手の中の戦争




第十一話 恋の行方



何がなんだか、解らない。
インパルサーの長い昔の話も、十年前の事件の真実も、シュヴァルツ工業の真意も。どれもこれも、複雑だ。
価値観も、ぐちゃぐちゃだ。私は、高宮重工が正しいのだと、マシンソルジャーは正義なのだと思っていた。
だけど、彼らは昔は戦争の道具で、破壊行為を行っていた。それは、紛れもない悪であり、正しくない。
インパルサーが地球に寄越された理由だって、そうだ。侵略が目的だったのなら、それも解りやすい悪だ。
けれど、彼らは誠実だ。リボルバーもインパルサーも、この話をする前に私に警告をしてくれたのだから。
だけど、悪だ。そんな彼らを元にして造られた北斗と南斗も、見方によっては、人を殺すための道具に過ぎない。
でも、友達だ。同じ部隊で一緒に戦う、掛け替えのない仲間だ。ただのロボットでも、道具なんかでもない。
しかし、インパルサーは自分のことを侵略者だと言った。彼の話が全て本当なら、それもまた真実なのだろう。
侵略者であるマシンソルジャー達を迎え撃ち、この世界を守ろうとするシュヴァルツ工業も、間違っていない。
すばる隊員の言ったことも解る。いきなり、訳の解らないロボットに襲われたら怖いのは、私も知っている。
十年前に、私自身も襲われている。だから、すばる隊員やシュヴァルツ工業が感じた畏怖も、真実なのだ。
だが、高宮重工と自衛隊は、シュヴァルツ工業と、人の世界を守ろうとしている人達と、戦おうとしている。
一つの側面を照らせば、影が出来る。だけどその影の中にも側面があって、影の内側から見ればまた変わる。
それぞれの信念がぶつかり合って摩擦が起きて、その結果戦いになってしまうなんて、悲しいことだと思った。

「礼子君」

北斗に名を呼ばれ、私は彼に振り向いた。

「この世には、正義などないのだ。お互いの主義が張り合った結果、戦っている者同士は己を正義だと信じ、戦いの相手を悪とするが、それは戦いの相手も同じことなのだ。そのことは、先日のグラント・Gとの再戦で思い知っていることだろう。あの時は、我らも、グラント・Gも、後へは引けなかった。どちらも、勝たねばならなかった。しかし、負けたくもなかった。だからこそ、戦った。そして、グラント・Gを撃破したのだ」

北斗のダークブルーのゴーグルが、陰る。

「彼女がどれほど哀れな境遇であろうと、何を背負っていようと、どんな苦しみを抱えていようとも、自分達は戦わなければならんのだ」

「オレもさー、ぶっちゃけ、G子には手ぇ掛けたくなかったんだぜ? でも、負けるのは、もう嫌なんだよ」

南斗はいつものように、軽い口調で話した。だけど、言葉の端々に重みがあった。

「負けちまったら、まーた愚弟とか礼ちゃんとかが痛い目を見ちまうし、オレもやられちまうじゃん? オレはさ、戦わないで死ぬよりも戦って死にてーんだ。その方が、ちったぁ気が楽になるかもしんないじゃん? それに、オレ達は戦うことしか出来ねーんだから、それをしないでどうするっつーんだよ。守れる奴は守る、倒せる奴は倒す、使える力は使う、戦える時は戦う。そいつをしないで、何が自衛官だっつーんだよ」

「でも」

私は、爪が食い込むぐらい強く腕を掴んだ。北斗の手が、私の肩を支える。

「それでも、自分達は戦うのだ。礼子君やこの国の皆を生かすためにも、危険を阻止しなければならないのだ」

「それがオレらの仕事だし、使命だし? 場合によっちゃ、親父達と戦う羽目になるかもしんねーけどさ」

南斗は、拳を固める。表情が険しくなり、言葉にも凄みが加わった。

「その時は、本気で戦ってやるさ。腕の一本になろうがネジの一本になろうが、最後の最後まで戦い抜いてやる」

「悲しいことだがな。だが、それが戦争なのだ」

北斗は私の肩に乗せていた手を外し、自分の胸に当てた。

「そして、兵器の役目なのだ」

私は、無性に泣きたくなった。そんなことでいいのか、絶対に良くない、だけど、そうなってしまう可能性もある。
本当に、なんで私はロボットじゃないんだろう。なんで北斗と南斗は人間じゃないんだろう。どうしてなんだ。
私がロボットで同じような戦闘兵器だったら、二人の気持ちも言葉も解ってやれるし、一緒に戦うことが出来る。
二人が私と同じような人間だったら、私の気持ちをぶつけるだけぶつけて、どれだけ悲しいことか教えてやる。
でも、どちらも出来ない。私は人間で、北斗と南斗はロボットだ。水と油どころか、有機と無機、炭素と珪素だ。

「…死なないでよ」

自然と、口から言葉が出ていた。

「戦ってもいいけど、死んじゃ嫌。それだけは、ダメ」

泣きたい気持ちを押さえるために、腕を痛いくらいに握り締めた。

「お願いだから、そんなこと、言わないで」

私達は、決して同じ世界を見ることは出来ない。でも、死んだら、壊れたら、終わりなのはどっちも同じことだ。
生きてさえいれば、どうにでもなる。戦って戦って、勝っても負けても、死んでしまわなければ未来はある。
嫌だ。北斗も南斗も、なんでそんなことばっかり言うんだ。負ける戦いをするぐらいなら、逃げたらいい。
二人が逃げなかったら、私が引き摺ってでも逃がしてやる。戦車でもなんでも使って、戦場から引き離すんだ。
涙を堪えるために唇を噛んでいると、頭の上に大きな手が被さった。振り向くと、リボルバーが笑っていた。

「ありがとよ、嬢ちゃん。こんな馬鹿息子共でも、大事に思ってくれててよ」

「戦わなければならない時に戦うのが僕達の役目ですが、玉砕作戦は好みませんねぇ」

インパルサーは体をずらして、私に向き直った。レモンイエローのゴーグルの奧で、目が細められる。

「勝てない戦いの末に全壊するよりも、敗北してでも生き延びる方が、余程素晴らしいと思います」

「しかしですな。これから先、自分達の実力では勝てぬ戦いがあるはずなのですから、その時には玉砕の他には」

北斗がむっとすると、インパルサーは強く否定した。

「あなた方が玉砕したら、鈴音さんの会社はどれだけ無駄な出費をすると思っているんですか。絶対にダメです」

「そういう問題かよぅ」

南斗が唇を尖らせると、リボルバーは私の髪を乱した。おい、何をするんだ。

「ついでに言うとだな。惚れた女ぁ悲しませちまうことぐらい、情けねぇことはねぇんだぜ?」

「…ぐう」

北斗は言葉に詰まったのか、変な声を出した。リボルバーは私の頭を、軽く叩いた。結構痛い。

「まぁ、なんだ。死にたくなかったら、強くなれや。それこそ、オレらを一発でもぶっ飛ばせるぐらいにな」

「模擬戦闘の申し入れでしたら、いつでもお受けしております。僕達も、たまには動かないと関節が固まりますし」

インパルサーは、にこやかに笑う。

「ですが、空中では容赦しませんよ? 空中戦は、僕の得意分野ですから」

リボルバーの手が頭から外され、私は気を緩めた。いつのまにか緊張していたらしく、肩の辺りが強張っている。
ふと、自分の腕時計を見ると、高宮屋敷に着いてから大分時間が過ぎていて、長いこと話をしていたようだった。
インパルサーは盆を持って立ち上がると、空になった皿やコーヒーカップを片付け、障子戸を開いて縁側に出た。

「今日のところは、これぐらいにしておきましょうか。大分長い間、話していましたし」

インパルサーが出ていくと、涼平さんは背中を伸ばした。あー、と唸ってから体を曲げる。

「座りっ放しってのも楽じゃねぇや。動いてこよ」

涼平さんは立ち上がり、縁側に出た。朱鷺田隊長も立つと、座卓から灰皿を取った。

「俺も外へ出る。部屋の中ってのは、どうにも吸いづらくて敵わん」

「うちも、お手洗い借りてこよ。所長はん、どこやったっけ?」

すばる隊員はハンドバッグを持って立ち上がり、鈴音さんに尋ねた。鈴音さんは、右側を指す。

「右の廊下を真っ直ぐ行って、右に曲がった突き当たりにあるわよ」

「おおきにー」

すばる隊員は鈴音さんに礼をしてから、部屋を出ていった。ちょっと聞いただけでも、結構遠い場所にあるようだ。
これだけ大きな屋敷なら、当たり前か。だけど、それは不便かもしれない。立派すぎる家というのも、考え物だ。
話に切りがついたからか、神田隊員は新しいタバコに手を付けていた。朱鷺田隊長と違い、嗜む程度なのだ。
ふと、部屋の天井を見上げてみると、朱鷺田隊長のものなのか、すっかりヤニ臭い煙が溜まってしまっている。
これはいかん、と私は障子戸を全開にした。タバコの匂いというものは、すぐに壁や畳に染み付いてしまうのだ。
中庭の池が、真っ昼間の日差しできらきらと輝いていた。だが、滑り込んでくる風は冷ややかで、ちょっと寒い。
鈴音さんは正座を崩して、シンプルながらも上品なワンピースの裾から、長くてすらりとした足を伸ばしている。

「いーやー、正座は辛いわぁー。膝が痛いー。これならデスクワークの方が楽だわ、うん」

「鈴ちゃん、ちょっとは運動してる?」

由佳さんが言うと、鈴音さんはむくれる。

「したくても出来ないのよ。管理職ってのは無駄に忙しいから」

「オレ達の訓練にでも付き合うか、高宮?」

神田隊員がにやりとすると、鈴音さんはげんなりと眉を下げる。

「冗談じゃないわよ。あんなのやったら、間違いなく死ぬわよ。ていうか、よく平気よねぇ…」

「慣れれば平気ですよ。まぁ、その慣れるまでが地獄なんですけどね」

私が鈴音さんに言うと、鈴音さんは羨ましげに笑った。

「いいわねー、若いって。私も、もう少しまともな運動神経があれば良かったんだけどねぇ」

「だぁねぇ。鈴ちゃんって、運動神経が切れているから」

由佳さんは、くすりと笑う。仕事も出来てモデル張りの美人で頭も良い鈴音さんにも、欠点があるようだった。
ほんの少しだけだが、親近感が湧いた。鈴音さんは情けなさそうに苦笑しているが、それでも美人は美人だ。
神田隊員はタバコを深く吸って、先端の火を強めた。煙を吐き出してから、目を上げ、由佳さんを見やった。

「美空」

「うん?」

由佳さんが神田隊員に向くと、神田隊員は呟いた。

「幸せか?」

「うん、凄く。神田君は?」

由佳さんが微笑むと、神田隊員は少し間を置いてから、返した。

「これから、かな」

神田隊員は、笑っていた。その横顔は、切なげであるようでいて、清々しげであるような、複雑なものだった。
由佳さんは、そっか、と頷いた。由佳さんの笑みもまた複雑で、嬉しそうでいて、ちょっとだけ寂しげだった。

「あたしは、パルが好きだから。これからも、ずっとね」

「オレも、美空が好きだった。ずっと、好きだったんだ」

神田隊員は、過去形で言った。由佳さんは、神田隊員を見つめている。

「頑張ってね、神田君」

「言われなくたって。今度は、振られないようにするさ」

神田隊員の笑みからは複雑な感情は消え、今度は照れくさそうだった。私は二人の様子を見ながら、理解した。
この瞬間に、終わったんだ。神田隊員が十年も引き摺っていた高校時代からの恋を、ようやく吹っ切れたのだ。
そして、始まったんだ。すばる隊員への恋が。なんか、結構凄いものを見たのかもしれない、と私は思った。

「わっけわかんねー」

他人の恋愛の機微が理解出来ないのか、南斗が変な顔をした。鈴音さんは、そんな南斗を笑う。

「ガキねぇ、あんたは。大人になれば解るわよ、きっと」

「そうそう。もうちょっと成長しないと、解らないと思うよ」

私が頷くと、北斗が詰め寄ってきた。

「ならば、礼子君には解るというのかね!」

「ちょっとはね」

そう、本当にちょっとだ。私は神田隊員の恋の全ては知らないし、これからもきっと、解り切ることはないだろう。
正義と悪のように、恋にもまた答えがない。どれをどうしたら正しいのかなんてのは、誰にも解らないことだろう。
私は北斗の前から身を引いて、姿勢を直した。私の答えが不満なのか、北斗は面白くなさそうな顔をしている。
説明なんて、してやるもんか。そういうことは自分で考えてくれ。考えて考えて、悩んでこそ、初めて解るのだから。
恋愛って、そういうものだと思う。


あのまま部屋にいるのもなんだったので、私は部屋の外に出ていた。
中庭に面している縁側を、なんとなく、延々と歩いていた。庭に下りた北斗が、私の後に続いて歩いている。
縁側を歩くと天井に頭がぶつかってしまうし、床板がぎいぎいと軋んで耳障りなので、北斗が下りたのである。
黙々と歩いていたが、それだけでも充分広かった。高宮屋敷の全景は把握出来ていないが、相当なものだろう。
歩いていると、混ぜっ返したプリンのようだった私の思考も落ち着いてきて、多少は冷静さを取り戻せていた。
でも、後でまた混乱してしまうだろう。あんなに強烈な話をいっぺんに聞かされたら、頭が付いていかない。
この分だと、一週間ぐらいそうかもしれない。学校の勉強が疎かになっちゃうな、と私は内心で苦笑いした。
歩いていても、誰とも擦れ違わない。高宮屋敷が広いのと、他の皆がどこに行ったのか、解らないからだ。
床板を踏む私の足音と、玉砂利を踏む北斗の足音だけが聞こえる。北斗は、私の歩調に合わせてくれている。
なんだか、照れくさい。何がどう照れくさいのかは解らないけど、やりづらくなってしまって、私は俯いた。
この空気をなんとかしなくては。私は、インパルサーに聞きそびれてしまったことを思い出し、口に出した。

「そういえば。メモリー・デルタって、一体何のことなの?」

「今であれば、礼子君に情報を渡しても良かろう。メモリー・デルタとは、インパルサーどのが持っていたメモリーに高宮重工が付けた通称なのだ」

北斗は真正面を見据えて直進しながら、答えた。

「メモリーチップの形状が、逆三角形であることに由来しているのだ。インパルサーどのの話に出てきたマスターコマンダーという名の男が作ったものなのだが、インパルサーどのを地球に放つ寸前に、コアブロックにねじ込んだものなのだ。一度はマリー・ゴールド大佐が回収したのだが、父上達が地球に再来する際に、銀河連邦政府側の手に渡ることを防ぐために持ってきたのだ。メモリーの中身は、マスターコマンダーとマリー・ゴールド大佐のアルバムのようなものなのだが、技術者であるマスターコマンダーはそれ以外の情報も入れていたのだ。それが、父上やインパルサーどの、スターシップなどの設計図の一部だったのだ。設計図と言っても、まぁ、草稿のようなものだがな」

「草稿って…あんた達、その、下書きの設計図で出来てたの!?」

マスターコマンダーって、凄すぎないか。私が素直に驚くと、北斗は頷いた。

「うむ。自分と南斗は、仮設計段階の父上の設計図を元にして造られた、いわゆるプロトタイプなのだ。故に、あらゆる部分が不完全だったのだが、そこは高宮重工の技術者や父上の協力によって補完されたのだ」

「マジ有り得ない…」

私は、次元が違いすぎてリアリティなんて感じなかった。宇宙は広い。無茶苦茶な天才も、いるのかもしれない。
でも、あれだけ有り得ない話を聞かされてしまうと、有り得るのではと思ってしまった自分がちょっと怖い。
インパルサーも、丸々信じなくて良い、と言ってくれたのだし、信じられる部分だけ信じておくことにしよう。

「礼子君」

北斗が、怪訝そうに私を見てきた。

「どこまで行くつもりかね? このまま進めば、母屋から離れに向かってしまうぞ」

「行けるところまで、行ってみるのもいいんじゃないの?」

「行ったところで、別に何があるというわけでもないのだが。この屋敷は広いが、ただそれだけの屋敷なのだ」

「いいの。ていうか、なんで付いてくるわけ? 別に、私に付き合ってくれなくたっていいんだけど」

「いいではないか。上官が部下を気に掛けるに当たって、理由など必要あるか」

偉そうに胸を張り、北斗は腕を組む。私は、その言い草があまり面白くなかった。まだ、そんなことを言うのか。
上官とか部下とか、区切らないでくれ。私とあんたは友達であって仲間なのだから、そっちでもいいだろう。
それが不愉快に思え、私がむくれていると、北斗は私を覗き込んできた。数歩先に回って、首をかしげている。

「何をそう怒るのだね、礼子君?」

「なんでもない」

この鈍感ロボットめ。私が歩調を早めようとすると、つんのめった。見ると、北斗が私の手首を掴んでいる。

「なんでもなくはなかろう。礼子君は、素直ではないから」

北斗の大きくて硬い手が、私の手首を握っていた。でも、その力は抜けていて、私には痛みなんてなかった。
振り解こうと思えば、振り解ける。だけど、なんだか、そうしたくない。私は突っ立ったまま、顔を逸らした。

「…うん」

目を合わせてなんて、言えるものか。

「なんでも、なくない」

北斗に掴まれている手首は、北斗の手が冷たいから冷えてきている。手袋越しでも、金属の感触が伝わってくる。
だけど。胸の辺りとかは、逆にどんどん熱くなる。私は脱力していた手を上げて、北斗の手を掴み、歩き出した。

「行くよ」

「だから、どこへだね、礼子君」

戸惑ったような北斗に、私は振り向かずに言い放った。

「どこだっていいじゃない」

振り返ると、ダメになってしまう。自覚しないようにしていた、胸の疼きと痛みの原因を、自覚してしまうから。
今はまだ、決心が付いていない。自覚してしまったらどうなるか解っているから、もう少しこのままでいたい。
友達で、仲間でいてほしい。そこから先に至る勇気が、まだ私にはないから、勇気が湧いたら振り向いてやろう。
手を繋いでいると、自然と距離が狭まる。北斗に引っ張られて縁側から落ちそうになりながら、二人して歩いた。
意味も理由もないし、何をするわけでもないけど、そうしたかった。屋敷の大きさに比例して、縁側は長かった。
終わってほしくない、と思ってしまうくらいに。





 


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