Short Story




三日間戦争



具合の悪さが落ち着いた頃には、もう日が暮れて、夜になっていた。
その間、襲撃は一度もなかった。ありがたいようで、なんかちょっと寂しいようで。
北斗が少し片付けた音楽室の中央は、机が丸く避けられている。私は、その中心に座り込んでいた。
目の前に並べられた、無機質な銀色の缶詰。いわゆる、コンバットレーションってやつだ。
おいしくないという評判の食べ物が、私の夕食になるようだ。ああもう、今夜はすき焼きのはずだったのに。
食べる気力を削がれながらも、お腹が空いていたため、私はその缶詰を一つ手に取った。結構重たい。

「これがごはん?」

無駄にでかいし、絶対においしくなさそう。この中にご飯がみっしり詰まってると思うと、それだけでお腹一杯だ。
せめて、温かかったらな。無性に切なくなりながら、私は缶詰に缶切りを当て、きこきこと動かしていった。
こんなものを食べなくて良い北斗が、ちょっと羨ましい。こういうときは便利だよなぁ、ロボットって。
北斗はといえば、未だにドアの前で張っている。ずっと同じ姿勢なのに、少しも辛そうじゃない。
かぱっと蓋を開けると、私は一気に食欲が失せた。がっちんがちんに、ご飯が缶に押し込められている。
正直食べたくなかったが、空腹には勝てない。フォークをどかどかと力任せに突き立て、なんとかほぐしていく。
口に入れると、冷たいわ固いわ味は変だわ、で空しくなった。自衛隊の人は、こんなん食べてよく戦えるよなぁ。
それでも、他に食べるものが見当たらないので、食べていった。さすがに、全部は食べられないけど。
もう一つの缶詰も開け、つついてみた。こっちのウィンナーの味は、まだまともかもしれない。
私が黙々とコンバットレーションと戦っていると、北斗が不意に振り向いた。

「礼子君」

「ん?」

食べる手を止め、顔を上げる。北斗は、至極真面目に言ってきた。

「戦っている自分の姿を、美しいとは思わんかね?」

思わず、ご飯を吹き出し掛けてしまった。私は口を押さえ、なんとか飲み込む。
いきなり真面目な顔をしたと思ったら、なんてことを言うんだ、この馬鹿ロボットは。
一体、あんたのどこがどう美しいんだ。私にはさっぱりだ。理解したくないし、出来るわけがない。
しかし、どう答えたもんやら。こういうタイプの奴って、相手をしたことがないから解らない。
私が言葉に詰まっていると、北斗は少し身を乗り出してきた。かん、と銃身を支えにして前傾姿勢になる。

「自分は、美しいと思うが」

「どこが」

具体的に説明してみろ。そう思いながら、私は顔を背ける。
身を引いた北斗は、開き切ったドアの側面にジャングルブーツを当てた。腰に手を当て、胸を張る。

「国家と民衆のために力を尽くすことは、何よりも美しい行為ではないか!」

「そお?」

古い軍人の考え方だ。私は、固まっているご飯へフォークをざくざく刺した。

「まぁ、あんたみたいな考え方が決して悪いとは言わないけどさ。別に美しくはないと思うよー」

「美しいものは美しいのだ!」

意地になってきたのか、北斗は拳を振り上げた。立ち上がると、がしゃん、と自動小銃が倒れる。

「礼子君! 君は、国家のために戦う素晴らしさと美しさが理解出来んのか!」

「したくないんだもん」

出来る限り簡潔に、私は本音を漏らした。だって、めちゃめちゃ暑苦しいじゃないか。
掲げていた拳をゆっくりと下ろした北斗は、目元を押さえた。がっくりと、項垂れてしまう。

「なんと嘆かわしいことだ…」

「大体さあ、今時そんな軍国主義に付き合う少年少女はいないよ。ていうか、いるわけないじゃん」

よろよろとドアの前に戻る北斗の背に、私は言ってみた。振り向いた北斗は、力なく呟く。

「今の自分と礼子君は、同じチームではないか。少しは、同部隊員に付き合ってくれても」

「嫌」

「間髪入れずに否定しないでくれたまえ」

落ち込んでいるのか、北斗の声には元気がなかった。なんだよ、あんたも充分感情が揺れてるじゃないか。
ていうか、思っていたよりも結構感情的だなぁ、こいつ。軍人でロボットなのに、割と人間くさい。
自分の思想を否定されたからか、北斗は自動小銃を抱えて項垂れている。おい、今襲われたらどうするのさ。
私は不安になりながらも、缶詰に押し込められたご飯と戦い続けた。おいしくないけど、食べなきゃいけない。
食べられるときに食べておかないとダメだ。こういう状況になると、そういう理論が正しいと思える。




いつのまにか、眠ってしまっていたらしい。体の上には、でかい服が掛けられている。
うるさいし眩しいしで目を開くと、音楽室の至る壁が青と赤に染まっていた。ぱん、と天井で赤が炸裂する。
すぐ目の前に、赤い塗料を腕に浴びた北斗が駆け込んできた。じゃこん、と自動小銃のマガジンを取り替える。

「起きたか、礼子君!」

ぱぱぱぱぱぱっ、と割に軽い音が続いた。北斗は薄く煙の昇る自動小銃を、窓へ向けて連射する。
割れた大きな窓の向こうに、黒い影がいくつか下りてきた。北斗によってそれらは撃たれ、青に染まる。
そうか。北斗の銃のマーカー弾は青だけど、敵のマーカー弾は赤なのか。知らなかった。
硝煙臭さと眠たさにぼんやりしていると、北斗は私を見下ろし、自動小銃を下ろす。ふう、と一息吐いた。

「夜襲だ。君が寝入ったところを狙っていたようだ」

「で、終わったの?」

「第一波はな。すぐに追撃が来る、逃げるぞ!」

がしゃり、と北斗は自動小銃を担ぐ。割れた窓の外から入ってくる明かりで、太い腕がぎらついている。
ああ、やっぱり服の下もロボットだった。立派な二の腕には、人型自律実戦兵器五式・七号機と書いてある。
てことはつまり、これは、そのあれなんだ。私は体に掛けてあった迷彩服を取り、がばっと放り投げた。

「うぎゃっ」

「さあ行くぞ、礼子君!」

目の前で仁王立ちし、北斗は手を差し伸べてきた。私は投げた迷彩服を拾い、突き返す。

「なんで上半身脱いでんだ、あんたは!」

「今は春先だが、冷えるだろうと思ってな。思いやれと言ったのは君だろうが、何を怒っている?」

不可解そうに、北斗は首をかしげた。私は迷彩服を握り締め、意味もなく北斗を睨んだ。
そりゃロボットだとは解っているし、生身の人間じゃない。でも、ちょっとは女心も考えてくれ。
北斗は難解そうな顔で、迷彩服を受け取った。よく見ると、上半身はベストだけだ。寒そうだなぁ。
迷彩服を腰に巻いた北斗は、私を立たせる。腕を取ると、廊下へと引っ張り出した。

「裏から逃げるぞ」

「え、でも裏って」

真っ暗な廊下を二人で走りながら、私は状況を理解した。このまま行けば、理科室に突き当たる。
だけど、非常口はそこにはない。後ろに振り返ると、暗闇の中、非常口を示す看板が音楽室を指していた。
その緑色から目を外し、私は巨大なリュックを背負った北斗を見上げる。これから、どうしようってのさ。

「そっちには階段も何もないのに、どうやって逃げるってのよ」

「窓さえあれば充分だ!」

一番奥の理科室の前で止まり、北斗は片足を振り上げた。どがん、と勢い良くドアを蹴破る。
ひしゃげたドアが実験台の上を滑り、片付け忘れられていたフラスコが砕け散り、きらきらと床で光った。
ガラスの破片をぱきぱきと踏み砕きながら、北斗は自動小銃を構えた。くるりと身を翻し、私を背に隠す。
廊下へ銃口を向けると、音楽室の方へ連射した。発射音の直後、びしゃびしゃびしゃっ、と当たる音がした。
がしゃがしゃん、と廊下にロボットらしき人影が倒れ込む。北斗は一度頷いてから、理科室の奧へ走っていく。
私は廊下を見ていたが、北斗に続いた。窓を開け放った北斗はリュックを下ろし、中から何か取り出した。
窓枠に打ち込むようにフックを付け、長いロープを外へ放り投げる。巻かれていたそれが、真っ直ぐに伸びた。
リュックを背負い直し、北斗はロープを肩から腕に掛けて回して握る。窓の外に出、とん、と壁に足を付けた。
そうか、そうやって下りる方法もあるんだよな。窓枠へ片足を載せた北斗は、右腕を私へ伸ばしてきた。

「さっさと来ないか!」

「え、ああ」

伸ばされた手を取ると、ぐいっと引き込まれて抱えられた。なんか、こんなのばっかりだ。
北斗は私を落とさないようにしっかり抱え込んでから、ロープを握る手を緩め、壁を蹴るようにして下りる。
とん、とん、とん、と何度か壁を蹴っていくと、地面が近付いてきた。姿勢を整えた北斗は、ロープを手放した。
膝を曲げながら、どん、と着地して私を解放した。北斗は一度上を見たが、すぐに駆け出した。
その背を追い、真っ暗なグラウンドを走っていると、不意に明るくなった。後ろを振り向くと、白い円が光っていた。
丸く白いサーチライトが、屋上から私達を追ってきていた。また銃声がし、周囲で赤い塗料が激しく飛び散った。
北斗に追い付こうと前を見たが、いない。グラウンドの奧を見てみても、あのでかい姿が見当たらない。
必死に走りながら、私は恐怖に襲われていた。やばいよ、このままじゃ絶対にやられちゃう。
視界の端が、明るくなる。強烈な白いライトが私の影を打ち消し、足から背に掛けて照らし出した。
光の道筋を辿るように追いかけてきた銃撃が、闇の中で砕けていく。びしゃっ、と塗料が地面を赤く汚す。
もう少し、あと少しだけでも逃げるんだ。そう思い、私は力の入らない足を前に動かし続けた。
当てもなく走りながら、不安に駆られて叫んでしまった。我ながら、情けない。

「どこ行っちゃったの、北斗ぉ!」

聞き覚えのある、大きな銃声がした。がががががっ、と空気が揺さぶられ、屋上のライトが青に潰される。
青味の混じった光が薄れ、私と光線の間に影が突っ込んできた。ぎゃりっ、とブレーキ音が響く。
最初のものとは違うジープに立ち、北斗は機関銃の後ろに座った。ぐいっと銃口を上げ、作動させる。
屋上とその下の壁が、途端に青くなる。あれほど激しかった銃撃は止み、私は、少し安心した。
腰が抜けた私は、ぺたんと地面に座り込んでしまう。サーチライトの逆光の中、ジープの上で彼が言う。

「立てぃ、礼子君!」

「…無理」

あんなに怖い思いをしたのは、初めてだ。私の声は、半泣きになっていた。
北斗はため息を吐いたが、ジープの上から下りてきた。私の肩と足を取ると、ひょいっと軽く持ち上げる。
いきなり視界が高くなったので、ちょっと戸惑った。北斗は助手席のドアを開け、私をそこに押し込む。
運転席に戻った北斗は、ふ、と妙な笑いを漏らした。こいつ、カッコ付けている。

「ほんの一時、自分が視界から失せただけではないか。それをなんだね、君は」

「あの状況で、怖くない方が変なの」

私は顔を伏せ、ヘルメットで表情を隠す。なんだか、変に恥ずかしいものがある。
がこん、と傍らでギアが切り替えられた。北斗はハンドルを回しながら、まだ笑っているようだった。

「自分の有り難みが解っただろう、礼子君」

「ちょっとはね」

私の声は、ジープのエンジン音で聞こえているか怪しかった。北斗は満足げに、にいっと笑う。
あ、聞こえているんだ。そうだよね、こいつ、ロボットなんだもんね。聞こえて当然だ。
朝方に言われた通り、私は頭を下げて固いシートに身を沈めた。もう、撃たれそうになるのはごめんだ。


朝に比べれば、大分安全運転のジープに揺られて辿り着いた先は、繁華街のスーパーだった。
がらんとした駐車場に止まり、下りる。夜空を見上げると、東側がぼんやりと明るくなり始めていた。
私はジープのドアを閉めてから、ゆっくり息を吐いた。今度は酔わなかったけど、まだちょっと怖い。
運転席から身を乗り出し、荷台を探っていた北斗は、なにやら武装を取り出している。積んであったのか。
ずるりと引っ張り出された長い砲を担ぎ、砲弾と思しきでかいケースを抱えている。無反動砲、かな。

「カールグスタフの出番がなければいいのだがな。ありそうな気もするが」

「眠い…」

ぼんやり突っ立っていたら、眠気が戻ってきた。変なタイミングで起こされたから、寝足りない。
ヘルメットをずらし、中でぐしゃぐしゃになっている髪をいじった。指に、脂が付いてくる。

「お風呂入りたい…」

「礼子君、君は体力がなければ堪え性もないのか」

無反動砲を背中に乗せ、北斗は呆れたように私を見下ろす。私は、筋肉痛のひどい両足を見下ろした。

「足痛い…」

「全く」

嘆かわしい、と北斗はぼやいた。そんな、無理を言わないでほしい。
昨日から走らされてばかりなんだから、足が痛くならない方がおかしい。眠くならない方がおかしい。
北斗は、ロボットは疲れを感じないのかもしれない。だとしたら、この辛さは解るまい。
意識が薄らぎかけている私を眺めていた北斗は、腰からあの迷彩服をほどき、ばさりと頭に掛けてきた。

「仕方ない、寝るなら寝ろ。だが、いつ起こすことになるか解らんからな」

「いいよ…もう」

眠れるなら。そう言う前に、私はかくんと首が前に落ちた。
ああ、神様。どうか、目が覚めたらベッドの中にいますように。




なんか、やけに固い物が頭に当たっている。でもって、いやに視界が狭い。
眩しすぎるくらいに綺麗な朝日が、遠くに見える入り口のガラス戸を照らしていた。あれ、ここどこだっけ。
天井を見、周囲を取り囲んでいる陳列棚を確認して、ようやく思い出した。スーパーの中だった。
そして、目の前に気付いた。見覚えのある形のアーミーグリーンのベストを、握り締めていたようだ。
私は、手の中にあった布地を放した。ゆっくり顔を上げてみると、真上には北斗の顔があった。

「起きたか」

「うぎゃあ!」

私は力一杯、北斗を突き放した。すると背中に、固くて横に長いものが当たった。
触ってみると冷たいから、自動小銃のようだ。北斗は心外だと言わんばかりに、口元を歪めている。

「礼子君が、自分を放してくれなかったのだ。断じて自分のせいではない」

両手で持っていた自動小銃を下ろし、北斗は不満げにする。

「だが、二度も悲鳴を上げることはないだろう。君は、そんなに自分が嫌いなのか?」

「一日二日で好きになれるわけないでしょ」

自動小銃と北斗の腕から抜け出し、私は出来るだけ距離を開いた。どん、と背中が棚にぶつかる。
朝日を受けながら、北斗はぶすっとしていた。自動小銃の銃身を離し、片手を伸ばす。

「まず、自分の服を返してくれたまえ」

「あ」

そう言われて、私はでかい迷彩服を着たままだったことに気付いた。背中から外し、投げ渡す。
迷彩服を受け取った北斗は、また腰に巻いた。ぎゅっ、と固くベルトの前で袖を結ぶ。

「好きでないなら、なぜ自分に縋っていたのだ。訳が解らん」

「私に聞かないでよ。私も解らないんだから」

寝ている間の、無意識の行動だ。そんなの、起きていないんだから解るはずもない。
北斗は自動小銃を持ち直し、出入り口へ顔を向けた。銀色の肌に、ヘルメットの影が出来ている。
私は一度深呼吸をして、なんとか自分を落ち着けた。そうだ、ただ無意識に掴んじゃっただけだ。
あんなに怖い思いをしたんだし、不安になっていた。そんな時に抱えられたら、頼りたくもなってしまう。
そうだ。そういうことにしておこう。私は自分に言い訳しながら、ふと、背後の陳列棚を見た。
中身がない。商品が、全て取り払われている。戦闘の被害を、最小限に抑えるためなのかな。
内心で抱いていた淡い期待が崩れ、私はぐらりと来た。また、あのコンバットレーションが朝ご飯なのか。
余程、私が絶望的な表情をしていたのだろう。北斗はリュックを探り、細長いコンバットレーションを出した。

「そう悲観するな、礼子君。いいものがあるぞ」

「それ…何?」

とりあえず尋ねてみると、北斗は私にそのコンバットレーションを差し出した。


「チョコレートだそうだ」


朝日の中、銀色のパッケージが、きらきらと光り輝いていた。たぶん、気のせいだろうけど。
ついでに言えば、チョコレートを差し出す北斗が、通常の三割増しくらい男前に見えたのも。
急いでチョコレートを北斗の手からひったくり、開けた。かじって割ると、ぱきっ、といい音がした。
甘い。甘くてチョコレートだ。疲れていたせいもあるんだろうけど、無性においしい。
口の中で溶かして充分に味わってから、続きを食べた。甘いものがあるって、なんて幸せなんだろう。
半分ほど食べてから、私は座り込んだ。冷たい床に座って幸せを噛み締めていると、北斗が呟いた。

「礼子君。自分は、君が解らない」

「なんで最初からこれを出さないのー、もう」

「チョコレートは嗜好品だから、食事ではない。だから、出す必要はないと思ったのだが」

「必要ありまくりっていうか、むしろないとダメ」

「…まぁ、糖分は、人間にとっては不可欠な栄養素だからな」

まだ理解仕切れていないようだったが、北斗は自分で納得していた。平たく言えば、そんなところだ。
私はチョコレートを食べながら、神様に感謝していた。ありがとう、この世にチョコレートを授けてくれて。
北斗はリュックの上に背負っていた、カールグスタフという名の無反動砲を下ろした。でかいなぁ、これ。
傍らに置いていたケースを開け、砲弾を出す。無反動砲の後ろに付いていたレバーを開き、そこに装填する。
がきん、とレバーが元に戻された。北斗は無反動砲を担ぐと、照準器を睨んだ。

「さて…ここから動くか動かないか、どうするか、だが」

「動かないと、また攻められるから?」

「そうだ。こちらから攻めるのも手だが、敵の本陣が掴めないと来ている」

おまけに、と厄介そうに、北斗は付け加えた。

「礼子君がいるのでは、切り込むことが出来ない。自分一人であれば、突破も破壊も出来るのだが」

「どうせ足手纏いですよー」

チョコレートを食べ終え、私は空の包みを握り締めた。北斗は砲口を下ろし、床に付ける。

「そこで一つ提案があるのだが、礼子君」

北斗の手が、私の左脇を指す。つられてその先を見ると、グロック26が納められている。

「そいつを、ただのモデルガンで終わらせるのは勿体ない。せめて、撃てるようにはなってくれ」

「撃ったことないもん」

「自分が教える。射撃の腕はこの際置いておいて、扱いだけでも覚えておけ。リロードも出来ないといけない」

「リロード?」

「マガジンを入れ替えることだ。そんなことも」

「知ってるわけないでしょ」

「だから、自分が教えるのだ」

ごとり、と無反動砲を置き、北斗は立ち上がる。私は、包み紙をスカートのポケットに入れた。

「でも、ちょっと待って」

「なんだ」

「もうちょっと、チョコ食べたい。ある?」

苦笑しながら言うと、北斗は呆れ果てたように目元を押さえた。全く君という人は、と呟く。
いちいち、そう嘆かないでくれ。仕方ないじゃないか、お腹が空いているんだから。
第一。空きっ腹のままで、銃の練習なんて出来るもんか。




朝方に始めた射撃の訓練は、夕方まで続いてしまった。
標的にしている壁と、そこに書かれた二重の円。円の周囲は、真っ青に染まっていた。
腕がびりびりする。何度も何度も撃ったせいで、肘も肩も、腰も足も痺れている。
手の中のグロック26は、小さいくせに強い。確かに、これは本物の拳銃だ。人を殺せる威力がある。
実弾じゃないとはいえ、発射のインパクトは凄い。北斗に教えられないで撃っていたら、肩が外れたかも。
真っ直ぐに伸ばしていた腕を下ろし、私は少し後ろへよろけた。ごん、とヘルメットが後ろの北斗に当たった。

「…なにこれ」

「拳銃だ」

「そりゃ解ってるよ」

痺れの抜けない手を緩め、引き金から指を外した。ゴーグルを外して、北斗を見上げる。

「けどさ、無理じゃない? こんな短時間で、当たるようになろうなんてのは」

目線を戻し、引き金の後ろのボタンを押した。かちん、とマガジンが外れたので、手の中に落とす。
空っぽになったマガジンを北斗へ渡して、右脇からスペアを抜いた。じゃきん、とグリップに差し込む。
ハンマーを起こし、銃身をスライドさせて一発目を装填させる。後ろでは、北斗がマガジンに弾を入れている。

「当てなくていい、撃てれば良いんだ。そうすれば、なんとかなる」

「なんとかったって…」

「撃つことが出来れば、当たるかもしれないのだ」

「下手な鉄砲なんとやら、ってやつ?」

「そういうことだ」

九ミリのマーカー弾をマガジンに入れながら、北斗は頷いた。私の射撃が下手だ、と言っているようなものだ。
事実だから文句は言えないけど、ちょっと悔しい。せめて、一発でも的に当たればいいなぁ。
北斗から背中を外し、ゴーグルを戻して目元を覆い、照準を的に合わせた。ふと、北斗は出入り口を見た。

「礼子君」

「何よ」

今から集中しようって思ってるのに。それを中断されたため、私はむくれる。
北斗は店の奥へ走っていくと、無反動砲とリュックを背負って戻ってきた。どん、と重たい足音が止まる。
新しく弾を入れたマガジンを私に投げてから、西日に染まった窓の外を見、にやりと口元を広げた。

「戦車だ。これはナナヨンの駆動音か。敵も、本気を出してきたようだ」

「え?」

マガジンを右脇のケースに差し込みながら、耳を澄ませた。でも、私には戦車の音なんて聞こえてこない。
無反動砲を担いだ北斗は、笑みを浮かべていた。戦いを楽しんでいるのか、それとも他に楽しみがないのか。
どちらにせよ、理解出来ない神経だ。私は、戦闘の緊迫感に飲まれて、楽しむどころじゃない。
グロック26を左脇のホルスターに戻し、北斗を見上げた。ダークブルーのゴーグルが、淡く光っている。

「北斗。あんた、戦いが楽しいの?」

「楽しい、か。自分は起動してからずっと、休みなく戦い続けてきた。楽しいといえば、楽しいかもしれん」

北斗の表情が、少し緩んだ。私の考えは、後者が当たっていたらしい。

「だが、楽しくないといえば楽しくはない。今は訓練用歩兵ロボットが相手だが、実戦となってしまえば…」

「悪いこと、聞いちゃったかな」

今までに比べて歯切れの悪い北斗に、私は罪悪感を感じた。いや、と北斗は首を振る。

「楽しかろうが楽しくなかろうが、自分は戦う定めにあるのだ。敵と定めた相手を、倒し殺すためのな」

改めて考えてみると、この変な戦闘ロボットは、結構悲しい立場にあるようだ。
そりゃそうだ。自衛隊って名前だけど、日本が所有している軍隊には変わりない。名前が軍じゃないだけで。
人に人を殺させないために、機械に人を殺させるつもりなのだ。そのうち、北斗も実戦配備されるだろう。
こいつには意思がある。ちょっと理解に時間は掛かったけど、他人を思いやることも出来る。
性格は多少難ありだけど、割にいい奴だ。そんなロボットを、人間は人殺しの道具にするつもりなのだ。
ううむ。なんだか、物凄く理不尽な気がしてきた。そういうの、人の奢りって言うんじゃないのか。
ふと、ヘルメットが押し込まれた。顔を上げると、訝しげな顔をした北斗が手を置いている。

「何を落ち込んでいる」

「いや、なんか、北斗って可哀想かなーって…」

「礼子君に同情されずとも、そんなことは自分で解っている」

最初からな、と北斗は笑う。私は、なんだか泣きたくなってきた。

「…う」

「なぜそこで泣くのだ、礼子君は。君という人間が、ますます解らなくなってきたぞ」

不思議そうに、北斗は首をかしげる。解らなくたっていいよ、そんなこと。

「別に自分は、強がっているわけではない。事実と使命を受け入れ、それに誇りを持っているだけに過ぎん」

「北斗」

目元を拭ってから、私は北斗を見上げた。美しくはないけど、男らしい。

「あんた、結構恰好良いね」

「今更気付いたか。遅いぞ、礼子君」

にやりと笑み、北斗は胸を張る。なんだよ、もう。前言撤回したくなった。
行くぞ、と北斗は腕を振り上げて出口へ向かっていく。私は、慌てて彼を追いかける。
スーパーの駐車場に出ると、煌々と輝く月が昇り始めていた。もう、夜は始まっている。
止めていたジープに向かっていた北斗は、不意に手を翳し、私を制止した。首を振りながら、言う。

「あれはもう使えないな」

「どうして?」

私には、別に問題があるようには思えない。ジープの位置が、変わっているわけでもない。
北斗は私を背に隠すようにして、後退していった。それに押される形で、私は建物の壁に背を当てた。
じっとジープを見据えていた北斗は、小さな声で、さん、にい、いち、と数えていった。
ぜろ、と声がした直後。


どん、と炸裂音がし、白煙が立ち上り始めた。


「自動車爆弾だ。あれに乗った自分達が、戦車に追い付いたときに爆発するタイミングになっていた」

ふん、と北斗は息を漏らす。七号機、と書かれた二の腕の後ろから、私は白煙を眺めていた。
あれが本物だったら、と想像してしまい、ぞっとした。ていうか、いつのまに仕掛けたんだよ。
北斗は白煙に背を向けて歩き出し、がしゃん、と無反動砲を担ぎ直す。月明かりで、薄い影が伸びている。

「自分に続け、礼子君! 七四式戦車を撃破しに行くぞ!」

「あ、アイサー」

なんとなく敬礼してから、私は北斗を追う。北斗は走ることはなく、私が追い付くのを待っていた。
足早に歩き、繁華街から住宅街へ向かう。どうやら、戦車は住宅街にいるようだ。
夜空を見上げて北の方を探すと、北斗七星はすぐに見つかった。死兆星はない。当然だけど。
北斗七星をまともに見たのなんて、久し振りだなぁ。
今夜は、長い夜になりそうだ。







04 12/27


 



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