手の中の戦争




第四話 コンバット・ブルース



実弾入りのマガジンが、重たかった。
両手に抱えているサブマシンガン、H&K・MP5Kもずっしりと重たいけど、弾の重みはまた違った重みだった。
防弾ジャケットに差し込んである二つのマガジンの中には、三十発の9ミリパラベラム、通称9パラが入っている。
MP5Kに既に装填してあるマガジンを含めると、今、私が持っている実弾は合計で九十発もあるということだ。
その一発でも人間に当たれば、命を奪える可能性がある。そう思っただけで、泣き出したいほど、怖くなった。
だが、泣いてはいけない。逃げないと決めたのは私自身なんだから、戦うことに迷いを抱くべきではない。
顔を上げると、正面には同型の量産型機を引き連れたグラント・Gがおり、しきりにエンジンを噴かしていた。
バイクのそれに似た排気音が響き、背面部の排気筒から黒い煙が上がる。どうやら、燃料エンジンらしい。
この辺りも、北斗と南斗とは違っている。二人は高性能バッテリーに充電して動く、充電エンジンだからだ。
私の左右に控えている北斗と南斗は、怖い顔をしていた。対するグラント・Gは、やけにテンションが高い。

「Hahahahaha! This is the gameこれはゲームだ,It probably will go easy気楽に行こうぜ!」

「グラント・G。自分はお前のスペックを把握している。いい加減、日本語で喋ったらいかがかな」

北斗が鋭く言い放つと、Hahahahahaha、とグラント・Gは笑いながら両手を上向けた。

「Oh,no! ナンダ、知ッテイヤガッタカ! 意外ニ賢イナ、SAMURAI robot!」

「そうだったの?」

私は、二人が英語を喋ったのと同じぐらい、グラント・Gが日本語を喋ったことが意外に思え、目を丸くした。
南斗は、不機嫌なままだった。目元はバイザーなので表情は解らないけど、きっと睨んでいるのだろう。

「ったりめーだろ、んなもん。ていうか、オレらとグラント・Gの言語ソフトは同じもんなんだよ。だから、オレらが英語を喋れんのが当たり前なのと同じで、グラント・Gも日本語を喋れて当たり前なんだよ」

「それを礼子君が知らないのをいいことに、英語で罵倒しおって!」

北斗は一歩踏み出ると、グラント・Gを指した。

「そちらがその気なら、こちらも一切容赦はせん! スクラップにしてくれる!」

「Hahahahahahaha! 日本ノ工芸品ガ、良ク言ウゼ! 秋葉原ノショーケースニデモ入ッテイヤガレ!」

グラント・Gは心持ち身を乗り出すと、じっ、と小さな音を立ててスコープアイの照準を狭め、北斗を見据えた。

「ソノ Big mouse ヲイツマデ聞ケルカ楽シミダゼ、North star,South star!」

「言ってろ、この戦車野郎が!」

腹立たしげに吐き捨てた南斗は、べっと舌まで出した。いくらなんでも、それはやりすぎじゃないのか、南斗。
私は、横目に双方の隊長達を窺った。どちらも、使用機体の険悪な言動に気が気ではない、といった様子だ。
このままでは、本当に死んでしまいそうな気がする。グラント・Gの性格なら、私を狙い撃ちしかねない。
もし、死んでしまったらどうしよう。労災とか下りるのかな、事故として処理されるのかな、などと考えた。
だが、すぐに払拭した。死んでしまうことなんて考えてしまったら、せっかく腹に据えた決意も弱まってしまう。
グラント・Gと二人はお互いを睨み合っていたが、カーネル大佐に急かされ、グラント・Gは近寄ってきた。
ペンチ状の手を北斗へと差し伸べると、がちがちと鳴らした。あまり友好的ではないが、握手の催促だろう。
北斗は、嫌々ながらグラント・Gの手に自分の手を伸ばした。が、近付けた途端に、その手を弾き飛ばした。
がぁん、と強烈な金属音が鳴り、手を叩かれたグラント・Gは少しよろけた。手を引くと、派手に舌打ちした。

shitくそったれ!」

「それはお前の方だ、グラント・G! 四文字言葉など使いおって、下劣にも程がある!」

北斗はグラント・Gに背を向け、自分の軍用バイクに向けて歩き出した。

「行くぞ、南斗、礼子君! いつまでも、こんな無礼な輩に構っていられるか! 時間の無駄だ!」

「…国際問題になっても知らないよ」

北斗の後を追いながら、私は不安に苛まれてしまった。これが原因で、両国の関係が悪化したらどうするんだ。
今回の特殊演習が機密扱いだからいいものの、公のものであったならば、絶対に日本とアメリカは険悪になる。
そうなってしまったら、どうなることやら。アメリカのやることは、いつの時代も過激なので心配になってくる。
だが、こんなことを考えていても仕方ない。私は、両手に抱えているMP5Kを握り締め、表情を固めた。
MP5Kは、以前に何度か射撃訓練で扱ったことがある。サブマシンガンの中でも、かなり高性能な銃なのだ。
使用する弾が9パラなので反動はそれほど大きくはないけど、連射しすぎれば、当然ながら肩がイカれてしまう。
それに、あまり長時間連射を続けると、ジャムらせてしまう危険性があるので、充分気を付けなければならない。
狙撃は北斗と南斗任せだが、MP5Kの出番がないとも限らない。けれど、使いどころを間違ってはいけない。
分厚い強化防弾装甲に覆われた重量級戦闘ロボット、グラントシリーズにとっては9パラなんてBB弾も同然だ。
だけど、弾は弾だ。ちゃんと敵の弱点に当てて、出来るだけダメージを与えて、使用不能機を一機でも増やそう。
私に出来ることは、それぐらいだ。いや、それすらも出来るかどうかは解らないけど、やってみるしかない。
時間が経ってくると、グラント・Gが北斗と南斗に浴びせかけた文句に対して、じわじわと腹が立ってきた。
立派な戦闘ロボットである二人に、秋葉原のショーケースに入っていやがれ、というのはひどすぎやしないか。
それはつまり、お前はただのお人形だ、フィギュアと同じだ、と言われたのだから。ああ、不愉快だ不愉快だ。
だが、あまり怒ってはいけない。敵の挑発に乗って冷静さを欠いてしまったら、それこそ相手の思う壺だ。
私は気持ちを沈めて、意識を戻した。前を見ると、北斗と南斗との距離が開いてしまい、随分離されている。
小走りに駆けて間を狭めると、それに気付いた北斗が少しだけ歩調を緩めて、私と隣り合って歩いてくれた。
先に行った南斗は、既に自分用の軍用バイクに跨っている。そのタンクには、Cyclone、とステッカーがある。
その左隣に止めてある北斗用の軍用バイクのタンクには、Kokuoh。つまり、サイクロン号と黒王号なのだ。
南斗は仮面ライダーのバイクの名前を自車に付け、北斗はラオウの愛馬の名前を自車に付けたというわけだ。
二つの軍用バイク自体には番号以外の個体差がほとんどないので、見分けるためには結構ありがたい。
すると、南斗が手招きした。北斗を見ると、北斗も顎で南斗を示したので、私はサイクロン号に近寄った。

「何、今日は南斗なの?」

「昨日やった軍人将棋で、オレが勝ったんだよ。だから、今日はオレなんよ」

と、南斗は自分を指した。私はステッカーが貼られているタンクに昇ると、南斗の腕の中に入るように跨った。
本当は、後ろに乗るタイプのタンデムの方が良いと思うのだけど、ここに入らないと私が落ちてしまうのだ。
それでなくても体の大きいロボットに、ずっとしがみつくのには無理があるし、振り落とされるかもしれないのだ。
南斗が腰を少し下げたので、私はシートの上に尻を乗せた。MP5Kをしっかり抱えていると、南斗に抱えられた。
北斗も黒王号に跨り、キックしてエンジンを掛けた。騒々しい排気音が響き、何回か、エンジンを噴かしている。
そのエンジン音に、別のエンジン音も混じった。振り返ると、総勢二十六機のグラントシリーズが待機している。
スタートは、あちらの方が遅い。今回の特殊演習も、例によって、私達がテロリスト役になっているからである。
そして私は、珍しいことに戦闘員の一員だ。いつもだったら人質だけど、今回はしっかり武装しているからだろう。
朱鷺田隊長の掛け声と同時に、北斗がバイクをスタートさせた。ほぼ同時に、南斗のサイクロン号も発進する。
剥き出しの地面なので、速度を上げると震動が増す。遠くに見えていた作り物の街が、次第に近くなってくる。
頬に当たる風と、南斗の胸の硬さを背中に感じながら、私は息を詰めた。痛いぐらい、心臓が高鳴っている。
これから、私は、戦争に向かうのだ。




特殊演習を開始してから、三十分後。
私と南斗、そして北斗は別れて行動していた。一塊になっていても意味はないし、やられてしまうだけだからだ。
作り物の街は、構造が複雑だった。通りが一本ではないし、ぱっと見た感じでは適当に建物が配置してある。
恐らくこれは、住宅街などではなく、大通りから引っ込んだ裏通りをイメージして作ったのものなのだろう。
南斗はサイクロン号のスピードを緩めると、コンクリートの壁だけで造ってある建物の傍に寄り、止まった。
私が南斗を見上げると、南斗はアンテナ状のパーツが付いた耳元を押さえた。私も、自分のイヤホンを押さえる。
南斗は、耳元を軽く叩いた。その震動と音にノイズが混じったものが、私のイヤホンから何度か聞こえた。
しばらくすると、雑音の向こうから、南斗がしたものと同じ回数のノック音がしてきた。北斗が、答えたのだ。
南斗は周囲を見回していたが、声を出さずに左側を指した。私がそちらを見ると、彼はにっと笑って頷いた。
どうやら、北斗はあちらにいるようだ。私は左右の物音を窺いながら、建物の隙間から、慎重に顔を出した。
辺りを見回してみたが、細い路地が入り組んでいて、南斗の指した方向は見えず、北斗の位置も解らなかった。
顔を引っ込めてから、耳を澄ました。だが、グラントシリーズの駆動音は聞こえてこず、嫌な静寂が満ちていた。
あちらは、私達が出撃して十五分後にスタートしているはずなので、近辺を探りにやってきてもいいはずだ。
なのに、動いていない。恐らく、こちらを焦らしに焦らして、痺れを切らして動き出したところを攻めるのだろう。
なんとも、いやらしい作戦だ。だが、ここで動いては相手のペースに持って行かれて、すぐに追い詰められる。
私が悶々としていると、南斗は太い指でイグニッションキーを回し、サイクロン号のエンジンを切ってしまった。
そんなことをしては、動けなくなる。私が南斗にそう言おうとすると、南斗は唇の前に人差し指を立ててみせた。
黙っていろ、ということか。私は彼に従って、何も言わずに、不気味な静けさの漂う戦場の気配を感じてみた。
すると、サイクロン号のエンジン音に掻き消されていた細かい物音が聞こえてきて、地面の震動も解った。
ほんの僅かだが、サイクロン号の下が揺れている。南斗は動きを止めて、押し黙っていたが、口元を曲げた。

「…囲んでやがるぜ」

「え、もう?」

私が南斗を見上げると、南斗は再びサイクロン号にエンジンを掛け、片手に自動小銃を構えた。

「アメリカ野郎共はオレらのタイヤ痕を辿ってるんだよ。ここがアスファルトならまだしも、柔らかい地面だからなぁ。草も千切れりゃ土も抉れる、マジで分の悪い戦いだぜ」

ちっ、と南斗は苛立ち紛れに舌打ちしてから、通りの左右を見回した。どちらから出ようか、考えているようだ。
私はMP5Kのセーフティロックを外し、弾丸が装填されているのを確かめた。撃てるようにしておこう。
南斗は細い通りの右側を見据えると、耳元に手を当てた。無線を作動させたらしく、私の無線に雑音が混じる。

「こちら、南斗。北斗、応答しろ。お前、今も北東側にいるよな?」

『こちら北斗。移動はしていない。指示を請う』

イヤホンの向こうから、真面目な北斗の声が返ってきた。南斗もまた、真面目に返す。

「南斗及び鈴木、敵陣に包囲された模様。突破したい。手を貸してくれ」

『敵の配置は』

「駆動音と無線電波から考えるに、左に六、前方から三だと予想。左側を頼む。正面は自力で突破出来る」

『善処する。幸運を祈る』

「ああ、お前もな。つーか、無駄弾撃つんじゃねぇぞ?」

『お前もだ。礼子君にケガでもさせたら、殴るだけでは済まさんぞ』

最後だけ、二人のやり取りはいつも通りになった。だけど、その口調には、戦闘に対しての緊張が漲っている。
じゃな、と南斗は言い残してから無線を切った。私を一度見下ろしてから、正面に向き、エンジンを噴かす。

「悪ぃけど、マジ覚悟しといてくんね? 安全運転なんて、出来ねぇんだからな」

「それぐらい、解ってるって」

私はMP5Kを握り締めながら、もう一方の手でタンクを掴んだ。どるん、とサイクロン号が荒々しく排気を出す。
南斗は少し前傾姿勢になると、きつく握っていたブレーキを離し、地面を蹴ってサイクロン号を発進させた。
不意の発進に、私は少し仰け反ってしまったが南斗の背中に体重を預けて堪えた。落ちたら、大変なことになる。
南斗の操るサイクロン号は一直線に駆け抜け、路地を抜ける。通り抜けながら左側を窺うと、キャタピラ痕がある。
その位置は、私達のいた場所からは離れていたけど、遠いわけではない。距離を測る前に、見えなくなった。
片手の運転でありながら、南斗は器用にバイクを操縦している。バランスも崩れないし、ちゃんと安定している。
曲がりくねった路地を直進していると、正面から駆動音が聞こえてきた。そして、重々しい震動も近付いてきた。
南斗はサイクロン号のスピードを緩めないまま、正面に自動小銃を向けると、ががががっ、と数発を連射させた。
直後、サイクロン号は進行方向を曲げた。凄い勢いで車体を傾けて、左側の路地に滑り込むと、銃声が轟いた。
自動小銃なんか比べものにならないほど、激しくて大きな銃声が何度も続き、銃弾が掠ったのか壁の端が砕けた。
南斗は、またサイクロン号を急発進させた。進むに連れて灰色のコンクリートの壁が途切れ、視界が開ける。
私達の右手には、いつかテレビで見たものと同じカラーリングのロボット、グラント量産型が三機、いた。
彼らはすぐさまこちらに振り向き、機関銃を向けてきた。南斗は前進を続けながら、自動小銃を乱射する。

「この野郎がっ!」

南斗の放った弾丸が命中したかどうかも解らないうちに、サイクロン号は次の路地に飛び込み、視界が狭まった。
だが、あまり進まないうちにサイクロン号は止まった。南斗はハンドルから手を離し、戦闘服のポケットを探った。
手榴弾を取り出した南斗は、ピンを抜くと、おもむろにグラント量産型が通るであろう道の上に放り投げた。
ぎちぎちぎち、とキャタピラを軋ませながら、グラント量産型は、私達の入った路地にじりじりと近寄ってくる。
手榴弾に気付いたらしく、ぎっ、と先頭の一機が停止した。手榴弾から距離を開けるべく、後退していく。
だが、距離が開ききらないうちに、手榴弾は炸裂した。これもまた本物だったようで、腹に響く爆音が起きた。
先頭のグラント量産機は、まともに爆発を受けてしまい、前方のキャタピラを破損したらしく、動きを止めた。
先頭が止まってしまったので、後続の二機がクラッシュした。がん、ごん、と硬い音がし、エンジン音だけになる。
南斗は再びサイクロン号を噴かし、路地を少し進んだと思ったらすぐに角を曲がり、さっき来た方向に戻っていく。
そして、クラッシュしたまま身動きが取れなくなっているグラント量産型の背後に出ると、南斗は銃を構えた。

「撃てぇ礼ちゃん! 特に頭、センサー部分!」

「アイサー!」

私は声を上げ、MP5Kを構えた。南斗が引き金を絞るのと同時に、一番後ろの機体が振り向いたが、撃たれた。
南斗の自動小銃から放たれた弾丸が、グラント量産型のスコープアイを砕き、無線のアンテナを砕き、顔を抉る。
私も南斗に倣って、もう一機を狙う。心持ち銃口を上げてから銃身を脇に据え、引き金を絞ると、衝撃が訪れた。
MP5Kの反動に負けないよう、全身に力を入れながら、私は前を睨んだ。もう一機の頭部に、数発当たった。
だが、致命傷にはなっていない。私はぐっと奥歯を噛み締めてから、もう少し銃口を上げ、更に引き金を引いた。
そして、そのうちの一発が単眼状のスコープアイを覆っているパネルを砕き、プラスチック片が飛び散った。
目を砕かれたことで、私が撃っていた一機ががくっと動きを止めた。南斗はすかさず、その機体に銃を向ける。

「吹っ飛べ!」

南斗が次に狙ったのは、グラント量産型の肩に担がれている機関銃の弾倉部分だった。かん、と弾が貫通する。
直後、破裂音がし、手榴弾よりも若干大きめの爆発が起き、グラント量産型の機関銃の弾倉は吹き飛んだ。
姿勢を戻そうとしたが、爆発の衝撃で後方によろけてキャタピラが持ち上がってしまい、上体が逸れていく。
ごっ、がっ、と鈍い音がして、弾倉を吹き飛ばされた一機は後方の二機を巻き添えにして、見事に倒れた。

「っしゃあー!」

動きを止めたグラント量産機達の姿に、南斗は拳を握って歓声を上げた。

「見たかメリケン野郎ー!」

「やれば出来るもんだねぇ」

私は、すっかり過熱したMP5Kを下げてから、南斗を見上げた。南斗は、得意げに胸を張る。

「オレを誰だと思ってやがる! オレ様は高宮重工謹製の人型自律実戦兵器五式六号機、南斗様だぜー?」

「自分に様付けないでよ。小学生じゃあるまいし」

私が呟くと、南斗は勝てたことが余程嬉しかったのか、満面の笑みで自動小銃を背中に担いだ。

「だってそうじゃん、オレらってばマジ強ぇんだもん。あんなノロマ、目じゃないぜ!」

「あ、北斗だ」

私は南斗の自画自賛を無視して、通りの向こう側を見た。たたたたっ、とあちらからも自動小銃の発射音がした。
北斗も善戦しているようで、どん、と何かの炸裂音がした。手榴弾のそれとは違うので、やはり弾倉だろう。
確かに、その作戦は私もいいと思う。弾倉さえ吹き飛ばしてしまえば、当然ながら、敵は弾を撃てなくなる。
それに、グラントシリーズが登載しているのは機関銃だ。こちらも当然ながら、弾丸も大きければ火薬も強い。
そんなものを吹き飛ばされてしまえば、さすがのグラントシリーズといえど、動きを止めざるを得なくなる。
もしかしたら、勝てるかもしれない。私は、ちょっとだけ自信が湧いてきたけど、顔には出さないことにした。
かなり不利な戦況に、勝てるかもしれない可能性を引き出したのは、あくまでも南斗であって、北斗なのだ。
ろくなことをしていない私が、誇れることは何もない。我ながら消極的だと思うけど、事実、そうなのだから。
再び、どん、とロボットが吹き飛ぶ音がした。どす黒い煙が昇る壁の向こうから、バイクのエンジン音がする。
私の見ている真正面から、北斗がやってきた。こちらも、南斗と同じく、片手だけで黒王号を運転している。

「無事かぁ、礼子君!」

自動小銃の銃口を上向けながら叫んだ北斗に、南斗がかなり不満げな顔をした。

「オレの心配はしてくんねーの、北斗」

北斗は黒王号のスピードを緩めると、太いタイヤに土を噛ませながら、私達のすぐ前に横付けして停車させた。
銃口から煙の昇る自動小銃を下ろした北斗は、ちらりと南斗とその背後の戦績を一瞥してから、言った。

「南斗の心配など、するだけ無駄というものだ。どうせ、自分もお前も負けはしないのだ」

「解ってるじゃん」

南斗はにやけながら北斗に返したが、私を見下ろしてMP5Kを指した。

「礼ちゃん、残弾大丈夫かよ? さっきので全弾ぶっ放っちゃった感じがするぜ?」

「え、そう?」

私は、MP5Kを持ち上げてみた。南斗の言う通り、確かに、最初に持っていた頃よりも少し軽くなった気がする。
引き金をずっと絞っていたし、オートにしていたので、全部撃ってしまったらしい。なんとも、情けない話だ。
弾の数は限られているし、リロードも二回しか出来ないのだから、撃ちすぎてはいけない、と思っていたのに。
きっと、サブマシンガンに慣れていないせいだろう。MP5Kを使用するのは、今日でまだ、たったの三回目だ。
ジャケットからマガジンを抜こうとしたが、バイクに跨って背中を曲げているせいで、上手いこと抜けなかった。
ここで手間取っては時間の無駄だ。そう思った私はサイクロン号から下りると、南斗から数歩ばかり離れた。
不意に、南斗が振り返った。それと同時に、倒れていたグラント量産型の一機が起き上がり、銃口を上げる。


「オレから離れろ、れい」


南斗の、そこから先の言葉は、けたたましい銃声と破壊音で遮られてしまい、私の耳に届くことはなかった。
金色の薬莢が、グラント量産型の肩から吐き出される。聞こえないはずなのに、地面に落ちる澄んだ音色がする。
私は、すぐに振り向いたはずなのだが、映像が遅かった。現実に、頭の処理速度が付いていかなかったのだ。
自動小銃と、各種装備を背負った南斗の背中が揺さぶられている。一発、当たるたびに、金属片が飛んでいく。
憧れの仮面ライダーの愛車と同じ名前を付けた、専用のバイクまでも、搭乗者と同じように撃たれていく。
くそっ、と北斗の悔しげな声が聞こえたかと思うと、北斗は私を背後に投げてから、すぐに自動小銃を構えた。
北斗の放った数発が、かぃん、とグラント量産型の装甲を貫いたかと思うと、地面が震えるほどの爆発が起きた。
ガソリンと思しき嫌な匂いと、南斗のものと思しきオイルの匂い。そして、息が詰まるほどの、硝煙の匂い。
その匂いで、現実が一挙に押し寄せた。私がはっとすると、目の前で、南斗がサイクロン号の上から落ちた。
がしゃっ、と背中から落下した南斗は、身動き一つしなかった。顔も、胸も、腕も、腹も、足も、砕かれている。
破れた戦闘服にはオイルが滲み、傷口から電流が迸る。私は、そんな南斗の姿を、北斗の背中越しに見ていた。

「…なん」

「見るな、礼子君!」

北斗は私を抱え上げて、黒王号に飛び乗った。エンジンを噴かして地面を蹴り、逃げるように走り出した。
どんどん、南斗との距離が開いていく。私は北斗の背後を窺おうとしたが、北斗の太い腕に遮られてしまった。
あんなの、絶対に大丈夫じゃない。すぐに修理しないと、南斗は元に戻れなくなる、死んでしまうかもしれない。
北斗に、戻ろう、と言いたかった。だけど、言えなかった。体が竦んでしまって、喉が潰れて、声が出ない。
肩を縮めて歯を食い縛り、震えを堪える。だけど、涙だけはどうしようもなくて、ぼろぼろと溢れてくる。
北斗は、何も言わない。同型機の、実質的に双子の兄である南斗が壊れても、なんとも思わないのだろうか。
すると、視界の隅が明るくなった。先程の、グラント量産型の爆発に似た爆発が起き、爆風が吹き付けた。
きっと、サイクロン号のガソリンに引火したのだ。いくらなんでも、これでは、南斗が無事であるはずがない。
怖い。怖い。怖い。逃げ出したい。帰りたい。死にたくない。戦いたくない。そんな思いが、胸を駆け巡る。
決心したはずなのに、逃げないと決めたはずなのに、いざ、こういう局面を迎えると途端に崩れてしまう。
なんて、弱いんだ。私は、恐怖心と自己嫌悪に苛まれながら、涙でぼやけた目を拭い、MP5Kを抱き締めた。
戦争なんて、するもんじゃない。





 


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