逃げて、逃げて、逃げた。 その間も、何度か交戦した。その度に、北斗は冷静とも冷酷とも思える表情で、グラント量産型を撃っていた。 私はと言えば、やはり、何も出来なかった。MP5Kをたまに撃ってみたりはしたけれど、当たらなかった。 ただでさえ射撃の腕は良くないのに、南斗が倒されてしまったことによる動揺で、手が震えてしまったからだ。 おかげで、また弾を無駄にした。マガジン一本分、私の体は軽くなったけど、心はどんどん沈んでいく。 北斗の命令に従うことが精一杯で、頭が動かなかった。こういう感情を、絶望、とでも言い表すのだろう。 そのうち、日が落ちた。いつのまにか時間が過ぎていて、空は藍色に変わり始め、空気も少し冷たくなった。 北斗が、恐らくは十三体目であろうグラント量産型を撃破したあと、私達は戦場から離れた場所へと向かった。 といっても、訓練用の市街地の中なのでそれほど遠くではないが、戦場から少しでも離れられると、安堵した。 敵のキャタピラ痕に、黒王号のタイヤ痕を紛れさせながら、遮蔽物が減った場所に辿り着き、バイクを止めた。 黒王号を壁だけの建物の陰に隠し、私と北斗もその場所に落ち着いた。気付くと、薄暗い空には星が見えていた。 私は、自分のリュックから取り出した水筒から水を飲み、喉に貼り付いた埃を流してしまい、乾きを癒した。 水筒を口から離して息を吐くと、疲労が全身にのし掛かってくる。気を抜けば、すぐに眠ってしまうだろう。 隣に座っている北斗は、自動小銃の手入れをしていた。銃身の汚れを取ってから、新しい弾丸を込めている。 その横顔は、厳しかった。私は、近辺を見張るために北斗に背を向けてから、水筒をリュックの中に入れた。 「ねえ」 「なんだ、礼子君」 「南斗、大丈夫じゃないよね」 私は、出来るだけなんでもないことのように言おうとしたけど、声は震え、明らかに怯えが滲んでいた。 「見たところ、南斗の破損箇所は外装ばかりだった。機関部に弾丸が及んだようには見えなかったし、南斗のシンキングパルスが自分のセンサーに受信出来ていることからして、コアブロックも無事だと思われる」 至極平静に、北斗は返した。 「サイクロン号の爆発も、大したものではなかった。あれくらいの衝撃では、コアブロックに破損はおろか傷も付いていないだろう。自分と南斗の要であるコアブロックを破壊するには、相当な火力と衝撃が入り用だからな。あの程度でくたばるほど、南斗は柔ではない」 北斗の言っていることは、もっともだ。この二人の頭脳であり心であるコアブロックさえ無事なら、大丈夫なのだ。 だけど、私にはそう考えることが出来なかった。つい先程まで笑っていた南斗が破壊された姿が、頭を過ぎる。 そして、それをあっさりと見捨てた北斗の冷徹な表情も蘇る。その判断が正しいということは、頭では解っている。 あのまま南斗の傍にいたら、私達までサイクロン号の爆発の巻き添えを喰って、被害を受けてしまったはずだ。 そうなっては戦闘に支障を来すし、ぼんやりしていたら、グラント・Gがあの場にやってきていたかもしれない。 そんなことになって戦闘が起きていたら、破壊された南斗が、更なるダメージを受けてしまう可能性だってあった。 だけど、感情の方は、そうもいかない。絶望と恐怖ばかりが押し寄せてきて、また、泣いてしまいそうになる。 北斗が南斗を見捨てた。北斗が仲間を見捨てた。北斗は、振り返りもしなかった。そんな思いも、起きていた。 もちろん、そうではないと解っているけれど、簡単には払拭出来ない。私は、腕をきつく握り、震えを押さえた。 「礼子君」 不意に、北斗が呟いた。私は顔を上げたが、振り返らなった。 「何よ」 「理論の上では、南斗は破壊されていないと認識している。完全なる大破ではないと、充分に理解している」 北斗の声は平静ではあったが、どこか弱々しかった。 「自分達は、生き物で言うところの死とは、無縁のはずなのだ。自分達の魂であるコアブロックが完全に破壊され、メモリーとエモーショナルのデータが全て抹消され、高宮重工の人型兵器研究所にバックアップされている今までのメモリーも一切合切消去されでもしない限り、自分と南斗の人格が死を迎えることはない。自分達のボディも、いくら破損しようが故障しようが、スペアの在庫は大量にある。だから、南斗はすぐに帰ってくるのだと、南斗は元通りに戻るのだと、理解しているのだが」 北斗の声も、震えていた。 「なぜ、これほどまでに、回路が軋むのだ?」 北斗の背が、私の背に触れた。私のものよりも、遥かに大きい。 「礼子君。教えてくれ。この感覚は、自分の処理能力を超えている」 横目に北斗を窺うと、彼は自動小銃を握り締めていた。まるで、銃に縋り付いているようだった。 「エモーショナルリミッターは、既に最大値だ。だが、あまりセーブが効かない。シンキングパターンをエモーショナル経由ではなくしているはずなのだが、この訳の解らない感覚の影響なのか、自分のシンキングパターンが今までの経験では考えられないほど乱れている。ソナーもスキャナーもセンサーも使用しているはずなのだが、周囲の様子を感じ取って些細な変化も捉えているはずなのだが、見落としている箇所がないか気になって、スキャン回数を通常の倍以上にしてしまう。今現在、自分には重大な故障は起きていないはずなのだが…」 北斗は自動小銃を握っていた手を外し、固く握り締めた。 「手に、微細な不具合が起きる」 私は丸めていた背中を伸ばし、北斗に体重を預けた。戦い続けていたロボットの背中は、熱かった。 「北斗。それ、なんて言うか、知ってるよ」 「本当か、礼子君。ならば、自分に教えてくれたまえ」 北斗に問われた私は、震えと共に寒気の起きている腕をさすりながら、短く言った。 「恐怖心」 北斗の言っていることは、全て、怖いから起きる事柄だ。思考が乱れて、不安になって、体に震えが起きる。 私も今、そんな状態だ。今、グラント・Gに襲い掛かられてしまったら、二人とも呆気なく撃たれるだろう。 私の答えを聞いた北斗は、呆然としているようだった。きっと、今の今まで、恐怖を覚えたことがなかったのだろう。 当然だ。北斗と南斗は、自衛隊では負け知らずだった。任務でも、一度だって失敗を経験したことがなかった。 だから、知らなかったのだ。勝ち目のない戦いでは勝てないことも、負けてしまう時は、負けてしまうことも。 そして、死に直面した時の圧倒的な絶望感と恐怖も。通りで、北斗も南斗も、精神年齢が随分と幼かったわけだ。 人間というものは、生きていく上で感じる様々な痛みや、苦しみ、挫折、などを知ってから人格が成長していく。 だが、北斗と南斗はその何も知らないまま、戦い続けては戦績を挙げて、慢心し、驕り高ぶってしまっていた。 その結果が、南斗の敗北だ。南斗は、一機の機能を停止させたことで、安心してしまっていたのだろう。 だが、弾倉を吹き飛ばされたのは一機だけで、残りの二機の銃は無事だった。その一機に、南斗は撃たれた。 他の二機もちゃんと撃っていれば、私の弾が当たっていたら、もう少し射撃が上手かったら、などと思ってしまう。 けれど、後悔なんていくらしたって無駄だ。失ったものは取り戻せないし、現実をやり直すことは出来ない。 「恐怖心…」 北斗が、私の言葉を繰り返した。私は、頷いた。 「そう。恐怖心。私も、あんたも、南斗がやられたことが怖いんだよ。次は自分じゃないかって思うから」 「そんなこと、あるはずがない!」 北斗は、無理に声を明るくさせた。だが、それが逆に痛々しかった。 「自分は南斗より劣っておるとは思わん、それどころか南斗よりも優れている点が多々あるのだぞ。確かに、関節の可動範囲、コンマ単位での反射速度、体のバネ、いわゆる格闘性能だけは南斗が僅かばかり勝っているが、それ以外の点では自分の方が上なのだ。南斗は六号機で自分は七号機なのだから、南斗よりも改良された点がいくつもあり、その中でも最も優れているものが狙撃能力なのだ! 南斗の照準補正時のタイムラグが0.04秒に対し、自分は0.02秒なのだ! 礼子君のような人間からしてみれば大差はないかもしれんが、自分達のようなマシンにとっては多大なる差なのだ! 0.02秒のブランクが、戦闘の勝敗を分けると言っても過言ではないのだ!」 北斗の乾いた笑い声が、背中越しに聞こえる。きっと、初めて感じた恐怖を受け入れるのが嫌なのだろう。 その気持ちは、解らないでもない。でも、そんな無理はいつまでも持つわけがない。すぐに、限界を迎えてしまう。 私は、新たに弾丸を装填したMP5Kを抱えた。ずっとこれを持っていたので、腕が痺れるほど疲れていた。 「北斗」 「なんだね、礼子君」 いつもの調子を装った北斗が、聞き返してきた。私は、熱が引いて冷たくなった銃身を、握り締めた。 「投降するのも、手だよ」 「何を言うか! 軍人たるもの、誇り高くなければならん! 帝国主義者の軍門に降るなど言語道断だ!」 そう声を上げた北斗を、私は肘で小突いた。 「うるさい。ていうか、騒ぐと見つかるよ。まぁでも、もう熱反応とかで、見つかっちゃってるんだろうけどね」 「ふん。望むところだ、真正面からぶつかって玉砕してくれるわ! 機関銃など恐るるに足らんのだ!」 「…それじゃ意味ないでしょうが!」 私は状況も忘れて、叫んでしまった。私の泣きそうな声が、日暮れの静寂を乱した。 「死ぬために戦ってもどうしようもないでしょ! 勝つために戦うんでしょ! 死ぬのが怖いから戦うんじゃない!」 「礼子君も、怖いというのか?」 北斗が、不思議そうに尋ねてきた。私は、力一杯MP5Kのグリップを掴んでいた。 「当たり前でしょ。最初から怖いに決まってる。あんたらと一緒に自衛隊と戦うのも、テロリストの役なんてやらされることも、国家機密の情報を握っちゃってることも、どんどん銃の扱いが上手くなっちゃってることも、引き金を引くのに躊躇いがなくなってきたことも、訳の解らない人間に狙われるのも、挙げ句に攫われそうになっちゃってたことも、じ、実弾なんか使って演習してることも!」 一度吐き出したら、止められなかった。私は言い終えてから、肩を上下させ、荒くなってしまった息を整えた。 ぐっと唾を飲み下してから、私は少し目線を上げた。夜の帳が下りてきた空に、巨大な富士山が身を沈めている。 ここは日本だ。だけど、私と北斗のいる場所は、いや、私が身を置いている世界は、目の前に死のある戦場だ。 逃げたい。けれど、逃げられない。帰りたい。けれど、帰れない。生きていたい。でも、死んでしまうかもしれない。 私は目元に滲んだ涙を拭って、北斗の背中に寄り掛かった。ロボットだけど、触れていると、少しは落ち着く。 「ごめん、ちょっと、パニクった」 「いや、構わん。それは、自分も同じだ」 北斗の言葉と共に、僅かな震動が背中に伝わってきた。 「だが、ああでも言わんと、持たんのだ。エモーショナルリミッターが、弾けてしまいそうな気分なのだ」 「キレちゃいそう、ってこと?」 「似たようなものだ」 北斗の口調には怯えや戸惑いが垣間見えていたが、辛うじて冷静さを取り戻したのか、穏やかになっていた。 初夏とはいえ、夜になれば風は冷たくなった。硝煙と機械油の匂いが混じった空気が、するりと抜けていく。 腕は痺れ、足は疲れ果て、恐怖に次ぐ恐怖で全身は冷え切っている。だけど、背中だけはとても温かい。 私は、ほんの少しだけ安心していた。まだ一人じゃない、北斗がここにいる、北斗と一緒ならきっと大丈夫。 もちろん、根拠なんてない。だけど、そう思ってしまった。そうでも考えなければ、私も持たないだろう。 過去に何度も行った特殊演習で、追い詰められることには慣れているが、ここまで崖っぷちなのは初めてだ。 勝ち目なんて、本当にない。グラントシリーズの残機が十三機に対し、こちらは一機と一名しかいない。 その上、北斗の残弾数も心許ない。私よりも遥かに大量の弾を持っていても、使えば減ってしまって当然だ。 自動小銃のマガジンはあと一つしかないし、ソーコムだって一挺破壊されたし、ナイフなんて通用しない。 手榴弾も全てばらまいた。グレネードも使い果たした。敵の機関銃を奪い取って、使ったことだってあった。 黒王号のガソリンだって後少ししか残っていないし、これ以上逃げても、結果が変わることなどないだろう。 勝機は、ない。私はぼんやりと空を見つめていたが、ふと、遠くからの地面の震動を感じて、立ち上がった。 私が立つよりも早く立ち上がった北斗は、壁の影から転げ出ると、薄暗くなった通りに自動小銃を構えた。 眩しい閃光が、北斗を照らし出す。複数のサーチライトが北斗の影を消し、暗がりに浮かび上がらせた。 彼のいるところだけ、まるで昼間のように明るくなった。泥で汚れた自動小銃の銃身が、ぎらりと輝く。 私は壁に背を当てて、そっとサーチライトを照射させている先を窺った。そこには、複数のロボットがいた。 ごとごととキャタピラを回して前進してきた、全部で五体のグラント量産型は、横一直線に並んでいる。 だが、その中心の一機だけ色が違っていた。ダークレッドの機体、グラント・Gがサーチライトを光らせている。 「Hahahahahahahahaha!」 とても清々しげな、機械的なエフェクトの掛かった笑い声。ばちん、ばちん、とペンチ状の手を打ち鳴らす。 「ゴ機嫌ヨウ、SAMURAI robot,SAMURAI girl!」 北斗の、ダークブルーのゴーグルにグラント・Gの姿が映り込んでいる。それが、徐々に近付いてくる。 「North star、オ前の brother ハ不良品ダッタゼ! タッタノ三十五発当テタダケデ、ブッ壊レチマイヤガッタ!」 北斗の横顔が、険しさを増していく。 「アンナ工芸品、forefront デ役ニ立ツワケガネェ! SAMURAI brothers ニハショーケースガオ似合イダゼ!」 Hahahahahaha、とグラント・Gが再び高笑いを始めたが、それは銃声に遮られた。ぱぁん、と破裂音が響いた。 見ると、北斗の自動小銃から硝煙が漂っていて、グラント・Gのサーチライトが砕かれて光が消え失せていた。 ぴん、と北斗の自動小銃から薬莢が飛び、私の足元に転がってきた。北斗は銃口を下げないまま、声を張った。 「南斗は立派に戦った! これ以上の侮辱は許さんぞ、グラント・G!」 「戦イィ? アレノドコガ、Battle ダッテンダヨ!」 グラント・Gは、大きな身振りで首を左右に振った。顔を動かすたびに、細かな破片が落ちる。 「オ前ラモ、South star モ、逃ゲテルダケジャネェカ! Aggressive weapon ダッタラ、正面カラ来ヤガレッテンダ!」 Hey,come on と、グラント・Gは挑発的な態度で手招きする。明らかに、北斗を煽って戦いを始めようとしている。 北斗の表情は、怖いくらいにいきり立っていた。だが、北斗はグラント・Gの挑発に乗せられてはいなかった。 構えていた自動小銃を下げ、足元に放り投げた。グラント・Gに向き直る前に、私の方を見、少しだけ笑った。 その笑顔は、どこか物悲しげで、情けなさそうでいて、それでいて誇らしげな、かなり複雑な表情だった。 瞬間、私は理解した。北斗が何をしようとしているのか、どうしようとしているのか、そして、その気持ちも。 北斗はホルスターからもう一挺のソーコムを抜くと、マガジンを外して足元に落としてから、拳銃を投げ捨てた。 「グラント・G。自分達は降伏する」 「何ダト?」 グラント・Gは、意外そうに声を裏返した。北斗は、今度は英語で叫んだ。 「 「Hey,You! オ前ハソレデモ、soldier カ!? ココマデ来テ、敗北ヲ選ブノカヨ、North star!」 さも馬鹿馬鹿しげに、グラント・Gは上体を逸らして笑う。北斗は少しも迷いもなく、言い放った。 「そうだ! 我々は、お前達に全面的に降伏する!」 「what?」 やけに高い声で聞き返してきたグラント・Gに、北斗はぐっと拳を固めた。 「これ以上の被害を出さないためだ! 更に戦いを続ければ、礼子君に被害が及ばんとも限らんからな!」 「Hahahahahahahahahahahahahaha!」 今まで聞いた中で、一番大きな声量でグラント・Gは笑った。 「ソレガドウシタッテンダ! オレ達ハ Battle スルタメニ生マレタンダ、戦ワナキャ存在スル意味ガナイダロウ!」 「それは、違いないだろう」 北斗は、他のグラント量産型から注がれるサーチライトの中心で、神妙な顔をしている。 「だが、それだけではいかんのだ。自分は、南斗がやられて理解した。戦いにあるのは、勝利だけではない。仲間を失う恐怖と、死する恐怖もある。自分は、そのどちらも好まない。仲間を犠牲にして得る勝利など、真実の勝利とは言い難い! だから自分は、お前達に降伏する! 礼子君を傷付けないためにも、敢えて敗北を選ぼう!」 北斗の声が、グラント・Gの笑い声を掻き消した。グラント・Gは笑うのを止めると、じりじりと、にじり寄ってきた。 「oh.......」 グラント・Gはちらりと背後の部下達を見たが、また、笑った。 「Companion? 違ウナ! オレモオ前モ、アイツラモ、所詮ハ Troop ノ手駒ニ過ギナイ! 綺麗事ナンダヨ!」 グラント・Gは北斗の目の前にやってくると、サーチライトの割れた顔を北斗の前に突き出した。 「仲間ナンテイナイ、イルノハ、オレト同ジ恰好ヲシタ doll ダケダ! ソンナモン、守ッテモ価値ハナイ! 明日ニモ大破スルカモシレネェ doll ニ執着シタッテ、ドウニモナラナイ! 戦果ヲ上ゲナキャ、何ガナンデモ勝タナキャ、オレノ Tomorrow ハネェンダヨ! 役ニ立タナイ Weapon ハ、スグニ使ワレナクナッチマウカラナァアアア!」 「グラント・G…」 思い掛けないグラント・Gの言葉に、北斗は彼を哀れんだ様子だった。私も少し、グラント・Gが可哀想だと思った。 どうやら、米軍は自衛隊以上にシビアなようだ。そして、グラント・G率いるチーム・グラントも、辛辣な世界らしい。 グラント・Gの裏返った声と悲痛な言葉の端々に、戦闘ロボットの孤独が垣間見えた。彼は、人形でないからだ。 意志を持って、感情を持って、人格を持っている。だから、ただの人形同然の仲間を、仲間だとは思えないのだ。 そして、戦いに執着する理由も、人間的だ。勝利を収めて成果を上げなければならないから、戦いを求めている。 勝利しなければ、役に立たない兵器となってしまう。そうなってしまえば、グラント・Gの存在は闇に葬られてしまう。 それはつまり、存在としての死である。グラント・Gも、死にたくないから、死ぬのが怖いから、戦っているのだ。 あれだけ怖かったはずのグラント・Gが、ほんの少しだけ、本当に僅かだけだけど、怖くなくなった気がした。 彼も、北斗と南斗と同じだ。機械の体を持っているけれど、その中身は間違いなく、一個の人格を持った人間だ。 私が何か言おうとした時、グラント・Gの上半身が大きく捻られた。高々と振り上げられた腕が、振り下ろされる。 「Haaahaaaaaa!」 物凄い音がして、北斗の上半身がグラント・Gの腕で薙ぎ払われた。不意のことに、北斗は地面に転げてしまった。 すぐに起き上がった北斗に、グラント・Gが迫る。北斗のそれよりも二三回り太い腕を振り、殴り付けていく。 「 「がっ」 グラント・Gの手が、北斗の腹を抉る。北斗は背を折り曲げて口元を歪めていたが、ばきばきと嫌な音が聞こえた。 北斗の戦闘服と装甲を破ったグラント・Gの手が、ぐるりと一回転するとコードが千切れ、装甲が砕けていく。 南斗の時よりも激しいヒューズが飛んで、北斗の腹の辺りが明るくなった。北斗の口元からは、オイルが溢れる。 「…お前」 「Haaahaaaaa! サア、戦エ、戦ウンダ!」 北斗の苦しげな呻きの後、グラント・Gは北斗を投げた。呆気なく放られた彼は、壁に当たったが壁が砕けた。 粉塵とコンクリートの破片が散り、壁の向こうに仰向けに倒れた北斗がいる。それが、南斗の姿とダブった。 グラント・Gは笑い続けている。楽しげな、だけど、どこか悲しげな声を上げながら、北斗に近付いていく。 分厚い装甲の付いた肩に据えられた、小型の無反動砲の砲口が下がっていき、照準が北斗に固定される。 撃たれる。壊される。死んでしまう。そんな思いが私の内を駆け巡った直後、私は弾かれるように駆け出した。 「撃つなぁあああああっ!」 自分でも信じられないほど大きな声を出しながら、グラント・Gの目の前に回り込むと、MP5Kを構えた。 震えと涙でかなり不確かな照準を合わせ、引き金を絞り切った。緊張で硬直した体が、反動で揺さぶられる。 かんかんかん、と最初の数発はグラント・Gの胸部装甲を跳ねた。狙いが低かったのだ、と私は銃口を上げる。 途端に、私の撃っている弾が当たり始めた。9パラが、グラント・Gの頭部のセンサーを、スコープアイを貫く。 No、との叫びが聞こえたが無視した。つい先程沸き起こった、グラント・Gに対する同情なんて、吹っ飛んでいた。 弾が尽きて、MP5Kの反動は止まった。グラント・Gは、頭部を完全に破壊されていて、煙を昇らせている。 「oh......No.........」 グラント・Gは、よろけた。センサー部分を大破されたショックが、内部コンピューターに影響したようだった。 下半身が戦車なので、倒れることはなかったが肩を落とし、項垂れた。エンジンが止まったのか、排気が止まった。 私は、両手からMP5Kを落とした。がくがくと震える膝を折って、その場に座り込むと、呆然としていた。 北斗が後ろにいる。だけど、腹を破られている。グラント・Gが目の前にいる。私は彼を、この手で撃ち砕いた。 私の腰に付いている無線から、すばる隊員と神田隊員の声がしているが、その声はちっとも頭に届かなかった。 そのうち、私は意識が薄らいだ。度重なる恐怖と、過度の疲労と、高ぶりすぎた神経が限界を迎えたのだ。 この日の、私の最後の記憶は、北斗のオイルに濡れた地面の感触だった。 06 7/4 |