔の数だけ自分がいた。塔の数だけ同じ物語 が繰り広げられていた。塔の数だけ、塔の数だけ、塔の数だけ、自分は死んでいる。
 それだけ、自分を生み出したどこかの誰かは、あの女を殺したがっていた。しかし、あの女は一枚も二枚も上手 であり、能力も足元にも及ばなかった。だから、今の今まで長引いている。五百年以上も娯楽番組は続いている。 彼らが当初の目的を忘れかけるほど、本当にただの娯楽番組と化してしまうほど、あの女はしぶとい。
 だから。




 これ以上邪魔をするな。
 震える瞼と乾いた喉と引きつる筋と、無数の痺れと痛みの嵐の中、デッドストックは立ち上がる。節々から蒸気が 昇っているかのような錯覚を覚えるほど、全身が熱い。ぎしぎしと軋んで割れてしまいそうな骨に、煮詰まった血が 固まってしまいそうな血液で膨張した筋肉を纏わせ、顔を上げ、ラバーマスク越しに息を吸う。静電気が弾け、脳内 に凝っているイカヅチの意識が動揺する。それはそうだろう、電流に逆らえるわけがないと思っているのだから。
 だが、それは何の意思も持たない、本当の電気である場合だ。イカヅチは違う。己の能力を駆使し、電流に意識を 宿せるようになっただけであって、意識を持った生き物の延長なのだ。電流で成した肉体だ。そして、イカヅチは 電流の体で、デッドストックに触れた。入り込んだ。そこに勝機がある。

「……見くびるなよ」

 プライスレスの能力が、あれほど幅広いのならば。言葉の最後にして“くれよ”と付け加えるだけで、相手の命さえも 脅し取れるのであれば、デッドストックも同様だ。触れたものが全て腐る、体液でさえも触れたものは全て腐る、 腐って死ぬ、腐らないものはない。余程頑丈な合金か、無機物でさえなければ腐る。よって、イカヅチも腐る。

「ぐうぉえっ!」

 右腕を振り抜いて傷口から血と汗を撒き散らし、プライスレスが飛ばした破片が挟まっているドアに散らすと、ドア の蝶番に上手く当たって瞬時に錆び付いた。自重でドアが傾いて隙間が開いた途端に、本来の目的を思い出した 破片がデッドストックに襲い掛かる。致命傷となる部分以外に破片を受け止め、受け止め、受け止め、両手足に破片 が突き刺さった。ラバースーツの裂け目と皮膚の裂け目から、電流と共に新たな血が噴く。

「俺に触れて、腐らん奴はいない」

 痙攣する腹筋に力を込め、肺に残っていた空気を絞り出し、踏ん張る。ばちぃっ、ばちぃっ、びちぃっ、と幾度となく 電流が爆ぜては消える。消えては爆ぜる。イカヅチも、相当にしぶとい。だが、それも今日限りだ。デッドストックは ラバーマスクを押し上げて血反吐の滴る口で左手の手袋を噛み、引き抜くと、傷口から迸る電流を掴んだ。
 手応え、あり。確かに掴んだ。電流よりも若干重みのある物体を、空気よりもかすかに粘つく物体を、ガスよりも いくらか硬い物体を、素手で握り締めた。ならば、これがイカヅチなのだ。その確信を得たデッドストックは、下腹部 に刺さった破片ごと電流を引き摺り出していく。腸を己の手で引き千切るかのような激痛に、喉を反らして吼えた。 指先を手のひらに食い込ませすぎて爪を二三割りながらも、ついに異物を取り出した。

「イカヅチ。お前が何をしたかったのかは、少しばかり解らんでもないが」

 爪が割れた指先と、その爪が食い込んで裂けた手のひらから零れる血が、床に落ちる前に腐る。左手の手中に 握り締めている、のたうち回る細長い電流にも伝っていき、触れた部分から腐っていく。電気が腐っていく。威勢良く 躍っていた光の筋が黒ずみ、衰え、途切れ、最後には断末魔じみた甲高い音を発して一握の灰と化した。

「俺にはどうでもいいんだよ」

 その灰を荒っぽく散らしてから、デッドストックは吐き捨てた。ラバースーツと体を切り裂いている破片をいい加減に 抜いて投げ捨てながら、デッドストックはラバーマスクの下で顔を歪めた。イカヅチの目的が何であったとしても、 デッドストックには関係ないからだ。率先して関わってきたのは、イカヅチ側なのだから。
 だから、心底どうでもいい。鬱陶しい。面倒臭い。デッドストックは今までになく大きくため息を吐いてから、自分の 血や何やらの水溜まりの上に座り込んだ。そこで、穴だらけになったラバースーツを見回し、これが修繕出来るの かと一抹の不安に駆られた。ラバースーツは地下世界では余程のことがない限り手に入らないので、他の衣服とは 違って換えが利かないのだ。だから、今まで出来る限り破らないように務めていたが、今回はそうも行かなかった。 背に腹は代えられない、というわけだ。
 どたばたと荒々しい足音が近付いてきたが、デッドストックは立ち上がる余力もなく、左手に手袋を被せるだけで 精一杯だった。妙な姿勢で昏倒している人造妖精を壁にもたれさせて座らせてやっていると、ドアが乱暴に開いて 少年が駆け込んできた。その手のスコップには、人間の血とジガバチの体液がたっぷり付いている。

「あれ? もう終わった?」

「ああ」

 デッドストックが人造妖精を顎で示すと、プライスレスはスコップを下ろして嘆いた。

「んだよぉー、それは楽っちゃ楽だけど残念かもー。あーでも、俺も結構疲れたぁ」

「それで」

「んー、ああ。俺の方はね、大して問題はねぇよ」

 と、プライスレスが外を指したので、デッドストックはベランダの外を窺った。フェンスの先に見える、ビルの手前の 広場にはジガバチと人間の死体が転がっていた。全部お前が殺したのか、と問うと、プライスレスは肩を竦める。

「さすがに俺でも、そこまでの体力はないって。能力で動きを制限してあっても、殺す時に手間取ることに変わりは ないわけだしさぁ。だから、死んで“くれよ”って何割かに頼んだの。んで、コロコロっと」

「簡単だな」

「だしょ?」

「んで、妖精ちゃんは見つけたわけだし、もう帰ろうや。やることないしさぁ」

「帰りたければ先に帰れ。俺はまだやることがある」

「だぁろうねー。言ってみただけ」

 プライスレスはガスマスクの下で深呼吸してから、気色悪いほど静まり返った都市をベランダ越しに一望する。

「……む、にゅわぁ」

 呻きながら頭をかくんと下げた人造妖精は、目を瞬かせた後、金色の瞳を見開いた。デッドストックが怠慢な動作 で振り向いて目を合わせると、プレタポルテは少し焦点が合わなかったようだが、デッドストックを見定めると徐々に 金色の瞳を潤ませた。が、部屋中に籠もっているメタンガスを吸い込んでしまったらしく、猛烈に咳き込んだ。
 げへっうげぇっごへあっ、と咳き込みすぎて胃液まで吐き出しているプレタポルテに、デッドストックはその反応が 当然だと思う一方で心臓の辺りがちょっと痛んだ。見るに見かねたプライスレスはプレタポルテの小さすぎる背中を さすってやると、少しは落ち着いたらしく、咳も収まってきた。プライスレスが運んできた水で口を濯ぎ、飲んでから、 プライスレスの荷物から出てきたスペアのガスマスクを付けさせてもらうと、やっとプレタポルテは深呼吸した。

「ごしゅじんりゃま!」

「ああ」

 にこにこするプレタポルテに、デッドストックは頷く。

「でっどしゅとっきゅ!」

「え?」

「あ?」

 プレタポルテに名を呼ばれたデッドストックが面食らうよりも先に、プライスレスが目を丸めた。

「らいしゅき!」

 プレタポルテが今まで通りに微笑んだので、デッドストックは困惑しすぎてたじろいだ。

「ま、待て」

「ぷらいしゅれしゅ、そのつぎのつぎ!」

「え、あ、何その評価!?」

「らから、いっしょ! ずっと!」

 プレタポルテはデッドストックの手を掴もうとしたが、その右手がないことに気付き、首を捻った。

「う?」

「まあ……あまり気にするな。俺もそれほど気にしていない」

 デッドストックは左手の手袋を手近な布で力一杯拭った後、プレタポルテに差し出してやった。プレタポルテはデッド ストックの黒く汚れた左手に小さな手を伸ばし、弱い力で指を握ってきた。その感触に思わず気が緩みそうになるが、 まだその段階ではないと今一度腹を据える。だが、再び立ち上がるためには、少しばかり休息が必要だ。
 ほんの少しだけでいい。と、思っていたが、デッドストックは上げかけた口角を引き締めた。ベランダの外に見える 景色が変わりつつあったからだ。コンクリートとガラスと鉄骨と多少の瓦礫とガラクタで出来ている都市に反射して いる光量が格段に増えたばかりか、色彩が平べったくなっている。反射物に壁の色味が映り込んでいる。手近な デスクに手を掛けてなんとか踏ん張り、立ち上がり、ベランダに出た。
 待ち受けていたのは、煌びやかな結晶の海だった。水晶の街路樹、鉱石のビル、六角柱が生えた道路、透き通った 彫刻と化した人々、死体、ジガバチ、死体、死体、死体。プライスレスもデッドストックに続いてベランダに出てきたが、 異界となったサンダーボルト・シティを目の当たりにして絶句した。

「……ぇ?」

「おい」

 心当たりなら、一つしかない。デッドストックがプライスレスを睨むと、プライスレスは身動ぐ。

「知らねぇよ! つか、関係ねぇって! そりゃ俺はクリスと知り合いだったかもしれねぇけど、それだけだしさあ!  てか、俺はクリスが俺の荷物を盗んでいってリズの生首を手に入れたってことは解っていたけど、解っているから ってなんとか出来るってわけじゃねーし! つか、もう何言っても言い訳に聞こえるだろうけど、俺がクリスとは 切れているってのは確かだから! いや本当に! 嘘じゃないから、な、ななな!?」

「何を焦っているんだ」

「みゅ?」

 大きすぎる靴を引き摺りながらやってきたプレタポルテは、デッドストックの足に縋ってプライスレスを見上げる。

「やることが増えたな」

 この分では、天上世界に行ってリザレクションを殺すためには、文字通り障壁であるクリスタライズも殺さなければ ならないようである。余計な手間が増えてしまった。デッドストックは疲労感に襲われたが、それよりも先に体中の 痛みに襲われたので、ベランダに座り込んだ。プレタポルテはデッドストックにしがみつこうとしたが、ガスマスクを 擦り抜けるほど大量のメタンガスが生じているのか、またも咳き込んで後退った。それでも近くにいたいのか、少女 は距離を測っていたが、デッドストックの左腕から垂れている鎖を引っ張っていき、最大限まで伸ばした。
 そして、人造妖精は自ら足枷を握った。





 


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