手の中の戦争




第十一話 恋の行方



しばらくして、インパルサーが戻ってきた。
香り高いコーヒーの入ったポットと人数分のコーヒーカップ、そして綺麗に盛りつけられたケーキを持っていた。
ロボットとは思えないぐらい丁寧な仕草で、それぞれの前にコーヒーカップとケーキ、スプーンとフォークを並べる。
インパルサーはガラス製のポットに入ったコーヒーを、これまた丁寧に一人ずつ注いでいき、部屋を一巡りした。
私の目の前に置かれた、いかにも高級そうな純白で厚手のカップからは、実に良い香りの湯気が立ち上っていた。
その隣にあるケーキは、ガトーショコラで、コーヒーカップと揃いのデザインの、洒落た白い皿に載っている。
しっとりと目が詰まっていて、粉砂糖が程良く振りかけてあり、脇にはふわふわの生クリームが添えられている。
黒と白のコントラストが鮮やかで、コーヒーとはまた違ったほろ苦さのあるチョコレートの香りが、鼻を掠める。
生クリームには、細く絞り出したチョコレートで作った可愛らしいハートが差してある。これ、絶対においしい。
テーブルの中央にミルクピッチャーと角砂糖の入った小瓶を置いたインパルサーは、リボルバーの隣に座った。

「礼子さんはチョコレートがお好きとのことでしたので、ガトーショコラにしてみました」

インパルサーは、レモンイエローのゴーグルに私を映していたが、神田隊員に向いた。

「葵さんにも食べて頂けるように、出来るだけ甘みを抑えました。その代わりに、クリームは甘ぁくしてありますので、甘みを足したい場合はクリームと一緒に食べてみて下さい」

盆を傍らに置いて、インパルサーは鈴音さんに深々と頭を下げた。

「ありがとうございます、鈴音さん。僕の使いたい材料を全部揃えて頂いて。おかげで、心置きなく作れました」

「いいってことよ。ブルーソニックのお菓子が食べられるんだもん、それぐらいの出費なんて大したことないわ」

鈴音さんはフォークを取り、ガトーショコラを食べ始めた。由佳さんは一口食べると、ふにゃっと表情を緩めた。

「うん、おいしい」

「由佳さんにそう言って頂けると、僕も頑張った甲斐があるというものです」

インパルサーは、心底嬉しそうに声を弾ませる。マスクフェイスなので表情は解らないが、きっと、いい笑顔だ。
神田隊員はガトーショコラの先端を切り落とし、口に入れた。少し間を置いてから、うん、と満足げに頷いた。

「本当だ。甘くないな」

「修一郎さんもどうぞ。葵さんが食べられるんですから、修一郎さんも大丈夫だと思います」

インパルサーに勧められ、朱鷺田隊長はようやくガトーショコラに手を付けた。大きく切って食べ、飲み下す。

「…旨いな」

「そりゃそうっすよ、隊長さん。パル兄の作るもんはハズレがないんすから、どれも旨くて当たり前なんすよ」

涼平さんは無邪気な笑顔で言い、ガトーショコラを食べている。私は、彼らの会話が、すぐには信じられなかった。
皆の言っていることを本当だとすれば、目の前のガトーショコラはインパルサーが作ったもの、ということになる。
だけど、料理をするロボットなんて、しかもこんなに綺麗な洋菓子を作るロボットなんて、聞いたことがない。
いや、いるわけがない。私はガトーショコラとインパルサーを見比べていると、すばる隊員は羨ましげにした。

「ホンマにええなぁ、パルはんは。うちなんて、お菓子作りはからっきしダメやから」

「必要でしたら作り方をお教えしますよ、すばるさん。あまり難しくないものから作れば、よろしいですから」

インパルサーが言うと、すばる隊員はインパルサーに身を乗り出した。

「ホンマにええの? ほなら、今度教えたってや!」

「僕でよろしければ、いくらでも」

インパルサーは、また深々と頭を下げた。いちいち、言うこともやることも丁寧で、礼儀正しいロボットだ。
すると、彼は私に向いた。私がガトーショコラに手を付けていないのを見ると、大きな青い手を差し伸べた。

「礼子さんも、どうぞ。コーヒーはサイフォンで淹れてきましたので、そちらも良い出来だと思います」

「あ、はい」

私は素直に従い、ガトーショコラの先端を切った。それを口に入れて味わい、私はその味の良さに目を見張った。
本当に、おいしい。そんなに甘くないけど、甘くないからこそ、チョコレートの苦みと香りが引き立っている。
普通にケーキ屋で売っているものも甘さは控えめだけど、これは更に控えめになっていて、洋酒も効いている。
正しく、大人の味だ。生クリームを付けて食べてみると、今度は甘さがあって、これはこれでおいしかった。
柔らかくてまろやかなクリームの甘みと、チョコレートの苦みが入り混じって、最後に洋酒の香りが抜ける。
どの味も存在感はあるけど主張が強くなく、程良く調和して一体になっている。ああもう、おいしすぎる。
夢中で食べていたが、はたと手を止めると、半分以上食べ終えていた。インパルサーが、とても満足げにする。

「気に入って頂けたみたいですね、礼子さん。嬉しいです」

「あの」

私はフォークを置いてから、インパルサーに向いた。彼は、ちょっと首をかしげる。

「はい?」

「これ、本当にあなたが作ったんですか?」

私がガトーショコラを指すと、インパルサーは頷き、照れくさそうにマスクを掻いた。

「ええ、そうです。僕は地球に来てから、お料理を教えて頂きまして。とても面白いことですし、上手く作れば作った分だけ由佳さんや他の皆さんに喜んで頂けるのが嬉しくて、すっかり好きになってしまったんです」

「パル、器用なんだよね」

由佳さんは、満面の笑みになった。私は、この新しい事実がまだ飲み込めていなかったが、続きを食べた。
ケーキがこんなにおいしいなんて知らなかった。コーヒーも、飲んだ途端に良い香りが広がって、最高だった。
普段はすぐに砂糖とミルクを入れてしまうのだけど、今回ばかりは入れる気が起きず、ブラックで飲んでいた。
すばる隊員もそのようで、私と同じようにブラックで飲んでいて、その香りの高さにしきりに感心している。
ガトーショコラのおいしさとコーヒーの素晴らしさで、私はいつのまにか緊張が解れていて、力が抜けていた。
北斗と南斗は、何も食べられないので黙っている。リボルバーもそうで、少々じれったそうにこちらを見ている。
私はクリームまで全て食べ、フォークを置いた。食べ終えるのが物凄く名残惜しかったが、仕方ないことだ。
インパルサーは、皆がガトーショコラを食べ終えたのを確認してから立ち上がり、座卓のふすま側に座った。

「えと、それでは。今日、礼子さんをこちらに招いた本題に参りたいと思います」

リボルバーではなくてインパルサーが、話をするのか。私が意外に思っていると、彼はそれを察したらしい。

「フレイムリボルバーは、僕より初期型のマシンソルジャーですので、エモーショナルリミッターもレベルが低いですし思考パターンが単純な上に本人の性格が過激なので、物事の説明が大雑把になってしまって、その挙げ句に言い回しがいちいち乱暴なので、話をするのに向かないんですよ。ですから、僕から話をさせて頂きます」

皮肉なのか文句なのか。インパルサーが並べ立てた言葉にリボルバーは、けっ、と嫌そうにする。

「それが全部、間違いじゃねぇってところが嫌んなるぜ」

それでは、とインパルサーは姿勢を正した。膝の上に手を載せて、背筋を伸ばした。



「簡潔に言いましょう。僕達は、侵略者なのです」



インパルサーは、どこか中性的にも思える穏やかな声で、話を始めた。

「まず、僕とフレイムリボルバー、マシンソルジャーの生い立ちについて説明いたしましょう。僕達は、その名の通りの機械兵士です。僕達は、この星から遥か遠くの、銀河の反対側で生まれました。通称、マスターコマンダーという名のサイボーグが作り手で、僕達はこの銀河を統べる銀河連邦政府に反乱戦争を起こすために造られたんです。まぁ、負けたんですけどね。マスターコマンダーは逮捕されて、現在は冷凍刑に処されています。彼の道具であった僕達は、彼の理解者であり恋人である銀河連邦政府軍の女性軍人、マリー・ゴールド大佐によって、銀河連邦政府の手駒とされそうになっていたところを助けられたんです。ですが、この辺りの経緯がちょっと複雑でして」

インパルサーは人差し指を立て、真上に向けた。宇宙を指しているのだろう。

「僕とフレイムリボルバーは、マリー・ゴールド大佐に助けられるより以前に、銀河連邦政府軍の手から脱していたんです。その理由は、太陽系にあるアステロイドベルトで起きた戦闘の際に僕はマスターコマンダーの策略によって戦線離脱させられて、この地球へと向かったのです。そして、フレイムリボルバーは、マリー・ゴールド大佐に助けられるよりも前に、僕を追って地球にやってきたんです」

手を下ろしたインパルサーは、また膝の上に置いた。

「アステロイドベルトでの戦いの直前に、マスターコマンダーによってこの星の情報を与えられていた僕は、マスターコマンダーの命により侵略を目的としてこの星に降下しました。といってもその時には、アステロイドベルトでの戦闘で大分ボディを痛めていたので、降下というより落下でした。そして、落下した先が由佳さんのお部屋だったんです。そこに落ちることが出来たのは、素晴らしい偶然であり運命であると、僕は確信しています。そうでなかったら、僕は本当にこの星を侵略していたのかもしれないのですから」

インパルサーの言葉に、由佳さんは照れ隠しなのか笑っている。

「そしてフレイムリボルバーは、このお屋敷のお庭に、つまり、鈴音さんの元に落下したんです。これもまた、素晴らしい偶然であり運命です。その偶然がなかったら、南斗さんと北斗さんは、生まれていなかったでしょう。他の誰でもない鈴音さんの元へ、フレイムリボルバーがやってきたからこそ、お二人は造られたのです」

インパルサーは、由佳さんと鈴音さんを見てから、話に戻った。

「由佳さんは、壁と窓をぶち破って降ってきた戦闘兵器である僕を、人間と同様に扱って下さいました。地球に来るまでの僕は戦ってばかりでしたので、それが凄く新鮮で、嬉しくてたまらなくて、いつしか由佳さんを好いていました。そして嬉しいことに、由佳さんも僕に心を寄せてくれました。僕が完全なる機械であることも厭わずに、僕という人格を認め、僕そのものを愛してくれている掛け替えのない恋人です。そして、鈴音さんを始めとした、涼平さんや葵さんなどの皆さんも、僕達の大事な友人であり戦友です」

それでは、神田隊員が勝てなかった恋敵は、インパルサーなのか。私が神田隊員に向くと、神田隊員は言った。

「信じられないかもしれないだろうけど、それが本当のことなんだ、礼子ちゃん」

「うん。あたしもね、何度も迷ったし、悩んだよ。でもね、やっぱり、好きなものは好きだから」

由佳さんの笑顔はとても優しくて、幸せそうだった。リボルバーは鈴音さんを、片目のゴーグルに映し込んだ。

「そいつぁ、スズ姉さんも同じだけどな。オレは、スズ姉さんをこの宇宙で誰よりも愛している。そして、永遠の忠誠を誓っている。スズ姉さんも、嬉しいことにオレを気に入ってくれている。そうでもなかったら、こんな馬鹿息子共なんざ造っちゃくれねぇよなぁ?」

「馬鹿は余計ではないのか、父上」

北斗が渋い顔をすると、リボルバーは、へっ、と鼻で笑った。

「オレも馬鹿だが、お前らの方が馬鹿じゃねぇか。好きな女のスカートの中身ぐらいで、がたがた騒ぐんじゃねぇよ」

「じゃあ、親父はどうなんだよ! 親父は気になんないっつーのかよ! 所長がスカートがばーってしたらさぁ!」

南斗がむきになって、鈴音さんを指した。リボルバーは一瞬黙ったが、にたりとした。

「そりゃあ、見られる機会があったら、丁重に拝見するに決まってんだろうがよ」

「あんたら、蹴られたいの?」

鈴音さんが三人を睨み付けると、三人とも途端に黙った。どうやら、鈴音さんはリボルバーより優位にいるようだ。
リボルバーは、やっちまった、と言わんばかりに苦笑していて、南斗は取り繕うような曖昧な笑顔になっている。
北斗は、そんな二人を呆れたように見ている。私からしてみれば、北斗も二人と似たようなものだと思うけど。

「えと、話を元に戻しましょう。僕としては、女性のスカートの中は禁断の領域だと思うのですが」

インパルサーは挙手し、私達を見渡した。その手を下ろしてから、先程の続きを始めた。

「僕と由佳さんが出会い、鈴音さんとフレイムリボルバーが出会ってからしばらくして、マリー・ゴールド大佐が地球にやってきました。彼女の目的は、僕達の監視を兼ねた保護任務だったのですが、その間にマリー・ゴールド大佐は葵さんから頼み込まれて、葵さんにアドバンサーの操縦を教えて下さったんです。アドバンサーというのは、人間が操縦して戦闘を行う人型兵器で、いわゆる巨大ロボですね。葵さんは、そのアドバンサーの操縦で才能を発揮して、短期間の訓練だけでなかなかの戦闘技術を習得しました。そのアドバンサーですが、現在は僕達しか知らない場所に封印してありまして、エンジンやコンピューターの部品を抜いて、動かないようにしてあります。うっかり盗まれて、悪用されてしまったら困りますからね。そして、マリー・ゴールド大佐と共に僕達の兄弟もやってきて、この星で平和な日々が始まったんです。ですが、それはそう長く続きませんでした」

インパルサーの口調が、少し沈んだ。

「マリー・ゴールド大佐には、かつて部下がいました。その名はゼル・グリーン少佐と言いまして、彼もまた銀河連邦政府軍の軍人だったのですが、マリー・ゴールド大佐に良からぬ感情を抱いていて、マリー・ゴールド大佐とマスターコマンダーの人格を元にして造られた、二人の子供も同然の存在である僕達に対しても、あまり良い感情を抱いていませんでした。その結果、ゼル・グリーン少佐は僕達を滅ぼしてマリー・ゴールド大佐の心を痛め付け、その心を奪ってしまおうと画策したんです。その際に、ゼル・グリーン少佐が使用した戦力は、戦争の終結によって銀河連邦政府が回収した、僕達の部下である、量産機だったんです。ゼル・グリーン少佐に操られた僕達の部下さん達は、その時に僕達がいた関東近郊に向けて出撃させられました。無論、僕やフレイムリボルバーや弟達はそれを迎え撃ちました。僕達が戦わなければ、関東はおろか地球全土に被害が及ぶ可能性があったからです。それが、十年前に頻発した爆発事件の真相であり、原因なのです」

ぎちり、と膝の上の手が、固く握り締められる。インパルサーの表情は窺えなかったが、その声は強張っていた。
リボルバーが、あの戦車ロボットを撃たなかった理由が、少しだけ見えた気がした。彼の部下だったなら、解る。
それなら、撃てなくて当然だ。大事な人を守るために、自分の部下と戦わなければならないなんて、ひどい話だ。

「戦いの始まりは、一月四日でした。それから一ヶ月間に渡り、僕達は己の部下と戦い続け、葵さんの加勢もあってなんとか勝利することは出来たのですが、僕達の存在のせいで由佳さん達だけでなくこの星の方々に無用な危険が及んだことは、間違いのない事実でした。なので僕達は、一度、地球を離れたんです。銀河連邦政府との関わりを断ち切って、完全なる自由を手にするまで、三年も時間が掛かりました。そしてまた、僕達はこの星に帰ってきました。武装のほとんどを解除して、武器らしい武器は何一つ持たない状態で、戻ってきたんです。もう二度と戦うことがないように、僕達が戦うことによって大事な人が危険に晒されないために、そうしたんです」

私は、インパルサーが話していることが上手く頭に入ってこなかった。筋としては解るのだけど、飲み込めない。
そういう経緯があれば、こういう状況になる、とは納得出来る。でも、理解出来ない。突拍子がなさすぎるからだ。
もう少し、地に足の付いた話であれば、躊躇いもなく受け入れていただろうけど、いかんせん飛躍しすぎている。
どこの漫画だ、どこのアニメだ、どこの特撮だ。私が軽い頭痛を覚えていると、インパルサーは私に振り向いた。

「礼子さん。すぐに、全てを受け入れようなんて思う必要はありません。あなたは、僕達には間接的に関わっているに過ぎないのですから、必要なものだけ受け入れて不必要なものは切り捨てて構いません。少し、休みますか?」

私は少し迷ったが、この先を知りたい気持ちがあったので、首を横に振った。インパルサーは、頷いた。

「それでは、続けますね。地球に戻ってきた僕達兄弟は、今度こそ由佳さん達と平和に暮らせると思っていました。ですが、それは驕りでした。戻ってきてしばらくは平気だったんですが、ある日、突然の襲撃を受けました。それは、シュヴァルツ工業が差し向けた戦闘部隊で、僕達は戦うことを余儀なくされました。由佳さんや鈴音さん、涼平さんや葵さん、他の皆さんを守るために戦いました。誰も殺さないように、決して傷付けないように、敵の持つ銃だけを狙いました。ですが僕達は、シュヴァルツ工業の方々とは、戦ってはいけなかったんです。いくら後悔したところで、もう、遅いんですけどね」

インパルサーの口調は平坦だったが、苦しげだった。

「シュヴァルツ工業は、日本政府などとは別に、独自のルートで十年前の事件を洗い直していたのです。その結果、シュヴァルツ工業はある答えに辿り着きました。それが僕達の存在です。事件の以前は、情報操作によって隠蔽出来ていたのですが、事件から三年も過ぎてしまうとさすがにそれも限界になり、各方面に漏れていたんです。それらの情報を掴んだシュヴァルツ工業は、僕達の存在を地球を脅かす大量破壊兵器と見なして、破壊することを目的とした部署を設置しました。それがすばるさんのいた部署であり、以前に特殊機動部隊の皆さんが追い詰めた李太陽リ タイヤンの所属する組織の元締めなのです。その部署は、最初の頃はただのロボット工学の研究を行っている部署で、シュヴァルツ工業の中でも大した勢力ではありませんでしたが、僕達が帰還したことで一変しました。戦う対象が現れたことで、燻らせていた戦意を漲らせたのです。そして、僕達の元に襲撃を仕掛けたのですが、その時に僕達が反撃してしまったことで、あちらは僕達に対する認識を今まで以上に危険なものだと見なし、僕達は地球にとっての害悪であるという確信を得てしまったのです。こればかりは、僕達の完全な判断ミスです。由佳さん達を守ることに必死で、その先にある結果を考えられませんでしたから」

「要するにシュヴァルツ工業にとっちゃ、親父達はショッカーなわけよ? マジ悪役、人類の敵、みたいな?」

南斗は、両手を上向ける。

「でもって、シュヴァルツ工業は正義っつーか仮面ライダーってわけ。そう言えば、マジ解りやすいっしょ?」

「シュヴァルツ工業のやっとることは、全部が全部、間違いってわけやあらへんねん。うちは、今もそう思うとる」

すばる隊員は、消え入りそうな声で言った。肩を縮めて、小柄な体を更に縮めている。

「うちはな、お父はんがシュヴァルツん人間やった関係で、十六んときにシュヴァルツの対人型戦闘兵器戦術課に入れられたんよ。そこで、色んなもんを見せられた。十年前の戦いで、パルはんやボルはんが倒しよったマシンソルジャーの残骸とか、地球では絶対に有り得へん構造の機械とか、解析しようにもちっともでけへん回路とか、ホンマに色んなもんをな。うちは、それを怖いと思うた。こんなもんがまた来よったら、今度こそ地球は滅ぼされるんやないかって、泣きたいくらい不安になった。せやから、シュヴァルツにずうっと従っとったんよ。高宮重工から情報を盗んだり、高宮重工の人を騙したりしながら、シュヴァルツん技術を高める手伝いをしとった。シュヴァルツん造る機械が強うなれば、この世界の平和を守れるんやて思うてな。そのうちに、所長はんが北斗と南斗を造り始めよったから、うちはその計画を調べるのと破綻させるために送り込まれたんや。ほんで、所長はんの下で働き始めたんやけど、そのうちにボルはんに会うことがあったんや。まぁ、その頃にはもううちの正体も目的もばれとったらしいから、計算のうちの行動やったんやろうけどね」

すばる隊員は、ダメな工作員やなぁ、と情けなさそうに眉を下げた。

「そこで、うちは、ボルはんから言われたんや。マシンソルジャーはもう二度と戦わへん、せやから安心して研究してほしい、そして自分らが持ってきた技術でこの星を良うして欲しいって。その時のボルはん、えろう優しゅう顔しとってなぁ。うち、それがホンマのことなんやって解ってもうて、そしたら、なんや、ぐらぐらしてしもうて」

湯気の消えたコーヒーを一口飲んでから、すばる隊員は続けた。

「うちらはこんな人と戦おうとしてたんや、平和に暮らしたい人を襲ったり、壊すための兵器を造ったりしとったんや、って思うて。シュヴァルツには、恩がある。うちを立派なプログラマーにするための勉強を教えてくれて、ずっと病気やったお母はんのために色々としてくれて、お父はんもおる場所や。そやけど、シュヴァルツがやっとることがホンマに正しいのかどうなのか、解らへんようになってしもうたんや。シュヴァルツから高宮に移ったあとも、それをずっとずっと悩んで、どうにかなりそうになってしもて、所長はんにゆってしもうたんや。そしたら所長はん、うちを自衛隊に回してくれはったんや。シュヴァルツからも高宮からも離れてみたら、整理が付くかもしれへん、って。ダメやったらダメでそれでもええ、ってね。そしたら、ちょっとは整理が付いてな、うちはシュヴァルツよりも高宮の考え方が好きやって思うたんよ。せやから、シュヴァルツやなくて高宮ん付こうって決心が付いたんや」

すばる隊員はコーヒーを全て飲み終え、ちょっと眉をしかめた。苦かったらしい。

「所長はんもそうやし、マシンソルジャーの皆はみぃんなええ人やから、どうせやったら仲良うしたいなーって思うた。だって、その方が戦うよりもずうっと楽しいやんけ。そりゃ、皆は戦うために生まれたんかもしれへんけど、そればっかりやと、なんや、悲しいやん?」

ことり、とコーヒーカップをソーサーに置いたすばる隊員は、笑った。鈴音さんは、柔らかく笑む。

「それは、私達も同じよ。戦いたくて、シュヴァルツと戦っているわけじゃないわ」

「俺は、どれも受け入れがたいがな。人間ってものは、単純だが面倒なんだ。相手に敵意がないからと言って、戦闘兵器となんざそう簡単に仲良くなれやしないさ。綺麗事だ」

朱鷺田隊長が辛辣な言葉に、リボルバーが返した。

「その綺麗事ってぇのが叶った結果が、オレらの現状なのさ。隊長さんの言うことも決して間違っちゃいねぇし、普通の思考回路で考えりゃそうなるのが当然さ。けどな、いいもんだぜ。綺麗事ってぇのを信じてみるのもよ」

「誰の言うことも、誰のやることも、決して間違ってはいないんだ。ただ、噛み合わないだけさ」

神田隊員はマイルドセブンを銜えると、火を点けた。煙を吐き出しながら、目を伏せる。

「だから、戦いが起きるんだ」

「本当に、難しいんだよ。だからオレ、後ろに引っ込んじまったんだよな。神田さんほど、強くねーから」

涼平さんは神田隊員からマイルドセブンを一本もらって銜え、火を点けた。悔しげに、項垂れる。

「オレもさ、戦えるものなら戦いたいさ。でも、戦う相手が解らないんだ。誰と戦っても、何と戦っても、その裏で必ず誰かが傷付いたり不幸になるのが解っているから、戦えないんだ。マジで情けねぇよ、オレ」

「涼は、情けなくはないよ。そういう戦い方もあるってことだよ。戦わないことも、戦いだから」

由佳さんは、涼平さんを慰めた。涼平さんは、前髪を掻き乱す。

「そりゃ、そうかもしれねぇけど…やっぱ、悔しいもんは悔しいんだよ」

私は、すっかり冷えてしまったコーヒーを啜った。喉が渇いていたせいか、カフェインの刺激が少し痛かった。
シュヴァルツ工業も、悪くないんだ。やろうとしていることは正しいけど、ただ、矛先の相手が悪くないんだ。
これで、リボルバーやインパルサーが悪役みたいなロボットだったら迷わないのだろうけど、彼らはいい人だ。
何をどう考えたら、何をどうしたら、いいのだろう。私が目を伏せていると、リボルバーが重たい口調で漏らした。

「所詮、オレ達は薄汚ぇ戦闘兵器なのさ」

その声は、あの雨の日と同じく、悲しみを湛えていた。



「誰も戦うことなんざ知らなかったら、こんなことには、ならなかったんだろうぜ」





 


06 7/30