手の中の戦争




第九話 リターン・マッチ



それから私は、必死に戦った。
ボール状の発信器を作動させて道に転がしながら、走って走って走って、また走って、ひたすら逃げていた。
私は、夢中だった。一体でも多くのグラント量産型を惹き付け、そして、一体でも多く撃破する必要があった。
足を止めないまま、物陰に体を引っ込める。そっと顔を出して背後を窺うと、どっしりとした影があった。
グラント量産型だ。北斗の言っていた通り、機能が低下しているので速度が遅く、機関銃も装備されていない。
だが、だからといって油断は禁物だ。相手はロボット、下手な攻撃をしてしまっては、逆に追い詰められる。
私はグラント量産型の駆動音を聞きながら、息を殺した。センサー部分を狙っても、当たらなければ意味はない。
MP5Kのマガジンは三つで、9パラは合計で九十発。弾には限りがあるのだから、無駄に散らしてはいけない。
そう思い、私はMP5Kのセーフティを動かし、連射から単発へ切り替えた。こうすれば、少しはいいだろう。
私はグラント量産型との距離を取るため、腰を落として駆け出した。狭い路地の間に入り、壁に背を付ける。
惹き付けたはいいが、逃げてばかりだ。どうにかして戦闘に持ち込まなければならないが、この状態では無理だ。
まず、敵の数が多い。私を追いかけてきているグラント量産型の数は、ぱっと見ただけでも五機以上いるのだ。
だが、それよりも数は多いと踏んでいいだろう。今接近しているのは斥候役で、後続の兵がいるのが当たり前だ。
その斥候役を撃破したところで弾切れになってしまうのは、大いにまずい。本番は、後続の兵を倒すことだ。
となれば、出来るだけ弾を使わずに斥候役を倒す必要がある。だがそのためには、何をすればいいのだろうか。
北斗が言うには、グラントシリーズは戦車と同様にキャタピラが破損したら動けなくなる、とのことだった。
キャタピラさえ破損させてしまえば、当然ながら進軍は不可能となり、少しだけだが私が有利になるだろう。
上手くすれば、動けなくしたグラント量産型で道を塞いで、後続の兵の進軍を防ぐことが出来るかもしれない。
でも、そのためには、物が必要だ。キャタピラに踏まれても負けないくらい丈夫で、破損させるほどの硬い物が。
私は素早く周囲を見回してみたが、そんなものは見当たらなかった。まぁ、そう都合良くあるほうがおかしい。
世の中、そんなに上手く行くわけがないのだ。私はMP5Kの銃口を下げてしまわないように、持ち直した。
遠くで、ばきっ、とプラスチックの破損する音がした。グラント量産型の一体が、発信器を踏み潰したらしい。
私は戦略を練るべく思考を巡らせながらも、その音に耳が向いた。あまり離れていない場所に、置いたものか。
一つめを置いたのは、私が北斗と別れた場所のすぐ近くで、そこから南へと遠ざかるように転がしていった。
一直線に置いてしまうほど馬鹿ではないから、左右に散らしてきたのだが、通り道の中央付近にも置いた。
どうやら、斥候役はそれを目指してきたらしい。私への最短距離の間に、罠がないか探るためなのだろう。
罠でも仕掛けておければ良かったのだが、生憎、対戦車地雷のように強力なものは持っていないのである。
ワイヤーを張ってその先に手榴弾を結びつけるトラップも、手榴弾が勿体ないので、乱用は出来ない。
それに、そんなちゃちなトラップが、グラント量産型に通用するものか。私は、ため息が出そうになった。
つくづく、手段がない。考えれば考えるほど私の戦略のなさが露見してきて、勉強不足が嫌になってきた。
学校での勉強もしっかりやっておくべきだけど、戦闘についての勉強も、もっとしっかりやらなくては。
グラント量産型の影を凝視していたが、ゴーグルが雨に濡れてきたので、手袋で拭って視界を取り戻した。
いつのまにか、雨脚が少し強くなっていた。戦闘服の背中にじんわりと染み込む湿気が、気持ち悪かった。
足元を見下ろすと、ジャングルブーツも泥にまみれている。泥、泥水。古典的だが、これも有効かもしれない。
だけど、掬うものがない。手元に都合良くスコップとか板とかが転がっているほど、私の人生は楽じゃない。

「妥協するか…」

私は独り言を呟き、ひっそりとため息を吐いた。戦闘状況中には恥も外聞もないのだから、と腹に据えた。
MP5Kを背中に担ぐと、私はグラント量産型の進行方向に向かった。その途中で、ヘルメットを外した。
髪は汚れたら洗えばいい、泥にまみれたってお風呂に入ればいい。だが、ここで負けてしまいたくはない。
ヘルメットから外したゴーグルを直に頭に付けると、髪が何本か引っ掛かって痛かったが、我慢した。
地面が抉れていて雨水が溜まっている場所があったので、近付き、ヘルメットを泥の中に突っ込んだ。
水溜まりが浅いのと泥がそれほど柔らかくなかったので、一回だけでは泥が足りず、もう一度掬い取った。
ヘルメットの半分ほどに泥を入れてから、私はグラント量産型との距離を測りつつ、徐々に接近した。
今し方走ってきた道を辿って、グラント量産型が通るであろう道のすぐ脇の建物の影に、身を隠した。
雨に濡れてひんやりするコンクリートの壁に体を寄せて、脇に抱えた泥入りヘルメットをしっかりと持った。
ぎちぎちぎちぎちぎちぎちぎち、と、重たい金属の擦れ合う音に混じり、荒々しいエンジン音もする。
排気ガスの匂いも、近付いてくる。私はヘルメットの中の泥を掬うと、高ぶってしまっている呼吸を整えた。
チャンスは、擦れ違う瞬間だけだ。その一瞬を逃してしまえば、また逃げて逃げて逃げなくてはならなくなる。
手袋を伝った泥水が、袖口から入り込んできた。その感触が冷たくて嫌だったが、気にしないことにした。
ごとごとごとごとごと、と私が体を寄せているコンクリートの壁が揺さぶられるほど、距離は狭まった。
もう少しだ。そう思い、私はすぐにでも飛び出ることが出来るように身構えたが、敵の足音が一瞬止まった。
私が、何事かと考えようとした次の瞬間、激しい破壊音が間近から響き、灰色の破片が視界の隅を飛んだ。
私の立っている場所の、すぐ隣の壁が砕かれていて、アーミーグリーンの長方形の腕が二本突き出ていた。
ペンチのようなアームの先には、コンクリートを打ち砕いた際に付いた傷があり、塗装も少し剥げていた。
私は条件反射で身を引いて距離を開けると、泥の入ったヘルメットを足元に落とし、SIG・P220を抜いた。
びしっ、とコンクリートの壁に大きな亀裂がいくつも走り、外側から押されるうちに、ヒビが深くなった。
コンクリートの軋みと共に、キャタピラが壁を削っているものと思しき轟音が聞こえ、空気すら震えている。
がらり、と腕が突き抜けた部分から上の壁が崩れた。だが、その腕は虚空を掴むばかりで、前には進まない。

「…何?」

私の無意識の呟きは、コンクリートの崩壊する音と土埃によって掻き消された。すぐに、視界は雨で洗われる。
グラント量産型は、壁を貫いてはいたが、そこから先へは進まなかった。いや、進めなくなってしまっていた。
コンクリートだけで出来ていると思われた灰色の壁には、鉄骨が使われていた。敵は、それに引っ掛かっている。
モーターを唸らせながら、壁を貫いた腕を引っこ抜こうとしているが、キャタピラの前半分が持ち上がっている。
なので、力を入れようにも上手く入らず、後退しようにもキャタピラが地面を噛まないので、動けずにいた。
重機のそれに良く似たモーター音を響かせながら、グラント量産型はもう一方の腕を振り上げて鉄骨を殴った。
だが、鉄骨は思いの外太かったので、鉄骨は少し歪んだが装甲に食い込んでしまい、抜くに抜けなくなっている。
うぉんうぉんうぉん、とモーター音が強まっているが、私にはそれがグラント量産型の悲痛な叫びに聞こえた。

「大変だねぇ、あんたも」

私は、網に引っ掛けられた虫のようにもがいているグラント量産型を見据えると、SIG・P220を構えた。

「私もだけど」

コンクリートの破片と鉄骨の隙間から見えていた、グラント量産型の頭部を捉え、メインセンサー部分を狙った。
私の立っているところからグラント量産型までの距離は、目測では十メートルもない。大丈夫、絶対に当たる。
不意に、グラント量産型は振り向いた。雨に濡れて泣いているように見えるスコープを、こちらに向けてくる。
私は照準を合わせると、引き金を絞った。だぁん、と腹に響く銃声が轟き、グラント量産型のスコープが割れる。
強化プラスチック製の破片が散り、その奧にある高性能カメラのレンズには大穴が開いていて、ヒューズが飛ぶ。
ぴん、とチェンバーから飛んだ金色の薬莢が足元に転がる。私はもう一度引き金を引き、更にセンサーを狙った。
二発目の弾丸は無線部分を捉えたが、アンテナを掠っただけだった。一発目がちゃんと当たったのは、偶然かな。
だが、視覚センサーさえ破壊すれば、その時点で前進は不可能になる。これで、一体目は撃破したことになる。
泥は無駄だったかもな、と思いながら、私はSIG・P220を下ろして泥まみれのヘルメットを拾い上げた。
だが、すぐにその甘い考えは吹き飛んだ。斥候役の一体が破壊されたことに、後続の兵が気付いたようだった。
鉄骨に絡められたまま暴れているグラント量産型の肩と、破壊された壁越しに、何機もの敵影が見えている。
冗談じゃない、と私は内心でぼやきながら駆け出した。だが、今度は、ただひたすら逃げるだけではない。
壁の中に鉄骨が、キャタピラを破損させられるかもしれないものがあると解ったなら、利用しない手はない。
走りながら、まだ使っていない発信器を取り出すと作動させ、壁のすぐ傍に転がしたり、壁の上に載せたりした。
泥も、使う機会があれば使いたいのでちゃんと持っている。ヘルメットの中で、泥ががぽがぽと揺れている。
グラント量産型の後続からある程度の距離を空けたところで、足を止め、すっかり汚れたゴーグルを拭った。
二三の機体が壁に突っ込んだらしく、派手なクラッシュ音がした。銃を失ったからこその、単純行動だ。
これまた北斗が言っていたことだが、リーダーを失ったグラント量産型は、敵の撃破を最大の目的とする。
となれば、重量級のグラント量産型にとって最も有効な攻撃手段は、当然ながら体当たり攻撃であるわけだ。
だから、闇雲に突っ込んでいるのだろう。リーダーを失ってしまっただけで、ここまでダメな部隊になるとは。
私はSIG・P220を腰のホルスターに戻すと、MP5Kを背中から外して持った。駆動音が、近付いている。
ヘルメットを足元に落とし、つま先を引っ掛けておく。MP5Kで両手が塞がってしまうのだから、仕方ない。
私のいる場所は、狭い路地の入り口だ。手前からか、或いは奧からか、もしくはまた壁をぶち破ってくるのか。

「正攻法か」

私の視界を塞ぐように、グラント量産型が走ってきた。路地を塞ぐように止まると、ぐいっと上半身を回す。
最初に首を動かし、次に上半身を動かそうとしたので、私はその上半身が向き直る前にヘルメットを蹴った。
泥を撒き散らしながら飛んでいった私のヘルメットは、がごっ、とグラント量産型の頭に無事当たった。
その拍子に、中に入っていた泥が飛び散って、スコープを始めとしたセンサー一式が泥にまみれて汚れた。
よし、思った通りだ。グラント量産型が突然の事態に戸惑っている間に、私はMP5Kを構え、引き金を引いた。
連射モードではないので、たん、たん、たん、と引き金を引くたびに一発ずつ発射され、反動が体に訪れた。
硝煙の昇る銃口を下げると、泥に汚れたグラント量産型はスコープ周辺に二発とスコープに一発、命中していた。
やっぱり、さっき一発で仕留められたのは偶然なのだ。もっと訓練しないといけないな、と私は内心で呟いた。
遠くから、北斗のものと思しき自動小銃の銃声がする。たたたたたたっ、という音の直後、激しい爆音が響いた。

「うへぇ…」

その音の大きさと北斗のえげつなさに、私はちょっと首を縮めた。きっと、ガソリンのタンクを撃ち抜いたのだ。
私には、そんなに強烈なことは出来ない。それに、9パラは貫通力が低いから、ライフル弾みたいにはいかない。
あっちの戦況はどうなんだろう、と私が気に掛けた瞬間、それに呼応するように無線から北斗の声が響いた。

『こちら北斗。生きているかね、礼子君!』

「こちら鈴木。まぁ、なんとかね。北斗はどのくらい撃破した? こっちは二機だけど」

私が応答すると、北斗は自慢気に答えた。

『自分は十五だ! その過半数は、直接頭部センサーを叩き潰したのだがな!』

「通りで、銃声がしなかったわけだ。だけど、さっきは撃ったよね?」

『あれは、背後から近付いてきた敵に対しての牽制として撃ったつもりだったのだが、つい当ててしまったのだ』

「血も涙もないね」

『そう言うでない。的に当たるように撃つのは得意なのだが、的から外れるように撃つのは苦手なのだ』

「十五足す二で十七、引く二十五で残りは八機か。どうする、合流する? その方が効率良くない?」

『それもそうだな。では礼子君、その地点から西に二百メ』

ざずっ、と鋭さの混じったノイズが入り、北斗との無線が一瞬途切れた。
その、次の瞬間。



「GaAAaaaaaAaAAaaaaAaaAAAAAAaaaa!」



獣じみた、荒々しい咆哮が戦場を満たした。刹那、無線の向こう側から爆発音がいくつか聞こえ、耳元が痺れた。
無線の音域の限界を超えた音に、私は耳がいかれてしまいそうになったが、なんとかそれを我慢して叫んだ。

「北斗! どうしたの!」

『自分にも解らん!』

北斗の声が、動揺で上擦っていた。その間にも、獣の咆哮は止まない。

『自分の傍に接近していたグラント量産型の数機が、一斉に吹っ飛んだのだ。その直前に、グラント・Gからの指揮用電波が発信されたようなのだが、解析出来ない。自分の知っている周波数ではなかった。だが、あの出力の強さから察するに、重要なものには違いない。緊急信号のようなものだろう』

私は北斗に返そうとしたが、それほど離れていない場所から閃光が迸り、爆発音と同時に黒煙が広がった。
その衝撃と震動で、私は身動いだ。爆発音で耳が痺れてしまったのか、無線の北斗の声が遠いように感じた。

『礼子君! 何があった!』

「…たぶん」

私は路地から出ると、機能停止しているグラント量産型の隣を抜けて通りに立った。その先に、炎が散っている。

「そっちと、同じことがあったんじゃないのかな」

歪んでねじれて、砕け散った分厚い装甲。アーミーグリーンの鉄塊が、ガソリン臭い炎に包まれて、燃えていた。
戦車のような下半身を中心に吹き飛んでいて、塗料が焼け焦げ、強い熱で頭部のスコープアイが溶けている。
あまりの熱に沸騰した強化プラスチックの目が崩れ落ち、胸元の Schwarzes Industry の文字を汚していた。
グラント量産型のボディに弾痕がないことから察するに、外側からの攻撃で吹き飛んだわけではなさそうだ。
となれば、内側から、ということになるのだが、そうだとしても、一体どこの誰がそんなことをしたのだろう。
私じゃない。北斗じゃない。きっと、南斗でもない。グラント量産型が自爆した、と考えるのが一番妥当だ。
だけど、どうして。自爆しても北斗にも私にもダメージが来なかったのだから、攻撃にしてはおかしすぎる。
自殺、という言葉が頭を過ぎったが、それはないだろう。グラント・Gならまだしも、グラント量産型は出来ない。
人工無能ロボットである彼らは、命令に従って動くことしかできないのだから、自分の意思では死ねないはずだ。
私は思考をまとめられずにいたが、北斗はすぐに結論を出したらしい。イヤホンの向こうから、北斗が言った。

『恐らく、グラント・Gが自壊の信号でも部下に送ったのだろう。自分は、そう仮定する』

「自壊って、要するに自爆でしょ? なんで、そんな」

『礼子君、南斗の元へ急ぐぞ。南斗が、また何かをやらかしたのかもしれん。黒王号の元に来てくれたまえ』

「アイサー」

私はそれだけを答えると、駆け出した。燃え盛るグラント量産型を横目に見ていたが、振り切って通り過ぎた。
入り組んだ路地を走り、北斗と別れた地点に向かっていたが、私の胸中は混乱と動揺で掻き乱されていた。
グラント・Gが部下を殺した。グラント・Gが我を失った。グラント・Gは、絶望の暗闇の奥底で、生きている。
戦わなければ死ぬ。戦っていなければ生きていけない。自分を殺して、痛みを抱えて、それでも戦い続ける。
走りながら、押さえ込んでいたグラント・Gへの感情が溢れ出した。彼は、あまりにも哀れで痛々しい兵器だ。
雨脚は、どんどん強くなっている。グラント量産型や私の足跡、北斗と南斗のバイクのタイヤ痕に水が溜まる。
それを蹴散らしながら、私は走った。聞こえてくるのはグラント・Gの咆哮だけで、雨音は聞こえなかった。
すぐ傍で、聞こえているはずなのに。




北斗の運転する黒王号が行き着いた先に、二人がいた。
無数の縦線が視界を覆い、ゴーグルを伝い落ちる。頬を濡らす雨水は生温く、夏の気配がまだ残っていた。
北斗がイグニッションキーを回すと、黒王号の排気音が止まる。途端に雨音が聞こえ、耳元でやかましかった。
巨大な富士山と鬱蒼と茂った森を背負い、二体の戦闘ロボットが対峙していた。どちらも、動かなかった。
右手にいるグラント・Gは、鮮やかだったダークレッドの装甲が泥と雨水に汚れ、ドリルも泥にまみれている。
左手にいる南斗は、様子が違っていた。雨に濡れた顔からは一切の表情が窺えず、ただの人形のようだった。

「Aaaaaaaaaa...........」

グラント・Gの発声ユニットから漏れる音声は、ひどく音割れしていた。人間に近い言語では、なくなっている。
部下達と同じように機関銃を自切したのか、肩には何も乗っておらず、地面にはいかつい銃が横たわっていた。
よく見ると、グラント・Gの側頭部の装甲が剥がれていた。ケーブルが露出していて、ヒューズが爆ぜている。
強引に装甲を引き剥がされたのか、スコープアイも片方が砕かれていて、人の手の形のような抉れが出来ていた。
その、グラント・Gの損傷した側頭部から、色の違うケーブルが二本繋がっていて、私はその先を目で辿った。
太めの黒いケーブルと、赤いケーブル。それは南斗の左腕の内側から出ていて、袖が捲り上げられていた。
一体、南斗は何をしたのだ。私が混乱していると、北斗が身動いだ。北斗には、兄が何をしたのか解ったようだ。
南斗は、俯いていた。グラント・Gとボディと同じ色のダークレッドのバイザーには、雨水が幾筋も落ちている。

「南斗…」

北斗が声を掛けると、南斗は顔を上げた。その左手の中には、グラント・Gの側頭部と思しきパーツがある。

「北斗、礼ちゃん。その様子だと、作戦はマジ成功したみてーじゃん?」

いつも通りの、明るい口調だった。南斗の戦闘服は所々が切り裂かれており、その下の銀色の肌が覗いていた。
南斗はぐいっと左腕を引いて、グラント・Gの側頭部に接続したケーブルを引っこ抜くと、しゅるっと巻き戻した。
左腕の装甲を元に戻すと、捲り上げていた袖も戻した。背中に乗せていた自動小銃を外して、グリップを握る。

「丁度良いや。トドメ刺そーぜ、トドメ」

「あ、ああ」

頷いた北斗が歩み出ようとしたので、私はその腕を掴んだ。この光景が、恐ろしくなった。

「待って、北斗! 南斗は一体何をしたの!」

「別になんだっていーじゃん。これでオレらは勝てるんだから、なんにも迷うことなんてねぇんだよ」

南斗は、自動小銃のマガジンを外して差し替えた。北斗は私を見下ろし、グラント・Gを指す。

「礼子君。手を貸してくれたまえ。グラント・Gへ一斉射撃を行う」

「卑怯とかなんとか、ぐだぐだ言うんじゃねーぞ。これがオレらの仕事なんだからよ、礼ちゃん」

南斗は自動小銃を構え、照準をグラント・Gに据えた。私はあまり気は進まなかったが、南斗に従った。

「…うん」

私は連射に切り替えたMP5Kを構えたが、一度、南斗を見やった。南斗の横顔は真剣で、怖いようにも思えた。
先程、グラント・Gに繋げていたケーブルは何だったんだ。グラント・Gは、もう動けないのにまだ攻撃するのか。
正直なところ、私は撃ちたくなかった。無防備な敵に三人がかりで狙い撃ちなんて、あまりいい感じはしない。
ぎち、と南斗の指が自動小銃の引き金に掛けられる。その銃口の先にいるグラント・Gは、唸り続けている。

「Gaaaaaaa.........」

その声は、苦しげだ。私は、顔の半分を抉られたグラント・Gを見つめた。

「南斗。あんたは、グラント・Gに何をしたの?」

「ん? 別に、そんなに大したことじゃねぇよ」

南斗は、得意げだった。

「あいつのドタマかち割って、指揮用無線をぶっ壊して孤立させてから、コンピューターに直接接続したんだ」

南斗は左手に持っていたグラント・Gのパーツを、無造作に泥水の中に放り投げた。

「で、奴の頭ん中を探って使えそうなデータとかを引っ張り出してから、緊急用無線回線を開いて、脳無しの部下共に送信したんだよ。自爆コードってやつをな」

それでは、グラント量産型が自爆したのは、グラント・Gが指示を出したのではなく、南斗のせいだったのか。
雨に打たれているせいか、恐怖からか、手が震えていた。血も涙もない、とか、これはそういうレベルではない。
本当に、本当に、南斗がやったのか。私はそれが信じられなくて、状況が飲み込めなくて、目を見開いていた。

「礼ちゃん」

南斗は、言った。



「戦争ってのは、そんなもんだぜ?」





 


06 7/22