私は、高いところは嫌いだ。 元来、あまり苦手なものはないのだけど、私も人間なので、どうしてもダメというものは存在する。 幼い頃から両親にきっちり躾けられたので、食べ物の好き嫌いは少なく、大抵のものであれば食べられる。 動物や虫も極端なものでなければ平気だし、おぞましい害虫の類も、一発で仕留めてしまえるほどだ。 霊感が皆無だから幽霊も恐ろしくないし、怖い話も、色々な話を散々読み漁ったので慣れてしまった。 だが、高いところだけはダメだ。自衛隊のヘリやら輸送機に乗せられるのは、正直、しんどかったりする。 いくら我慢しても、地面から何メートルも離れていると思うと、なんともいえない不安が込み上がってくる。 だから。空を飛びたいなんて、思ったことはなかった。 その日。私は、すぐに家に帰らなかった。 下校途中で、神田隊員の運転する黒のジープラングラーに拾われ、そしてまた高宮重工のヘリに拾われたのだ。 二時間ほどして到着した場所は、お決まりの人型兵器研究所である。相も変わらず、大掛かりなことをする。 だけど、そうでもしなければ、私は彼女に会えないのだ。今回は、私自身の意思で人型兵器研究所に赴いた。 ヘリから降りると、辺りはすっかり暗くなっていた。背後で回転するヘリのプロペラが、木の葉を巻き上げる。 足元の地面を確かめると、やっと気が落ち着いた。二時間とはいえ、空を飛んでいるのは好きではない。 一呼吸してから、通学カバンを持ち直した。先にヘリを出ていた神田隊員は、鈴音さんに出迎えられている。 ヘリの巻き起こす風で、鈴音さんの白衣と長い黒髪が煽られている。前髪を押さえる手付きは、しとやかだ。 「こんばんは、礼子ちゃん」 鈴音さんが笑いかけてきたので、私は小さく頭を下げた。 「こんばんは、鈴音さん。すいません、ヘリ、飛ばしてもらっちゃって」 「いいのいいの。国と自衛隊から巻き上げた金がごっそりあるんだから、湯水の如く使わなきゃ勿体ないわ」 けらけらと笑う鈴音さんに、私服姿の神田隊員はあからさまに嫌そうな顔をした。 「…お前なぁ」 「冗談よ」 鈴音さんの唇の端が、にやりと上向いた。気の強い、自信に満ちた表情だけど、決して嫌味ではなかった。 むしろ、それすらも綺麗だと思えることが、不思議だった。美人というものは、何をしても美しいのだろう。 神田隊員は、やりにくそうだった。北斗と南斗に振り回されている時よりも、遥かに疲れた様子に見えた。 鈴音さんが強いのか、神田隊員が押されてしまうのか。そのどちらでもあるのだろう、と私は結論付けた。 山奥にある人型兵器研究所は、既に強烈なサーチライトに照らされていて、ここだけ異様に明るかった。 研究所の背後にある山には夜の帳が下りていて、吹き付ける風も冷たく、すっかり秋になったのだと実感する。 早いもので、グラント・Gとの再戦を終えてから半月以上が過ぎて十月の初旬になり、私の制服も変わった。 ヘリの風ではためくセーラーの襟を押さえていると、鈴音さんがこちらを見ていた。少し、羨ましそうだ。 「そういえば私って、セーラー服、着たことないのよねぇ」 「ああ、そうかもな。東中も東高も、どっちもブレザーだったからな」 神田隊員が返すと、鈴音さんは悔しげにする。 「着られる時に、一度でも着ておくんだったわ」 「…はぁ」 私には、鈴音さんの気持ちが良く解らなかった。制服なんて、セーラーでもブレザーでも同じではないだろうか。 学生時代にはなんでもないことが、大人になると懐かしくなるのかもしれない。と、私は適当に想像しておいた。 鈴音さんは本当に羨ましそうな顔をしていたが、名残惜しげに背を向けた。白衣の裾を翻し、研究所に向かう。 「じゃ行きましょ、礼子ちゃん、葵ちゃん。あの子も待ち侘びているわ」 葵ちゃん呼ばわりに神田隊員はちょっと渋い顔をしたが、言い返さずに、鈴音さんの後に続いて歩き出した。 私も、二人の後に続く。研究所の中に入ると、コンピューターの廃棄熱のせいか、ほのかに空気が温かった。 擦れ違う人々は皆が大人で、白衣や作業着を着ている。だから、セーラー服姿の私は、かなり浮いていた。 多少居心地が悪かったが、仕方ない。元より、こういう場所は、私みたいな子供が来るべきではないのだ。 色々な経緯があるからいるだけであって、決しているべきだからいるわけではない。そう、肝に銘じておいた。 たまに、ふと思ってしまう瞬間がある。私は特別な存在だからこんな目に遭っているのではないのか、と。 いわゆる運命みたいなものがあるから、こんなに凄まじい体験をしているのではないのか、と勘違いしてしまう。 だけど、すぐに思い直す。私は、決して特別な人間でも優れた才能を持っているわけでもないのだから、と。 だから、ヘリを顎で使えるような状況や、何はなくとも銃を持っている環境を、当たり前に思ってはいけない。 現在の状況が特殊なのであって、それさえ切り離してしまえば、私は何の特徴もない中学生の一人に過ぎない。 というより、本来はそれが普通なのであって、現在の状況が異様なのだ。それを、普通だと認識してはいけない。 異様な状況が普通になってしまうのは、さすがにごめんだ。私は戦うことを決意したが、日常は捨てていない。 普通を、忘れてしまいたくない。 鈴音さんの案内で向かった先には、もう一つの研究室があった。 北斗と南斗の整備点検を行ったりする人型兵器開発研究室よりも少しだけ狭い、第二人型兵器開発研究室だ。 一番最初に鈴音さんが中に入ると、研究員達は一斉に顔を上げた。この部屋にも、コンピューターがぎっしりだ。 部屋の奥には、分厚いガラスを填め込んだ窓がある。その更に奧にある空間に、グラント・Gが収められていた。 南斗の手によって破壊されたボディは修復されたが、以前のような姿ではなく、心なしか細身になっている。 全体的に分厚かった装甲が若干削られたようで、厚みが減っている。軽量化された、ということだろうか。 だが、左腕の巨大なドリルはそのまま付いていた。台の上に載せられているグラント・Gは、こちらに気付いた。 『Oh!』 グラント・Gは、マスクフェイスの顔を上げた。前は太かった顎も細めになっていて、目元もすっきりしている。 ごてごてに付いていたスコープアイやサーチライトが外されていて、横長のライトブルーのゴーグルになっていた。 胸元に書いてあった Schwarzes Industry の文字は消されていて、代わりに TAKAMIYA JUKOU と書いてあった。 すっかり、高宮重工仕様に改造されている。ダークレッドのボディも塗り直されていて、真新しい光沢がある。 『Hallo! 礼子、カンダタ! 今日ハ何ノ用デ来ヤガッタンダ?』 グラント・Gは、大袈裟な身振りでドリルの付いた腕を振ってみせた。記憶は失っても、英語訛りは残っている。 女性であることを自覚しているはずなのだが、鈴音さんはグラント・Gに女性であることを強要していない。 あくまでもグラント・Gの人格を尊重し、彼女の性格を否定したりせずに、情操教育を行っているのだそうだ。 なので、グラント・Gは男言葉のままで一人称はオレだ。音声回路もそのままなので、なんら違和感はなかった。 というか、こんなに野太い声で私とかあたしとか言って、きゃるきゃるした女の子言葉を使われても気色悪い。 神田隊員は、微妙な顔をしていた。グラント・Gにまで、カンダタ呼ばわりされるとは思っていなかったのだろう。 「グラント。君までオレをそう呼ぶことはないだろう」 『Hahahahahahahaha! イイジャネェカ、カンダタ! ソノ方ガ Friendly デヨ!』 グラント・Gは、さも楽しげに笑った。鈴音さんはにやにやしながら、神田隊員に向く。 「葵ちゃんよりはマシよねぇ、葵ちゃん?」 「そういう問題じゃなくってさぁ…」 あー、と神田隊員は短く切った髪を掻きむしった。色々と言いたいことがあるのだろうが、言えないのだろう。 『Hey,Chief! オレハイツニナレバ、Outside ニ出ラレルンダ?』 グラント・Gは身を乗り出して、鈴音さんに向けて顔を突き出した。 『ココデ目ガ覚メテカラ、very very 調子ガイインダ! 動キタクッテタマラネェンダ!』 「もう少しの辛抱よ、G子。ちゃんと外に出して、思う存分動けるようにしてあげるから、あとちょっと我慢してね」 鈴音さんが笑むと、グラント・Gはぎゅいっとドリルを回転させて嬉しそうにした。 『Oh yeah!』 「…G子?」 神田隊員が怪訝な顔をすると、鈴音さんはにんまりした。 「だって、あの子は女の子だもん。それらしい呼び名で呼んであげなきゃ、可哀想じゃない」 「だったら、グリィとかグラニーとかにしたらどうだ。その方が自然じゃないのか?」 神田隊員に呆れられ、鈴音さんはむっとする。 「いいったらいいのよ」 いいのかなぁ、と思ったけど私は口に出さなかった。ここで一番偉いのは鈴音さんだ、逆らってはいけない。 すると、扉がノックされた。失礼しますー、と語尾の上がった聞き慣れた声が聞こえ、すばる隊員が入ってきた。 すばる隊員は、白衣姿だった。特殊演習や任務の際には戦闘服を着ているので、ちょっと物珍しく感じた。 「神田はんも礼子ちゃんも、やっぱりここやったか」 「どうしたんです、すばるさん」 神田隊員が尋ねると、すばる隊員は照れくさそうにした。神田隊員が相手だからだろう。 「うん、まぁ。もうしばらく、うちはこっちにおらなアカンねん。せやから、ちょっとの間なんやけど、会えへんようになるんよ。せやから、今んうちに会っとこうかなぁ思て」 「北斗と南斗も、こっちにいることになるわ。ちょっと、大掛かりなテストをするから、その準備があるのよ」 鈴音さんは、ガラスの傍の壁に背を預けた。すばる隊員は、私に近寄ってきた。 「一週間と二日後に、高宮重工の試験場を使ってやるんよ」 「何をですか?」 私が鈴音さんとすばる隊員に問うと、鈴音さんは得意げに笑んだ。 「それはまだ内緒。でも、絶対に面白いことになるから、期待してて待っててね?」 「オレには大体の予想が付くが…」 神田隊員は、どことなく不安げだった。私も、全く予想が付かないわけではなかったが、言わないことにした。 鈴音さんの機嫌を損ねては悪いし、私も楽しみでないわけではない。それなりに、面白そうなことだと思った。 「ほんでな、うちはそのためのプログラミングをせなアカンのよ。これがその資料やねん」 すばる隊員は両腕に抱えていた分厚いファイルを、重たそうに持ち直した。凄い量の書類が、挟まれている。 「ここには、メモリー・デルタから引っこ抜いたデータがあるから下地はあるんやけど、そのまま使うてしまうと北斗と南斗に合わへんのよ。細かい計算も全部やり直さなアカンし、計算の結果次第では北斗と南斗のボディをいじくらなアカンから、どこの部署もごっつう忙しいんよねぇ。デスマーチにならんように気ぃ付けへんとなー」 「高宮。従業員、過労死させるなよ?」 神田隊員が、至極真面目な顔をした。鈴音さんは心外だと言わんばかりに、腕を組む。 「そんなこと、当たり前じゃないの! 各方面から苦労して引っこ抜いてきた優秀な技術者を、死なせるもんですか。死なせないのが、管理職の仕事よ。そんなこと、お父さんからうんざりするぐらい叩き込まれてるんだから」 「高宮重工ってな、従業員の扱いがええんよー。所長はんのお父はんの、会長はんの方針でそうなっとるねん」 すばる隊員は身を屈めて、私と目線を合わせた。 「シュヴァルツん時とは比べものにならんのよ、これが。給料もええんやけど、色んな手当が一杯あってな、自衛隊の特殊演習に参加したり任務に手ぇ貸すと、ホンマにええ額のお給金が入るんよ、これが。礼子ちゃんも、自衛隊を辞めたら高宮重工に入り? きっと、ええ待遇で働かせてもらえるで?」 「そうなんですか」 私はその辺の事情を知らないので、生返事をした。高宮重工の給料が良いのは、それだけ儲かるからだろう。 手広くやっているが、手を出している範囲は限られていて、主力産業である工業用機械に最も力を入れている。 家庭用ロボットの開発や販売も、今や主流となりつつあるが、最初の頃はそれほど売り上げは芳しくなかった。 けれど、頓挫しなかった。主力産業に手を抜かずに、新しく始めたことにも力を入れて、頑張り抜いたからだ。 そして、ロボットの販売が大成功して、高宮重工の名声は世界中に轟いた。と、以前にお父さんが言っていた。 つまり、何事にも真面目な企業なのだろう。不祥事もないし、政治家との癒着も今のところは表に出ていない。 この人型兵器研究所や北斗と南斗の存在のように、裏では色々あるのだろうけど、土台が強固なのだと感じた。 すばる隊員の言うように、自衛隊を辞めるようなことがあったなら、迷わず高宮重工に就職しようと思った。 というより、強制的にさせられるだろう。北斗と南斗に深く関わりすぎた私のことを、放っておくはずがない。 経済が傾きっぱなしで不況続きの現代日本では、働き口に困らないことほどありがたいことはない。と、思う。 「礼子ちゃん。自衛隊が嫌になったら、うちにいらっしゃいよ。面白いわよー、ロボット工学の世界って!」 鈴音さんは、私の肩を叩いてきた。私は、鈴音さんを見上げる。 「そうですね、そういうこともあるかもしませんね。そうなったら、よろしくお願いします」 「うちの準戦闘員を勧誘するなよ」 神田隊員が渋い顔をすると、鈴音さんはにこにこしながら神田隊員を手招きした。 「そうね、葵ちゃんも自衛隊をクビになったらいらっしゃいよ。死ぬまで働かせてあげる」 「余計なお世話だ」 困り果てたように、神田隊員は鈴音さんから目を逸らした。面白いように、鈴音さんの手の上で弄ばれている。 二人の高校時代って、どんな感じだったのだろう。友達同士であったにしては、親密すぎる気がしないでもない。 そういう関係もあるのだろうけど、何かが違う。どこがどう、とは具体的には言い表せないが、違っている。 神田隊員で遊んでいる鈴音さんは、とても楽しそうだった。少女のような笑顔になっていて、可愛らしかった。 対する神田隊員も、鈴音さんに困りながらも邪険にしていない。その様子だけで、相当仲が良いのかが解る。 ふと、すばる隊員を窺ってみた。すばる隊員は、ほんの少しだけ眉を下げ、切なげな眼差しで二人を見ていた。 神田隊員と鈴音さんの関係が、羨ましいのだろう。神田隊員のことが好きであるならば、妬けて当然の光景だ。 「ほな、うち、仕事の続きがありますんで」 すばる隊員は鈴音さんに深々と頭を下げてから、ほなまたな、と私に手を振って小走りに研究室を出ていった。 私はすばる隊員に手を振り返しながらも、先程の彼女の表情が忘れられず、こちらまで切なくなっていた。 私が初めてここに来た日に、すばる隊員が吐露した神田隊員への思いは真っ直ぐだったが、躊躇いがあった。 自衛官と民間人では住む世界が違う、というのもそうだが、神田隊員が昔の恋を引き摺っているからだった。 私も、そのことは知っている。以前に、神田隊員から聞き出した高校時代の恋の思い出は、これまた切なかった。 ずっと見ていた好きな子が、いきなり現れた他人に惹かれてその人とくっつき、神田隊員は潔く身を引いた。 その話をしている時の神田隊員の表情は、今までに見たことのないもので、懐かしげであり苦しげでもあった。 考えてみれば、その恋もおよそ十年前のものだ。高校時代、と言っていたから、あの事件とほぼ同じ時だろう。 神田隊員はあの事件に深い関係がある、と南斗が言っていたが、神田隊員の恋までは関係がないだろう。 たかが恋愛だ。時系列的には合っているが、関連も何も見えない。もしも関係があっても、些細に違いない。 不意に、鈴音さんが口を開いた。つい先程までの上機嫌な口調ではなく、少々不愉快げなものだった。 「まだ、吹っ切れてないっての?」 鈴音さんの濡れた黒い瞳が、神田隊員を捉える。 「それとも、彼女の気持ちに気付いていないってわけ?」 「前者だよ」 神田隊員は、苦笑した。表情の形だけは笑みだったが、口元は苦しげに歪んでいた。 「どうしようもないな、オレは」 「全くよ。十年も前のことをいつまでもずるずる引き摺っているなんて、それでも葵ちゃんは男なの?」 鈴音さんの口調は、心なしか刺々しかった。 「間宮さんはいい子よ。そりゃあ昔は、ちょーっと悪いことしてたかもしれないけどね」 「それぐらい、解っているさ。オレだって、すばるさんのことは」 神田隊員は言葉を濁し、目を伏せた。鈴音さんは、神田隊員を睨むように瞼を細めた。 「じゃあ、どうして答えてあげないのよ? まだ、あの子のこと諦めてないって言うわけ?」 「…少しだけな」 そう漏らした神田隊員の横顔は、情けなさそうでいて、物悲しげだった。 「高校の時と今は違うってのに、とっくに終わっているってのに、まだ切り離せていないんだ」 「どヘタレ」 鈴音さんがぼやくと、神田隊員はがっくりと項垂れた。 「みなまで言わないでくれ」 「葵ちゃんって、そういうところだけいつまでたっても成長しないわよねぇ。他は随分立派になったのに」 下半身とか、と鈴音さんが下を指差すと、神田隊員は嫌そうに口元を曲げた。 「こういう時に、そういうことを言うなよ。お前、それでも管理職か?」 「まぁ、気持ちは解らないでもないけどね。由佳は可愛いしね、今も昔も」 鈴音さんは長い髪を掻き上げて、背中に流した。艶やかな黒の隙間から、ほのかに甘い香水が漂ってきた。 「ユカさんって言うんですか? 神田さんが好きだった人って」 私が言うと、鈴音さんは頷いた。 「ええ、そう。私の一番の友達でね、美空由佳って言うのよ。美しい空に、自由の由に佳境の佳って書くのよ」 「彼女は、十年前のあの事件の、あの戦いに一番深く関わっていた人なんだ」 神田隊員が、鈴音さんの言葉に続けた。鈴音さんは、微笑んだ。 「礼子ちゃん。今度、由佳に会わせてあげるわ」 「はぁ」 私は、事態がよく飲み込めず、気の抜けた返事をした。ということは、神田隊員の恋は事件に関わっていたのか。 二人の口振りから察するに、事件の中心にいた由佳さんとやらに恋していたのだから、それは間違いないだろう。 神田隊員は事件のことを、戦い、と言い直したことがいやに引っ掛かってしまった。なぜ、戦い、と言うのだろう。 南斗の話では、神田隊員はロボットに乗って戦ったかもしれないが、それ以外の爆発は事件ではないのだろうか。 確かに、未だに犯人も捕まっていなければ動機も不明だ。だけど、それがどうして戦いになるのか、不可解だった。 ダメだ、情報が少なすぎる。神田隊員の話や鈴音さんの話だけでは、どうやっても、事柄が結び付いてくれない。 メモリー・デルタ、レッドフレイムリボルバー、十年前の事件、神田隊員の恋。どれもこれも、背景が見えない。 その、美空由佳さんとやらに会えば、少しはすっきりするのだろうか。そうなってくれれば、ありがたいのだけど。 ふと思い出して、振り返った。ガラスの壁の奧にいるグラント・Gは、いつのまにかスタンバイモードになっていた。 ライトブルーのゴーグルの光が弱まっていて、項垂れている。彼女のその姿を見ながら、私はなんとなく笑った。 ついこの間までは、あんなに凶悪な敵だったのに。 06 7/25 |