手の中の戦争




第九話 リターン・マッチ



二学期が始まってしばらくした、九月の中旬の土曜日。
今日の特殊演習は、米軍との合同特殊演習の第二回目で、グラント・Gとの再戦を行うことになっている。
だが今日は、残暑が厳しかった。演習場一体には蒸し暑さが立ち込めていて、戦闘服の下は汗でべっとりだ。
特殊演習を始める前に行ったウォーミングアップ程度の訓練だけで、私はもうへこたれそうになっていた。
空高くそびえる富士山は冴え冴えとした青色で、その山頂に行けばさぞ涼しかろうという想像をしていた。
演習場に生えている木々にいるアブラゼミがじいじいとやかましく、それがまた、暑さを増長させている。
私が暑さでぼんやりしているのと同様に、武装を固めて背嚢を担いだ北斗と南斗も、心なしかぐったりしていた。
理由は、やはり暑さである。ロボットである彼らはエンジンなどから発熱するため、廃熱しないと故障する。
無論、それは常時行っているのだが、気温に左右される。冬なら楽なのだが、夏となれば取り込む空気も熱い。
そうなると、必然的に廃熱効率が悪くなって、熱が籠もるというわけだ。冷却水も、温くなってしまうらしい。

「残暑なんてマジ嫌い」

南斗が力なく呟くと、北斗は南斗を睨んだ。

「何を言うか! 自分達は過酷な状況下でこそ真価を発揮せねばならんのだ、残暑如きがなんだというのだ!」

「怒らない方がいいよー、北斗。オーバーヒートするから」

私が忠告すると、北斗は素直に引き下がった。実際、過熱してしまったのだろう。

「う、うむ…」

「ていうか、オレらがこれならあっちはどうなのかなー」

南斗は、演習場の一角に並んでいる米軍のトレーラー隊を指した。アーミーグリーンのコンテナには、文字がある。
team.Grant。全部で十五台ある大型トレーラーのコンテナには全てその名があり、米兵達が忙しくしている。
前回と同様に、合同特殊演習で使用する戦闘ロボット、チーム・グラントの最終チェックを行っているらしかった。
私達、特殊機動部隊は既にそれを終えているのだが、米軍側は特殊演習の直前になってトラブルがあったらしい。
それが何なのかは解らないが、良い迷惑である。こっちとしては、さっさと始めてさっさと終わらせてしまいたい。
初めて会った時は、チーム・グラントのリーダー機であるグラント・Gは、私達を様々な言葉で煽り立ててきた。
だが今回は、そのグラント・Gがなかなかトレーラーの中から出てこないので、未だに挨拶すら出来ずにいた。
当初は、前回のように米軍のお偉方と接見する際に挨拶をするはずだったのだが、それすらも出来なかった。
そして、あれよあれよという間に時間は押し、特殊演習を開始する時刻になったのだが、まだ準備が終わらない。
そのせいで、私達はフル装備のままで炎天下の太陽の下に突っ立っている羽目になり、暑さに苦しんでいるのだ。
私達と同じように武装している神田隊員と朱鷺田隊長も、辛そうだ。三人して、先程から水をがばがば飲んでいる。
水を飲んだ先から汗になって出てしまうので、飲まなければやっていられない。熱中症には、なりたくないのだ。

「これは…あちらの作戦ですかねぇ」

さすがの神田隊員も、暑さで苛立っているようだ。表情が引きつっていて、口調も攻撃的だ。

「鈴木、塩舐めとけ。そうしないと死ぬぞ」

朱鷺田隊長も、覇気が抜けきっていた。私は、とりあえず敬礼した。

「アイサー。黒砂糖も必需ですね、きっとミネラルも抜けちゃってますから」

「カンダタ。あちらの不具合というのは、どんなものなのだ?」

北斗が神田隊員に尋ねると、神田隊員は汗の浮いた首筋に手を扇いで少しばかりの風を入れた。

「グラント・Gの冷却装置と左腕の駆動に、故障が見つかったらしいんだ。そのチェックと修理だな」

「へー、それマジ意外ー」

南斗が興味の欠片もなさそうに、やる気なく返した。神田隊員は、続ける。

「前回の敗北を教訓に、多少の改造を行ったらしいんだが、その際に設計チームと製作チームの間で行き違いがあったらしくて、設計と違う規格の部品が届いてしまったらしい。本来なら、送り返してやり直させるところなんだが、今回の合同特殊演習に間に合わせるために、強行してグラント・Gに使用したらしいんだ。その結果、水冷式冷却装置が過負荷で破損、左腕にエンジンの駆動を伝えるためのギアに亀裂が生じたんだそうだ。全く、可哀想なことをするよ」

「ですねぇ…」

神田隊員の話に、私は、合わない部品を無理に入れられて戦わされて故障したグラント・Gに同情心を抱いた。
人間で言えば、無茶なトレーニングをさせられて体を壊してしまったようなものだ。敵ながら、ひどい話だ。
シュヴァルツ工業は、焦っているように感じる。私なんかに機能停止させられたことが、屈辱だったようだ。
それは当然のことだと思うけど、何も、グラント・Gを虐げてまで強化改造しなくてもいいではないか。
もちろん、そうなった背景には大人の事情とか諸々の都合とがあるのだろうけど、それにしたってひどい。
グラント・Gの開発チームがどんなものかは知らないが、きっと高宮重工の人型兵器研究所とは違うのだろう。
私が覚えている限りでは、人型兵器研究所の研究員の皆さんは、北斗と南斗をそれはもう可愛がっていた。
所長である高宮鈴音さんを始めとした研究員達が、大事に大事に造り上げてきたことが、肌で感じられた。
きっと、北斗と南斗は、鈴音さん達にとっては子供も同然なのだ。その気持ちは、解らないわけでもない。
だが、グラント・Gに相当な無理強いをして故障させてしまったシュヴァルツ工業は、そうではないのだろう。
最初の頃は、高宮重工とシュヴァルツ工業の違いがよく解らなかったが、ここへ来て両者の温度差に気付いた。
もしかすると、グラント・Gは、私が考えている以上に不遇な状況にいる戦闘ロボットなのかもしれない。
私がグラント・Gに思いを馳せていると、不意に目の前が陰った。背を曲げて、北斗が私を覗き込んでいる。

「カンダタだけでなく、礼子君までもがあんな奴に同情するのかね!」

「あんた達はしないの? だって、ひどいじゃんか。いくら、強くなるためって言ってもさぁ」

私が返すと、北斗はさも嫌そうに顔を背けた。

「それとこれとは別だ! グラント・Gが礼子君を侮辱したこととは、一切の関係がない!」

「まーだ怒ってるの」

三ヶ月も前のことを、そこまで引き摺ることはないじゃないか。私が呆れると、北斗はむっとした。

「当たり前ではないか! 忘れるわけがなかろうが!」

「でも、オレはちょーっと解るかもなー。カンダタと礼ちゃんの気持ち」

南斗は姿勢を崩して、後頭部で両手を組んだ。真夏の勢いを失った九月の日差しが、バイザーに反射した。

「確かにオレらは兵器で道具だけど、ぶっ壊れちまうまで戦わされたくはねーや。そりゃ、オレらは人間に変わって戦うのが仕事だけどよ、出来れば壊れたくねーもん。痛覚がないっつったって、ボディの破損である程度のショックがコンピューターの方に来るわけだから、それはそれでマジしんどかったりすんだよなー。うん、グラント・Gってマジ可哀想かもしんねー」

そこまで言って、南斗は両手を上向け、ちょっと肩を竦めた。

「まぁ、だからっつって、手加減はしねーけど? また機関銃喰らうのマジやだし?」

「どいつもこいつも、敵に同情なんかしやがって。そんなことじゃ、最前線ですぐに死んじまうぞ?」

朱鷺田隊長は辟易したように、苦笑いした。南斗は、朱鷺田隊長に顔を向ける。

「ご心配なく、その辺はきっちり弁えてるっすよ」

すると、米軍のトレーラー隊の方から、チーム・グラントの所属する部隊の隊長であるカーネル大佐がやってきた。
米軍の白い軍服を着ているが、あちらもあちらで暑そうだった。戦闘服とは、また違った苦しさがあるに違いない。
部下を二人引き連れて、私達の元に近寄ってきたカーネル大佐は、朱鷺田隊長に英語で何事か話し掛けている。
私はその会話がさっぱり解らないので聞き流していたが、北斗と南斗はうんざりした様子で顔を見合わせている。
神田隊員も会話の中身が解るらしく、渋い顔をしていた。彼らの反応からすると、楽しい話題ではなさそうだ。
朱鷺田隊長はカーネル大佐と英語で会話をしていたが、カーネル大佐は申し訳なさそうにしながら戻っていった。
カーネル大佐とその部下達が充分に離れた頃、朱鷺田隊長は深くため息を吐いた。そして、腹立たしげに言った。

「今日の演習は延期だそうだ」

「…はぁ?」

通りで、皆の態度がおかしかったわけだ。あまりのことに、私は、上官を相手に変な声を出してしまった。
散々待たせたくせに、やらないというのか。それでは、私が富士山麓演習場まで来た意味がないではないか。
どっと疲れが押し寄せてきて、私は座り込んでしまいたい気分になったが我慢して、朱鷺田隊長に尋ねた。

「グラント・Gが直らないからですか?」

「それもある」

「も、ってことは、他にも理由があるんですか?」

私が朱鷺田隊長に再び問うと、朱鷺田隊長は背を向けて、遠く離れた場所に立っている営舎に歩き出した。

「中止と解ったなら、さっさと武装解除して風呂にでも入るぞ。そうでもしないと、やってられん」

「結局、待ち惚けで一日が潰れたか。無駄な時間を過ごしたなぁ…」

神田隊員は珍しく愚痴をこぼしながら、朱鷺田隊長に続いた。私も、二人の背を追う。

「一体、何のためにフル装備したんだか…」

「超だりぃー、ていうかマジやってらんねー」

南斗が足を引き摺るようにして、のろのろと営舎に向かっていった。北斗も、さすがに堪えたらしかった。

「…全くだ」

私は汗でべっとりしているのでヘルメットを外したかったが、外してしまうと直射日光を受ける、と思った。
茹だった上に直射日光を浴びるのが良いか、汗でべたべたしたままの方が良いか、天秤に掛けてしまった。
どちらも良くないのは当たり前なのだが、直射日光を浴びたくはなかったので、ヘルメットはそのままにした。
私達以外の自衛隊の部隊も待機していたのだが、彼らも彼らで、ぐったりした様子で営舎に向かっていった。
のろのろと歩きながら、私はチーム・グラントのトレーラー隊に振り返った。あちらは、まだ忙しそうだった。
グラント・Gは、今頃どうしているのだろう。




日が落ちてヒグラシが鳴き始めた頃、ようやく涼しくなった。
私は、官舎の一室から、夜の富士山を眺めていた。富士山麓演習場の駐屯地に泊まるのは、初めてのことだ。
だが、部屋の構造も家具もいつもの駐屯地のものと代わり映えがしないので、違っているのは窓の外だけだ。
広大な演習場を吹き抜ける夜風が、鬱蒼と茂った木々をざわめかせ、私が開け放った窓までやってきた。
昼間はあれだけ暑かったのに、夜風は肌寒いくらい冷たくて、季節が秋になりつつあることが実感出来た。
土曜日は、自衛隊も休日だ。だから、今日は官舎の中の自衛官さん達は大半が出払っていて人数が少ない。
そのせいか、心なしかひっそりとしていた。人の声や気配がしないわけではないのだが、静かだった。
夕食を終えた後なので眠たくなっていたが、ここに来てからは本を読んでいないので、活字に飢えていた。
なので私は、黙々と本を読んでいた。今週の金曜日に買ったばかりの、割と好きな作家の文庫本である。
さあこれからとんでもない事件が起きる、という展開の前半を読み終えた頃に、部屋の扉が数回叩かれた。
私は、読書の邪魔をされたことで少々不愉快になりながらも、ページの間に栞を挟んでから返事をした。

「どうぞー」

「あ、なんや、邪魔してしもた?」

顔を覗かせたすばる隊員は、私の手元の本を見て苦笑した。私は、文庫本をベッドに投げた。

「伏線張りまくりの前半が終わって、これからってところでしたから。まぁ、後で読めばいいんですけど」

「ホンマ、スマンなぁ、礼子ちゃん」

すばる隊員は、缶コーヒーを二つ持っていた。その片方を私に渡してから、椅子を持ってきて座った。
手渡された缶コーヒーは冷たかったが、自動販売機から買ったばかりなのか、結露は浮いていなかった。
私は、これをありがたく頂くことにした。長いこと読書に集中していると、それなりに喉は渇くのだ。
すばる隊員も缶コーヒーを飲んでいたが、口から離した。半分ほどの中身の残った缶を、軽く振る。

「神田はんも隊長はんも、苦いだけのやつばっかり飲むんやよねぇ。うちはアカンね、やっぱ甘ぅないと」

「ですねぇ」

私も、ブラックコーヒーは飲めない。コーヒーは好きだけど、砂糖とミルクを入れなければおいしくない。
男の人って、皆がそうなのだろうか。もちろん、全員が全員、甘いのが苦手というわけではないだろうけど。
だけど、私には理解出来ない。そう思いながら、夏期仕様のデザインになっている缶を傾け、飲んでいった。
すばる隊員は、私よりも先に缶コーヒーを飲み終えると窓枠に缶を置いた。ことり、と硬くて軽い音がした。

「シュヴァルツは、相変わらずやねぇ」

「そうなんですか?」

私はシュヴァルツ工業の実態を把握していないので、それしか言えなかった。すばる隊員は、頷く。

「そうなんよ。高宮重工は仕事が丁寧なんやけど、シュヴァルツ工業はたまに荒っぽいところがあるんよ。もちろん、ごっつい企業やから仕事はきっちりこなしとるし、締めるところは締めてあるんやけど、たまに今日みたいなボロが出るんよ。なんとかして高宮重工に追い付こう思て無茶なことすると、そのしわ寄せが現場に出てしまうんよ」

「はぁ」

私が相槌を打つと、すばる隊員は窓の外に目をやった。

「左腕のギアの破損か…。アホなのが、パワー配分間違うたデータを取ってきよったんやな?」

すばる隊員は、にやりとするように目を細めた。

「大方、手っ取り早いと思て、試作段階のデータなんぞ盗みよったんやろな。ガードが甘いゆうことは重要性が薄いゆうことでもあることが解らへんねやろか、最近の連中は。仕事を焦ると失敗するだけやのに、ホンマにアホやな」

「あの、すばるさん」

一体、何を言っているんだろう。私がおずおずと声を掛けると、すばる隊員は私に向き直った。

「なぁ礼子ちゃん、うちは昔に何をやっとったと思う?」

「何って、何かしていたんですか?」

私が戸惑うと、すばる隊員は囁いた。

「技術スパイやねん。シュヴァルツのな」

「スパイって、あの、スパイですか?」

私が反応に困っていると、すばる隊員は椅子を後ろにずらして壁により掛かった。

「元は、シュヴァルツの諜報部みたいな部署におったんや。その時に、高宮の情報奪ってこいゆわれて高宮に送り込まれたんやけど、色々あって正体ばれてしもうて、どないなことになるんやろと思っとったら、人型兵器開発部の部長はんが、つまりは人型兵器研究所の所長はんが出てきはって、うちのことを使うてくれるってゆうてくれたんよ。言われたばっかりの頃はどないしょかって思ってたんやけど、また色々あってな、シュヴァルツに戻る気がなくなってしもたんよ」

すばる隊員は、夜の闇に沈んでいるチーム・グラントのトレーラーを見やった。

「その、色々ん前にな。うちはシュヴァルツで、あの子を造る手伝いをしとったんよ」

「すばるさんは、グラント・Gに関わっていたんですか?」

私の問いにすばる隊員は、まぁね、と少し笑った。

「グラント・Gの人工知能に使用されとるプログラムの大半は、高宮の、北斗と南斗のものの流用なんやよ。細かい部分を違えて、余計なもんとかくっつけて、シュヴァルツのオリジナルやって言い張っとるけどね。うちは、高宮から北斗と南斗の人工知能の情報を奪ったんや。人工知能の基礎プログラムだけでも膨大やったから、大変やったよ。まぁ、その分、もらうもんはきっちりもろたけどな。その奪ったプログラムを、シュヴァルツの人工知能開発部に渡したんやけど、データ量が物凄すぎるから手が足りんゆわれてな、うちもグラント・Gの人格のプログラミングをちょこっと手伝うたんよ。初期段階のグラント・Gは素直なええ子やったんやけど、うちはそれを修正せなアカンかったんよ。使える兵器にするために、冷酷で残忍な子にせなアカンかった」

すばる隊員の眼差しは、遠くを見ていた。

「シュヴァルツには、あの子しか、人工知能持ちのロボットはおらへん。あくまでも、実験的に造られた子やからな。最近のシュヴァルツは人工無能型ロボットの方に力を入れ始めとって、だんだんあの子の居場所がなくなってきとるんよ。せやからあの子は、消去されへんために、役に立つロボットやゆうことを上に示すために、あの子はずうっと戦い続けとるんよ。せやから、壊れるほど戦こうたんはあの子の希望やったんやないか、って思うとるねん」

「え…」

私は、すばる隊員の言葉が意外だった。グラント・Gは、強要されて戦わされたから壊れたのだ、と思っていた。
だけど、前回の合同特殊演習でグラント・Gが叫んだ言葉を思い出してみれば、そういうことも有り得るのだ。
グラント・Gは、戦うことが存在価値、戦わなければ明日はない、役に立たない兵器に意味はない、と叫んでいた。
そうだ。北斗と南斗が、敗北して苦しみ悩んだように、グラント・Gも、同じように苦しんでいたに違いない。
勝利に対して執着心が強く、戦うことしか出来ない彼にとっては、私に打ち負かされたことは相当な屈辱だろう。
となれば、更に力を求めるだろう。その結果、冷却装置と腕の駆動部分を壊すほど、無理を重ねてしまった。
ますます、グラント・Gが哀れになった。確かに、兵器でロボットだけど、そこまでする必要はないだろうに。
私が俯いていると、すばる隊員は私の前にやってきた。口調は普段のものだったが、全体的に沈んでいた。

「礼子ちゃん達がグラント・Gに勝ったら、あの子は死んでしまうんやて米軍の人が言うてはったわ」

なぜ、そうならなければならないんだ。私が困惑していると、すばる隊員は続けた。

「廃棄処分とはまた違うんやて。あの子が培ってきたメモリーやデータは貴重やからそのまま残すんやけど、人格に関するデータは全てデリートして、一から人格を作り直すっちゅう計画があるらしいんや。そいでもって、グラント・GU型にでもするらしいで」

私は、すばる隊員の話が、恐ろしくなった。それは、自分であって自分でなくなってしまうということではないか。
記憶や体はかつてと同じものなのに、人格だけは違っている。そのずれと違和感と、生理的な恐怖は凄まじい。
グラント・Gは、もう後がないのだ。そうであれば、壊れるほど無理をしてでも強化改造するのは、当然の真理だ。
ますます、グラント・Gへの同情が深まってしまいそうになる。すばる隊員は、私の肩をぽんぽんと叩いてきた。

「せやから、礼子ちゃん。グラント・Gには遠慮せんといて、思いっ切り戦うてやってや」

「それで、いいんでしょうか」

私は北斗と南斗の姿を思い出す傍ら、グラント・Gの姿も思い出していた。

「そりゃ、グラント・Gも兵器ですけど、でも、それはあんまりじゃないかって思うんです」

「うん。うちも、そう思う」

すばる隊員は、情けなさそうに眉を下げた。

「せやけどな、あの子を生かしてやれる方法は、あの子と戦うことしかないんよ」

それは、確かにそうだ。だけど、それでは何かいけない気がする。何がどう、とは具体的に言い表せないけど。
私は、いくつも並んでいるチーム・グラントのトレーラーを見下ろしたが、彼がどこにいるのかは解らなかった。
上から見ればどれもこれも同じだし、暗くなってしまっているので、トレーラーに書かれている番号も見えない。
チーム・グラントの整備班は、大半の仕事が終わったのか姿は見えず、トレーラーの周囲は静まり返っていた。
グラント・Gは、あのどこかにいるのだろう。コンピューターに囲まれた、狭くて閉ざされた世界の中に。
その深い孤独と敗北の絶望を想像し、私は切なくなった。なんとかしてやりたいと思うけど、思うだけだった。
私が動いたところで、グラント・Gの現状が変わるわけがないし、第一、何をどうすればいいのか解らない。
北斗と南斗と同じように友人になろうにも、あちらは米軍に所属しているのだから、その時点で厚い壁がある。
いや、そんなことを考えていてはいけない。明日こそ、グラント・Gに勝たなくては、こちらも大変なのだ。
前回の合同特殊演習での敗北に続いて、確保するはずだった中国人工作員、李太陽を取り逃がしてしまった。
これ以上失態を重ねてしまっては、特殊機動部隊の今後に関わってくるので、明日はちゃんと勝たなければ。
だけど、グラント・Gのことは気掛かりだ。ああもう、どっちなんだよ、どっちを考えていればいいんだよ。
私は煮え切らない自分に、苛ついてしまった。こんなことでは、明日の戦いでまた足手纏いになってしまう。
戦いに置いて、迷いは禁物なのだから。





 


06 7/20