手の中の戦争




第一話 人質ごっこも楽じゃない



緊迫した空気が、森の中に満ちていた。
背後の北斗は、私を包むように背中を丸めて身を低くしている。自動小銃を構えているが、動きを止めている。
些細な風で枝葉が擦れる音にすら反応してしまい、私は目を左右に動かした。息をするのにも、気を配っている。
私達の背後には、一際太い針葉樹の幹がある。北斗はそれを背にしていて、私はその前にしゃがみ込んでいた。
地面に膝を付けているが、腰は下ろさない。座ってしまったらすぐに立てないし、何より、気が抜けてしまう。
視界は、良くない。伸び放題になっている雑草が、丁度人がしゃがんだぐらいの高さまでの長さになっている。
しかも、それが全部の方向だ。どこに敵がいるか解らない、というより、どこにも敵がいると考えていいだろう。
草が自然に鳴る音に音を紛れさせながら、匍匐前進してきただろうから。私は、ちらりと頭上の北斗を見上げた。
北斗は、押し黙っている。ダークブルーのゴーグルからは光が失せているが、時折、じっ、と小さな音がする。
恐らく、ゴーグルの内側のスコープアイの照準を合わせているのだろう。赤外線センサーも使っているはずだ。
すると、北斗が首を動かした。音もなく右斜め前に向くと、私の前で手を軽く振り、その方向を指し示した。
どうやら、敵を見つけたらしい。私は小さく頷いてから、地面に付けていた膝を離して、中腰に立ち上がった。
北斗は自動小銃の引き金に太い指を掛けると、先程自分が指し示した方向を顎でしゃくり、私を促した。
あっちを撃てってこと、と私が自分の銃を軽く叩いて尋ねると、北斗は頷いた。あっちは本命じゃないってことか。
北斗は草をそっと踏み分けて態勢を変え、私の背後に銃を向けた。私は銃口を上げ、北斗が指した方向を狙う。
背中合わせではないが、互いに反対方向に向いていた。北斗は地面から小石を拾うと、適当な方向に投げた。
弧を描きながら石が落ち、がさっ、と葉が揺れる。直後、北斗と私が狙っている二方向から、銃口が現れた。
その瞬間、私は引き金を引いた。破裂音と同時に荒っぽい反動に体を揺さぶられながら、何度も何度も撃つ。
弾丸を放ってきた場所に命中し、マーカー弾が砕けた。草に紛れていた迷彩服が真っ赤に染まり、よろける。
心臓に二発、肩に一発。致命傷だ。そう思いながら私は背後に振り返ると、北斗は既に銃口を下げていた。
二三発外した私と違って、北斗は一発で命中させていたらしく、彼の向いた先では、自衛官が倒れていた。
ヘルメットの中心に、真っ赤な弾痕がある。うわぁえげつなー、と思いながらも、私は北斗を見上げた。
硝煙臭い煙が漂う中、北斗は表情を変えずに姿勢を正した。ここはもう倒したから、移動でもするのかな。
すると、北斗の腕が私を抱え上げた。何事かと思っていると肩に担がれ、北斗は片手で自動小銃を構えた。

「跳ぶぞ」

「え?」

一体、何のことだ。聞き返そうとする前に北斗は膝の装甲を開いて関節を露出させ、ブースターを出した。
直後、北斗の足は地面を抉っていた。どしゅっ、と強烈な熱風が下から噴き上がった瞬間、視界が上がった。
次の瞬間には、私は狙撃されて死体となった自衛官が倒れている地面を、高い位置から見下ろしていた。
がくっと姿勢が揺らいだかと思うと、どこかに着地した。見下ろすと、一番太いであろう枝の上だった。
ヘルメットに尖った葉が擦れて、がさがさ鳴っている。枝の隙間から地上を望むと、その高さにぞっとした。
これ、五メートル以上はあるんじゃないのか。そして、北斗の膝から出ているブースターに目をやった。
こんな装備、付いていたっけ。きっと、ジャンプ力の増強と着地時の姿勢安定のための装備なんだろうけど。
北斗は曲げていた膝を元に戻し、じゃこん、と膝の中にブースターを収納して装甲を閉じ、下に向いた。
がさがさがさっ、と草の擦れる音が増え、地面に這いつくばった人影がこちらに向かって近寄ってきている。
斥候役がやられてしまったから、様子を見に来たのだろう。迷彩カラーに塗った顔が、慎重に左右を窺っている。
暗い配色のミリタリーグリーンの顔の中で、白目だけが際立っていて、ぎらぎらした眼差しがちょっと怖い。
私は息を飲んでから、肩と背を支えている北斗の手を握った。北斗は口だけの動きで、案ずるな、と言った。
北斗は右手に持っていた自動小銃を下ろし、銃口を敵兵に合わせた。敵兵の目が、上へと向けられたその時。
たぁん、と腹に響く銃声が轟き、敵兵の頭の頂点が真っ赤に染まった。その衝撃で敵兵は揺らぎ、倒れた。
これはついでだ、とやはり口の動きだけで呟いてから、北斗は銃口を兵士の腰にある無線を狙い、撃ち抜いた。
マイク部分が容易く砕け、赤に染まる。その破壊された音が伝わったらしく、少し、周囲が騒がしくなった。
といっても、音はしてこない。人がいる気配らしきものが、ざわざわと、ほんの少しだけ伝わってくるだけだ。
いきなり無線に響いた凄い音は、敵兵達の動揺を誘ったらしい。これもまた、なんともえげつない作戦だ。
北斗を見ると、ぼんやりと虚空を見つめていた。しばらくすると、口元をにっと上向けて、得意げに笑む。

「そうか、リーダーはそこか」

ほんの僅かな声で呟いた北斗に、私も声を抑えて尋ねた。

「何、今の電波で掴めたわけ?」

「当然だ。無線から発せられた電波を全て集めている場所を掴めば、後は簡単だからな」

「でも、よくそんなこと出来るね」

「無線の周波数など変えたところで、自分には筒抜けなのだ。これぐらい、何のことはないのだ」

それ、なんかずるくないか。そりゃあんたはロボットだけど正攻法じゃないよ、と私は内心でぼやいてしまった。
北斗は自動小銃を持ち直すと、辺りを見回した。そしておもむろに引き金を引き、威勢良く連射させていった。
だだだだだだだっ、と発砲の火花と同時に金色の薬莢が飛び散り、枝の隙間から地面に向かって落ちていく。
時折、ぎゃっ、とか、ぐわっ、とか悲鳴が聞こえてきた。マーカー弾とはいえ、命中したらさぞ痛かろう。
ひとしきり銃声をさせた後、北斗は押し込んでいた引き金を緩めた。これは、勝てると確信している表情だ。

「これでザコは一掃した。さぁ行くぞ、リーダーを叩きにな」

「もしかしてさぁ、高いところに昇ったのって、それがやりたかったから?」

機銃掃射もどき、と私が呟くと、北斗は得意げに笑った。

「ははははははは。効率がいいだろう!」

「卑怯なだけだと思う」

「今の今まで追い詰められていたのだ、それぐらいはやりかえしても問題はあるまい」

北斗は下を見ていたが、ふと頭上を仰いだ。空を隠してしまうほど重なった尖った葉が、揺さぶられている。
ばらばらとローターを回転させながら、ヘリが飛んでいる。北斗は銃口を上げると、たぁん、と一発撃った。
ミリタリーグリーンのヘリの胴体下部に、びしゃっ、と赤が散る。負けを認めたのか、早々に去っていった。
ヘリが居なくなると、空の色が見えた。一日中森の中にいたから気が付かなかったけど、日が暮れ始めている。
手袋の下に隠していた腕時計を出すと、短針は午後五時を示そうとしている。もう、そんな時間になったのか。
○五三○、つまり、午前五時三十分から始めた戦闘は、一七三○、つまり午後五時三十分までの十二時間だ。
もうすぐ終わりだ、とほっとしたが、そこで気を抜いてはいけない。最後の最後に、負けてしまっては情けない。

「これ、使う?」

私は服を探り、手榴弾を取り出した。一個は昼間に使ったけど、もう一個は自爆用として残してあったのだ。
それを、北斗の目の前に差し出してやった。北斗は私と手榴弾を見比べていたが、また、にやりと笑った。

「いいことを思い付いたぞ、礼子君」

「北斗の言ういいことって、絶対にろくでもないと思うんだけど」

北斗がこういう顔をしている時は、ろくな目に遭わない。私の今までの経験上からすれば、間違いないことだ。
私は北斗が話してくる作戦を聞きながら、手榴弾を見つめていた。本物ではないけれど、ずしりと重たかった。
これが本物だったら、私はどれだけ恐ろしいことをしているんだろう。いつも、それを忘れないようにしている。
例えニセモノだろうとも、お芝居だろうとも、私は人の命を奪っているのだ。そう思うことで、少しは自戒になる。
だって、怖いじゃないか。人質になることに慣れちゃうのもそうだけど、銃を持つのが当たり前だ、なんて。
怖くなくなってしまったら、終わりだから。


草むらから顔を出すと、すぐさま銃口を向けられた。
部下の敵兵と一緒にいたリーダー役の敵兵は、怖い顔をして私を睨み付けてきたので、少し身動いでしまった。
だけど、今はそれどころじゃない。私は武装を全て外し、足元に放り投げると、両手を後頭部の後ろで組んだ。
いわゆる、降伏の恰好だ。リーダーは自動小銃の銃口を下げなかったが、もう一人の敵兵が慎重に寄ってきた。
私は、つい顔を逸らした。相手の人も多少やりづらそうに、私の戦闘服を探り、手榴弾の有無を確かめている。
さすがに、これだけは慣れなかった。訓練だと解っていても、知らない人に服を探られるのは気恥ずかしい。
いくら探ってもないと解ると、敵兵は慌てて離れた。よく見るとまだ若い人で、二十を過ぎたぐらいだろうか。
なるべく表情を変えないようにしているけど、多少なりとも意識してしまったらしく、かなりやりづらそうだった。
私は何度も経験しているので、今更意識することもないけど、この人は初めて見る顔だから当然といえば当然だ。
きっと、北南兄弟だけではなく、私の存在にも戸惑っているんだろうなぁ、などと頭の片隅で考えてしまった。
さて、そろそろ北斗が来る頃だ。目だけ動かして辺りの様子を窺っていると、ざっ、と木の枝が揺さぶられた。
二人がその音に反応し、見上げた直後。枝の隙間で炸裂音がし、びしゃびしゃびしゃっ、と赤が降り注いできた。
血の雨にも似たそれが、雑草を赤く濡らした。二人が急いで反対方向に向くと、その背に、赤が撃ち込まれた。
迷彩柄の背が真っ赤に染まり、赤い滴が伝い落ちていく。呆気に取られた様子で、リーダーは後ろに振り向く。
私も、後ろに振り向いた。近くの木に背を当てて立っている北斗は、手榴弾が炸裂した場所の真後ろにいた。
陽動作戦の裏を掻いてみた、というわけだ。リーダーと敵兵は顔を見合わせていたが、サイレンが鳴り始めた。
高いようで低いような曖昧な音程のサイレンが、日の暮れた森に響き渡り、特殊演習の終了を知らせていた。
草むらを掻き分けて出てきた北斗は、自動小銃を下ろした。リーダー役の自衛官に、にやっと笑みを見せる。

「なかなかの采配でありました。だが、少しばかり時間が足りていなかったようですな」

「しかし、あの手榴弾は鈴木一士のものではないのですか?」

リーダーが訝しむと、北斗はがしゃりと自動小銃を肩に担いだ。

「確かにあれは鈴木のものですが、自分が使ってもなんら問題はありません」

「ですが、北斗士長。テロリストの常套である自爆を鈴木一士にさせれば、我らは全滅していました」

敵兵役の自衛官が、不思議そうにする。

「それを、なぜあんな面倒なことを」

「決まり切ったことであります。敵はすぐに鈴木を撃たないと解っていたから、囮にしたまでであります」

北斗は赤い塗料の滴を落とす葉を見上げていたが、私を見下ろした。

「それに、ああやれば、最終的に危険は自分に向きます。それだけのことであります」

「なるほど」

嫌味ったらしく漏らしたリーダーは、私を見下ろしてきた。

「大したお姫様ですな、鈴木一士」

「私は、ただの囮役に過ぎませんよ」

私はリーダー役の自衛官から目を逸らさずに、言い返す。

「そちらは、要は私達を燻り出すのが目的だったわけですから、その片方が出ていけば必然的にそっちに目が行きます。でも、その片方が殺されないとも限らないわけです。テロリストはテロリストだから。だから、私はあの手榴弾と役目は一緒なんですよ。ほんの一瞬だけでも、気を逸らさせて隙を作らせるための道具に過ぎません」

言い切ってから、深く息を吐いた。北斗を見上げてみると、北斗は、心外だと言わんばかりの顔をしていた。
だけど、そうじゃないか。囮が手榴弾か人間かの違いだけで、役割としては、そう大差のないものだった。
サイレンの合間に招集の声がしていた。迷彩服を赤く汚した敵兵役の自衛官達は、疲れた足取りで歩いていく。
リーダー役の自衛官は私を一瞥してから、足早に立ち去っていった。まぁ、腹立たしいのは解るよ、うん。
ロボットなんかに負けた挙げ句にこんな小娘に言い返されたんじゃ、こういう世界の人達は怒るだろうなぁ。
それでなくても軍隊は男社会だから、女を見下している節がある。仕方ないっちゃ仕方ないけど、理不尽だ。
それでも神田隊員みたいな人はいるし、皆が皆、態度が悪いわけじゃない。結局、人それぞれということだ。
北斗達を受け入れるかどうかも、私を隊員だと認識するかどうかも。ていうか、すぐに理解する方が無理だ。
敵兵役の人達が去ってから、私は体を伸ばした。長いこと縮こまっていたから、背中も首もばきばき鳴った。

「う、あー」

変な声を出しながら背を曲げていると、不愉快げな北斗が見下ろしてきた。

「全く、嘆かわしいことだ。礼子君は、自分が礼子君を囮にしたとでも思っているのか?」

「あれ、囮じゃなきゃなんだってのよ」

私が怪訝そうにすると、北斗は太い腕を組んだ。

「あれは、自分の射撃の腕を信じていたからこそ、礼子君を助けられると確信していたからこその行動なのだ」

「あっそう」

私は相手をするのが面倒になって、歩き出した。北斗は私に歩調を合わせて、すぐ背後に付いてくる。

「しかし、礼子君を姫君呼ばわりとは、これもなんと嘆かわしいことだ」

「皮肉にしちゃあ普通すぎてつまんないよね」

私が呟くと、北斗は立ち止まり、力強く叫んだ。

「このまま言われっぱなしと言うのは腹立たしいとは思わんかね、礼子君!」

その続きを聞きたくなくて、私は振り返って言い放った。

「だからって、やりかえしに行ったりしたら絶交だからね。ガキ臭すぎだよ、そういうの」

「…ぐう」

振り上げていた手を下ろし、北斗は言葉に詰まった。まさか本気で言うつもりだったのか、お前って馬鹿は。
それでなくても、こいつのぶっ飛んだ言動には辟易しているのに、その上でそんなことをされたらたまらない。
絶交、と言ったことが意外にきつかったのか、北斗は渋い顔をしている。先程までの強気な態度が失せている。
私は北斗に背を向け、木々の間から見えているアーミーグリーンのテントに向かって、足早に歩いていった。
待て礼子君、と声が掛けられたが、気にせずに進んでいく。まともに相手をしていたら、日が暮れてしまう。
十二時間にも渡る訓練でただでさえ疲れているのに、これ以上疲れたくはない。




森を出ると、神田隊員が待っていてくれた。
やぁ、と手を挙げてきたので、私も釣られて手を挙げた。周囲は、朝以上にざわめきが激しく、騒がしかった。
訓練の成果を言い合う自衛官達の言葉に遮られないように、神田隊員の声は、普段よりも少し大きかった。

「また無茶なことに付き合わされちゃったね、礼子ちゃん」

「今日は囮にされちゃいました」

私はヘルメットを外すと、汗ばんで肌に貼り付いている髪を掻き乱した。神田隊員は、タオルを渡してくる。
それを受け取ると、ありがたく使わせてもらった。汗と土に汚れた顔を拭い、首筋を拭くと、少し落ち着いた。
防弾ベストの前を開き、迷彩服の襟元を緩めると、空気が入ってきた。熱の籠もった体に、風が気持ちいい。
タオルの次に渡された水のペットボトルを開け、一気に喉に流し込んだ。冷たい感触の後、中から潤ってくる。
背後から重たい足音が聞こえてきたので、振り返った。遅れてやってきた北斗は、ぎっと神田隊員を睨んだ。

「カンダタァ!」

「北斗。帰ってきたなら、さっさとメンテナンスに入れ」

神田隊員が三番トレーラーを指しながら返すと、北斗は声を荒げた。

「自分は断じて礼子君を囮にしたわけではないぞ、断じて違うのだぞ!」

「自分の腕を信じるのはいいが、過信したら終わりだぞ。本当に礼子ちゃんを守りたかったら、他の方法を使え」

神田隊員は、至極真面目な上官の顔をしていた。私はその言葉に、素直に頷いた。

「結局、あんたの作戦って自分が勝つことを中心に据えて考えてるわけだしさぁ」

「だが、結果として」

言い返そうとした北斗に、神田隊員は語気を強めた。

「結果は結果でしかない、もしも失敗していたらとは考えないのか! 立場を逆に置き換えて、考えてみろ!」

「普通さぁ、テロリストの手に味方の隊員を渡す? しないでしょ、そんなこと」

馬鹿ロボット、と私はため息と共に言った。北斗は優秀な戦闘ロボットかもしれないが、肝心な部分がダメだ。
最初に会った頃よりも少しはまともになったけど、まだまだだ。他人への配慮が、致命的に欠けている。
本人の性格のせいかもしれないし、ロボットだからかもしれないけど、いつまでたっても学習してくれない。
つまり、根っこの部分が子供なのだ。見た目だけは屈強な兵士だけど、実年齢はまだ一桁だって話だし。
北斗は、言われてようやく理解したらしく、固まっていた。苦々しげにしていたが、ぐぅ、と低い声を漏らした。

「あ、隊長」

私は神田隊員の肩越しに、こちらにやってくる人影に気付いた。神田隊員はすぐに振り返り、敬礼した。

「北斗、鈴木、両名帰還しました」

「鈴木、ただいま帰還しました」

私は上官を見上げ、最敬礼する。

「北斗、鈴木、演習ご苦労だった」

戦闘服に身を固めた男が、神田隊員のすぐ傍で立ち止まった。神田隊員よりも少し背が高く、体格も大きい。
雰囲気は柔和だけど、目付きは鋭い。仕事柄鍛えているため、ぱっと見ただけじゃ四十過ぎだとは思えない。
胸元のネームには、朱鷺田、とある。朱鷺田修一郎一等陸尉は、私達の所属する特殊機動部隊の隊長である。
朱鷺田隊長が北斗に向くと、北斗はすぐさま敬礼した。かん、とジャングルブーツのかかとを叩き合わせる。

「北斗、ただいま帰還しました!」

「第七小隊の小隊長と、神田から報告を受けた。北斗、またろくでもないことをしでかしたな。鈴木を囮に使うなどと、お前は一体何を考えているんだ。最近はやっとまともになってきたと思っていたが、油断したらすぐにこれだ。いい加減、上に報告する時の言い訳も尽きたんだぞ。少しは俺の苦労も考えないか。さて、どう処分してやろうか」

苦々しげな朱鷺田隊長に、北斗は若干声を上擦らせた。

「はっ! どんな処分であろうとも、受ける所存であります!」

「鈴木はどうしたい」

朱鷺田隊長に尋ねられ、私は少し考えてから、返した。

「北斗を止められなかった私にも責任はあるんでしょうか、隊長」

「いや、鈴木は北斗の部下だ。判断の責任の全ては、小隊長であった北斗にある」

朱鷺田隊長の言葉に、私はほっとした。そうと解れば、心置きなく言わせてもらおうじゃないか。

「それじゃ、定番の腕立て伏せ百回でもやらせるべきだと思います」

「だ、そうだ。メンテナンス後の動作チェックのついでにやっておけ。俺としては、大分物足りないがな」

朱鷺田隊長は私を見てから、北斗に向いた。北斗は最敬礼する。

「アイサー!」

「じゃ、礼子ちゃん。報告書を書いてもらわなきゃだから」

私は神田隊員に促され、北斗に背を向けた。朱鷺田隊長は北斗に一言二言言ってから、立ち去っていった。
最敬礼したままの北斗は、ぐいっと口元を引き締めていた。その表情が変わる前に、私は北斗から離れた。
神田隊員の後ろにくっついて自衛官さん達の間を抜けると、奇異と屈辱の入り混じった視線が刺さってくる。
言われなくても、解っている。特殊機動部隊にとっても、自衛隊にとっても、私の存在は姫君なんかじゃない。
国家機密を知ってしまったことを公表されないために、訓練の名目で自衛隊に拘束されているだけなんだから。
そもそも、私はお姫様なんて柄じゃない。顔は十人並みだし性格も良くないし、そんな呼び名は似合わない。
助けに来てくれる王子様は自分勝手なロボットで、白馬は機関銃を積んだジープで、ドレスは迷彩の戦闘服だ。
それに。私には、そっちの方が似合っている。





 


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