手の中の戦争




第一話 人質ごっこも楽じゃない



私の手元には、一枚の忌々しいハガキがある。


 拝啓 鈴木礼子様

 このたびはご当選おめでとうございます。あなたは、ただ一人選ばれました。
 このハガキは、鈴木礼子様へ三日間に渡る特殊演習参加の権利を差し上げる通知です。
 尚、特別な事情がない限り、特殊演習参加を拒否することは出来ません。他者への譲渡も不可能です。
 国家機密に関わる演習ですので、どうかご了承下さい。 敬具

 防衛庁 陸上自衛隊

そんな文面のハガキ一枚によって、ごく平凡で平坦だとばかり思っていた私の人生が、乱れに乱れてしまった。
そのハガキを受け取ったその日から三日間、私は血税の無駄遣いだとしか思えない特殊演習に付き合わされた。
しかも、国家機密だとかいう戦闘ロボットに振り回され、とんでもない目に遭ったことは昨日のように思い出せる。
その時は、それで終わりだと思っていた。だがそれからというもの、私は事ある事に自衛隊に呼び出されている。
理由は、至って簡単。国家機密を知ってしまった私を見張るためと、そして、国家機密本人の要望だからだ。
三日間の特殊演習で私を守っていたロボット、人型自律実戦兵器五式七号機、通称、北斗に気に入られたのだ。
そんな下らない理由のために、今日も私は自衛隊に呼び出され、そして。




頭の上を、ばらばらと盛大な騒音をまき散らしながら、自衛隊の大型ヘリが飛んでいく。
白み始めた空を見上げていたが、欠伸をした。私の周囲では、自衛官の皆さんが、忙しく準備に追われている。
人型自律実戦兵器の整備要員とその設備を詰め込んだ、アーミーグリーンのトレーラーが特に忙しげだった。
戦闘部隊や通信部隊などはそれぞれに準備を終えているが、私の所属する特殊機動部隊は、まだだった。
どうやら、時間ぎりぎりまで北斗と南斗のセッティングをするつもりらしい。私は暇なので、もう一度欠伸をした。
口を閉じたところで、ヘルメットを後ろから押さえ込まれた。ずれたゴーグルを直してから、背後を見上げる。

「こら。少しは気合いを入れないか」

私のヘルメットを押さえていた手を外し、迷彩柄の戦闘服姿の男はにっと笑った。

「おはようございます」

私は彼に向き直ると、敬礼した。彼は敬礼して返してくると、私を見下ろして苦笑する。

「まぁ、学校帰りの君を、眠らせもせずに引っ張り出してきた我々も悪いんだけどね」

「ヘリだと眠れないんですよね。車なら大丈夫なんですけど」

私は首を動かし、様々な部隊が設営した同じ色のテントの奧に着陸させてある、大型の軍用ヘリに目を向けた。
そうなのだ。私は昨日の下校途中に、いきなり陸上自衛隊の車に押し込められ、拉致同然に連れてこられた。
最初のうちはかなり戸惑っていたけど、これで十回目になるのだから、さすがにもう驚くことはなくなっていた。
私は、自衛隊の特殊演習に付き合わされている。その内容は、基本的に対テロリストを想定したものが多い。
十年ほど前から飛躍的に向上し始めた、ロボットを始めとした戦闘マシンによるテロを防ぐため、だそうだ。
技術の進歩は、人間に利益と同時に武力をもたらす。だから以前にも増して、テロの予測が付かなくなった。
それでなくても、最近の技術進歩の中心になっている日本は狙われやすいので、対策するに越したことはない。
その対策の一部が、この特殊演習だ。平たく言えば実戦訓練だけど、特殊なのは、演習をする兵士の存在だ。
人型自律実戦兵器。要するに、人間大の戦闘ロボットだけど、その存在は国民には未だに公表されていない。
他国への脅威として造った、などと意見されそうだし、何より開発費が莫大なので、言うに言えないようなのだ。
そして、私はその国家機密のロボットとハガキ一枚のせいで関わってしまい、そのままずるずると来ている。
陸上自衛隊と特殊機動部隊における私の位置付けは、人身御供、もとい、国防に貢献するための人質役だ。
なんで私なのかは、考えたらきりがない。きっと、色々な意味で自衛隊にとって都合が良かったのだろう。
だけど、私は未だに事態を全て把握していないし、全て教えてくれるはずもないので、訳が解らないままでいる。
そして、今日もまた、人質稼業が始まってしまう。予定では今日一日だけらしいので、まだ楽な方だと言える。
彼は私と同じようにヘリを見ていたが、特殊機動部隊のトレーラーに向いた。私は、彼の横顔を見上げた。
穏やかで人の良さを感じさせる顔立ちに、優しげな目元、それでいて凛々しい表情を持っている青年だった。
背は高いが大柄という感じはせず、すらっとしている。胸元のネームには、神田、と名字が縫い付けられている。
彼の名は、神田葵という。今年で二十七歳になる三等陸曹で、北斗と南斗の教育係で、私の上官でもある。
日に焼けた肌や短く刈り込まれた髪で自衛官だと解るのだけど、それがなかったら、人好きのするお兄さんだ。
神田隊員は、特殊機動部隊専用の無線のイヤホンを耳に差し込んで、無線を聞いていたが、顔をしかめた。

「礼子ちゃん。今日の王子様は、どっちだと思う?」

「今日は南斗のはずですよ。先月は北斗だったから」

私は神田隊員と同じように、防弾チョッキを兼ねたベストから無線のイヤホンを取り出して、耳に差し込んだ。
途端に、野太くも機械的な男の声が私の耳に炸裂した。



『聞こえるかぁ礼子君!』



「うぁー…」

たまらず、私は耳からイヤホンを外した。耳から離していても、こいつの声はガンガンに響いてくる。

『そこにいるのは解っているのだぞ、礼子君! 返事をしないか! 上官命令だ!』

「あーもう、うるさいうるさい」

私が顔を背けると、彼の声は強くなった。音割れするくらいに。

『なんだその返事は!』

私は、だんだん頭が痛くなってきた。この声の強烈さもそうだけど、この声の主、北斗にうんざりしてきていた。
無駄に威圧的な態度には慣れているけど、今日は特にひどい。二週間も、海外派遣されていたせいだろうか。
帰ってきたときに出迎えなかったからかな、それとも出発の見送りが投げやりだったからかな、などと考えた。
その間も、北斗のがなり声は続いている。神田隊員は辛そうに眉間を押さえていたが、北斗の声は止まない。

『おいカンダタ! お前も礼子君になんとか言ってやったらどうなのだ!』

「黙れ、北斗」

神田隊員が語気を強めて言うと、北斗の声は止んだ。カンダタというのは、神田隊員の不名誉なあだ名だ。
由来は、神田隊員、が詰まったものであり、別に芥川龍之介の小説やドラクエのモンスターが元ネタではない。
妙に響きが良いので北斗と南斗が使っているが、その度に神田隊員が微妙な顔をするので、私は使わない。
ざっ、とイヤホンからノイズが聞こえた。他の部隊が動き出したようで、その無線電波が少し混線したのだ。
いい加減に、私達も仕事を始めなければならない。そう思ってトレーラーの方を見てみたが、まだ出てこない。
すると、イヤホンの向こうから物凄い音がした。激しく金属のぶつかる音と同時に、北斗の喚きが聞こえた。
それから、数秒後。北斗には良く似ている声だけど、明るく馴れ馴れしい口調の、南斗の声が聞こえてきた。

『あー、礼ちゃん?』

「南斗。あんた、今、北斗ぶん殴ったでしょ」

私が呆れながら呟くと、南斗の愉快そうな笑い声がした。

『北斗の奴、マジうるさいからさー、つい手が出ちまったんだよ。なーに、急所は外してあるぜぃ』

「で、今日の相手は南斗じゃないの?」

『そのはずだったんだけどさぁ…』

あー、と力のない唸りの後、南斗は呟いた。

『オレ、一昨日の演習で肩の関節がイカれちまってたみたいでさぁ。それが、さっき見つかったっつーわけ』

「で、北斗が代わりに出るわけか」

それなら話は解るのだけど、どうしてそこで北斗が怒っているのだろう。私がそう思っていると、南斗は続ける。

『でさぁ、礼ちゃん。海外派遣任務から帰ってきたら出迎えてくれなきゃ、やっぱ、マジ寂しいぜ? 北斗の馬鹿ほどじゃねぇけど、オレもマジ寂しかったんだもんよ。次からは頼むぜ、礼ちゃん?』

「あ、やっぱりか」

思った通り、それが原因だったようだ。だけど、北斗が帰ってきた二日前の日は、私も色々と忙しかったのだ。
帰ってくる、とは知っていたけど、その日は私の所属しているテニス部で練習試合があり、抜けられなかった。
そのことを神田隊員に説明すると解ってくれたので、てっきり、北斗も解ってくれたものだと思っていた。
だけど、そうじゃなかったらしい。なんて面倒な奴なんだろうこいつは、と思ったが、口には出さなかった。
専用無線は北斗と繋がったままだし、うっかりしたことを口にすると、またさっきのように叫ばれそうだからだ。
神田隊員は呆れ返り、深く深くため息を吐いた。眉間に深くシワを寄せてイヤホンを押さえ、語気を強めた。

「なんでもいいから、さっさと出てこい! ○五三○に訓練開始だって言っただろうが!」

ようやく、トレーラーの後部の扉が開いた。そこから、自動小銃を担いだ大柄な人影が現れ、タラップを下りてきた。
ジャングルブーツの底が鉄板を踏む硬い音と、重たい足音と機械の軋む音が響いたので、私はそちらに向いた。
迷彩柄の戦闘服を着込んだ、人間よりも大きな体格の影。頭には、ミリタリーグリーンのヘルメットを被っている。
だが、その目元はゴーグルでも人の目でもなく、つやりとしたダークブルーの強化パネルが填められていた。
サングラスのようなそれが、私の方に向いた。ヘルメットの側頭部にはローマ字で、HOKUTO、と書いてある。
鼻もあって口もあるけど、どちらも金属製だ。淡い朝日を浴びて光沢を持った唇は、不機嫌そうに横に伸びている。
これが、北斗だ。見上げるほど身長が高く、肩幅も私の倍以上あり、血税を注ぎ込まれて造られたロボットだ。
正直言って、血税の無駄遣いだと思う。北斗の腕一本にも何億とか掛かっているらしいから、普通に馬鹿らしい。
だけど、こうして本人を目の前にしていると、それほど金が掛かっていないように思えてしまう。変な話だけど。
北斗はダークブルーのゴーグルに私を映し、ぎっと睨んでいた。そこに映る私の顔は、つまらなさそうだった。

「あ、お帰り」

「お帰りではない! なぜ自分の出迎えに来なかったのだ、礼子君!」

身を屈めた北斗は私と目線を合わせ、声を張り上げた。私は臆さずに、北斗を見返す。

「だって、練習試合があったんだもん。あんたを迎えに行ってる暇なんてなかったんだよ」

「それが終わってすぐにヘリを飛ばせば、自分の帰還時間に充分に間に合うはずではなかったのか!」

「私用でヘリ使っちゃいけないし、ていうかその金は国民の血税だし」

「公用も公用ではないか! 部下が上官の帰還を出迎えることは、れっきとした公用なのだ!」

今にも噛み付いてきそうな北斗から、私は顔を逸らした。どうしてこう、私に執着するかな、こいつは。

「あー、そういえばそうだったねぇ。あんた、陸士長に昇格してたっけ」

「そうだ。そして礼子君は」

「一等陸士、だっけ」

私は、この間朱鷺田隊長から言われた階級を思い出した。以前はなかったけど、ないと困るから、と付けられた。
そうだ、と北斗は頷いて厚い胸を張った。なぜそこで威張るのかは解らないけど、とにかく威張りたいらしい。

「だから、礼子君は自分の命令には従わねばならんのだ」

「さっきの返事しろーってやつ?」

「当たり前だ! 礼子君でなかったら、この場で腕立て伏せ百回をやらせているところであるぞ!」

太い腕を組み、北斗は口元を歪めた。神田隊員は呆れ果てた顔をして、北斗を眺めていた。

「で、それをオレが粛正する、と。お前らの上官はオレだからな」

「カンダタのくせに何を言うか!」

苛立ったような声を張り上げ、北斗は神田隊員に詰め寄った。神田隊員は、北斗の胸の辺りを軽く叩く。

「もう、叫ぶのは止めろ。エネルギーの無駄遣いだ。それと、礼子ちゃんと一緒に装備をしてこい。五分だ」

「アイサー」

私は神田隊員に敬礼してから、特殊機動部隊の装備が置いてある、もう一つのトレーラーに向かって駆け出した。
北斗はまだ何か言いたげだったが、私の後に続いて駆け出した。すぐに追い抜かれて、距離が開けられてしまう。
迷彩服の広い背が、すぐに遠ざかっていく。整備用のトレーラーとは離れた位置にあるので、少し時間が掛かる。
自衛隊の車両のタイヤ痕が付いた、雑草の生い茂った地面を走る。ジャングルブーツにも、もう慣れてしまった。
最初は硬くて重い上に足首が曲がらないのでやりづらかったけど、使い込んでいるうちに、皮が柔らかくなった。
私専用に小さめのサイズで作ってある迷彩服と防弾ベストも、ごわついて重たかったけど、ようやく着慣れてきた。
特殊演習に付き合うたびに体力が無駄に付いて、走っても息が上がらなくなったし、自分でも丈夫になったと思う。
だけど、いい気はしない。望んでしていることじゃないし、ただ、なんとなく流されてここにいるだけなのだから。
空を見上げると、日が昇り始めていた。世間一般では今日は日曜日なので、家族はまだ眠っていることだろう。
なのに。なぜ、私は、自衛隊の馬鹿ロボットと一緒にいるのだろう。




五分後。私の体には、武器が装備されていた。
女子供でも扱える大きさの拳銃、グロック26と、その予備の弾丸の詰まったマガジンがポケットの中に二つ。
自衛用の手榴弾が二つに、今回はサバイバルナイフまである。今回の設定も、私と北斗はテロリストだからだ。
特殊演習の目的は基本的にテロ対策だから、自然と設定もそうなってしまうけど、いつもそうとは限らない。
私の役は某国の要人だったり、誘拐された一般人だったり、負傷したテロリストの片割れだったり、色々だ。
そういう場合は当然ながら武器は持たされないけど、武器を持たされる場合は、決まって私もテロリストの役だ。
胃の中に爆弾を仕込んでいたり、機密情報の入ったデータディスクを持っていたり、自衛隊の裏切り者だったり。
とにかく、一介の中学生には出来ないであろう役割ばかり回ってくるので、逆に現実味がなくて変な気になる。
でも、そのぶっ飛んだ設定のおかげで、却って生々しさを感じずに訓練をすることが出来るのはありがたかった。
いくらマーカー弾だって、自衛官さん達を撃つのは気が引ける。段々、撃つことに慣れてしまう自分も少し嫌だ。
銃の反動には慣れてきたけど、引き金を引いた瞬間に背筋を走る冷たさは、何度経験しても変わらない。
私は背負う形のホルスターを整えてから、ぐっと腹に力を入れた。トレーラーから出ると、北斗が待っていた。
北斗は、かなりの重装備をしている。自動小銃もそうなのだが、ハンドガンが一般の自衛官よりでかいのだ。
私と同じく脇に差すタイプのホルスターには、ソーコムとかいう銃身の長いオートマチックの銃が差してある。
しかも、それが両脇に。前に一度持たせてもらったことがあるけど、重たすぎて、手首がイカれそうになった。
そして、ジャングルブーツの脇には、やはり私のものより大きいサバイバルナイフが一本ずつ装備されている。
背負っているアーミーグリーンのリュックはいつも巨大で、その中からは、様々な武器がいくらでも出てくる。
私は防弾と防塵を兼ねたゴーグルを下げ、目元に被せた。視界に薄くグレーが掛かり、世界の色が少し失せる。
タラップを下りて北斗の元に近付くと、北斗はまだ不機嫌な顔をしていて、すぐに背を向けて歩き出した。

「さっさと行くぞ、礼子君!」

私は少し駆けて、北斗の隣に並んで歩き出した。

「で、今日はどういうお話だっけ?」

「空港の検問を突破し警察を振り払った国際的なテロリストが、逃亡の果てに山中に逃げ込んだのだ」

北斗は顔を上げ、前方を仰いだ。鬱蒼とした、暗い雰囲気の漂う森がある。

「そのテロリストは海外経由で手に入れた政府の機密情報を持っている。その入手ルートを洗うためにも、殺さずに生け捕りにしなくてはならないが、自爆される可能性があるので早々に確保せよというものだ」

「あー、またかー」

私は、そのシナリオが嫌になった。手榴弾を持たされている時は、決まって私は自爆するのだ。

「そのテロリスト、出身は中東って設定だったりしない?」

「いや、ヨーロッパ圏となっている。だが、両親が中東圏の出身で、思想もそちらに傾いている、とあるぞ」

北斗は事前に渡された資料を全て覚えているのか、すぐに答えた。そういえば、そう書いてあった気がする。
いつもいつも、いやに事細かに設定が書かれているのだけど、文面が面白くないのであまり頭に入らないのだ。
私も、一応一通りは読むのだけど、読む気がないので覚えられない。好きな本であれば、覚えられるんだけど。
北斗は、針葉樹ばかりの森を見回した。遥か遠くに、営舎と思しき建物が見えるので、どこかの駐屯地らしい。
だけど、ここがどこなのかは私にはまだ解らない。ヘリに乗せられた後、乗り物酔いで死にかけていたからだ。
神田隊員に説明された気がするけど、私の口から国家機密が漏れるのを防ぐために、かなり大雑把だった。
森は山の一部のようで、少し傾斜が付いている。こういう地形での戦闘は、どちらにとっても厄介なものだ。
見通しが悪いし足場も悪いし、罠を仕掛けやすい。だけど、そんな場所だからこそ、ロボットの北斗は役に立つ。
人間よりも遥かに感覚が優れていて、赤外線センサーも保有しているので、一対多数戦では負け知らずなのだ。
呼吸もしない上に、駆動音を押さえて動けば気配も消せる。弱点は体の重さだけど、これで結構素早いのだ。
だから、まともに人間とやり合えば、人間の方が全滅してしまって訓練にならない。そこで、私の出番となる。
一つでもいいから北斗の弱点を作るべきだ、ということで、私は事ある事に北斗の人質とされているのである。
なので、訓練のシナリオによっては、私を殺せば北斗も死亡扱いになり、そのおかげで負けた訓練もあった。
けれど、今回は違う。場合によっては両者とも殺せ、という感じなので、北斗が倒されたら私も戦う必要がある。
やれやれ、だ。北斗に守られてだけでいる時はまだ楽な方だからいいけど、私も戦う羽目になるのは面倒だ。
射撃と戦闘の訓練は一応しているけど、所詮はド素人の付け焼き刃に過ぎないので、大して意味はない。
ああ、憂鬱。私は武装で重たくなった足取りを更に重くしながら、北斗に並んで森へと踏み入っていった。
演習中、と書かれた札が下げてある紐を上げ、その下をくぐる。針葉樹の逞しい幹の間を、通り過ぎていく。
森の中を歩きながら、北斗は左右を窺っている。どこにどのくらい隠れられるか、考えているのだろう。
私も、転ばないようにしながら、辺りを窺っていた。今はまだ、敵兵役の自衛官さん達は配置されていない。

『こちら、神田。今より十五分後に、第七小隊が突入する。北斗、鈴木、それまでに身を潜めておけ』

イヤホンから神田隊員の声がしたので、私はマイクを口元に寄せる。任務の時は、名字で呼ばれるのだ。

「アイサー」

『それと、鈴木』

「はい?」

『北斗のお守りを頼む。最重要任務だ』

笑い気味の神田隊員の声に、私は少し笑って返した。

「アイサー」

前を見上げると、北斗は黙々と歩いていた。そちらにも指示が飛んできたのか、北斗は冷淡に返している。
すっかり、軍人モードに切り替わっている。先程までの感情的な姿はどこへやら、一転して冷静だった。
不機嫌そうだった口元もきりっと引き締まり、声の調子も張り詰めている。この姿なら、恰好良いのに。
なのに、任務以外だとすぐに感情的になって子供みたいに我が侭になるもんだから、たまったもんじゃない。
本当に、変なロボットだ。そう思いながら、私は北斗に続いて、ずんずんと森の奧へと突き進んでいった。
五分ほど歩くと、木々の間隔が狭まった場所にやってきた。日光もほとんど差さず、かなり暗かった。
日が昇り始めても、ここはまだ夜のままだった。冷たく湿っぽい空気が流れ、私の頬を軽く撫でていった。
周囲から人の気配は消え、北斗の駆動音が良く聞こえる。ほんの僅かだけど、エンジンの回る音がしていた。
何かの虫の鳴き声が、足元からしている。私が北斗に近付こうとすると、北斗は振り返り、向き直った。

「礼子君」

先程よりも声は抑えられていたけど、それでも語気は強かった。私は、彼を見上げる。

「何よ」

「先月は、南斗が礼子君を守っていたな」

「うん、まぁね」

私は、一ヶ月ほど前の特殊演習を思い出した。その時のシナリオはまだまともな内容で、誘拐犯と被害者だった。
本来なら警察がするべき仕事なんだろうけど、誘拐犯が過激派組織の一員である、という想定だったからだ。
そして、その誘拐犯は南斗だった。二日間攻防が続いたけど、私は最後に保護され、一応ハッピーエンドだった。
実質的に、北斗に負けた南斗は悔しがっていたけど。そんなことまで思い出しながら、私は首をかしげた。

「だから、それが何よ」

「…面白くない」

北斗は唇を歪め、顔を背けた。

「訓練の都合上仕方ないと解っているが、面白くないのだ!」

私は、北斗のその態度と言葉にいちいちリアクションするのは面倒だったので、ああそう、とだけ返した。
そうなのだ。一年ほど前の三日間の特殊演習を終えて以降、北斗は、どういうわけだか私を気に入っている。
それも、男として。私は、北斗のことは嫌いじゃないけど好きでもないので、正直なところ迷惑なのである。
だって、ねえ。好きでもない男に、好きだ好きだとアプローチされるほど、迷惑なことはないと思う。
しかもそれが、国家機密でロボットときたもんだ。鬱陶しいことこの上ないけど、逃げるに逃げられない。
逃げたところで、自衛隊に捕まるのがオチだろうから。







06 3/15