キャロルは、気落ちしていた。 毎日、何もせずに世話になってばかりだ。身の回りの必要最低限のことまでも、人の手を借りてしまっている。 以前はメイドであったために余計に気が引け、非常に情けなく、またとてつもなく申し訳ないと常に思っていた。 だが、動けないのも事実だ。妊娠が判明してからというもの、鉛のような倦怠感と重たい眠気に襲われていた。 それと同時に、吐き気も収まらない。食べた傍からそっくり吐き出してしまう始末で、それもまた申し訳なかった。 せっかく作ってもらった食事を、無駄にしている。食料には限りがあるのだから、少しも無駄に出来ないのに。 情けない、申し訳ない、と思うたびに気が滅入っていく。起き上がって仕事をしたいと思っても、体が動かない。 深い自己嫌悪に陥りながら、キャロルは枕に顔を埋めた。日も高く昇ったというのに、やる気が起きなかった。 同じベッドに眠っていた夫、リチャードは既に起きて外へ出ていった。無理しなくていいよ、と声を掛けてくれた。 夫の優しさは嬉しいが、その優しさに甘えてしまう自分が嫌だった。しっかりしなくては、キャロルは身を起こした。 扉が数回叩かれたので、キャロルが返事をすると扉が開いた。すると、盆を持ったフィリオラが部屋に入ってきた。 盆の上にはスープの器と丸パンが一つとティーポットとカップが載っていて、朝食を運んできてくれたようだった。 「おはようございます、キャロルさん」 「おはようございます、フィリオラさん」 キャロルが挨拶を返すと、フィリオラは盆をテーブルに置いてからベッドの端に腰掛けた。 「具合、どうですか?」 「あんまり…」 キャロルは情けなさのあまりに、俯いた。その姿に、フィリオラは同情する。 「私もそうでしたから、そんなに気にしないで下さい。妊娠したばかりの頃は、具合が悪くて当然なんですから」 「でも、何から何までして頂くなんて、私…」 「だから、気にしないで下さいって。それに私は、前にキャロルさんのお世話になりましたからおあいこなんです」 「程度が違いますよ」 「キャロルさんは私のお姉様なんですから、妹に気を遣わなくてもいいんですよ」 「え、ああ、そうなりますね」 最初は何のことか解らなかったが、キャロルはすぐに察した。フィリオラとは、以前のような友人関係ではない。 キャロルの夫とフィリオラの夫は兄弟なので、二人は義理の姉妹になっている。だが、意識したことはなかった。 フィリオラはキャロルより四つも年上なので、そんな相手を妹だと思えるはずもないのも意識しなかった理由だ。 第一、年下の兄嫁を姉だという方が無理があるような気がする。だから、姉妹として振る舞う必要もないと思った。 「あの、ですけど、私の方が年下なんですから」 お姉様というのは、とキャロルが渋ると、フィリオラは眉を下げる。 「あ、嫌でしたか?」 「嫌、というわけではないのですけど、変じゃないですか?」 「私は別に気にしませんけど。でも、キャロルさんがそう言うのでしたらあまり言いませんよ」 フィリオラはベッドから腰を上げると、盆をベッドまで持ってきた。それを、キャロルの傍に置く。 「食べられるのなら、少しでも食べた方がいいですよ。食べないと、赤ん坊が元気に育ちませんからね」 湯気が昇るスープの中には、消化が良いように細かく刻まれた野菜が入っており、柔らかく煮込まれていた。 キャロルはパンを千切り、それをスープの中に浸した。スプーンで、パンの欠片と一緒にスープをすくって食べた。 スプーンを口に入れた途端、異物感で軽く吐き気を感じたが強引に飲み下した。今回は、戻ってこないようだ。 だが、あまり勢い良く食べるとまた戻してしまう。キャロルはいつになく時間を掛けて、スープとパンを味わった。 「あの」 食事を終えて盆を下げたキャロルが顔を上げると、フィリオラはちょっと首をかしげた。 「なんでしょう」 「これ、フィリオラさんが作ったんですよね? ジョーさんの料理とは、味が違いますから」 「はい、そうです。ジョーさんから頼まれたんですよ」 「どうしてですか?」 キャロルが問うと、フィリオラは胸の前で手を重ねた。 「ジョーさんは、私とキャロルさんが話せる時間を作ってくれたんだと思いますよ。キャロルさんと先生がゼレイブにいらしてからも、私は家のことや畑のことで忙しくてなかなか長く話せませんでしたから。私も、キャロルさんとじっくりお話をしたいなぁって思っていたところですし」 「リチャードさんは、どこに行かれたんですか」 「先生なら、レオさんに連れられて裏の畑に行きました。レオさんは、昨日も散々先生を貶していましたけどね」 フィリオラは苦笑する。フィリオラはリチャードと師弟関係にあったので、未だにリチャードを先生と呼んでいる。 「力がないだの荒っぽいだのやる気がないだの、無茶苦茶に言っていましたよ。先生は魔導一筋だった方なんですから、いきなり野良仕事に慣れろっていう方が無理な話ですよ。ですけど、レオさんだってゼレイブに来たばかりの頃は上手く出来なかったんですよ。それを棚に上げて言いたい放題なんですから、ひどいものですよ」 「相変わらずですね、レオナルドさんは」 思わずキャロルが笑ってしまうと、フィリオラは照れ混じりの笑みを返した。 「ちっとも変わりませんよ、あの人は」 「お子さんは、リリちゃんの他に作らないんですか?」 キャロルが何の気なしに尋ねると、フィリオラの表情が少し曇った。 「私もレオさんも、もう一人二人は欲しいんですけどね。やっぱり、そんなに都合良く行きませんよ。子供は神様からの授かり物ですから」 「ごめんなさい」 キャロルは顔を伏せ、謝った。フィリオラは、いえ、と首を横に振る。 「あの子の弟か妹になる子は、まだ私達の元に来るべきではないと思っているんですよ。その子が、その気になってくれるまで、気長に待つつもりです。でも、出来れば早く来てほしいですけどね」 フィリオラは上下式の窓に近寄ると、押し上げた。 「空気、入れ換えますね。今日も天気がいいですから、気持ちいいですよ」 窓が全開にされると、風が吹き込んできた。朝から昼に移り変わりつつある空気が滑り込み、部屋の中を巡る。 淀んでいた空気は一掃されたが、キャロルの心中はそうもいかなかった。申し訳なさとは別の感情が、湧いてくる。 どれだけキャロルとリチャードが愛し合っていようとも、リチャードが戦犯である事実は決して消えることはない。 その事実は、これから産まれてくる子にものし掛かる。成長して現実を知ってしまえば、きっと父親を憎むだろう。 子供自身が罪を犯していなくとも、父親の犯した罪の影響は少なからずある。それは、一生付きまとってくる業だ。 リチャードとキャロルが罪から逃れられないのと同じように、子も罪から逃れられない。だが、子供に罪はない。 この子の未来は、明るくないだろう。大罪人である父と、そんな男を愛した業の深い母から産まれてくるのだから。 子供が出来たことを、手放しで喜べたのは一瞬だけだった。この子の未来が暗いことは、母がよく知っている。 いっそ産まれない方がいいのでは、と思った時もあった。だが、誰より愛する男の種で出来た、初めての子供だ。 それに、この機会を逃してしまったら、もう一度妊娠したとしてもちゃんと産んでやることが出来ないかもしれない。 産まれてもいない子の未来を悲観してもどうしようもない。産まれてから考えてもいいだろう、と思うこともあった。 けれど、楽観出来なかった。幸せな未来になる可能性よりも、不幸な未来になる要素の方が遥かに大きいのだ。 リチャードは心から愛している。誰にも必要とされなかったキャロルを必要としてくれたばかりか、妻にしてくれた。 今にして思えば、リチャードは立派だ。あの頃は恋心に夢中で解らなかったが、彼は労働者を人として扱っていた。 世間一般では、メイドと主は近付いてはならない関係だ。あくまでも主従関係であり、メイドは主に逆らえない。 メイドが主に心を寄せることも、許されることではない。増して、その思いを告げて妻となることもしてはならない。 旧家の跡継ぎである大学講師の魔導師と、労働者階級の両親の間に産まれ、親にも必要とされなかった小娘。 普通であれば、どれだけ従っても思いは通じない。それどころか、思いが知れたらすぐに解雇されてしまうだろう。 身の程を知れ、と。しかし、リチャードはそうするどころか逆にキャロルを構ってきてくれて、そして愛してくれた。 そんな人は、リチャードが最初で最後だ。性格こそ引っ掛かる部分はあるが、最近ではそれすらも愛おしかった。 自分を愛してくれている人の子だ。何が何でも産みたい。子が生きるためならば、自分の命を投げ打ってもいい。 しかし、その子の未来は絶望に満ちている。産まれたことを喜んでくれる人間も少ない。懸念が、再び溢れ出す。 喜びたい。だが、喜べない。キャロルはどうしようもなく悲しくなって、両腕を掻き抱いて背を丸め、泣き出した。 「キャロルさん、大丈夫ですか?」 窓から戻ってきたフィリオラが、心配げにキャロルを覗き込む。キャロルは、ぎゅっと目を閉じる。 「私、どうしたらいいのか、解らない」 キャロルは不安のあまりにフィリオラに縋り、その腕をきつく握り締めた。 「この子、本当に産まれてくるべきなんですか? 産まれてこない方が、幸せなんじゃないですか?」 フィリオラは怯えたように震えるキャロルを抱き締め、優しく語りかけた。 「大丈夫ですよ。産まれてきた方が、幸せに決まっているじゃないですか。その子には、ちゃんとお父様とお母様がいるんですから。お父様とお母様の顔も知らないうちに、暗闇の中に放り出されてしまう方が余程悲しいですよ」 「でも、そんなのは綺麗事です! この子は、幸せになんかならない!」 「ならないとしたら、すればいいじゃないですか」 フィリオラに諭され、キャロルは項垂れた。 「でも、私には、そんなことは」 「きっと、出来ますよ。私だって、自信なんてなかったんですから」 ね、とフィリオラが優しく声を掛けると、キャロルは肩を震わせた。 「だけど…」 「その子は、愛し合っているご両親の間から産まれてくるんです。そんな子が、不幸なはずがありますか」 フィリオラは声を殺しながら泣くキャロルを、そっと撫でた。 「お姉様。先生も、私もレオさんもいるんですから。私達は家族なんですから、頼ってもいいんですよ」 キャロルは答えることも出来ず、ただ泣き続けた。泣いている間中、フィリオラは縋り付くままにさせてくれていた。 胸中の不安は消えない。腹の中に生じたばかりの我が子のように、日を追うごとに大きくなり、重みを増していく。 だが、フィリオラの言葉は、重みを和らげてくれた。取り除きはしなかったが、横から手を差し伸べて支えてくれた。 やはり、姉は彼女の方だ。 疲労のせいか、深く眠り込んでいた。 目を覚ますと、天井は薄暗くなっていた。窓の外に見える空も夕方になりつつあり、昼はとっくに終わっていた。 頬に触れてみると、涙の跡が付いている。瞼も重たく、気怠さは残っていたが、胸中の重みは少し軽くなっていた。 夢も見ないほど、どっぷりと睡眠に没していた。逃亡している最中は、ここまで深い眠りに付いたことはなかった。 それだけ気が緩んでいるから、泣いてしまったのかもしれない。原因が妊娠による情緒不安定だけとは限らない。 あれだけ激しく泣いたおかげで、多少気が晴れた。キャロルは目元を擦りながら起き上がり、ふう、と息を吐いた。 「あ、起きた?」 ベッドの傍らには、椅子に腰掛けている夫がいた。その手には古びた魔導書があり、読んでいたようだった。 リチャードはぽんと音を立てて本を閉じると、テーブルに載せた。キャロルの頬に手を伸ばすと、優しく撫でた。 その手からは、土の匂いがかすかに漂った。リチャードは妻の頬を両手で包み、身を乗り出して妻を引き寄せた。 「フィオちゃんから聞いたよ、色々と」 その言葉に、キャロルは目を伏せた。リチャードの声は、普段通りに落ち着いていた。 「僕の子を産むのが、そんなに怖いかい?」 素直に答えるべきか迷ったが、嘘は吐きたくなかった。キャロルはリチャードと目を合わせ、頷いた。 「…はい」 キャロルは夫の手に自分の手を重ね、包み込んだ。 「とても、怖いです」 夫の手は、十年前に比べると随分と硬くなっていた。温かく大きな、だが決して拭い去れない血に汚れた手だ。 共和国戦争以外でも、彼は人に手を掛けている。それはほとんどが連合軍の兵士であったが、人間は人間だ。 キャロルと自分自身を守るために仕方なかった、生きるための犠牲だ、と言い訳をしながら死体を増やしていた。 だが、リチャードはその手伝いをキャロルにはさせなかった。キャロルの手だけは、汚させたくなかったのだろう。 妻の勤めとして手を貸すことを切望したこともあったが、リチャードが激しく拒絶をするので結局一度もしなかった。 この手の主が、どれだけ罪深いかはキャロルが誰よりも理解している。生きるために、彼は底の底まで堕ちた。 もう、以前のような陽の当たる場所には戻れなくなってしまった。キャロルがいたために、彼は堕ちてしまったのだ。 妻とは名ばかりの、地獄への使者だったのかもしれない。そう思うと、胸の奥が鈍く痛み、また涙が滲んできた。 「どうして、私をここまで連れてきて下さったんですか?」 キャロルは夫の手に頬を押し当て、目を閉じた。瞼の端から、涙が落ちる。 「どうして、私なんかを愛して下さるんですか?」 「そりゃ、君が僕を好いてくれたからさ。性格が悪くて根性のねじ曲がった口先ばかりの男なんかを気に入ってくれるような御婦人は、後にも先にも君だけだからね。それ以外に、理由なんて必要かい?」 リチャードは妻の目の前に、顔を寄せる。 「僕の方こそ、君に聞きたいね。僕が怖いのは解るよ。自分でもうんざりするぐらいに、僕は人を殺してきたよ。戦中戦後の犠牲者の数をきちんと数えたら、ラミアンさん、もとい、アルゼンタムが旧王都で殺した人数なんて足元にも及ばないと思うよ。キャロル、君は僕が人を殺す場面を何度も見ている。見せるつもりはなかったし、見せたくなんてなかったけど、見てしまったものは仕方ないよね。今更、忘れることも出来ないだろうし。だから、僕のことが怖くて当たり前なんだよ。僕は、本当に意地汚い人間だよ。前から性格は良くないとは自覚していたけど、自分が生きるためには他人を平気で押し退けてしまうようになってしまった。それも、一番タチの悪い方法でね。本音を言えば、僕も自分の子が産まれるのは怖い。君の言った通り、その子は絶対に真っ当な幸せを味わえないだろうね。その子がどんなに出来た人間であっても、僕の罪を誇ることはないだろう。どれだけ耳障りの良い理由を付けたところで、人殺しは人殺しなんだから。そんな人間が人の親になっていいはずもないし、なるべきじゃない。それに、その子は君は愛してくれるだろうけど、僕のことは愛さないだろうしね。産まれる前から自分の子に憎まれるなんて想像したくないけど、きっとそうなってしまう。嫌な未来しか思い付かないから、僕も怖くてたまらない」 だけどね、とリチャードは柔らかな笑みを浮かべた。 「君と僕の子が産まれるのが、楽しみで仕方ないんだ。どんな名前を付けようか、何度も考えてしまうんだ。男か女かも解らないから、両方の名前をね。それこそ、うんざりするぐらいの数を」 「どっちが、いいですか?」 「どちらだって構うものか。元気に産まれてさえくれればいい」 ぐいっと引き寄せられ、キャロルは夫と唇を重ねた。深くお互いを確かめ合った後、リチャードは呟いた。 「せめて、僕達は愛してあげようじゃないか。誰もその子を愛さないかもしれないし、その子自身も自分を愛せないかもしれないのだから。僕達に出来ることがあるとすれば、それぐらいしかないだろう?」 「後悔なさらないのですか」 「何をだい」 リチャードに問われ、キャロルは彼の胸に顔を埋めた。その背に手を回し、固く抱き締める。 「全部です」 「そんなものはね、とっくの昔に捨てているよ」 リチャードはキャロルの細い体を抱き締め、彼女の髪に頬を寄せた。 「君を連れて旧王都を出たあの日に、捨てられるものは全部捨ててしまったからね。僕を愛してくれる女の子と一緒に好きなところへ行けるのだから、こんなにも幸せなことはないよ。君はどうなんだい、キャロル」 「何も」 キャロルはリチャードの胸の中で、首を横に振った。力一杯、彼の服の背を握る。 「なのに、怖くてたまらないんです。リチャードさんが軍に行ってしまわれた時と同じくらいに、怖くて怖くて仕方ないんです。なんて、私は弱いんでしょうか」 「生きていく上で、怖くないことの方が少ないよ」 リチャードはキャロルのクセのある赤毛に指を通し、梳いた。 「幸いなことに、僕らにはまだ味方がいる。普通だったら、戦犯になったんだから、愚弟からはとっくに縁を切られていてもいいはずだけど、どういうわけだかレオは僕のことを見捨てたりはしていない。ギルディオスさんと伯爵は元々神経が物凄く図太いみたいだから解らないでもないけどね。ブラドール一家も、異能部隊の隊員達も、まあ普通に接してくれている。通常の神経では到底考えられないことだけど、ありがたいことには変わりないよ。だからいっそのこと、僕達らしく、せいぜい彼らを利用しようじゃないか」 「そうですね」 リチャードらしい言い草に、キャロルは笑ってしまった。リチャードはキャロルの肩を押し、顔を上げさせる。 「手始めに、子供がちゃんと成長するまで居座ってやろうじゃないか」 「あ、いいですね。ですけど、このままブラドールのお屋敷に居候してしまうのは申し訳ないですから、他の空き家をお借りしませんと」 「どうせ、こんな辺鄙な田舎の化け物だらけの街なんかに住民は帰ってこないんだ、いっそ奪ってしまおうよ」 「どうせなら、大きい家にしましょうよ。日当たりが良くて間取りも広くて、お台所の立派な家がいいですね」 キャロルがにんまりすると、リチャードはにやりとした。 「所詮、僕らは大罪人の悪党だ。悪党なら悪党らしくしないとね」 リチャードはさも得意げに、笑っている。キャロルはその笑顔に釣られて笑ううち、なんだか気分が明るくなった。 何を不安がっていたのだ。今更、怖がることなどない。リチャードと手を取って逃げ出した時に、既に罪は犯した。 彼と行く先に未来などない。未来に待ち構えているのは処刑台か、無惨な死か、いずれにせよ情けない最期だ。 けれど、子供だけはそこから逃がしてやりたい。その逃げ道を確保しておくためにも、ゼレイブを利用しなくては。 意地汚いなら、とことん意地汚くなろう。キャロルはすっかり開き直ってしまい、リチャードと声を合わせて笑った。 未来はない。だが、愛する人が傍にいる。 血塗られた道をひた進む、罪深き男女。 その間に成された子の未来は、産まれる前から潰えている。 だが、未来がないのであれば、この両手で作ってしまえばいい。 それが、二人の見出した道なのである。 07 5/21 |