DEAD STOCK







『さあ、今夜もやってまいりました! 全世界がお待ちかね! クリミナル・リポートォオオオオッ!』

『この放送は、とあるスタジオから全世界に向けて、俺の能力で放送しておりまぁーっす! ありとあらゆる種類の 電波に載せてお送りしておりまぁーっす! え? ウザい? うるさい? そんな場合は、目の前にあるスピーカーに 御自慢の必殺技をぶち込みな! 但し、そんなことをしちゃったら、今度はあんたの脳内に直接放送しちゃうから 気を付けてくれよな! それと、俺の言葉は聞いた相手の言語に翻訳されちゃうから、どんなにクソ汚いスラングに 聞こえても意訳ってことでよろしくな! クソッ垂れ能力者共めが! 汚ねぇブツでもしゃぶってろ!』

『俺が誰かって? ヒーローとヴィランの間で俺を知らないのなら、お前はモグリだ! それでも知らないっていうの なら、特別に教えてやってもいいぜ? 俺はエアウェーブ、電波放送能力のヒーローさ! だが、俺には他の奴ら みたいに銃弾で撃たれても死なないような頑丈な筋肉はないし、車を持ち上げてぶん投げられる腕力なんてないし、 空を飛べる能力もないし、手を使わずに物体を持ち上げられるわけじゃないんだよ。現に今も、右手でコーラを 飲んでいるし、左手にはマイクスタンドがある。けど、俺には生まれ持った喋りと電波がある。おかげで殺されそう になったことも一度や二度じゃないけど、まあ、手加減してくれよ。ヒーローとヴィランの縄張りを荒らすような情報 は流さないし、垂れ込まれたって握り潰してやるさ。俺が同胞達に知らせたいのは、あんた達を無駄な争いに招く ための与太話でもなければ、普通の人間共との仲を拗らせる悪口でもない。そこんとこ、解ってくれよ?』

『というわけでちゃっちゃと本題に入ろうぜ、ああ、投書は俺のメルアドに送ってくれよな。但し、スパムとウィルスと クラッキングツールは勘弁な、俺ってほら貧乏だからさ、パソコンを何台も壊されると困るんだよ。ってあー、言った 傍から送りやがって! お前が誰だか解っているからな! エスカパーデだな! その名前、覚えたからな!』

『……というわけで、大都市で活躍しまくりで犯罪者掴まえて懸賞金もらいまくりのヒーローの情報はこれで全部 かなー。何、全部棒読みだったって? 新聞で読んだ記事と全く同じだって? そりゃそうだ、俺だって駅売りの 新聞を全部買って読んでいるだけなんだから! 何、新聞を信じるなんて馬鹿のやること? 普通の人間共が ばらまく情報を鵜呑みにするアホ? 歪曲された事実を流布する愚か者? あっはっはー、全部正しいね。よし、 俺の特製ステッカーをプレゼントしてやろう。お前のクソッ垂れなスーツのケツの穴でも塞ぎやがれ!』

『んで、だ。ここんとこ、ヒーローとヴィランの間で話題になっているアイツの情報が、また少しずつ集まってきた』

『よしよし良い子だな・メールの勢いも緩んだし、俺がビンビン発信している電波の向こう側でガチムチの野郎共が 大人しくなったのを感じたぜ。なんでそれが解るのかって? そりゃ、俺があんた達の携帯やらパソコンやらにある カメラを通じて映像を拾ってきたからであって……っておいおいおいおい、言った傍から塞ぐなよ! 面白いのに!  まあいい、アイツの情報があるから、あんた達は俺のクレイジーなラジオを聞いてくれるんだもんなぁ。謎の男様々 ってやつだよ。何、男とは限らないって? 女だったとしたら? 百万ドル積まれてもデートしたくないね!』

『最初にアイツが目撃されたのは、歴史が正しければ1900年代初頭だな。その頃はまだ、魔法使いとヒーローの 区別が曖昧で、魔物とヴィランの区別もいい加減だった。何、歴史の授業は嫌だ? ああ、俺もだよ!』

『次にアイツが目撃されたのは、ド派手な戦争の真っ最中。ヒーローとヴィランが世の中に周知され始めた頃では あったが、まだまだ市民権を得るには至らなかった。そんな時、普通の人間共が普通の武器でドンパチ始めたが 効率が悪いってんで、迫害されまくっていた俺達が日の目を見た。なんだよ今度は、ええー? 戦時中の自慢話が したいから電話を繋げって? 生憎だが、俺は携帯を持たない主義なんだよ。俺の能力を考えてみろ!』

『その次にアイツが目撃されたのが、市民権を得てきた反動で普通の人間共にヒーローもヴィランも差別されまくり 始めた頃だった。俺達みたいな下っ端能力者じゃまず相手に出来ない、不死身で怪力で目から怪光線を出すやつ が普通の人間を何万人も殺そうとして大暴れした時だ。そいつの名前? ……いや、俺の手元の資料にはないな。 強いて言うなら、ブラックリストだ。俺達の中にカウントしちゃいけない、ヤバい奴って意味さ』

『ブラックリストが暴れていた頃、俺はまだ六つのガキで、でも能力に目覚めていたもんだから、早々に家族からは 見限られていてなぁ。ああ、この手の話はいい? そりゃそうだな、電波の向こう側にいる連中のほとんどがそういう 身の上だからな。話を戻そう。その当時、普通の人間共はブラックリストを倒す手段はなかった。ヒーローもヴィランも 善戦したが、後一歩と言うところで及ばなかった。それはなぜかって? ブラックリストは不死身だから腕が切れても 頭が抉れても心臓を引っこ抜かれても、一秒と経たずに再生しちまうからだ。だから、どんなにクールな必殺技を 喰らわせても、ブラックリストは倒れなかった。それが何日も続いて、もうダメだって時にアイツが現れた』

『で、それから二十何年経ったわけだが、アイツに関する情報は今の今までさっぱりだった。アイツの正体を探ろうと した奴は何人もいたが、結局は解らず終いだった。どこに現れるのかも解らないし、どこから来るのかも解らないし、 そもそも同一人物なのかも解らない。ほら、よくあるだろ? スーツだけ引き継いで中身は別人、ってのが』

『んじゃ、最新の目撃情報を教えてやろう! 海沿いの大都市の路地裏で、ヴィランを殴っているのを見た』

『南端の田舎町で、ゴミを漁っているのを見た』

『北東の山奥で、化け物と戦っているのを見た』

『砂漠のど真ん中で、突っ立っているのを見た』

『船も何もない、海の上に浮かんでいるのを見た』

『火山島の岩場で、誰かと話しているところを見た』

『農場の肥溜めに、頭から突っ込んでいるのを見た』

『工業都市の下水道を、這いずり回っているのを見た』

『地下鉄のトンネルの中で、壁を蹴っているのを見た』

『どれもこれもろくでもねぇな! ガセならガセと最初に言えよ?』

『というわけで、本日の放送はこれにて終了! それはなぜかって? その答えは至って単純、俺の能力が限界に 迫っているからだよ! 物凄い勢いで体力を消費すんだよ、これ! コーラを何本飲んでも足りないって! んじゃ、 また来週! この時間に! え? もういい? そんなこと言うなよ、クソッ垂れ共!』

『最後に、アイツの外見についてクソッ垂れ共に教えておいてやろう! いらないって? そう言うなよ!』

『アイツは全身をすっぽりと黒いスーツで覆っていて、右腕がない。あと、近付くと死ぬほど臭ぇ』

『その上にボロ切れみたいなコートを着ている。足元はブーツだが、それもボロボロ。なのに、スーツだけはやたらと テカテカしていて綺麗だから目立つんだよ。コートも新調すればいいのにな』

『で、アイツは右目が潰れた女の子を連れている。その子をまともに見た奴の証言に寄れば、顔の左半分はマジで 綺麗なのに、右半分がゾンビみたいなんだそうだ。んで、その子には虹色に輝く羽が生えているんだそうだ。ホラーと ファンタジーのミックスだな、たまんねぇや』

『それじゃ今度こそ、また来週! お互い、生きていたらな! 逮捕されるなよ!』




 過去。歴史。経緯。
 それは確かなようでいて実に曖昧で、それでいて堅実に信じられているものなのだと身を持って知った。どうやら、 地球規模の大異変が起きたのは一度や二度ではないらしい。先史文明のそのまた先史文明である遺跡が世界中 に残っているのがその証拠だと、彼女は語って聞かせてくれた。
 だから、こうなるのも至って普通のことなのだ、とも。あれから何年、何十年、何百年、何千年、何万年という時間 が過ぎ去ったようだが、身を持って実感出来ないのは己の肉体が朽ちていかないからだ。体中に刻み付けられた 死闘の傷跡が塞がっても跡は消えず、右腕は生えてくる気配すらないが、それだけがあの壮絶な日々を生き抜いた 証しだった。それ以外の全ては、血の海が清浄な青い海へと変わった際に消え去った。
 否、消えてはいない。ほんの少し形を変えただけなのだと彼女は言う。地球に存在している物質の絶対量は余程 のことがない限りは増減しないので、皆、生命の循環の輪に取り込まれただけなのだと。だったら地球の外に出て いったイミグレーターはどうなったんだ、と問うてみると、イミグレーターも一枚岩ではなかったから、地球環境を変動 させようと画策していた一派が滅んだ後は植民地となる惑星を探す旅を再開したのだそうだ。なぜそれが解るのか と問うてみると、羽に似せた集積回路はイミグレーターの技術が応用されているので、量子テレポートを用いれば 何億光年離れていようとも瞬時にイミグレーターの情報が取得出来るのだ、と答えた。

「だから?」

「うちゅうじんのしょうたいは、イミグレーターなの。さとがえりしようとして、しっぱいしたひとびと」

「たまに墜落した宇宙船から変な生き物が出てくるが、あれは植民地惑星に適応した人間の成れの果てか」

「そのとおり。でも、いまのちきゅうかんきょうにてきおうできないから、すぐにしんじゃう」

「深海魚みたいなものか」

「そのとおり」

「他には?」

「おかあさんはしんだ。ちゃんと、しねた」

「それは解っているが、あの女が死んでいるのに不死能力者が沸いて出てくるのはなんでだ」

「あなたのせい」

「俺の?」

「せいぶつのせいたいけいをあんていさせるためにひつような、てんてき。てんてきは、かたほうだけではせいりつ しないから。だから、あなたとかれらは、いっつい」

「獣扱いか。そういうお前は?」

「あなたのおくさん」

「好きにしろ」

「うふふ。だから、ふししゃがあなたとたたかうのは、ほんのう」

「世界のか? それとも、そいつらのか?」

「どっちも」

「それは豪儀だな。俺も随分と出世したものだな。俺自身は、今でもただの屑ヴィランなんだがな」

「クリスがいっていた。ふりょうざいこでも、さいごのひとつがのこれば、それはほんものなんだって。だから、あなた はほんものいがいのなにものでもない」

「だから、お前も本物だ」

「うん」

「それで、結局、世界中に跋扈している能力者共は何なんだ。アッパーのオモチャでもなく、イミグレーターの差し金 ですらなく、ダウナーでもないのに、能力を持つ理由がまるで解らんぞ。俺達は地下世界の環境に適応する必要 に駆られた末に能力を得たが、連中は違う。ただ、生まれながらにして変な能力やら外見を持っているだけだ」

「げんせいじんるいのこんかんにかかわるしつもん」

「そうだ」

「んー……。ちきゅうぜんたいが、のうりょくありきのかんきょうになったからだ、としか」

「言いようがないのか」

「うん」

「まあ、それならそれでいいんだろう。少なくとも、連中も無駄にはならんさ。下手に暴れない限りはな」

「うん……」

「それで?」

「にゅ……。にょん」

「そうか」

 大量の新聞と複数の携帯情報端末に囲まれている彼女に背を向け、ひっそりと嘆息した。何を期待しているのか、 そもそも期待するだけの価値があるのか、とは思いつつも、少年を探す手を止められない。血の海が消えた後 も幾度となく天変地異が起き、地殻変動し、気候も大分変わってしまったのだから、仮に自分達のようになっていた としても、生き延びているとは考えづらい。良く似た別人を掴まえて、生まれ変わりだの何だのと言って手に入れる のも空しいだけである。過去を追わずにはいられないのは、未だに地下世界が懐かしいからだろう。
 荒涼とした大地の上には、雲一つない青い空が横たわっていた。赤茶けた岩が無数に転がっていて、かつては島 だったものが岩山として聳えている。その頂点では、年月と砂塵が造り上げた土の殻を被った鉄の鳥が翼を休めて いた。何者にも遮られない日差しが濃い影を生み、砂塵混じりの突風が風切り音を鳴らした。
 鉄の鳥の中では、少年の娘が眠りに付いている。





 


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