Short Story　三日間戦争

三日間戦争

七四式戦車と思しき駆動音が、遠くから僅かに聞こえてきていた。
獣が唸るようなエンジン音に、キャタピラが擦れ噛み合う音。聞いているだけで、威圧感がある。
身を縮めて隠しながら、私はちょっと怖くなっていた。どんなふうに攻撃されるかなんて、考えたくもない。
さっきから喉がやたらと乾いてしまい、手の中のペットボトルは空に近い。戦闘って緊張する。
住宅街の中でも割に背の高い、七階建てのマンションの階段に、私と北斗は座っていた。
座り込んで身を隠し、排気を吹き上げて路地を闊歩する、戦車の姿を見ている。敵の動きを探るためだ。
コンクリートがお尻に冷たく、固かったけど、おかげで眠くならずに済んでいた。さすがにもう、眠れない。
壁から少し頭を出し、北斗は無反動砲を抱えていた。いつでも撃てるように、グリップを握っている。

「少し、面倒なことになっているな…」

「戦車が相手なら、面倒以前に大変でしょうが」

「人間ならば、の話だ。自分にとって、戦車一台など大した敵ではない」

「じゃあ、何が面倒なの？」

夜風に冷え切った足を抱き、私は北斗を見上げる。北斗は、うむ、と頷いた。

「あのナナヨンは廃戦車でな。まぁ実戦訓練では当然のことなのだが、問題はその中身なのだ」

「んじゃあ、あの歩兵ロボットが乗って操縦してるんじゃないってことか」

「察しがいいな、礼子君。先程からサーチしているのだが、歩兵ロボットの駆動音がまるで感じられない」

となれば、と呟きながら、北斗は体を沈ませる。身を屈めて、階段の壁に背を当てた。

「あれは遠隔操作されている、と見ていい。通信電波の類はジャミングで解らんが、十中八九それだろう」

「ジャミング…」

ぽんぽん飛び出す専門用語に、私はようやく北斗が軍人であると実感した。ちょっと遅いけど。

「てことは、あの戦車は囮で、私達が出てくるのを待ってるんだ」

「囮といえば囮だが、本命といえば本命だ。遠隔操作となれば、間違いなく攻撃をしてくる」

「つまり、戦車と敵と、どっちとも戦わなきゃならないってことか」

そりゃ確かに面倒だ。片方だけでも厄介なのに、一度に来たとしたら、かなりのピンチだ。
そうだ、と北斗は頷いた。無反動砲を抱えるように背を丸め、頬杖を付く。

「正に、一対多数というわけだ。敵勢をどう切り崩せば勝機が見出せるか、考えなければ」

「切り崩すたって…敵の方が数が多いわけだし、武器も多いし強いわけだし。私は、戦力にならないし」

北斗一人がいくら強くったって、私がいるんじゃろくに戦えないだろう。守らなきゃいけないから。
せっかく銃の撃ち方だけは覚えたんだから、ちょっとは戦いたい。そう思っていると、北斗は私を指す。

「そうだ。敵勢は、礼子君を戦力として数えていない。あくまでも、自分の保護対象者だ」

「うん」

だから、足手纏いだ。北斗はリュックを探っていたが、手榴弾を三つ取り出した。

「手榴弾を与える。敵勢がやってきたら、その中心に投げ込むか、或いは戦車の通り道に投げてくれたまえ」

「あ、そういうことか」

「この演習で礼子君に与えられる武装は、グロック２６だけだ。無論、本来はそれ以上はいけないのだが」

「私を使って敵の裏を掻く、ってわけか」

「そうだ。自分が礼子君を守り通し、この戦いに勝利するためには、少々の軍紀違反など問題ではない」

ごとんごとんごとん、と北斗は手榴弾を階段に並べる。私はその一つを取ったが、予想以上に重くて驚いた。

「戦況は常に変わる。臨機応変に対応しない隊長など、弾の撃てないガンのようなものだ」

北斗の言い回しが、一瞬理解出来なかった。意味としてはたぶん、役立たずとかなんだろう。
私は手榴弾を、スカートのポケットに入れる。一つ入れたら、一杯になってしまった。
残りの二つを手にしたけど、どこに入れたらいいやら。防弾ジャケットの両脇を探ると、ポケットがあった。
そこに突っ込んでから、私は少し外を見た。七四式戦車は、相変わらず住宅街を突き進んでいる。

「近付いてこないね」

「自分達が近付くのを待っているのだ。つまり、戦況はこちらの手の中にある」

「そお？」

私には、敵から誘われているだけにしか思えない。だって、罠が張ってあるんだから。
北斗はジャングルブーツの足首に差した大型ナイフを抜いていたが、鞘へ納める。

「そうだとも。自分達が動くか動かないかで戦況が変わるのだから、そういうことなのだ」

「動くか、動かないか、かぁ」

まるで、人生の格言だ。他にも色々と当て嵌まりそうだ。全ては自分次第、ってことだもんなぁ。
腰の後ろへ手を回していた北斗は、同じく大型のナイフを抜いた。それも鞘に戻し、きん、と金属音がする。

「礼子君。君が拒否をするならば、自分の作戦に乗る必要はないが？」

「別に拒否る理由もないから、最後まで付き合ったげる。それに、今更逃げ出せると思う？」

私は、腹を決めた。正直、足は震えてしまいそうだけど、ここで逃げたら女が廃る。
それに、逃げるのはもうごめんだ。逃げながら撃たれそうになるよりも、撃ち返してやるほうが余程いい。
北斗の笑い方を真似て、にやりとしてみた。北斗は驚いたような顔をしたが、少し笑った。

「それもそうだな、礼子君」

戦車の音は、まだ近付いてこない。深い藍色だった空は少し弱まり、東がほんのり明るくなっている。
ちょっと腰を上げて東側の空を見た北斗は、すぐに体を戻した。無反動砲を取り、中腰に立った。

「夜明けが近いな。夜に紛れ続けるのも、そろそろ限界のようだ」

「あ、北斗」

階段を下りていこうとする北斗を、呼び止めた。振り向き、北斗は無反動砲を担ぐ。

「なんだ」

「私は北斗のことそんなに嫌いじゃなくなったけど、北斗はどうなのかと思って」

戦う前に、聞いておきたかった。どうでもいいかもしれないけど、気になってしまったのだ。
顎に手を添えて、北斗は悩むように唸った。目線を落とし、本気で考えている。

「自分は、礼子君にとってチョコレートであれば嬉しいとは思っている」

「は？」

なんでそこで、チョコレートが出てくるんだ。北斗は続ける。

「昨夜話した通り、自分は戦うために生まれた兵器だ。国家や戦争で必要とされることはあっても、個人から必要とされたことは少ない。だが、礼子君は個人として自分を頼ってくれた。それが、嬉しかったのだ」

「全部成り行きだよ、そんなの」

「そうだな。だがそれでも、自分は嬉しかったのだ」

北斗の表情から険しさが消えて、穏やかな笑みになる。そんな顔も出来るんだ、こいつは。
必要とされる嬉しさってのは、私にも解るかもしれない。にしたって、なんでチョコレートなんだ。
もしかして、私が必要ありまくりとか言ったせいか。だから北斗は、あんな変な比喩をしちゃったのかな。
でも確かに、今の北斗は、私にとってのチョコレートだ。なくてはならないし、近くにいないと落ち着かないし。
最初はあれだけ嫌いだったロボットなのに、なんだろうこの変わりよう。あ、吊り橋効果ってやつね。
北斗は表情を固めると、さっさと階段を下りていってしまった。途中で立ち止まり、私を呼ぶ。

「さあ行くぞ、礼子君！」

「切り替え早ぁー」

私は、思わず感心してしまった。さすがに、軍人なだけのことはある。
グロック２６だけじゃなく、手榴弾三つで体が重い。普段と違う感覚に苦労しながら、北斗を追った。
転ばないように階段を駆け下り、アパート前の駐車場に出る。すぐ近くの児童公園には、時計が立っている。
午前四時三十二分。気が付いたら、特殊演習の残り時間は後少しだ。こんな体験、最初で最後だろうなぁ。

これは、戦いの足音だ。
アスファルトが揺れているような、そんな感覚が、ジャングルブーツを伝わって感じられた。
入り組んだ住宅街の中で、一番幅広の道路。そのすぐ横の路地で、私と北斗は戦車を待ち構えていた。
塀に体を押し付けると、弱い震動がある。ぎゃりぎゃりとキャタピラの軋む音に、私は肩を竦める。
戦車の駆動音に紛れるように、ヘリの飛ぶ音がする。どこにいるかは解らないけど、そう遠くじゃない。
北斗の真剣な横顔が、手前にある。私の姿を戦車に見せないために、体で隠しているのだ。
顎で締めたヘルメットのベルトが、固くて痛い。もしも外れたら困るので、しっかり締めてしまった。
ゴーグル越しに見る夜明けの住宅街は、誰もいないせいもあって、ひっそりとしている。うるさいけど。
じゃきり、とグロック２６の銃身を動かし、マーカー弾を装填を確認した。これを、撃つことになるのか。
出来れば撃ちたくないなぁ、と思いながら、北斗のリュックを掴む。すると、北斗が呟いた。

「怖いのか、礼子君」

「そりゃあね」

「案ずるな、君は自分が守ってみせる」

横顔を向け、北斗は笑ってみせた。私は無性に恥ずかしくなり、顔を伏せる。

「…よく言えるよなぁ、そんなこと」

「それが自分の任務なのだ。言えて当然だ」

また前を向いた北斗は、少し腰を落とした。戦車が、徐々に近付いてきている。
私は北斗のリュックから手を放し、グロック２６を握り締める。構えながら、教えられた撃ち方を思い出す。
腕は伸ばし切って、反動は関節で受けない。腰もちゃんと据えて、足も踏ん張ってから引き金を引く。
よし、なんとか覚えている。実戦でも出来るかどうかは解らないけど、やるだけやってみるしかない。
不意に、北斗が少し前に踏み出た。戦車のエンジン音が、確実に近付いてきた。もう、後少しといった感じだ。
北斗は路地を見回していたが、いきなり私の胴体を抱え上げ、自動小銃のすぐ傍に担いだ。
何をするんだ、と言う前に、北斗は私を肩に座らせた。落ちてしまいそうなので、私は北斗の頭にしがみつく。
北斗は一度腰を落としてから、駆け出した。その速度に圧倒されながらも、私は状況把握に徹した。
大きい道からは外れて、家と家の間のような細い道を進んでいる。戦車の音が、背後に遠ざかっていく。
薄暗い塀と塀の間を抜けながら、なんとなく、北斗の考えが解ってきた。そうか、そういうことか。
だん、と力強くアスファルトが踏まれた。北斗は左右を確認してから、塀と塀の間を出る。
出た途端、遥か遠くに戦車の後ろ姿が見えた。キャタピラの跡が、アスファルトにずっと続いている。
北斗は私を反対側の路地に押し込んでから、無反動砲を構え、照準器を睨む。ごとん、と戦車が止まった。
ぎりぎりと砲塔を回している戦車は、北斗を見下ろす。長く巨大な砲身の先が、北斗に合わせられた直後。

「ってぇ！」

どぅん、と熱風が抜けた。無反動砲の前後から、煙とも湯気とも付かないものが立ち上っている。
無反動砲を下ろした北斗は、腰に下げていた砲弾のケースを開けた。砲の後部を開き、じゃこんと押し込める。
私は思わず呆気に取られていたが、意識を戻した。無反動砲の衝撃波って、凄いものがある。
戦車を見ると、砲身から煙を立ち上らせていた。発射される前に、北斗が撃ち抜いたらしい。凄いや。
北斗はもう一度、無反動砲を発射した。どごん、と着弾し、戦車のキャタピラが歪み、青く染まった。
主砲をやられても進んでいた戦車の動きが、ようやく鈍った。そして、がちり、と壊れたキャタピラが止まる。
熱を持っている無反動砲を下げ、北斗は軽く顎を動かす。来い、ということだろう。
私は路地から道路に駆け出し、北斗に近付いた途端、抑え付けられた。転ぶと同時に、上で発砲音がした。
ごん、とヘルメットとゴーグルが地面に当たる。その震動と痛みを堪えながら、私は起き上がる。

「痛ぁ…」

北斗を見上げると、彼は路地を指す。それに従って見ると、塀から落ちたらしい歩兵ロボットがいた。

「自分達の動きは読まれていたらしいぞ、礼子君」

「当然じゃない？　ヘリ飛んでるし、上から見れば丸見えだもん」

スカートを払いながら立ち上がり、私はグロック２６を構えた。路地の隙間は、青く染まっている。
ばらばらとやかましいローター音が、影と共にやってきた。ヘリの影が、ゆっくりと私達の上を通り過ぎた。
北斗の後ろを覗くように、戦車に塞がれた道路を見る。すると、統率の取れた動きで、歩兵ロボット達が現れた。
壊れた戦車の前で横に並び、真っ直ぐにこちらへ銃を向けている。あれは、自動小銃かな。
がちゃがちゃがちゃ、と、背後でも歩兵ロボットの足音がした。後ろを見ると、前方と同じ状態になっていた。
北斗は険しい顔をして唇を締め、前後を挟んでいる十数体の歩兵ロボットを見比べた。

「少し走るぞ、礼子君」

「またぁ？」

「走るのは君ではない。自分だけだ」

無反動砲を投げ捨て、北斗は私を抱える。今度は、両腕でしっかりと抱えられた。
私の頭と胴体を腕で隠してから、前後の敵を窺った。ゆっくり足を進めながら、北斗は顔を寄せる。

「礼子君。敵小隊とのすれ違いざまに、手榴弾を投下してくれたまえ。ピンの抜き方は解るな？」

「教えてもらってないんだけど」

「とにかく、ピンを引き抜いて思い切り投げ付けろ！　いいな！」

「アイサー」

小さな声で会話しながら、私は制服のポケットを探った。手榴弾を、そっと取り出す。
丸いピンに指を掛け、握り締める。そうだとも、出来るだけのことはやってみようじゃないか。
私を抱え込んだ北斗は、戦車に背を向けた。途端に、ぱぱぱぱぱっ、と破裂音が響いたが、遠ざかる。
躊躇いのない足取りで、北斗は銃撃から逃れながら、後方を塞いでいる敵へと突っ込んでいく。あれ、でも。
私は、まるで撃つ気配のない敵が少し意外だった。私がいるからなのかな、これは。
北斗はそれを知っているのか、だん、と跳ねるようにして敵の部隊へ突っ込んだ。着地と同時に、一体を踏む。
ぐしゃり、と歩兵ロボットを潰していた足を抜く。銃口を向けてきた他のロボットを、北斗は蹴り飛ばす。
どごん、と塀にアーミーグリーンのロボットが埋まる。背後に迫ったもう一体も、強く蹴り飛ばされる。
回りっぱなしの視界にふらつきそうになりながら、私は手榴弾のピンを、言われた通りに思い切り引き抜いた。
抜いたピンと手榴弾を、力を込めて地面に叩き付ける。ばきん、と手榴弾がアスファルトに跳ねた。
すぐさま北斗は背を向け、駆けた。数秒後、どぱん、と軽い破裂音がし、青が辺りに飛散する。
後方を覗き見ると、戦車側の歩兵ロボット達が追いかけてくる。それを言うため、私は北斗を叩いた。

「案ずるな、礼子君」

橋に繋がっている長い坂道を、時折銃撃を受けながら、北斗は走っていった。
坂の下を見、私は見慣れないものがあることに気付いた。こっちの住宅街と、隣町とを区切る川がある。
その上に通る一本の橋に、背の高いフェンスが置かれていた。それも、橋から川べりまでをずーっと長く。
もしかして、あれは特殊演習の範囲を示しているのかな。だとしたらそれは、不利なだけなんじゃないのか。
でも、北斗は笑っている。逃げ道はもうないっていうのに、追いつめられているのに。
すぐ前で坂が切れ、塀の両脇から歩兵ロボットが飛び出してきた。銃口を向けたが、やはり撃たない。
北斗はぐるっと体を捻るようにして、右側のロボットの頭を蹴り砕き、その勢いのまま左へ体を向ける。

「はぁっ！」

高く上げた左足で、左側のロボットの首を砕き潰す。足が振り抜かれると、ごとん、と頭が落ちる。
オイルに汚れたジャングルブーツを下ろし、北斗は後ろを見る。私は、二つ目の手榴弾を取り出した。
ピンを抜き、横一列に並んで追いかけてくる敵の部隊に向けて、放り投げた。ごん、と遠くに落ちて転がる。
数秒後、どぱん、と炸裂した。青い塗料を受けた途端に、彼らは膝を落とし、次々に倒れ込んでいった。
北斗は青く染まった歩兵ロボットを見て、少しぽかんとしていたが、口元を上向ける。

「やるではないか、礼子君」

「付き合うって言ったでしょ？」

グロック２６を持ち直しながら、私は笑う。北斗みたいに、ちょっとカッコ付けてみた。

「守られてばっかりじゃ、いくらなんでもダメすぎだしね」

「いい心構えだ」

にやりとしながら、北斗はまた駆け出した。落とされないと解っていても、揺れるので少し怖い。
グロック２６を持っていない方の手で、北斗のベストを握り締めた。すぐ目の前のポケットから、金属音がする。
しばらく北斗に揺られていると、ざっ、とジャングルブーツがアスファルトを擦った。止まったようだ。
私は顔を上げ、慎重に周囲を見回した。東側から昇る朝日が、家々を白っぽく光らせている。
北斗は私を下ろし、立たせた。握ったままだったベストから手を外し、私はなんとなく、北斗に背を当てた。
じゃきり、と頭上で自動小銃のマガジンが差し替えられる。北斗は銃身を肩に当て、引き金に指を掛けた。
私もそれに倣い、グロック２６を構える。真っ直ぐに腕を伸ばし、引き金に軽く指を掛ける。
上目に北斗を見ると、固く唇を締めてどこかを睨んでいた。私はその視線を辿り、住宅街に続く坂道を見た。
順序良く並んだ家々の間に続く細い道路に、僅かに影が動く。すると、道路を挟む塀に、不意に人影が現れた。
ちぃ、と北斗の舌打ちが聞こえる。さっき私達が走ってきた道路、青く汚れた道に、一人が立った。
マスクで顔を隠した兵士が、ゆっくりとこちらにやってくる。歩兵ロボットとは違い、戦闘服を着ている。
数歩近付いて、兵士は私達へ銃口を上げた。ぎらりとした自動小銃が、北斗を見据える。

「四面楚歌。或いは、八方塞がりってやつだぜ、北斗」

かちり、と北斗の手が自動小銃の銃身から外される。私を抱えながら、北斗はその兵士を睨む。

「だからどうだというのだ！　特殊演習の制限時間まで、あと十分は残されているぞ？」

「投降しやがれ、北斗！　そのお嬢ちゃんを渡してくれたら、お前は殺さん！」

いきり立ったような、どこか楽しげな声で兵士は叫んだ。北斗は表情を歪めたが、言い返す。

「ふん。人質を解放したテロリストなど、確保ではなく射殺が常識だ。誰が信じるものか」

「ちぇー…。つまんねぇな、ばれてたか」

と、兵士は少し肩を竦めた。私は、北斗と兵士を思わず見比べてしまった。
テロリストって、人質ってなんだそりゃ。私の設定は、ただの保護対象者じゃなくて、そんな存在だったのか。
だからあの時、歩兵ロボットは撃たなかったんだ。というか、私がいたから撃つに撃てなかったんだ。
私は北斗の作戦のえげつなさにちょっとぐったり来たが、これで合点が行った。そうか、そういうことか。

「…つまりこの演習って、対テロ用の？」

「そうだ。礼子君」

兵士から目を離さずに、北斗は頷いた。大きな手が、軽く私の肩を握る。

「説明している暇がない上に、君が人質であると最初から伝えてしまっては、戦意を喪失されると思ってな」

「だから言わなかったわけ？」

「そうだ。これも一つの、思いやりだ」

もう一度頷いた北斗の影の中、私は納得していた。人質って言われたら、確かに走らないよな。
自動小銃を構えたままの兵士は、少し間を詰めた。北斗は後退ったが、がしゃり、と背がフェンスに当たる。
照準越しに、兵士は笑う。私も身をずり下げ、北斗の腕の中に納まった。

「なかなか良い作戦だが、失敗だ。後方をフェンスにすることで、背後への心配をなくしたつもりだろうが…」

がしゃんっ、とフェンスが揺さぶられた。

高々と跳ねた歩兵ロボットが、空を塞いだ。サブマシンガンを脇に抱えた数体が、次々に落ちてくる。
私はフェンスに押しやられ、思い切り背中をぶつけた。目の前に、北斗の大きな背がある。
どん、どん、どん、と着地した歩兵ロボットを、北斗は自動小銃で薙ぎ払った。ばきり、と銃身が曲がる。
サブマシンガンを発射される前に、アーミーグリーンの腕を北斗が叩き潰す。奪い取ると、すぐさま連射する。
ばばばばばっ、と銃声と塗料が飛び散る。前方から駆けてきた数体の歩兵ロボットが、撃たれて停止した。
北斗は前方を睨んだ姿勢のままで、足元に落ちているサブマシンガンを取る。それが、兵士に向けられた。
兵士の自動小銃は、北斗のサブマシンガンを狙っていた。かちん、と軽く引き金が指で叩かれる。

「裏を返せば、背後はがら空きってことさ。外から歩兵の追加をしないなんて言わなかったぜ？」

「南斗。お前という奴は…」

苦々しげな北斗に、南斗という名の兵士は言う。

「どうせドンパチやるなら、面白くなきゃな。そう思わないか？」

北斗の背が、少し遠くなった。一二歩、南斗との間合いを詰めたからだ。
私はグロック２６を握りながら、二人の動向を見守ることにした。とてもじゃないが、割り込める話じゃない。
かしゃん、と少しフェンスが揺れたような気がした。音はしないけど、ほんの少しの揺れだ。
気のせいかな、とも思ったけど、もう一度揺れた。背中と防弾ジャケット越しに、フェンスの感触がある。
かしゃかしゃかしゃ、とまだ揺れは続く。風か何かかな、と思い、私はヘルメットを上げ、頭上を見た。
途端に、黒い影が飛び出してきた。しなやかな動きで、黒く細身の歩兵ロボットが私と北斗の間に落ちる。
たん、と軽い足音に、北斗は振り返る。黒い歩兵ロボットは、サブマシンガンを北斗に向け、そして。

ひとしきり、銃声が続いた。

撃たれる瞬間は、見ていなかった。私は押さえ込んでいたヘルメットを離し、顔を上げる。
そこには、ベストを赤に染められて倒れている北斗と、同じく赤にまみれた黒い歩兵ロボットがいた。
撃たれる直前に撃ち返していたのか、北斗の手にはサブマシンガンが握られている。だけど、動かない。
大丈夫。死んではいない、これは訓練で、北斗はロボットなんだから。だけど、だけど。
私はフェンスに寄り掛かっていたが、背を外すことが出来なかった。足が、全然前に進んでくれない。
ありゃー、と南斗は残念そうに苦笑した。自動小銃を下ろしてから、倒れた北斗の前に立った。
南斗の手が、私へ向けて伸ばされる。アーミーグリーンの手袋を着けた、大きな手だ。

「さて、お嬢ちゃん。北斗が倒れちまったし、これで特殊演習は」

「まだ」

まだ、戦いは終わっちゃいない。私はグロック２６を掲げ、南斗に向けて引き金を引いた。
乾いた破裂音と同時に、衝撃が腕に来た。何度も何度も引いていたら、かきん、と金属音だけになった。
九発全てを撃ってしまったせいで、腕と肩がじんとしてきた。痺れなんだか震えなんだか、よく解らない。
目の前の相手に命中はしなかったけど、離れた塀には、青い汚れが出来ていた。全部、外しちゃったよ。
南斗は面食らっていたが、ざっと一歩身を引いた。じゃきり、と自動小銃を構えて私に向ける。

「おいおいおい、何の真似だ？　保護を断る人質なんて、聞いたことないぜ？」

そりゃそうだろう。私も、テロリストと結託した人質なんて、あんまり聞いたことはない。
でも、体が動くのだ。北斗がやられた今、私を守れるのは私しかいないのだから。
北斗の様子を見てみてるが、やっぱり動かない。撃たれたら、機能停止するように設定されているんだろう。
さっき北斗は、特殊演習のタイムリミットまで、あと十分くらいだと言った。ならば今は、五六分てとこかな。
その間、持ちこたえるか戦うか。グロック２６の冷たい引き金に掛けた人差し指には、あまり感覚がない。
南斗の目は、私と同じようなゴーグルに覆われて表情が解らない。ダメだ、この緊張感だけは耐え切れない。
だったら、いっそのこと戦ってやろうじゃないか。私を守って、ついでに北斗も守ってやるために。
私は浅く呼吸しながら、最後の手榴弾をどこに入れていたか思い出した。防弾ジャケットの、左側のポケットだ。
でも、南斗は目の前だ。いくら撃たれないとはいえ、これを出してピンを抜くためには、時間がいる。
そのためには、そうだ。南斗の視界、注意を逸らすことが出来れば、出すことは出来るはずだ。
私はフェンスに預けていた背を外し、なんとか足を前に動かした。歩くのって、こんなに難しかったっけ。
ごん、とジャングルブーツのつま先に何かが当たる。見るとそれは、死体と化した北斗の足だった。
ちょっと泣きそうになりながらも、私は身を屈めた。私の動きに合わせて、南斗の銃口も下がる。
北斗のブーツの外側に手を当て、かちり、と慎重にナイフを抜く。ずしりとした重みが、手の中に訪れる。
立ち上がりざまに振りかぶり、南斗目掛けて投げ付ける。当たる保証はないけど、やらないよりはマシだ。

「だあっ！」

がきん、と硬い金属音と共に、南斗の頭が逸れる。ヘルメットに当たったようで、アーミーグリーンが削れた。
頭と一緒に、南斗の上体も逸れていった。南斗の足元に、じゃりん、と回りながら大型ナイフが落ちる。
今だ、今しかない。私は急いで左のポケットを探り、手榴弾を取り出した。
力を込めてピンを引き抜き、投げ付けた。姿勢を戻した南斗の胸に、どごん、と手榴弾が当たる。

「うえっ！？」

ぎょっとしたような南斗の声が響いた直後、私は身を伏せた。どぱん、と頭上で青が散った。
直後、どがっしゃ、と凄い音がした。どうやら、南斗が倒れたらしい。
仰向けに倒れている北斗の胸に手を掛け、そっと覗き見た。南斗の胸と腹は、手榴弾で真っ青だ。
私は達成感と同時に、強烈な罪悪感に襲われた。そうだよな、戦うってこういうことだもんね。
赤でべっとりしている北斗のベストの、まだ汚れていない部分に縋る。顔を埋めながら、私は呟いていた。

「やったよ、北斗」

上空を、ヘリが飛んでいる。うるさいを通り越してやかましいローター音が、徐々に近付く。
かなり強い風が起こっていて、私の短い後ろ髪をばさばさと揺らしている。朝だからか、風が冷たい。
ヘリのエンジン音が、次第に弱くなってきた。私は顔を伏せたまま、北斗のベストを掴む。
ざっ、と何かの雑音が聞こえた。ヘリのローター音が納まるのを見計らうように、それはしばらく続いた。
何度目かの雑音が、不意に強くなる。嫌な高音が妙に広がった後、サイレンが響いた。
私は顔を上げ、サイレンの出元を探した。すると、川の対岸、というか、橋の向こうに大型ヘリが着陸している。
迷彩に塗られた大型ヘリの前方には、スピーカーが付けられていた。どうやら、あれらしい。
このサイレンは、たぶん特殊演習終了の合図なのだろう。そうすると、今は午前八時頃ってことかな。
高音とも低音とも付かない微妙なサイレンを聞きながら、ぼんやりしていると、突然頭を抱えられた。

「わぎゃっ」

思わぬことに、強かに北斗に顔をぶつけてしまった。鼻先が、ちょっと痛い。
硝煙臭いベストに押し付けられていたが、頭から手が外された。それは、ヘルメットの上に置かれた。
顔を上げると、上半身を起こした北斗がにやついている。私の頭を押さえながら、機嫌良さそうに笑った。

「うむ、良くやったぞ礼子君！　自分はとても嬉しいぞ、君が南斗を打ち負かしてくれて！」

「あっさり起きないでよ」

なんだか、私の戦いが無駄なような気がした。元気良いじゃないかよ、もう。
あの真面目くさった態度はどこへやら、北斗はげらげら笑っている。前方を見ると、南斗も起きていた。
胡座を掻いた南斗は、マスクを外してゴーグルをヘルメットへ載せた。多少汚れたその顔は、銀色だった。
ああ、こいつもロボットだったのか。ゴーグルの形状と色が違うだけで、顔も背格好も北斗に良く似ている。
南斗はがりがりと頬の辺りを掻いていたが、不機嫌そうに口元を曲げた。けっ、と顔を逸らす。

「どこの人質がテロリストと手を組むってんだよー、あほくさー。リアリティゼロじゃねぇか」

「甘いぞ南斗！　お前の思考回路はチョコレートだ！」

「はぁ？」

変な声を出した南斗に、北斗はにぃっと笑ってみせる。

「利用出来るものはなんでも利用する。それが戦場の心得というものだ」

「だからってお前、可愛い女子中学生を歩兵ロボットの盾にして、挙げ句に手榴弾持たせていいのかよ？」

南斗の言葉に、私は全力で頷いた。よく考えてみなくても、北斗の行動は無茶苦茶だ。
はっはっはっはっは、と北斗は盛大に笑った。胸を張り、びしっと南斗を指した。

「勝てばいいのだ、勝てば！　楽しくなくとも面白くなくとも、戦いは勝利こそが全てであり美しいのだ！」

「…あーほくさー」

付き合いきれない、といった表情で、南斗は項垂れた。私もそんな気分だ。
高らかに笑い続ける北斗を横目に、私はすっかり明るくなった空と、薄く散らばる雲を眺めていた。
ちょっとだけ、こいつのことをカッコ良いとか男らしいとか、思っちゃった自分が馬鹿みたいだ。
結局のところは、この三日間、北斗が楽しんでいただけじゃないか。で、私はそれに振り回されていた。
忘れかけていた日付を思い出し、私は放心していた。来週って確か、中間テストが始まるんじゃなかったっけ。
三日間潰れちゃったし、金曜日に学校に行けなかったし、うちは壊れちゃったし、体力は消耗したし。
こんなんで果たして、まともにテスト勉強が出来るんだろうか。出来なさそうな気がする。
あーもう。自衛隊なんて、大っ嫌いだ。

手早く取り払われたフェンスが、どかどかと大型ヘリに積み込まれていった。
ロボットでない人間の自衛隊員達が、忙しなく働く姿を、私は北斗と南斗と一緒に見ていた。
こんなに撤収が早いのであれば、準備も恐ろしく早かったに違いない。大変だなぁ、隊員さん達は。
重たいベストの前を開き、南斗はまだ何かぼやいていた。余程、北斗に負けたのが悔しいらしい。
北斗によれば、二人は双子なんだそうだ。南斗は六号機で北斗は七号機だけど、起動したのはほぼ同時。
稼働年数も訓練年数も性能もほとんど一緒で、違うのは性格くらいらしい。だから、良く張り合うんだそうだ。
私は南斗との三日間を想像してみたが、やっぱりこっちも嫌だ。南斗は南斗で、性格悪そうだし。
重たいヘルメットを外した頭は軽くて、なんだか違和感があった。防弾ジャケットも脱いだから、すかすかする。
南斗は北斗を見、変な笑いを浮かべた。ごん、と拳で北斗の赤く染まった胸を叩く。

「北斗。お前、基地に戻ったら懲罰が待ってるぜー。思いっ切り軍紀違反しちゃったんだもんなぁ」

「そうだな。だが南斗、お前も懲罰が待っているぞ」

「オレがいつ軍紀違反したってんだよ？」

北斗の肩に腕を乗せ、南斗は顔をずいっと近付ける。北斗は顔を逸らす。

「あの隠密用歩兵ロボットは、まだ開発中の身だ。それを無断使用したとなれば、上は黙ってはいないぞ？」

「いーじゃんかよー、実地訓練したーって言い訳すれば」

不満げにむくれた南斗を、北斗はぐいっと押しやった。

「そう言ってお前は、何度新兵器を無断使用しては破壊してきたのだ」

「両手で数えられる数じゃんかよ」

「数の問題ではない」

呆れ返ったのか、北斗は変な顔になる。この兄弟、仲がいいんだか悪いんだか。
私は二人の掛け合いを見ていたが、ふと、近付いて来た人に気付いた。最初に会った、あの軍人だ。
三日前の時と同じ、紺色の制服を着ている。その男が近付いてくると、北斗と南斗はすぐに喋るのを止めた。
二人は、かん、とかかとを合わせて敬礼する。北斗は胸を反らし、一本調子で叫んだ。

「隊長、特殊演習終了いたしました！」

隊長は頷くと、ぼけっとしている私を見、そして北斗を見上げた。

「北斗。お前にしては珍しいな、軍紀違反を起こすなんて。人質とはいえ、一般人に武装させてはなぁ」

「はっ！　ですが、自分が最良であると判断した結果であります！」

「どういう意味でだ」

「はっ！　鈴木礼子君は自分の保護対象者でありますが、それ以前に同部隊の隊員であります！」

「戦闘経験皆無の彼女を、兵士扱いしたというわけだな？」

「はっ！　礼子君は作戦上必要な存在であるため、協力してもらったまでであります！」

「そうか」

どこか嬉しそうに、隊長は表情を緩ませた。私は、思ったよりも重要な役割にいたのかもしれない。
はっ、ともう一度返事をした北斗は、顎を引いた。私が見上げると、北斗は少し笑ってみせる。
隊長は北斗と南斗を見上げ、頷いた。二人へ向けて、敬礼をする。

「北斗。お前にこの演習をさせたことは、無駄ではなかったようだな」

隊長は背を向け、大型ヘリに向かっていった。その背が遠ざかってから、二人は手を降ろした。
私は、二人を見上げた。南斗は北斗をぱかぱか叩きながら、可笑しげに笑う。

「だぁーってよ。褒められたじゃんか、北斗。ようやくお前も、ＡＩが完成してきたなー」

「まぁ、確かに最初に比べて、性格が丸くなった気がするけど」

と、私が呟くと、北斗は気恥ずかしげに項垂れた。その頭を、南斗がまた叩く。

「聞けよお嬢ちゃん。こいつはな、ちょっと前までオレらの創造主の人間様を否定して生きてきたんだぜ」

「言うな…南斗」

蚊の鳴くような北斗の声を無視し、南斗は続ける。

「戦場に感情はいらないとか、一人が強きゃそれでいいとか、チーム戦とか馬鹿にしくさってたんだぜー」

「ははぁ」

私の気の抜けた相槌で、北斗は顔を上げた。情けなさそうに、口元を引きつらせている。

「そういうことだ、礼子君。一日目は、すまないことをしたと思っている」

「…今更謝られても」

あの壮絶な車上戦は忘れられないけど、謝るタイミングが遅すぎて、怒る気にもなれなかった。
ひたすら申し訳なさそうな北斗を、ひたすら南斗がいじっていた。変な兄弟だ、こいつら。
ふと、風が起きていた。宙を泳いでしまう前髪を押さえ、大型ヘリを見ると、ローターが動き出している。
いつのまにか片付けは終わっていて、自衛隊員達は撤退していた。素早すぎないか、行動が。
風は次第に強くなり、甲高いエンジン音が聞こえ始めた。大型ヘリの側面が開き、搭乗タラップが伸びる。
搭乗口の中から呼ばれ、南斗は先に入っていった。そっか、演習が終わったから、もうお別れなのか。
あれだけ嫌だったのに、いざ終わるとなれば妙に寂しい。北斗は、私の隣を通り過ぎた。
数歩前に出ると振り返り、敬礼した。私も、それに敬礼をして返す。

「もう、終わりだもんね。ばいばい、北斗」

「礼子君。この三日間の全ての出来事は、口外してはならない」

「解ってるって。国家機密なんでしょ」

「そうだ。解っているではないか」

北斗は、敬礼していた手を降ろす。私は、とりあえず笑った。

「元気で、って言うのもなんか変だけどさ。自衛隊、頑張ってね」

「ああ。言われずとも」

どこか優しげな表情で、北斗は笑っていた。強い風で、袖の腕章がばたばた鳴っている。

「出来ることなら、自分はもう一度、君に会いたい。礼子君は？」

「会いたくないっちゃ会いたくはないけど」

妙な照れくささを隠しながら、私はローター音に負けないように声を上げた。

「会いたいっちゃ、会いたいかも」

ふ、と北斗は笑みを漏らした。私の答えに、満足したのだろう。
くるりと背を向けると、片手を挙げて軽く振る。大型ヘリに向かいながら、北斗は叫んだ。
あまりにやかましいローター音のせいではっきりと聞こえなかったけど、私には、こう聞こえていた。

自分は、礼子君のそういうところが好きだ。と。

気のせいだったのかもしれないけど、少なくとも、北斗はこんなことを言っていた。
初めて告られた相手が軍人でロボットとは。嬉しいっちゃ嬉しいけど、複雑っちゃ複雑だ。
でも、そんなに嫌じゃないのが、少し意外だった。

空の彼方に飛んでいった大型ヘリを見送った後、私は一人、土手に座っていた。
薄い雲は風に流され、すかっと一面の青空が清々しい。まだ少し、辺りは硝煙の匂いがする。
川を上ってきた風の冷たさに身を縮めながら、内心で決意を固めていた。
よし、今度こそ決めたぞ。私は将来、政治家じゃなくて、自衛隊員になってやる。
でもって。北斗に、戦い以外の楽しみを教え込んでやる。
そのついでに、告られた返事もしなければ。何年掛かるか解らないけど、返事はしたい。
近くに誰もいないことをいいことに、私は叫んだ。

「北斗ー」

お風呂に入っていないせいで、多少べたつく髪を押さえ、空を仰いだ。

「私もあんたのそういうとこ、ちょっとだけ好きだよー」

こうして、私の無茶苦茶な三日間は終わった。
私の平坦な人生に置いて、唯一激しい起伏のあった三日間を、一生忘れることはないだろう。
いつかまた、北斗に会える日が来たとしたら。
出会い頭に力一杯、教科書の詰まった通学カバンをぶつけてやろうと思っている。

とりあえず。

この国は平和だ。たぶん。

THE END...

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