横濱怪獣哀歌




怪獣使イ対怪獣使ワレ



 空が在った。
 コンクリートのビル群が生え揃い、工業地帯に寄り添われた横浜湾を望む、見慣れすぎた街並みが視界に入る。 外に出てしまったのかと思いかけたが、そうではないのだとすぐに思い直す。これまでの居住臓器の内側にも 外界の景色が映し出されていたので、きっとこれはバベルの塔の破片が見ている景色をそのまま映し出している のだ。すぐ近くにあるものなのに、偽物だ。怪獣使いは、どんな思いでこれを見ていたのか。考えるまでもない、と 狭間は枢を窺った。せっかく本物の世界に出られたのに作り物の箱庭に戻ってきてしまった、という絶望に密かに 抗っている少女は、ヒツギの手を取って自分の足で歩いていた。ヒツギはこれまで通り主を肩に担ごうとその手を 振り払おうとするが、枢は首を横に振り、彼の手を握り締める。手の震えを隠すためだ。
 神話怪獣セフィロトを思わせる形に並んでいた居住臓器の最深部、マルクトの位置に在る、当主だけが住むこと を許された楽園の中の楽園。庭園に咲き乱れる花々は季節とは関係なしに咲いていて、スイセン、カタクリ、芝桜、 アサガオ、ヒマワリ、コスモス、葉牡丹、クロッカス、とデタラメだった。豪奢な造りの日本家屋を囲む桜並木は満開 で、吹雪の如く花びらが降りしきる一方で雪もちらついている。それなのに、日差しは煌々と熱く、日陰は心地良い 涼しさがある。花々が狂うのも当然だった。

「気持ち悪いな、これ」

 季節の統一感のなさに狭間が舌を出すと、鳳凰仮面三号はサングラスと化したメガネの位置を直す。

「単純に気温をいじるだけじゃ、こうはならないよ。あの桜にしても、ずっと咲きっぱなしなんだろう。地面には花びら は落ちているけど枯れ葉は落ちていないし、他の花々もそんな感じだ。あれじゃ、花が可哀想だ。繁殖時期を迎えたのに 生殖出来ないどころか、発情したままにされるだなんて。拷問どころか地獄だ」

「やはりそうお思いになりますか。……私も、ずっとそう思っておりました」

 母屋に繋がる敷石を一つ一つ確実に踏みしめながら、枢は進む。

「けれど、そんなことを考えてはいけませんでした。御父様の御意志には、心すらも背けられませんでしたから」

「だが、綾繁定は愛歌さんの姉さんだから、枢さんの姉さんでもあるだろ? なんで御父様って呼ぶんだ?」

 狭間が訝ると、正面玄関の前に至った枢は引き戸に手を掛け、開けた。

「当主様の性別がなんであれ、血縁関係がなんであれ、御父様は御父様なのです。父なる神という意味ですので」

 母屋に入りかけて、枢は臆した。彼女の肩越しに中を見やると、木の根のように曲がりくねった石の異物が 廊下の床板を割っていた。壁にも這い回り、柱も締め上げられ、玄関先に置かれた調度品も潰されている。それ には見覚えがあった。渾沌が経営していた中華料理店・虎牢関の店舗である楼閣怪獣が、横浜の地下と下水道に 蔓延らせていた根だ。ならば、綾繁家の屋敷も楼閣怪獣の一種なのかと狭間は感覚を研ぎ澄ますが、それらしい 気配は感じられなかった。至る所に飾られている調度品や彫刻は怪獣由来の美術品だが、彼らは美術品らしく 大人しくしているし、屋敷中に根を張れるほど活発でもなかった。
 失礼は承知の上で、靴を脱がずに上がった。素足で歩き回ると、怪獣の根が無遠慮に割った床板やガラスで足の 裏を切ってしまいかねないからだ。九頭竜屋敷に構造がどことなく似ているのは、きっと、九頭竜総司郎が妻と なった光永鎬の我が侭をそれとなく聞き入れて改築したからだろう。あの男は冷血漢を気取っているが、そのくせ 妻と娘にはでれでれに甘いのだから。この屋敷を麻里子に見せてやりたくなった。
 根を辿っていくと、奥の間に辿り着いた。そこにあったのは、怪獣でも人間でもないモノだった。根によってびりびり に破かれた畳とぐちゃぐちゃに潰された祭壇と、ばらばらにされた歴代の怪獣使いの遺影とべちゃべちゃに濡れた 着物が絡み合い、上座にいた。よく観察してみると、それは膝を揃えて座っている成人女性の背中に怪獣の根が 無数に突き刺さったものだと判明したが、女性の肉体は石の如き頑強な根に同化しているので、肌は見るからに 硬そうな灰色で、着物のはだけた襟元から垣間見える胸元も割れた裾から覗く太股も同様だった。コンクリートを 塗り固めた覆面を被らされているかのように表情もなければ部品の凹凸もない顔を、長い髪が覆い隠しているが、 愛歌のそれと同じピンク色だった。これが綾繁定であり、綾繁哀だったものだ。

「お久し振りです、御父様」

 枢は綾繁定の前に座ると、深々と頭を下げる。

「突然の訪問の無礼をお許し下さい。今、こちらへと向かっているブリガドーンを止めて頂けませんでしょうか」

 無言。

「でしたら、宮様の御力を真似て発電怪獣を暴走させた不届き者が誰かを教えて頂けませんでしょうか」

 無言。

「でしたら、魔法使いとの内輪揉めをお止めになって頂けませんでしょうか」

 無言。

「でしたら、御父様の御力で事を収めて頂けませんでしょうか」

 やはり、無言。

「承知いたしました」

 物言わぬ当主に、枢は静かに面を上げる。愛歌が言っていた通り、綾繁定は意識を憑依させていた怪獣ごと意識 をクル・ヌ・ギアに引き摺り込まれてしまったので、目覚めなくなったのだろう。枢は背筋を伸ばして座り直し、 改めて当主と目を合わせるが、眼球もまた石に覆い尽くされているので合わせようがなかった。

「それが御父様のお答えでしたら、こちらも好きにいたします」

 枢は体を反転させて狭間兄弟に向き直ると、再度頭を下げる。

「若輩者の考えではありますが、一つ、ブリガドーンを追い返す方法を思いつきました。以前、狭間さんが歌う 火星の歌を私の祝詞によって増幅し、ガニガニを鎮静化させましたね。あれと同じ方法を用いてブリガドーンの意識を 揺さぶればよろしいのでは、と考えましたが、ブリガドーンはガニガニの数十倍以上もの体格を誇る怪獣ですので、 それ相応に出力を高めなければ、歌は届きません。私の力でもまず無理ですが、バベルの塔の破片を目覚めさせる ことも出来ません。彼女は永遠の微睡に浸っており、御名玉璽がなければ意識は戻りません。なので、狭間さん、 あなたしか頼れません。どうか、あなただけにしか出来ない方法でブリガドーンを止めて下さいませ」

「怪獣みたいに無茶苦茶言いやがって」

 狭間が毒吐くと、枢はにんまりと目を細める。

「ええ、私は怪獣使いですから。怪獣に使われる方を使うもまた、怪獣使いというものです」

「俺なんかを当てにしたのが運の尽きだ、どうなったとしても文句は言うなよ?」

「クル・ヌ・ギアで再会しましたら、その時には存分に恨み言をぶつけさせて頂きます」

 意外に喰えない娘だ。狭間は内心で感心しつつ一笑すると、枢は突如顔を上げた。すぐにヒツギが枢を抱えて奥の間 から庭に飛び出したので、狭間と鳳凰仮面三号もそれに続く。直後、真上から降ってきた物体が瓦屋根と天井を撃ち 抜き、奥の間を抉り抜いた。粉塵が立ち込める中、砕けた石の根を蹴散らしながら現れたのは、生首をぶら下げた 闇の女だった。乱雑に引き千切れたカムロを掴んでいた愛歌は、麻里子の生首を放り投げた。

「毛髪怪獣なんかが、神話怪獣に勝てると思って?」

 無数の切り傷が刻まれた頬と腕からは血ではなく闇が滲み、乱れた髪は所々が毟られていて、闇のドレスの裾 も長さが均一ではなかった。狭間は愛歌を睨みつつも麻里子の生首を回収し、預かっといてくれ、と鳳凰仮面三号 に預けた。弟は当然ながら大いに戸惑ったが、怖々と抱えてくれた。
 バベルの塔と語り合う前に、やるべきことがあった。狭間はライキリの鯉口をぱちんと切り、抜刀する。ライキリ が狭間を促してくれるおかげで、それらしい振る舞いで引き抜けたが、構え方は覚束なかった。自分の手を切らない ようにするだけで精一杯だ。切っ先を闇の女に据えると、心が竦む。光永愛歌と過ごした日々が脳裏を過ぎり、戦意 が掻き乱される。けれど、その記憶の大部分を占めるツブラの笑顔が戦意を蘇らせ、熱を与えてくれる。

「言っておきますがね、愛歌さん」

 ライキリの熱も手のひらに感じ取りながら、狭間は口角を歪める。せめて、強気に見えるように。

「怪獣には強弱はない、適材適所があるだけです。エレシュキガルにもブリガドーンにも、ライキリにも!」

〈おうよ、よくぞ言ってくれた! それでこそ、人の子だあっ!〉

 ライキリの声を受けながら、狭間は愛歌目掛けて駆け出す。正面切って戦おうなどとは思っていない、勝ち目 のない戦いはしない、但し負けないようにする。そのためには。

「カムロ!」

 あのカムロと麻里子が、愛歌にむざむざと負けるものか。狭間はライキリが動くままに愛歌に斬り掛かりながら、 愛歌が引き摺る闇に向かって呼び掛ける。視界の隅で麻里子の生首が目を見開くと、愛歌の闇のドレスが派手に めくれあがった。人ならざる下半身が露わにされ、愛歌は仰け反らされた。

「嘘でしょ、だってカムロはクル・ヌ・ギアの中に、ぃっ!?」

 仰向けに倒れ込んだ愛歌は、目を剥いて硬直した。

〈こちとら伊達に場数を踏んじゃいねぇ、汚い手は極道の専売特許ってもんだ〉

 闇のドレスの一部がほつれて糸が伸びていき、絡み合い、一筋の縄を編む。それは瞬く間に愛歌の両腕と腰と 首をきつく絞り、自由を奪った。愛歌が悶えるほどに締め付けは強くなり、白い肌に食い込み、黒髪の先端が大量 に突き刺さる。その際に毒も注ぎ込んでいるのか、愛歌が発する声が次第に弱まっていく。

「や、ぁ、あっ……っ……!」

「私達のやり口を間近で見ていたくせに学習していないとは、育ちが良すぎますね」

 何事もなかったかのように喋った麻里子は、鳳凰仮面三号の腕に頭を預ける。程なくしてカムロが再生し、 しゅるしゅると黒髪は伸びていき、髪束が分かれて赤い目が現れる。

〈馬鹿正直に取り込まれるわけがねぇだろ、それらしく見せかけて取り付いていただけなんだよ。だが、重度の怪獣 中毒者には俺の毒は効きづらいな。普通の人間なら、これぐらいぶち込めば発狂しちまうほどなんだが……。仕方 ない、人の子、ライキリを出せ。俺の髪とライキリで、クル・ヌ・ギアをその女から切り離す〉

「出来るのか、そんなこと」

 狭間は半信半疑だったが、言われるがままにライキリを掲げると、カムロが髪束をうねらせて絡み付けてきた。 程なくして黒い刀が仕上がると、重みが増した。熱量も同等に増大し、手にしているだけで全身に汗が噴き出した。 ライキリも暑がっていて、何しやがるこの野郎、と毒吐いている。

「なるほど、使い捨ての外装が剥がれる前に切り裂けってことだな!」

 躊躇っている暇はない。狭間は黒いライキリを携えて愛歌に近付く最中、地鳴りが聞こえてきた。局地的な重力 変動が発生しているため、地盤にも影響が出ているからだ。カムロに注ぎ込まれた毒が回り、愛歌は獣のように 吼えてはのたうち回っている。鳳凰仮面三号は居たたまれないのか、背を向けている。腹這いになって逃げようと する愛歌の闇のドレスの裾に、黒いライキリを目一杯突き刺す。ライキリが纏っているカムロの髪が解けて闇に 吸い込まれ、銀色の刀身が覗く。それが全て剥がれ切る前に、クル・ヌ・ギアへの恐怖を押し殺しているライキリ を振り切り、愛歌の下半身を斜めに断ち切った。ぎぃ、と白目を剥いて叫んだ愛歌が突っ伏し、どろどろとした粘液 を吐き出して動かなくなると、切り離された闇は縮んで消え去った。かと思いきや、急激に膨張し――――
 闇が爆ぜ、三本足の怪獣が出現した。これは火星怪獣が地球侵略に用いたトライポッドでは、なんでそんな ものがここに、と狭間が面食らっていると、鳳凰仮面三号は麻里子の生首をヒツギに預けてから素顔を曝した。

「兄貴」

 真琴は浅く息を吸い、眉を寄せながらも口角を上げているという複雑な表情を浮かべた。

「俺、ずっと兄貴に隠し事をしていた。これが、その結果なんだ」

 メガネを外して目元を荒く擦ってから、弟は兄に向き直る。

「恋歌さん、じゃないな、綾繁定というか哀さんというかがシビックの中身の怪獣に憑依していることは知って いたんだ。だけど、兄貴にも愛歌さんにも言わなかった。でも、口止めされていたわけじゃない。そうすることで 兄貴に張り合おう、だなんて考えてしまったんだ。馬鹿だよ、本当に」

 所在なさげにズボンを握る仕草は、子供の頃となんら変わらない。

「だから、俺が責任を取る。トライポッドの動かし方を知っているのは、俺だけだから」

「ばっかやろうっ!」

 怒鳴り散らしてから、自分の声の大きさに驚いた。狭間は弟に詰め寄ると、その肩を掴んで揺さぶる。

「この馬鹿騒ぎの原因はお前じゃない、怪獣使いと魔法使いだ! 綾繁定のことを言わなかったのはちょっと 癪に障るが、俺だってそういうのはいくらでもある! 言わないだけで! トライポッドにしたって、真琴が 動かせたのなら俺にも動かせる! こういうのは俺の役割だ、真琴は余計なことをしなくてもいい!」

「余計なことってなんだ! 兄貴ばっかりこんな目に遭うのは理不尽だから、俺も少しは助けてやろうって、 ちったぁ役に立ってやろうって、何も出来ないなりにやれることがあるはずだって考えて考えて考えてやっと それらしいことが出来そうだって思ったのに、それを全部否定するのかよ! 何様のつもりだ!」

 兄に釣られて溜め込んでいた感情を噴出させた真琴は、狭間に掴み掛かり返す。

「俺は、お前の兄貴で、怪獣使われで、シャンブロウを嫁に取ろうとしている男だ!」

 弟に掴み掛かられた手を振り払い、額を付き合わせかねない勢いで迫り、狭間は思いの丈を吐露する。

「そんな野郎が傍にいてみろ、お前の将来に関わる! だから、全部俺に任せておきゃあいいんだよ!」

「それでも兄貴は兄貴じゃないか! 俺の兄貴だ! 危ないことをしようとしているのを見過ごせるか!」

 声を裏返しながらも怒鳴り返した真琴は、狭間の腕を掴んで肩を怒らせる。

「兄貴が生きて帰ってきてくれて、本当に良かったって思っているんだよ。二度とあんなことをさせてたまるか、って 考えちゃいけないのかよ。ツブラをどれだけ大事に思っているのかは少しは解っているつもりだし、それが あんたの選んだ人生だから、俺はとやかく言わないよ。もう慣れたから気にもしない。だけどな、だけどな、 もう嫌なんだ。お願いだから、死に急がないでくれよ」

 馬鹿野郎が、と弟に弱々しく罵倒され、狭間は頭に昇った血が下がった。

「解った。だったら、すぐに終わらせて帰るぞ」

 そんなことを泣きながら言われては、応えないわけにはいかなくなる。弟のぎこちない愛情がくすぐったかったが、 掛け値なしに嬉しかった。そこまで自分を見てくれていたのか、心配してくれていたのかと思うと、ある種の誇らしさ さえ感じてしまう。狭間は弟の覆面を整えてやってから、上半身だけとなった愛歌を担いだ。真琴は僅かに躊躇うような 素振りを見せたが、兄の背に担がれた愛歌を支えた。すみませんでした愛歌さん、と小声で謝りながら。

「というわけだ、後のことはよろしく。ちょっくら無茶をしてくる」

 狭間が枢に手を振ると、枢は頷いた。

「こちらは私とヒツギがどうにかいたします。狭間さんと真琴さんは、成すべきことを成して下さいませ」

〈しかし、どうやってこの地下から外に出るつもりなのだ〉

 ヒツギが訝ったので、狭間は地面に凝っている闇を示した。

「俺の感覚が正しければ、帷子川には愛歌さんがぶちまけた闇が残っている。愛歌さんの口振りを信じるならば、 クル・ヌ・ギアは出口こそ塞がったが、入り口は開いたままだ。だから、浅い場所を進んで入り口から入り口まで 移動して外に飛び出せば、出られるはずだ。たぶんな」

「曖昧でいい加減にも程がありますね」

 ヒツギの手中で麻里子が嘲笑うと、狭間は出来る限り悪辣な笑みを作って返した。

「デタラメなのは怪獣使われの専売特許だ。そんなことは、印部島で思い知っただろう?」

 そう言って強がっていなければ、逃げ出したくなるほど不安だった。だから、腹を括った。鳳凰仮面三号となった 弟の助言とライキリの助力を受け、トライポッドの足場を崩して横倒しにしてから、楕円形の本体の上部にある ハッチを開けて機体に入った。当然ながら中身は横向きだったので、入るだけでも一苦労だった。粘液の付いた 操縦席と粘液の詰まった筒形の操縦桿に身を収め、狭間はトライポッドと感覚を繋いだ。それは怪人エディアカリア と化していた時と大差はなかったが、処理する情報量は桁違いに多かった。だが、四の五の言うのは後でいい。
 今、出来ることに集中しなければ。




 巨大な円盤が、横浜の空を塞いでいる。
 佐々本モータースの二階の窓から、佐々本つぐみはその光景を眺めていた。一階の工場では、血まみれになって 助けを求めてきた帝国軍人の手当てでうららと小次郎がてんてこ舞いになっている。皆の邪魔をしてはいけないし、 血を見るのは恐いので、つぐみは二階で大人しくしていた。父親の遺品である双眼鏡を使って、ブリガドーンという 名の空中庭園怪獣を観察してみると、大きな皿のような形状のブリガドーンの底に何かが激突した。

「わ」

 目を凝らしてみると、三本足で銀色の怪獣で、三本足の先端から青白い炎を噴いている。まるでロケット怪獣 のようだ。横浜駅のすぐ傍から現れたらしく、青白い炎から吐き出された煙は帷子川まで繋がっていた。潮風が 灰色の帯を掻き消していくと、徐々にブリガドーンが押し戻されていく。だが、ブリガドーンが落下する勢いは 緩まず、両者は攻防を続けていた。横浜駅が潰されるか否かの瀬戸際だ。緊張で双眼鏡を握る手が汗ばんできた頃、 どるん、と工場の影でザッパーが唸った。

「あれ、ザッパーのエンジンなんて掛けたっけ?」

 つぐみが不思議がって窓から身を乗り出すと、ばおんぶろんどるんぐおんどおんごうんっ、と佐々本モータース を中心にして轟音が波状に広がっていった。動力怪獣達の咆哮は連鎖し、蔓延していくにつれ、三本足の怪獣の 足から噴き出している青白い炎の太さが増していく。帷子川を沸騰させ、高速道路を溶かし、横浜駅の駅舎の一角 を焦がした末、ついにブリガドーンは上昇し始めた。じりじりと、だが確実に。
 元町や桜木町にまでも及んでいた円形の影が小さくなるにつれ、ブリガドーンも遠のいていく。つぐみは呆然と しながら目に見える危機が去る様を見上げていたが、双眼鏡を握り締めて一階に向かった。一刻も早く、このことを 伝えなければ。階段を駆け下りていく最中、聞き覚えのある歌が流れていた気がしたが、三本足の怪獣が炎と共に 吐き出す轟音に紛れてよく聞こえなかった。だが、リズムは体が覚えている。そうだ、この音は父親が工場で仕事を しながら流していた曲だ。AC/DC、ディープパープル、クィーンといった洋楽だ。そして、その曲を録音した ミックステープを持っていったのは狭間だが、まさかとは思うが、だがしかし、もしかしていやいやそんな。
 つぐみが一階に降りた頃、三本足の怪獣とブリガドーンは空の彼方に消えていた。





 


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